ですぺら
ですぺら掲示板1.0
1.0








 【掲示板1.0では、時系列順(旧→新)に記事を表示しています。】


櫻井清彦 | それではオープンです。


当掲示板の暫定管理人こと櫻井清彦です。
それでは掲示板をオープンいたしましょう。
ですぺらのマスター渡邊さんからお酒や書物などの情報、パーティ企画の告知などがあるでしょう。
掲示板が活発になればいいですね。

ところでお店では今のところパソコンがインターネットに繋がっていないので、推測ですが、
マスターの書き込みは営業時間外になると思われます。
緊急の連絡は電話などを使って下さいね。



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2001年10月03日 16:55 | 固定ページリンク




一考 | 加藤郁乎を囲む会

 加藤郁乎さんの交遊録「新版・後方見聞録」が学研文庫より上梓されました。登場人物は多士済々。当代のル・サンチマンな人々、トンガッてる人々のオンパレード。こしゃこしゃした大衆文芸が跳梁跋扈する世にあって、昨今とんと見掛けられなくなった魂の呻吟、人々の慟哭と搏動を目の当たりに窺うことが出来る名著です。
 有り余る知性と含羞い、言い換えればシャイでイナセな加藤郁乎さんと同書の編輯を担当された増田秀光さんを囲む会を催します。題して「イクヤーノフの遊雅なる花園」。会場が食虫植物や毒花の乱舞になるは必定。日時は10月20日土曜日、午後7時より12時まで。会費は4000円。会場にて署名本を謹呈。多くの御参加を願い上げます。

       ですぺら  渡邉一考
        東京都港区赤坂3丁目18の10 サンエム赤坂ビル3階
        電話03-3584-4566



投稿者: 一考    日時: 2001年10月04日 02:46 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | ごめんなさい


どうも先頭の部分が文字化けしていたようです。すいません。文面は下記の通り。

人を酔わせるほどに魅了する、堅牢美麗なる書物。そんな文学書ばかりを限定版にて上梓していた
書肆、南柯書局の渡邊一考氏といえば、美術品のごとき本造りを続けてきた人物として愛書家には
つとに知られる。その一考氏がバーを開いた。むろん、酒へのこだわり方も尋常ではない。
500種を超えるシングル・モルトをはじめ、厳選された逸品壁面にずらり。重厚な大谷石のカウ
ンターで、まるで洋酒の教科書のようなメニューを眺めつつ、一杯飲る。この酒場にはいい時間が
流れている。(「アルゴ」から)



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2001年10月05日 00:33 | 固定ページリンク




やっき(齋藤靖朗) | おめでとうございます

掲示板開設、おめでとうございます。
加藤郁乎さんを囲む会、行くつもりです。よろしくお願いいたします。

ところで、仕事の合間にですぺらの地図を作ってみました(下のリンク)。

http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/desperamap.jpg

簡単なものなので、まだ改良の余地があるかと思います。
こうしたほうがいい、というご意見などお聞かせいただければ幸いです。



投稿者: やっき(齋藤靖朗)    日時: 2001年10月06日 00:37 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | おめでとうございます

ですぺら掲示板オープン、おめでとうございます。
仕事が忙しくて書くのがおそくなってしまいました。すみません。
来週からは、余裕ができますので、また本の世界に戻ろうとおもいます。

「ヘルメス者」の画家です。どうかよろしく。
いつもおねがいしているモデルさん(ラヴクラフト者で彫刻家)と近いうちに伺う約束をしています。
その際は、よろしくおねがいします。
まずは、この日曜日のホラー対決で。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年10月06日 10:27 | 固定ページリンク




一考 | 感謝

齋藤靖朗さんへ、地図をありがとうございます。店のオーペン時に拵えたのですが、その後当方のスキャナーが故障、取り込めなくて困っておりました。 さっそく使わせて頂きます。
よくをいえば、赤坂見附駅は丸の内線と銀座線、赤坂駅は千代田線と路線名を明記。また赤坂駅を赤坂通りと一ツ木通りの角へ、さらに見附駅より「田町通り」「みすじ通り」と記載すれば、さらに便利かと思います。勝手なことを申して恐縮ですが、お願い出来ますれば幸いにぞんじます。
たまに関西からの客人有り、いや関西でなくとも種村季弘さんが30分、加藤郁乎さんに至っては小一時間ですぺらを探索なさったようで恐縮致しております。
あなたのお心遣いに感謝。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月06日 15:24 | 固定ページリンク




一考 | 心配事

中島千裕さんへ。
新たな就職先は見つかったのですか。ご時勢だけにいささか心配しています。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月06日 15:35 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 地図できましたか


よかったよかった、ですね。ちゃんとしたのができて。
明日は伺いますので、よろしくお願いします。

「グレダ・ガルポのような酒」飲みたいです。
ううん、どんなお酒なんだろう。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年10月06日 20:59 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 嬉しいです

◆一考さま

ご心配ありがとうございます。
おっしゃるとおり、今、本当に厳しい状況です。
だから、一人で営業するには限界があるので、出版に強いとされている派遣会社に登録して、バイトを紹介してもらっています。
昨日でここ2カ月やっていた仕事の契約は終わったのですが、幸いなことに、派遣元は次のバイトを用意してくれたようです。
カーナビのマニュアルを作る仕事なんですが、自転車乗りで、地理に弱いわたしがやっていいのか? なんて思いました。でも、なんでも経験ですから、喜んでやろうと思います。
先方の都合で始まるまで2週間くらいあいてしまうのですが、この2カ月の激務でぼろぼろなのと、筆者の都合で頓挫していた本の仕事がゾンビのように生き返りまして、とりあえずそっちをやっつけることにしました。
それから、芸能活動しないと!

実は、一考さんにお礼を申し上げなければ、と思っていたのです。
先日、いろいろお話いたしましたよね? すごく楽しかったです。
わたしのことを「表現者なんだから、型(常識的な生き方)にとらわれてはだめだ」って。それから、何か面白いものをつくりなさい、と。期せずして、あのとき話題になっていた人にも同じことをいわれたんですよ。「溢れるものを止めることはない」って。
それで元気になりました。
……そういえば種村先生にも同じようなことを言われたのでした。
絵を続ける為には定期収入が欲しい。だから就職したいなんてがんばってみるんですが、やっぱり、難しいんです。それで世間の垢にまみれているうちに、自分が何をやるために生きてるのか忘れてしまって苦しかったのです。
そういうとき「面白いものつくりなさい」って、思い出させてくれてほんとうにありがとうございます。

あのあと、ぐっとモチベーションがあがって、5枚組の大作を描くことにしました。エスキースができつつあります。この連休にはモデルさんも呼んで、さらに細部を検討するつもりです。
テーマは「音楽」と「対話」で、全体のタイトルは「秘密の花園」。芸(術)をやることはお互いの心にある花園を見せあうこと……そういうコンセプトです。祭壇画のようなレイアウトになっています。上下に細ながーい欄間のような絵をつけて、真ん中に三面鏡のように絵が並びます。
一番下の横に細ながーい画面には画面いっぱいに広がる薔薇の繁みに楽器を持った人、4人が横たわっているのをかかなきゃなんないんですが、あー、誰が描くの、こんな手間かかる絵、って人事みたいに思ってます。
昔の売れっ子の芸術家はこういう手間のかかることはみんな弟子にやらせてたんですよね。うらやましいなあ。売れないヘルメス画家は少しジェラシーです。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年10月06日 23:24 | 固定ページリンク




如月 | 掲示板開設、おめでとうございます。

一考さん、こんにちは。掲示板開設おめでとうございます。RESもよろしくお 願いしますね♪ さて、前週ダウンしていた拙HPおよび掲示板、ようやく回復しました。早速 「後方見聞録」関係の案内してます。(やっきさん、この掲示板にアクセスする 前に貴掲示板にアクセスしたので、情報がダブってしまいました♪) 今度は、この掲示板の案内しないと、、、。



投稿者: 如月    日時: 2001年10月07日 10:50 | 固定ページリンク




豚式 | デスペラ掲示板開設奉祝


渡邊様ご無沙汰いたしております。
10/20のイクヤーノフ先生を囲む会にコーベブックス版「後方見聞録」を
持って伺おうと思いましたが、残念なことに10/19から小生は台湾に出張
なのです。
定本全句集も持って願わくばサインなどしていただけたら・・・、などと
夢想いたしておりましたが。



投稿者: 豚式    日時: 2001年10月07日 15:01 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | こんにちは

初めまして。加藤郁乎さんを囲む会があるんですね!わ、行きたーい。でも、まだ予定が立ちません。郁乎さんに会うのは何十年(!)ぶりだろう。なお、名前は昔、日本テレビで郁乎さんが現代詩文庫に書いてくれたものです、ハイ。そういやあ、ですぺらだって、ネットで知ってるだけで、まだ行ってなかったんだぁ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月07日 16:01 | 固定ページリンク




金光寛峯 | ですぺら地図(テキスト版)

掲示板オープンの記念といっては -以前書いたものの使いまわしで恐縮ですが-
地図を掲げておきます。
等倍フォントでご覧下さい。
メール等でご自由にお使いいただきたく存じます。
こんなでもお役に立つのならば幸いです。

   バー「ですぺら」
   港区赤坂 3丁目18-10 サンエム赤坂ビル 3階 (一ツ木通り中程・1階は牛丼の吉野屋)
   TEL 03-3584-4566
アクセス:営団丸ノ内線あるいは銀座線「赤坂見附」駅 地下通路A出口が最寄
     ※注意! 「赤坂」駅ではない! 名前が似ているので間違えやすいです
     A出口上がってそのまま道なりに進み、スタバの角を曲がって左手に
     吉野屋が入っているビルの 3階です。
     もし道が分からなくなったら一旦A出口まで戻り交番で聞くか、また
     はお店に電話してみましょう。

                N
                ↑
                      ___¥  ¥ ¥ 外¥
        ____         |    ¥  ¥ ¥ 堀¥
       |    |        |サントリー¥  ¥高¥ 通¥
       | 鹿島 |        |      ¥  ¥ ¥ り¥
_______|____|________|_______¥  ¥速¥  ¥___
                                 ¥ ¥____
←至渋谷                              ¥道  路
             青   山   通   り         ¥
                                    ¥___

          ← ← ← ← ← ← ← ← ← ← ☆←赤坂見附駅
________ ↓ ________   ___      |地下通路_____
   |    | | | |スタバ | | | |    _|A出口
富士 |   一|↓| |_|コーヒー|み| |_| __|_|   |
銀行 |   ツ| |        |す|  ↑||   ↑|   |  ホ
___|   木|↓|__      |じ|  フ||   ポ|   |
       通| |  |←コン  |通| キァ||   リ|   |
       り|↓|__| ビニ  |り| ッ|||   ボ|   |  テ
        | |        | | チス||   ッ|   |
        |↓|        | | ント||   ク|   |
    卍   | |        | |   ||   ス|   |  ル
  赤坂不動  |↓|________| |___||____| 至 |
        |  ________   ___  ____  溜 |
        |↓|        | |   ||    | 池 |
        | |        | |   ||    | ↓ |
        |↓|
        | |
        |↓|__
        |→| ☆|
        | |__|
        | | ココ
        | |  1階に吉野屋の
        | | ビルの 3階
        | |
        | |
        |至|
        |T|
        |B|
        |S|
        |会|
        |館|
        |↓|
        | |



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年10月08日 11:54 | 固定ページリンク




ゆきち | 初めまして


初めまして、ゆきちです。

何度かですぺらには顔を出したことがあります。とっても綺麗なところで、お酒に疎い僕としては、なかなか入らないころなので、最初は感動してしまいました。

また、何度か伺わせていただきたいと思います。余り良い客には成れそうもありませんが、今後ともよろしくお願いいたします。



投稿者: ゆきち    日時: 2001年10月08日 13:43 | 固定ページリンク




高阪 | はじめまして。

如月さんにこちらの掲示板をご紹介いただいたのですが、
ちょっとどういう場所なんだろう……、という感じです。
#デスペラというお店の雑談掲示板でいいのかな。

まずは開設まもないようですので、開設おめでとうございます。
ちゃんと投稿できるか心配ではありますが、送信してみます。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月08日 13:49 | 固定ページリンク




高阪 | あ。

「デスペラ」ではなく「ですぺら」ですね。失礼しました。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月08日 13:51 | 固定ページリンク




比呂 | 本当に感謝です

比呂です。

 日曜の夜は、「笹川吉晴vs中島晶也ホラー対決オフ」で本来は
お休みのところをオープンして頂いた上に、予定を大幅に延長して
頂き本当にありがとうございました。

 本当に奇跡的な出会いの場所になったかと感じております。
参加者は皆、有意義で濃厚な時間を過ごせたかな?と。

 本当にありがとうございました。

 お酒には詳しくありませんが、また天上の美酒呑みにお伺いいたします。
その時はまた美妙なるお話をお聞かせくださいませ。


追伸 あの時お約束した事は、現在極秘任務にて確認中。
様々な選択肢がありますので、近日中にどういった形がベスト
となるかをまとめてご説明にお伺いいたします。

 



投稿者: 比呂    日時: 2001年10月10日 03:17 | 固定ページリンク




一考 | モンロー

金光さんへ
よく覚えていないのですが、とある日、妙な客の登場。モンローから始まり、ドヌーヴ、ガルボ、デートリッヒのようなウィスキーをと注文が続きました。モンローにはコスメチックな香りの強さからボウモアを、ドヌーヴにはシャイな面と育ちの良さを兼ね備えたところからダルユーインを、ガルボには芯のある優雅さからマッカラン、デートリッヒには悲しいまでのダンディスムから極上のスプリングバンクをあてがいました。考えている間にかかる選択に快感を覚えました。
件の紳士は「酒呑みの自己弁護」の著者山口瞳さんのご子息である正介さんの親友。共に週一回はご来店頂いております。開口健さんの思い出話に花を咲かせています。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:22 | 固定ページリンク




一考 | 器用貧乏

中島さんへ
昔、澁澤さんから、体があまりに弱く入退院の繰り返し。従って尋常の仕事かなわず、売文に明け暮れるようになったと、幾度となく聴かされました。稼ぐ手立てが限られれば、自ずから専心するしかなく。例えば私のようにいささか器用な人間は、結局何者にもなり得ないのかもしれません。
種村さんから、一考は今のままでは駄目、君は人生に今なお未練を持っている、いざりにならなければものは著せないよとの忠告を受けました。この辺りの消息は「後方見聞録」の解説で触れましたので、お読み頂ければ幸いです。
食するために働かねばならない人が表現者になるのは言語道断との命題は、かのリラダン伯以来、今なお問い続けられるべき問題です。ボクサーの殴られ役によって得る僅かな稼ぎで生き延びたリラダンがかくまで高貴なコント・クリュエルを著したのは悲壮を通り越して、言葉の正真の意味での残酷です。身近には須永朝彦という壮絶な闘いを続ける友がいます。貴女にも頑張って頂かねばならないのです。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:25 | 固定ページリンク




一考 | タリバーディン

如月さんへ
先日来、ご面倒をお掛けしております。有り難うございます。
当方は持病が悪化、痛みのため日中は病院通い、ご返事が遅くなりました。
直腸の腫瘍がいささかつむじを曲げたらしく、どうも体のあちらこちらが主人の意にそぐわなくなって参りました。腎臓と直腸、それに第五腰椎にタリバーンが宿ったようです。アメリカという国は最悪のならずもの国家と認識しますが、さりとてイスラムというのも好きにはなれません。タリバーンならぬタリバーディンというモルト・ウィスキーが私の好物なのですが、その蒸留所、ひょっとしてオーナーはビンラディンかしら。ちなみに、オサマ・ビン・ラディンはラディン家のライオンの意、ウサマとはオサマのパシュトゥン族の発音だそうです。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:27 | 固定ページリンク




一考 | 署名本に

豚式さんへ
20日までにですぺらへ本をお持ち頂ければ郁乎さんの署名を頂戴しときますが、いかがなものでしょうか。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:28 | 固定ページリンク




一考 | アナーキー

フーリエの使者さんへ
フーリエの使者なら加藤郁乎でなく、巖谷国士さんの領域ですね。もっとも私もアナーキー大好き人間です。とりわけ肉体関係に関しましては物心がついた頃から原始共産主義を地でいっております。今後ともよろしく。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:30 | 固定ページリンク




一考 | 遠回り

金光さんへ
この地図はちょっと遠回りじゃござんせんか。でも有り難う。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 15:31 | 固定ページリンク




一考 | もと赤面症

ゆきちさんへ
ですぺらの店主は本当は気が弱くて恥ずかしがり、お客さんの顔を正面から見ることすらままならないのです。従って、ご来店の折りは大きな声で名乗りをあげていただければ有り難いのです。
50歳を越えてからは人の名を覚えるのが困難になってきました。それ故、むかし山田風太郎氏より学びし若返りの術にもっか励んでおります。いやあ、なにを隠そう、若い愛人をこさえてうつつを抜かしているのです。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 16:01 | 固定ページリンク




一考 | 

高坂さんへ
投稿に不自由があった時は管理人の向こう脛を蹴っ飛ばして下さって結構です。
はてさて、その櫻井さんのご厚意によって開設された掲示板ですが、どういう場所なのかは私にもよく判っておりません。きざな言い方で恐縮ですが、酒、書物、オートバイ、暴走族用の車、金魚、レース用もしくはアンティークな自転車、料理、香辛料、アウトドアに関するグッズ、北海道、かつての色街、変態セックス、その辺りをテリトリーに蠢いております。かかる領域でのご質問なら何でもお答え致します。ちなみに、横浜ケンタウロスの一員として、現在なお、族を張っております。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 16:03 | 固定ページリンク




一考 | 007は貴方のことだっけ

比呂さんへ
極秘任務の件、ご面倒をお掛け致しますが、何卒よろしくお願い致します。無事落着のみぎりには結構な贈り物あり、否悪しき贈り物かも。それにしても40歳にて独身かつ変態とは、結構なご挨拶で痛み入ります。小心者の店主をあまり驚かさないで下さい。長いお付き合いを願い上げます。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月10日 16:18 | 固定ページリンク




やっき | 地図

地図改良いたしました。
http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/desperamap.jpg



投稿者: やっき    日時: 2001年10月11日 02:03 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 未婚、変人

一考さま。つまらね書き込みにわざわざお返事をいただき、ありがとうございます。「後方見聞録」は、そろそろ我が片田舎にも配本されるころでしょう。私は仏文学には疎いので、学者をほとんど知りません。手元にはミステリの故・小泉喜美子さんの蔵書の形見分けの「幻想の海辺」とかいう本がありますが、手付かずです。私なんざあ、50歳にして未婚、知人たちからは(偉大なる)変人という称号?を何年も前に戴いております。小泉首相の先輩だぁ。(自慢できることかぁ)それにしても。20日夕方は相模大野駅近辺で二人の画家と面談予定。ああ、何たる不運!



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月11日 10:45 | 固定ページリンク




一考 | 高柳重信展のことなど

高柳重信展が10月10日から12月9日まで戸田市立郷土博物館にて催されています。開館時間は午前10時から午後4時30分。休館日は毎月曜日と10月31日、11月6、27、30日。入場無料。同博物館の住所は以下のごとし。
埼玉県戸田市大字新曽1707 電話048-442-2800
http://www.toda-c.ed.jp/haku

加藤郁乎さんの「後方見聞録」学研M文庫、定価680円は10月11日の発売です。お買い上げもしくは推薦を皆様にお願い致したく、どうかよろしく。なんの役にも立たない解説を同書に26枚ほど著しました。御笑覧頂ければ幸甚です。20日以降ならですぺらにも在庫有り。

上記二項、如月さんちのホームページで詳しく紹介されています。当掲示板をさまざまなところでご紹介頂き、如月さんには感謝。変人の友人というのは有り難いものです。
変態という言葉は、オタマジャクシに手脚が生え、尾がなくなって蛙になったり、芋虫が蛹となり、さらに繭を破って蝶になったりする生物学上のメタモルフォーシスを意味し、大層気に入っていたのですが、傷付く人が多いのではと忠告を受けました。今後は変人に切り替えましょう。でも、意味するところは同じなのですが。

如月さんへの文言の中でウサマとオサマを取り違えていました。アラビア語でウサマ・ビン・ラディンが正しく、オサマ・ビンラディンはタリバーンでの呼称とのこと。悪しからず。
ネットでのやりとりを小生はおしゃべりの延長線上にあるものと心得ます。活字にする時は事前に調べますし、やばいことや曖昧なことは一切許されません。しかし、当掲示板にかような心配りは無用と思っております。酒席同様、無責任な流言蜚語が飛び交うのも愉しいではありませんか。大風呂敷を拡げる人、あらぬことに悶絶する人等々、大歓迎です。もとより、人と人との関係は誤解ないしは思い込みで成り立つもの。されば誤解を六解へ七解へと押し上げようではありませんか。アナーキーな掲示板になればと、勝手な夢想を描いております。また、社会学を最大の敵と心得ますので、そちらの話は御免被りますが、政治、経済に対しては無責任な意見を数多持っております。いずれ、駄法螺を吹き上げますので、よろしく。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月11日 15:22 | 固定ページリンク




一考 | ちょっと長い自己紹介

震災の後のおしゃべり

読み手をどこかへ連れていくような、物語の楽しさはもちろんですが、
装丁の美しさ、限定出版された書物の希少性、そして、さまざまな立場で本と接する人々……もっと多面的な本の魅力について、お話しましょう。

美しい書物

 未曾有の大震災に襲われたのは一月十七日、明石の拙宅も甚大な被害を受けました。屋根が崩れ落ちて瓦は一枚も残らず、風呂場と便所は壁の裂け目から星の瞬きが見えるようになりました。電気、ガス、水道、電話、ライフラインのすべては途切れ、露天風呂と化した風呂桶に残された僅かな水が全財産となりました。数十年かけて蒐めた焼き物や薩摩切り子のコレクションも全滅、大事にしてきた書物も書棚もろとも顛倒して、未だに手つかず。足の踏み場もない書庫から取り出せた数部の書冊も、函が壊れたり、表紙が破れたり、ねじ曲がったり、ことのほか不憫に思われます。
 電話が通じるようになってからのことですが、「大丈夫なのか」との問い合わせを随分と頂きました。やがて、馴染みの古書店や出版社の知己から義援金が送られて来、京都在住の友人は飲料水と屋根に掛けるシートを山のように抱えて、福知山経由で丸一日を費やして見舞いに来てくれました。友曰く「おまえが死のうが生きようがどうでもよろしい、ただし、この家には国会図書館にない本が多数ある。まず本を救わねば」彼はさっさと屋根に攀じ登るとシートを拡げ、傾いた襤褸屋をあっという間に「青色の館」へと変身させました。彼だけではありません。前述の「大丈夫なのか」も、大半は「先に本を救え」「屋根だけは何とかしろ」の類で、私の怪我のことなどは誰一人問いただしもしません。どうやら主語は本であるらしく、この家の主人は家中に巣くう夥しい書物なのであって、決して私ではなかったのだと言うことに気づかされました。
 本と付き合いはじめてから今日に至るまで、読書に始まって、編集、出版、装丁など、さまざまな形で書籍と接してきました。若い頃に泉鏡花を知ったのが、本好きになるきっかけになったと思います。鏡花本は美しい、実に美しいものです。鏡花本の悉くは鏑木清方や小村雪岱の版画で飾られています。あの時代は絵師に彫り師、摺り師が多く居ました。和紙も廉価で、条件が整っていました。著者自身も装丁には腐心しています。本の内容がメッセージだとすれば、装丁はメディアです。夏目漱石や鈴木三重吉、与謝野晶子はそれを自覚した作家でした。北原白秋、木下杢太郎、竹久夢二、渡辺一夫、北園克衛、吉岡実などは自らの著書にとどまらず、数多くの装丁本を遺しています。内容に相応しい装いに焦がれたのだと思います。著された原稿や作者の想いに一つの形を与えるのが装丁です。配された文字の大きさとバランス、色や紋様、あるいは素材の風合いや感触が中身と照応しあうとき、美しい書物が誕生するのだと思います

罰せられざる悪徳

 すべてのきっかけはサルトルでした。
 私が中学一年か二年の頃のことです。風邪をひき、かなり高熱を出して寝込んでいる所へ、母が本を買って来てくれました。近所の本屋で薦められたからと渡してくれたのが、人文書院から上梓されたサルトル全集。その一冊に「嘔吐」があり、巻頭にセリーヌの言葉が掲げられていました。セリーヌって誰だろうと疑問に思い、手に入れた「夜の果てへの旅」今は懐かしい大槻鉄男さんの翻訳でした。そのあとがきに出てくるサドの名前。ついで買ったのが澁澤龍彦訳の「恋の駈引き」あとがきには、サドの系譜に属する作家としてポウ、カフカ、石川淳が著されていました。そうやって、本に名前が挙げられた作家の作品を、片端から蒐めていくうちに、私は本の世界にのめり込んでしまったのです。
 ヴァレリー・ラルボーに「罰せられざる悪徳・読書」と題するエッセイがありますが、そのタイトルは読書の醍醐味を的確に表した言葉だと思います。男色も、盗みも、殺人も、読書に比べれば、随分と柔な悪徳です。サドの「ソドム百二十日」では三十人がむごたらしい拷問に遭って絶命しますし、登場人物がすべて殺されてしまう著名な探偵小説はみなさんもご存じでしょう。如何にいかがわしい夢を見ようが、また、おぞましいことに身を委ねようが、書物の世界ではすべてが許されるのです。
 唐十郎さんが面白い話をしてくれました。彼が子供の頃のことですが、湘南海岸に泳ぎにいきたかったのだけれど、家が貧しかったので湘南までの電車賃がなかった。そこで、洗面器に張った水に湘南への想いを託した。それが文学への第一歩なんですね。電車に乗って湘南へ行くことと洗面器に顔を浸けることとが等価になる。即ち、想像の世界と現実の世界とが等しくなる。そういう人こそ、書物を繙く資格があるんです。夢と現実が相克すると思っている人は、本を読むなんてのっけから止めたほうがいいと思います。
 これが文章を著すという段階になると、洗面器の中に、湘南海岸どころか、全宇宙を視てしまう。そして、湘南海岸はああだこうだと活写する、実に稠密かつ緻密にですよ。つまり、見てきたような嘘を書くわけです。生活なんてどこかへ捨ててしまって、書くという行為そのものが唯一の経験になり生活になる。空想と現実との境界線をなくした寄る辺なき身、いわば汽水域に生きる白魚のようなもの、もしくは昆虫でもあり植物でもある冬虫夏草のような存在を想像すればいいわけです。
 三橋敏雄さんに「顔押し当つる枕の中も銀河かな」という句がありますが、ここには文学の要諦が示唆されています。「枕の中が」であれば興は褪めます。「枕の中も」と閉じることによって、大宇宙の銀河と枕の中の銀河とが融合するのです。ここでは大きな銀河と小さな銀河とが、入れ子構造となって立ち顕われます。即ち、大と小の弁証法が十七文字に昇華されているのです。
 そして、大好きな泉鏡花ですが、鏡花の小説は読んでいて血沸き肉踊ります。読み手をどこか別の世界へ連れていってくれます。「高野聖」で、鬱蒼たる森の中、空から雨のように蛭が降る場面なんか、ありそうにない話だと分かってはいても、思わず背中をまさぐりたくなる。描写力が読み手をぐんぐん引っ張っていく。見たこともない、行ったこともない、そんなすごい所へ連れていってもらえるのが嬉しくて、私は本を読むのですから。

そして神戸

 文学に夢中になった坊主頭の中学生は、つっかけを履いて足しげく古書店へ通うようになりました。当時は詩に興味があったものですから、詩書をずいぶん購入しましたが、他方、仏蘭西文学や花柳界を舞台にしたいわゆる「遊蕩文学」をごっそりと買い込みました。歳格好に似つかわしくない本を買っていたからでしょうか、古書店のおやじから声を掛けられたり、懇意にしている作家を紹介してくれたこともあります。澁澤龍彦さんもそうして知り合った一人です。
 京阪神の古書店では飽きたらず、お金を貯めては東京へもよく出掛けました。落合の某古書店へモダニズム関係の本を買いに行ったときのこと。書架に並べられた本を見ながら、目的の書冊を次々と引っ張り出して、その数五十冊にもなったでしょうか。店主がやって来て、「ぼく、これ買うの?」当時はまだ十代でしたから、怪訝に思ったのでしょう。「はあ、買いますよ」と答えると、「あんた、誰」「あの、渡辺っていいますが」「渡辺って……、まさか、あの神戸の渡辺さん」その店も通信販売で頻繁に利用していたので、名前は覚えていたのでしょう。「渡辺さんって、五十過ぎの方だと思っていました」
 私が驚いたのは、その日、お茶を馳走になりながらの希本の数々である。「先行き、あんたはこういう本を買うようになるんだから、よく見ておきなさい」と言いながら、永井荷風が愛人に贈った署名本や白秋宛て朔太郎の署名本、伊良子清白の詩集「孔雀船」署名本等々を観せて頂いた。

書物は恋人

 二十歳の頃です。どうしても欲しい本が明治古典会に出品されるとの話で、蔵書の半数を占めていた詩書を纏めて売り払いました。書肆ユリイカの出版物を中心に、戦後詩の主なものは大体揃っていました。年収の五倍位の大金を得て、念願の平井功の二冊の詩集、「サバト」「戯苑」をはじめとする日夏耿之介の編輯になる諸雑誌一括と日夏耿之介の詩集一口を購入しました。
 時には蔵書を売って、あるいは古書店に借金をしてでも、読みたい本は手に入れる。そんな私の本好きは、読むことからやがて造ることへと拡がっていきました。そもそもが、一部分だけ担当するというのが好きじゃないので、本を造るのも、構想を練るところから書店への販売まで工程すべてを手掛けなければ気が済まないのです。なにがしにはあの翻訳を、この人には懸かる種類の創作を、まずはそんな所から始まります。そして、原稿をとってきてレイアウトを施し、朱筆を持って校正し、自ら装丁します。最後は風呂敷にくるんで営業に歩き回るのです。
 ところで、二千部の新刊を造ったとします。売り先は、東京都内で千五百部、京阪神で百部、その他の地域は全国津々浦々すべてひっくるめて百部。残る三百部は五年ほどかけて、東京で徐々に捌けていきます。つまり、出版は東京以外の地では成り立たないのです。南柯書局の仕事もなかなか厳しく、ついには印刷会社への支払が滞ってしまいました。一億を軽く越える金数を費やして、残されたのは支払う手立てのない五百万円の赤字と在庫の山。東京の出版社から「借金を肩代わりしてやるから、おまえ、うちの編集長になれ」と声を掛けられたのは、丁度そんな時でした。そこで私は東京へ身売り、三十代も後半のことでした。
 考えてみると、本に夢中になってから今日に至るまで、東京へ夜逃げした頃だけが、唯一借金から解放された時代です。他はずっと、古書店の借金を抱えていました。欲しい本のためには借金も厭わないのですから、仕方がないのですが、借金をあまり気にせずにいられるのは、古書店側が平気で借金させるのも原因のひとつです。というのは、もし借金が払えなくても、古書店は本を差し押さえればいいからです。気が置けない古書店の中には、年末になると車でやってきて、借金分だけ本を持っていってしまうところもあります。稲垣足穂の署名本もそれで失いました。借金のかたに本を持っていかれるのは辛いものです。きっと、私が死んだあとは、一冊残さず持ち去るに違いありません。それも二束三文で。でも、真っ先に義援金を工面してくれたのは、その古書店なのです。本の売買と同様に、古書店との付き合いは行きと帰りの両面に亙ります。どちらかが往生するまでの、義理も人情もある愉快な道中です。

大風呂敷

 人って、表に出す人もいるし出さない人もいるけれど、大概自分のことを自慢したいんです。自己表現と自慢は一枚のコインの裏表。例えば、私が書物にのめり込んだのも、それは、こんな美しい本があるとか、こんな素敵な本ができたとか、つまりは「すごいだろう」って自慢したいだけなんです。
 何かしている、何かに夢中になっている時って、充実しているじゃないですか。どう顛んでも人の一生なんて、「質の悪い冗談」でしょう。行き先には滅亡しかないんですから。生き甲斐なんてあるわけないですよ。だからこそ、死に至る過程を如何に楽しむかが問題になるんです。それはスタイルであり、なりふりの問題です。例えば、人と話をする時に、信じるべき自分、話すべき自分なんて、どこにもないわけでしょう。でも、それでは会話が成り立たないから、その間だけ無理矢理自分を構築するんです、自分はこうなんだと。要するに、相手の思惟の対極にわが身を置くんです。総論反対、各論絶対反対ですね。そうすると、話をしている間だけは「自分」がある。本来、存在していないに均しいものが存在感を感じる。これ以上の錯覚、これ以上の快感はないと思うのですが。
 本でも、金魚でも、自転車でも、料理でも、何でもいいんです。なにかしている時って、それに没頭出来るじゃない。そして、自らしていることに意地を張れる。人生なんて、あるがままでは意地の張りようがないけれど、そこに何か項目をつけ加えれば、意地も見栄も張れるでしょう。謂わば限定版の人生をでっち上げるようなものです。むきになるとか、風呂敷を拡げるって、楽しいじゃないですか。そんな時だけですよ、人生がキラキラ輝いてみえるのは。

      渡辺一考(わたなべいっこう)昭和二十二年二月五日、兵庫県神戸市生まれ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月11日 15:31 | 固定ページリンク




高阪 | また来ました。

自己紹介、上げられたこと、嬉しいです。なにしろいただいた
レスに書かれています酒、書物以下、なかなか話題に入れない
なぁと思っておりましたもので。
では、勝手に思ったことをつらつら書かせていただきますね。

>読み手をどこかへ連れていくような、
素敵な言葉だと思います。私は趣味で手遊びのように文章を
書いていますが、フィクションであればどこかへ連れて行く
ように、ノンフィクションであればどこかを指し示すように
書けるといい、と僭越ながら思っていたりするものです。

>三橋敏雄さんに「顔押し当つる枕の中も銀河かな」という句が
>ありますが、ここには文学の要諦が示唆されています。「枕の
>中が」であれば興は褪めます。「枕の中も」と閉じることに
>よって、大宇宙の銀河と枕の中の銀河とが融合するのです。
こちらも感銘を受けました。こういうのは文学でしかできない
ことなのだろうかと、ノンフィクションではできないものかと
思ったりしています。単に文学を判っていないだけでしょうか。

ともかく、書物そのものに関しての思い、楽しく読みました。
どうも私はまだまだ書物そのものの魅力について知らないの
だと思います。それでは、また寄せてもらいます。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月11日 22:45 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 巡禮

一考氏が書き、先のかたも触れていた三橋敏夫句集「巡禮」を久しぶりに出してきました。小体ないい本ですね。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月12日 13:13 | 固定ページリンク




如月 | アラビア語とボイン

一考さん、現行の政治情勢のなかでは、<ウサマ>と<オサマ>の間には絶対的 な違いがあるかも知れませんが、そもそも古典的な正統アラビア語には母音字が ありませんでしたし、アラビア語では子音さえ間違えなければ、母音をどう補う かは読み手、話し手の裁量にまかされている部分が大きいのです。 アラビア語の例がすぐに思いつかないので、たとえばお隣りヘブライ語では、Jhv はaaeと補おうが(この場合はヤハヴェとなる)、eoaと補おうが(この場合はイ ェホヴァとなる)どちらでもかまわないというのと同じことです。  *   *   * ついでながら、こうした古典アラビア語の特徴が、「コーランは翻訳不可能」と いう<思想>と繋がっているようです。というのは、コーランを実際に音読する 際にはいろいろな母音を補わなくてはならないのですが、どういう母音を補うか で<意味>が変わってしまう。そうした多元的な<意味・解釈>をすべて含んだ うえで、あえてそれを一つの形象(文字体系)としてあらわしていったのがコー ランであり、さらにいえばそこに啓示の意義があるというのが、現在のイスラー ムの多数派であるスンニー派の考えです。ただこれは、あくまでもアラビア語の 表記体系からきてるんですね。 われわれからすると、こうした言語体系は不便、不合理極まりないようでも、わ れわれの国だって、<日本>と書けば問題はないが、発音上は<ニホン>と<ニ ッポン>の2つあって、それでいて<日本人>は不便を感じない。そんなことじ ゃないですか。 結局、なんでもかんでもアルファベットで表記できる(表記可能)というのが、 無意識の欧米中心主義という気がしないでもありませんけどね♪  *   *   * 以上、どうでもいいようなことを長々と書き連ねましたが、これも金魚、自転 車、料理に通底するものと御堪忍あれかし。



投稿者: 如月    日時: 2001年10月12日 13:50 | 固定ページリンク




朝子 | 片仮名に漲るチカラを見ました

如月様の書き込み活字で「ボイン」と書いてあって思わずどっきり赤面きゃー!うわー!と思ったのはあちきだけでしょうか?

こんにちは、初めまして。
如月様経由J君BBSから飛んできました、朝子ともうします。よろしくお願いいたします。

大分前ですがちょいと立ち寄ってビールとウィスキーだけ頂いて逃亡という、モルトなバーでなんて馬鹿なマネを!しでかしたもんで、こっぱずかしくて、赤坂にはよく行くものの、ですぺら、にお邪魔する勇気が無かったんですけど、またお邪魔しても宜しいですか?

酒は何でも好きなのですが、モルト・ウィスキーはとりわけ旨いと思ってるものの、何から手を着けたら良いのか解らず、名前や瓶で気に入ったモノを片端からのんでいるのですが、他に良い勉強方法はありますでしょうか?

ちなみに、今、手元にはObanていうのがあります。オバン。あたくしに、喧嘩売ってるのかしらん?と思って購入です。旨いです。

つまらない話で恐縮です。またのぞき見に来ます。お邪魔しました。



投稿者: 朝子    日時: 2001年10月13日 01:10 | 固定ページリンク




さくら(本名JM) | マスターへ


マスターこと渡辺一考様

この度は、ですぺらの掲示版開設、
おめでとうございます。
私はさくらと申します(HN変更の予定/本名JM)。
掲示版の書きかた、よく分かっていなかったりします。
万が一失礼がございましたら、お許し下さい。

一考様の自己紹介、拝見しました。
私の父も同じ年のようです。
バイクに乗っていらっしゃるのですか。
すてきですね。

私も簡単に自己紹介を書きます。
住まい:福岡市
好きなもの:
音楽、煙草(特にshort Peace)、楽器演奏(下手)、
チョコレート(但し甘いものは一般的に苦手)、
恋愛の話、エスプレッソ、チーズ、ヨーロッパ、
言葉(翻訳や文法等)、考える事。
齢:そろそろ(待ちに待った)三十路

幼い頃は「早く大人になりたい!」と思っていて、
子供という事が何よりも嫌いな、変わった子供でした。
年を取るのはさみしい気もするけれど、
子供時代に出来なかったことが普通に出来る
今の年令がすごく好きです。また、
将来は欧州の地で生涯を終えたいと思っているくらい
ヨーロッパが好きです。
恋愛の話は本当に好きで、
このテーマで丸1日話せるかなというくらいです。

また書き込みに参ります。
初の書き込みでアガってます。ごめんなさい。
来年お店に伺いたいと思っております。

時節柄ご自愛下さい。



投稿者: さくら(本名JM)    日時: 2001年10月13日 02:01 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 自転車愛好家

◆一考さま

 自己紹介拝見しました。
 内容はみなさんが触れておられるごとく、もちろん興味深いものでしたが、一考さんの文体、大好きです。とても心地よかったです。

 わたしは自転車の乗りで、自転車を愛します。
 なんて、ここまで書いたらもう書くことがない。

 そうそう、大ニュースがあります。突然ですが就職が決まってしまいました。先日一度落ちたアメリカの会社なんですが、ゾンビのように復活し、定期収入が得られることになりました。これで、こころおきなく画材買い放題、モデルさん雇い放題、取材し放題、ですぺら行き放題(といっても上限はありますが、いままでの禁欲生活に比べると、やり放題という感覚になってしまうんです)。
 ひょっとして、ヘルメス・トリスメギストスが、この前ちょっとお書きしました五連作のアイデアをよしとして、制作できるようにしむけてくれたのか? なんて思っています。
 もちろん仕事は大変でしょうが(時事系のコンテンツプロデューサーというものです)、それはいままでだって同じこと。なにをやっても楽ということはないはずです。そして、芸のために生きてることを忘れずに、どんなことがあっても絶対筆は折りません。楽器も捨てません。

 ところで、東京都が芸術家のために100万円貸す制度を設けた、というのですが、まったくナンセンスで、笑ってしまいました。無利子で貸すというのですが、一年で返せ、というのです。100万ぽっちで何ができるというのでしょう? しかも、返せ、って返せませんよ、芸術家は。
 芸術活動どころか、その100万を返すためにバイトをすることになってしまいます。生活費以外の余剰金を100万円稼ぐのは大変なことです。ひとつの物を生みだすのに、目に見える投資(画材、モデル代、アトリエ家賃、光熱費、など)と目に見えない投資(世間を見る、人と話す、本を買う・読む、映画や劇などに触れる、音楽を聞く、動物園や植物園にスケッチに行くなどの取材費)がいくら必要か、ってことになってしまうのですが「返済」というレッテルが貼られたとたん、それをどうやって捻出したらいいの? ということしか考えられなくなってしまって、創造どころじゃありません。
 それよりも、芸術を楽しむということを子供や若い人に知ってもらいたい。たとえば、絵の見方ひとつにしても、きちんと系統だって説明すれば多くの人が深く楽しめるようになるはずです。そういう教育にお金を使って欲しい。芸術家を育てるのは、周りの人々の理解なのです。わたしがフランスで居心地がよい、と思うのは、この周りの人の目が芸術家にやさしいからです。フランス人(みな同じことをいいます)曰く「芸術家だって? いいなあ。がんばってよ。君たちが貧乏なのはあたり前だよ」そうして、家に呼んでごちそうしてくれたり、いい景色のところをおしえてくれたり、画廊を紹介してくれたりするのです。(景色、なんていう目にみえない援助だけではなくささやかながら即物的にして具体的な援助もしてくれます)
 彼らは、ピカソのような巨人は百年に一人でればよい、といいます。しかし、その一人を生むために、ひとりひとりの芸術家は大事にしなければいけない、というのです。

 ひゃー長々とごめんなさい。
 でもわたしは幸福なことに、経済面では今のところなんとかなりそうです。そうそう、いい自転車買いたいなーとか思ってます。先日、やはり自転車乗りの兄と久しぶりに会いましたら、大変よい自転車を持っているので、嫉妬の塊と化しているのです。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年10月13日 07:00 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 高柳重信展関連のお知らせ


ですぺら臨時手伝いの二階堂奥歯です。
先日一考さんがお知らせしました高柳重信展のポスターが二枚ですぺらにございます。
告知していただける方がいらっしゃいましたらぜひご連絡くださいませ。
お待ちしております。
(一考さんご本人は寝坊のため書き込みする暇がなかったそうです。)



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月13日 19:27 | 固定ページリンク




添田健一 | 高柳重信展

添田健一です。
遅ればせながらですが、掲示板設立おめでとうございます。

告知はここでよいのかな。

高柳重信展
期間 平成13年 10/10(水)~12/9(日)
場所 戸田市立郷土博物館(月曜休館)10/31,11/6,27,30(休館日)
   048-442-2800
http://www.toda-c.ed.jp/haku
入場無料



投稿者: 添田健一    日時: 2001年10月14日 12:37 | 固定ページリンク




「まっちゃん」こと「松友」 | 遅ればせながら掲示板開設おめでとうございます。

渡邊一考様

掲示板開設おめでとうございます。

関西ではお世話になりました、「まっちゃん」こと
ネット上ハンドルネーム「松友」です。
この度、諸般の事情により関東へ逃げてまいりました。
往時は、文学・哲学などの知識を持たない痴者相手に、
辛抱強く色々とお教え戴きありがとうございました。
しばし関東に隠れている予定ですので、
お伺いできる折にはお邪魔したく存じます。

もちろん、様々な御活動がお忙しいと存じます。
私メへの御言葉は戴ける折は素直に御甘えし、
あるいはお店にて頂戴できれば幸に存じます。
まずは取敢えず、お祝い方々ご挨拶まで。
   ~~松友 こと まっちゃん~~



投稿者: 「まっちゃん」こと「松友」    日時: 2001年10月14日 23:35 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 追記


添田さん、誤解させてしまったようです。ごめんなさい。

私が言いたかったことは、「お店などに高柳重信展のポスターを貼って告知して頂ける方、ですぺらにご連絡ください」というこ
とだったのです。
言葉足らずですみませんでした。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月14日 23:48 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 後方見聞録

さっき、本屋に積まれていた「後方見聞録」を買ってきて、増補された第2部、第3部をさっそく読了。ウーム、矢川澄子女史への言及には、含羞が見え隠れするなぁ。現行の現代詩文庫には、折込の絵がないとは知らなかったなぁ。あの頃はスッゲー時代だったワ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月16日 17:15 | 固定ページリンク




梅子 | yorosiku よろしく

皆様、毎度ありがとうございます。 
ですぺらにて皿洗いやグラス割り担当の梅子こと薫子です。

パソコンで書き込みなんて、まあ10年振りであります。
あの頃はインターネットなんて言葉も知らず、”パソコン通信”で、
しかも電話代節約のために市内の草の根ネットにのみ接続してました。(モデムは1200bps)
通信している、というだけで変人、オタク扱いされたもんでございます。
その後仕事や男遊び(?)に忙しく、通信からは遠ざかってしまい、
ここ数年の変化にはついていけなくなって、携帯電話も着信専用、
メールって何?という状態になってしまいました。
ですぺら掲示板ができたのを契機に、二十歳の頃を思い出して、
また遊んでみようかと・・・皆さんの足を引っ張らないように。
でも、さっそくやってしまいました。ですぺら店主がパソコンをいじっている最中に、
コンセントをブッチしてしまいました。修復に一晩かかって、店主がレスをするのを
遅らせたのは私です。すみません。

どんな掲示板になるのか、なにはともあれ、どうぞよろしゅう。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月17日 04:17 | 固定ページリンク




梅子 | 同感

朝子さん、私は「ボイン」の文字を見てなんて懐かしい言葉!と思ってしまいました。
店にも是非いらしてください。店主が長ーい蘊蓄と共においしいウィスキーをおすすめ
いたします。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月17日 04:19 | 固定ページリンク




梅子 | さくらさんへ

さくらさん、ですぺら店主はさくらさんのような娘がいてもよい歳なのに、
未だにバイクで飛ばすは、女は追いかけるはで、困ったおやじです。
役に立たないというか、イケナイ恋愛談義なら店主の得意とするところだと思います。
来年東京にいらっしゃるのですか、お待ちしています。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月17日 04:21 | 固定ページリンク




梅子 | 

中島さん、就職成功おめでとうございます。この難しい時期にすごいですね。
パワー全開準備完了というところでしょうか。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月17日 04:23 | 固定ページリンク




一考 | くろちゃん

 フーリエの使者さんへ
 三橋敏夫さんの句集をお買い上げ下さりありがとう御座いました。「巡礼」のシリーズを造ったとき、指の入らない貼函は制作できませんと製本屋さんから断られたことなど、懐かしく憶い出されます。
 小泉喜美子さんの著書は須永朝彦さんの紹介で知りました。生島治郎さんと離婚の後、一段とお酒を聞し召すようになられたようで、くろちゃんが経営する2丁目の「くろのす」がまだ新宿御苑よりにあった時、2階から階段を落っこちて亡くなられました。
 ミステリー云々は私の与り知らぬところですが、小泉さんの小説は素晴らしい作品です。文学作品としての鑑賞に堪える名作が多く、貴方の蔵書も大事になさって下さい。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:26 | 固定ページリンク




一考 | おばんとオーバン

 朝子さんへ
 「ですぺら」にいらしたとか、どうもありがとうございます。
 この掲示板でウィスキーのことを著す機会がないもので一言。オーバンはハイランドとアイラの中間の性質で、華やかさには欠けますが、時代に追従しないクラシックな味わいを持っています。完熟した西洋梨の香り、ヘザーのキャラクター。昔日のアードベッグを想わせるスモーキー・フレーバー。ピーティーな潮の香とスムースなフィニッシュ。ハイランドに聳(そばだ)つ銘酒のひとつ。というのが私の感想です。ご多分に漏れず、独立瓶詰業者のボトルはオフィシャル・ボトルと比して、引き締まるようなソルティーな味わいとスモーキー・フレーバー、そしてフィニッシュのビター・チョコの香りが顕著です。
 おばんなどと言わずに、アードベッグと共に可愛がってやって下さい。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:28 | 固定ページリンク




一考 | 素晴らしき稼業

 さくらさんへ
 「幼い頃は『早く大人になりたい!』と思っていて、子供という事が何よりも嫌いな、変わった子供でした」と著されていますが、私は二十歳になるのがいやでした。だって、子供でなくなるなんて、そんな残酷なことがあってよいのかと、信じられない思いでした。甘えは許されなくなりますし、自己責任で価値判断のすべてを下すなんて、到底出来そうにないと思ったのです。もっと困惑したのが金銭問題です。これはもうジゴロかひもにでもなるっきゃない。運よくひもの端くれになれたものですから、なんとか生き延びられたのですが、それはそれは必死で女を漁りました。
 つらつら思うに私の人生と言いますか、精神は二十歳で静止したようで、気づいた時は五十歳でした。気づいたと申しますのは、この歳より自ら働くことを覚えたのです。言い換えますと、五十歳にして買ってくれる女人が居なくなったというただそれだけのこと。かかる自堕落な好色漢の掲示板です。みなさんヨタ話をどうぞ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:30 | 固定ページリンク




一考 | 天皇陛下万歳

 中島さんへ
 御就職おめでとうございます。
 東京都の100万円の根拠がどこにあるのかは判じかねますが、そんなゴミ金を借りる前にすべてを売り払いましょう。就職だって自らに残された貴重な時間を小売りするわけですから、炬燵から布団、万年筆から蔵書、芸から才能、矜持から思想、若さから美貌、肉体から貞操、親子から兄弟、売れるものはすべて売りましょう。もちろん最初に売り払うのは愛人であり、恋人であり、連れ添いなのです。本当に無一文になった時には天皇陛下万歳を三唱して死ねばいいではありませんか。どのみち死ぬのですから、生き延びるのに余計なエネルギーを費やすのはよしましょう。人生如何ともしがたく、またどうにもならぬものです。ウヒッ、ウヒッ、ウヒッヒッヒッ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:32 | 固定ページリンク




一考 | 奥歯牙慕情

 二階堂奥歯さんへ
 御協力感謝。今後ともよろしく。
 繰り返しになりますが、高柳重信展のポスターに余部2枚あり、必要な方に差し上げます。高柳重信さんのファンの方に。ですぺらに在庫していますのでよろしく。
 それにしても、二階堂とはこれいかに。私の友人に戸田一馬というペンネームを持つ作家がいます。埼玉の戸田ではなく、伊豆の函南の隣りの戸田でして「へた」と読みます。戸田の生まれで、種村季弘さんもご存じの作家ですが、「へたかずま」とはおもしろい名だと感心致しております。ちなみに、南柯書局のホームページには御参加いただけるとの由。期待致しております。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:35 | 固定ページリンク




一考 | フェラーリ疾走

 松友さんへ
 とりあえず、離職おめでとうございます。山崎のお医者も年内一杯で離職のご様子。都立病院は一応公務員なので、よろしいのではないかと思っていたのですが。もっとも彼氏は想像していたよりラジカルな方で、公務員で収まるような御仁ではありますまい。矯激にして愉快な酒呑みを御紹介いただいたと貴方には感謝致しております。
 ところで、フェラーリとカゼのバイクは売り払ったのですか。貴方と初めて会ったときは黄色の皮ジャンで黄色のロータス・セブンに乗っていましたね。私も族のつもりですが、四輪では貴方にかないません。奥多摩か伊豆でも二輪で疾走しますか。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:37 | 固定ページリンク




一考 | ホームページの仲間入り

 比呂さんのご厚志によって、どうやらプロバイダーに接続出来そうな案配になりました。かつてお世話になった神戸のムーンさんと今回多大な御迷惑をお掛けした比呂さんには満腔より深甚の謝意を表したく思います。本当にありがとうございました。終生変わらぬ友情を捧げる所存なれば、今後共よろしくお引き回しの程、幾重にもお願い申し上げます。
 さて、ホームページ開催のみぎりには「ですぺら」はもちろんですが、南柯書局そして畏友須永朝彦さんのホームページも同時に起こさねばなりません。当然その前に須永さん宅へマッキントッシュをお持ちし、些かでも馴染んで頂かねばならず、忙しくなりそうです。
 若い人には簡便に思えても、50歳を過ぎますとパソコンの扱い方も煩雑なものに思われます。須永さんも私も共に料理は達人と自負致しておりますが、パソコン操作における整合性のなさは難儀なものです。例題を個別に覚えるしかなく、かなりの苦痛を伴うのです。
 徒し事はさておき、須永さんの初期の作品や単行本未収録の作品など、耳目を欹たしめるホームページになると確信します。乞御期待。
 須永朝彦さんの編輯になる郡司正勝さんの遺稿集が10月25日に柏書房から、11月10日には種村季弘さんの偽書作家列伝が学研文庫から、12月には種村季弘さんのファンタジー・マップに関する新刊書が柏書房から上梓されます。詳細はそのつど、当掲示板に掲載致しますのでよろしく。
 他にもピエール・マッコルランの翻訳書から須永朝彦さん久々の新作小説に至るまで企画は目白押しです。ホームページ共々、御期待あれ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 04:39 | 固定ページリンク




一考 | 人をだしにする術

 高坂さんへ
 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、文学における作品の出来不出来はジャンルを問いません。逆に言えば、俳句であれ、短歌であれ、私小説であれ、ホラーであれ、ミステリーであれ、選れたものがよろしいのであって、読むに堪えないものはジャンルの如何を問わず駄目ということになります。ちなみに、私が結構な作品と認めるのは、その作品に作者の肉声すなわち志があるかどうか、言い換えれば、思想なり哲学なりが在するかどうかという一点に尽きます。
 澁澤龍彦さんについて「一切の観念もしくは形而上学を過価なるものとして嗤い飛ばしてやまなかった。その精神の軌跡は思いもかけぬ領域、例えばドゥルーズの流動の相と通底するような趣さえ感じさせる」と先頃加藤郁乎さんの本の解説で著しましたが、この万物を「過価なるもの」とする潔い姿勢に私は思想を視るのです。哲学という行為もしくは運動のエネルギー源は自らへの懐疑でしかありません。
 自らを信じ、もしくは自ら肯うところのものを信じ、言葉を換えるなら、拠ってたつ規範を信じる人や必要とする人、さらに言えば、自らの存在に意味や意義があると思うような人を私は俗物として退けます。例えば読書の対象が俳句のみ、ミステリーのみというような人はまさか居ないでしょうが、もし居られるとしたらその方々も同じ意味合いにおいて私は忌み嫌います。これは自らを要約してみせるような人にも同様のことが言えるでしょう。
 繰り返しますが、文学作品としての鑑賞に堪えるかどうかがすべてに優先されます。その作品がいかなるジャンルに属するかはどうでもよいことなのではないでしょうか。人も同様で、失意と懐疑というふるいによってその人がいかに風通しのよいデタラメな人品の持ち主に成り果せるかが問われるのであって、職種や職歴が問われるのではありません。
 以上、人にかこつけて自分の心情を吐露するのが、私のもっとも得意とするところなのです。悪しからず。 



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 05:00 | 固定ページリンク




一考 | 母音と無音

 如月さんへ
 アラビア語におけるボインに恐縮。スンニー派がサンボリストの先達だったとは不勉強で御座いました。母音と無音は人智を持って図ることのできない神秘でございまして、どこやらの梅子さんへの啓示、いや天啓とも称すべき逸文、否逸聞、否逸物と解釈致します。ボインを愛し色魔と化したのがランボーであれば、ナインを慈しみ海に沈潜したのがロートレアモン、その両人をクロスオーバーさせたのが月亭可朝ということになりましょうか。ボインとナイン、ボヨヨンとナヨヨン、かかる二項対立をもっか毎週末、十二分に楽しんでおります。スフィンクスに敬意を表して、「生きていてよかったなあ」
 さるにても、梅子とはなんともはや、いっそ私は竹淋とでも改名致しますか。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月17日 05:55 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 戸田村

あのー、「伊豆の函南の隣り」にあるのは、三島市、熱海市、韮山町ですぅ。函南町から戸田村へ行くには、伊豆長岡町、沼津市等を通過しなければなりません、はい。以上三島市の住人からの指摘でした。そういえば、南柯書局の本は10数冊持ってるんじゃあないかなぁ。こんど調べてみよ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月17日 10:09 | 固定ページリンク




高阪 | 高阪です。

今日はふと思いたって「白貂を抱く貴婦人」を見てきました。
それより私は、時祷書のほうにしみじみしてしまいました。
それは両掌に充分乗るような小さな本で、綺麗に彩色された
聖書の場面かなにかの絵を左ページに、右には文様に縁取られた
枠の中に、金色の飾り文字のような字体で文章が記されていて、
多分とても貴重な一冊として大事に扱われてきたのだろうと
思えました。派手すぎというほどきらびやかなものでしたが、
私のような本を活字の連なりとして見て内容だけを追う読書は、
もしかしたらとても貧しいことかもしれない、そんなことを
思ったことです。

>自らを信じ、もしくは自ら肯うところのものを信じ、
そういうものを信じられるひとは幸せだろうと思います。それを
信じることが他を否定することにつながらなければいいのにとも。

>以上、人にかこつけて自分の心情を吐露するのが、私のもっとも
>得意とするところなのです。悪しからず。 
済みません。こうした目上の方の掲示板に慣れておらず、多少
オロオロしているところはあると思います。もう少し肩の力を
抜いて、普通にお喋りを楽しむようになりたいところです。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月17日 19:27 | 固定ページリンク




一考 | 頬にキス

 如月さんへ
 種村季弘さん主演の映画の話でそちらのサイトが盛り上がっているようです。
 明治時代から続く有名な漢方医院が六本木にあるんですって、その漢方医が函南に広大な薬草園を所有してい、監督の佐伯さんはじめ、関係者はそちらで起居を共にしているとのこと。
 先日のですぺらにおける撮影は柘榴と林檎と二十世紀を用いた博打場と軍の南方への転進の両シーンでした。一方は柘榴と梨のツー・ペアと林檎のスリー・カードのどちらが強いといった理不尽な賭博、一方は南方といっても南国ではなく大陸、すなわち南極でして、新宿梁山泊の女性と種村さんがペンギンと共に空を舞い、大久保鷹さんはアザラシと怪獣探検という荒唐無稽なお話。大久保鷹さんは太宰治、種村さんの役どころは連隊長にして吟遊詩人。両のほっぺにキスマークをつけられ「君たちは墜ちてきた天使」と喜んでおられました。種村さんの役者振りにかの怪優、大久保鷹さんも舌を巻く始末。楽しい一日でした。
 佐伯さんと私は二十代からの飲み仲間、京大在学中から映画には一見識を持つ親友の一人です。映画の完成は三月の予定、前述の漢方医院で試写会を開きます。お近くですのでいらして下さい。日にちが決まれば御連絡致します。

 以下は皆様へ
 11月12日の月曜日、学研文庫に署名をしに種村さんがですぺらへいらっしゃる予定。署名本をご所望の方はですぺらか如月さんへどうぞ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月18日 02:20 | 固定ページリンク




一考 | 眼中の人

 高坂さんへ
 ですぺらを初めてから種村さんを先生と呼んでいます。もちろん過去、種村さんを先生とお呼びしたことはありません。種村さんからどうしたのと問われ、皆死んじゃって、先生と言える人がいなくなりました。呼ばせて下さいと言ったところ、「さびしいこと言うなよ」と一言。郁乎さんの解説を書くのも私には断腸の思いでした。
 人に目上も目下もありません。でも35年もお付き合い致しますと存在が妙に懐かしく思われる時があります。迷惑を顧みず種村さんの本を幾冊も造りたくなったのは、いわば氏への拳恋の情。同じ思いを須永朝彦さんにも抱いています。私も「残された時間」に差し掛かりました。後は若い方々にバトンタッチ、高坂さんや斉藤さんどうかよろしく。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月18日 02:53 | 固定ページリンク




梅子 | 戸田村

どうもありがとうございます。とっても関西人なもので、関東の地理には疎くてすみません。
函南(かんなみ)という名も「神鍋(かんなべ)?」(兵庫県にある地名)と聞き返してしまいました。
天気予報で「茨城県鹿行地方」と言っているのを、関東にも六甲(神戸の北側の山脈)があるのかあと思っておりました。因みに軽井沢は全国に10カ所くらいあるそうです。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月18日 03:24 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 地名は難しい

全く、地名の読みは難しいものです(そういえば、函南町にも軽井沢があります)。種村季弘サンの本でも、西伊豆の地名のルビが間違っておりました(オイオイ)。ところで、一考氏が書かれているように、好きな作家の本を自分で出したくなるのはファンのならいでしょうか。私もその昔、種村季弘サンの私家本限定百部(非売品)新書版を種村サンと作ったことがあります。これはハマリます。でも、ご多分にもれず資金難ですぐ撤退。ここが一考氏との違いだなぁ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月18日 09:38 | 固定ページリンク




みう | 先日は楽しかったです。

一考様

こちらでははじめまして。
土曜日に飛び込みましたフリルの服の小娘でございます。
覚えていらっしゃいますでしょうか?

大人のひとのゆくところにひとりで行ったのは初めてで、
わたしはとてもどきどきしていたのですが、
優しく迎えて下さって、とても嬉しかったです。

またわたしにとってとても幸せな巡り合わせもあって、
非常に充実した一夜となりました。

また、遊びに行こうと思います。
そのときはぜひ、またお話してくださいませ。よろしくお願いします。



投稿者: みう    日時: 2001年10月18日 18:16 | 固定ページリンク




さくら | 妖気が満ちているうちに(笑)


一考様ならびに梅子様


先日はお返事ありがとうございます。今妖気が満ち満
ちております。この間に恋愛などの話題で書き込みを
しておきます(笑)。妖気発散、こちらではOKのよう
ですね。

バーですが私はしばらく行っておりません。はたち過
ぎ以来でしょうか。昔バーで一人で飲んでいると、イ
コール一夜の相手を探しに来るということだったよう
ですね。昔の名残なのか、一人でいるとやはり誘われ
ました。それも単刀直入に。誘うならもっとスマート
になさいな(笑)。(私は99%断りますが)


ところで、肉体関係を持った後に煙草を吸う男性心理
が疑問です。やはりあの行動は「君との関係は義務で
やってるんだよー」なのでしょうか。確か、そういう
行動を取るようになった恋人とはやがて別れが来たよ
うな…。私はそんな失礼な男性とはさっさと別れてい
ますけど。

お暇がありましたら答えてやって下さい。結局のとこ
ろは男女の脳みその違いなのでしょうね。


ところで来月種村氏がお見えになるとのこと。私は残
念ながら行けないのですが、楽しい会になりますよう
お祈り申し上げます。


うちの父も最近は機械がめっきり駄目になっているよ
うです。父上、もっと格好良く行こう(笑)。



投稿者: さくら    日時: 2001年10月19日 01:10 | 固定ページリンク




智里 | 血か字か参上します

(ちかじか)と打つと、こんなん出ました。でも血か、字か、ってちょっと かっこいいかな。一考さんのイメージ。 久々に上京できる機会を得たので、近々参上します。すごく楽しみです。 車をぶち飛ばして、13時間もすればそこは東京だ!もっといい車だと8時間 くらいで着くんだろうなあ。とほほ。 



投稿者: 智里    日時: 2001年10月19日 10:04 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 常連

ミステリサイト「UNCHARTED SPACE」のフク氏の日記には、ですぺらのことがちょくちょくでてきます。ウ、ウラヤマシ。私はいつ訪問できるのだろう?酒場の常連になるには程遠いなぁ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月19日 10:34 | 固定ページリンク




香賀薫 | 戸田村のこと追記

読みは「へた」ならず「へだ」なり。 書き逃げ御免。



投稿者: 香賀薫    日時: 2001年10月19日 12:24 | 固定ページリンク




添田健一 | へだについて

えーと、伊豆出身の添田健一です。

僕も戸田村のことは幼少より「へだ」と呼んでいました。
しかし、観光ガイドなどには「へた」とルビがふってあるものもあり、
その実はいまいち不明です。

ちょっと確認してみます。



投稿者: 添田健一    日時: 2001年10月19日 15:40 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 転記


こんにちは。
一考さんのいいつけで、以前私が自分の日記に書いたですぺら紹介の文章を転記いたします。
小娘って、みうさんとかぶって恥ずかしいな……。
明日の加藤郁乎さんの出版記念会では私またまた臨時手伝いとして働きますので、いらっしゃる皆様よろしくお願いします。
『終末領』を読み返して気持ちの準備をしております。
(しかしむしろ『荒れるや』か?)


★ 2001年7月12日(木)

熱に浮かされて、ですぺらを宣伝するという使命をおろそかにしていた。
6月25日のところでも書いている、赤坂のショットバーですぺらにみなさまぜひお運びあれ。
シングルモルト専門店といっても、シングルモルトしかないわけではありません。
シングルモルトが只事でなくあり、日本酒、ジン、ウォッカ、ビール、カクテル等その他のお酒もたくさんあります。特にワインが
充実しています。

御主人の渡辺一考さんはかつて南柯書局で粋を尽くした美麗な幻想文学の書物を作られた編集者・造本家です。お客さんも文
人多数です。
思わぬ噂話を聞くことが出来るかもしれません。

私のような小娘が行けるくらいですから、一人でひっそり行っても居心地よし。グループで行かれる向きにはテーブル席もあり
ます。
先週伺った時には『モルトウイスキー大全』他の土屋守さんがいらしていました。

お値段も幅広い上、チャージもありません。
(池袋もけっこうチャージ取らないのですが、するとなぜ馬場のちょっと洒落たバーはチャージ取るのよ!?
馬場のくせに生意気ではありませんか。学生の財布を考えてほしいものです。)

場所は赤坂一ツ木通り沿い、赤坂見附駅側を背にして進むと左手に吉野家があります。そのビルの三階です。

それでまた金魚の話。
一考さんは金魚の養殖をされていたこともあります。(というか驚くほどたくさんのことをされています)。
金魚は一言で言えばデカダンスなのだそうです。
人工的に作り出され、人間の手を離れては存在できない美しくもグロテスクな生き物が金魚だそうです。
願わくば私も金魚のようにありたいものだわ。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月19日 22:19 | 固定ページリンク




一考 | 生涯婚前交渉

 さくらさんへ
 モルト・ウィスキーに嵌ってしまった私には酒と女人は両立致しません。なぜなら、香水、化粧品等、コスメティックな匂いは酒の香りを味わうに禁物だからです。一切の化粧品を用いない女性なら問題はありませんが、私は酒を飲む時はひたすら飲み続けるべしと心得ています。ぐでんぐでんでは全くつかいものにはなりません。いずれにせよ、私にとっては酒と女人は別チャンネルの存在のようです。
 この話を言い換えますと、下心のある殿方は女性を食事に誘い、下心のない方は酒に誘うということになりましょうか。
 それにしても、妖気と名付けた割には妖気のない話ですね。バーで誘われるなんてすてきじゃないですか。誘いを望んでいても誘われない人が私の回りには多く居ます。私が女性なら相手の口舌がスマートであろうがなかろうが100%付いて行きます。また、屁理屈は願い下げで、単刀直入なほど、素敵ではないですか。単刀直入でない人はセックス以外のものを求めているようで胡散臭くかつ不純だと思われます。
 煙草は嗜好品なので、呑もうが呑むまいがその人の勝手。さくらさんが煙草をお嫌いなら、その旨申し入れればよろしいのであって、それ以上でもそれ以下でもないと思うのですが。この話もちょっと視線を換えますと些か意味のある話になりましょうか。
 男性のセックスは果てると同時にすべてが終了します。しかし、女性は高まりがその後も持続されます。ことの直後に煙を吹かされてしゃくにさわるのは、かかる消息ではないかと推察されます。一汗かきし後、間髪を入れず風呂に入るとかトイレに立つとかされるのと同じで、男の側の気配りの欠落に問題があります。
 若い頃、すなわちスタート時にあって、男と女のセックスは噛み合うところがほとんどありません。そして歳と共に男は女性的に女は男性的に変化していき、結果として歩み寄るのではないかと思われます。それ故、男女共に若い時は年上と、老いては若い人とお付き合いするのが上々。婚前交渉で十二分に肉体をカスタマイズしておきましょう。
 また、性交渉は互いが互いの道具と化することで、双方が無私の精神を持たないと成り立ちません。それは相方が口から涎を流しながら貪りついている間は、自らの肉体を物として提供しなければならないということです。しかし、ネクロフィリアならいざ知らず、生体を相手のセックスであれば不可能に近く、それは男女の脳みその量ではなく、質を同質化させねばならないようです。
 質の同質化を問えば、変態が想起されます。変態同士の方が黙契を持ちやすいのではないかと思い、その道の達人に問い合わせると、100人の変態が居れば100通りの変態が存在するとのこと。これはもう、1000人切りでも10000人切りでも結構ですから、とにかく天文学的数値の人と接触し交渉を繰り返し、運を天に任せて好みの人との出会いを待つ以外、解決策はなさそうです。
 と、ここまでは他愛ないおしゃべりで、ここから先は文学の領域に入ります。果てにはセルビーやジャリが著したオナニー・マシンの世界が待ち受けています。よろしくどうぞ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月20日 15:04 | 固定ページリンク




高阪 | おそれいります。

>さくらさんが煙草をお嫌いなら、その旨申し入れればよろしい
>のであって、それ以上でもそれ以下でもないと思うのですが。
関係ないところからふと顔を出しますが、私は学生時代には一時は
喫煙していましたが、それは嗜好というよりスタイルの問題であり
どうも煙草は苦手なようでして、喉や気管支が弱いことが発覚して
自分が吸わずにいると、すっかり煙草嫌いになってしまいました。

まぁ銘柄によっては平気なのですが嫌いなものを浴びるのも辛く、
車両も禁煙席で同席する相手には極力申し入れるようにしている
訳ですが、どうも「それ以上でも以下でもない」というふうには
思うことができません。それは自分の我慢が足りないと思ったり、
相手に変にモラリストぶっているとか思われたくないと思ったり、
そんな無駄な心理的抵抗感が強いようです。空気の悪いところに
行きたくない、という気持ちが最近では先に立ってしまいます。
大袈裟な言い方をすると、バリアフリーではない社会に出て行け
ない障害者の方の気持ちが察せられるとでもいいますか、それを
それ以下でも以上でもないと割り切るには、一体どうしたらいい
でしょう。くだらない質問で済みません。どうしてもひっかかる
問題なもので、よければご意見お聞かせください。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月20日 21:27 | 固定ページリンク




さくら | 楽しいお話でした


一考様

ご教示下さりありがとうございます。
というより、楽しいお話をありがとうございます。
「この程度は妖気ではないよ」とのこと(笑)。

私は煙草を吸うので、普段は気になりません。
書き込みを拝見して回想してみたところ、
一度だけバーで出会った男性と性愛に落ちたことがありました。
すっかり忘れておりました。
その後奢ってもらって二度美味しかったです。
今度バーで誘われたら、断らずにちょっと考えてみます。
誘われるという機会があるだけでもなかなか幸運なのだそうで、
自分の魅力の一つかと思いました。
今後とも宜しくお願いします。


さくら

追伸:こちらには齋藤さんのHPでのご紹介で参りました。



投稿者: さくら    日時: 2001年10月21日 07:46 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | ツールの写真

◆一考さま
 
 金曜日は、ありがとうございました。
 数年ぶりにほっとした一日の締めくくりにふさわしい宵でした。
 おやくそくのツールの古い写真をメールでお送りしました。
 また、お店に伺います。


◆梅子さま

 いろいろお話できてたのしかったです。
 わたしも、新しい自転車買ったら、ゴボウならぬ、ネギあたりを背中にしょうことになるんでしょうか。うーん。自転車ライフと「前カゴ」は両立しないんでしょうかねえ。画材だのPCだの背中にしょうのは気が重いんですよね。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年10月21日 11:10 | 固定ページリンク




朝子 | シングルガールのシングルモルトは香りは問題じゃない?


皆様またもやお邪魔いたしまする。

私はタバコもがんがんのみ、かつ、香水もじゃんじゃんふりかけ、そして
モルトウィスキーはうまい!とか思っているんですけど、それは、鼻がお
かしいということに他ならないのでしょうか?

・・・香水もタバコもそんなに邪魔になるもんでないと思うんですけど・・

つまり、その、美味しいものに対面してるときはその人に意識をがっ!と
集中させておるので、香水タバコの匂いはあって無いものと、自分では思
うのですけど・・・

で、寝屋での話も同じで、相手がタバコのみでそれがお嫌!という場合は、
タバコが嫌なんじゃなくて、相手に興味が無い!という可能性を考えてみ
てはいかがでしょうか?そうでないなら、まぁ対抗して自分も頂いてやる
か、逃げるとか、水ぶっかけてやるとか、無視して自分は旨い酒でも飲ん
でやるとか辞めないならもうしない!と呟いてみるとか・・・色々楽しい
技のかけがいがあると思うのです。

そういや一度、東大理3出の若い開業医って輩に連れ回された時があります
けど、その人が一点しか目指しておらず、酒飲んでも美味しいご飯食べても、
なんかこう・・・つまんないなぁ・・・思って連れ込みの前からタクって逃
亡したことがありましたね。各段階が面白かったら連れ込まれても良かった
んだけど。

視点が大事というか、何に価値を置くかで、物事結構楽しめたりそうでも
なかったり、すると思うんですけどね。まーその、開業医だかなんだかも、
ある一点にのみ価値を置いてたんでしょうけど、あたくしも期待してたの
に、結局オゴリご飯ぐらいにしか価値を見いだせ無かったし。

万人切りというのも楽しそうですが、妙な病気だけはお気をつけなすって。

どうもお邪魔しました。



投稿者: 朝子    日時: 2001年10月21日 22:28 | 固定ページリンク




香賀薫 | 煙か酒か食い物


煙草も香水も味わいには関係ないと思うならそれでいいんじゃないでしょうか?
もっとも、そういう方の半径5m以内には近寄りたくないですが。
ご本人様はどれもいけて楽しいでしょうが、あいにく香水と煙草は空中伝搬
しますので、なるべくウイスキーの薫りだけを楽しみたい煙草嫌いにしたら、
あんまりありがたくないタイプであることは確かです。
煙草とウイスキーのコンビネーションを楽しまれる方もいらっしゃいますので、
煙草を全面否定はいたしませんが、灰皿に吸い差しを放っておいて酒を飲んでいる
人を見ると「どっちかにせんかい!」と突っ込みたくなる事はままあります。
特に、その副流煙が直撃だったりすると内心泣いてます。
私の場合、後で喉が腫れて来るんですよ。
ついでに、そば屋と寿司屋で煙草を吸うのは粗暴を通り越して残虐だ!と
主張いたします。いささかとうがたった青年の主張ですが(笑)



投稿者: 香賀薫    日時: 2001年10月22日 12:52 | 固定ページリンク




朝子 | 他人様へのご迷惑は極力避けるよう努力はしております

香賀薫様 私めへのコメントだと思いますので、イイワケなんですけど、あたくしは、 堂々たるタバコのみであるため、ポリシーを持っています。 1.複数と食事中等の時は、火を付ける前に必ず断る!ダメと言われたら当然我慢します、できます、そんなこた、当たり前です。 2.携帯灰皿、いつも2,3個持ち歩いております。 なので香賀様、マナー知らずな奴にご迷惑をかけられる事が多いのかもしれませんけど、あたくし自身は違いますし、まぁ、もしですぺらで、隣の席になったら、ちゃんと、「タバコ遠慮してくださいますか?」と言ってもらえれば辞めますし。 バーに行く前に香水かけたりしません。 香水かけるのは、朝です。通勤列車がオヤジ臭いから。見知らぬオヤジに臭い!言うわけにもいかないので、自衛手段として、自分の鼻にのぼってきやすい所にちょいとつけているだけです。 って、あたしも、幼稚な反論で御免なさいね!でも、誤解されるのもいやだし!(笑)ではまた。



投稿者: 朝子    日時: 2001年10月22日 22:33 | 固定ページリンク




比呂 | その後いかがでございましょう?

どうも、比呂でございます。

 日頃の不摂生と何処にでも顔を出しては自分の時間を
食いつぶす生活を続けていたせいか、この10日ほど極度の
肩凝りが行きすぎたあげくの偏頭痛に悩まされております。

 季節の変わり目、というより、自分の年齢が恨めしくなる
そんな年齢に段々となってしまったのだなあ、などと。

>一考さまへ

 その後、顔がだせておりませんが、うまくいっているものやら心配
が募って参りましたので、また今週どこかで呑みに伺おうかと思っております。

 先にお伺いをした際には、可憐なお嬢様がカウンターでお酒を嗜んでいるか
と思えば、その後思いもよらぬゲストまで登場し、実はかなりどぎまぎして
おりました。おそらく傍目には図々しく見えたものかと思いますが(笑)。
 一緒にお伺いをした翻訳家の方もあまりに驚いてなにも言えなかったと残念
がっておりました。次回からはですぺらにお伺いするときには、せめて
『就眠儀式』くらいは携帯していこうと誓う今日この頃なのでございます。


>みうさま

 こちらにもご挨拶されていたのですね。ウィスキーを呑みにきた
そのカウンターで、西洋人形の如きの女性が座っていたのはまことに
不思議でマジカルな光景でありました(笑)。


 さて、Resでもないのですがつらつらと。
 こちらの最近のお話など読みますに、私にはまるで無縁な男女の美妙な
関係のお話などございますと、純情な変人の私にはまるで別世界の大人のお話に
感じられ、すっかり困ってしまいます。バーで妙齢の女性に声をかけるなどは、
気の利いた言葉の一つも出てこない無粋者には無縁な世界なのでございます。
はてさて、ここに発言を書かれている方々と顔など会わせようものなら、
おそらく相槌の言葉以外は出ますまい。もしいつかですぺらでお見かけになり
ましたら、そういう変わった生き物とご認識の上で、存分に触ってやってくだ
さいませ>みなさま。

 思うに「純情な変態」というのは、自己紹介する上では非常に適切な表現で
あるような気もいたします(笑)>一考さま

 煙草のお話は、始終煙草を手放せない私には耳の痛いお話しでございます。
それ以前に身嗜みなど整えることも怠り勝ちな私のこと、煙草を吸わなくとも
いつも衣装からは煙草の香りが………。
 ただ、酒にしろ蕎麦にしろ、その美妙な味わいを純に楽しみたい方と
ご一緒するときは、煙草は遠慮してくれ、と言われるのが常。でも無粋な私は
煙草がないと、なんとなく手持ち無沙汰で寂しくなるのもまた本音。
ならば、根っから無粋な自分がおりますゆえ、気持ちだけはせめて無粋な真似は
すまいというのを頭の片隅に置いて酒席を楽しむのでございます。
 時折、そんなこともさらりと忘れて、「タバコはやめて!」と注意されたりも
するのですが(^^;)。難しいものでございます。ただ、煙草の煙にも退廃の魅力
を感じる私故、生涯煙草は手放すまいなあ、とは感じております。なんとかうまく
付き合っていきたいものでございます。

 もちろん、酒の旨さに煙草がどこかに飛んでしまうことも、ままございます(笑
そのあたりに、本当の旨さの秘密などあるのやもしれません(^^;)

 



投稿者: 比呂    日時: 2001年10月23日 03:00 | 固定ページリンク




一考 | 疲れる話

 高坂さんへ
 文脈は文学生活と日常生活との乖離を示唆したつもりでして、煙草を嗜むのがそれ以上でもそれ以下でもないと述べたつもりは毛頭ございません。仮に五十歩譲ったところで、さくらさんはことの後に煙草を吸う男性心理に疑問を提出なさっています。ことの後に煙草を吸うのは「君との関係は義務でやってるんだよー」との意思表示ではなく、全く意味のない行為であって、さくらさんの考えすぎではないかという私見を述べたまでです。即ち男性の行為に選択とかアンガージュといった強い意志が働いたとは思われない。ただただ煙草を吸ったという、それ以上でもそれ以下でもない日常的行為ではなかったかと、そういう意味合いです。
 ちなみに、私は自宅では葉巻やパイプを嗜み、紙巻きに換算して60本位吸いますが、外ではフィリップ・モリスなどを飲んでいます。また、先日種村季弘さんと90分テープで5本に及ぶ対談を致しましたが、その間は先生の健康への気配りからフィリップ・モリスすら飲みませんでした。近頃煙草飲みは肩身が狭く、極端な不自由を感じる少数者と相成りました。
 私の友人に書誌学者の肥田皓三さんや小出昌洋さんが居ますが、彼等は酒も煙草も一切嗜まず、菜食主義者ですが、われら仲間内の集まりには出席なさっています。一切飲食せず、会費のみ支払われています。書物談議に惹かれてのことだと思われますが、酒、煙草、書物、女、オートバイを嗜好する私がごとき移り気な不良に苦言を呈することもなく、30年に及ぶ交友を結んでいます。
 どうでもよろしいのですが、こういう話は疲れますなあ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月23日 03:59 | 固定ページリンク




梅子 | 眼鏡の忘れ物

 10月20日の加藤郁乎さんの「後方見聞録」出版記念会にお集まり頂きました皆々様、ありがとうございました。郁乎さんも大変喜んで下さいました。短詩系はちょっと、と言う方もこれを機会に繙いてみてはいかがでしょうか。
 ところでお忘れ物のお知らせです。黒いケース入りの女性用眼鏡がカウンター下に落ちていました。今日まで気がつきませんで申し訳ありません。お心当たりの方はお知らせ下さい。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月23日 04:02 | 固定ページリンク




梅子 | お詫びと脅し

みうさんへ
 先日は店主が大変失礼をいたしました。酔っぱらいはしちこくて困りますよねえ。
わたくしもいつも手こずっている過激オヤジで、アイデンティティーという言葉には過剰反応するようにできておりますもので。あの後無事にお帰りになったのでしょうか。

伊藤ビンラディン氏は、どこで始発までの時間をつぶされたのでしょう。追んだしてしまったようですみませんでした。店主があんなにべろべろでなければお付き合いしたのですが。翌日は休みだったので、一日中パジャマ姿で「頭ぼけぼけ~」と、ふにょふにょしておりました。

週刊文春に「後方見聞録」の書評が掲載されたのは有り難いことです。これで売り上げ倍増!の訳ないですが、”あの”学研文庫のイメージチェンジになれば、ウッヒッヒ、です。
『伝説的な流れ編集者、渡邉一考』と書かれていたのには、なるほどと感心してしまいました。
この掲示板を見た方は、皆さん必ず誰かに「後方見聞録」を買うことを勧めるように。さもないと・・・などとは言いませんが、どうぞよろしくね。



投稿者: 梅子    日時: 2001年10月23日 04:56 | 固定ページリンク




moondial | ご無沙汰です。

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一考さん、なかなか繁盛している掲示板ではないですか。
久しぶりに貴兄の文章を拝読させていただきましたが、実に素敵ですね、
一考節健在、合間に貴兄作詞の春歌か「フランチェスカの鐘」が入れば
もう完璧ですね。活字になる文章共々貴兄の変態バージョンも又格別に
素敵です。 郁乎氏には少々失礼ながらも、「後方見聞録」後書き、
モルト香を含ませ熟成させた文章に出会えるのを楽しみにしています。
ボインもナインも満喫され一考少年大活躍の面目、お店も繁盛している
御様子、取り敢えずお祝い申し上げます。

ご依頼の妖しき物、明日か明後日には発送出来るかと思います。

梅子さん、ご無沙汰です。しかし、梅子とは実に卦体なハンドルネーム
ですね、一考氏が命名したのでしょう。まず元気そうでなによりです。
又機会があれば神戸の美味しいパンでも食べに来てください、
歓待しますよ、某ミル嬢も随分と大人になりましたから。

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投稿者: moondial    日時: 2001年10月23日 12:21 | 固定ページリンク




伊藤”御邪魔ビンラディン”敬 | 御心配ありがとうございます


伊藤”御邪魔ビンラディン”敬は、あのあと、みうさんを赤坂見附の駅
までエスコートして、タキシーに乗せてから、新橋方面に向かって歩い
て行き、途中、溜池に「カフェ・ロリータ」といふ24時間営業の珈琲
屋を見つけて、そこはロリコンを以って自称する御邪魔ビンラディン師
のこと、壁に掛けられたスー・リオンのポスター眺めながら、イクヤー
ノフ師新刊の増補分をじっくりと読んで時間をつぶしてゐたのでした。
御心配ありがとうございます。
週刊文春書評、裏から手を廻して書かせると最も効果的な人ではないか
な、と思ってゐた坪内祐三氏が、さうした小細工を弄してゐないのに、
しっかりと取り上げてくれてゐるので、これは、名著再刊の船出に、大
歓迎すべき追い風が吹いてくれたのだと思はないわけには行きません。
坪内氏は、ヨミがたしか逍遥の本名と同じで、やはりといふか早大出身。
山口昌男氏の門下では最も信頼できる評論家で、あの「月の輪書林」の
高橋徹氏の親友だと言うと、おおよその目利きのスゴさは御了解いただ
けると思ひます。もっとも、玄人受けする「シブい本」ばかりを薦める
ヒトだといふ説もあって、売れ行きにどれだけ好影響があるのか疑問視
するイヤーな手合もあるやうですが、まぁ、一旦あの本の頁を開いたら
こちらのものなんですから、あんまり心配する必要はないでせう。
デハ又



投稿者: 伊藤”御邪魔ビンラディン”敬    日時: 2001年10月23日 12:45 | 固定ページリンク




香賀薫 | こんにちは


朝子さま
ポリシーのある方はまこと有り難いです。
そのちょっとした「吸っていい?」の一言が嬉しいのです。
通勤時に、全館禁煙のオフィスに入る前に必死に歩き煙草でふかす人やら、
食事中断りもせずにばふばふとふかす人、勘弁して欲しいと言ったらゴーゴンも
かくやの目つきになる人やらにうんざりしているところでしたので、物言いが
きつくなりました。八つ当たりの感もあります。御宥恕を。

比呂様
煙草の退廃。ルイ・イカールの「スモーク」という版画を思い出します。
かの美人になら煙に巻かれてみたいものです、なんていってみたりして(笑)



投稿者: 香賀薫    日時: 2001年10月23日 12:50 | 固定ページリンク




一考 | 月見で一献

 moonさんへ
 お久しぶり。
 東京では春歌はおろか、カラオケなるものにご無沙汰。そのうち弘田三枝子さんと合同コンサートでも開こうかと思っております。
 活字の方は明年末より新たな連載(こちらは文学です)をはじめる予定ですが、その前にウィスキーの本と酒の肴の稿を起こさねばなりません。モルト・ウィスキーの方は現在300枚位、あと300枚ほど書き足さねばなりません。基礎資料編はほぼ終了しましたが、これから先は1000種のウィスキーの香味を個別に著さねばなりません。過去の原稿で使用可能なのは約半分、正念場をむかえるわけです。
 明石の来住謙一郎さんや太田守さんのように、モルト・ウィスキーの香りについて縦横に語り合える相手に恵まれず、苦渋致しております。赤坂の酒屋さん、ソムリエやバーテンさんが葡萄酒の相談に足繁くやって来るのですが、ソムリエではなんの役に立たず、香りについてはやはり板前さんしか信用できないようです。栗の渋皮、生海苔、やや痛みかけた生麩、駄菓子屋のゴム風船、飴の純露、黴びの生えたパンツ、みつこや夜間飛行を1000倍に希釈した香りなど、来住さんからの一言は大いなる連想ゲームをもたらし、抱腹絶倒の試飲会の繰り返しでした。かつてお付き合いした香水の調香師やJTTのブレンダー、また植物学者の鼻にも驚かされましたが、食の厚みと深さ、更に香りに対する記憶とその鳥瞰図の広大さにおいて、懐石料理のプロにはかなわないようです。
 神戸で試された10種のブランデーのブラインド・テイスティング、同じく10種のジン、10種のシェリー、20種のバーボン・ウィスキーとモルト・ウィスキーのブラインド・テイスティング、同じく10種の日本酒の銘柄と瓶詰めの年月日を当てるという難問も軽くパーフェクトにクリアーしましたが、それを表現するとなると生易しいものではなく、語り合える相方が欲しいなアと思っております。
 それにしても、何時になれば赤坂のですぺらでモルト・ウィスキーの試飲会を開くことが出来るのでしょうか。ホワイエのマスターから頻繁に励まされるのですが、寒々とした心持ちです。ホームページが突破口になればよろしいのですが。

 隣りで梅子が「神戸の美味しいパンでも食べに来てください」との書込をする暇があれば、フロインドリーブのケーキとドンクの加納町工場のパンを送付せよと宣っております。パンに関する著書を幾冊も上梓した人の紹介で東京中のパンを食べ漁りましたが、満足なものに未だ巡り会えません。歴史と文化の違いでしょうか。
 妖しき逸品を鶴首。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月23日 15:13 | 固定ページリンク




一考 | とらぶる発生

 比呂さんへ
 会社へ電話致しましたが、頂戴いた名刺先には飯田克比呂さんがいらっしゃらないとのこと。
 連絡が取れず困っております。重度のトラブル有り、なんとかしてチョーダイ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月23日 15:34 | 固定ページリンク




高阪 | なんというか。

疲れる話をさせてしまいましたようで申し訳ないです。
気管支炎になりかけで苛々しているのかもしれません。
愛煙家の方々、済みませんでした。明日はきちんと病院に
行きます。ですが皆さんのお話は、大変参考になりました。

>神戸で試された10種のブランデーのブラインド・テイスティング、
>同じく10種のジン、10種のシェリー、20種のバーボン・ウィスキーと
>モルト・ウィスキーのブラインド・テイスティング、同じく10種の
>日本酒の銘柄と瓶詰めの年月日を当てるという難問も軽くパーフェクトに
>クリアーしましたが、
全部判るとは、すごいですねぇ。そうしたお話に参加
できるとよいのでしょうが、嗜む量が違うのだなぁと、
ただただ感心するばかりです。モルト・ウィスキーは
ウィスキー醸造所や周辺の風景の美しい写真が満載の
C.W・ニコルさんの『ウィスキー・キャット』という
本を読んで以来興味があるのですが、なかなか機会が
ありません。残念なことです。



投稿者: 高阪    日時: 2001年10月23日 21:25 | 固定ページリンク




フク | そろそろ

皆さん、こんばんは。
いざ書き込もうとするとどこか敷居が高い気が。
フーリエの使者さんにも紹介頂きましたのでのこのこと出て参りました。

梅子さま
フロインドリーブとは懐かしい。「ケーキなのかパンなのか」(だったと思う)
キャッチコピーの看板が、実家の近くの某駅にあって不思議な言葉だな、とずっと
思っていたことを思い出しました。ちょっと調べてみたところ、今やネット注文
して地方(東京も地方ですね)配送もしてくれるようですよ。パンが旅をしたら
味がどうなるものかは分かりませんが。
http://www.mars.dti.ne.jp/~ghb1266/


ワタクシ、シングルモルトは大好きながら一向に銘柄を覚えないため、行く度に
一考さんに選んで頂いては「うお、これは」とか「ひゃ、すごい」とか一杯毎に
嘆息したり、喜んだりしている酒飲みです。先週の予告通り、明日か明後日には
顔を出しますので、また相手にしてやって下さいませ。



投稿者: フク    日時: 2001年10月23日 23:52 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | えっ、どきっ!

◆フクさま

 まー、2分の1の確立でお会いできますのね。うむむむむむ。(笑)

========
フクさんのいわれること、よくわかります。
わたしはフランスのワインを日常的に飲みます。つまりその程度のお値段のしか手を出さないということなのですが、銘柄というのはどんどん忘れてしまいます。ラベルの顔では覚えているのですが。
事典屋なのでフランスワイン事典なんかも彼の地から買い求めたりもしたのですが、その方面の記憶中枢はかなりザルでして、どんどん忘れちゃいます。いや、ワイン、飲むほうもザルなんですが。

しかし、よくしたもんで、こういう非コレクター体質の自分の周りはワインに限らずいろいろな分野の「歩く××事典」のような生き字引のような方がなぜか現れる怪奇現象がよくおきます。だから余計覚えないという、迷宮に陥るのですが。
でも、そうした方達のお話を聞くのはとても好きなのです。とても楽しいし、得した気持ちになるのですもの。

でも好きなワインも大ざっぱにはありまして、個人的にはラングドック・ルシオン~ボルドーあたりのもの、それからコート・デュ・ローヌの中でシャトー・ヌフ・ド・パープ、アルザスあたりのものというのがいいですね。どれもワインの味だけではなくて、いろいろな思い出もつまっているのです。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年10月24日 00:52 | 固定ページリンク




松友 | ~~反省反省~~


一考様

20日の出版記念会では大変失礼申し上げました。
扉を開く前に気がつけば宜しかったのですが、
唯一匹迷い込んでしまいました鼠こと松友です。
御歴々の先生方、先輩の皆様方には大変ご迷惑をお掛け致しました。

やはり拙メは、ここ、掲示板にても異端の徒となっているように感じます。
それでも、お邪魔してしまうのは拙メの未熟さゆえです。

関西に居られた折のお話がございましたが、
往時はモルト・ウィスキーについてそのようなお話をされていたのですね。
来住殿にも酒、肴について多く教えていただいたことを懐かしく思っております。
ホワイエのマスターとも御親交がおありとの事、さすがです。
一考さんのセレクトとなると、さぞや特徴のあるボトルが揃いそうで、
近い将来、ですぺらにてのモルト・ウィスキーの試飲会が
開かれるようになることを切に期待しております。

さて、風の単車は残念ながらすべて手放してしまい、
新たな飼主の元で穏やかな日々を過ごしております。
白蓮ならぬ黄蓮も既に掌中を去り、紅毛の駻馬はかかりつけの厩にて療養中、
早く再び手綱を採れるようになりたいものです。
もっとも悲しいかなどちらも一考さんの手綱捌きには遠く及びません。
いや、それより先に梅子様に頂戴しました宿題に取り組みませんと。

酒の本、HP、共に楽しみにしております。
まずは取敢えず、お詫び方々ご挨拶まで。
   ~~松友~~



投稿者: 松友    日時: 2001年10月24日 02:47 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | フロインドリーブ

その昔、広尾にある東京フロインドリーブでパンを買ったけど、よく分からない味でした。今ならワカルかな。だけど、本店とは味が違うんだろうなぁ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年10月24日 10:56 | 固定ページリンク




如月 | 業務連絡

拙サイトのdesperaページhttp://www.furugosho.com/despera.htmより、この 掲示板にリンク貼りました。 ご確認ください。 現在のリンクはいちおう仮ということで、desperaHPが正式にオープンしまし たら、また手直し致します。 HP開設まで、まだまだ山あり谷ありのようですが、おがんばりあそばしませ。



投稿者: 如月    日時: 2001年10月24日 23:54 | 固定ページリンク




つまさき | 横から失礼します

「ケーキなのかパンなのか」のキャッチコピーはケーニヒス・クローネかと・・・ 重箱の隅、失礼しました。



投稿者: つまさき    日時: 2001年10月24日 23:56 | 固定ページリンク




フク | あ、そうか

つまさきさま

書き込みを終わってから、実は小生自身もその可能性に思い当たって実は悩んで
おりました。ケーニヒス・クローネでしたか。すっきりしました。御指摘ありが
とうございました。



投稿者: フク    日時: 2001年10月25日 01:48 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 一言いいですか!?


管理人櫻井さんの10月20日の日記に「臨時バイトの二階堂奥歯さん(←女性)は胸に名刺入れを入れていて、胸元から取り出し
て客人に名刺を渡していた。変わってるなあ。」とありますが、これは決して私の習慣でも趣味でもありません!
単にポケットがないワンピースを着ていたからです!

それから、バイトではなくお手伝いです。
なぜなら……、バイト代は出ないからです……。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月25日 22:05 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | お知らせ


お知らせ係奥歯です。
ですぺらにフライヤーが置いてありますのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、改めてお知らせいたします。
エコール・ド・シモンの松島智里さんの個展が本日より行われています。

松島智里個展<Synchronicity>
10月25日(木)~11月8日(木)
アートスペース美蕾樹
渋谷区宇田川町17-1渋谷ブラザービル4F
03-3463-8477

27日(土)6:00~
オープニングパーティー

松島智里さんのHP
http://www5/ocn.ne.jp/~fetaleye/
(でも、昨日から行けないようなのですが。私のブラウザの問題でしょうか。)



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月25日 22:26 | 固定ページリンク




一考 | 宇野邦一さんのことなど

 ムーンさんへ、妖しき三種の神器、かたじけなくも落手。
 Adobeのお姉ちゃんの逆鱗に触れぬよう、注意致しましょう。先日の松友さんの来信も詩的に装われていましたが、草の根ネットとは異なり、こういうオフィシャルの場では迂闊な文言や矯激な発言には要注意ですね。活字や手紙の方が、ヨタをとばせそうな気がしてきました。昔からですが、どうもレトリックなるものは苦手です。
 貴方のh・pはいかが相成りましたか。須永さんのh・pでは会員制のサロンでも拵えて、毒舌に浸ろうかと思っています。昨今、著者の息遣いが聞こえる書冊は珍しくなりました。今こそ必要なのは「署名のない紙つぶて」なのにと案じる次第。
 ところで、宇野邦一さんの「ドゥルーズ流動の哲学」は読まれましたか、講談社選書メチエの一冊として上梓されました。定価は1700円。取るに足らぬ現代文学(特に小説はひどい)の中にあって、ひときわ屹立した著書とかたく信じます。ご本人とのお付き合いは間合いの取り方がうまくいかず、些か難渋致しておりますが、宇野さんの拵え事にはかねてより畏敬の念を抱いております。書肆山田から上梓されたベケットの翻訳は箇々の作品に合わせて異なる文体を取り入れ、原著者の呼吸もしくは搏動に迫ろうとした意欲に溢れた逸品。気配りと芸の細やかさ、言語に対する智力が美事に三位一体をなしています。ヘーゲルを要約させて右に並ぶ者なく、恩師にあたるドゥルーズの肖像を、哲学的生涯をときほぐした著書の到来が待たれていました。もとより、わが邦における一過性の構造主義に私はなんの興味も抱きませんが、個としてのドゥルーズの哲学には大いなる興味を抱いて参りました。宇野さんの文章は行きつ戻りつ、何を読みとり、いかに読み換えるか、難解なドゥルーズのモチーフにまとわりつつ、懐疑を日本語の中にいかように織り込んでいくかに終始します。ドゥルーズに限らず、立ち徘徊ることを本意とする宇野さんの哲学が、肉声が実に簡明かつ鮮明に書き綴られています。稀にみる名著にして、お薦めの一本です。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月26日 14:57 | 固定ページリンク




一考 | 高遠弘美さんのことなど

 奥歯さんへ
 これは櫻井さんのふくらみへの憧憬じゃないですか。男と女ではふくらみの場所が異なりますし、些か成分も違えます。ないものねだりは麗しい心意気であって、非難には当たらないと思いますが、如何なものでしょうか。信仰するものは極端に尊く、然らざるものは乱離骨敗との鏡花世界の一端なのですよ。櫻井さんの中にも斉藤磯雄、松山俊太郎、高遠弘美各氏と同種の血が流れているものと思われます。
 ちなみに、高遠さんの随筆集「乳いろの花の庭から」(ふらんす堂)所収の「いつの日かフェルメールを見にどこかの町へ」へは頗るユニークなエッセー、そしてロミの翻訳「乳房の神話学」(青土社)は澁澤さんのネタ本の一冊。また、今回種村季弘スペシャルのために著されたエッセーは一随に師を憶う稀代の卓筆。文学翫賞家としての本領を発揮、再構築された資料と種村季弘に対する愛情の念とが渾然一体となり、鮮やかな種村像を浮かび上がらせている。とりわけ、結句は文句なしの傑作。読み手をして慟哭を与えるような文章との出会いは、吉行さんの死後絶えてなかった。かたじけなく存じます。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月26日 16:00 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 松島智里さんのHP


昨日貼ったURLは間違っていました。
正しくは
http://www5.ocn.ne.jp/~fetaleye/
でした。

今日松島智里さんの個展に伺いました。
50cm四方程度の大きさの世界が並ぶ稠密な空間でした。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月26日 21:01 | 固定ページリンク




moondial | 怪人百面相

怪人百面相の貴兄がレトリックは苦手とは面白い。貴兄の最近の文章は、別種麗しきふくらみと流麗なレトリックを絡ませ、種々アルコールを脳幹網様体に注ぐほどに、ボインとナインに揉まれるほどに、却って明晰判明になるものかと少々驚いております。毒舌に浸れるほどの錬金術を持たぬ小生のHPは未だ手付かずの状態、又苦労して作ったところで、侘びしいかな、「署名のない紙つぶて」を投げてくれる方も受ける方もおりません。お薦めの宇野邦一さんの「ドゥルーズ流動の哲学」、読んでみます。『千(ミル)の高原』ばかりで遊んでいないで、貴兄のように「立ち徘徊る」術を少々学ばねば。しかし貴兄は相変わらず元気ですね、小生は益々体力も無くなり容易には勃起しません(相手が悪い等と言う無かれ)、SMに走るべきかな。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月27日 12:24 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | 失礼いたしました


二階堂奥歯さま
日記の文面失礼いたしました。奥歯さんのコメントを日記に挿入させていただきまして、
誤解のないようにいたしました。ご了解ください。

一考さん
フォローありがとうございます。



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2001年10月28日 00:03 | 固定ページリンク




ヒデキ | はじめて書き込みいたします。

 9時頃お伺いしましたヒデキと申します。芝居が好きで、これまでも
郡司正勝先生の著書からいろいろ教えていただいておりましたので、
見せていただいた「芸能の足跡」、読み耽ってしまいました。手元に
置きたいと真剣に思案しております。
 日曜日は日帰りで大阪へ参りまして、山本六三さんの久方振りの
個展を拝見するつもりです。慌ただしい日程になるようですが、
とても楽しみです。貴店の個室で拝見できる山本さんの銅版画作品の
題名を知りたく存じます。ご教示くだされば幸いです。



投稿者: ヒデキ    日時: 2001年10月28日 00:53 | 固定ページリンク




一考 | 異端とはなんぞや

 松友さんへ
 「やはり拙メは、ここ、掲示板にても異端の徒となっているように感じます」こういう書き方はよろしくないのでは。と申しますのは、異端の徒でもなんでもよろしいのですが、自らを定義づけるという点に私は納得が行きません。
 異端であれ、変人であれ、それら文言から来る優越感と遜った様子に示唆されるコンプレックスの鬩ぎ合い。それを自らの性格の一端として他者へ押し付けるために強調なされるなら、それはそれでよろしいのですが、「私は」との主辞の後にやってくる「何々である」との賓辞、言い換えれば、人の稟質のようなものを自ら定義するのはかなり無謀な行為ではないかと思います。ヘーゲルにせよ、ニーチェにせよ、バタイユにせよ、世の哲人はその一点の証明のために夥しい量の原稿を費やしています。我ら凡人にとって、かかる判断は他者に委ねるのが最も賢明な方法ではないかと思います。というよりも、人品骨柄など、他者が判断すべき筋合いのものであって、自らが自らに下すのはさかしらな迷いごとのような気がします。誤解を畏れず申せば、他者とは自己の鏡であり、自己とは他者の投影ではないのでしょうか。
 この消息は、昨今用いられるようになった「私的(わたくしてき)には」にも同様。意見は陳述するものの、確たる自信はなく文責は負いかねる、結果として賓辞はともかく、主辞の方は弱めておこうとの自己防衛が無意識が働いているものと思われます。それら孰れもが、大事なのは私だけとの同心円を描いています。複数の芯を持つ楕円であれば、弁証や懐疑が生まれる可能性も在るのですが、同心円では同じところを繰り返し巡るだけ、犬が自分の尻尾を銜えようとぐるぐる回るのに似て、それでは自らの精神になんら変化も深化も齎しません。当然、精神に進歩や進化などは存在する筈もないのですが、深化を拒否すれば精神は老い、すべては滞ってしまいます。
 プライド、オリジナリティー、パーソナリティー、ポリシー、アイデンティティー等々。政治用語から社会学用語に至る虚言に、現代人はすがりつき、振り回されているようです。虚言と申しましたのは、それらの文言は中味すなわち実体をまったく伴っていないからです。虚言癖をかなぐり捨て、肉声を発しようではありませんか。肉声とはおのが迷いであり、逡巡であり、懐疑なのです。それは心の中にふるえを、畏れを、おののきを齎します。でも、それでよろしいではありませんか。精神に賓辞などあろう筈もなく、人に安住の地などあろう筈もないのですから。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月28日 02:40 | 固定ページリンク




ルンルン一考 | 修辞法とはなんぞや

 ムンムンダイアルさんへ
 レトリックが苦手と著したのは自分自身が講じている下らない気配りへの物言いでして、馬鹿を馬鹿と言えず、暗喩としてしか表現出来ない中途半端な現況への自嘲でございます。などと迂闊にものを申せば聡明な貴方のこと故、暗喩が修辞法でなければなんなのですかと畳み込まれそうですね。
 会話の妙味を愉しむにはマナー以上にかなり強引な技が必要になります。昔を憶い出して下さい。舞台は三宮の安居酒屋、いやジャズ喫茶でしたっけ、革ジャンとグラサンに身を包み、くわえ煙草で肩を怒らせ、伏し目がちに構え、相手の言動から非論理的もしくは証明に難儀するであろう一言を暴きたて、相手が泣き出すまで容赦なく責めたてる。相手が暴力で立ち向かって来たときはビール瓶の一撃で眠らせる。荒っぽい時代でしたね。さすがに外科病院とのお付き合いは45歳からは沙汰止みになりました。そのかわり、最近は冷えると体の節々が痛みます。偽関節になりかけた左右二箇所の関節もうまく機能せず、感覚が元に戻りません。でも、なんら不満はないのです。過ぎゆく一刻一刻が私にとって遺された掛け替えのない日々であり、能うかぎり律儀に付き合ってきたからです。それはもう暫く、ほんの暫く続きます。
 インポテンツが自同律の問題か他同律の問題かと申せば、恐い怖いミル嬢に叱られますので、やや方向を換えまして一言。視姦という不能者に相応しい愉しみ方があるではないですか。インポテンツを嘆くなかれ、若い女ではなくフレッシュな男性を取り込み「鍵」の世界へ。なんですって、お気に召さない、やはり女にこだわりたいですって。されば「卍」の世界しか御座いませんなあ。
 この書き込み、やはり修辞法に終始しちまったようで。前言を訂正させて頂きます。なお、当方からも妖しげな一品料理お送り致しましたので、よろしく。



投稿者: ルンルン一考    日時: 2001年10月28日 02:44 | 固定ページリンク




一考 | 追伸

擬関節の(ぎ)を間違えたようです。悪しからず。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月28日 02:51 | 固定ページリンク




一考 | 葡萄酒あれこれ

 中嶋さんへ
 ラングドッグではコルナスが有名ですが、ノエル・ヴェルセットの88年ものボトルがとりわけ美味かと思います。シャトーヌフ・デュ・パープは赤が多く白は滅多にありません。ポール・ジャボーレ・エーネの白がお薦め。96年ものがわが邦にも輸入されています。アルザスは当然、白が多いのですが、貴女が触れられているのは赤だと思います。ルージュ・ダルザス・ピノ・ノワールをお好きとはシブイですね。アルザスのピノ・ノワールは葡萄だけでなく、小枝や葉っぱも一緒に処理するところに特徴があります。ちなみに、オークニー諸島のポモナで醸されるモルト・ウィスキーのハイランド・パークは、独自のピートベッドから截り出される若いピートにヘザーの根や枝も一緒に焚き込みます。香味が僅かでも複雑になるんでしょうかね。
 ルージュ・ダルザス・ピノ・ノワールは量は飲めませんが、たまにグラス2~3杯なら飲みたいですね。それとドイツの赤ワイン、当然品種はピノ・ノワールですが、過去に3種味わいました。カンパリやスウィート・ヴェルモット同様、甘味が咽に引っ掛かり、あまり感心しなかったのですが、珍品ということで話の種にはなりました。
 私の好みですが、ワインと書くとピンとこないのです。やはり、葡萄酒でないと駄目なようです。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月28日 04:05 | 固定ページリンク




一考 | ラ・ボエーム

 ヒデキさんへ
 個室の山本六三さんの絵はメーテルランクのペレアスとメリザンド(杉本秀太郎訳、湯川書房)の装画です。同じものが須永朝彦さんの家にも御座います。山本六三さんの絵がお好きなら、次回いらした時に仰有って下さい。珍しいものを店に蔵しています。
 山本六三さんとの付き合いは古く、私が15歳の時からです。十代の頃はよく飲みました、と言うより、60年代は連日ご一緒したと言っても過言ではありません。お付き合いは頓挫したままですが、氏から得た厚誼は私にとってのラ・ボエームです。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月28日 04:36 | 固定ページリンク




moondial | 暴露メッセージ?

 
ルンルン一考さんへ

当時は、会話の妙味と云うよりは、貴兄の圧倒的なお話を精一杯拝聴するだけで終わっておりましたよ。
舞台は何処であれ、惜しいことにその場に居合わせた事はありませんが、喧嘩早い貴兄の武勇伝には事欠きませんよね。最近では、優しい気配りの一考さんで通されている御様子に甚く感服。往事の過激な貴兄そのままなら、高価なモルトウィスキー瓶の一撃はなさそうですが、厨房から何丁もの包丁がびゅんびゅん飛んできそうで誰しも「ですぺら」には近づかないでしょう。しかし当人ではなく、こちらが厄介事に巻き込まれたり勝てる見込みがないと悟られると、すっ飛んで逃げ出すであろう貴兄は、逃げる術にも長けている才人でありますよね。才人と云えば、その多彩さには恐れ入ります。繊細な美少年時には詩人として、後に春歌作詞家兼歌手、今風に云えばシンガーソングライターの先達ですよね、或時は物数奇な装幀家、奇特な出版編集人、或時は本膳と見紛うばかりに舌鼓を打つ料理を饗してくれる料理人(神戸トアロードのデリカテッセンの屑ハム、鱶鰭、銀杏等を素敵に閉じ込めた数十種に及ぶ煮凝りは絶品)、また或時は、ダ・ビンチの設計図から陰部を配慮した最新の解剖学的サドルに至るまで、手作りの種々部品を伊太利からわざわざ取り寄せる程の凝り様で油塗れの自転車作り、すわ見給えと神のごとく疾走するかと思いきや迂闊にも転倒の末痛々しい鎖骨骨折、まんまと市から見舞金をせしめ女子大生と遊興三昧、その後「金の切れ目が縁の切れ目」と宣って、ケンタウルスの旗を翻し暴走族へと変身、ん?こんなの暴露しても宜しかったでしょうか? で、その片手間に、蘭鋳、和蘭獅子頭、地金、土佐金、朱文錦、秋錦、和藤内、水泡眼、珍珠鱗魚、絨球魚、翻鰓、赭魚等の種類は存ぜぬものの、たった一年ほどで品評会一等賞を獲得する程の金魚繁殖養魚師、小生が知らない姿も多くあるのでしょうね、今では大人しく酒肆の店主になりすましておられるものの、さてお次は何に変身? 貴兄の流動する存在は実に素敵です。

「便器」は兎も角、貴兄に倣って視姦は勿論、直角に折れ曲がった男根はありませんが、複数の若い男女を宛い「鍵」「卍」擬の世界も既に試してみましたが持続効果は無く、インポテンツをさほど嘆いているわけではありませんが、残るは多分男を啣えるかSMしか残っておりません。どうも某須永氏のような巨根だと聊か怯んでしまいますし、軟弱短小の小生には、素敵なコスチュームや道具に拘ってSMごっこをする方が妥当かと思っております。傍らの某ミル嬢が矢庭に、小生が惚れている一考氏のを啣えれば等と呟いておりますが...。ところで、貴兄のお店をショットバーから、こだわりのSM倶楽部に変身させませんか? 神戸には古くから「倶楽部DOMA」と「スキン2」がありますが、これが結構流行っていますよ。貴兄が拘れば日本一、いや世界一のSM倶楽部になること請け合いです。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月28日 17:38 | 固定ページリンク




松友 | そういえば以前にも同じご指摘を戴きました


一考様

「やはり拙メは~」の書き込みについてのお言葉ありがとうございます。
自分で「自分はこうである」と言うのは、いうなれば甘えの裏返しです。
大変失礼致しました。
関西にての折にも同じように
「そんな振る舞い、止めなさいな、なんにもならんよ」と、
お教えいただいていましたのに、まだ治っていません。
「中身の無い誤魔化しを捨てよ」とも、そのとおりです。
さて、ご指摘ありました「私的には」も「自分はこう思う」と
はっきりと言わない、逃げであると思います。
あるいは会話の途中に語尾を上げて問いかけるようにする「半疑問」といわれる
表現も同じと考え、避けるようにしていますが咄嗟に出てしまい
反省することがあります。
おっしゃって戴きました通り、思うままに言葉を発するようになるよう、
遅々とした速度でも癖を捨てて行こうと思います。

あ、ですがもう一つの「癖」の方はなかなか難しいかもしれません。
関西の方々には既にバレバレなのが少々恥ずかしいものがありますが、
もしかしたらドクトゥールはご存知無いかもしれませんね、えへへ。
(とっくに見通されているのに気付いていないだけだともっと情けない。)

では。



投稿者: 松友    日時: 2001年10月28日 19:21 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | お気遣いいただきまして


櫻井清彦さま

お気遣いいただきましてありがとうございます。
櫻井さんが書いていたことは事実です。
ただとにかく恥ずかしくなってしまったものですから。
私の方こそすみませんでした。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月29日 00:37 | 固定ページリンク




一考 | 秘密倶楽部

 moondialさんへ

 「便器は兎も角、貴兄に倣って」はないでしょう。私の性癖なんざあ貴方に比べりゃ可愛いもので、ちょいと花柳界に生まれたのが災い(幸いかなあ)しただけですよ。こだわりのSM倶楽部とやら、考えなくもないのですが、元手をすべてモルト・ウィスキーの購入に使っちまいましたので、老いたる先の楽しみに取り置く次第。でも、北海道のライダー・ハウスや牧場にも未練があるなあ。ライダー・ハウスでスワッピング教室や乱交パーティーでも催しますか。
 「倶楽部DOMA」と「スキン2」より古いのが「ジュニア」です。もっとも「ジュニア」は神戸最古のゲイバーにして、マスターは博多の産。その「ジュニア」の一期生が「タミー」のオーナーです。たしかカルーセル・麻紀さんも「タミー」の出身者ではなかったかと思います。三宮のゲイバーでちょいと古いお店「三番街」「タブー」「漁火」(この店は郡司さんをお連れしました)など大半はその二店の出身者です。当時「タミー」の独身寮が福原の拙宅の道を挟んで真ん前にあり、幼少の頃から徹底的に性的玩具としての教育を受けたのも懐かしい思い出です。「ジュニア」さんからはゲイバーの発祥の地は博多で、神戸の「ジュニア」が二番目なのよと再三聞かされました。「どん底」「田園」「アスター」のオープンが昭和22年、「ジュニア」は昭和21年ですから、私が生まれる直前の話です。その時の保証人が「ムーンライト」のオーナーで、その「ムーンライト」の一期生が「飛鳥」の創始者だった百地さん。貴方もご存じの、私が15歳で一緒になった最初の女房は「飛鳥」の二代目ママ。それに父と同じ部隊にいた「上高地」「不二家」「明治屋」のオーナー、その辺りの方に支えられて私の十代は成り立ちました。
 かつての国際会館の浜側、奥まった路地の突き当たりにあった「ジュニア」は夜の12時になるとシャッターを閉め、秘密倶楽部に変身します。ゲイバーであるにも関わらず、白黒ショー、黒黒ショーにSMショーのオンパレード。今日は鞭打ちで来週は縛りと浣腸……はじめて招かれたのが小学六年生の時、刺激強すぎたよなあ。でも、デビューが早かった割に未だ生臭さを保っているのは立派でしょう。こんなことしか自慢するものありませんから。
 一昔前「幻想と怪奇」という雑誌が出ていましたが、その編集長だった人が「髭のサロン」とのSMサロンを営んでいます。私の父が昔関係した「スナイパー」に独自のページを持っていますので、ご存じかも。ちょいとわけありで詳細は控えますが、HPもあります。リンク先に見るべきところ多く、一度覗いて下さいな。例えば新宿の「マーキス」もリンク先のひとつ、こちらはサロンではなく倶楽部です。東京では現在のところ最も過激な秘密倶楽部でしょう。
 「ジュニア」のママ(と呼ばれるのを嫌がっていたので、私はマスターと呼んでいました)は引退後、大丸上の柳筋でステーキ・ハウス(よく食べに行きました)を、「タミー」のママは新開地でお好み焼き屋を営んでいました。最後にお会いしたのは20歳と30歳の頃、私がコーベブックス入社前に「ジュニア」さんは死去、「タミー」さんのその後は存じ上げません。兎にも角にもお世話になりました。
 追伸。私に秘密などまったく御座いません。というよりは暴露するのもされるのも大好きなのです。何故なら、人の中で最も変わらない部分は性愛構造、ブルトン流に申せば「野をひらく鍵」ということになりましょうか。それが災いして東京ではこのところ絶交状が飛び交っております。ちなみに、当方からの一方的絶交です。プライドは格闘技の世界に任せたいものですね。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月29日 01:31 | 固定ページリンク




一考 | 癒しの文学

 松友さんへ

 もう一つの「癖」なんぞ、治す必要があるんですかね。気に掛ける必要すらないんじゃござんせんか。MOONさんなんざあ、私ごときが出る幕もないご立派な変態であらせられるじゃないですか。御邪魔ビンラディンさんやMOONさんとご一緒して「性的不能者の文学館」など編輯すればいかがかしらん。第一回配本は「ロリコンの呟き」。投げ込みのタイトルは「文学にとって癒しとは何か」と「性的不能その悲劇の根源」。呟きがしわぶきにならない内に纏めて下さい。これからは高齢者の時代を迎えるわけですから、売れることは請け負います。出版社はソニーがいいんじゃないかしら。
 渡辺淳一さんの小説だって、ちょいと見方を換えれば川端や谷崎に勝るとも劣らないインポ文学じゃないですか。ホラーやミステリーのような若者向けの小説は余命幾ばくもありませんよ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月29日 01:48 | 固定ページリンク




moondial | 秘密倶楽部でプレミアショー

なるほど、さすがに花柳界の事情にお詳しいですね。潰れちゃいましたが、二宮に「ポパイ」ってのがあったでしょう?あの店も確か寄港船員がよく出入りしていたその筋のお店だったと思いますが、あの店も貴兄に教えて貰ったのかな。「倶楽部DOMA」と「スキン2」は随分と新しいお店だと思いますが、御出身は貴兄が挙げられたお店かも知れませんね。その2店ともう一店、都合3店は親子でやっておられる様子で、HPも作っておられます。ただこれらの店は随分と今風でスタイリッシュで大人しいお店です。北海道の牧場でスワッピングですか、佳いですね、実に健康的で牧歌的な風景(どこがやねん!)。「タブー」は一度貴兄に連れて行かれたと記憶しています。きんちゃんにも色々案内して貰いましたが、今では残念ながら殆どのお店は消滅しています。しかし、貴兄が十代の頃から花柳界の女性に玩具にされたことは聴いておりましたが、その「タミー」の独身寮でも性的玩具としての教育を受けておられたとは、全く知りませんでした。貴兄はそちらも素晴らしい才能をお持ちだと、以前意味ありげに梅子さんから聴いた事がありましたが、なるほど、両性の専門学校ご出身だったんですね。あの福原のご自宅の真ん前が寮だったのですか?気が付きませんでした。「デビューが早かった割に未だ生臭さを保っているのは立派でしょう」ふむ、確かにこれもご立派。「白黒ショー、黒黒ショーにSMショーのオンパレード」、これも実に楽しそうですね。一度、貴兄ご自身が出演の素晴らしい白黒ショーを拝見したいものです、一般公開前のプレミアショーですね、貴兄の、素敵な毒素をたっぷり含んだ銀製の「野をひらく鍵」を是非観てみたいものです。しかし、またまた絶交状騒ぎですか、お疲れ様です、何故そんなことになるのでしょうかね。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月29日 11:21 | 固定ページリンク




一考 | 赤坂について

 moonさんへ

 二宮のポパイは結構なお店でよく行きました。同じ二宮にあったプーペ、確か中学生の頃の話です。こちらはピアニストの当麻さんに連れて行かれたのが最初で、私が月並みなウィスキーを注文したところ、「それはぼんが飲むようなお酒ではない」とグランシャンパーニュの35年ものを奨められました。初任給が5000円ほどの時代、原価で50万は下らないコニャックだったと思います。ムーンライトも同様で、宛われるのは常に化粧瓶に入ったコニャック、あのころはブランデー神話が生きていたんですね。どうやら、それが引き金になってウィスキー好きになったようです。
 福原の家の向かいの寮というのは黒田荘というアパートで、オーナーは中村美容院、後年の割烹赤坂です。黒田荘をタミーが建物ごと借り切って寮として用いていました。
 十数年前、いろんな雑誌で阪神間のことを書かされたのですが、父が生きていたので福原を描くのは躊躇われました。父にとって水商売とは、女郎屋、置屋、お茶屋、仕出屋のみでした。クラブやバーの類は気質さんが営む商売として、最後まで認めなかった。こだわりでもあったのですかねえ。飛鳥のママさんの母親が岩国で外人バーを営んでいたのですが、やはり、父とはうまくいかなかったようです。いずれにせよ、関係者の大半が亡くなられたので、福原と花隈についてはどこかで著すつもりです。共に伊藤博文が拓いた色街というのが引っ掛かりますが。
 私を過激な共産主義者にしたのは父、すなわち福原なのですが、水上勉さん同様、著さねばならないことは山のようにあります。父が逝った時、一滴の涙も流さなかったのは表向きでして、自宅に辿り着き一人になってから、朝まで泣き崩れました。私も所詮は人の子ですかねえ。あれほど嫌っていた福原が、最近は懐かしく感じられる時があるのです。
 「赤坂」の息子が後年、赤坂でショット・バーを始める、親父が生きていたら呆れたでしょうね。
 秘密倶楽部は秘密が売りでして、ここに記すのは憚られます。あちらさんから早速クレームが付けられました。従って、メールで送りました。よろしく。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月29日 14:34 | 固定ページリンク




moondial | せっしぼん~

赤坂のぼんへ

なるほど、色々と繋がりがあって実に興味深いお話ですね。「福原と花隈についてはどこかで著すつもりです。」これは楽しみですね、伊藤博文って確か兵庫県知事だった事がありましたよね、その頃の話でしょうか。花柳界やその周辺の風俗には興味が尽きません。白鶴美術館の元館長さんも、長崎の遊郭ご出身で郭について書かかれた本がありますが、縁あって読ませていただきましたが、あまり面白くない。貴兄が書かれるのなら読み物としてそりゃ面白くなりそうです、面白いネタ探しの才にも常々感服しております。

貴兄からの秘密のメール、楽しませていただきました、また続編を是非お願いいたします。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月29日 22:11 | 固定ページリンク




めいぷるしろっぷ | つんつん。

さらに重箱のすみをつついて申し訳ありませんが
「ぱん」ではなく「ぱい」です。
「けーきなのか?ぱいなのか?」であります。
けーにひすくろーねの名物の「こるね」のことを
いっているのであります。
あぁ食べたい・・・。



投稿者: めいぷるしろっぷ    日時: 2001年10月29日 23:13 | 固定ページリンク




一考 | つちのこ編集者の戯れ言

 奥歯さんへ、先日の哲学問答に感謝。

 「もともと人は好き嫌いだけで生きています。自らの感性や直感を正当化するために、理屈は後を追ってやってきます。対象が酒であれ、食物であれ、友であれ、すべては同じ筋道をたどります。理なくして、想いに形を与えることは叶いません。だからこそ、最も大切なものは思惟であり、思想なのです。思惟とは宛もなく立ち徘徊(もとお)ることであり、思想とは自らへの懐疑に他なりません」とは店の寡多録に記すところですが、この思惟を哲学に置き換えれば先日の話の通りが少しでもよくなりましょうか。そもそもフィロソフィーを哲学と訳したことからして面妖な話で、素直に叡智とするのが妥当ではなかったかと思われます。
 哲学とは行為であり、営みであり、運動なのは言うまでもなく、そのエネルギー源には対極としての概念、もしくは複数の概念が必要となります。ひとつの概念もしくは価値観が生まれた時、即座にそれを疑ってかかるのが人の叡智であり、思惟なのだと思います。繰り返しますが、ひとつの価値観が派生した時、それに対応する新たな価値観を自らの中に拵えないことには精神に振幅運動は始まりません。この価値観を歴史観と置き換えても意は同一です。それら精神の構造上の骨格を成すのが懐疑ではないのかと思うのです。他人を疑うというのは言葉の撞着です。懐疑は常に自己の深部めがけて穿たれていきます。私がポリシーとかアイデンティティーなどという言葉を忌み嫌うのも、自信など持ってよろしいのですか、もしくはひとつの立場に安住していてよろしいのですかとの疑問を自らに突きつけるのを常態としたいからです。
 社会の最小単位は夫婦であり、親子であり、家族です。でもその絆が、やがて町になり、地域になり、社会になり、国家になり、民族になり、宗教にも変化していきます。精神の帰属や同一性という魔物が排他性を育み、また単位としての矜持が、自信が民族の浄化を正当化し、人々を殺戮へと向かわせるのです。別のところで「若さから美貌、肉体から貞操、親子から兄弟、売れるものはすべて売りましょう。もちろん最初に売り払うのは愛人であり、恋人であり、連れ添いなのです。本当に無一文になった時には天皇陛下万歳を三唱して死ねばいいではありませんか」と著したのは、謂わば私流の弧絶の薦めなのです。弧絶としたのは他でもありません。孤独という受け身の甘酸っぱい感傷とは無縁の、能動としての参画としての孤独、即ち引くに引けない失意の果てに我とわが身を投じるしかなかった暗闇。そういった孤独を弧絶と呼びたいのです。そしてその弧絶こそが、精神の帰属を拒否し、自己同一性と闘うための唯一の武器になるのです。
 何時の時代でもそうなのですが、若者の中にはポリシーとかアイデンティティーが国家や民族や宗教とは結びつかず、大事なのは一重に私だけ、という考えが根強くあるのを識っています。そういう人はアイデンティティーは自己の内側にのみ向かうものと錯誤しています。なぜ錯誤というかについては好例が数多あります。かつてヒトラーは選挙で選ばれたのであり、わが邦において軍靴の跳梁を許し(許すというのは支持するに等しいのですが)たのはかかる無意識かつ無定見なマジョリティーだったのです。要はアイデンティティーを声高に唱える人々こそが多数派の構成要員なのだということです。
 一方で、若者を酔わせてやまない「選ばれた少数者のために」との標語があります。ゲッペルスが好んで用いたプロパガンダですが、昨今ではなりふりかまわぬ広告代理店や出版社の金看板と化しています。用いる側すなわち資本家は少数者かもしれませんが、踊らされた消費者がマジョリティー、要するに一般大衆でなければなんなのでしょうか。話を書物に限っても、書物は複製芸術であり、いかに限定を謳ったところでそれすらが逞しき商魂。よしんば購入者にマイノリティー意識という妄想を抱かせたとすれば、それは偽善でしかないのです。というようなことを書き綴っていると、どちらが妄想を抱いているのか、境界線が定かでなくなってきます。
 貴女は大学で哲学を専攻なさったという。私の学歴は中学校中退なので、哲学の通史や言葉の意味を学ぶ機会はなかったのです。言い訳は不本意なのですが、用語の選択に曖昧さが残るのも致し方ないのかもしれません。綻びを縫い、でたらめを取り繕うようにして、断片的な知識を糊と鋏でツギハギすることが、中学生時代の理由のない怒りと飢えを宥めるために必要でした。そして誰もが逢着する自家撞着、大方の人はそれを飼い慣らすことによって「人間性」に目覚めて行きます。しかし、それでは「情念とのクリンチ」は手付かずのままじゃないですか。矛盾をいかように飼育調教したところで、新たな壁が次々と立ち顕われるのは必定。「矛盾が矛盾、撞着が撞着でなくなるような至高点」も、私にとっては夢物語にしか思われず。されば、いっそ虚と実、偽と真の間にバイパスを拵えればどうかと、これは辻潤の著書から糸口を掻っ払いました。覚束無かった手綱さばきも、知らぬ間に馴染んできます。人間性という空虚な先入観を打ち壊したバイパスは、現況と至高点との間にすら有効でした。躍動と蠢き、飛翔と脈幅、すべての価値は倒壊し、他者と私は等価な存在となって行きました。他者が私の中を過ぎ行き、私が他者の中を通り過ぎる。いたるところで滲透し合う存在と存在。謂わば存在が伸縮自在なオブジェと化したようです。さらに、等価は無価値となって居候を決め込む始末。目の前にごろんと寝転がる無価値、すなわち虚無がもたらす風通しのよさが私には愛おしくなりました。
 私の為事に結論はありません。ただ、貴女との問答の中で概念の曖昧さをこっぴどく突かれました。対応の至らなさに畏れ入っております。でも、私にとっては久しぶりの快感、「身にしみそめし秋風の月」の心胸です。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月30日 03:58 | 固定ページリンク




一考 | エロ先生

 29日の月曜日、種村季弘さんがNHKの柿沼さんを伴って来店。著書翻訳を取り混ぜ、年内5冊、来年10冊の上梓を確認。それ以外に文庫がおそらく4冊は刊行される予定。過去書き溜めし膨大な量の作品が順次形になって行きます。
 例によって、取り留めなき歓談の一夕。「エロティシズムとの蓮っ葉な文言に興味なし、エロでなければ臨場も煽情も感じません」「ビンラディンのお陰で熱海も箱根も息を吹き返した」とアイロニーの連発。相も変わらぬ先生の反語的精神に溜飲が下がる。すべての存在に対する悪意と嘲笑と哄笑に乾杯して、群衆の中に紛れ込む先生を見送る。自らの孤絶を知るに巷の群衆は必要欠くべからざる書割なり。

 次回は11月12日に来店なさいます。新刊の学研文庫に署名をして頂くのが目的。お会いしたい方もしくは署名本をお求めの方は是非いらして下さい。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月30日 13:13 | 固定ページリンク




moondial | e-mail

一考さんへ

返信で3件ほどお返ししましたが、e-mailちゃんと受け取れていますか?
以前お送りしたフリーのメールソフト、ちゃんと設定すればso-netとmac.comの貴兄の2件分のアドレスへのメールを、自動で取ってくれますよ(^_^;)。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月30日 17:41 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 今日の道行きあるいはパラフレーズ(とりあえずそぞろ歩き篇)


一考さま

一考さんの思想を記す当て馬に使われているだけのような気がしますが、それでも光栄です。ありがとうござ
います。


     不在するために
     いつでも
     あなたはゆらゆらしている
     その揺れはばを
     はかりきることができなくて
     わたしは膝をかかえこむ
     (金子千佳『遅刻者』思潮社)

いや、かかえこむつもりはありません。


私が哲学科を出たということ、一考さんが出ていないということ。
当然ながらそんなことは思惟にとって何事でもありません。
哲学科で学ぶのは哲学史だけ。今ここにたち現れている思考に、数千年の哲学史など薬にもなりません。
「人が考えたから考えなくて済む」をいうわけにはいかない領域こそが哲学であり文学ではないでしょ
うか。

私が用語にこだわるのは単に思考に不可欠だと思うからです。哲学用語が邪魔になるなら捨てても結構。
私と一考さんで新たに言葉を創ればよいことです。
ただ私は、一考さんが、そして私が、ある言葉で何を指しているのかをはっきりさせたいだけなのです。
バベルの塔を建てるための言葉の煉瓦があやふやでは困るのです。

言葉はアリアドネの糸です。思考の軌跡を残しておかなければ同じところをそれと気づかぬまま何度も
ぐるぐるまわるだけにもなりかねません。
糸がなければ迷宮を進むことは出来ない。
そしてまた同時に、確かに糸は先には伸びていないのです。
言葉は常に後付けで、進む先からは遅れている。しかし、思考の道行きに携えていくにはそれしかない
ではありませんか。

なるほど、恋人と一対になることでさえ帰属である。それから逃れたならば次に向かうのは自分自身に
なるでしょう。
自己にすら帰属しないこと。
一考さんがアイデンティティーという言葉を忌み嫌うのは当然です。
アイデンティティーを保つとは自己に帰属することに他ならないのですから。

「二階堂奥歯なる私」など社会的な約束事に過ぎず、「思考者」(いや、「者」が邪魔ならいっそ「思
考」でも「思惟」でも)は無名です。
名前、自己同一性、そんな重いものを引きずっていたらどこにも行けません。言葉を軌跡としてただ飛
べばよいのです。

自己同一性を求めないなら、この矛盾をそのままにしておける。
一考さんが見つけたこの方途。
そして至ったフラットな世界が「すべては同じ」だと言えるものならば、その世界は私の求めるもので
はない。
そこが私にはよくわからないところです。
一考さんはすぐに「すべて」と言う。「すべて」を捨て、「すべて」を疑うと言う。
「すべて」なんて言葉は発した瞬間に「すべて」を捉える立ち位置を作ってしまいます。
きっと、一考さんはその立ち位置さえもすぐに疑うのでしょう。動き続けるのでしょう。
でも、「すべて」と一まとめに扱うのは大雑把すぎ、楽すぎ、危険すぎます。

「一」に至るにはまだ早い。
すべて異なるまま、差異を明らかにしたままで、それを位置付ける価値体系をなくす。
いや、それは価値体系を一つも持たないということではなくて、無数の価値体系を同時に持つことによっ
て、どこにも帰属しない無意味なオブジェとしてすくいあげるということなのです。
フェルメールの絵のようにしらじらとした光の中で、くっきりと、あまりにくっきりとした輪郭を持つ
個物が並ぶ世界。

もう一つ、一考さんが振幅というその言葉、私はそれがよくわからなかったのです。
それは同じところに何度も立ち戻ることかと思ってしまいました。
でも、そうではないのですね。同じ道を辿って行きつ戻りつするのではない。
たとえ同じ道だとしても、歩く一歩は地をうがち、道は下へと向かうでしょう。
思考は螺旋を描いて下降し、地獄巡りがはじまるのです。
パラフレーズ、それもまた同じことを繰り返すことではない。
同じ地点からより明確に見ること。考えを自分になじませ使いやすくすること。新たに進むための道具に
すること。
言われきったこと、書かれきったこと、それはもはや目的ではなくて手段です。
私は足場を作りながらそちらに向かって進みます。今日はここまで。

いや、一考さんに「そちら」になんていないでしょうけれど。
あるいは、「ここ」にも「そこ」にもいるのでしょうけど。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月31日 00:07 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | だけど


私の言葉は意味が不明確な部分多々多々あり。
「観念的すぎてなにを言っているのかさっぱりわからん!」と言われたばかりなのに、またやってしまいました。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月31日 00:20 | 固定ページリンク




moondial | 伸縮自在!

熱い一考さんへ

奥歯さんってどんな女性なんでしょうかね。貴兄のメッセージ、まるで彼女へのラブコールのようで、実に真摯で熱を帯びた書き方ですよね。さぞかし可愛くてチャーミングな女性なんでしょうね、ちょいと興味津々であります、しかし同時に、彼女に対してジェラシーをも感じてしまいますね。貴兄が彼女との問答でこっぴどく突かれたと仰ってる、その曖昧な概念って一体何なんでしょう、想像もつきません。貴兄は昔と違って物事を至極丁寧に説明してくださるし、曖昧さなんぞ露ほどもないように思われるのですがね。ひょっとすると、惚れた弱みで答弁もしどろもどろ、要領を得なくなっていたとか、てなことはないですよね。貴兄の文章を再読してみると、どうも気になるなぁ~、奥歯さんの存在って。貴兄の真面目な書き込みを茶化すような物言いをしてどうもすみません。ところで「存在が伸縮自在なオブジェと化したよう」とは羨ましい、なかなか伸縮自在なオブジェとはならない今日この頃であります。

梅子さん、カラヴァッジオ展良かったですか?



投稿者: moondial    日時: 2001年10月31日 00:45 | 固定ページリンク




moondial | はじめまして。

二階堂奥歯さんへ

どうもはじめまして。moondialと申します。
先程の小生のメッセージ、貴女のメッセージを読む前に投函していまいました。
お二人のお話を茶化しちゃって申し訳ない。
思うに、きっと一考さんは、貴女に相当な思い入れがあるのですよ、魅力的な方なんでしょうね。
一度是非お逢いしたいですね、神戸に遊びに来られませんか?歓待しますよ。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月31日 01:03 | 固定ページリンク




一考 | パンは皆目

 フクさんへ

 十数年前、明治期の横浜と神戸のパンの歴史、それと大正期のお好み焼きの歴史について書かされたことがあります。その折りに明治から終戦に至る製パンに関する資料を蒐めました。一部はまだ蔵していますので、古い話なら多少はお相手できるのですが、戦後のそれも東京のパン屋さんの話は私には皆目です。お相手できず申し訳御座いません。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 01:48 | 固定ページリンク




一考 | デリリウム・トレメンス

 高坂さんへ

 上京してから二度入院したのですが、手術前の検査で医師が目を丸くさせて言いました。「貴方は重度のアルコール依存症です」と。松友さんの紹介で知り合ったアナーキーな山崎医師で、ですぺらのお客さんでもあり、親友でもあります。病室でだけは酒を飲まないでくれと命令されましたが、この「病室でのみ」というのがミソでして、後は勝手に判断しろとの、それはもう優しくも慈愛に充ちたお言葉でした。
 かつて明石で四度、同じ病気で入院しているのですが、その折は手術の後、看護婦に担がれて飲み屋を梯子致しました。深夜に病院に戻ったのですが、ことはバレバレ、きつくお灸を据えられました。MOONさんが書き込みなすった交通事故の時の医師は、喧嘩で五度入院した病院の院長で、分かれた最初の女房の次の旦那(神戸大学医学部のお偉い方)の教え子だったものですから、かねてよりの飲み仲間。手術は二度に分けて行われたのですが、その間は痛みに堪えかねてゴクン、ゴクンの体たらく。ベッドの下に隠した多量のジン・フィズと水割りウィスキーの空き缶が発覚。こちらもまた、酒を飲むなら屋上でどうぞとの有り難いお言葉。こんなことをいくら書き綴っても詮方なく、要するに私は単なるデリリウム・トレメンスなのであります。
 「ウィスキー・キャット」は写真の美しい書物ですが、マイケル・ジャクソンの「モルト・ウィスキー・コンパニオン」ではない最初の本「世界のウィスキー」の方も珍しい写真が多く含まれています。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 01:52 | 固定ページリンク




一考 | つちのこ編集者

 伊藤”御邪魔ビンラディン”敬さま

 週刊文春の書評、気に入りました。坪内祐三氏との面識はないのですが、有り難いことで忝なく思っております。「後方見聞録」の押さえどころ、例えば稲垣足穂の巻の書き出し、シャイで切れ味のよい人物描写、「心がひどく動かされる」矢川澄子の巻き等々、肝要なところはしっかりと押さえていらっしゃいます。手前味噌で恐縮ですが、「伝説的な流れ編集者」には感激。一切の権威を擲って出版と対峙してきたつもりですので、「流れ」の一言はうれしう御座いました。
 10月30日の東京新聞夕刊の大波小波にも書評が掲載されました。書き手は「風紋」とのみ著されていますが、内容から押して先々代の学芸部長風間寿夫さんではないかと思われます。解説より引用し「今どき、こんな純な言葉をはき出す出版人がいるだろうか」続けて「こんな本を文庫に入れた出版社の見識は見上げたもの」との賛辞。増田さん共々、喜んでいます。
 伝説を捩りまして、ペンネームを「つちのこ」にしようかと思案中、命名は柿沼さん。つちのこ編集者は「わんわん」より可愛い名ではありませんか。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 02:00 | 固定ページリンク




一考 | 本と女は中古に限る

 moonさんへ

 「寸鉄人を刺す」との警句がありますが、「寸肉菊を刺す」では絵になりますまい。と言って「熟れ茄子の」の茂吉先生の自信には些か睥睨させられるものの、かかる同性愛者のけぶれるような情緒は理解できる気がします。かつて、鴻池御殿におわします天皇陛下は朝立ちをご利用なさって御子をもうけなすったとか、朝立ちの威力に吃驚仰天致したのは、なにも私だけではありますまい。思うにナニは早朝致すものにして、夕刻はひたすら飲み続けるべし。徹宵痛飲、長夜燕歌とはよく申したもので、これら総てが前偽ならぬ、前戯ではなかったか。御貴殿も潔くコトを諦め鏡花党に改宗、朝でもなく昼でもない東雲の刹那に成就なさるよう願い奉り候。
 もっとも、私なんざあ、まだまだ現役でして、洗濯屋ならぬ「ザマーミロ健ちゃん」で御座います。ノヴァーリスの日記と断腸亭日乗では意味が異なりますが、白いモノが飛び交うロケーションは同じ。大向こうを張ってチカチカ輝く星印を天文学的数値にまで高めなければと、刻苦勉励の日々を送っております。
 「健ちゃん」が誕生するずっと前に「風たちぬ」との名作あり。ジェーン颱風だか伊勢湾颱風だか忘れましたが、木の葉のように舞う小舟がヒントになったと、これはバイロスやアラステアを京都に持ち込んだ舞子のエラーイ先生から聞き及びしこと。私にはそれよりも、船縁に脚の親指を掛けてのオイッチ、ニー、サンの方が衝撃。幼少の砌、横目で学びしものに廓でのモーニング体操あり。障子の桟を用いて同様の技を競い合います。障子がガタつけば失格。音もなく、声もなく、ひたすら女人の洩らす糸の如き溜息と妍冶にのたうつ姿態。私の脳裏に焼き付いたのはそんなものばかりで御座いました。
 貴方の古里である中国は流石に歴史と伝統を重んじる国柄。腰を振るなどという野暮は下賤の行い、貴きお方は寄せては返す括約筋のうねりのみにて成仏なされるとか。当然、男の側も相方の蠕動に合わせて自らのモノを痙攣させねばなりません。男女共に然るべき習熟が必要で、鍛錬を重ねなければ、かような境地に達するのは難しかろうと思われます。これ今時の風俗のネエチャンに聞かせたい話ですね。
 私が年端もいかぬ女性に一切興味を無くしたのは、かような行為に対する彼女たちの思い込み、言い換えれば、腰は振るもの振られるものとの浅薄な一つ覚えに愛想が尽きたからに他ならないのです。ささやかな経験すら持たず積まずに男の性の有り様を決め付ける、その高飛車な態度が鼻持ちならなかったとも申せましょうか。いずれにせよ、若さ以外売りのないようなショボイ女のために汗なんぞかけますか。なんて言っちまえば当方の傲慢無礼が問われます。男女同罪、時勢のせいにしても何も始まりませんが、要はそういう種類の知識に重きを置かなくなったということなのでしょうね。
 「本と女は中古に限る、比されてこその存在よ」との信仰にも似た感慨を私が抱くに至った理由を述べました。蛇足ながら前段の読みはちゅうぶる、後段は、かの人はああだったこうだったと過去連れ添いし御仁と十二分に比較されてこそ、はじめて当方に立つ瀬有りとの意です。些かマゾヒスティックな趣向ですが、プラトニックとは本来受動的なもの、精神すなわち逡巡を伴わない性愛など毒にも薬にもなりますまい。
 渡仏中の御邪魔ビンラディンさんや比呂さんのように、韜晦もしくは衒いでロリコンを任じるのは理解出来るのですが、本音であれば、それは所有欲、独占欲を表明するに等しいのです。だとすれば、能動的な男性の性を掛け値なしに是認したに過ぎず、上述した茂吉の受け身としての性愛構造とは永遠にまみえることはなかろうと思います。尋常な御仁にあらぬ同情、あらぬ憐憫は大きなお世話、詮無いことと分かってはいても愚痴のひとつも零したくなる。いやはや、文学を読むとはかくも因果な迷惑メールを綴ることに他ならないのでしょうか。……捨て置けばいつまで続く綴り方。  



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 02:03 | 固定ページリンク




一考 | 件のソフト

 ムーンさんへ

 メール・ソフトはドルフィンの使い勝手がよろしいのでずっと用いています。メール・ソフトの設定の件は承知していますが、あえて自動にはしていません。携帯電話に全く興味が持てないのと同じ理由です。
 10年前に縦書きと絵の添付が可能なワープロ・ソフトはマックワードのみ。今ではDTPソフトがいくらでもありますが、いささか重いので、相も変わらず原稿はすべてマックワードを用いています。クオーク・エキスプレスでも起きるのですが、念のため送付致しました。
 HPの南柯書局の領域に掲載すべく、かつての原稿を打ち込んでいます。小生は自らの過去になんら興味なく、手元にない稿もあったのですが、奇特の氏によって大方の原稿が揃いました。HPに掲げるのは一部ですが、そちらには全稿をお送りします。ご笑覧あれ。
 ゴーライブではなく、クラリス・ホーム・ページ2.0でHPを立ち上げる予定です。掲示板の管理人櫻井さんのお薦めです。同1.0を昔使ったことがありますので、多少は馴染みがあります。
 それにしても漢字の制限は如何ともしがたく、パソコンで満足な原稿など書けよう筈もなく、G4でOSXを走らせたところでヒラギノしか起きません。まだまだ幼児の玩具の域を出ません。昨夜も博報堂から電話があり、フランス語をなんとか処理してくれとの依頼。OSを換えないことにはどうにもならないと伝えました。比呂さんに言わせるとあと5年は辛抱が必要とのこと。一部パソコンを使っていた作家達も、最近は手書きに戻る人が多いのが実状です。プロの世界にはまさか居らんでしょうが、もしパソコンだけで原稿を著すような人があれば、間違いなくそれは似非ですよ。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 03:41 | 固定ページリンク




moondial | 恐縮至極

一考さんへ

実に面白いではないですか、続けてくださいな。「ザマーミロ健ちゃん」には爆笑しました。「括約筋のうねりのみにて成仏」、そんな気持ちよさそうな歴史と伝統が中国にあったとは知りませんでした、ネタは何処からですか。それと、花柳界直伝のテクニックも是非拝見したいものですね。しかし「比されてこその存在よ」云々には参った、もう少し懸命に励んでおけばよかったかと、後悔先に立たずですね。ふむ、たたない話ばかりで申し訳ない。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月31日 04:06 | 固定ページリンク




一考 | 手間暇かけて

 奥歯さんへ

 この返信はちょいと時間を下さいな。難解ですよ。でも、難解なのは非難の対象にはなりません。例えば、寺山修司だって、透明な文章になったのは高校に入ってから、中学校の頃は結構、難しい文章を著していました。じっくり、解読させて頂きます。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 05:57 | 固定ページリンク




一考 | ガラガラポン

 ムーンさんへ

 「物書きとは人に託けて自らの思いを描く、悠長にして周到な詐欺師に他ならない」と幻想文学で書きましたでしょう。誰がラブコールなんぞするものですか。私の女性観を貴方はよくご存じの筈です。極端な言い方をしますと、鏡花と正反対の荷風の女性観に近しいものを持っています。おそらく、フェミニストとはさかしまの位置に私は居ます。

 こんなことを書いていいかどうか迷いますが、この掲示板に書込をなさった方の文言の中に、理解しにくいことや承伏致しかねるようなものも御座います。例は挙げませんが、それらに私なりの返答を加算していくとあのような戯れ言になるのです。せっかく書込をして下さった方々じゃないですか、極力律儀にお付き合い致したいと思います。拙い文章ゆえ、ご理解を得るのが難しいのは承知の上ですが、例え一行、一節でもよろしいですからご納得いただける箇所があればうれしく思うのです。それと2チャンネルで始まった、人の揚げ足を取るような書込の方法を私は好みません。書込にスタイルなどあってたまるかとの思いをこの掲示板では貫きたいと思っています。
 貴方の文面の末尾はすこぶる結構。皆さんとかかる駄洒落が飛ばせる間柄になればと言うのが私の望みなのです。

 ご指摘の曖昧な概念について一言。言語論とは一般的に言って認識論です。存在論と認識論とが手に手を取って、揺れ動いてきたのが哲学の歴史だと私は認識しています。その揺れを私は振幅と著します。当然、定点から定点への移動ではなく、宛もなく立ち徘徊るものと心得ます。ただし、その認識論を人と語るに際し、言葉が内包する意味合いが互いに異なれば会話は成立しません。知識を得ようとの行為はその溝を事前に最小にしておこうとの意欲の顕れなのではないでしょうか。
 概念は言語によって表現され、その意味として存在します。従って一般化、抽象化が必須となります。彼女との哲学問答の間、私が困惑したのは彼女の乳房ではなく、彼女の言葉遣いと私のそれとの間に、予想した以上の乖離が在ったというなのです。繰り返しますが、彼女は哲学用語を大学で習得しました。私のそれは独学です。貴方の言葉遣いは間違っていると強く示唆されれば、引き下がるのは私の方でしょう。後日、その溝に対して私なりに挑戦したものがあの戯れ言の一部を成します。お解り頂けましたか。「曖昧な概念」ではなく概念の持ちように曖昧さがあったというのが正確な言い方です。
 ともあれ、いかような例題であれ、一つの概念の内包と外延を証明しようとすれば、それだけでも300枚位の原稿用紙が必要になります。それは掲示板の域を超えます。ただ言えるのは、ソクラテスの唱える個体概念を私は承伏することが出来ません。内包と外延との二項対立にも異議があります。内包と外延をもう一度弁証法の篩いにかけ、ガラガラポンをやってみたいと思っています。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 06:01 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | おはようございます


荷風がフェミニストでないように、鏡花もちっともフェミニストではありません。
どちらも女性を人間扱いしていないではありませんか。
人間でないものを崇めようが貶めようが根本は一緒です。


moondialさま

こちらこそはじめまして。
お噂はかねがね伺っております。
茶化すなんてとんでもありません。

武勇伝いろいろ聞かせてください。
いつの日かお逢いできる日を楽しみにしております。
(ですぺらにいらっしゃったらよろしいのに)。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月31日 08:11 | 固定ページリンク




moondial | 某一考さんの足蹴りは有名です。

二階堂奥歯さんへ

最近炭疽菌の所為で益々アルツ症状が進行しておりまして、何故、荷風、鏡花のフェミニズムのお話が出てきたのか定かではありませんが、そうですね、鏡花はフェミニストではないかも知れませんね。しかし、鏡花ほど、女性をぞっとするほど美しく凄味ある存在として描ける文筆家はいないのではないでしょうか。そう言う意味合いでなら、フェミナからすればフェミニズムの後援者として、彼をちょいとぐらいヨイショしても佳いのではないでしょうか。僕は鏡花大好きですね、彼が描くところの女性にぞっこんです。一考さんが二十歳ぐらいの時、お酒を呑みながらで多少感傷的にもなっていたのでしょうが、涙して鏡花作品の素晴らしさを話されていた光景を、ふと思い出しました。

それに今ではもうフェミニズム論議は必要ないのでは?
最近の女性は優秀ですよ、思考力も行動力もあり精神的にも経済的にも自立している方が大勢いる。男性の方が寧ろ、家庭に籠もったりパソコンなんぞでマスかいてるのが多いですからね。しかもリストラにあって経済的にも自立出来ない人も増えている。若い男女と呑みに行けば、女性はとことん付き合ってくれるのに、男性の方は終電車の時間を気にしたりする、第一呑めない人が多いですからね。女性はワイン一本軽く空けちゃうのに男性はカクテルなんぞを召し上がる、斯く偉そうに云う私自身も歳の所為か随分と呑めなくなりましたが、もう完全に逆転していますよ。米国では、男性がセクハラで女性を訴えるケースも増えているそうではないですか。僕や一考さんなら進んでズボンのジッパーを下げるでしょうけど。

武勇伝ねぇ、一考さんと女性達とのそれなら数多く見知っているのですがね。

ですぺらへのお誘いありがとうございます。しかし神戸からとなると泊まりになっちゃいますからね。オブジェとしても魅力なく役に立たない小生ですが、奥歯さん、面倒みてくだいますか。神戸に遊びに来られるのなら、山本六三さんのように鞄一杯のダイヤモンドは贈れませんが、ですぺらでの貴女のボランティア活動に酬いて、真珠で宜しければ大粒珠を差し上げますよ。勿論、泊まる寝床もありますし、お気に召すかどうかは判りませんが、役に立つ素敵な男性でも女性でも用意いたしますが。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月31日 10:41 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | ムーンさんへ


花と荷風の話は一考さんのガラガラポンの冒頭を受けて、不特定多数の方に向けて書いたことでありました。ムーンさんへのごあいさつはお名前の後からでした。

女性賛美者がフェミニストだとか、(本来強く男らしい筈の)「男性」が昨今弱く元気がなく、(本来か弱く女らしい筈の)「女性」が昨今強く自立しているとか、そういった言葉を拝見する限り、フェミニズムはまったく古びてはいないと考えますがいかがでしょう。
しかし、フェミニズムに関してはあまり語りたくありません。私の知る限りこれくらい不毛な議論もないからです。わかる人には言わなくてもわかり、わからぬ人にはいくら言ってもわからないのがフェミニズムであります。あきらめるわけではありませんが、それより他に言いたいことは多々あるものですから。

神戸への魅力的なお誘いありがとうございます。
ふらふらと新幹線に乗ってしまいそうです。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月31日 13:11 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 改行


私の書き込みは改行がおかしいですね。
試行錯誤です。
みなさんどうされているの?

私だって鏡花は大好きです。
問題はそこにあるのです。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年10月31日 13:44 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

二階堂奥歯さんへ

なるほど。
奥歯に衣着せぬストレートなご意見ですね。男女双方の基本的な意識変革をって事ですか。現在の伴侶の学生時代の専門がジェンダー関係なんですが、付き合い始めた頃、迂闊な意見をぽろりと出すものなら、そりゃ揚げ足を取られて往生しておりました。ジェンダー問題は、それぞれの国の歴史的特徴や情勢の影響を受けますからね。もう僕の判断は時代に合わないのかも知れません。「擁護」から「獲得」、今は何処に向かっているのでしょう。ほぼ私と同年輩の周りの女性で、私の基準で、精神的にも経済的にも自立されていると思われる方からは、フェミニズムの話題等は殆ど聞かないですね。実際楽しくもないしね。

一考さんとの哲学談義、頑張ってください。僕はついていけない。

こちらは新神戸駅から歩いて来られる距離なのでふらりといつでも遊びに来てください。
梅子さんも偶には休暇を貰って、ご一緒に遊びに来られては如何?「爆睡」させてあげますよ。



投稿者: moondial    日時: 2001年10月31日 16:35 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | おじゃまします

◆一考さま
 梅子さま

 本日、といっても昨日ですが、
 たのしい一時を過ごさせていただきました。連れの者たちも喜んでおりました。すこしかしましくて、すいませんでした。
 また、先日のレスの「アルザスワイン」についてのご教示は嬉しゅうございました。アルザスという土地の思い入れは、ウンターリンデン美術館があるからいつかいってやる、だから、フランス語をがんばるぞ、ということからはじまったのですが、実際訪ねると、土地の酒、料理に魅了され、フランスに行くごとにかならずアルザス料理を食する、というまでに増大しました。悲しいかな、東京でアルザス料理屋をみつけられないのですが、まあまあ似ているドイツ料理屋にいってちょっと雰囲気にひたったりしています。わたしはアルザスの白ワインももちろん好きです。蔵元で試飲したのはよい思い出です。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年11月01日 01:59 | 固定ページリンク




一考 | 痴呆症

 ムーンさんへ

 鏡花と荷風の話は貴方の書込「伸縮自在」で触れたラブコール云々に対する反論ですよ。アルツ症状がひどすぎるよ。何時からボケ老人になったんだい。

 フェミニズムなどと言う不用意な言葉を私は遣いませんよ。フェミニストでしょう。澁澤さんが拒否し、郁乎さんが称揚する円卓騎士の系譜を示唆したまでで、俗にいう女性崇拝家を指します。奥歯さんが仰るようにフェミニズムの世界は鬼門です。この話は書けば書くほど突っ込まれますので、私は年期の入った女嫌いであるとだけ、申しておきましょう。この女嫌いに就いてさらに一言。女性は好悪の対象になりますが、男は対象外、問題外でして、私にとってはどうでもよいことなのです。

 文章を著して一番疲れるのは言い訳せざるを得ない時です。当然、書き手が悪いのであって、不用意にものを書くと弁明弁解の淵に立たされます。ところで、貴方のフェミニズム談義はハチャメチャですよ。プラトン的な要素と社会学上の問題、それに現象学的な要素と性愛学上の問題が入り乱れて、要点をなにも捉えていません。ここでもし私が「要点をなにも捉えていません」の後に「女に嗤われますよ」などと失言すれば、次回叩かれるのは当方なのです。フェミニンがかったポリティックスの話題はやめて、フェチかフェラがこの掲示板には相応しいのに。

 10月31日、この掲示板に書込ありとの斎藤さんの連絡で高遠弘美さん来店。曰く、氏がフランスで日本製パソコンの取り扱い方を女性に教示中、16ビットと32ビットとどちらがよいか、女ども異口同音に32ビット。さて、フランス語のビットとは西鶴のいう竿のこと。

 発言は慎重かつ無責任に、というのが私の標語ですが、この「無責任」が簡単に見えて結構難しい。無責任に書けではなく、責任を取らなくても済むように書けということなのです。文責を問われないようにちゃらんぽらんに、また言質を掴ませないようにのらりくらりと書く。しかも、文章に起承転結をつけるために、適度に純な肉声や雄叫びらしきものを掻払ってきて挿入する。早い話が、読者の読み手としての能力、すなわち読解力(もう少し正確に言うと再構築する能力、読み換える能力のことなのですが)を査定して、後はいかに気取られないように、狡猾に振る舞うかですよ。でもその狡猾さを逆手にとって、ぶっ跳んだ映画を作るのが鈴木清順、ぶっ跳んだ俳句を作るのが加藤郁乎、ぶっ跳んだ文章を作るのが種村季弘ということになりましょうか。
 いずれにせよ、ムーンさんと奥歯さんという絶好の餌食が手に入りました。どこやらでも書きましたが、人を出汁にして自らの意見ならぬ異見を陳述する。堪りませんなあ、この快楽。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月01日 04:36 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 意味

一考さま

>フェチかフェラがこの掲示板には相応しいのに。
全くその通りでございまして、フェミの話などしたくありません。

でも、一考さんがどういう意味で「フェミニスト」という言葉を使ったか書かれているので私もどういう意味で使ったか書きます。
フェミニスト:女は人間だとする者
フェミニズム:女は人間だとする考え方

女性賛美者を「フェミニスト」と呼ぶのはこれは誤用でございます。
基本的に私は誤用だろうが言葉の乱れだろうが通じればよい、通じることが第一だという考えです。(それと、実践での私の振る舞いはまた別です)。
しかし、「フェミニスト」を女性賛美者とすると、これは本来の意味(辞書的に言うと、男女同権論者・女権拡張論者)と正反対になり、言葉としての使い勝手がしごく悪く、会話を妨げ、通じるものも通じなくなります。
だから、女性賛美者は「女性賛美者」と呼んでくださいませんか、お願い一考さん。

ついでに申し上げますと、私のことは煮るなり焼くなり好きにしてください。


中嶋さま

昨夜お目にかかりましたが、ろくに挨拶も出来ず申し訳ございません。
ご就職おめでとうございます。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年11月01日 08:16 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

一考さんへ

はい、「荷風、鏡花のフェミニズム」なんて類の間違った事をオンラインで書いた僕が悪いんです。煮たり焼かれたりするのは御免ですから、一目散に逃げましょう。

ところで、何気なく書いた六三さんの名前ですが、別の場所で危篤状態だと知らされました。昨年、井上さんの作品展示会でお見掛けしたときは元気そうだったんですが。



投稿者: moondial    日時: 2001年11月01日 10:58 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 失礼しました

◆二階堂奥歯さま

 ありがとうございます。
 こちらこそ、どたばたと帰りまして、申し訳ありませんでした。
 またおめもじすることもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2001年11月02日 01:26 | 固定ページリンク




一考 | 山本六三さんのことなど

 ムーンさんへ

 かつて「神様も大あくび」を書肆山田より上梓して頂いた時、画家の武内さんの絵に大泉さんが難色を示されました。それを強引に説き伏せたのには訳があったのです。西区、当時の垂水区の枝吉に住んでいた頃、毎度のことなのですが、喰うや喰わずの生活で、2~3日の絶食は頻繁。体重も50キロを割り込んでいました。ある日、武内さんが奥さん共々自転車で見えられたのですが、玄関まで這っていく体力すら残されておらず。慌てた武内さんは私の体をいたわるようにさすり、その間に奥さんが米を取りに自宅へ疾走。冷蔵庫には梅干しの一片すら無く、塩を振り掛けて馳走になりました。一食の恩義を返す必要が私にはあったのです。
 「生ゴミを喰って育った」とは種村さんがよく口にされる言葉ですが、私の場合も似たり寄ったりでした。近所の雑貨屋さんが届けてくださる変質したペットフード(犬用は美味でしたが猫用はまずかった)、近所のパン屋さんが届けてくださるパンの耳、近所の米屋さんが届けてくださる破砕米に賞味期限の切れた味噌、またてんかすとキャベツの炒めものだけで半年を暮らしたこと等、振り返るに、十代の頃懐石料理で賞を頂いた料理人の食生活ではなったなあ、と自責の念。ちなみに、それらご好意にお応えして、チラシやパンフのキャッチ・コピーは多量に著しました。
 出版で生じた赤字とは申せ、1億を超える借金はさすがに重圧でした。睡眠時間を一日3時間に切り詰め、がむしゃらに働きました。土方で作業中、空腹と疲労で幾度となく失神、その度に頭から水をぶっかけられました。60キロのプロパンガスのボンベの配送で生じた掌の傷は消えるのに5年掛かりました。一考が土方をしているとの噂が東京で広まっているんだがとの電話が再三御座いましたが、すべては事実だったのです。でも、好きで始めた出版ですから常に平静を装いました。須永さんの「なりふり構うべし」を日々反芻していたのです。
 明石の来住さんも大変らしく、綻びを繕うために古着を融通し合っています。ですぺらを始めて困ったのは、お客さんから靴ぐらい履けよと注意されたことです。靴下の購入費がないのによく言うよねえ。早速明石の山内さんが近所をかけずり回り、中古の靴下が30足ほど送られてきました。それをきっかけにパンツでも構わないかとの一言。今では下履きも中古を融通してもらっています。それでも、今回上京してからはいささか裕福になり、衣食併せて月3万円で梅子さんと暮らしています。この2年の間に梅子さんは1万円のへそくりを作りました。大したものでしょう、私ごとのように喜んでいます。
 「人類よ消滅しよう」とか「自殺の薦め」のようなエッセイを多く書き綴ってきました。「不退転の意気込み」で生き延びるなど、とても人に奨められるものではないからです。先日、柿沼さんとの間で某有名女優のその後を語り合いました。山谷で30歳の生涯を終えたのですが、浮浪者の前での排泄行為を生業にしていたのです。おしっこやうんこを捻り出すことによって僅かな金数を得る。釜ガ崎には私が親しくする文筆家も幾人か居ますので、この話はよく判ります。そういった生活に堪えられる覚悟がなければ、志を持ち続けることは出来ないのでしょうね。「後方見聞録」の解説にも書きましたが、本当にみなさん貧乏でした。一箇の電球すら買えない生活だったのですから。
 かような「なりふりを構わない」身も蓋もない話を綴ったのは他でもない。このところ山本六三の名が掲示板に二度も乗ったからです。
 山本六三、私にとっては六さん。我が師にして我が友。そして私に倍する赤貧と困窮に立ち向かい、闘って来た思想家にして画家。思索の体現化というよりは思想そのものを一つのスタイルにまで昇華せしめた男。迷いや逡巡、要するに一切の躊躇いを断じて人前に出さず、誤解を懼れず、人を嘲笑し、地上を呪い続けて来た男。宝玉を拾い歩くごとく、悪意を蒐集する韜晦家。過去知り得た唯一人のアナーキスト。
 六さんと私との間に共通項があるとすれば、それは「女性の厚志に甘んじて露命を繋ぐ」との一点のみ。六さんの過激さ、矯激さを学ぶのは最大の試練でした。何故ならそれは添い従うのではなく、事も無げに勝手に学べとの厳格な条件が付されていたからです。精神そのものに対する禁欲を六さんは私の体躯に刻み込みました。修道僧のような生活の中で、詰めてはならない人と人との距離、要するに存在することの失意と絶望を彼は私に身をもって教えたのです。
 その六さんが危篤だとか、六さんが逝った時は必ず教えてください。私が彼を送る場所は地上に一箇所しかありません。それは北海道の美国の西端、かつて吉田一穂が佇んで海を眺めたという断崖絶壁。虚無に捧げる供物にと、名もない一輪の雑草を海に流しましょう。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月02日 05:23 | 固定ページリンク




一考 | 脱字

 ムーンさんへ

 14行目の「懐石料理で賞を頂いた料理人の食生活ではなったなあ」は「懐石料理で賞を頂いた料理人の食生活ではなかったなあ」の間違い。時間がなく、また活字ではないので、推敲はせず、書き殴っています。お許しを。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月02日 05:38 | 固定ページリンク




一考 | 名無しの権兵衛さんへ

 名無しの権兵衛さんへ

 一昨日、掲示板を見たとの客あり、「マスターは過去に興味を持たないとのこと。前向きな人なんですね」と言われました。お客さんが一人減ることになるのですが、邪推は許せません。
 人は過去を曳きずって生きているので、その過去に興味はない、詮索するのは嫌だし、詮索されるのも嫌だとの意思表示をしたまでです。
 で、明日ですが、過去以上に興味はありません。人は明日のために生きるのではないからです。一刻、一刻、人は歳を経て行きます。今日が一番若いのであって、明日はまた一日歳を喰うのです。そんな明日など、私にとっては呪われてあれなのですよ。本日、今日、現在、たった今のためにのみ人は生きています。ラジカルであらねばならないとする根拠はその一点にのみ存在します。明日を信じるほど、私は能天気な人間ではないのです。月賦やローンを拒否するのも、同じ理由です。どこのどなたか存じませんが、世の中あなたのような浅薄な人間ばかりではないのです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月02日 15:43 | 固定ページリンク




白衣のくま | お元気ですか


大変ご無沙汰いたしております。明石の田村ペアです。
まっちゃんに「ですぺら」の掲示板のことを教えてもらいました。
懐かしさのあまり、ちょっとだけお邪魔します。
まっちゃんとは「きし」さんで再会し、時々お目にかかっては「ですぺら」での
思い出ばなしに花が咲いていました。そんなまっちゃんも関東へ行ってしまい寂
しい限りです。
ところで私たち2人は、と言えば相も変わらず、健康的に海や山で遊び、夜は
気ままに飲み食べしゃべり・・最近の彼の口癖は「休肝日つくろ」ですが、
飲みながら言ってるので、真実味が全くなく聞き流しています。
強がり言っても無理の利かないお年頃、お互い健康にはくれぐれもご注意を!
チャンスがあれば是非2人で「ですぺら」に行きたいです。
シングルモルト飲ませて下さい。では、また。



投稿者: 白衣のくま    日時: 2001年11月02日 22:52 | 固定ページリンク




朝子 | 赤貧てそーゆーのかー・・・

どひゃーと、雷に打たれたような。

日頃金が無い金が無いとわめいているパラサイトフリーランサーなのですが、私の場合は金が無くなるのは稼いだ分きっちりさっぱり使ってしまうからなんですけど、うーん、どうやったら貯まるのだろうかとずっと疑問だったんですが。

ここ、最近は華麗なジャムとパンチをラム飲みながら呑気に眺めさせてもらったんですけど、いきなり凄い話題が。てゆうか核心にどーんときたというか。

なりふり構わずという方針は同じでも方向性が全然逆だったということかなぁ?とか。

なりふり構わず貯金に励め!という事が自分出来るわけもないので、かといって前述の赤貧みたいなことは絶対逆立ちしても出来ないと思うし、なんていうか、きっと一生貧乏で決定だなと思った次第です。稼いで使って全然残らないとほほ、で終わりだなーとか。

どっちにしろトコトンやってみたら格好いいだろうけど、どっちに行くにも相当覚悟して気合いいれないと出来無さそうと思うのですが、あのような赤貧に耐えられたのは何故だろうかとちょっと考えてはみたいと思います。

わけわかんないと思いますけど、ありがとうございましたー。



投稿者: 朝子    日時: 2001年11月03日 00:29 | 固定ページリンク




梅子こと薫子 | ようこそお越し

 白衣のくまさんへ

 お懐かしゅうございます。お元気そうでなによりです。明石では本当にいろいろとお世話になりました。一考が病院から抜け出る手配をして下さったり、亀(焼酎)を一甕飲み干して頂いたり。

 最近は、さすがのポルシェ(気分だけ)も16万キロを越えてボディはガタガタになってきましたが、エンジンのみ絶好調です。荒川を渡る橋の上で度々白バイに追いかけられ、警察官と口喧嘩をしております。でも今年目出度く一考もゴールド免許になり、見せびらかしています。

 こちらに来てからはまだ一度も花見宴会していませんし、キャンプにも行けず、ヒステリー気味です。毎週のようにキャンプ場を梯子してましたのに。東京では深呼吸できる景色の良いところはありませんが、関東方面の山に挑戦しようなんてときには、是非「ですぺら」に寄ってください。亀も置いていますし、シングルモルトは日々増殖しております。なんでも極めないと気のすまない性格は、相変わらずのようです。自宅には車も置けますし、来客用の別室もあります。ご遠慮なく利用してください。

 また明石、関西情報を教えてください。



投稿者: 梅子こと薫子    日時: 2001年11月03日 05:04 | 固定ページリンク




梅子 | 詐欺師 一考

 朝子さんへ

 東京へ行って丸ビルと東京タワーを買いましょうとの一考の言葉を信じてついて来たのですが、それは真っ赤な嘘でした。こんなにひどい貧乏人とは思ってもいなかったのです。東京へ来てからパンツ一枚買えません。ある日、ティーバックのいいのが欲しいなあと言ったところ、自分の中古のパンツを鋏で切り裂いてティーバックを作るのですから、冗談では済まされません。
 私は騙されたのです。家賃が払えなくなって、どうするのと聞きますと「君には貯金はないの」ですって。朝子さん、くれぐれも男にはご注意あそばせ。



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月03日 06:13 | 固定ページリンク




松友ことまっちゃん | 白衣のくま様、御懐かしゅうございますぅ~


ご無沙汰しております、松友です。明石では大変お世話になりました。
関西を発って一月もたっておりませんのに、
遥か以前のことに感じてしまうのは不思議なものです。
以前にもまして、先輩お二方はパワフルに遊んでいらっしゃるのですね、
さすがです。
ただ、お約束しておりましたのに、くまさま、田村さまと
ご一緒できなかったのが残念です。
明石で、関東で、あるいは何処かで、是非またご一緒させてください。

まずは取り急ぎご挨拶まで。

そそ、同じメールで失礼致します。
梅子さま、白い単車とバトル(?)とはアグレッシブでいらっしゃいますね。
お店で拝見している印象とは全く異なる意外な一面かと。
一考さんの免許がゴールド成ったのはおめでとうございます。
でも梅子さまの免許は?
ちょっと心配です、お気をつけになって下さいませ。
しばし、お休みを頂戴しておりました m(_ _)m



投稿者: 松友ことまっちゃん    日時: 2001年11月03日 17:58 | 固定ページリンク




朝子 | いや、そりゃぁだって(笑)


梅子様ったら。

丸ビルと東京タワーですし、そもそも(にっこり)

あの一瞬天使が通り抜ける瞬間がきたんでしょうね「ま、いっかー・・」
とつい流されるというかなんというか・・・

えらんじまったんですから、腹くくって頑張ってくださいまし。

ってこういう台詞は野郎には一生わかんないだろーなーとか。

あたしだってわかったようなつもりで言ってるだけだけが。

まぁでも、幾ら自分で決めてそうした結果なんだから!と頭では解って
いてもですよ?「こいつ、火ぃつけたろか?」と思ってライター手に、
咄嗟に・・・て時も、無いとは思わないので、どうかキヲツケテ。



投稿者: 朝子    日時: 2001年11月03日 23:21 | 固定ページリンク




moondial | 限定版

>自分の中古のパンツを鋏で切り裂いてティーバックを作るのですから、冗談では済まされません。

それはオートクチュール製Tバックではないですか。
ISSEYならぬIKKOUブランドの限定Tバックと云う訳です、しかも紙魚模様、おっとまた間違った、染み模様と薫香つきと云う一考さんコダワリの贅沢貧乏な一品です、感謝して履くべきでしょうね。



投稿者: moondial    日時: 2001年11月04日 14:26 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 50Kgを切ったというのはすごい


足穂「弥勒」を読んで頑張ります。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年11月04日 23:00 | 固定ページリンク




一考 | 直列エンジン

 松友さんへ

 明石ではで田村さんとは何時も車の話をしていたように思います。懐かしいですね。先日、20年前のボルボのアイドリングを調整しました。代理店で断られたとの話でした。たしかにアクセル・ワイヤーは複雑な取り回しだったのですが、ストッパーは定位置にあり、車の構造が分かっている人なら簡単な作業です。今時の整備士はマニュアルがない車だと何も出来ないようです。
 このところ、古い車をぽちぽち調整しています。オルタネーターのダイオードの欠損、キャブのメイン・ジェットの数値がバラバラ、デストロビューターのタイミングが遅すぎる等、たわいない故障ばかりです。レガシーのシングル・ターボ(現行のレガシーはツイン・ターボ)車はインタークーラーの横に冷却用の煙突があるのですが、それが詰まるというとんでもない問題点を発見しました。BMWのバイクに乗っているので、よく分かっているのですが、水平対向エンジンのオイル洩れは激しいものです。それとあの車のタイミング・ベルトは長過ぎますよ。次回はインプレッサにでも乗ろうかなと思っていたのですが、その気がなくなりました。
 ZもGTRも大排気量になってしまいました。やはり、トヨタの1Jか2JもしくはBMWの2.5リッターの直6ですかねえ。
 先日、インテグラRの暴やん仕様とセルシオのツイン・ターボのノーマル車と競争しました。ホンダ車は問題外、セルシオはゼロ発進で僅かに負けますが、ターボが入ればこちらのもの。ブースト・コントローラーの威力を改めて知りました。
 荒川を渡る橋の上の話ですが、あそこは県境のため、捕まらないのです。私も50キロ制限を130キロで走っていて白い単車に追っかけられました。スピーカーで「そこのボケ、止まれ」と怒鳴られました。叱られるだけと分かっていたのですが、今にも殴りかからんばかりの勢いで、随分謝りました。思うにあのポリさんは関西の出身者だったのかなあ。
 免許証は二人共ゴールドですよ。なにしろ、優良ならぬ、要領ドライバーですから。それにしても、最近の彼女は飛ばし過ぎです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月05日 07:57 | 固定ページリンク




一考 | 白熊のオッパイ

 白衣のくまさんへ

 いろいろお世話になりっぱなしで恐縮。
 それにしても腎臓にバイパスを拵えるのは痛かった。途中までモニターをみてたのですが、それどころでなくなっちゃいました。痛みにはかなり強いつもりで、脱臼や単純骨折なら脚であれ手であれ、自分で修理するのですが、内蔵はそうはいきません。でも、何度も入院したお陰で、ますますアイラ・モルトが好きになりました。消毒液の慢性中毒患者になったようです。
 石割りだけでなく、上京後は体の不都合が吹き出しました。それも臍から下ばかり。やはり(無理の利かないお年頃)なんですかねえ。

 最後になった人丸神社の花見の宴は忘れません。あの時、貴女に胸を押しつけられて、あれよかったなあ。だって、大きいんだもの。しかも尖ってんのね、貴女のオッパイは。東京へいらっしゃる機会があれば、オッパイではなく、腰を据えて酒を飲みましょう。店の営業日はカレンダー通りですから、休日をはさんでなら貸し切りでゆっくり飲めますね。正月でもいかがですか、田村さんのホンダ車で。

 貴女をほったらかして、田村さんとは決まって車の話ばかりでしたね。チェーサーのスターター・モーターの磁石の接点が摩耗したものですから、田村さんから頂戴したクラウンのそれと取り替えて使っています。よろしくお伝え下さい。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月05日 09:15 | 固定ページリンク




松友 | ロリコンに加えて


つちのこ編集者こと 一考様

田村様とはやはり車の話をなさっていたのでしたか。時折盛り上がって店内遥かに聞こえる内容、
専門的なお話で、さすがだなぁ~と感じていたものです。
今の車はまずはテスターなどでエレキから調べると伺いました。機械式が主だと、対応方法、
いやさ原因も掴みにくいのかもしれないですね。
レガシーの煙突の持病は初耳です。ご存知の通り紅毛の悍馬の親の方(V12)は、実は180°バンクの
V型で、外観上水平対抗エンジンと近似なのですが、こちらもご指摘の通りオイル漏れと
長いタイミング・ベルトが要注意点、先輩方は結構気を使っていらっしゃるそうです。
交通整理時の言葉といえば、以前、(諸用で)高速湾岸系の車が集う某道PAを訪れた時、
台数が多すぎて溢れ出し渋滞していた事がありました。と、パンダさんの如き色をした車が現れ、
大声で場所を開けるよう指導。今にして思うと関西の言葉であったような。こういう事は
何処も同じなのでしょうか、不思議です。

以前ご指南を頂戴致しました「癒しの文学」。え~と、第一回配本は「ロリコン」。
確かに高齢化の時代にロリコンは大きなテーマです。加えて直接的合体を最終目標としない(-_-;、
でも身体を主要な媒体として得られる交流について追求するのであれば、結構ジャンルが広がりそうに
感じました。しばし考える時間を下さい~そういっている内にしわぶきにならないようにしませんと。

さて、この間、ようやく映画「宮廷料理人ヴァテール」を観ました。
が、その後、主人公ヴァテールは「華やかな食物誌」に於いて言及されていると伺いました。
~しくしく~拝読してから観ればよかったです。物語を先に知ってしまうと映画の楽しみが
半減すると思いこれまで避けてきましたが、ある程度の前知識があった方が楽しめる事を再認、
ちょっと失敗でした。でももっと料理が映っていて欲しかったです。
  以上取り留めの無いお話まで。



投稿者: 松友    日時: 2001年11月06日 06:21 | 固定ページリンク




白衣のくま | オッパイは・・・


一考さまへ

いや~オッパイを誉められ?嬉し恥ずかし・・
裸体を想像されたみたいで、やっぱり恥ずかしいかも。
脱いだらもっとスゴイ!!と言いたいけど、それは「彼のみぞ知る」です。うふっ
でも、もっと凄いのはあいちゃんのオッパイだと思います!
あー懐かしい・・彼女も元気でしょうか。NO1はあいちゃんです。
(昼間から、熱く語ることでもないけど・・)

彼の愛車は、昨年の夏に自宅事務所の前に駐車していてクラッシュされ廃車に・・
今は、二代目プレリュードです。よほど愛着があった様で、初代と同じ型式の奴を
(グレードはちょっと上らしい)探し出し美しく乗っています。
高速道路では、水を得た魚のように疾走し・・スピード好きが多いんですね
このお年頃は。

お体、気をつけて下さいよ。
脱臼、骨折は自分で治さず病院へ!
ちなみに、現在は整形外科の病棟で勤めております。
チャンスがあれば?手厚い看護を施して差し上げます!



投稿者: 白衣のくま    日時: 2001年11月06日 14:58 | 固定ページリンク




一考 | 再びトラブル

ひろさんへ

ADSLについて、NTTは済みましたが、ソニー側がルーターを不承認。如何ともしがたく。御連絡乞う。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月06日 19:09 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 種村季弘サイン会開催!

おしらせ係奥歯です。

来る11月12日(月)、種村季弘『偽書作家列伝』(学研M文庫)発売前夜祭として、サイン会が行われます。
サイン会自体おそらくもう二度とないと思われますのでこれは貴重な機会です。
種村さんの他の本にも、時間の余裕があればサインしていただけます。
みなさまどうぞいらっしゃいませ。

『偽書作家列伝』発売前夜祭
場所:ですぺら
時間:18:00~21:00
会費:3000円(サイン本付・飲み放題)



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年11月06日 23:10 | 固定ページリンク




一考 | 山本六三さん逝く

 ムーンさんへ

 既にご存じでしょうが、山本六三さんが6日午後2時に逝去なさいました。死因は食道癌。通夜は7日、御影教会にて、葬儀は8日のようです。山本さんの版画に出てくるような教会です。私の代わりにご出席頂けますまいか、話だけでもお聞かせ頂けれぼと願うのですが。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月07日 03:41 | 固定ページリンク




梅子 | 訂正記事

 皆さんへ

 訂正でございます。
お知らせ係の奥歯さん、ちがうってば~~(関西弁では、ちゃうやんか)
時間は18時から20時です。
20時以降は通常の営業とさせていただきますので、よろしく。



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月07日 03:55 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 種村季弘サイン会開催!!(訂正)

薫子さんごめんなさい。間違ってしまいました。

来る11月12日(月)、種村季弘『偽書作家列伝』(学研M文庫)発売前夜祭として、サイン会が行われます。
サイン会自体おそらくもう二度とないと思われますのでこれは貴重な機会です。
種村さんの他の本にも、時間の余裕があればサインしていただけます。
みなさまどうぞいらっしゃいませ。

『偽書作家列伝』発売前夜祭
場所:ですぺら
時間:18:00~20:00
会費:3000円(サイン本付・飲み放題)



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年11月07日 07:19 | 固定ページリンク




moondial | 山本六三氏のご逝去に合掌。

一考さんへ

ニシキタさんから深夜に連絡を頂きました。六三さんの、透き通る程白く細長い指が、胸元に優しく合わさっている姿が目に浮かびました。奇跡的に意識が戻り退院されるそうだと、先日貴兄に連絡させていただいたばかりでしたのに、残念です。ご依頼の件ですが、ここ数日は仕事が立て込んでおりまして残念ながら出席できそうにありません、申し訳ないです。



投稿者: moondial    日時: 2001年11月07日 10:27 | 固定ページリンク




やっき | 転載

「種村季弘のウェブ・ラビリントス」管理人です。
サイン会の情報を転載させていただいてもよろしいでしょうか?



投稿者: やっき    日時: 2001年11月07日 21:12 | 固定ページリンク




ヒデキ | 湯原嬢のこと

かおる子さま 先ほどは酔っ払いの言いつのり、たいへん失礼いたしました。
かおる子さまと他人とは思えぬタレントの湯原嬢、サイトのアドレスは以下の
通りです。他人と思えぬと考えるのは私だけの思い込みでしょうか。


http://www.rey-s-in.co.jp/artists/yuhara_marie/



投稿者: ヒデキ    日時: 2001年11月08日 01:22 | 固定ページリンク




一考 | 転載お願いします

 やっきさんへ

 種村季弘さんのサイン会の情報をぜひ転載して下さい。どうかよろしくお願いします。
 このところ、当方のパソコンはトラブル続きで通信の状態がおもわしくありません。ご返事が遅くなり申し訳ございません。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月08日 04:28 | 固定ページリンク




こしぬま | 山本六三

山本六三氏が亡くなったことを、女友達に知らせたところ、彼女、とんでもない声をあげて、絶句しました。この前、新幹線で大阪まで行って「死の舞踏」(間違ってたらごめんなさい)を買ったそうです。多分、最期のサインがあるもの。きのうかな、彼女は山本氏にファンレターを投函したそうです。山本六三氏のご冥福をお祈りします。



投稿者: こしぬま    日時: 2001年11月08日 10:24 | 固定ページリンク




moondial | 黒木書店

 一考さんへ

昼時、中央郵便局での用事を済ませた帰りに、久しぶりに元町をぶらぶらと歩きました。黒木の前を通りかかると、シャッターが降りていたので今日は定休日なのかと思いましたが、ふと何気なく見上げると、何と看板まで外されているではないですか。張り紙も何もなかったので推測でしかないのですが、この御時世ですから、多分廃業されたのでしょうね。店主も随分とお歳を召されていたので、病気で臥されているのではないかと少々気掛かりではありますが。



投稿者: moondial    日時: 2001年11月09日 22:56 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 不躾ながら

渡辺一考さんにいろいろお教えを頂いている高遠弘美と申します。 初めて「書き込み」なるものをいたします。 実は先日、「掲示板」で渡辺さんが採り上げてくださった拙著『乳いろの花の庭から』(ふらんす堂刊。1998。中村真一郎序文)ですが、ついさきほど版元から連絡があり、税務署の調査が19日にはいるので、売れない本のひとつとしてほとんどの在庫を断裁するという決定に至ったようです。本の世界では日常的なことだとは思いますが、やはり辛いものを感じます。もし、奇特にもお需めくださるという方がいらしたら、ご一報くださると幸いです。掲示板をお借りして、私的なことを連ねました。お赦しください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2001年11月10日 18:11 | 固定ページリンク




石川 潤 | 渡辺一考取扱説明書

 戸田の梅子さんの訪(おとな)いあり。ついてはですぺらに集う酒客への一助として渡辺一考との付き合いの極意(心構え)について些かの注釈を試みられよとの由。常々、あの厚顔無恥でしたり顔の一考氏の化けの皮をはいでやろうと・・・いやいや元薄幸の美少年、福原のアイドル渡辺一考氏のために一肌脱ぐかと、何の責任も(本当はやる気も)なけれどお引き受けした。一考氏の逆鱗にふれぬ(る)ことを願う。
 そもそも渡辺一考とは何か。伝説の流れ編集者? 南柯かぽあんかれーらいす書局の主人? 赤坂のショットバーのハーテンにしてパーテン? 自転車作りのプロ? モツの煮込みから懐石まで何でもござれの料理人? 稀少本とビデオテープの蒐集家? ジャスコで買った2000円の皮ジャンを身に纏いさっそうと走るライダー? 金魚マニア? 喧嘩マニア? 書き込みマニア? ただの変態(これが一番ただしいかも)。まさにヴィアンも真っ青の百面相振りだが、一言で言えば、この人ただのペテン師である。大法螺ふきで無責任、その場限りのやけっぱち、どう転ぶかは気分任せの捨て鉢人生。いやいやこれは誉めすぎ、ただの口先三寸、3センチ5ミリの肉塊ならぬ魂を持つ男なのである。
 一考氏、一度口を開けば他人から聞いた話は自分の体験談となり、数字の二桁三桁の水増しはあたりまえ。トイレの造花はたちまち百宝の花を咲かせ、路地の水溜まりはカスピ海を越えるほどの・・・とまあ、どこまで果てしなく大風呂敷が拡げられていくのかと、側で聞いているだけでクラクラと眩暈がするばかりである。そこの御一考様じゃなかった、御一統様早く目を覚ましなさい。
 さらに詳しく言えば、一考氏、他人なんぞはどうでもよくて自分にまつわる面白話や下ネタをまくし立て、その話に酔いしれているのが楽しくてしょうがない人。ゆめゆめ、一考氏を信じることなかれ、裏切られる事を前提にしなければ、到底付き合うことの出来そうもない浅ましくかつ卑しい人品骨柄の持ち主なのである。さらにさらに言えば誠意、義理、情を三歩、歩いて忘れてしまうのが渡辺一考なのだから。人を貶す時の一考氏の口癖は「ゴミ、塵、あくた」であるが、要するに僕が何を言いたいかと言うと(これも口癖)、倫理観や社会的通念(そんなものがあるとすれば)から見れば、まさに一考氏こそが真性の「ゴミ、塵、あくた」なのである。一考氏は色街が産み落とした宛先のない小包、残飯にして夾雑物、うんこのようなものなのである。
 しかしそれは至極当然のこと。なぜなら一考氏とてわが同朋、地上なんぞは仮の宿でしかないのだ。要するに現実と一考氏を結び付けているもの、それは「書くという行為」に他ならないのである。そう、このデタラメ一考氏、書かれた言葉の世界に対しては自他に関係なく、とても真摯なのである。(三日で消えるようなやつじゃなくて、キラキラしてないと駄目だけどね)その一点がなければ、一考氏の首はとっくの昔に空中の縄の輪を間違いなく通過しているのだ。現実なんてつまらない、あの鈍感な奴の首を目をつぶってチョンと飛ばしている方がよっぽど面白いのではないか・・・。そういえば先日、松山俊太郎も三人殺したって言ってたっけ。ねえ、一考さん堅気の人相手にそんな息巻いてもしょうがないよ。言って解らない奴は目をつぶってチョンでいいじゃないですか。(夷斎曰く、人間の最大の罪は鈍感の罪だからね)
 さっきから僕が何を言いたいかというと、一考氏の話なんかに耳を貸さないで何でもいいからまずは一考氏の書いたものを読んでみなさいということである。「玲瓏たる虚無---ドラコニア紀行」「鏡花本の世界」「黄金のシャワー」もとい「黄金の日々」を。例えば「黄金の日々」311頁と312頁、特に311頁の最後の行から312頁8行目(が、もう抜群)を読め。そこには私の知っている加藤郁乎や種村季弘や・・・切ないまでの(存在を否定した上に屹立する、いまひとつの存在)、スッとした美しい後姿(立ち姿)が見えるではないか。これぞ文学(いい文章、いい俳句は勃起してなきゃ)。もう一度言う、これぞ文学。言葉の織りなす吸引力でどこか見た事もない、行ったこともない所へと誘ってくれる。文体とは精神の運動、即ち思想であり、肉声であり書き手の体臭に他ならない。内容なんて洒落臭いものはそこらに置いといて、そこに香り立つ詩を楽しめばよいではないか。(そう、渡辺一考の長所、それは文章がいい、それだけ)
 要するに僕が何を言いたいかというと、一考氏の書いた文章の中に一考氏を探せばよいのである。スプリングバンクやラガヴーリンのように華麗な文章。こんな紙面上の人格は認めざる(全面的に降参)を得ないのである。そうすればあの酒焼けしたニタニタ顔ではなく、初々しくはにかんだ不良少年、まさに福原のアイドルの顔が見えるはずなのだから。もう一考ちゃんステキ!(分かるひとには三分で見つけられるだろうが、分からない人には一生分からないと思うけどね)。そうでないとカウンターをはさんで目の前にいる一考氏は口先三寸、種村季弘流にいえば「渡辺一考から七、八人の人間がぞろぞろと逃げ出して、ひょっとするといまそこらへんが渡辺一考だらけになってしまうような」とデタラメばかりで溢れて、もうそこには一考氏の実体は存在しないのだから・・・。
 もしや渡辺一考って存在するのに存在しない、えっ、それってビンラディン。いやいや存在しないのに存在している(地上は仮の宿だからね)、えっ、それってもしかしてつちのこ。そう、渡辺一考とは自称するように「つちのこ」である。
 そして頭にかえって渡辺一考と付き合う心構えとは・・・君たち、「つちのこ」相手にどこまで本気になれるかという事だよ。



投稿者: 石川 潤    日時: 2001年11月11日 00:12 | 固定ページリンク




一考 | 友の氏に思う

 ムーンさんへ

 このところ悲しい話が続きますね。神戸も大阪も京都の街も、なべて未練や思い入れはないのですが、幼少期を過ごしたのは事実です。20歳を経てからの上方には憎悪しかなく、栖を流転しましたのも、その憎悪即ち自らの悔恨から逃れたい一心だったのかも知れません。若くして故郷を喪った者に安住の地などあろう筈もなく、またかかる地で心を許せる友を求めるなど烏滸の沙汰で御座いました。いや、こんなことを書けば貴方や山本六三さんには礼を逸することになります。確かに佳き友を得ました。でも、友を得たら得たで、それは新たな拒否を、更なる拒絶の芽を自らの中に生み出すだけなのです。落ち行く先で未知な友を拵えたところで、同じ消息の繰り返しとなります。

 いかように託けようとも、人に存在理由はありません。ならば、友も同様にして、「私は友であった」と著した瞬間に、友は指の間から砂粒のように零れ落ちて行きます。「友であった」かどうか、逝った他者の真意を推し量るなど、欺瞞以外のなにものでもなく、もし仮に友たりえたとしても、相方の死と共にすべてのかかわりは消滅します。さればこそ、友の存在を退けるのが本音なら、友の死を悲しむのは建前ということになりましょうか。自らに対する偽善を厭うなら、暫時友は切り捨てて行くのが自らへの、ひいてはその友への唯一のはなむけであり餞別になりましょう。人の死の悲しみと生きることの哀しみ、この両端を結ぶ橋は存在しません。かつての友というよりは戦友の死を前にして、悲嘆に暮れるなど我が儘な振る舞いは許されるべきではないのです。彼が歩んだ思索者としての言動をいかに解釈し、いかに読み換えるか。山本六三さんに対して私に出来る供養と申せば、それを除いて他にはありますまい。

 ちょっと切り口を換えてみます。「いかように託けようとも、人に存在理由はありません」と著しました。確かに人としての個体には生きる理由も生き延びる理由もなにもないのです。でも、それら余りにも茫漠とした風景に人の心は堪えかねます。そこで編み出されたのが、世のしがらみです。しがらみとは柵(さく)であり、渡しであり、堰なのです。要は流動する心を塞き止めるためのノーハウということになります。謀と言って拙(まず)ければ方策で結構です。その方策の中に人は胡座をかき、かかわりの中に存在理由を見つけ出そうとするのです。即ち人から必要とされる存在であるとの誤謬を自らに刷り込むために。また、存在理由により確とした信憑性を持たせるために、しがらみは時と共に複雑化され、更に錯綜したものになって行きます。しがらみの最たるものが家族であり、仕事であり、友であり、金品なのでしょう。
 さて、しがらみの対極に個があります。個が個であることの証明はひとつ、それは才能と権威の拒否です。才能とは実績に他なりません。さればこそ、実績を積めば権威が生じます。いわゆるその道のプロというやつです。プロに成り果せるのは容易ですが、それを拒むのは然るべき意志力が必要です。何故なら、飯の種を自ら投げ出すことになるからです。山本六三さんは人生の後半、全力を傾注してやまなかった一群のタブローを一枚として売却しませんでした。氏の本意が孰れにあろうとも、六三さんが個に拘泥し続けたのは事実です。志をもたない山本六三さんに同志やともがらは必要なく、人を愛する能力が欠落した氏に連れ添いや伴侶は本来不似合いだったのです。また、特定の趣味を持たない氏に常に親しく交わる仲間の要もなく、定めのない氏の生き方に従者や道づれなど生じよう危惧すらない筈だったのです。そこのところを何時の日か綴らねばなりますまい。

 先頃、高柳重信さんの若書きに「戸田橋へ乾反葉走る切通」との句があるのを知りました。故郷の風景ををかくまで冷淡かつ冷酷に描いた句があったでしょうか。一切の帰属を切り捨て続けた高柳さんの壮絶なまでの覚悟、苛烈なまでの現体験が過不足なく著されています。この句に登場するのは風を身にまとった虚無のみ。いや虚無を携えた風でしょうか。切通しの彼方にも此方にも趣はおろか、情念のひとかけらすら存在しません。重信さんの句を引用したのは他でもない、高柳重信の名を15歳の私に教えた人の名は山本六三。彼もまたマントの中に虚無をひそめて、さりげなく現れ、にこやかな微笑みを残して去って行ったのです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月11日 16:37 | 固定ページリンク




一考 | 誤植

タイトルの「友の氏に思う」は「友の死に思う」の間違いです。周章てています。いや、狼狽えているのかも。申し訳ない。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月11日 16:42 | 固定ページリンク




一考 | 弔意忝なく

 フーリエの使者さんへ

 弔意忝なく存じます。「死の舞踏」を買われたお方にもよしなにお伝え下さい。
 毎週、木曜日に須永朝彦さんがですぺらへ来店なさいますが、先週も山本六三さんと郡司正勝さんの話に終始致しました。何時か二人で山本六三さんについて著しましょうということになりました。私自身、六三さんの取り巻きとのお付き合いはうまくいかず、告別式にも参列かないませんでした。残念なことです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月11日 17:09 | 固定ページリンク




一考 | 希有の奇人

 高遠さんへ

 初めての書き込みとは驚きました。「乳いろの花の庭から」は残念なことです。私の一押しの随筆集です。掲示板を読まれた方は是非購入をお急ぎ下さい。買って損は致しません。
 15編のエッセイが含まれています。タイトルにも用いられた1部の「乳いろの花の庭から」は、詩歌を中心に日本文学にあらわれた乳房のアンソロジー。博覧強記の氏ならではの逸品です。2部には櫻井さんのホームページにもかかわりのある久生十蘭、ロミ、小津安二郎などにかんするエッセイ。3部はプルーストに纏わるエッセイが収められています。
 「高遠弘美氏は自然と人工のあらゆる物に、美を発見するために生きている、現代における希有の奇人である」とは中村真一郎さんが寄せられた序文の書き出しです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月11日 17:43 | 固定ページリンク




moondial | 糞尿譚

一考さんへ

拝読いたしました。
小生は、複雑且つ錯綜した柵(しがらみ)に多少翻弄されようがされまいが適当に楽しんでいる輩です。貴兄の様に自らを「孤絶」すると云う在り方は、実に素敵ですが、壮絶すぎて性に合わない軟弱者であります。それに、貴兄の単なるファンの一人ですから六三さんのお名前に連なるなど、それこそ烏滸の沙汰で御座いまして、流石にストーカー行為は慎んでおりますが、「もう一考ちゃんステキ!」てな具合ですからね。しかし実に上手く表現されていて感心した石川 潤氏の「取扱説明書」、貴兄の大風呂敷も口癖も、「ただの変態」も「3センチ5ミリの肉塊ならぬ魂」も、「色街が産み落とした宛先のない小包、残飯にして夾雑物」は勿論の事、「うんこのような」存在も、小生は好きです。つまりは、勃起不全を治すにはスカトロへ向かわなければ駄目だと云う事になりますかしらん。



投稿者: moondial    日時: 2001年11月12日 01:04 | 固定ページリンク




一考 | 山本六三さんについて

山本六三さんについての記述が、下記掲示板にて多く見受けられます。興味ある方はどうぞ。

http://www.tcup5.com/525/takeshi.html



投稿者: 一考    日時: 2001年11月12日 01:37 | 固定ページリンク




一考 | つちのこ編集者の戯れ言2

 石川潤さんへ

 「文字を書きつつ恥をかき、汗をかきつつマスをかき、金欠き礼欠き節操欠き、かくして今はですぺら店主。いっこうに懲りない一考さん」とはかつて荻窪にいらした永瀬由利子さんの弁。由利ちゃんよ、「ですぺら店主」とは「でたらめ店主」の誤植ではないのかい。
 かようなメールを頂戴したあくる日には「一考取扱説明書」なる珍文書が掲示板に載る始末。私も大物になりましたなあ。それにしても、文の始まり位はオリジナルであって欲しいもの。あの書き出しはどこやらの大先生の文章の盗用ではござんせんか。落ちの巧さと比してバランスが取れてませんよ。「厚顔無恥でしたり顔の一考」は結構、かかる賛辞に私は弱いのです。先般もある女性編集者より「マッチョな男」との連打を受けました。相手方は非難のつもりだったのでしょうが、筋肉労働者の私としては栄光の糞づまり、単なるインテリではなく、些かでもインテリヤクザを髣髴させるではないですか。実は内心は嬉しかったのです。そこまで考慮してのマッチョならば、私は彼女にますます頭が上がらなくなるのですが。

 文中、たって数行のお褒めに与りしは幸甚。以下、文章を著すに際しての質と量の問題について一言。骨法についてはムーンさん宛の書込で触れましたので、重複は避けます。
 いつぞや、「一行以上三枚位」との原稿依頼が御座いました。どなた様であれ、言いたいことはほんの数行、他はその数行に至るための伏線、ないしは盛り上げるための前菜のようなもの、と私は心得ます。従って、当意即妙の依頼かと思われましたが、結果は惨憺たるものであったと聞き及びます。
 エッセイにあって肝要なのは、あなたも仰るとおり「きらきらした部分が含まれているかどうか」です。前菜であるべき部分が前菜としての体をなさない、即ち結句の輝きを盛り上げる役を務めていない場合。言い換えれば、本来、前菜であるべき部分が知識のオンパレードに終始し、「きらきらした部分」との間になんら脈絡が見受けられない場合。そんな時は、いっそ結句の一行、二行だけの方が救われます。ところがほとんどの物書きは売文の明け暮れに精を出し、それこそ「社会的通念」の中にどっぷり浸って行くのです。著されるであろう中味は自らの記憶の襞にのみ在します。故に、引用に必要とされる最小限の書冊があれば十分なのです。ノン・フィクション作家は異なるカテゴリーに属しますので除外しますが、文章を著すに際して不必要に多量の書物を繙き、資料を漁り、取材を繰り返すような文章に私は些かの未練も興味も抱きません。何故なら、それは自らの体臭を希薄に、そして喪わせる結果にしかならないのですから。
 商売柄、書物蒐集家や愛書家と称する人々とのお付き合いが御座います。元本における函、カバー、帯の有無並びに美醜に口角沫を飛ばしております。それと何処のラーメンが、ケーキが、干物が旨いか不味いかとの話の間に質的な差違が在るのでしょうか。私は愛書家を否定しているのではないのです。個人の持つ価値もしくはその判断としての価値観は認めます。ただ、愛好会(そのようなグループに限って少数者意識、選民意識を持つ)と称するような集団の持つ価値評価の判断は御免被りたいのです。さらに申せば、様々な価値観は並列にしか存在しないと言うことです。旨いウィスキー、旨いラーメン、旨い干物は存在するでしょうが、ラーメンと干物、どちらが美味かとの質問は意味を成しません。いずれにせよ、等し並に単なる知識じゃないですか。箇々の人が持つ「染み模様と薫香」の話ならいざ知らず、井戸端会議に興味が尽きないなんて、益体なしを通り越して慇懃無礼です。喋る側も訊く側も俗物ですよ。

 私は通過し損ねましたが、多くの友の首が「空中の縄の輪を間違いなく通過」しました。先日も一人の思索者を喪ったばかりです。これからは愚鈍な輩の首を「目をつぶってチョンと飛ば」す覚悟と技量が必要になりましょう。悔恨の日々は何処かで断ち切らねばなりません。御意見、身に沁みて辱く思います。
 話はあらぬ方へ滑りました。問題は質と量との相関関係についてでした。マルクスの大向こうを張って、貴方好みの結論を申し添えます。「文章の長短は、結句としてもたらされる一行の哀しみの深さに比例するものでなければならない」と。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月12日 02:02 | 固定ページリンク




一考 | 御期待あれ

 ムーンさんへ

 西北八島さんをご存じなかったのですね。昔からのお付き合いで、32歳の頃、明石へ引っ越しする際に随分とお世話になった方です。ここでは憚りますが、京都の大先生との悶着の後は神戸の友人はめっきり減りました。今では貴方だけなのかも、逆に京都の友人は増えました。孰れにせよ、私を東京へ向かわせたという点で、幸いな事件だったのですが。
 石川潤さんは西明石時代に知り合った、若い友人です。物書きではないのですが、読解力に非凡なものがあります。「内容なんて洒落臭いものはそこらに置いといて」には私もドキッとさせられました。今度東京へいらっしゃる時に紹介致しましょう。
 もっか、掲示板を利用して頭の中を整理しています。次の仕事の必要に迫られてのことです。ウィスキーの本を済ませて取り掛かる予定です。店が暇なため、編輯が捗ります。様々な書物が順次出版されます。乞う御期待。 



投稿者: 一考    日時: 2001年11月12日 02:49 | 固定ページリンク




Campagnolo | 報告

訂正します。山本六三兄が死去されたのは、11月6日午前2時5分、神戸市西区医療センターにおいて。私が山本芳樹氏を通じて神戸新聞社に連絡したのですが、文化部の糸野氏が念のために遺族に確認を取って、訂正されました。この時点で喪主が亜里さんから佐保子さんに変更。一考さんには7日の夕刊をコピーして送ります。記事中、日本キリスト教会とあるのは日本基督教団の間違い、大混乱の中の電話連絡ですから仕方がありません。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年11月12日 06:54 | 固定ページリンク




Campagnolo | 高遠弘美様

良書から先に断裁されて行くのですね。恥ずかしながら私は貴書の存在すら知りませんでした。投稿によって今頃知ったのが残念です。早速、ふらんす堂のHPから二部注文しました。他の方法だと断裁日に間に合いそうもないので。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年11月12日 07:52 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 感謝を込めて

Campagnolo様、渡辺一考様。

勝手な書き込みにすぐに温かいお返事を頂き、本当に忝なく存じます。売れない本であれば、断裁は必定。在庫の本に税金がかかるこの国の税制とあらばやむなしとは思っておりましたものの、突然の報にいささか周章狼狽。見苦しいところをお見せしました。須永さんの「なりふりかまふ」というお言葉。いまさらに噛みしめております。
いまはこれのみ書き留めて、感謝の思いを申し上げたく。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2001年11月12日 09:03 | 固定ページリンク




ムラチカ | どうもお世話になりました

フラフラのおかっぱ女子学生、ムラチカです。
無事、自宅に辿り着きました。
種村先生にお会いするのは勿論、バーという空間に足を踏み入れるのも初めてだった為、大混乱。
右も左も判らぬまま遂には沈没してしまいました。お恥ずかしい……
ゆきちさんをはじめ、BEEさん、やっきさん、お邪魔ビンラディンさん、
それからお店の美人さん(お名前聞き忘れてしまいました)、そのほかの皆様、
ご迷惑おかけしたにもかかわらず本当に親切にしていただきました。
感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

◆一考さま
帰り際にお話できて本当によかったです。
なんだか慰められました。
筵のうえで280歳、最高に素敵です。
図々しくもまたお店にうかがうことがありましたら、是非お話お聞かせください。
それでは失礼します。



投稿者: ムラチカ    日時: 2001年11月13日 02:35 | 固定ページリンク




一考 | ちゃらんぽらんの奨め

 ムラチカさんへ

 肩の力を抜きましょう。試験の時も、面接の時も、逢い引きの時も、いつ、なんどき、例えいかなる状況にあろうとも、肩の力を抜いて生きましょう。肩に力が入っていると、非常事態に対処出来なくなります。
 ちゃらんぽらんに生きるのはよくないことですが、心根だけは常にちゃらんぽらんを装っていないと自らが傷つきます。
 愚鈍な人に傷つけられれば傷つけられるほど、自らも愚鈍になって行きます。それに対応するに「ちゃらんぽらん」はすこぶる有効な手立てです。
 貴女はステキな娘さんです。精神の初まりを、純粋さを忘れないために「ちゃらんぽらん」を装って生きて下さい。またお会い出来るのを楽しみにしています。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月13日 12:59 | 固定ページリンク




一考 | 懐かしのハンドルネーム

 カンパさんへ

 わざわざのご報告ありがとうございます。コピーを鶴首。
 campagnoloとのハンドルネームに些か嫉妬と羨望を抱きつつも、過ぎ去りし日々が懐かしく思い起こされます。
 戸田から赤坂まではたかだか片道22キロです。一昔前なら苦もなく自転車で疾駆できた距離なのです。休むことなく日々60キロを走っていた頃もあったのですから。でも、近頃は酒量が増えました。ただ量が増しただけではなく、酔いが深くなりました。記憶がなくなることも繁くなりました。その度に須永朝彦さんや石川潤さんから叱られております。体力の減衰と比例して、アルコール依存症は進捗して行きます。他に地上を肯う術はなく「分かっちゃいるけど止められない」ありさまです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月13日 16:22 | 固定ページリンク




やっき | ありがとうございました

一考様

昨日はありがとうございました。平日ということもあり、人数は少なかったものの落ちついた楽しい会で、大変楽しい時間を過ごさせていただきました。

種村先生の「大学を辞めて暇になったのでどんどん書いている」との言葉、倒れられて以来の停滞を吹き飛ばすような宣言にも聞こえ、インターネット宣伝担当としては何よりもうれしいことです。特に「ユリイカ」での連載を準備中との仰せは、不覚にも涙しそうになりました。笑われるかもしれませんが、澁澤の死後数年してようやく澁澤・種村両氏の文章に触れた私にとって、かつての「ユリイカ」は光り輝いてみえるのです。私にしてからがかように種村神話に毒されているわけで、私より若いムラチカさんが緊張のあまり倒れてしまうのも仕方のないことでしょう。「種村季弘スペシャル」の一考さんとの対談がそのあたりの毒消しの役を果たしていただけるのではないかと期待しております。

ところで、会費に含まれているサイン本とは別に知人のためにもう一冊購入させていただいたのですが、帰宅して鞄を開けてみると一冊しかありません。私はムラチカさんのように緊張していたわけではないのですが、生来の下戸にしてコップ三分の一のワインに(さもなくば下ネタに酔いしれる店主の吐息に)いささか酔っ払っていたもので、あるいは鞄に入れたつもりが床に落としていたのかもしれません。そちらで見つかりましたら、保管しておいていただけないでしょうか。もし見あたらないということであれば、もう一冊購入させて頂きたく思いますので、取り置きしておいていただけないでしょうか。

また、サイン本はまだ十数冊ほど残っていたように思いますが、それらは今後そちらで購入できるということですよね。その旨ホームページの方で宣伝させていただいてもよろしいでしょうか。


高遠様

ご著書ありがとうございました。署名をしていただいたうえ、割引価格で購入させていただきまして、逆に申し訳ないくらいです。さらには新聞連載「壺中の天を求めて」のコピーや種村先生の新聞書評までお貸しいただき、お心遣い痛み入ります。あまりお話はできませんでしたが、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。


ムラチカ様

初来店にしてその存在をアピールするには絶好のパフォーマンスでしたね。あなたのような方が倒れるぶんには可愛いもので、私なぞが倒れた日にはただの粗大ゴミ、吉野家の残飯と一緒に捨てられてしまうのがオチです。これに懲りずにまた機会がありましたらぜひご参加ください。そういえば種村先生のご子息の友人で古書店を営まれている方をご存知とか。そんなおいしいネタがあるなら種村先生に言えば色々楽しい話が聞けたでしょうに。次の機会にはぜひ聞いてみてください。



投稿者: やっき    日時: 2001年11月13日 19:52 | 固定ページリンク




朝子 | 幻の怪獣だったら。


Nessieのほうが良くないですか?ネス湖の妖精。ハイランドだし。
多分酔っぱらってるからずーっと水中に居ても平気なんだろう。
繁殖法の秘密に長けてそうな所も、つちのこより、本当にそこに
おる感じがするし、ネッシーのほうが似合うと思うんですけど>一孝様

先日、ネッシーのフィギュアを手に入れました。いまパソコンの上に
飾ってます。ネッシーのフィギュアって時点でおいおい!と思いますが
なにげに可愛かったりします。

おじゃましました。



投稿者: 朝子    日時: 2001年11月13日 23:09 | 固定ページリンク




梅子 | お忘れ物のお知らせ

11月12日 種村さんのサイン会の日に
「エレンディラ構想」というメモを置き忘れていかれた方、
ですぺらに保管しています。
ご一報下さい。



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月14日 04:33 | 固定ページリンク




梅子 | 私はつちのこではない

 やっきさんへ

 べろべろ店主を引きずって帰ろうとテーブルを片づけていたところ、
端の方に一冊ありました。誰が忘れていったのかしらん、またこれを売ろうか
などとつちのこが申しておりましたが、やっきさんのだったのですね。
こちらも気が付きませんで、すみませんでした。ちゃんと置いておきます。
サイン本については、やっきさんのホームページで宣伝して下さって結構です。
よろしくお願いします。

ムラチカさん

 忘れられない一夜になったのではないでしょうか、私もお酒には弱いので
昔はよくぶっ倒れたものです。ですぺらではオープン以来一年半の間に数名の方が
床の上で休んでいかれました。あの床は横になるには具合がよいようで、
なかなか好評なんです。
それにしても「お店の美人さん」ってもしかしてあたくしのことかしら?
(如月さんかな・・・)夜目遠目ですぺらの中、昼間はお会いしないように
いたしませう。ちゃらんぽらんが服着て歩いてるような店主の話に
お付き合い頂けるのでしたら、またいらして下さい。

朝子さん
 石川潤さんは、一考の体型からつちのこを連想されたのではないでしょうか。
ネッシーじゃ可愛すぎません?つちのこって、食べ過ぎて糞詰まった短小の蛇って
感じで、やっぱりぴったりでしょ。それにネッシーはネス湖にしか出現しないけど、
つちのこは日本各地にいるらしいし。つちのこのフィギュア作ってみましょうか。



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月14日 07:16 | 固定ページリンク




石塚 | 始めまして。

饅頭茶漬けを食べにお店には一度お邪魔いたしました。サイン会にも是非
伺いたかったのですが、風邪をひき断念しました。
まだ在庫がおありとの事、購入させていただきたいのですが。
よろしくお願いいたします。



投稿者: 石塚    日時: 2001年11月14日 12:52 | 固定ページリンク




B | (無題)

一考様・梅子様

種村先生のサイン会ではありがとうございました。
ですぺらで種村先生にお会いするのは二回目ですが、前回は遠巻きにして矢川先生とお話されてる姿を拝見してるだけでしたが(といっても、ちゃっかり一緒に写真を撮ってもらいましたけど)、今回は近くの席で話を聴くことができました。
11月で東京を引き払って、兵庫県の山奥で仙人生活をすることにしてるので、最後の東京土産として最高の夜になりました。(といって、ちゃっかりまた東京に出没するのでしょうが)
種村先生のサイン本、大切に読ませていただいてます。
ありがとうございました。



投稿者: B    日時: 2001年11月14日 21:10 | 固定ページリンク




さくら | 久々に

久し振りに訪れました。相変わらずの大盛況。種村さんのサイン会は今週の月曜だったのですね。私は地元の書店で予約しました。そろそろ入荷の電話が入る頃でしょうか。楽しみにして待っております。一考さんの装丁された本は美しいとのこと。早くですぺらに行って、そちらに置いてあるたくさんの本を拝見したいです。マスターのお話も楽しみです。チャージが要らないとは嬉しい限り。お酒も手頃だそうだし、何といっても料理が旨いらしいし、何だかわくわくです。ですぺらのコックさんを貸して下さい。



投稿者: さくら    日時: 2001年11月15日 09:42 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 乳いろの花の庭から

高遠氏のお名前は、全くの初見ですが、ネット注文しました。返信が来るまえに本が今届きました。なにせ乳房は好きなので。まだ本文は読んでおりませんが、乳房というと、志賀直哉「暗夜行路」の結末を思い出します。では。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年11月15日 11:12 | 固定ページリンク




ゆきち(福澤) | (無題)

どうも、ゆきちです。月曜はとても楽しかったです。

さて、あれから、種村先生のご本、通勤途中に読ませていただいています。非常に面白くて、離せないほどです。なかでもトマス・チャタトンの話は若年天才に弱い僕としては、とても面白く読みました。

それでは、また、機会ありましたら、ですぺらに伺わせていただきたいと思います。それから、ムラチカさん、よかったら、今度、ですぺらと隣のお店をはしごしてみましょう(笑)。



投稿者: ゆきち(福澤)    日時: 2001年11月15日 12:18 | 固定ページリンク




Campagnolo | 「死の舞踏」を買われた方へ

山本六三さんは、いつも時間をかけてゆっくりと署名された方ですが、「死の舞踏」の際は、衰えた体力に自ら鞭打ち、これが最後だと最後だと覚悟しながら、一枚一枚、見届けるように、丁寧に署名されました。あの作業で寿命は確実にニヶ月か三ヶ月分は短くなってしまったと思えます。「死の舞踏」未だ半分ほど残っています。僕は他の作品を六枚買いました。後日三枚買って、「六三」にする積りです。「ばかなことするんだね。何の意味があるの」と小さな声で煙草に火を付けながら、六さんが囁いている声が聞こえます。それが僕の美意識だからと答えたら、「あ、そう」と一言つぶやいて、微笑みながら後ろ向いてコーヒーをご馳走してくれそうな気がします。必要な方は、急がないとなくなりますよ。                                                                                   わんたんには他のものも、まとめて一セットにして送るから、ちょっと待ってね。それから神戸のSKIN2とその系列数店は、裏の会員制の所も含めて、今はやりのソフトSM風スナックだよ、時々ぼくも遊びには行けど、こんな物置くんじゃないとか余計なことばかり僕が言うので、いつもけんかになってしまうの。蛇を置いてるからって、どうだっていうの。ただの、まがいものの店でしかないよ。だいたいコスチュームにラバーをけちってビニール使っちゃダメ。La peau!て二回言ってこないだ帰ってきた。ここで働いてた子としばらく付き合ってたんだけど、かわいいだけの普通の子だった。やっぱり新大阪か十三まで行かないとダメよ。ところで「漁火」は僕が景子と一緒に最初に連れて行ったんじゃない。エッチャンどうしたんだろう。しげチャンも死んじゃったし、一番仲良かった二丁目の「さざえ」のヨッチンも死んじゃった。  カンパの話は又ゆっくりね。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年11月15日 14:01 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 死の舞踏

昨晩、「死の舞踏」を買った近所の女友達に電話して、このサイトを教えました。彼女は、たどり着いたので、電話をきりました。で、今朝。なあんだぁ、彼女、書き込んでいないんですね。その彼女は、某銅版画家に師事して、ビュランで銅版画を作っています。まだまだですが。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年11月16日 10:20 | 固定ページリンク




智里 | 遅ればせながら・・・

初めての個展も何とか無事に終了いたしました。 ですぺらを通して来てくださった皆さん、どうもありがとうございました。 せっかく上京するのだから、毎日のようにスモークを食べに行こう!と息巻いて いたのに、心身ともに以外にヤワで、結局1度しか行けず残念、無念。 狂牛病の会は実現したのですか?いきたかったなあ。



投稿者: 智里    日時: 2001年11月17日 11:50 | 固定ページリンク




きまいら舎 | 山本六三さんのこと

 小さな星がひとつ消えました。小さく見えるのは距離の遠さゆえ。 俗世間からなんと遠く離れたひとだったことでしょう。この小さな喪失ゆえに 宇宙の暗黒が少し広くなったようにさえ思います。 死の舞踏を買った人へのお便りありがとうございます。私の最後の手紙は届き ませんでした。生前、一度だけいただいたお手紙を読み返して泣きました。



投稿者: きまいら舎    日時: 2001年11月17日 18:14 | 固定ページリンク




ゆきち | 昨日は

大変失礼いたしました。酔っ払いものゆきちです。

あのあと、渋谷でカプセルホテルに一泊。その後、シュバンクマイエルを見て帰宅しました。学研の方(申し訳ありません、お名前を失念しています)、本当にお世話になりました。大変不躾なお話をぶつけてしまいまして、今でも反省のいたりです。

それでは、またうかがう機会もあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。もちろん、電車で帰れるまでの時間までにします。



投稿者: ゆきち    日時: 2001年11月17日 19:40 | 固定ページリンク




梅子 | 毎度おおきに

石塚さんへ

サイン本は店に置いてありますので、お越しいただければ幸いです。

Bさんへ

兵庫県の山奥ってどこでしょう。 篠山、生野、神鍋・・・。
それより北は知らないもんで。どこに住んでいてもお喋りできるのが
ネットの良いところ。
東京出没の折りには、是非ですぺらにお越しやす。

さくらさんへ

ですぺらのコック、ええ、いつでもお貸しいたしますよ、どんどん持ってってください。
ちょっとかさばりますし、少し口うるさいですし、やや勝手きままなところがありますが、
あり合わせのものや、出来合のものをちょちょいで、それなりの味にしてしまう技は
持っております。



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月18日 04:01 | 固定ページリンク




石塚 | よろしくお願いいたします。

できるだけ近いうちに伺いたいと思います。



投稿者: 石塚    日時: 2001年11月18日 18:00 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | お知らせ

お知らせ係奥歯です。

郡司正勝さんの遺稿集『芸能の足跡』が須永朝彦さんの編集によって柏書房から上梓されました。これを機会に在りし日の先生を偲ぶ会を催します。

会費は四千円、十一月二十三日(金曜日・祭日)午後六時よりですぺらにて。
葡萄酒とウィスキーはたっぷりと用意いたします。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年11月18日 23:41 | 固定ページリンク




一考 | 海馬の寝姿

 朝子さんへ

 十代の頃、惚れた女性宅への行き帰りに動物園の横を通りました。夜ともなれば、いろんな動物の鳴き声が聞こえて来るのですが、今なお耳にこびりついているのがアシカの叫びです。糸を曳くような切なげな声で、悲しそうに泣いているのです。哀愁に充ちた声を確認すべく、日中かの王子動物園に幾度も通いました。セイウチ、アザラシ、トド、アシカ、似た動物達なのですが、やはり鳴き声は異なります。しかも、昼と夜とでは鳴き声の響きが変わります。セイウチはコントラバスを思わせる重低音、アザラシはホルン、同じアシカ科の生物でも、トドがバスサックスならアシカはアルトサックスになりましょうか。木下大サーカスの曲芸で馴染んでいたものの、かくまで遣る瀬ない声を聴かされたのは、あの時が初めてだったのです。
 月日は流れ、私は54歳になりました。昨今では泥酔し寝転がった私を見て、梅子さんは何時も爺トドと呼びます。何となく粗大ゴミより悪意があると思いませんか。私の中でアシカに対する好ましい印象は崩れ去りました。折角のお申し入れですが、ネッシーはトドをうんと大きくしたみたいで、あまり気乗りがしないのです。突き出てきた腹を眺めやるに、私のあだ名は爺トドを通り越して老怪獣になりそうです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月19日 00:25 | 固定ページリンク




一考 | 「託ける」とは

 ゆきちさんへ

 「種村季弘流にいえば『渡辺一考から七、八人の人間がぞろぞろと逃げ出して、ひょっとするといまそこらへんが渡辺一考だらけになってしまうような』とデタラメばかりで溢れて、もうそこには一考氏の実体は存在しないのだから・・・。」以上は石川潤さんからの孫引きですが、文中ぞろぞろと逃げ出していくのは種村さんなのであって、いかように思いを致しても一考ではない。などと書き出すとそれ自体が種村さんの術中に陥ることになる。要するに、扱いにくいのですよ、種村さんは。と振ってみれば、何もかかる術策が種村さん固有のものではなく、いやしくもプロの物書きなら誰しもが了解している事柄であるのに気付かせられる。種村さんの随筆は常に書くという行為、即ち物書きの生き方のからくりを示唆しているのである。
 石川潤さんによれば「ぞろぞろと」をはじめ、駄洒落には深い意味があるそうな。そりゃあ、ありますよ。別のところで種村さんが「何ものにでもなれるこの男」と著していらしたと思いますが「何ものにでもなれる」と「ぞろぞろと」は同義反復です。「何ものにでもなれる」とは相手の望むところのものになるとの意志表示。自らを相対する人の鏡にしつらえる訳ですから、これほど人を小馬鹿にした文言はないでしょう。Bから視て、Aがちゃらんぽらんに見えれば、それはBがちゃらんぽらんな人間だと言うことです。何故ならAはBの鏡なのですから。そのからくりを承知でAが私はデタラメな人間ですと言った瞬間、Aを除くすべての人間はデタラメな存在と化してしまいます。種村さんの興味の対象はその辺りから派生するからくりの謎解きにあるのですから、化かし合いをするだけの暇と才覚を持ち合わせた人だけがお付き合いすればよろしいのです。
 「学問としての哲学を学んでいます」「ハイデッガーとドゥルーズを読んでいます」等と、とぼけたことを口にする人はまさかこの世に居ないと思いますが、もし居らっしゃれば抱腹絶倒。露伴が愛したという饅頭茶漬けにも似て、真性のデペイズマンコ。その異星人の頭の中でハイデッガーとドゥルーズがいかようにクロスオーヴァーするのか、そこのところを是非お聞かせ頂きたいと願う次第。小生は福原大学遊蕩学部放蕩学科酒席卒業ですが、学びしは「うんこと精液にまみれた哲学」。卒論は自然的存在や道具的存在から区別される基礎的存在論としての「蝿取り器と泥鰌鍋の研究」で御座いました。
 昨日の客は今日の餌。まじめに物を書いていると人生は退屈なものになってしまいます。人に託けて一筆啓上。因果な性格ですが、たまらんね、ウィッヒッヒ。石川さんの曰う「目をつぶってチョン」とはこういうことなんですかねえ。

 追伸。ですぺらの隣の「かさね」さんは料理の内容から押して安いお店です。しかし、一人二万円を下ることはありません。赤坂だということをお忘れなく。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月19日 00:28 | 固定ページリンク




一考 | 記憶違い

 campagnoloさんへ
 私の記憶違いで申し訳ない。エッチャンとやらは鉄板焼きを売りにしていたとの話を聞きましたが、それも震災のはるか前のことです。コーベブックス在籍中が最も飲み歩いた時期ですが、三宮も京都も行きつけの店はほとんどが廃業致しました。北へ行くことはあっても、もう上方に戻ることはないので、どうでもよいのですが。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月19日 01:19 | 固定ページリンク




一考 | デスタンス

 きまいら舎さんへ
 ビュランで制作なさっている方ですね。文中あなたが触れておられる「距離」は山本六三さんも執心なさった言葉です。氏がこよなく愛した詩に吉田一穂の「母」があります。

   あゝ麗しい距離(デスタンス)、
   つねに遠のいてゆく風景……

   悲しみの彼方、母への、
   捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。

 いつ読んでもいい詩です。悲しみの深さと会った回数は比例しません。あなたが投函なさった手紙はきっと届いています。山本さんはそういう方でしたから。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月19日 01:21 | 固定ページリンク




ゆきち | はい、すいませんでした


>  「学問としての哲学を学んでいます」「ハイデッガーとドゥルーズを読んでい
> ます」等と、とぼけたことを口にする人はまさかこの世に居ないと思いますが、
> もし居らっしゃれば抱腹絶倒。露伴が愛したという饅頭茶漬けにも似て、真性の
> デペイズマンコ。その異星人の頭の中でハイデッガーとドゥルーズがいかように
> クロスオーヴァーするのか、そこのところを是非お聞かせ頂きたいと願う次第。
> 小生は福原大学遊蕩学部放蕩学科酒席卒業ですが、学びしは「うんこと精液にま
> みれた哲学」。卒論は自然的存在や道具的存在から区別される基礎的存在論とし
> ての「蝿取り器と泥鰌鍋の研究」で御座いました。


もう、酒の肴にされるのは百も承知、身の丈に合わないおしゃべりをするのは生来
からのことでして、後悔だけが先に立つばかり、一夜のぐてんぐてんで渋谷であれ
やこれやをめぐらしておりました。おっしゃるとおり、何一つ反論はいたしませ
ん。

これで勘弁してくださいm(__)m。



投稿者: ゆきち    日時: 2001年11月19日 12:44 | 固定ページリンク




ゆきち | 御礼

この点、忘れておりました。

「追伸。ですぺらの隣の「かさね」さんは料理の内容から押して安いお店です。しかし、一人二万円を下ることはありません。赤坂だということをお忘れなく。」

どうもありがとうございますm(__)m。しかし、二万円となると、安月給の身には少しばかりきつくなってしまいます。もうすこし、いろいろと算段してから赴いてみようかと思います。

情報、ありがございました。



投稿者: ゆきち    日時: 2001年11月19日 23:24 | 固定ページリンク




梅子 | (無題)

智里さんへ

無事に岡山まで帰られたのですね、お疲れさまでした。
せっかくの機会でしたのに、個展には伺えませんでした。申し訳ありません。
また上京された折りには是非店にいらして、岡山情報を教えてください。

梅子こと薫子



投稿者: 梅子    日時: 2001年11月20日 04:18 | 固定ページリンク




Campagnolo | 一考様へお詫び

もう、首は麒麟状態でしょうけれど、わたくしの仕事がご存知のように多忙を極め、毎日、一時間か二時間寝ることが出来たら幸運という毎日です。約束の物が遅れて申し訳無い。先日、その反動で、560SLのAMGを衝動買いしてしまいました。排気量も6リッター近くとなると、やっぱり、尋常じゃありませんね。今度、戸田橋で勝負しましょうか。昔320に、ラジエーターを改造して(収まる場所が無いので)、3000のエンジンを積み替えて、デフからミッションまで、足回りを全部壊してしまったのは覚えてますか。その倍近いのですから、ストレートだけなら負けないでしょう。去年、180キロオーヴァーで赤切符。拝み倒して、免取だけは逃れたばかりなんですけどね。200km/h越すとオービスに写らないなんて、あれは嘘ですよ。ご用心下さい。最近のカメラは、性能が良くなってますよ。 ところで、高遠さんて8000cc位の方ですね。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年11月21日 00:09 | 固定ページリンク




一考 | 勝井隆則さんのことなど

 やっきさんへ
 種村さんとの対談の中で、話題は芝公園で野たれ死にした作家藤澤清造に及びました。その時、私も君もひどい生活だったが、もっと壮絶な暮らしをしている出版人がいる。それは金沢の勝井隆則さんであり、「藤澤清造貧困小説集」の刊行者であると教えられました。種村さんが金沢で倒れし折の見舞客の一人ですが、以降お付き合いは続いているという。
 聞き通いによると、勝井さんは法政大学を卒業後、郷里の金沢へ帰り、亀鳴屋と号する出版社を一人で営んでいる。今なお、「蛍の光 窓の雪」を地でゆく家に女房と住み、テレビはなく、窓にガラスの痕跡すらなく、冬ともなれば家の中を吹雪が舞うにまかせるとの風流な暮らしぶり。今回上梓された「藤澤清造貧困小説集」にしてからが、刷り部数を500に限り頒価は2800円、締めて140万円じゃないですか。それでは全冊完売しても制作原価がかろうじて賄えるだけ、人件費はおろか、編集費すら出てこない。しかも頒布する書冊は餓死文学叢書とでも名付けるべき代物ばかり。次回配本は、戦後石川県小松市に在住した森山啓の著作と聞きます。森山啓は金歯を売って生活したとの伝説を持つプロレタリア作家です。
 今どき、こんな純な出版人が、しかも地方に居たというのが驚きです。風紋さんの言う、明るい表通りばかりを歩きたがる昨今の表現者や出版人から抜け落ちているのが、こうした不退転の意気込みであり、貧窮をものともしない強靭な精神なのです。物欲にまみれ、日々の金数を求めて蠢くような輩に表現なんざあ出来るわけも御座いません。芝公園でホームレスの頭領になってからでも遅くはないのです。表現者や編輯者に必要なのは不死鳥のように蘇る気力と無頼の精神のみと信じます。いずれにせよ、種村季弘さん推薦の「藤澤清造貧困小説集」を読んで貧困を謳歌しようではないですか。
 書物の佇まい清楚にして申し分なく、手染めの布表紙とつげ義春の絵とのバランスは美事。また、同書の巻末に付された粕井均さんの編纂になる「同時代評・ゴシップ細見」と小幡英典さんの「清造がいた場所」と題するアルバムは逸品。前者は書誌学の範にもすべき必読の文献、生田長江、島崎藤村から遺骨の焼却料を負担した長谷川時雨に至るまで、藤澤清造にまつわる証言と文献を稠密にときほぐし、おのが清造感をそれこそ干鰈を陽に翳すがごとく浮かび上がらせている。かかる書物が藤澤清造を愛する人々によって拵えられたのは何よりの供養。文学史の書き換えに直接結びつく行為のみが出版であるとの勝井隆則さんの身を呈しての異議申し立てに三拝九拝。貴方のような存在こそが私が生き延びるための唯一の糧なのです。
 地方の方は下記住所へご注文を、東京在の方はですぺらへご注文を頂ければ幸甚。ちなみに、ですぺらには取りあえず10冊送付して頂く予定です。

  「藤澤清造貧困小説集」亀鳴屋本第二冊目 限定500部 頒価2800円
   亀鳴屋 石川県金沢市大和町3-39



投稿者: 一考    日時: 2001年11月21日 21:09 | 固定ページリンク




朝子 | WATCH OUT! the Sea Horses


一孝さま>>

海馬は脳味噌ん中にありますね。なんか賢い感じがよい感じです。いや。
ネッシーのフィギュアみたけど、結構なんていうか、ヒルにヒレが4つ
ついただけで、麒麟のよに伸びた首、ふたコブで角が生えているらしい
ですよ。つちのこはビール瓶大でしたっけ・・・なんかな・・・しょぼい
から、もちっと、格好いい方が良いべか、と思っただけなのでした。

そのうち又見に行ってきますよ、ロッホ・ネスに!行った事ありますか?
今時分の北関東の空は丁度なんていうかスコットランドみたいで好きです。

所でゆきち君ことゆっきーをいぢめないであげてください、いや、いぢめて
下さい。ヤツは根っからのぼんぼんで困ったモノなので鍛錬が必要です。あ
たしに言われたくないだろうけどっ(あははー!)

物の怪に対抗するのにカミングアウトしなきゃだめか?とか言ってますが
彼には宗旨替え以前に修行が必要だという事をコンコンと言ってるのですが
私の言葉なんぞ素通りする模様ですなさけなや。

どうすればいいんでしょうか?



投稿者: 朝子    日時: 2001年11月21日 23:34 | 固定ページリンク




ゆきち | 余計なこと書くでねぇ!

だっーーーー! そないなこと書くな! 誰も対抗しようとかしないとか考えてませんて。堪忍しとくれやす。というわけで、僕は、良心に基づいて、いぢめにはこころから反対です。

それから、僕は、10秒たりともぼんぼんだったことなどないぞ(笑)。朝子さんからは、そうみえるのかい? 

っていうか、マジ頼むわ。これ以上はプライベートメールにしてくれ……。

以上、失礼いたしましたm(__)m。



投稿者: ゆきち    日時: 2001年11月22日 01:28 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | 感想


お久しぶりの暫定管理人です。
一考さんの中年パワー炸裂してますねえ。
団塊の世代はパワーがあるということかな(もっとも一考さんにパワーがあるだけかもしれない)。
エロと貧困がこんな形で共存するとわ。

ところで「藤澤清造貧困小説集」、面白そうだけど、読みたいような読みたくないような気分。はっは。

今の若者、もっと力をださんかい。



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2001年11月23日 01:02 | 固定ページリンク




やっき | 注文します

一考さん

「藤澤清造貧困小説集」については先日の出版前夜祭のときにも
おっしゃっておられました。「落ちぶれた男ほどエロティックなものはない」
と書いた種村さんのご推薦、これはぜひとも読みたいと思っていましたが、
入手方法がわからなかったので、お知らせ下さって助かりました。
一冊注文させていただきます。よろしくお願いいたします。

高遠さんの『乳いろの花の庭から』読みました。
博学と色気を併せ持つ稀有のエッセイですね。
断裁に際し、高遠さん自ら数十冊を引き取られたとのこと。
知人に宣伝して回ろうと思っています。
本書と出会えたのもこの掲示板のおかげです。ありがとうございました。



投稿者: やっき    日時: 2001年11月24日 01:39 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 亀鳴屋

亀鳴屋のホームページがありますね。ヤフーで一発でした。金沢では、名の知られた方のようですね。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年11月24日 10:02 | 固定ページリンク




一考 | 心にもあらざる記

 ゆきちさんへ
 自分というのは人が望むところのものでしかない、というのが私の持論です。自分が自分の思っているような人間であるかどうかは自分にはなにも判りません。人が判断するところの自分が常に正しい自分の像なのです。これは松友さん宛の文章で著した賓辞の問題と同じことなのです。いついかなる状況にあろうとも、判断を留保し行使するのは他者なのです。どうしても酷い誤解があるというのであれば、五解を六解に七解にしつらえ、自らの快楽の対象にしてしまえばよろしいのであって、「そないなこと書くな」では些か見苦しくはありませんか。男の子はもう少しダンディに行きましょう。また、人の意見に対して異議があるのであれば、どうどうと議論すればよろしいのであって、それを「余計なこと」とか「いじめ」と退けたところでなにも始まりますまい。繰り返しますが、他人にかく見られたいという望みがもし有るのであれば、自らの立ち居振る舞いを然るべきものに改めるのが先決かと、爺トドからの心にもない親切心です。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月24日 20:30 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 藤沢せいぞう貧乏小説集


藤澤清造は朝日書林の全集刊行の広告を見て以来 (まだ出ていないようで
すが)、こんな作家がいるのかと気になっていた一人でした。表紙がつげ
義春というのも狙いすましたかのごとき人選で嬉しいです、一冊頂戴した
く存じます。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年11月24日 20:33 | 固定ページリンク




如月 | ウイルス情報

昨日、私のメールボックスがウイルスに汚染されてしまいました。 このため、これまでメールの遣り取りをしたことのある人すべてに私の名 (実名)でウイルスメールが送られてしまったようです。 あやしいメールが届いた人は、すぐに削除してください。 なお、このウイルスの被害状況等は、拙掲示板に書きこんであります。



投稿者: 如月    日時: 2001年11月28日 13:11 | 固定ページリンク




一考 | 敷衍曲

 奥歯さんへ
 敷衍曲と題するつちのこ編集者の戯れ言第三弾。例によって、奥歯さんへ託けての戯れです。

 かつて郡司正勝さんは日経新聞の「オリジナリティーとはなにか」とのアンケートに応えて一言「オリジナルなんてありません」。また貴女がお好きな澁澤さんはオリジナリティーを過価なるものとして嗤い飛ばしていました。確かに貴女が仰有るように、文学と哲学にはパラフレーズとの言葉が似合います。ただし、敷衍ではなく、敷衍曲の方がより相応しいでしょう。
 金子千佳という詩人を私は存じ上げませんが、結構な詩です。男女の稟質の違いがよく表現されていると思います。素敵なイントロです。

 第一節からはじめましょう。まず『「人が考えたから考えなくて済む」をいうわけにはいかない領域こそが哲学であり文学』であるとの御指摘。「いうわけにはいかない」を「それを言っちゃあ、お仕舞いよ」と転じ、「言えねえところが文学よ」と結ぶ方が通りがよくなります。冗談はさておき、物理学にせよ天文学にせよ、大方の学問は類推の上に成り立ちます。例えば天体の運行をつぶさに観察し、任意の一点にブラックホールがなければ、運行の整合性が得られないと言った案配です。現象を統一的に説明することが可能な仮説をまず打ち立て、それを検証し、妥当するところの真理を導き出すのです。
 一方、人間には先天的な概念と後天的な概念とが混在します。でも、人生に仮説としての設計図はないのです。人はまず存在ありきで、生きて行く課程で双方の概念が絡み合って概念構成がなされて行きます。サルトルが示唆したことは半分正しく、半分は間違っています。その問題点の整理は後日述べるとしましょう。
 文学は書き手個人の倫理観、価値観、歴史観を綴るものであって、アナロジーもしくは一般化とは所詮馴染まない領域のものです。三島由紀夫の死と共に三島の文学も終了するのであって、三島文学とは三島由紀夫の存在そのものだと申せましょう。要するに、百人の物書きが居れば、百通りの文学が存在するのです。だとすれば、他者が著した文学なり哲学を以て自らを諾うには常に危険が伴います。特定の他者にいくら恋い焦がれたにしても、すべてのシチュエーションが重なり合うような人生はおそらく望むべくもないからです。仮に体験に頗る似通ったところがあるにせよ、それを読み換える変換機能としての内的体験までが同じというのはおおよそあり得ないことです。従って、文学にあっては他の学問に見られるように類推が入り込む余地はほとんどないのです。
 「人が考えたから考えなくて済む」のが思惟の結果なら、その推論は個人の否定になりますし、そうでなければ、内包した自家矛盾にも気付かない不自然な存在、即ち馬鹿者ということになります。いずれにせよ、支配されるのを望むファシズムの立派な構成要員なのです。もちろん、考えたからと言って何が解決されるわけでもないのですが、それに関する発言は後段に譲ります。今一つ、類推とイマジネーションの問題がこれでは解決されませんが、属性に関する類似の否定が、イマジネーションを羽ばたかせるのではないかとだけ指摘しておきます。

 第二節と第三節は言葉とその概念の問題です。これはどこかで触れたので繰り返しませんが、「言葉はアリアドネの糸です。思考の軌跡を残しておかなければ同じところをそれと気づかぬまま何度もぐるぐるまわるだけにもなりかねません」の中の「思考の軌跡を残しておかなければ」はとても大事な文言だと思います。ただし、文意は貴女とは異なります。
 「独語録」か「三位一体論」が貴女の脳裏を去来しているのでしょうが、同じところをぐるぐるまわるのは単にその人の頭が悪いだけであって、気付こうが気付くまいが大した問題にはならないでしょう。問題は思考の軌跡です。
 言ってしまえば文学好き、されど思想のない文学なんぞ読みたくもない、そこまでは問題ないとして、考えるとの行為すなわち思考が迷いであり、逡巡であり、躊躇いであると、恐らくこの定義も問題なし。ただし、なにが迷いなのか、なにを持って逡巡とするのか、なにをして躊躇いと名付けるのか、ここには個体差が生じます。その逡巡の過程を取り敢えず試行と名付けましょう。試行を包み隠さず書き著すことによって、読者は筆者の搏動即ち個体差を識ることが可能になります。逆に言えば、包み隠さず綴られた試行は個体差を認識した人の生存の課程であり、まさにドゥルーズのいう流動の相の自ずからなる表明になります。また、搏動とは個としての書き手の生の証しに他ならず、搏動を伴わない文学とはその意の通り、思想のない文学ということになります。……と書いてきて、貴女との亀裂をいつも思い浮かべます。「なぜ、思考が迷いなの」との質問を度々受けます。一方、私はよく懐疑との言葉を用います。私が用いる「懐疑」はヘレニズム時代の懐疑派のそれとは全く異なります。私は個人的平安を与える処世術や思い煩いのない平常心など求めていませんし、判断中止に陥ったこともありません。より重要なのは思考にいかなる形であれ、結果や結論を求めていないという点です。懐疑が思考のエネルギーの唯一の源ではないかと思っているだけなのです。
 自己に懐疑を差し挟まない、言い換えれば、自己を信じて疑うところがない、否これは言い過ぎかも知れません。でも、例え博捜の上、自己の立場を見出したにせよ、状況は同じでしょう。たどり着くとの概念自体が私には胡散臭くかついかがわしいものに思えるのですから。ピュロンが言うように、確かに言葉への不信は人間不信に直結します。そして、真理の探究、本性の認識は不可能だと私も思っています。西洋で哲学がその目標とエネルギーを新たにして甦る時、否定するにせよ、肯定するにせよ、必ずキリストの問題が立ち顕われます。私は日本で生まれ、日本語で育ちました。キリストという概念が希薄ですし、キリスト教の文化と伝統も審らかにしません。でも、好奇心は旺盛です。その好奇心が私にエポケーを拒否させるのです。懐疑の原語である「スケプシス」skepsisというギリシア語は元来探究という意味でした。真理の探究は無理でも、生きた人間すなわち戦友の苦衷には大いに興味を抱きます。この点に関しても後日述べます。

 第四節に問題なし、第五節の「言葉を軌跡としてただ飛べばよい」は貴女らしい詩的な文言ですが、それこそ飛んじゃっています。おそらく「名前、自己同一性、そんな重いもの」からの脱却を示唆しているのだと推察します。昔、安部公房が「砂の女」でこの問題と格闘していたのを憶い出します。弛緩した文学者が陥る二律背反を「夢見のわるい道学者」と論断し、止揚としての実作者を「俳に濡れそぼるシュルレアリスト」と讃じたのは加藤郁乎さんですが、同じ飛ぶなら今少しなりふりを構いましょう。

 第六節の『フラットな世界が「すべては同じ」』には重なり合う問題点があります。私が試みたのは、価値としての等価を認識することによって存在そのものが滲透し合う、言い換えれば、孤独や失意の中に溶解してゆく自分の様を言いたかったのであって、ひいては人の存在には価値がないとの立論を示唆しようとしたのです。ところが、貴女は「同じ」ではなく「すべて」に論点を移しています。私が用いた「すべて」は「人の存在には価値がない」との立言に例外はないということを強調したまでなのです。ここでの「例外はない」は自己に懸かってきます。自己の内部に向かわない思惟なんぞ、机上の空論に過ぎないのですから。幻想文学でも著したのですが「他のいかなる人間とも完全に等価である」ということを識った時、人はまず苦悩に陥ります。「そんなことを認めてしまえば、今までの私は一体なんだったのか」との疑問に逢着するからです。等価は今まで当たり前の存在として容認してきた自分をまず否定することになります。大仰な言い方をすれば、等価への認識は人間存在の極限、絶望の果てを意味します。しかし、かかる境地の向こう側には風通しのよい球形の荒野が拡がっているのですが。
 繰り返しますが、「すべて」との言葉を用いたのは論理的整合性を強調するためではなく、また他者に向けての物言いでもないのです。自分に対して「例外はない」「等し並」であると言い聞かせる、自分自身へのイエロー・カードの随時発行であり確認なのです。同列、同様、一様との文字を私が好んで用いるのも他者と自己を差別したくない、もしくは差別など出来る筈がないとの立言に則ってのことなのです。「すべての存在は虚しい」それが「大雑把すぎ、楽すぎ、危険すぎ」るものの考え方なのでしょうか。

 第七節は難解です。特に「無数の価値体系を同時に持つことによって、どこにも帰属しない無意味なオブジェとしてすくいあげる」この文意は私にはよく解りません。経験を抽象そして捨象することによって得る概念であれ、経験から独立した先天的概念であれ、「無意味」との概念上の文言と価値体系を強いられるであろう「帰属」との関わり合い。「価値」に含まれる「反価値」と「無意味」との関わり合い。そして「無意味」と「価値体系」との関わり合い。最後に「無意味」と「オブジェ」との関わり合い、その辺りが私には読み切れないのです。主旨が単数の立言とは限らない、これは若い人の文章に多くみられる欠点のひとつです。そういう場合は文章を長くし、論点を分割するように心掛けるべきではないでしょうか。結論を急ぐのはよくないことですし、結論を導き出さない方が説得力が増す場合すらあるのですから。
 概念は確かに意味として存在するのですが、表現する際には言語になります。いかに「優れた」と予想させる思想であっても、表現が拙ければ、それは拙い思想にしかならないのです。なお、価値体系における優劣の階層的序列に私はなんら興味を抱きません。そんなものは端から信じていません。それは貴女がよくご存じの筈。

 第八節の「振幅」はムーンさん宛の「ガラガラポン」に記載。
 「思考は螺旋を描いて下降し、地獄巡りがはじまる」これにはちょっと異議あり。思うに、貴女の頭の中にはアウグスティヌスやダンテのイメージがあるのでしょうが、幸田露伴や稲垣足穂のシャボン玉やパンティを括りつけた風船を千里の空に飛ばした下着デザイナーの鴨居さんのようなパラフレーズの方が、夢があって楽しいではありませんか。「地獄巡り」は好みではありません。
 もう一つ、「言われきったこと、書かれきったこと、それはもはや目的ではなくて手段です」にも異議あり。既に口に出したこと、書き著したことはさほど重要でなく、大事なのは今現在の思惟なのでは、ということが仰りたいのだと思います。でも、思惟は生き延びるための数少ない手立てではあっても、目的ではありませんし、思惟そのものにも目的はないと思うのですが。人の生、即ち人の存在に目的や価値がなにも無いのと同様です。たって申せば、滅びるためとでもしておきましょうか。

 終章の二行に関してはゆきちさん宛の文章で触れました。自己と他者の問題は安直に境界線が引けるようなものでなく、片側だけでは議論の対象にすらなりません。それは自らの主辞と賓辞を繙くことにもなりますし、それだけでも数冊の書物を著すことが必要になります。前記文章ではあくまでかかわりのカラクリのひとつを述べたに過ぎませんが、誤解を畏れずに結論のみ申せば、「人は人の望むところのものになるしかない」ということになりましょうか。きっと、お付き合いした人の数に比例した複数の貴女が、そして一考さんがあちらこちらで蠢いているのでしょうね。
 他者が自らの鏡であれば、自己とは他者の投影、されば、言葉とは思考の酩酊なのでしょうか。

 「考えたからと言って何が解決されるわけでもない」との疑問を前述致しました。それについて一言。話をマラルメに持って行きたいのでアナロジーから始めます。アナロジーは自動記述やデペイズマン同様、文芸上の技法としては有効です。マラルメの「イジチュール」からボリス・ヴィアンの「日々の泡」に至るまで、それこそマラルメの言う「類推の魔」を書物の世界から抽出し列挙するのは容易いことです。
 「後方見聞録」所収の「西脇順三郎の巻」の中で「マラルメのメはまなこなり」との西脇さんの駄洒落を郁乎さんが引用しています。思うに西脇さんは洒落の達人で、とりわけ酒席における駄洒落の切れ味には怖いものがありました。「マラルメのメはまなこなり」にしましても、マラルメの散文詩におけるアナロジーの地歩を過不足なく示唆するに際し、他ならぬアナロジーそのものを援用するという芸の細やかさ。東大、京大、九大のノータリン学者(とりわけ「種の論理」を唱えたヘボ学者)が一冊の著書で著したことを一言の駄洒落で切って捨てる、頭脳というのはこのように使われなければなりません。かような高級な会話、即ち晤語の中で読解力の妙味を味わわせてくれる人を私は達人と呼びたいのです。
 「考えたからと言って何が解決されるわけでもない」この文言は言い換えれば「読んだからと言って何が解決されるわけでもない」と同一の意味内容を持ちます。読者の智力が書き手のそれに肉薄するものでないかぎり、読書は虚しいものです。単なる時間の浪費でしかないのです。私事にわたり恐縮ですが、かつて限定本に興味を持つ人で読書力、読解力を持ち合わせた人と一度も出会ったことがないのです。そしてある日、南柯書局の一部の本がコレクターの愛玩物ないしは投資の対象と化していたのに気付かされました。私が出版を止める日が訪れたのです。
 このような話を始めるととめどがなくなります。最後に繰り言を一言。櫻井さんがご指摘のように、年齢に相応しい覇気といいますか、負けん気の強さが望まれます。年長者に立ち向かう時は常に玉砕を覚悟しなければならないのです。破綻を懼れていては精神にダイナミズムは生まれません。そうして繰り返される抗いの果てにのみ、新たな精神の領域が立ち顕れてくるのです。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月28日 13:28 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | ウイルス

昨日如月さんからウイルスメールが二通来ました。
Re: ENbN
Re: ヘkV
という件名のメールが如月さんから来た方は、速攻削除なさったほうがよいと思います。
アウトルックに感染するようです。

>一考さま
ご存知の通り、秘密のお仕事で手いっぱいですので、レスは来月にさせていただきます。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年11月28日 21:30 | 固定ページリンク




一考 | ウイルス

 皆さんへ
 今回のウイルスもウインドウズ専用です。マック用のウイルスはここ4年ほど聞いたこともなく、当方のOSにはなんら影響は御座いません。念のために申し上げますが、ウインドウズとマックの双方に有効なウイルスは存在しません。ウイルスを開発する人は愉快犯のため、マックのような少数派は相手にしないのです。恐らく、テロリストはマック・ユーザーではないかと思われます。



投稿者: 一考    日時: 2001年11月29日 09:21 | 固定ページリンク




智里 | また行きますとも!

メッセージありがとうございます!ぼっけぇー、でえれぇー、もんげぇー (岡山弁、標準語で大変、とても、すごく、という感じ)うれしかったです。 また会えるのを楽しみにしています!たまには暴走トド号に乗って、こっちにも 遊びに来て下さいね!



投稿者: 智里    日時: 2001年11月29日 11:13 | 固定ページリンク




松友 | 12月01日、今宵は満月


ご無沙汰しております。先日所用にて関西を訪れました。
幸い終電には時間があったので、いそいそと西明石の割烹「きし」さんへ。
ついこの間も期せずして常連さんがカウンターに大集合なさったそうです。
礒自慢と共に頂戴する久方ぶりの活ひらめのお造り、鮎の一夜干。
時節には、鮮度の良い鮎の「西瓜のような」香を教えて戴いたりもしました。
こちらのご主人は、以前、一考さんがタイトル「月見で一献」で
モルト・ウィスキーの香について縦横に語り合える~と仰っていた御一方と
存じます。お店のカタログにもお名前が紹介されていたような気がします。
やはり懐石料理のプロは一方ならないものをお持ちなのでしょうね。

さて、過日の獅子座流星群は明石ではそれは美しかったそうです。
どうせ見えないだろうと、たかをくくっていたらこのありまさま。
幸い今夜は満月なので、一人で公園ででも月見で一杯します。
ムーンインポートのスプリングバンクあたり欲しいところですが
高価で手が出せないかも。
では。

付記:一考さんは「トド」説が有望視されつつあるようですが???
   「つちのこ」説は何処へ跳んでしまったのでしょう。



投稿者: 松友    日時: 2001年12月01日 16:57 | 固定ページリンク




あやめ | ごちそうさまでした。

一考様
薫子様

加藤郁乎先生を囲む会、その他何度かお店にはお邪魔しているのですが、
初めて書き込ませていただきます「あやめ(本当は殺め)」と申します。

昨晩は須永先生のカルチャー講座池袋チーム懇親会でお世話になりまし
た。お料理、とっても美味しかったです。ありがとうございました。
私、お酒は飲みはじめると取りあげられるまで延々と飲んでしまうので
すが、何故か初めてお酒の席で御一緒した方には「これや意外」と、驚
かれてしまいます。昨晩も先生をはじめ、他の受講者の皆様を心配させ
てしまったようで、ちょっとヒヤヒヤ。でもまだ暴走してない…。

さて、宴の後は、家に帰るのを諦めた4名の方々とお店近くのジョナサ
ンで青汁を飲みながら楽しく夜を明かし、無事に帰宅いたしました。
青汁のおかげで(?)二日酔いもございません。

ふつつかな娘で恐縮ですが、またお邪魔させてくださいませ。
よろしくお願いいたします。



投稿者: あやめ    日時: 2001年12月02日 22:11 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | はてさて


一考さんのPowerMac 7600は無事復旧したのだろうか?
一考さんの年齢でパソコンばらせるとは大したものだと感心した次第。
私もばらせるけど、こわいからホントはばらすの好きじゃない。ははは。



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2001年12月03日 23:26 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン(伊藤敬) | マラルメ学者の件(どうでもよいことながら……)

昨日は、いつぞやの記事の「九州大学のマラルメ学者」というのが誰かな、
と質問をいたしましたが、それはK藤美雄氏のことだよ、と御返事いただ
きましたけれども、K藤氏は、同志社予科→大阪市大→関西大学という経歴をたどっておられるようで、九大には、集中講義で出張なさったことがあるかどうか、といった関わりにとどまるようです。
それにしても、仏語を学び始めてすぐの人にも分かる初歩的な誤訳の多い西脇順三郎訳マラルメの方が、「作品としての訳詩」として、仏文系の「碩学」たちによるものよりも、ずーっと優れているのは皮肉な話ですね。(そういえば、新潮社版世界詩人全集の名伯楽として、マラルメに西脇氏の起用を決定した河盛好蔵氏が、誰もそのスゴさを認めないことを、何かのエッセイでこぼしていました)
そういえば、いま、アマゾンドットコムで弥生書房版K藤美雄訳マラルメ詩集の書影を呼び出すと、小沢書店版の西脇訳の写真が出てくるのは、御愛嬌というものでしょうか。
以上、どうでもよいことながら、一考さんのメールアドレスわからぬので、こちらに投稿申し上げる次第です。



投稿者: 御邪魔ビンラディン(伊藤敬)    日時: 2001年12月04日 10:14 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン(伊藤敬) | マラルメ学者の件(どうでもよいことながら……)

昨日は、いつぞやの記事の「九州大学のマラルメ学者」というのが誰かな、と質問をいたしましたが、それはK藤美雄氏のことだよ、と御返事いただきましたけれども、K藤氏は、同志社予科→大阪市大→関西大学という経歴をたどっておられるようで、九大には、集中講義で出張なさったことがあるかどうか、といった関わりにとどまるようです。
それにしても、仏語を学び始めてすぐの人にも分かる初歩的な誤訳の多い西脇順三郎訳マラルメの方が、「作品としての訳詩」として、仏文系の「碩学」たちによるものよりも、ずーっと優れているのは皮肉な話ですね。(そういえば、新潮社版世界詩人全集の名伯楽として、マラルメに西脇氏の起用を決定した河盛好蔵氏が、誰もそのスゴさを認めないことを、何かのエッセイでこぼしていました)
そういえば、いま、アマゾンドットコムで弥生書房版K藤美雄訳マラルメ詩集の書影を呼び出すと、小沢書店版の西脇訳の写真が出てくるのは、御愛嬌というものでしょうか。
以上、どうでもよいことながら、一考さんのメールアドレスわからぬので、こちらに投稿申し上げる次第です。



投稿者: 御邪魔ビンラディン(伊藤敬)    日時: 2001年12月04日 10:15 | 固定ページリンク




一考 | 押し寄せた貧困

 皆さんへ
 やっきさんが引用していた「落ちぶれた男ほどエロティックなものはない」はいい言葉ですね。頻繁に風呂に入りたがる男と財布を持ち歩く男を私は信用しないことにしているのです。ひと昔前ならポマードを塗りたくった男とネクタイを締めた男だったのですが。
 私が女だったら、浮浪者に輪姦されるのを夢に見ますね。顔が見えないというのが刺激になって、具合がよろしいのではないでしょうか。落ちぶれるとは自らの顔、すなわち矜持とか自信とか誇りなどが肉を削ぐように喪われて行くことでしょう。人品が赤裸になる、落ちぶれるとはなんと麗しい契機ではないですか。
 「ですぺら」に貧困が押し寄せて来ました。と言っても「藤澤清造貧困小説集」が金沢から送られてきたのです。御注文頂いた伊藤、柿沼、金光、斉藤、高遠、樽本、芳賀、増田各氏に感謝。勝井さんに代わりて満腔より深甚の謝意を表します。鹿島の鈴木さんにも深謝、貴方の好きなドライ・ジンは英国では労働者が好んで嗜むお酒。貧困小説集は肴に相応しいものと思われます。残部は一冊ですが、それに関係なく、一層の宣伝を皆様にお願い致します。
 書冊に勝井隆則さんの長文の手紙が添えられていました。種村さんからの聞き通いに補正を施したもの。「戸や窓をしめても、ちゃんと家の中に吹き込む雪が盛り塩の如く積もります。暖房はコタツひとつ、厳冬には部屋が0゜近くまで冷えこみ、死ぬ気で買ったMacが寒くて立ち上げられず、毎冬、Macは冬眠を余儀なくされることになりました」と著されています。いい味の出た書簡です。いずれ詳細を御紹介致しましょう。
 阪神大震災の後、拙宅は壁が崩れ、窓や戸がきちんと閉まらなくなり、部屋の中を煙草の煙が走り、庭を乾反葉が舞う有り様。金沢ほどではないにせよ、室温は常に2~3゜、女房から苦言と小言を頂戴する日々を送りました。何時の日か種村さんをお呼びして「ですぺら」で、勝井さんを囲む会でも催したいものです。題して「餓死作家列伝」を語る会。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月05日 16:23 | 固定ページリンク




津原泰水 | お邪魔をいたします


一考様 薫子様

 広島に戻りました。東京ではお世話になりました。
 私はですぺらに、帽子を忘れてしまったかもしれません。
ただどこかで無くしてしまったのかもしれません。
 帰途、気がつくと頭の上が淋しかったような次第です。



投稿者: 津原泰水    日時: 2001年12月06日 01:56 | 固定ページリンク




一考 | パソコン解体

 櫻井さんへ
 2台のPowerMac 7600を解体。ロジックボード、ハードディスク、フロッピードライブ、メモリー、Vラム、ディスプレイカードを組み合わせて1台を完成。ちなみに2台ともなんとか機能するようになりましたが、片側はジャーンがジのみにて起動します。これはおかしいのかな。
 解体の前から、どうせどこやらは壊すであろうとの予測通り、電源スイッチの外側の細長い板状のプラスティックを折りました。どこかで手当して返却せねばなりません。
 CPUをメルコのG4に取り替え、片側に装着されていたNewer TechnologyのG3をPowerMac 7500の604と差し替えました。G3の方のドライバーとしてXLR8 MACh Speed Controlを用い、こちらは快適。ただし、XLR8 MACh Speed Controlがどのようなコントロールパネルなのかは私には解りません。念のためにMAXpowr G3 v1.3.9J Installerをダウンロードしているのですが。
 G4に用いたHG4Utility ver1.40は調子が悪く、HG4Utility Ver1.31に切り替えるつもりです。起動時にHG4機能拡張が起きたり起きなかったりで頗る不安定。何時もドライバーでは困惑させられます。
 セレクタがプリンターを認識しないトラブルはモデムのジャックに接続することで解決。先日、津原さんから教わったのですが、これには大感謝。
 いずれにせよ、PowerMac 7500が十全に機能していますので、心配はなし。7600へのソフトのインストールはのんびり致しましょう。いろいろありがとうございました。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 04:35 | 固定ページリンク




一考 | 竿の先

 御邪魔ビンラディンさんへ
 K藤氏は大正4年生まれにて昭和13年に京大を卒業致しております。1974年に森谷さんのところからマラルメ詩集が上梓されてい、その森谷さんから九州大学とお聞きしました。調べもせず、いいかげんなことを書き、申し訳ございません。ちなみに、森谷さんから聞き及びしは60年代の話にて、モーリス・セーヴ作品研究が上梓されし頃かと思います。わが邦にあってリヨン派の研究者は少なく、幻想文学で澁澤龍彦さんの訳詩集を編みし折りは同書のお世話になりました。
 バタイユが退化せし頭頂の目を松毬の目と名付けたのは有名ですが、ピエール・ルイスによれば竿の先にも退化せし目があったのではないかとのこと。二十歳にしてロリコンに陥り、生涯を通じて幼女の裸体の写真撮影にしか興味を示さなかったルイスならではの逸話かと思われます。だとすれば、その師のマラルメのマラは陰茎にして魔羅LE目(敢えて単数)が正しい訳語かと推察されます。
 月曜日は久しぶりに貴方と種村さん、そして高遠さんの四人で話し合うことが出来ました。愉快にしてデタラメな時を過ごせましたことに感謝します。当方のメールアドレスは despera@mac.com ですが、どうせなら掲示板でヨタ話に華を咲かせましょう。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 06:19 | 固定ページリンク




一考 | かっとびカンパ

 Campagnoloさんへ
 約束の物の詳細は判じかねますが、委細お構いなしにて結構、気になさらないで下さい。
 なお、私の愛車は15年前のトヨタのチェイサーです。いくらブースト・コントローラーを取り付けたところで300馬力が限界、現行の2Jなら500馬力、1Jでも400馬力は軽く出ます。ところが1Gは2リッターにして、もともと160馬力のエンジンです。6リッター近い化け物ベンツにかなうわけが御座いません。
 私がオービスでやられたのは75キロオーヴァー。メーターが180キロまでしかないので自覚はないのですが、どうやら185キロで走っていたらしく、こっぴどく叱られました。車重を同じとすれば、加速は軸トルク、最高速は馬力に比例します。それにしても、今のリッター・バイクは300キロ以上のスピードが出ます。400~500馬力にチューンしたGTRやRX-7ですら置いてきぼりを喰らいます。しかも前方にナンバー・プレートがないのでオービスはフリー・パス。長期免停が解除された暁には、ぜひバイクでぶっ飛ばして下さい。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 07:12 | 固定ページリンク




一考 | 完売御礼

 勝井さんへ
 かつての「江戸っ子」編集長の小倉さんが来店、共にいらした宝島社の富永さんと京都文化振興機構の板倉さんが「藤澤清造貧困小説集」をお買い上げ下さいました。目出度く完売、どころか私の分が無くなりました。追加注文を出しますのでよろしくお願いします。
 「銀花」の編集長もこの掲示板をご覧になっているらしく、書評をお願いできませんかねえ。切なくなるほどいい本なんですよ。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 07:30 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 江戸っ子

わあ、「江戸っ子」に「銀花」!「江戸っ子」は大好きな雑誌でした。でも、いつ廃刊になったのか、知らないうちに見えなくなっておりました。私の住む地方には配本されませんでしたから。手元には十冊あまりあります。「銀花」は17号から飛び飛びで買っています。「銀花」で明治後半の木版口絵の紹介なんかしないかなぁ、と思っているんです。今、神保町では木版口絵がひそかにブームなんです。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年12月06日 10:06 | 固定ページリンク




石川潤 | 渡辺一考の裏の裏は表

 過日の事、ですぺらにて一考氏と20年ぶりの再会を祝して、法悦の一夜を送っていると、この店にいよう筈がない種の酔っぱらいに遭遇し、大変不快な思いをした。詳しくは割愛するが、この御仁「単なる酔っぱらいなんです、すみません」などと言いながら、私や周りの人々の話に馴れ馴れしく割り込んでくるのである。
 酔っているという状態に甘えて、少々の事だったら何をやっても謝ればすむと思っているこの精神。私に言わせれば「酔っているので話かけました、すみません」も「酔っているのでちょっと殺してしまいました、すみません」も全くの等価である。仮面を被って日常を送りながら、毎週2、3人殺して、ケロリと「はい、すみませんでした」の一言ですむと思っているのならば、何も言いますまい。
 要するに酔うなら自分の存在(自身で決意した、自分と生を結びつけている存在)をかけて酔うべし。話しかけるなら相手を殺す、否定する気で話しかけろということ。酒場だって紙の上だって、いくらでも殺しあいの場になるのだから。勿論遊びの場だって構わないが、酔っぱらっていた御仁は「私は物書きです」と言っていたので、このように一言いわずにはおれなかったのである。
 それともう一つ、渡辺一考の裏の裏は表ということ。これは何かと言うと、首をチョンと飛ばす一番の相手は、自分を差し置いて存在する筈がないということを渡辺一考は了解しているのである。一考氏は十八番である下らない冗談や下ネタの裏の裏に、「人は描かれては波に掻き消される暫定的な存在」でしかないという事を、まざまざと実感させる様な言葉を忍ばせている。さり気ないところにチラリ、キラリと匕首を忍ばせているのが渡辺一考なのだ。まあ、50回に1回ぐらいで、あとの49回は本当に何の裏もないお下劣話だけれど・・・。よっぽどシャイなのか、ただ意地が悪いだけなのか、ストレートにものを言わない一考氏の「書き込み」も注意して読めば、他人への返事に託けて、ブスリとこちらを刺す勢いで構えている、言葉の殺戮確信犯の顔がそこら中にある事に気が付かれるであろう。
 要するに僕が何を言いたいかというと、かこつけカッコつけ魔の一考氏が、自分の店の屋号をどうして「ですぺら」と名付けたのか、その悪意、いやいや誠意をゆめゆめ忘れる事なく、大いに酔うべしという事である。
 これってもしかして営業妨害?



投稿者: 石川潤    日時: 2001年12月06日 17:56 | 固定ページリンク




一考 | 手技

 フーリエの使者さんへ
 「江戸っ子」は80年の25号で廃刊になったと記憶します。77年の15号に加藤郁乎さんの原稿を掲載したのが「江戸っ子」と私のお付き合いの端緒。16号からは「江戸の風流人」と改題の上、郁乎さんの連載が始まりました。他では藤浦富太郎さんの鏑木清方に纏わるエッセイが秀逸です。
 小倉一夫さんとは古い付き合いです。彼は在学中から博報堂に所属し、独立してからは編集者の地位向上のために励んでおられます。「江戸っ子」廃刊の後は「TEWAZA(テワザ)」の編集を手掛けられました。「江戸のデザイン」とのサブタイトルを持つ季刊誌で発売元は福武書店。85年の創刊でしたが、こちらは6冊で終わりました。「銀花」と共に稿料がよく、恩恵に与りしことが思い出されます。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 19:12 | 固定ページリンク




一考 | 楽しきは誹謗中傷

 石川さんへ
 今回の文章には前回ほどの切れはありませんなあ。舌足らずで落ちも甘く、点数を付ければ100点満点で11点といったところ。
 御仁もしくは私を否定したいのか肯定したいのか、定かでないところが歯痒いですね。「匕首」や「言葉の殺戮確信犯」など、気の利いた言葉も鏤められているのですが、表現が直截に過ぎるようです。悲しさを描く時に悲しいとの言葉が遣えないように、表現とは二重三重に慎重かつ周到に対象に迫らなければなりません。悲しいと書いてしまえばただそれだけのこと。悲しいもしくはそれに類する言葉を用いずに悲しみを表現すれば読み手は思わず落涙します。相手の気持ちを高ぶらせる、言い換えれば、読者の心情を徹底的にいたぶるには然るべき手立て、即ち時間差攻撃の繰り返しが必要なのです。
 起承転結がなく、起結に終始する文章をユル褌(ふん)と申します。書誌学者や編集者によく見られるパターンです(そうですよねえ、増田さん)。これに懲りず、次回また頑張りやす。
 なお、営業妨害は大歓迎です。管理人はどうやら暫定らしく、最終責任者がいないのが当掲示板の特異なところ。少なくとも禁句は御座いません。種村さんの迷句「影法師 唖(おし)で聾(つんぼ)でど瞽(めくら)で」であろうが、参加者への個人攻撃、中傷、誹謗、なんでもありでよろしいのではないでしょうか。特に僻み、妬み、謗り、差別の類を私は好みます。だって、恋愛なんぞは誰それでなければならないとの独りよがりの思い込み、世迷いごとでしょう。差別の極北に位置するのが恋愛でなければ何なのですか。心の病んだ人すなわち精神がいびつに歪んだ片端者にしか恋愛は出来ません。ちなみに、いびつとは飯櫃の略にして、その心は楕円形であること。これは花田清輝の最も得意とするジャンルではありませんか。楕円の思想は不肖私めが率先して範を垂れると致しましょう。他者に対して悪口雑言を吐けない輩に文章なんぞ著せる筈もなく、また文学から悪意と毒と嘲笑を除けば一体なにが残るのでしょうか。ホラーやミステリーのような唾棄すべきオポチュニストの読み物しか残らないではないですか。
 ただし、管理人だけには敬意を表しましょう。時には小さな親切大きな下心も必要なのです。何故なら、かの人を怒らせると掲示板を閉ざされますから。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 19:22 | 固定ページリンク




一考 | 三橋敏雄さん逝く

 三橋敏雄さんに「顔押し当つる枕の中も銀河かな」という句がありますが、ここには文学の要諦が示唆されています。「枕の中が」であれば興は褪めます。「枕の中も」と閉じることによって、大宇宙の銀河と枕の中の銀河とが融合するのです。ここでは大きな銀河と小さな銀河とが、入れ子構造となって立ち顕われます。即ち、大と小の弁証法が十七文字に昇華されているのです。

 との書込をしたのが10月11日。そして12月1日、胃ガンで三橋敏雄さんが死去、享年81歳。弟子筋にあたる中村裕さんが葬儀の後、わざわざ来店なさいました。
 医師を厭がり痛みを堪えての晩年、入院わずか6日目の最期であったとか。点滴その他の管の挿入を潔しとせず、自分で引きちぎる有り様を伝え聞くに、死期を迎えた弧絶者の自らへの矯激なまでの弾劾に思いを致し申し述べることなし。苦痛に顔をゆがめながら「ですぺら」へ挨拶に行かなきゃあと幾度となく口にされたとか。そんなことを知っていたら、挨拶状なぞ誰が送るものですか。
 貴方は俳壇一のダンディさん、それは私が最もよく了解していました。間違いなく、最期の一瞬までダンディに振る舞われたのですよね。
 何時でしたっけ、貴方と二人きりで福原で朝まで飲み明かしました。西東三鬼が金も払わず登楼し、日本丸のパーサーだった貴方は航海中無駄金を一切遣わず貯金し、その金数を三鬼に代わって女郎屋に支払っていた。そんなことを貴方はどこにも書きはしなかった。三鬼の愛人だった愛々のお玉ちゃん、懐かしい名前です。ちっぽけな飲み屋の壁一面に張られた三鬼の色紙、三人で三鬼お得意の体位の話もしましたっけ。的屋や香具師を集めて昔話に花を咲かせましたね、終戦直後の話題ゆえ、私は頷くのみ、よこっちょでしんみり酒を呑んでいました。私は福原で生まれて育ったのですが、貴方と連れだって歩くときはその福原が遠い異郷の地に思えました。小便臭い路次を右左に折れ曲がって傾いだドアを開ける、返ってくる声は決まって「まあ、お久しぶり、敏ぼん元気」。一緒に歩くと幾人もの博徒が挨拶します。私だって顔は広いのですが、とても貴方にはかないません。お玉ちゃんが亡くなって20年にもなりましょうか。今頃は雲の上で、否貴方のことだから海の底でなくては、三鬼とお玉ちゃんと三人で詰まらなかった地上の憶い出を肴に浴びるほど酒を呑んでいますよね。
 1月の偲ぶ会には加藤郁乎さんと共に伺います。地上に残された僅かな時間、此岸では郁乎さんと私が浴びるほど酒を呑んでいます。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月06日 21:55 | 固定ページリンク




暫定管理人 | 一応おことわり


昨今はインターネットの世界にも法の規制が入り込んできておりまして、
個人情報(携帯電話とか)の無断なる掲載とか愚かなる誹謗中傷には刑法が適用されてしまいます。
一考さんはそんなあほなことはしないとは思いますが、その点だけは気をつけて下さいね。
世の中には追従する馬鹿な輩や、無闇に法令を振りかざす困ったちゃんが多数いるようですから。

>片側はジャーンがジのみにて起動します。これはおかしいのかな。
アクセラレータを載せるとよくある現象です。サウンド関係では動かない部分が出るかも。

>電源スイッチの外側の細長い板状のプラスティックを折りました。
ここはすぐ壊れるんですな。僕も壊しました。はは。

>ただし、XLR8 MACh Speed Controlがどのようなコントロールパネルなのかは私には解りません。
たぶんバックサイドキャッシュのクロック設定ができるんじゃないでしょうか。クロックをあげすぎると
動かなくなります。

>G4に用いたHG4Utility ver1.40は調子が悪く、HG4Utility Ver1.31に切り替えるつもりです。
メルコはたしか韓国だか台湾で作られたものを輸入していて、しかも機能拡張はどこかよそに作らせて
いたと思います。だから外国製と同じく、若干信頼性に乏しいですね。
もうひとつ、G4のAltivec(Verocity Engine) を動かす為にはOS8.6(だったかな)以上でないと
動かなかったような記憶があります。そうしないとPhotoshopなどでフリーズします。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2001年12月07日 02:40 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 合掌

三橋敏夫氏が亡くなったことは、存じませんでした。新聞記事で気づきませんでした。合掌。ところで、 鏑木清方の名前に反応しました。最近、彼の若き日の木版口絵にぞっこんです。今、加藤一雄という方の「鏑木清方の芸術」(『雪月花の近代』京都新聞社、1992年収録)に感銘しているところです。『江戸っ子』のそのエッセイ、探してみます。では。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年12月07日 10:01 | 固定ページリンク




朝子 | 内親王の名前はラヴ&リスペクトって事か。ええやん。


えーそれって貧しすぎませんか?そりゃ楽しく飲んでるトコ邪魔されて
お怒りなんでしょうけど、酒の勢いを借りて、素面では出来なかった事
にチャレンジしてみるのは、なにもマイナス方向にだけじゃーないと、
思うんですけどねぇ。

酔った勢いでベッドまで持ち込んでやるぞー!とか?
酔った勢いで誰兵衛のサインもらってきちゃったー!とか?
酔って勢いをつけた所でステージで楽器もって大暴れ!とか。

色々あると思うんですけど。

絡まれたときのあしらい方の問題じゃないんですか?それって。

なんて、偉そうに、言ってみましたぁん(はぁと)
<<公開私信>>

ゆっきーちゃぁん。
あたし、まだ、待ってるからねぇ!
反論しないうちは、プレゼントももらってあげないし、
デェトもしてやらん。良いか?



投稿者: 朝子    日時: 2001年12月08日 00:18 | 固定ページリンク




B | お悔やみ申し上げます お悔やみ申し上げます

「顔押し当つる枕の中も銀河かな」という句に、死さえも、何も心配するようなことはない、
大丈夫だと微笑まれているような、懐の深さをしみじみと感じています。

フーリエの使者さんへ
はじめまして。鏑木清方、伊東深水、竹久夢二といった浮世絵は、
遅寝をした春の陽気の中でみる夢のようで好きです。
美人画の女の人は、時折植物のようにも見えます。
浮世絵版画の技術で継承されないまま消え去ったものもたくさんあるのでしょうね。

一考さんへ
一考さんの仰る信用できない男の条件は、女のほうにも当てはまりそうですね。
ひと昔前ならスニーカーを履いた女と香水をつけない女だったのですが。
ところで、女だったら浮浪者に輪姦されたいというのも結構ですが、
一寸それに付け加えるとしたら、浮浪者という肩書きさえないような
「芋虫」(江戸川乱歩)のほうも刺激的かもしれません。
それでも女の欲望は果てしないもので芋虫の目まで突いてしまうものです。

12月に入り、晴れて爪に火灯す贅沢な生活が始まりました。兵庫県の山奥で、とい
っても甲斐性がないのでそんなに大したものでもなく、西宮市内にぎりぎり留まって
います。京都の丹後なぞであれば日本海も拝めて良い風情なのに、とは身の丈に
合わぬ風流のため諦め顔。



投稿者: B    日時: 2001年12月08日 01:26 | 固定ページリンク




B | (無題)

題名を2回入力してしまいました。
失礼致しました。



投稿者: B    日時: 2001年12月08日 01:28 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 曖昧な記憶

パソコンは仕事場(職場)にありますので、帰宅して『江戸っ子』を調べましたら、38号まで25冊持っておりました。加藤郁乎氏から教えられて買ったことを思い出しました。加藤氏の連載が終えて、買うのも途絶えたのでした。どうも物覚えが、頭以上に悪くて。勝浦氏の2巻にわたるエッセイを読みまして、記憶力の差をまざまざと痛感しました。『銀花』も、9号からあって、アレアレです。『江戸っ子』では、知らない世界がいつも開けて、忘れがたい雑誌でした。小林礫斎の極細芸術も、これで知りました。今年7月、季刊『版画芸術』のインタビューを受けたとき、待ち合わせに渋谷のたばこと塩の博物館前を指定し、二人の若い女性編集者をそこでの小林礫斎展へ案内しました。二人とも、感嘆してました。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年12月08日 15:36 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 新編大手拓次全集


沖積舎から出る予定(?)とか、「新編大手拓次全集」はいったいどうなっているのでしょうか。
どなたかご存知ありませんか。
もうみんな諦めていた「ノヴァーリス全集」ついに刊行 (1・2巻が既刊)、それじゃあ大手拓次
どうなっているの?



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年12月09日 09:37 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 乱反射

世界がいかにあるかが神秘なのではない。世界があるという、その事実が神秘なのだ。
(ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』6.44)

「敷衍曲」に対した時のおののきは、難解さによるものではありません。細かな点にまでいたる無数のすれ違いの集積を前にして、どこから手を付ければいいのか決めかねるからです。
(とりあえず金子千佳の詩が「男女の稟質の違いをよく表現している」というご意見には異議があるということを明らかにするにとどめます。)

(私に言ったのではないでしょうが)玉砕など私がするものですか。私にとって議論は戦いではありません。そもそも、戦う戦わない以前に、私と一考さんは議論の場で出会ってもいません。私たちそれぞれが持つ前提と言葉遣いは余りに大きく隔たっています。
呼びかけに返ってくる声の方向とその響きだけを頼りに、さまよいながらめぐりあおうとすることが、私と一考さんの言葉の交わしあいでなされていることではないでしょうか。
一考さんがなさったように、一節一節にこたえることは、すれ違いの集積をいたずらに大きくするだけのことでしょう。違う方法で私はとりあえずの立ち位置を示したいと思います。

学問としての哲学を学ぶとは哲学史を学ぶことに過ぎず、自分が哲学することとはまったく異なるということは、私と一考さんの共通認識かと思います。
しかし、一考さんはかつて私に次のようなことを言いました。哲学科に行ったと言うから、じゃあソクラテスなりプラトンなりアリストテレスなりの哲学をそれぞれ説明して見せろと言ってもやってもみんな答えられない。それで哲学科に行ったなんてちゃんちゃらおかしい、と。これは学問としての哲学を重視し、哲学科はそれを学ぶところだと考えているからこその発言ではないでしょうか。

「有名哲学者の学説」をうまい具合に切り取って説明できることは、哲学する上で必須の能力ではないでしょう。そんなことは、(一考さんがそうしているように)哲学のデータベースを適宜参照すれば済むことです。過去の哲学者が役に立つのは、その人が考えたことを引き受け、それをヒントにして自分が考える時だけです。そしてその時その「哲学」は変化し続ける生きたものになり、「○○の」と所有格で語られる「哲学(説)」ではなくなります。他者が考え出した概念をこのように自分の中に接木し、自分の考えと一体化させて育てたならば、その哲学者の用語は自分にとっても便利な使い勝手の良いものになりますし、理解を共有する相手と話すときにも役立ってくれます。
私も哲学用語を使うことがありますが(でもあまりない。一考さんと話すときにはほとんどないと言ってもいいくらい)、使うために使っているのではないし、必要もなく哲学者の名前を出すこともしません。先日の書き込み「パラフレーズあるいは」の背景にはエックハルトとアウグスティヌスとダンテがあったのは確かです(私の血肉と化したヴィトゲンシュタインは常にあります。そして今回の書き込みにはディヴィドソンとローティーが響いています)、だからと言って彼らの名を知ることも書物を紐解くことも必要ではないのです。私が考えたことをかつて彼らも考えたことがあるというだけのことです。私の中では重層的に響いてはいても、それはそれだけのことです。
(ところで、一考さんが会話や文章の中でばらまく哲学者の名前や用語、あれはなんのために使っているのでしょうか。(多分煙幕をはるためだと思いますけど……)。私は一考さんが「ヘーゲルの弁証法」という言葉を発するのを何度も聞きましたが、その内容に言及しているところに立ち会ったことは一度もありませんし、その言葉が議論を補強していると感じたことも一度もありません。)

私は哲学(なり文学)は、書き手がその人生によって生み出す(一対一で結びついた)ものだとは考えません。書き手は思考が生まれる為の場に過ぎないと考えます。その場が非常に細かな設定を必要とするものの場合、たまたま同様の場があらわれることがなく、ゆえに書き手と書かれたものがわかちがたく思えることがあったとしても、それは偶然に過ぎません。思考はふさわしい場におのずから立ち現れるものだというのが私の考えです。
(厳密に言うと、思考と書かれた物は異なり、書かれた物は書き手固有のものだと言えると思います。だから、文学は書き手の人生哲学なるものと固く結びつくものでもあるかもしれません。そういうものなら私はあまり興味がありませんが。)
ある人が雷雨の中びしょぬれになりながら山の天辺で鉄竿を掲げていたら、そこに雷が落ちたとします。そこでその人がそうしていなかったらそこに落ちなかったとしても、その雷をその人がおこしたとは言わないでしょう。そのような奇怪な儀式をやり続けようという決意と覚悟を持つ奇特な人物を哲学者や文学者と呼ぶことに異論はありません。でもやっぱり雷はその人のものではないでしょう。私は思考をこのようなものとして捉えています。
だから、(便宜的にそう呼ぶことはあるとしても)「○○の哲学」というものは存在しないでしょう。誰かがかつて考えたことを、私もまた考えるか、あるいは考えないかです。それはその誰かのものでも私のものでもありません。
議論が戦いではないというのは、そういうことです。「私の考え」と「一考さんの考え」がぶつかり合って一方が勝ち一方が負けるという図式を私は持っていません。私の思考と一考さんの思考があらたな場をつくり、そこに新鮮な考えが立ち現れることを期待しているのです。結果的に、両方あるいは片方の思考は大きく変化するかもしれません。しかし、それは思考のおのずからなる変化であって、「負けて屈した」ためではありません。

個やアイデンティティやオリジナリティを否定する一考さんが、「文学は書き手個人の倫理観、価値観、歴史観を綴るものであって、アナロジーもしくは一般化とは所詮馴染まない領域のものです。三島由紀夫の死と共に三島の文学も終了するのであって、三島文学とは三島由紀夫の存在そのものだと申せましょう。」と語るということが私には解せません。

多くの場合、一考さんは形式と内容を混同し、カテゴリーミステイクをおかしているのではないかと思います。
肯定・否定する(判断する)為には前提が必要です。「黄が嫌い」、「青が好き」というのと同列に「色が嫌い」ということはできません。色はこの場合判断の前提だからです。色を形式、黄・青を内容と言い換えることが出来ます。ちなみに、「色」を判断するためにはたとえば他に「温度」や「形」などを内容として持つ「感覚」という形式などを前提にする必要があります。
このように、形式と内容は入れ子になっていて、どのレベルにでも設定することができます。しかし、それ以上外側を持たない特別な形式があります。それは(もっとも根本的な意味での)「存在」、「世界」などといった形式です。
可能なのは「存在するものに対して」、「ある規準に照らして」有意味・無意味を判断することだけです。だからまず第一に、判断を可能にする土台である存在自体を判断することはできません。
そして第二に、前提や条件を伴わないならば、どのレベルでも判断はできません。

一考さんが「すべてを否定する」などと言うたびに「安易です」とか、「どこに立っているつもりなんですか」などと言うのは、自分の判断を可能にする前提をないことにして(ひょっとして、気がつかないで?)「すべて」と言ってしまうことに異議を唱えるからです。
そしてまた、一考さんの存在が「孤独や失意の中に溶解してゆく」といった内容を持っていようとも、それであらゆる人の「存在」という形式を否定しようとするのは混同も甚だしいと思います。安易と言って据わりが悪ければ、粗雑だとでも、慎重でないとでも、懐疑が不徹底とでもなんとでも言えましょう。強調しておきたいのは、一考さんの人生が安易だと言っているわけではないということです。カテゴリーをごちゃ混ぜにした上、一気に結論してしまうことを安易と言っているのです。「すべての存在は虚しい」という発言は、たしかに「大雑把すぎ、楽すぎ、危険すぎ」るものの考え方です。

どんなにつらかろうが不幸だろうが、それは世界の中の一登場人物のつらさであり不幸なのです。そんなものはこれまでもありこれからもあるありふれたものであり、この世界の一挿話に過ぎません。そんな一挿話を全体に敷衍して世界を語るなんて、結局自己を特権化していることになりはしないでしょうか。
(孤独を感じ、自分を憎み責め、負の感情に苦しんだことがないわけではありません。それが私にとっていかにリアルであろうとも、それは世界という形式とは違うレベルにあるということです。)

そしてまた同時に、世界は私と離れたものでもありません。
(二階堂奥歯の人生の内容に関係なく)私が存在しているということ、そしてそこにこの世界が開けたということ、その点において世界と私とはわかつことができないのです。視界と視点が離れては存在しえないように。
そして私が語りたいのは、何かが見えているということ、見える範囲、見え方です。具体的に何が見え、それが孤独な景色だとかそうではないとかいうことは、私にとって最重要事項ではありません。

一考さんは、書き手固有の人生哲学が見えてこない文学など文学ではないとおっしゃいます。そのように個の屹立を求める心性と、個を否定しようとする心性とが、どのように関係しているのかを私は知りたく思います。等価であることに絶望したがゆえに、生き延びるため・自己を肯定するために、ことさらに個人の倫理観・価値観をつづるのでしょうか?
私は誰もがひとしなみに人間であることには絶望などしません。そもそも何を希望して(それがかなえらないからといって)そんなに絶望しているのですか?
人間というカテゴリーの中にはたくさんの人がいて、それぞれの内容を持っている。皆同じ形式の中にいると気がつくことと、その個々の内容を無意味とすることはまったく次元の異なることでしょう。そして、私が形式の次元に気がつく時に感じるのは絶望ではなく、新しい視野に対するおどろきであり、よろこびです。
まさか、絶望なんて! できるならもっともっと他の次元を知りたいのです。他の次元を知ったからと言って、これまでの次元内の価値はなくなりはしません。
もちろん、それらの次元の内、どれかを重視することはできます。私は基本的に外側の次元(形式)を重視します。それだけに、内容と形式を混同し、形式を内容で汚染することによって成り立つ一考さんの考えに対して異議を唱えずにはいられないのです。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年12月09日 15:25 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 乙女的変態話

お邪魔「伊藤敬」ビンラディンさま

昨夜は上野文庫買い出し自慢ありがとうございました。
会社が割と近くにあるので上野文庫はたまに行くのですが、まさに宝の山。貞操帯の記述がある本はないかと血眼です。

サドの「悲惨物語」が少女(!)漫画化されていると昨日お話ししましたが、うちに帰ったらタイトル等わかりました。
高階良子「十字架に血の杯を」(「なかよし」掲載)です。
掲載されたのは何十年も前、単行本収録はされていないようです。
私も見たことがありません。ご覧になったら教えてください。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年12月09日 15:45 | 固定ページリンク




フーリエの使者 | 高階良子

『十字架に血のさかずきを』1974年は、『真珠色の仮面』講談社コミックスなかよし225巻、1975年11月刊に収録されているようです。探してみよっ。



投稿者: フーリエの使者    日時: 2001年12月09日 18:07 | 固定ページリンク




朝子 | 高階女史は


黒とかげ、も書いてましてね、それは漫画文庫になっておりますので、
お手にとりやすいかと思われます。ずいぶん昔の絵柄でアナクロは
アナクロなんですけど、でも、高階さんはこの手のゴチックな漫画を
書かせたら一番だと思います。迫ってくる感じが。無駄なゴージャス
感とか。



投稿者: 朝子    日時: 2001年12月10日 02:07 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 映画「マロンブラ」讃

現在、京橋のフィルムセンターで開催中の「イタリア映画大回顧」は、たいへんな好企画です。(昨日までにわたしが見た全プログラムの3分の1強にあたる作品については、少なくとも一本もハズレがないと言うことができます。)
全作品とも一見の価値ありといって過言ではないと思いますが、この掲示板を御覧になる方にゼヒお薦めしたいのは、マリオ・ソルダーティ監督の『マロンブラ』(1942年)。今度の日曜日(12月16日)午後4時の回が、今回の特集における最終上映ダ。フィルムセンターちらし所載のあらすじによると「叔父に引き取られた、身寄りのない侯爵令嬢マリーナ。その叔父は彼女に、結婚するまでコモ湖畔の豪華な別荘を出てはならぬと命じる。」となっていますが、ファーストシーンの湖上の美しさに始まり、「別荘」はいわくありげな古いお城で、道具立てはまったくのゴシック・ロマンスそのもの。物語は終盤の破局に向けて、いろいろな複線を張りながら展開してゆきますが、これを詳細にわたって紹介すると、これから見る人の楽しみを奪ってしまいかねないので、ディテールの紹介は控えておきましょう。ジュリアン・グラックの『アルゴールの城にて』をやや通俗化して映画にすると、こんな雰囲気になるのではないかな?(前売券は、かなり残っておるぞ!!)
途中までの盛り上げ方やハズシ方によいものをもちながら、大団円に向けて突如失速するような気配のあるキーロフ・クラサコフ氏など、この映画の呼吸を学ぶと、本当の凄みのある作家に化けるのではないかと、わたしはニラんでおります。
妄言多謝、では又
追伸:管理人への注文ですが、前回の小生の投稿、改行位置を間違えて投稿したものと、送りなおしたものが並んで掲載されていますが、どちらかひとつを削除した方がよろしいのでは? そこんとこヨロシク!



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2001年12月10日 18:21 | 固定ページリンク




梅子 | 帽子

津原さんへ

ですぺらにて大切に飾ってあります。
てっきり某書房の某社長の帽子だと思いこんでおりました。
近々上京されますでしょうか。
お送りしましょうか。この冬はとっても寒そうですし。



投稿者: 梅子    日時: 2001年12月11日 03:24 | 固定ページリンク




一考 | 多田智満子さん入院

 多田智満子さんが子宮ガンで先週入院なさいました。詳細は控えさせて頂きますが、今週から7週間の放射線治療がはじまります。快復をお祈り申し上げます。



投稿者: 一考    日時: 2001年12月12日 09:59 | 固定ページリンク




フク | 新年会予約

一考さま、薫子さま

こんばんは。昨晩にお願いしました通り、幻想的掲示板新年会、1月12日の
方向で進めております。本来は改めて御伺いしてお願いするところ、まずは先
に掲示板にて失礼します。
年内に改めて相談に伺わせて頂きますが、よろしくお願いいたします。



投稿者: フク    日時: 2001年12月14日 01:44 | 固定ページリンク




梅子 | フクさんへ

毎度おおきに!
一週間ぐらい前に人数を教えて下さい。
一考は編みタイツ履いてお迎えしようと申しております。
よろしくお願いします。



投稿者: 梅子    日時: 2001年12月15日 03:26 | 固定ページリンク




津原泰水 | RE:帽子


梅子様

 緑色のものでしたら、私のです。
 長年の酷使にへたりきった、とても送付のお手間をいただくほどの代物ではありませんが、
そのぶん幼児的な愛着がありますから、例の朗読の際にでも引き取らせていただきます。
 それまで、ですぺらに咲く議論や猥談を聞かせてやってください。
 よろしくお願いします。



投稿者: 津原泰水    日時: 2001年12月15日 06:35 | 固定ページリンク




栗田ひづる | はじめてお邪魔いたします。


 一考様・梅子様

 先日はお世話になりました。
そして来年の語りの件では、更にお世話になります。(^_^)
初めての試みの上、無理等も申し上げましたが、
ご承諾頂き感謝しております。

 その後、まだ作品が決定していない状態ですが、
もし例の作品に決まった場合、
お忙しい中恐縮ですが、お手隙の時に
方言指導をして頂けましたら幸いです!m(__)m

 また、詳細が決まり次第ご報告させて頂きます。
いろいろご相談させて下さい。
どうぞよろしくお願い致します。



投稿者: 栗田ひづる    日時: 2001年12月16日 17:24 | 固定ページリンク




steward | 文字化けも失礼いたしました。

 下の書き込み、ひどい文字化けで大変失礼しました。以下の内容で書き込みしたつもりでした。
 

 
 先程は高遠様、二階堂奥歯様にお目にかかり、お話を伺うことができて大変うれしゅうございました。ありがとうございました。
 高遠様には仏語、仏文学についてとても興味深いお話を伺って楽しい時間を過ごさせていただきました。balconの深い意味などを巧みな話術でお聞かせいただいて勉強になりました。
 奥歯様にははじめてお目にかかって数秒後に抜歯した奥歯を見せていただいて、近頃希有な言行一致のお方だと感じ入りました。
 今後ともdesperaさんでお目にかかった際はよろしくお願いいたします。



投稿者: steward    日時: 2001年12月18日 00:12 | 固定ページリンク




暫定管理人 | サルベージされました


下の書き込みが一部の機種で文字化けしていましたのでサルベージしました。

steward  文字化けも失礼いたしました。 2001年12月18日(火)00時12分57秒
 下の書き込み、ひどい文字化けで大変失礼しました。以下の内容で書き込みしたつもりでした。
 

 
 先程は高遠様、二階堂奥歯様にお目にかかり、お話を伺うことができて大変うれしゅうございました。ありがとうございました。
 高遠様には仏語、仏文学についてとても興味深いお話を伺って楽しい時間を過ごさせていただきました。balconの深い意味などを巧みな話術でお聞かせいただいて勉強になりました。
 奥歯様にははじめてお目にかかって数秒後に抜歯した奥歯を見せていただいて、近頃希有な言行一致のお方だと感じ入りました。
 今後ともdesperaさんでお目にかかった際はよろしくお願いいたします。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2001年12月18日 02:32 | 固定ページリンク




Campagnolo | なべちゃん

MOONさんが、かつて投稿されていた折、resしようとして忘れていましたが、神戸元町の「黒木書店」は先月正式に廃業されたことを報告します。春頃から、古書組合に大きな酸素ボンベを引きずって、管を口にくわえてやって来ていました。「古書の鬼」のような執念を感じました。落札した書物を持って帰ることなど出来ないので、よく僕が手伝いましたが、奥さんもご病気で、店に寄ると「今日も1冊も売れなかった。」「いやな客が来たので追い返してやった。」等が、例によって、いつものセリフでした。バブル期のままの値付と入札価格ですから、売れるわけありません。それでも僕は授業料のつもりで、寄る度に損を覚悟で何万か買っていました。だからという訳ではないでしょうが、いつもココアの出前をしてくれて、なべちゃんこと一考氏の話題になり、いつまでも帰してくれないものでした。ご本人はお嬢さんのお宅に転居、いたってお元気です。処分する商品は東京の古典会に送る筈です。今週あたりから、目録を見ていたら出品しているようですね。但し飛びっきりの珍本は自宅に秘蔵する由。僕も中学生の時はじめて行った古書店が黒木さんでした。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年12月19日 10:07 | 固定ページリンク




今松泰 | 多田智満子さんのご快復を祈っております。


はじめまして。
こちらの掲示板にははじめて投稿させていただきます。
今松と申します。

多田智満子さんとはたまたま同じ町内に住んでいる(らしい)
というだけのファンに過ぎませんが、
どこかの通りですれちがうことがあるかもしれないな、
いつかサインをもらいたいな、などとミーハー精神丸出しの
期待とも妄想ともつかぬことを考えたりしていました。

一日も早くご快復されることを心よりお祈り申し上げます。



投稿者: 今松泰    日時: 2001年12月20日 00:09 | 固定ページリンク




Campagnolo | 多田さんへお見舞い

彼女はきっと、元気になって退院される筈です。実は私も同じ町内に住んでいて、ローカルな話で申し訳ありませんが、昔は篠原公設市場という所へ初代マツダキャロルに乗って買い物に毎日来られていました。処分される折には、必ず声をかけて下さいねと言ってたのに、いつのまにか別の車に替わっていました。入院先は自宅そばの海星病院ですか、それとも婦人科なら市民病院でしょうか。小学校に行く時は多田さんのお宅のそばを通っていましたし、あの庭の裏には多田邸とは知らず勝手に入って遊んでいました。お渡ししたいものがあるのですが、自宅に届けれればいいですね。



投稿者: Campagnolo    日時: 2001年12月20日 20:53 | 固定ページリンク




梅子 | すみません

 随分と書き込みさぼってしまいました。どこかのダスターが、いえ、マスターが
家のマックをいじくりたおしては、調子悪くしてしまったもので。
(何でも人のせいにするのは、どこかのダスターに倣って)

伊藤ビンラディンさま
 土曜日に店に来て下さった時はいつも「今日はどんな映画見たんですか~」と
聞いているばかりで、せっかく良い映画情報を教えていただいているのに、
なかなか見に行くことができずにいます。二日酔いで倒れているおっさんは放っておいて
独りで行くしかない!来年の目標にします。

栗田ひずるさま
 朗読会はですぺらにとっても初めてのことなので、試行錯誤になるやもしれませんが、
どうぞよろしく。私はとっても楽しみにしています。スケベ店主はひずるさんに
カウンターの上に乗れだの、天井から釣り下げて、そこで語れだの勝手なことを
申しておりましたが、聞き流してください。
 方言は店主は柄の悪い福原弁、「おんどりゃ、われ、なにしてけつかんねん」
なんていうのが得意だと思います。私は大阪弁でもなく、神戸弁でもない阪神弁が得意です。
ってそんなもの必要ないかしらん・・・。



投稿者: 梅子    日時: 2001年12月27日 05:56 | 固定ページリンク




梅子 | 営業日のお知らせ

ですぺらは年内無休で、三十一日まで営業します。
店主は二十九日ぐらいから飲んだくれる予定を立てております。
(いつもと一緒じゃないの)
大晦日は零時過ぎたら初詣にいきませんか。
(去年も店主はそんなこと言っていたけど、飲み続けてただけだった)

新年は四日から通常通りの営業です。
四日は新年会をいたしましょう。



投稿者: 梅子    日時: 2001年12月27日 06:07 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 今年最後の御邪魔ムシ

サドの『悲惨物語』のマンガ化という高階良子『十字架に血の杯を』は、講談社漫画文庫の「高階良子傑作集」第4巻『血まみれ観音』に収録されています。(角川ホラー文庫版の『血まみれ観音』の方に収録されているか否かは未確認)
主人公の名前とシチュエーションはサドの『悲惨物語』そのままですが、少女マンガとしての「制約」のためか、サドの小説の根幹をなす近親相姦のテーマが欠落してしまい、マンガそのものとしては充分に楽しめるものの、これを『悲惨物語』のマンガ化とするのは、ロジェ・ヴァディムの映画『悪徳の栄え』 (映画の原題は『美徳と悪徳』。それにしても、サドの映画化というと、なぜ、みんなナチスを持ち出すのだろう?)をジュリエット物語の映画化と称するのと同様の無理を含んでいると思われます。
実際に時代考証なぞをはじめると……文学的感性やマンガ的感性を疑われざるを得ないような野暮な指摘のオンパレードになってしまうので、ここは,高階良子さんが、サドのモチーフを借りて、おもろいマンガ書いてるでぇ、と言うにとどめておくべきでしょう。
それから、二階堂奥歯さんへ
佐藤紅霞の『貞操帯秘聞』という本入手しました。未入手なら、いづれ、小生が読んだ後に御進呈申し上げませう。ただで差し上げると、こちらの下心を疑われかねないので、ホイスキーのビンラディン(フィンラガン)とタリバーン(タリバーディン)を一杯づつ御馳走してもらおうかな。
では又



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2001年12月28日 13:30 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 年越しは実家で

『十字架に血の杯を』、私もその後入手しました。
悪の美少女物になっていてだめでしたね。『悲惨物語』後半の、母親の元に娘が帰ってきてからがメインですし。
『悲惨物語』の魅力は無論前半。父と娘だけの甘い蜜の部屋での生活と教育の様子が良いのに、やはり「なかよし」的に実の父娘近親相姦はまずいのでしょう。

御邪魔ビンラディン伊藤さまへ
貞操帯のこと、気にかけてくださってありがとうございます!
佐藤紅霞の『貞操帯秘聞』は私も持っています。一冊丸ごと貞操帯の本かと期待させておいて、貞操帯関連はタイトルになっている文章のみという。
酒井潔も貞操帯について書いているし、あの辺を探せばきっともっとあるんでしょうけれど、書いてあることはもうほとんど同じなのですよね。図版だっていつも使いまわし。
それでも買ってしまう貞操帯本。
今年はすでに実家に帰ってきてしまったので、また来年フィンラガンとタリバーディンをご一緒できたらうれしいです。

私にメールを下さるみなさまへ
プロバイダを乗り換えた関係で、なんと実家にいる間(来年4日まで)主要メアドでメールを受けられません。御用の方は携帯メールの方に下さるかお電話で願いします。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2001年12月29日 01:30 | 固定ページリンク




金光寛峯 | シーシュポスの神々


ここ数ヶ月、友人の同人誌作りを手伝っておりました。
ずいぶん手がかかりましたが、ともかくも見本が刷り上るところまでは
こぎつけました。
いま手元にその現物があるのですが、見ていると、今にして了解できる
ところもありました。この場を借りて書いておきたく存じます。

「才能とはすなわち実績である」と以前お聞きしました。それでは実績と
はなんなのか。
今回私が手伝ったのは昔の作品の復刻でした。著作権者との交渉から、校
訂作業・入力・校正, 解題書きまで、途中いろいろトラブルや差し戻しを
経て、特にここ 2ヶ月というのは、仕事以外の私的な時間ほぼすべて編集
作業にかかりきりになってしまいました。お金も使いました。
他にもいろいろやりたい事や、本来ならばやっておかねばまずい事なども
ありました、本も読みたかったし映画や展覧会も良いものがたくさんあっ
た。義理ごともあった。いろいろ調べてみたい事も多くありました。
でも、体はひとつです。これはどうしようもありません。同時に二つも三
つもできはしませんし、限られた時間で何を優先するか、なんとか決める
しかありません。
ほんとうにたくさんの事を見送りました。

要するに何かを選ぶということは、その他の多くの選択肢を切り捨てると
いうことに他ならないでしょう。
「これに集中するんだ」と自分で決めた、そしていちおう結果は出た。拙
いものではあるけれども、一応これも実績といえば実績であるのでしょう。
だけれども、この選択をしていなかったのならば、もっと他のより良い事
があれもこれもできたのではないか?

しかし、その可能性は自分自身で切ってきたのです。多くの選ばれなかっ
た選択肢、あり得たかもしれない数多くの可能性や未来、他ならぬ私自身
の意思により切り捨ててきたものと引き換えに、実績はできました。

いま刷り上った見本誌を手に振り返り、見送ったものたちの多さを思いま
す。
才能とは実績、そして実績とはどんどん切り捨てることそのものでした。
なにかある事をやるとする、でも同じ時間で別のことをやった方がよりよ
い結果があったかもしれない、しかし両方は取れないのだからどちらかい
ずれかを取るしかない。捨てて、捨てて、捨てまくって挙句、無数の未来
を捨て去った、その代償として、1つの実績はここにある。

さてそれで、そもそも私の "実績" とやらがそもそも何からの意義なり、
意味なり価値なりあるのでしょうか。
無いでしょう。
「無為である、それを知悉した上で、なお行う。だから良い」。

思うに私がやっていることは大岩転がしのようなものでした。カミュの
「シーシュポスの神話」です。シーシュポスは山の頂上まで巨大な岩を転
がしていきますが、頂上は鋭角になっており押し上げられた岩はそのまま
向こう側に転がり落ちていきます。彼はまた麓まで降りていって最初から
岩を押し上げてゆきます。
永劫に続くというこの苦役は、一見は悲劇の構図です。しかし、何かを求
める行動に身を投じること。そして探求の陶酔に浸ること。ただそれのみ
が人間に許されている幸福なのではないのでないでしょうか。

私の岩は下まで転がり落ちたようです。さてまた上げると致しましょう。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2001年12月29日 08:32 | 固定ページリンク




如月 | 謹賀新年

みなさん、明けましておめでとうございます。
年の初めの祝歌をと、今年はまず「千載集」をひもといてみました。
  *   *   *
さて、1月12日(土)に、NHK「美と出会う」で四谷シモンが特集されます。
くわしい情報は、拙サイトに掲載致しましたので、ぜひご覧ください。



投稿者: 如月    日時: 2002年01月01日 09:57 | 固定ページリンク




暫定管理人 | あらあら


こっちの掲示板は最近すっかり流れが止まっちゃいましたか。

とはいえ、今年もよろしくお願いします。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年01月07日 03:06 | 固定ページリンク




Siesta | はじめまして


先日1/4に、閉店時間をすぎて午前2時までお邪魔してしまった者です。僕は、ですぺらと同じく赤坂に住んでいるので、終電の心配が無いのをいいことに長居をしてしまいました。
最後まで一緒にいた方(掲示板での名前をお聞きしたのですが、忘れてしまいました。すみません。)と、帰りに歩きながら少しお話しました。ですぺらのこと、一考さんのこと、いろいろ教えていだきました。

「一考さんはただ者じゃないよ。」


ですぺらにはこの日初めて行ったのですが、僕の好きなGLENROTHES1981年に、店主おすすめの星印がついていたのはとっても嬉しかったです。このグレンロセスはボトルが丸っこく可愛らしくて、シングルモルトにはまるきっかけになったウイスキーでした。そして何よりも1981年は僕の生まれ年でもあります。
さらに、なんと店内ではPowerMac
と古いAppleのモニターの横でマック談義が!僕は小学生以来のマック好きなもので。小学生当時には、クアドラ、セントリスの夢のようなスペックと目を疑うような値段を見て胸を躍らせた記憶があります。


ところで、この掲示板のCAMPAGNOLOさんは、もしかしてロード乗りですか?


最後に、僕のような若造が、ですぺら及びこの掲示板にお邪



投稿者: Siesta    日時: 2002年01月08日 01:58 | 固定ページリンク




CAMPAGNOLO | siestaさま

ご想像通り、ローマオリンピック以来のロードでございます。デビュウは、今はなき甲子園競輪場のバンク。当時はピストもやっておりました。イタリアによく書物を買いに行くのですが、古書店より自転車屋めぐりに終始してしまいます。この間レースで事故して以来、今はsiestaでランドナーとスポルティーフに移行しています。siestaさんはロードですか。僕のマシーンは実戦を無視して60年、70年代の物にレストアしていっています。ですから、シマノとMACは嫌いなのです。



投稿者: CAMPAGNOLO    日時: 2002年01月10日 09:43 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

 
>僕のマシーンは実戦を無視して60年、70年代の物にレストアしていっ
ています。ですから、シマノとMACは嫌いなのです。

60年、70年代のコンピューターを使っておられるのですか?(^_^;)



投稿者: moondial    日時: 2002年01月10日 11:26 | 固定ページリンク




一考 | 難儀な新春

 年末から新春にかけて、飯を喰うための仕事に追われています。今回は今までと異なる広告屋さんの販促策ですので緊張の連続、対象はビールなのですが、わが邦のビールにあまり興味はなく、頭を抱えています。12日には一段落の予定。それが済めば種村さんの対談を纏めなければなりません。締め切りまで僅か3日、間に合うのでしょうかねえ。
 奥歯さんが正月休みの間にですぺらのホームページを拵えて下さったのですが、収録予定の小生の文章に文字化けの問題が多数見付かりました。もっかお店にてすべての文章を修正中、恐らく20日頃には完成の予定。今月中になんとか開設出来ればと思っています。
 1日より、車とバイク双方の点火系が故障、電装屋が6日まで休みのため、梅子の125ccの小型バイクで赤坂を往復、4日の新年会は鍋物の予定でしたが荷物が運べず、皆さまに迷惑をお掛け致しました。鍋の会は別の日に催しましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月10日 15:15 | 固定ページリンク




一考 | 先祖帰り

 Siestaさんへ
 転んでもただでは起きないただの人で御座います。若造と書かれていらっしゃいますが、かく言う私も4、5日前までは確か二十歳位ではなかったかと記憶致します。近頃若返りか先祖帰りかは判じかねますが、至って情想の風通しよろしく、精神年齢は常に十代のそれではないかと思い居る次第。昨日も四谷シモンさんと管理人の櫻井さん共々夜明けまで飲み明かしましたが、まだまだ負けてはいませんよ。
 わが家ではクアドラ650が気持ちよく走っていますが、CPUは601。ちなみにフォトショップからイラストレータまですべての仕事はこれで十分可能です。初めてパワーPCを動かしたのは転居祝いにMoonさんから贈られた7500ですが、そちらはまだ2年にもなりません。それまではLC475で本の装幀や図版の修整を行っていました。

 CAMPAさんへ
 コンピューターの通史をよくは知りませんが、パーソナル・コンピューターとしてならマックの方が古いのではなかったっけ。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月10日 15:52 | 固定ページリンク




Siesta | CANPAGNOLOさま

僕はいまvoodooのMTBに乗っています。
冬風が身を穿つ中、HUTCINSONのスリックタイヤでかっ飛ばしております。
ロードにも乗りたいのですが、フルカンパなどで組もうものなら、
僕には到底手が出せません。
でも、いつかはカンパでロードに乗ろうと日々企んでおります。
しかし、CAMPAGNOLOさん玄人だったとは。
60、70年代のパーツはいまでも手には入るものなのでしょうか。
いや、なにしろスチールしかやらないと豪語したウーゴ・デローザも
アルミ、チタン、果てにはカーボンでフレームをビルドする時代ですから。
僕は60、70年代のカンパのパーツは
カタログでしか見たことがないのですが、今のrecordなどよりも
「イタリアの職人」的なものを感じるので好きです。



投稿者: Siesta    日時: 2002年01月11日 00:33 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | パーソナルコンピュータの歴史


パーソナルコンピュータの歴史を振り返ってみましょう。
今となってはみななつかしい。
出展はhttp://www.cqpub.co.jp/try/kijidb/rekishi/pchis1.htm
一部削除してあります。
それと黎明期に有象無象のメーカーがたとえばコモドールとか乱立していましたが、これには載っていません。
なくなっちゃったからなあ、大多数が。


1964
*IBM,システム360発表、PL/1登場
1965
*ダートマス大、BASIC開発
*DEC,初めてのミニコンPDP発表
1969
*ベル研究所、UNIXを開発
1970
*IBM,8インチ・ディスケットを採用
1972
*Intel社、4ビットマイクロプロセッサ"i4004"開発
*Intel社、8ビットマイクロプロセッサ"i8008"開発
1973
*Intel社、8ビットマイクロプロセッサ"i8080A"開発
1975
*Zilog社、8ビットマイクロプロセッサ"Z80A"開発
1976
*7月 Apple Iを発売開始($666.66)
*9月 NEC,TK-80(\88,000)を発表
1977
*1月 ウォズニックとスティーブがApple社を設立
*4月 Apple,世界初のパッケージ化されたパーソナルコンピュータ、AppleIIを発表($1,298)
*IBM,超大型機3033を発表
1977
*Intel社、16ビットマイクロプロセッサ"iAPX8086"開発
1979
*8月 NEC,PC-8001(\168,000)を発表
*10月 Personal SoftWare社が、Apple II向けに世界初のパーソナルコンピュータ向け表計算ソフトVisiCalcを発売
1981
*12月 NEC,PC-8801(\228,000)を発表
*IBM,Intelの8088MPU使用16ビットパソコン、IBM PCを発表←MS-DOS(PS-DOS)の登場
1982
*Intel社、16ビットマイクロプロセッサ"iAPX8286"開発
*9月 NEC,PC-9801(\298,000)を発表
*ICOT(新世代コンピュータ技術開発機構)発足
1983
*10月 NEC,PC-9801 F1(\328,000)を発表
*10月 NEC,PC-100 model 10(\398,000)を発表
*11月 NEC,PC-9801E(\215,000)を発表
*Apple,Lisaを発表($9,995)
*IBM,PC-XTを発表
*任天堂ファミリーコンピュータを発売
*パソコンメーカー14社、MSXの採用を発表
1984
*Apple,Macintoshを発表($2,495)
*日本IBM,16ビットパソコンJXを発売
1985
*1月 Apple,パーソナルコンピュータ用レーザプリンタ LaserWrinterを発売($6,999)
1986
*Intel社、32ビットマイクロプロセッサ"i386"開発
*1月 Macintosh Plusを発売($2,599)
*11月 東芝がJ-3100を発売
1987
*3月 Apple,Macintosh IIを発売($5,498)
*10月 三洋電気、シャープなど国内ハードメーカー19社がAX協議会を設立
*IBM,PS/2モデル30,50,60,80を発表
*IBM,OS/2を発表
1989
*Intel社、32ビットマイクロプロセッサ"i486"開発
1990
*10月 IBM,PC-DOS 4.0/Vを発売(DOS/V初登場)
*Microsoft Windows3.0を発売



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2002年01月11日 04:42 | 固定ページリンク




一考 | カンパのパーツ

Siestaさんへ
60、70年代のカンパのパーツがご覧になりたいのであれば、拙宅にすべて揃っています。今月はちょっと時間的に無理ですが、2月の休日でしたら何時でも大丈夫ですよ。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月12日 03:28 | 固定ページリンク




一考 | 追記

 Siestaさんへ
 神保町の田村書店の店主奥平晃一さんが乗っているデローザは72年制作のフレームですので、すべてのパーツを72年のレコードで纏めました。今回上京の折、もう少し乗りやすい自転車をと言うことで、78年制作のアランのツーリング・タイプとクロカン・タイプを2台組み立てました。ちなみにデローザは近所の鮨屋の職人に20万円で売却したとのこと。アランのフロントはアウターが45Tでインナーが26T、フリーはレジナの12-26を用いました。ディレーラーは78年のレコードにワイド・タイプのガイドを組み合わせ、プーリーはサンツアーのベアリング入りにスペーサーを入れました。ホイールは後々のメンテナンスを考慮し、リムをマビックのMA40、スポークはスイスのDT、タイヤはミシュランの20Cの組み合わせに致しました。ちなみに、BBやハブをはじめクランクを除く主要なパーツはカンパにて、チネッリのステムとハンドルバーも同時代のものをアッセンブルしました。チェーンはエベレストの肉抜き。ただし、見えない部分には新しいパーツを使っています。例えばワイヤーの類はカンパのインナー入りと言ったところです。またアウターの歯の一部をシマノに倣い、削り取ったことも書き加えておかねばなりますまい。最新技術のよい部分は取り入れなければならないというのが私の方針です。ツーリング・タイプは奥方が乗られますのでインナーを2T落とし、フリーは13Tからの組み合わせに、またスポークはミラノのサチェッティに、チェーンもレジナにと、それなりに気は使いました。
 要するに、50歳を越えますと50Tを越えるアウターは回せなくなります。それでも45×12ですと平地で60キロは軽く出ます。ただし下りで80キロを超えるとペダルは踏めなくなります。淋しいことですが、私自身が乗り手のため、奥平さんの気持ちはよく分かります。貴方は若いのですからちょいと鍛えれば53Tが難なく回るのでしょうね。53Tですと120、130キロまでペダルで追うことが可能になります。40歳位までは明石や加古川の山岳コースで100キロを超えるスピードを楽しんでいたのですが。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月12日 04:54 | 固定ページリンク




一考 | 感謝

 櫻井さんへ
 御丁寧な紹介に痛み入ります。ムーンさんの策略に嵌って私がLC475を購入したのは確か93年末だったと思います。購入の祝いに大阪で生ビールを飲んだ記憶があるのですが、とするならば私は酒気帯び運転をしたことになりますね。購入当初は促音の打ち込み方も知らず、ムーンさんを四六時中悩ませました。よくまあ、怒りもせずにお付き合い頂けたものと感謝致しております。櫻井さんのリストを見るにムーンさんは80年前後からパーソナル・コンピューターを使いこなしていたことになりますね。
 櫻井さんのソフトからソフトへの検索と読み取りの方法を横で見ていて、私のソフトの利用法の至らなさがよく理解できるのですが、そちらは余り期待できそうにありません。きっと、どこかで諦めているのでしょう、この程度出来ればいいじゃないかとの甘えが私の中にあるのです。でも癪ですね、人に出来て私に出来ないなんて。マニュアルに投資して、もう一度基礎から遣り直しますか。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月12日 05:33 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

一考さんへ

おやおや、また一考さんの負けず嫌いの気質が顕れた様ですね。策略とは人聞きの悪い。ガレージでやっている頃のアップルへ遊びに行った事もある叔父から、Apple IIを触らせて貰った事もありましたが(櫻井さんの年表によると77年頃になりますね)、その後NECの2機種を経て、なんと梅子さんに唆されてSE/30からMac信者になりました。

キーボードも打てない貴兄が、半年程でエクセルが使える程になっていたのには驚きましたが、あまりコンピューターに深入りしない方が身のためですよ、他に何も出来なくなります、必要な事だけを周りから教えて貰う方が賢明です。ソフトを使いこなすのは或程度必要でしょうから、櫻井さんにソフトの使いこなし等の要領を、迷惑を掛ける事など厭わず構わず、しなを作るなりヨイショするなり、梅子さんか一考さんのおっぱいを差し出すかなりして、どんどん尋ねて教えて貰いましょう。貴兄の素敵な仕事と文章を心待ちにしていますので、残り少ない貴重な時間を割くのはコンピューターでは役不足で勿体ない。

ところで奥歯さんの作られたというHPのアドレスは?



投稿者: moondial    日時: 2002年01月12日 12:27 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | ですぺらHPはまだまだ

あけましておめでとうございます。
昨年末にmac(iBook)に乗り換えてしまった二階堂奥歯です。


ですぺらHPはまだアップロードされていません。
一考さんが厳しくチェックし好きなだけいじりまわしてからアップされる予定です。
並のウイスキー本など目ではないくらいの充実した解説をご期待ください。
ご本人は薫製に使うスパイスのレシピ集も作ろうとおっしゃいますが、それはやりすぎではないでしょうか。そんなものを作らされる身にもなっていただきたいものです。

今日は休日出勤の後ですぺらにお手伝いに行きます。牛込のみなさまよろしくお願いいたします。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年01月12日 17:16 | 固定ページリンク




匿名希望 | (無題)

>薫製に使うスパイスのレシピ集も作ろう

いいですねぇ~、是非。



投稿者: 匿名希望    日時: 2002年01月12日 18:32 | 固定ページリンク




Campagnolo | 自慢とお礼

 一考さん 書物とコピー、確かに落掌。感謝致します。コピーは既に刊行当時、西明石で頂きましたよ。但し出典が分からなかったので、助かります。Camoagnoloのパーツに関しては貴兄と違って、僕の場合、60年代のものは60年代に、70年代の物は70年代当時に新発売を待って城東輪業と山王スポーツで買ったということが、ちょっと自慢です。今、60年代にどうしても買えなかったTOEIのランドナーを組んでいますが、パーツが揃いません。どこかにFDないでしょうか。いっそルネルスかA.シンガーにしようかと迷っています。奥平さんまでデ.ローザに乗っていたとは知りませんでした。この話は長くなりそうなので又ゆっくり別の機会に。ただ50歳を過ぎると確かに50Tは無理ですね。大きい方がかっこいいのだけど。                                                                      siestaさん  僕は決して玄人ではありません。ただ「書物より自転車の方が大事だと思う」だけです。ですから二輪にエンジンを載せるのは邪道だと考えています。自転車とは金属と肉体が合体した美しさではないでしょうか。 一考さんの大反論があるでしょうね。



投稿者: Campagnolo    日時: 2002年01月13日 07:42 | 固定ページリンク




亜美 | トパーズです

女性主導の乱交パーティーを女性スタッフのみで運営しています。非営利の会なので費用はほとんどかかりません。
その分男性会員の入会審査は厳し目です。
よろしかったらHPを見てください。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/chinitu/topazu/index.html



投稿者: 亜美    日時: 2002年01月13日 16:16 | 固定ページリンク




Siesta | i-Mac

皆様、新しいi-Macはご覧になりましたか?TIME誌の表紙をジョブス氏とともに飾っていましたが、なんだか生き物のようですね。


一考さんへ
一考さんも自転車乗りだったんですね。是非カンパのパーツ見たいです。件のデ・ローザとアランのマシーンはさぞかっこいいのでしょうね。僕はちょっと昔のデ・ローザが大好きなので、いつか中古でフレームを手に入れようと考えています。
山岳といえばパンターニを思いますが、「山岳下りでの時速100kmを越える走行時の小さなミスがマシーンをただの金属のかたまりと化す。」というランス・アームストロングの著書の中の一節も思い出します。
今までT数のことはあまり考えたことがありませんでした。50歳を過ぎると、50T以上が回せないものなのですね。
僕の自転車はMTBですから、フロントは44x32x22Tです。下りではペダルが追いつかないこともたまにありますが、かつて車道にて前方のスクーター転倒に巻き添えを食らい、愛車もろとも中空へ投げ出されて以来、高速走行に多少の恐怖を覚えております。幸い、僕も愛車もかすり傷程度で済みましたが、皆様くれぐれも事故には気を付けてください。
ところで、アランの自転車にはどんなサドルを合わせたのでしょ



投稿者: Siesta    日時: 2002年01月13日 23:59 | 固定ページリンク




一考 | ホームページ開設

 ですぺらホームページのアドレスです。制作は奥歯さん、アップはひろさんにお願い致しました。「蒸留所とモルト・ウィスキーの解説」と「インディペンデント・ボトラーズ一覧」は既に新しい原稿が出来上がっていますが、取り敢えず、旧稿を載っけました。恐らく毎週更新されることになります。どうかよろしくお願いします。それにしましても、ホームページ開設までには実に多くの方のご協力を得ました。感謝致します。
 ですぺらのホームページは私にとってはほんの入り口です。これからネット上の無料出版社南柯書局のホームページを作らねばなりません。活字になる機会のなかった忘れられた作家や作品2、3000冊の書物を暫時アップしていかねばなりません。そちらは死ぬ日までの仕事になります。どうかよろしくお願い致します。

 http://www19.u-page.so-net.ne.jp/tc5/despera/



投稿者: 一考    日時: 2002年01月14日 00:30 | 固定ページリンク




一考 | 結構なお誘い

 亜美さんへ
 結構なお誘いですが、私ごときが参加致しますと援助交際ならぬ介護交際になってしまいます。要介護老人は視姦のみに留めるのが身の程かと存じ上げます。ただし、私の周りには活きのよい女性が多く、そちらは「乱交パーティー」と聴いただけで身悶え致しております。女性の参加はいかがなものでしょうか。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月14日 00:48 | 固定ページリンク




一考 | スパイス

 匿名さんへ
 管理人の櫻井さんから変換に便利なソフトを頂戴致しましたので、スパイスのレシピはいずれ掲載します。7、8年前のことですが、薫製を作り始めた頃、購入したスパイスの本の記述がほとんど役に立たなかったのです。料理も文学と同じで、現場で覚えるしかないのですね。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月14日 00:56 | 固定ページリンク




Siesta | 尻切れトンボ

暫定管理人さん
どうやら、僕の投稿した文章はみんな最後の1,2行が切れて表示されてしまうようです。
Palmでテキストを送っているからでしょうか。



投稿者: Siesta    日時: 2002年01月14日 02:46 | 固定ページリンク




櫻井清彦 | 祝!ホームページ開設


ホームページ開設おめでとうございます。
ウィスキーの情報では日本一だと思います。
ダウンロードして熟読いたします。うう、家で旨いウィスキーを飲みたくなってしまって
今たまらん状態です



投稿者: 櫻井清彦    日時: 2002年01月14日 03:32 | 固定ページリンク




暫定管理人 | Re:尻切れとんぼ


Siestaさま
 Palmでテストしていないのでなんともいえません。
 ただこの掲示板のプログラムはフリーのものを使用しておりまして、
 改行の少ない一行が長い文を投稿すると文字化けすることがあるようです。
 Linux上のlynxでは大抵文字化けしてしまいます(使っている人は少ないと思いますが)
 Palmを持っていないのでテストすることができません。一行を36文字以内で改行して
 投稿してみて下さい。もっともそれでも駄目な場合、対応策はないのですが。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年01月14日 03:34 | 固定ページリンク




松友 | ホームページ開設おめでとうございます。


おめでとうございます。
いや~内容がすさまじい事になっておられますね(-o-;
少しづつ拝読いたします。

それはそうと、「つちのこ」、「トド」改め今度は「ダスター」ですか。
dusterなら手元の辞書によると「塵払いブラシ、はたき、ぞうきん、
散布器、ふるい、掃除着」などなどの意。フィギュア造りには向かないような。
ちょっと考えます。では。



投稿者: 松友    日時: 2002年01月14日 09:07 | 固定ページリンク




フク | サイト開設おめでとうございます

「ですぺら」のサイト、拝見致しました。
以前に設計図を見せて頂いていた通り、期待以上の内容でのスタートに正直
驚いています。何よりも継続が一番骨ですので、今後いっそうの内容の充実
を期待しております。
(奥歯さんもお疲れさまでした)

先日は色々とありがとうございました。馬場でとりあえず牛丼を食べていた
らすぐ始発が走り始めました。



投稿者: フク    日時: 2002年01月15日 00:53 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 大手拓次なら約一名


サイト開設おめでとうございます。

以前お話を伺った、忘れられた作家に陽の目を「無料出版社南柯書局」は期待
しております。
とりあえず、詩人・大手拓次だったら狂喜するであろう人を約一名知っており
ますがいかがでしょうか (全集は出てはいますけども)。「日本一古書を買う男」
のシコ名を持つ ↓ の方でございます~
http://www.02.246.ne.jp/~pooh/
幻想文学館



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年01月16日 01:38 | 固定ページリンク




如月 | おめでとうございます♪

ですぺらHP開設、おめでとうございます。 遅れ馳せながら、拙掲示板にも開設の告知書きこみました。 HPの今後の発展と、そしてなによりもお店のさらなるご繁盛をお祈り致します。



投稿者: 如月    日時: 2002年01月18日 14:59 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 今から行きます


今日はなんにしようかな、ハバナクラブにしようかアップルトンにしようか……



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年01月19日 20:39 | 固定ページリンク




金光寛峯 | ですぺらからこんばんわ


今飲んでます、いい気分です。
ラムは初めて飲んだグァテマラの「ロン・サカパ・センテナリオ」、うまい。
上品な香り。おすすめ。
たった今戴いているのは、こんなのあるのー? な、ブルーベリーのリキュール。
こいつをソーダ割りで。口当たりがいいのでくいくい行けます。今夜はだいぶ
酔ってしまいそうです。ぐえっっぷ。つまみは須永朝彦さん綴本『明石本町新選
百人一首』、いまある百人一首は気に入らないといって選びなおした、いや典雅
でございますぅ。唐揚げの味噌だれも美味です。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年01月19日 23:39 | 固定ページリンク




松友 | さすが金光様(-o-)/~~~


金光様、週末は遠くから御姿を拝領させて戴いていたのですが、
掲示板にカキコなさっていたとわ、成る程。
さて、残念ながら○元社のラ○クラフト集をやっとこさ読んでいる拙メ、
金光様の自費翻訳本を拝謁賜れたとしても、
その意義の片鱗すらも理解することなく終わってしまうでしょう(悲
それはそうと、もしかして「コミケ」等には
御出品なさっておられるのでしょうか?
学生の時分には、ツレを引率とかして一般入場で頑張ったっけなーと。
最近は諸般の事情でとんとご無沙汰ですが、
ブース出店予定がありましたら是非お教えください。
次の夏は8月9日(金)~11日(日)でしたでしょうか?
でも、会場に行けなかったらカッコ悪いから内緒でお願いします、でわ。



投稿者: 松友    日時: 2002年01月22日 19:09 | 固定ページリンク




一考 | 月と奇人

 ですぺら開店時からのお客さんに白鳥友彦さんがいらっしゃいます。二十代より親しくお付き合い頂いている仏蘭西文学者です。「リラダン=マラルメ往復書簡翰集」「モンテスキュウ詩集」「モーリス・ロリナ詩集」などの翻訳でご存じの方もいらっしゃると思います。「幻想文学」に訳詞を掲載されたことも御座います。その白鳥さんが一昨年の九月、森開社より「月と奇人」と題する訳詩集を上梓なさいました。リラダン、モンテスキュウ、ジャン・ロラン、エフライム・ミカエル、ピエエル・ルイス、ジェラアル・ドゥヴィル、ルネ・ヴィヴィアンの詩を収録した異聞近代ふらんす詩抄にして、全編が本邦初訳。小野夕馥さんの装幀ですので、頗る閑雅な、趣のある書冊になっています。詳細は以下の如し。
   限定500部 頒価3500円 サイン入り4000円
 当店に10冊のみ在庫が御座います。特別にサイン入りで3500円で頒布致しております。ご希望の方はお申し出下さい。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月22日 22:59 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 素晴らしい訳詩集です

一考さんが書いていらっしゃる白鳥さんの訳詩集ですが、わたくしも一冊需めました。一篇一篇の彫琢ぶりは見事というほかありません。長く手許に置いて読み返したい詩集です。あまりにすばらしいので、ある連載コラムでとりあげたほどです。未読の方はぜひに、とお薦めいたします。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年01月23日 10:02 | 固定ページリンク




Campagnolo | おねがい

白鳥さんの訳詩集、是非お譲り下さい。どこへ代金を振込めば、いいのでしょう。



投稿者: Campagnolo    日時: 2002年01月23日 22:42 | 固定ページリンク




梅子 | はい

Campagnolo様
白鳥さんの訳詩集、すぐにお送りします。
代金はうちのスイス銀行、チューリッヒ支店の
口座の方に振り込んでいただきましょうかしらん。
オホホホ・・・。
詳細は別途お知らせいたします。



投稿者: 梅子    日時: 2002年01月24日 05:38 | 固定ページリンク




一考 | 紳士御紹介

 ムーンさんへ
 フクさんが阪急平野へ転勤になります。モルト・ウィスキーがお好きなので、三宮のメイン・モルトと頃末酒店を紹介致しました。レストラン、古書店、その他いろいろとご紹介頂ければ幸甚です。いろいろの方は貴方なら必ずや役立つ筈。フクさんは上背があり、なかなかの色男です。しかし、私のようなハチャメチャではなく、隆とした紳士です。従って、ムーンさんの電話番号は自宅、携帯共にお教え致しましたが、貴方の寸法までは伝えておりません。東京で得た友なれば、どうかよろしくお願い致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月25日 19:50 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

 一考さんへ

諒解です。
ショーンコネリー氏の様な紳士を想像しておけば宜しいのですね。

僕の寸法は、一考さんよりほんの少し大きい3センチ6ミリです。
どうぞ宜敷。>隆々のフクさん



投稿者: moondial    日時: 2002年01月26日 00:42 | 固定ページリンク




フク | こちらこそ宜しくお願いします。 こちらこそ宜しくお願いします。 こちらこそ宜しくお願いします。

「ですぺら」を知り、ようやく構えず入れるようになった途端、勤務先の都
合にて五年半ぶりに関西に戻ることになりました。一考さんには短い期間な
がら色々とお世話頂きましたうえ、昨晩には神戸のモルトウィスキー事情、
そして神戸ならばmoondialさんに連絡を取ると良い、とアドバイス頂くな
ど過分の御厚情を賜って恐縮、そして大いに感謝している次第です。

ムーンさん、小生、粋の域には程遠く、無知と不勉強が服を着たような若輩
故、色々と失礼などあるやしれませんが、落ち着きました折りには是非とも
宜しくお願いいたします。



投稿者: フク    日時: 2002年01月26日 02:35 | 固定ページリンク




フク | 下の

下の題名はカット&ペーストのミスで間違いです。何かの効果を狙った
ものではありませぬ。しかし格好悪い。



投稿者: フク    日時: 2002年01月28日 04:35 | 固定ページリンク




一考 | 誕生会

 フクさんへ
 書かでものの記です。了解致して居ります、気になさらないように。私など、ついこの間、全文を削除されました。削除されて致し方なきものを認めたので仕方ないのですが、げに「おなごはん」は怖ろしきものと改めて思い知りました。男女の情愛とは何ぞやということに頭から水をぶっかけられた次第。近頃のおのこのカッコ悪くもだらしなきこと、この上無し。
 その様も無き五十五歳の誕生会を二月五日に催します。もちろん、須永朝彦さんと同日の誕生日に託けての催しに御座います。詳細は日を追ってということで、どうかよろしくお願い致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年01月28日 05:40 | 固定ページリンク




如月 | サーバー不調

現在、拙サイトのサーバーが不調です。掲示板 http://www.hp-web.net/kisaragi/bbs/bbs.cgi のみで細々と営業しておりますが、どうぞお見限りなく。



投稿者: 如月    日時: 2002年01月29日 23:22 | 固定ページリンク




一考 | 誕生会のお知らせ

 2月5日の火曜日、須永朝彦さんとの二度目の合同誕生会を「ですぺら」にて催します。本命は須永さんにて、徒に齢のみ重ねる私如きはほんのつけたりに過ぎません。須永さんには本年も御健筆を願う次第ですが、早速、2月末には国書刊行会から「美少年日本史」が、また学研文庫にて小説集「就眠儀式」の新版が上梓される予定です。当日、小生は下拵えのみにて客席に陣取っての置酒歓語、つちのこ編集者の遠吠えにお付き合い下されば幸甚です。
 会費は3000円、午後7時より、葡萄酒とウイスキーはたっぷりと用意致します。多くのご参加をお待ち致します。

  ですぺら  渡邉一考
   東京都港区赤坂3丁目18-10 サンエム赤坂ビル3階
   ?03-3584-4566



投稿者: 一考    日時: 2002年01月30日 19:46 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 関西に行く楽しみ

◆フクさん

 関西へお戻りとか、ほんとうにさびしくなりますね。
 バイタリティーのあるあなたのご姿勢に、元気づけられたものでした。
 東京にいらっしゃる際はご一報下さい。

 関西には、一時文楽を観に通ったものでした。
 ここ数年は身辺がさわがしく、あれこれ全く余裕がなくなり、文楽はもとより、演劇や映画やコンサートをみることもなくなりました。
 最近少し新生活にもなれてきて、そういうものに目を向けようかと考える余裕もできてきました。よい演目があったら、また文楽を観に関西に行こうかと思い始めています。

 フクさんがたたれるのは寂しいことですが、知り合いを訪ねるという楽しみができましたね。
 旅行をするきっかけが増えるのは嬉しいものです。
 新天地でもご息災で。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2002年02月02日 22:52 | 固定ページリンク




一考 | (無題)

 メールの皆さんへ
 亀鳴屋の勝井さんの御指摘の他にも、約30ほどの誤字、脱字が発見されました。ただいま訂正中です。今月の半ばまでに暫時修正していきますのでよろしく。また、ホームページに掲載したインディペンデント・ボトルについて、メールによる問い合わせや御指摘を多く頂戴致しております。返事も出さず、御無礼致しておりますが、大方の情報は当方にも入っております。
 小生はもっか、モルト・ウィスキーの本を刊すべく執筆中なれば、最新の情報をホームページ上に掲載することは叶いません。本年も夥しい量のモルト・ウィスキーが入荷されています。一月だけでも、およそ150種のボトルが紹介され、現時点でおよそ6割位までは確認済みです。それらの詳細はすべて上梓されるであろう書物に掲載の予定です。ホームページ掲載の稿はあくまで「ですぺら」に在庫し、販売中のボトルを中心に編まれています。ホームページ上にて、すべてのボトルを記入紹介する予定は今のところ御座いません。申し訳なきことながら、御了解の程、よろしくお願い致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月05日 03:59 | 固定ページリンク




Bee | 足跡

須永朝彦さん、渡辺一考さん、お誕生日おめでとうございます。
今頃は宴も酣でしょう!



投稿者: Bee    日時: 2002年02月05日 22:35 | 固定ページリンク




如月 | めでたさも・・・

昨晩はめでたいやらめでたくないやらの事態の続出で大変おめでとうございました。 さて、件の若者のサイトは↓のとおりです。 http://www1.interq.or.jp/usinau/ty/ なお拙サイトは、現在↓URLで冬眠しております。 http://www.shibauranavi.com/simon/uketuke.htm



投稿者: 如月    日時: 2002年02月06日 13:00 | 固定ページリンク




一考 | 誕生会御礼

 皆さんへ
 思わぬアクシデントも御座いましたが、まずは重畳の会で御座いました。ご参加下さった33名の皆様に感謝を申しあげます。いの一番よりお手伝いくださった如月さん、大層なご配慮に預かった白鳥さん、カンパさんから送られしポーイヤックの高級ワイン、斉藤さんからは大きな花束、佐藤さんからは貴重な銅版画、また須永さんのゼミの方からはさまざまな贈り物を頂戴致しました。有難う御座いました。去年に引き続き、相澤啓三さんのご参加を得ましたことに深謝。今後ともどうかよろしくお願い致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月06日 21:04 | 固定ページリンク




一考 | 西脇順三郎のことなど

 中村さんへ
 3日、日曜日の催しは書肆山田の新年会なのか、ソシュールの研究会なのか、無事終えましたものの、いまだ定かならず。木曜日に高橋睦郎さんが、土曜日に宇野邦一さんがお見えになられた後の前田さんだったものですから、いささか複雑な心境で御座います。いずれに致しましても、無事手打ちと申しますか、仲直りしたことに変わりなく、またまた、大泉女史の手のひらで遊ばされたなあ、との思いが強う御座います。
 徒し事はさておき、中村鐵太郎さんの西脇順三郎論には期待致しております。審美社より上梓された近藤さんの西脇順三郎論を除き、未だ西脇翁に相応しいエッセイは刊されておりません。
 確かに「Ambarvalia」と「旅人かへらず」の距離よりは、その次の詩集「近代の寓話」への移行に更なる苦渋があったことは容易に察しがつきます。例の永遠の問題にしましても、三好達治が本当にかようなことを口にしたのかどうか、存疑を覚えますが、いずれにせよ、天衣無縫なシンクレティシズムが確立されたのは「第三の神話」ではなかったかと。そしてそのシンクレティシズムにこそ、わがアナロジーの魔を窺うわけで御座います。西脇さんの詩集を年代順に繙く時、彼と女性との問題、即ち係わり合い方が唯一の「野をひらく鍵」になります。西脇順三郎の女性観、女性像もしくは西脇が抱く「女」の概念を語らずして西脇詩を論じたことにはなりますまい。以上、貴方が現在、稿を進めていらっしゃる西脇順三郎論に多大な関心を払っている理由を述べました。ご健闘を祈ります。

 先だって当掲示板にて「敷衍曲」なる徒書きを認めましたが、その中で西脇さんの「マラルメのメはまなこなり」を引用、マラルメ同様、西脇詩におけるアナロジーの地歩を示唆致しました。それに対し、高遠弘美さんから素敵なメールが送られて参りました。ここにはフランス詩が得意とするライト・ヴァースのポエジーが流れています。高遠さんの許可を得て、全文を掲載させて頂きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・
先夜も、いつものようにすこぶる愉しい夜でした。
ありがとうございます。
これから仕事に行く前なので、簡単に書くことをお許し下さい。
掲示板にお書きの「魔羅LE目」には大いに目を開かれました。面白い!
そこで、それに続いて(アクサン記号は省きます)以下のような戯れうたを。

魔羅LE目
Mal arme(二語目の最後のeにアクサン・テギュ)「弾を装填されていない」
m'alarmait 「俺にショックを与えた」
ma larme et...「俺の涙、……」

「魔羅に目があり、挑んでみたが、
 弾が不足で、撃てもせず
 如何にせうとて
 泣くばかり」
・・・・・・・・・・・・・・・・



投稿者: 一考    日時: 2002年02月06日 21:07 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 先に死んだ方が負け

仕事がずれこんで宴たけなわのころに参入しましたが、火曜はたいへん気持ち
よく酔えました。
添野さんのご紹介で、歌人の玲はる名さんなど初対面の方らと、短い間でした
がとても面白い話ができたのが収穫でした。
河東碧梧桐 (碧門) の自由律俳句をすこし読んだが、自然観照だけに留まらずに
人情や人同士の機微も直接的表現で詠ってみせる― ということのようだけど、
どうもそうよいものとはおもえなかった、やはりこれは残らないのではないか
云々という話をしたところで――
俳句を嗜む小説家はけっこういる、けれど短歌も小説も両方やる人はあまりいない。
俳句だと季語もあるし語数も決定的に足りない。だから小説で自己表現にむかう、
短歌だと自己表現できてしまうので、もう小説のほうまではやらない、という指摘
には膝を叩きました。歌人で翻訳家という方もおられますね。

いったんお開きになったあとにはこじんまりした囲み。厳しいご意見など拝聴。
ここには書けないよな裏話など伺うと、「先に死んだほうが負け」というのは
一面の真理かと考えてしまう次第。
例えば平亭翁にしても、十代のころに詠んだ俳句を今更活字にされるとは、こりゃ
思いもよらなかったでしょうね。あの気取りたっぷりの句を見つけたときは嬉しく
なって、よし、ともかくもこれを活字にできればそれで満足だ、とつっ走りました。
ご存命なら絶対に「止しな」と言ったでしょう。
しかし、もうお亡くなりであれば、これはいたしかたなし、先に死んだ方が負けと
いうものです。生誕百年の記念だったら、一発こんなヤニ下がったやつもありでしょ
う。面白いんですから、先生、一回くらい紹介させてくださいな。そう心の中で念仏
あげながら書いた、わるものです。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年02月07日 01:19 | 固定ページリンク




鳥兜 | ですぺら店主様お誕生日おめでとうございます。

ですぺら店主様。お誕生日おめでとうございます。(もう、5日は過ぎましたので、お誕生日おめでとうございました。と申し上げるべきでしょうか。)
5日のお誕生会に出席させて頂いた者でございます。(一考様にミニブーケを差し上げた者・・・と言えばお分かりになりますでしょうか?)
5日は誕生会終盤に色々ありまして、お店にもご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。
私は一考様とお話が出来、大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。又、お店にお伺いする機会もあるかと思いますが、その時は、又、楽しいお話をお聞かせ下さいませ。立春過ぎたといえども、まだ寒さが続きます。くれぐれもお風邪など召しませんようにお気をつけ下さいませ。



投稿者: 鳥兜    日時: 2002年02月08日 01:56 | 固定ページリンク




Campgnolo | おくらばせながら

ワイン、気に入ってもらえたようで安心しました。なにしろアルコール類には、人一倍うるさい貴兄ですからね。81年のPouilly-Fuisseや79年Ch.Lyonnat 93年のCalon-segurなど一時間位迷いました。女の子じゃないしCalon-segurは、はずしましたけれど。ところで、めでたい折なので書きこみを遠慮していたのですが、神戸では去年の南天荘の閉店に続き、先日は一考氏ゆかりの、そして僕が一番お世話になったコーべブックスも、さんちか店メトロ店共に廃業しました。北風家の書店は全て消えてしまった訳です。偶然でしょうがそごうの南に紀伊国屋書店が来るそうです。この間から、アシヤ書房、文紀書房、書店Bの各ご主人が、亡くなられました。そのかわり若い人たちが新しい古書店を次々開いています。一考氏がいた頃のコーべブックスは出版もさることながら、新刊書に関しても貴兄の眼にかなったものだけをセレクトしていて、楽しみで毎日のように通っていた記憶があります。



投稿者: Campgnolo    日時: 2002年02月08日 20:57 | 固定ページリンク




如月 | 抑制された華やかさ

Campgnoloさん、こんにちは。 そのボルドー・ワイン私も試飲させていただきました。ボルドーといってもただ 重いだけじゃなくて抑制された華やかさがあり、とてもおいしかったです。   *   *   * さて、みなさまにいろいろご心配いただきましたが、昨晩、拙サイト復活いたし ました。カウンター等まだ不調ですがコンテンツも少し増やしましたので、どう ぞまた遊びにいらしてください。 (プロフィール内に須永さんの文章はめこんであります。)



投稿者: 如月    日時: 2002年02月09日 11:22 | 固定ページリンク




Campagnolo | 如月さま

そんなに、喜んで頂けると、送った甲斐があります。こちらこそ有り難うございました。60歳の誕生日用には一考さんの生年のCh.Haut Brionを準備しています。お楽しみに。但し、その時まで二人とも生きていたらの話ですが。そして、お店がそれまで続いていることを何よりも祈ります。もうちょっとだから、がんばってね。                                                                         一考さん 昨日、久しぶりにセンター街に行って見ると「イナハラ」まで閉店していました。星電社も倒産するし、「後藤書店」は瀕死状態でめちゃくちゃな値付けをして、しかも買値はただ同然、巷では「ゴートー書店」と陰口をたたかれています。コーべブックスはイヌキで、別の書店が営業していますが、当然似て異なるものです。黒木さんは娘さんの所で元気に暮らしていますよ。     



投稿者: Campagnolo    日時: 2002年02月13日 21:14 | 固定ページリンク




一考 | 純粋造本について

 石川さんへ
 種村さんの特集号も大詰めを迎えましたが、眞にご苦労様です。出鼻を挫かれたのが遠因で、私の動きが鈍いというよりは何も致して居りません。原稿依頼は確かに私の名でなされましたが、私ごときの名が通じる相手ではなく、貴方の個別打破と梅子さんの補助によってのみ、可能だったと痛み居る次第です。
 さて今般、装幀の件で三度貴方にご迷惑をお掛け致しました。深くお詫び致します。
 その理由は、絵描きさんの意見と私のそれとの間に余りにも大きな乖離があったことです。もともと、私は純粋造本を志としてきました。でも、純粋造本に於ける装幀の98パーセントは本文紙の選択と用いる活字、そして本文のレイアウトにあります。表紙や函、カバーのレイアウトなどは私に言わせれば、装幀のおまけみたいなもので、言ってしまえばどうでもいいことなのです。選ばれた和紙は1000年を軽く超える耐久力を持ちますが、皮革でそれに拮抗するものはパーチメントしか存在しないのです。従って、寿命の尽きた表紙は折々の所有者によって再度装幀されます。欧州におけるルリュールはそういう時に活用される技術なのです。
 装幀され直す書物は当然、糸縢りで巻き見返しでなければなりません。でも、それを現在の営利目的の出版社に求めるのは無駄であり、徒労です。私は常に趣味人でありたいと願っているので、かかる場で鬩ぎ合いとか歩み寄りとか妥協とかに応じる気は毛頭御座いません。また、装幀を方便に、生活の糧にしようなどという浅ましい考えを私は持ち合わせていません。
 自らの意志を通そうと思えば、自ら起業するしか方法はありません。だからこそ、当時の湯川さんや私は負け戦を覚悟で立ち上がりました。当時は元活と日活と岩田の活字しかなかったのです。平井功がかつて游牧記で用いた上海の宋朝体の活字に倣い、まず活字と母型を作るところから作業は始められました。数百、数千の母型を新たに作りました。湯水の如く貴重な資金が消えていきました。しかし、美しい書物をしつらえるために、ことほど左様に活版印刷にこだわったのです。
 このような話をいくら申し述べても詮無いことです。私が申し上げたいのは、活字で刷られていない本文の表紙に活字に似た文字、即ち似非活字を用いようという下司な装幀感覚が許せないという一点なのです。商業出版の装幀と純粋造本のそれとを同一視する、もしくは混同するような輩をどうして許せるのですか。
 芸術家としての自負や矜持を商業出版の世界に持ち込むなど以ての外。もしどうあっても、それを持ち込みたいのであれば、勝井さんのように身銭を切って出版をはじめるしか手立てはなく、それも、活字印刷と糸縢りは必須の条件となります。
 今回の装幀にしましても、裁ち落としぎりぎりの位置にある表罫がうまく収まるとは到底私には思われません。商業出版では容易に推察できる危険は事前に回避しなければなりません。況や、完成された書物一冊づつへの箔押しならいざ知らず、表紙に表罫を用いるような愚挙に対して、私には何等の意見の持ち合わせも御座いません。
 純粋造本の出版に携わり、道半ばにして病死した者、縊死した者、破産し餓死のやむなきに至った者、妻子に見捨てられ狂死した者等々、累々たる屍が目前に横たわっています。純粋造本に相応しい装いがあれば、商業出版には商業出版に相応しい装いがあります。そこには確たる一線を引くべきなのです。それこそが無惨な死を遂げた先達への唯一の供養ではありますまいか。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月13日 23:51 | 固定ページリンク




一考 | コーベブックスのことなど

 Campgnoloさんへ
 貴重な葡萄酒を有難う御座いました。高遠弘美さんがいたくご執心の様子にて、半分近くを飲まれたと思います。
 お手紙に著された神戸の惨状に衝撃を受けました。南天荘の閉店も知らず、北風家の書店が全て消えてしまうなど思いも掛けなかったのです。ご存じの通り、北風さんはご子息に経営のすべてを譲るとのことで、ほどなく村田さんは三宮ブックスを起こされました。紆余曲折はありましたが、90年代初頭には幹部社員のほぼ全員が解雇されました。店員は素人さんのみにて、人件費も掛かろう筈がなく、コーベブックスはともかくとして、南天荘が閉鎖されたとは驚きです。詳細は判じかねますが、バブル期に悪しからぬ投機に走ったのではないかと疑いたくなります。篠原本町だか北町だかの能舞台をしつらえた邸宅はどうなったのでしょう。いずれにせよ、ご子息には経営手腕がなかったということになりますね。

 板宿村の庄屋であり、神戸新聞の前身である波でしたっけ、を起こした村上家と共に神戸では古い家系と聞き及びますが、世の中分からんものです。神戸が出身地の某大型書店にしても、来年末から有利子負債の返還で大変なことになりそうです。現行の出版流通形態の崩壊が遅くとも2004年には始まりますので、書店そのものの屋台骨が大きく揺らぎます。新刊配本と委託配本が滞りなく続くと思っている版元が大方を占めるのですが、その脳天気さには呆れ返る次第です。言い方を変えれば、コーベブックスの閉鎖は潮時だったのかも知れません。
 ところで、書店Bのご主人とは何度か酒を酌み交わしました。気のいい人で、酒の嗜み方は黒木の息子さんとは正反対。元町から三宮に掛けての安居酒屋のアナザー軒が懐かしく思い出されます。新開地の愛愛、福原のよしのと新橋、元町の金杯と吾作、三宮の樽八と八島、新在家の大学等々。当時は「あまざけのくがだち酒のたぎちざけ」よろしく、友と呑む酒は熱燗と相場が決まっていました。ウィスキー浸りの日々だったのですが、さすがに六さんが逝ってからは日本酒が恋しくなりました。
 人は描かれては波に掻き消される暫定的な存在、すべては切なく哀しいものです。

 追伸。黒木の娘さんはコーベブックスを結婚により退社、北海道へ行った筈なのですが。今は神戸にお住まいなのですか。コーベブックス時代に私の専用電話を利用して、連日北海道へ長電話。会計を担当なすっていた木庭さんから、電話代がかさむとの叱責を受け、人の恋路の邪魔をするなと応えたことなどを思い出します。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月14日 03:04 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 浅学老酒生

Campagnoloさま
御礼を申し上げるのが遅くなりまして、たいへん失礼いたしました。
口の卑しきは育ちの貧しさ、一考さんと須永さんのお誕生会なのに、わたくしひとりで、ほとんど瓶の肩まで呑んでしまったやもしれず、いたく耻じております。
とともに心から感謝申し上げます。あのようにおいしいワインは滅多に口に入りません。素晴らしい香りと味でした。

一考さま
先日は失礼な問い合わせのメールを差し上げましたこと、お詫びいたします。最近呑むと(いいえ、呑まなくとも)ほんとうに物忘れがひどく、翌朝思い出そうとしてもそれがうつつのことなのかゆめのことなのかわからぬことしばしば。どうかご放念下さい。
近々またお伺いいたします。

追記
昨日Hisse! Eaux! a qui? 編集長にお会いしました。3月8日の須永さんのご出版お祝いの会のこと、伺いました。その前に恩師を偲ぶ会というのに出ますが、すこし遅れて参るつもりでおります。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年02月14日 12:23 | 固定ページリンク




松友 | 企画上映「誘惑のイタリア映画」、先刻御承知と存じますが御容赦を


勝手にお知らせさせて戴きます。
既に情報誌等で御存知とは思いますが、JR阿佐ヶ谷駅北口の「ラピュタ阿佐ヶ谷」で
「誘惑のイタリア映画」という企画上映が行われています。

期間は2002年2月10日(日)~3月9日(土)。
上映作品はヴィスコンティの「ベニスに死す」「イノセント」、フェリーニの「甘い生活」「魂のジュリエッタ」、
そして「ひまわり」、「鉄道員」、「ニューシネマパラダイス<完全版>」の7作品だそうです。
同館は席数50の劇場。同建物内のフレンチ・レストランとの割引セット券もあるようです。

ラピュタ阿佐ヶ谷HPアドレス
http://www.laputa-jp.com/
「誘惑のイタリア映画」頁アドレス
http://www.laputa-jp.com/laputa/itary.shtml

特撮好きとして2002年3月10日(日)~4月20日(土)に予定されている「円谷英二の技 第2期」も外せませんです、
おっと、はなぢ・・・(^-;^)タラッ。尚、拙メは同館のマワシモノではございません由。以上、勝手にお知らせでした。



投稿者: 松友    日時: 2002年02月14日 16:21 | 固定ページリンク




如月 | 芝居にテレビに・・・。

13日、ポツドールという劇団の公演「騎士クラブ」観てきました。 とにかく、まあ、凄かった。 拙掲示板に印象記アップしてありますので、ぜひお読みください。 また、2月16日(土)の深夜に「美と出会う――四谷シモン特集」が再放送されます(NHK教育テレビ)。 前回見逃された方、この機会にぜひご覧下さい。 放送時間は次のとおりです。 2月16日25:05~25:29(=日曜早朝)



投稿者: 如月    日時: 2002年02月15日 09:28 | 固定ページリンク




金光寛峯 | 天野可淡だムットーニだ人形づくしだ

酒には酔ってみろ。嘘には騙されてみろ。尻馬には乗ってみろ。
というわけで私も宣伝を。

人形愛好家の友人りきさんからのご教示。
上野の人形屋佐吉で天野可淡の人形が展示されているそうです。
実物を間近で見られる機会はめったにないらしく、是非行っておけと強く勧められました。
天野の人形はたしか「幻想文学」の人形特集で写真を見たかどうかで、予備知識ほぼ無し。
なおのこと楽しみです。案内は以下。
ところでりきさんご自身の感想は 9日付日記に書いてあります。

・人形屋佐吉コレクション展示会
 台東区元浅草1-8 銀線ビルB1F (地下駐車場スペース使い切り、湿気は大丈夫かね?)
 最寄りは新線上野御徒町駅 A-3出口より。看板等はないとのことで、迷ったら電話
 されるのがよいでしょう。
 TEL: 03-3499-1508
 時間: 13:00~21:00
 料金は…… ですぺらで一杯飲むくらいですか。

私はこの土曜にでもちょっくら拝んでこようと思っています。

   *

ついでに続いて。彼、りきさんが大好きな人形師がムットニーで、私も展覧会に誘われ
ました。渋谷パルコPart1、B1F「ロゴスギャラリー」にて開催中のもので、彼が購入し
た「アニバーサリー」という作品も展示されています。彼が気にいったのも納得で、と
ても良い作品でしたよ。
ムットーニ人形は、いってみれば "オルゴール" なんですね。それも音楽が流れるので
はなくて物語が展開するのですが、その物語を裏付けする人形からくりの精妙さがすば
らしかった。ある作品では、針金二本だけ動かして腕の動きを操作しているのですが、
この感情豊かなことといったら。この高度な技術があればこそ、物語が "絵空事" に堕
することがないのでしょうね。でたらめには何も期待できませんもの、"よく出来た嘘"
だからこそ観客は堪能できるというものではないでしょうか。強くお勧めします。

そうそう、作者ムットーニの語りと伴奏による展示で、語りも独特なのですが、終了後
お話しようと思って声をおかけしたら…… いやー、独特な間合いの方でしたねぇ。なん
といいますか、こちらを「死んだ鍋」のように呆然とさせる御方でした。

   *

りきさん、四谷シモン展は行ったのかな。今度また東京でやるのでしたっけ?
その時は私から誘って行くつもりでいます、私も前回の展示は見逃したので。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年02月15日 11:06 | 固定ページリンク




石神茉莉 | ありがとうございます。

こちらには初めて書込みをさせていただきます。

金光様
人形屋佐吉ゴシックコレクション「フランチェスカの斧」行って参りました。
会社帰りに寄ったので、ちょうど人出の少ないときでした。天野可淡の人形がいる空間を独り占めしました。
蝋燭の光の中、しばらく人形の傍らにしゃがんでおりました。本当に息がかかりそうな距離で。(本当は緊張のあまり、息は詰めていましたが/笑)
おかげさまで、とても贅沢な時間が過ごすことができました。
心より御礼申し上げます。

あ、ちなみに最寄り駅は大江戸線の「新御徒町」の方です。



投稿者: 石神茉莉    日時: 2002年02月15日 23:49 | 固定ページリンク




斉藤 | 矢川さんが

誌の朗読会に出ます。明日の武蔵大学で。詳しくは「poeca」を参照して下さい。



投稿者: 斉藤    日時: 2002年02月16日 10:29 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | フランチェスカの斧

金光さんと石神さんの書き込みを見て、私も今日<フランチェスカの斧>に行ってきました。
場所がわからないでうろうろしていたらゴスロリのお嬢さん二人組が歩いてきたので教えてもらいました。
御徒町にふさわしくない黒ずくめの人(ほとんどが女性)に道を聞くのが近道かと思います。
石神さんのおっしゃるとおり、座り込んで見てしまいますね。特に一番奥の小さい人形のところは天井がかなり低くなっていて、しゃがみこまないとそこまでいけない展示なのでした。

恋月姫の人形を過ぎて天野可淡の人形にたどり着くわけですが、それぞれの人形の雰囲気があんまり違うので驚きました。
恋月姫の人形は、存在感を放つというよりは、自らの中に存在を沈殿させていくように感じます。眼球をくりぬかれ血の涙を流していても、その状況を受容し、見る者を赦しています。
天野可淡の人形は異質さを発し見る者を圧倒するように思います。見る者はその中に受容されることはなく、せめて対峙するしかないのです。
(私が好きなのは後者なのですが。)
日記にも人形展のことを書きましたので興味のある方はご覧になってください。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年02月16日 21:12 | 固定ページリンク




りき | こんばんは。

金光さんの招待できました。りきと申します。<○>

PEGANA LOSTで、芥川とダンセイニの比較という
無茶な論考を書いた当人です。(^^;;

一応、芥川が専門の研究者ということになってます。(休日のみ)

さて、可淡ドール。はじめてみました。
眼に力があるのが印象的です。

ほぼ個人コレクションで収まっているので、なかなか
表にはでない人形です。いいものをみました。

毎日、微妙に展示内容を変えているらしいです。

さて、ムットーニ「ナイトビジター達の競演」。

僕は、作家武藤政彦さんと作品である「ムットーニ」そのものが、
好きですね。はい。
なつかしいなにかを考えさせる。

作品をとうとう買ってしまいました。

四谷シモンさんの回顧展は、2年くらい前に新宿でやりました。
いまは、地方の病院跡での展示(限定期間)をやってるのは
しってますが・・・・。

では。



投稿者: りき    日時: 2002年02月16日 23:40 | 固定ページリンク




金光寛峯 | フランチェスカの斧を見て

りきさんへ。
私にはあなたのことを人形愛好家と評するよりほかに言葉がなかった。
一度、あなたがお買いになったムットーニの値段を、あつかましくも尋
ねてみたことがありましたっけね。一年間節制して貯めたという額にお
どろいて、
 「ぼくだったら『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』の初版本買
  うなあ。やっぱり高いんだねえ」
とつぶやいた私に、いいやそれは違うぞ金光おまえは分かっていないね、
けっして高くなんかないんだと、それからはえんえんと、いかにムットー
ニさんがファン思いであるか・価格も手間暇にくらべてどれだけ安く抑え
ているか・できるだけ多くの愛好家に作品が行き渡るようにと考えていて
云々…… を夜中の電話でじゅんじゅんと説かれたあなたのことを、そう
してまた、天野可淡を見てきた興奮を熱っぽく語ってきかせてくれたあな
たのことを、ほかにどう呼んだらよかったのでしょう。
………これではなんだか弔辞ではないですか。止めよう!
それより<フランチェスカの斧>展について書いておかねばなりません。

人形屋佐吉ゴシックコレクション<フランチェスカの斧>聖バレンタイン
の天使と人形たち
2002.2.9~18まで、人形屋佐吉協催
台東区元浅草1-8 銀線ビル地下駐車場にて
1ドリンク千円

「《殉教》という、このうえなく荘厳で甘美な響きに彩られ、語られてきた
人、聖バレンタイン」, 「天草四郎・フランチェスカ(恋月姫作)を始めとし
て、天使が潜んでいるような人形たちとその殉教記念日にまつわるものたち」
をテーマに集めた (パンフより) 人形展。
まずいきなり目に入るのが中世風の装飾過多な服で着飾って身を横たえる女性、
ミロのヴィーナスは両手だけど、彼女は首を叩っ切られている。そのかたわら
にはべているのは、日本の童人形の首がいくつか、座布団の上に乗せられて甘
やかに微笑んでいるという構図。
刳り貫かれた眼窩から鮮血を流す、可愛らしい無惨の部屋の少女 (恋月姫作)。
ここにはおいしい残虐がある。
きらびやかな筆致でつづられた随筆集『鬼の言葉』は、江戸川乱歩著作のなか
でも屈指の一本でありますが、その中に収められた「残虐への郷愁」において、
残酷絵の大蘇芳年を "ほんとうの血の夢を知っている" と称賛します。

石子責め、鋸引き、車裂き、釜ゆで、火あぶり、皮剥ぎ、逆磔殺などの現実を享楽し得るものは、神か、無心の小児か、超人の王者かであって、現実の弱者である僕には、それほど深い健康がない。しかし、それらのものが、一たび夢の世界に投影せられたならば、たとえば、その実父を殺し、その実母と結婚しなければならなかったエディポス王の運命の残虐を歌った、あのギリシャ悲劇さえも、たとえ当時のギリシャ看客のような力に満ちたほがらかな現実感をもってではなくとも、又別の、もっと幻影な国的な恐ろしさで、享楽することができる。
(中略)
神は残虐である。人間の生存そのものが残虐である。そして又本来の人類が如何に残虐を愛したか。神や王侯の祝際には、いつも虐殺と犠牲とがつきものであった。社会生活の便宜主義が宗教の力添えによって、残虐への嫌悪と羞恥を生み出してから何千年、残虐はもうゆるぎのないタブーとなっているけれど、戦争と芸術だけが、それぞれ全く違ったやり方で、あからさまに残虐への郷愁を満たすのである。芸術は常にあらゆるタブーの水底をこそ航海する。そして、この世のものならぬまっ赤な巨大な花をひらく。
芳年の無惨絵も、また彼女たちも、 "幻影の花園の小さな可愛らしい一つの花"
にほかなりません。
芸術において <残虐美> はつねに主要なテーマのひとつでした。文学において
もいわゆる怪奇小説, 怪談として繰り返し語られてきました。なにゆえに、ひと
はこの主題に惹かれるのか。
何十年か前、「おフランス帰りのミーの思想に逆らう奴は死刑ざますーーっ!」と
ポル・ポトが叫んだとき、カンボジア人民数百万の運命はきまりました。この世に
悪魔なるものが実在して、二十世紀の ――そして現在進行中の―― 地獄を演出し
たのがかれらのしわざだったのならば、ある意味ひとは救われます。
ですが、人間を傷つけるものは人間自身にほかなりません。"人間の生存そのものが
残虐" であり、 "人類が如何に残虐を愛したか" をまざまざと思い出さずにはおられ
ません。残虐美を主要なモチーフとする怪奇小説も、 "恐れるということは護るとい
うことで、人間の弱小の本音みたいなものだ。けっきょく、妖怪趣味というものは、
人間の霊魂に対する潜在意識の郷愁みたいなものかもしれない" (平井呈一) と考える
ことができるのではありますまいか。人間の、霊性とでもいうべきものを、いかに美し
くまたリアルに描き出してみせるか、私の嗜好はそういうところにあります。

天野可淡についても触れておかねばならないでしょう。やはりまず眼に惹かれます。
石神さんもお書きになられていますが、ほんとうに息がかかるほどの間近で鑑賞する
ことができました。
「どうやって作ったらこんな眼ができるのだろう」と、じぃっと観察していました。
奥眼がちで、精妙な色彩を持っています。するうち、今度は少し引いて全体を眺めます。
どうでしょうか、この佇まいといったら。
正直言って展示の大半の人形は、フンフンほうほうとかいって軽く流した鈍い私も、
天野人形だけはしばしその場に止まらずにおられませんでした。力がある、という形容
はまさにこれを指していうのでしょう。
人形とはここまで出来るものなのだとは、今まで知りませんでした。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年02月23日 01:43 | 固定ページリンク




一考 | マッカランとじゃこ飯

 2月頭にマッカランからファースト・エディションが頒されました。10年もの、58度のカスク・ストレングスです。過去の100プルーフより、アルコール度数が高くなり、香味も深くなりました。しかも、初回は1リットルボトルによる頒布です。ボトルは大きければ大きいほど、香味はよりこなれたものになります。
 例によって、ヘレス地区のシェリー樽を熟成に用いていますが、今までのマッカランと比して赤みが鮮やかになりました。香りから推すに、オロロソのクリームかと思われます。通常、ダーク・シェリーの樽を熟成に用いると、ラスト・ノートに渋みが残ります。本品は10年もの故、そこのところが上手くクリアーされています。
 ですぺらのコレクションはボトラーが中心ですので、あまりオフィシャル・ボトルは褒めないのですが、本品は実に結構なエディションだと思います。売り出しの最初のボトルは特に美味なもの、どこかで見付けられた時は是非購入なされることをお薦め致します。

 ですぺらの開店当初、じゃこ飯を置いていました。飯を炊くのが面倒なのでやめたのですが、問い合わせが多く、じゃこの佃煮の造り方を一言。
 ちりめんは卸で2500円/?が適当です。まず、ちりめんを油で十分に炒めます。次いで、同量の水と酒を浸るまで加え、灰汁を取ります。そこへ同量の濃口醤油と砂糖を加えて煮詰めます。最後に有馬山椒を加えて出来上がり。
 ちりめんが高ければこうなごでも結構ですし、飯を主とするなら甘めに、酒を主とするなら砂糖を減らして醤油を増やし、やや辛目に仕上げるのがコツと申せましょうか。
 有馬山椒は東京ですと「なり駒」のものが美味です。デパートになければ、当店の一階の食料品店でも売っています。200グラムの瓶入りで1000円から1200円ですが、一回に作るちりめんが200グラムなら、4~5回分に相当します。その辺りのスーパーで200~300円で売っているしその実のたまり漬け等を加えると、更に有馬山椒の使用量を減らすことが可能です。
 冷蔵庫ですと半年は大丈夫なので、突然の客人に重宝致します。家で京都の割烹の味を愉しんで下さい。ちなみに、そこに大量の糸鰹を加えますと、ちりめんに限らず、如何様なる佃煮にも対応可能です、試して下さい。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月25日 21:31 | 固定ページリンク




一考 | ヴォーグのカメラマン

 須永朝彦さんの「美少年日本史」が国書刊行会から上梓されました。当店にも署名本を置きますので宜しく。
 如月さんのホームページでご存じの方もいらっしゃると思いますが、3月9日はですぺらの営業日ですので、常連さんは歓迎致します。お構いなくご来店下されば幸甚です。
 特に、当掲示板の高遠さんには写真家の横須賀さんを御紹介致したく、御両人のおっぱい談義に期するところ大であります。
 このところ、版画芸術にいらした佐藤さんと横須賀さんが当店に入り浸りです。横須賀さんはかつてヴォーグのカメラマンとして識られた方でイタリア在が長く、同様に30年をフランスで過ごす大月さんと意気投合していました。
 江戸っ子の編集長であった小倉さんのプロデュースにてキムタクの写真集も出されていて、男を撮った唯一の例外とか。
 スティルに動体を取り込もうという、甚だしくアクチュアルな作家で、土曜日もベンヤミンの写真論からドゥルーズ等について、朝まで語り明かしました。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月25日 21:35 | 固定ページリンク




一考 | 再会は掲示板

 書き込みはまだですが、佐藤さんも当掲示板を常に読まれているとのこと。従って、ここで書かせて頂きます。
 まず、15、6年ぶりの再会ですね。永瀬さんと一緒に飲み歩いた荻窪の街を思い出します。言われるまでもなく、当時は仕事に追われ、人とお会いするのも分単位でした。30分も酒を飲むとまた職場に戻り、頭から水を被っては仕事を続けるような有様でした。寸暇を惜しむハードな仕事の中で複数の連載を抱え、よく生き長らえたものと、不思議に思っています。また、貴方が版画芸術にいらっしゃらなければ、私の陶芸に関するエッセイはすべて無かったものと心得て居ります。ご迷惑の掛けっぱなしで、恐縮致しております。てなことを書くと永瀬さんからもっと恐縮しろとのきつーいメールがやってきそうです。
 貴方の現住所が分からず、高橋睦郎さんに訊ねようかと思っていました。四季社にいらした方が当掲示板を見付け、再会に至ったらしく、管理人の櫻井さんに感謝しなければなりません。お陰でこの数箇月は結構な御神酒を頂戴していますし、新たな企画も随分と進みましたね。
 先だっても、金曜日はシモンさんと土曜日は横須賀さんと共に愉しい晤語を送ることが出来ました、感謝致しております。

 さて、貴方から私への注文は二点ですね。ひとつはですぺら通信なるものを上梓なさりたいということ。今ひとつは現代美術に関するエッセイを自ら書きもし、また書かせようとの魂胆ですね。
 前者に関しては、今月中に貴方の歓迎会を催しますので、その日に石川さんと梅子さんの御両人と話し合って頂けないでしょうか。腹案はあるのですが、もしそれを始めると他の仕事が滞ることになります。かつて湯川書房の雑誌の編集をお手伝いしたので、この手の仕事の煩雑さはよく諒解しております。ことは慎重に進めましょう。
 後者に就いては貴方が望むなら、その雑誌様のものでも、当掲示板でもかまわないではないですか。ジョイントでなら私に異存はありません。何時の日か貴方と一緒に仕事がしたいと私は最初から申していた筈です。対象を決めて公開書簡というのも魅力を覚えますが、どうあっても活字というのであれば、より相応しい雑誌を友人が出版しています。前々から頼まれているのですが、きっかけがなく、そのままになっているのです。
 いずれにせよ、貴方の逸る気持ちは分かるのですが、現状では貴方の方が多忙過ぎます。少し時間を掛けてよりよい方策を編み出すことに致しましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年02月25日 21:41 | 固定ページリンク




梅子 | 失礼なお願い

いつもご迷惑をおかけしています。
常連様は避ける話題を、来られる度に繰り返される方がいらっしゃいます。
うちの爺とどに休肝日はなく、毎日飲んだくれているのですが、I田さんの話が出ますと爺とどは3~4日は怒り狂っています。
酒量が増え、私などは泥酔したとどに押し潰されるのではないかと、恐怖の日々を送っています。
申し訳ないのですが、なにとぞその話題を持ち出さないようにお願いしたいのです。
過去の交友関係や過去の出版の話をしますと、とどは不機嫌になります。
モルト・ウィスキーに限らず、お酒の話ですと、とどは喜ぶのです。
どうかよろしくお願いします。 



投稿者: 梅子    日時: 2002年02月25日 22:18 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | ……

梅子さん。

……大変ですね。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年02月25日 22:44 | 固定ページリンク




一考 | 茶利放談

 本日、種村季弘さんの特集号のゲラがすべて上がって来ました。4月1日の発売日を前に、漸っとそれらしい体裁になりました。川島さんに感謝しなければなりません。それにしても校正には自信がないのですよ、困ったものです。
 タイトルの「怪人タネラムネラ」は高橋睦郎さんの頌から掻っ払いました。高橋さんがわざわざご来店、事前に種村さんと私の茶利なる放談のゲラを読まれるとのこと。矢野目源一の訳詩の順序が間違っているとのありがたい御指摘を受けました。初稿とはいい条、私の記憶の出鱈目を早々に指摘され、恥じ入るばかりで御座いました。
 唯一ちゃらんぽらんが売りの私にとって、種村さんと対談する気など最初から毛頭御座いませんでした。相手の土俵に上がらずに約束を果たす。そのために私が講じた策は種村さんを酒席におびき寄せることでした。編輯の打ち合わせとの名目で酒を持参して押し掛ける、酔っ払わせての放談からなんとか稿をでっち上げる、それが私の最初からの思惑だったのです。
 正面切っての文学的対談なら青土社からもっか刊行中です。従って、種村さんのお気に召さないかもしれないが、読者にとってより楽しく読める内容、即ち素顔の種村さんが少しでも表出されているもの、肉声をうかがえるもの、と心掛けたのです。
 以上、サービス精神旺盛な元編集者の無責任な言い逃れです。

 絢爛豪華な目次すなわち執筆陣を視て思い遣るに、柿沼さんと言うよりは、本誌の責任編集者は種村季弘その人ではなかったかと。正確に申せば、仕置き人種村季弘、口入れ屋渡辺一考、その有様を丹念にフィルムに撮っていった監督が柿沼さん、されば梅子は照明か音入れ屋といったところ。主演者の仕置き人と監督との間のディスカッションにてすべての書割と舞台衣装はしつらえられ、例によって私めは徒に飲み惚けていただけ。とこんなことを申せば原稿用紙と格闘なすった諸先生方から叱られましょうか。
 種村さん主演の映画の撮影と別冊幻想文学の編輯とがですぺらにて同時進行、種村さんの名演技に小生の腹の皮はいまなお捩れたまま。その捩れがかかる後日談を著したくなった所為なのです。いずれにせよ、何の苦労もなく、かかる雑誌の編輯が終了するとは摩訶不思議。世に持つべきは友であり、朋ですなあ。
 



投稿者: 一考    日時: 2002年02月25日 23:54 | 固定ページリンク




高遠弘美 | たのしみにしております。


渡辺一考様
高遠弘美です。掲示板にお書き下さってありがとうございました。
三月九日、喜んで伺いますので、よろしくお願いいたします。

わたくし、ただいま花粉症にていささか苦しんでおります。
医者にゆき、薬をもらってきましたので、九日には治っていると思いますが。

不順な折からくれぐれもご自愛下さい。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年02月27日 12:28 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 悪口です

前項に続きますが、お許し下さい。

本日は悪口を申します。悪口のお嫌いな方はここでおやめ下さい。

次のいくつかの文をご覧下さい。

まず、数字の表記から。「二〇年前」「九二〇億ドル」「イスラエルの三四年にもわたる非合法な軍事占領」「八月二十七日」「一〇〇人」「二〇〇人」「五〇〇人」「三〇〇〇人」「七〇〇万」「一万九千人」「四九パーセント」「六、〇四五戸」「三二、七五〇戸」「二二〇ヵ所」「十九世紀」……。
いかがでしょう。私はこういう数字表記の不統一が人一倍気になるほうなのかもしれませんが、読んでいていささか引っかかりました(私なら「二十年前」「三十四年」「二百二十ヵ所」「六千四十五戸」のように書きますが、それはともかく、不統一が気になります)。
それからこんな一節。
「しかしながら、もっと気が滅入るのは、世界の中でのアメリカの役割を理解するために費やされた時間があまりに少ない」。
あるいはまた、
「(略)が、プロパガンダの目的である。また、イスラエルがいままでどおり弾圧を続けつつ、同時に犠牲者であるように見せかけることなのだ」。
また、
「前述のように、アメリカの政治的・文化的シーンに働きかけようとする計画と思考がまったく欠如していたことが(といってもそればかりでもないのだが)、一九四八年以来驚くべき規模に達するアラブ人の土地と生命が(アメリカの援助を受けた)イスラエルによって奪われたことについて大いに責められるべきなのである」。
あるいは、
「そして、こうしたキャンペーンをひじょうに効果的にしてきたものは、西欧がもっている自分たちの反ユダヤ主義に対する積年の罪悪感なのだ」。

みすず書房の新刊サイード著『戦争とプロパガンダ』からの引用です。
内容は素晴らしい。読まれて然るべき本だと思います。それなのに、この文章は何でしょうか。
こちらの理解力の乏しさのせいかもしれませんが、何を言っているのかよくわかりません。惜しい、残念、癪に障る、というのが率直な感想です。
ふだんこういう非難めいたことは書かない主義ですが、原著が素晴らしいだけに、大手がこういう翻訳を平然と出してしまうことに無性に腹が立ち、書きました。妄言多謝。

もうひとつつけ加えます。最後にサイードのインタビューが載っているのですが、そこでの「ぼく」「ぼくたち」はどうでしょうか。
「ぼくの知っているアラブ人やムスリムはみんな合衆国にものすごく興味をもっています」。
。一九三五年生まれ。六十六歳。私生活ならともかく、公のインタビューでこんな言い方をするでしょうか。

洋書屋はこの本の原本を早急にそろえた方がいいのでは。翻訳を買ったひとの大半が途中で匙を投げるから。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月01日 01:23 | 固定ページリンク




暫定管理人 | 新入荷のウィスキー


先週、ですぺらにお邪魔して新入荷のマッカランとカリラをいただきました。
結構なお味でございました。

ところで、掲示板だけよんでですぺらに行かないのは勿体ないですよ。
みなさん、ですぺらでうまい酒をいただきましょう。
そうしないと、店がなくなってしまいますぞ。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月04日 00:45 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 大半の同感、若干の疑義

高遠先生のおっしゃられることは、おそらく正しいのだと思います。
(実物を読んでいないので、全面的に肯定するのはフェアでないですね)しかし、ここに、若干の揚げ足取りめいた疑問を表明したいのは、はたして、みすずは「大手出版社なのか」ということです。
2001年版出版年鑑によると、資本金1000万、従業員22名。(むろん、これは編集だけでなく、営業も総務・経理も含めてですね)
講談社の3億、新潮社の1億5千万にくらべると、零細とは言えないまでも、やはり「中小」の部類でしょう。社員の給料は……こういう詮索は慎みましょう。
おそらく、あれは広報誌「みすず」に昨秋あたりに載せたものを、そのまま単行本にしたものだと思います。雑誌掲載記事のデータをダウンロードすれば、組版関係はほとんど費用がかからない。それで、出版を急いで、つい仕上げの統一を怠ったというのが実情でしょう。
みすずの本の誤植の多さは、かつての北一輝著作集から定評のあるところで、さいきん気になったのは、吉田加南子さんのエッセイ集の中のプルーストを論じた数頁の文章の中のすべてが「ブルースト」になったいたことや、新進気鋭の学者が書いたクナッパーツブッシュ論のなかで、「弱冠」とすべき部分がことごとく「若干」となっていたことなど、御愛嬌で済ませられることかもしれませんが、たしかに、あんまり手放しでいてもどうかと思います。
(もっとも、ロラン・バルトの邦訳が三宅徳嘉氏の目を通していないものがほとんど役に立たないといったことの方が、大きな問題かもしれません)
まずは、とりあえずの、若干の疑義の表明まで
(誰だい、かえってとどめ刺してるじゃないの、って言ってるのは?)



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月04日 13:50 | 固定ページリンク




暫定管理人 | 三月危機


人身売買業というのは言い過ぎかもしれませんが、現代版口入屋へいった帰りに、
やるせなさを肩にしょって、またまたですぺらへ寄ってしまいました。
(しかし我が身を商品として投げ出して査定されるのはつらいことでありますなあ。
情けないったらありゃしない。)

世間ではゼネコンがつぶれたり、潰れかけた銀行が合併して国に延命させてもらったりしながら
3月危機とか申しておりますが、ですぺらにも3月危機が訪れているようです。
どうせなら国ごと壊れちまえと思う今日この頃であります←やけくそ。はっは。

危機があちこちを襲っている状況ですが、売り物と化した我が身はモルトウィスキーで
体の浄化を行ったのでした。
ちなみに今日はカリラばっかり3杯。wild horseな酒です。あばれる。あばれる。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月05日 01:14 | 固定ページリンク




一考 | 限られた金数

 りきさんへ
 芥川龍之介「芋粥」論を著された方ですね。今後ともよろしくお願いします。
 中間にアナトール・フランスを挟めば、芥川とダンセイニの比較にさしたる無理はないと思います。「新思潮」の同人に久米正雄や菊池寛が居ますし、松村みね子と芥川と堀口大学は恋の鞘当てを演じた仲ではないですか。「無茶な論考」どころか、頗る至当な根拠のある論攷と思います。貴方のこれからの活躍に期待します、頑張って下さい。
 カミユとダンセイニの比較の方はのっけから滅茶苦茶なデペイズマンコ?だと思います。一方は情念とのクリンチが売りの作家で、一方は乾いた観念派、何処に接点を求めるのか、金光さんのお手並み拝見ですね。
 金光さんは先日、宇野邦一さんからいささか突っ込まれていたようですが、あれは彼のユニークな励まし方です。自らの意見を簡略かつ直裁に述べる癖を日頃から付けておいた方がよいとの、彼一流の優しさなのです。私なら金光さんの意見を聞き流してお仕舞いなのですが、啓蒙家としての宇野さんの意外な面に気付かせられました。
 いずれにせよ、宇野邦一さんは現在のフランス文学者の中で、もっともアクチュアルにしてラジカルな思索者です。一筋縄ですむ相手ではなく、こわい人ですよ。

 りきさんは高価な人形を買われたそうですね。私は書物にしても5000円を超えるものは購入致しません。泉鏡花や木下杢太郎、日夏耿之介等を蒐めたのも、当時は顧みる人もなく安かったからであって、人口に膾炙し値の上がったものには些かの興味も持たないのです。忘れられたまったく無名の作家を発掘するのが読書の醍醐味でして、「ドグラ・マグラ」や「黒死館殺人事件」の初版は値が上がった時に叩き売って文庫を買い求めました。文庫本で読めるような作家は文庫で十分ではないでしょうか。限られたお鳥目なれば有効に遣いましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 11:57 | 固定ページリンク




一考 | ざる校正

 高遠さんへ
 かつて親友が編集した足穂の選集は誤植のないページを探し出すのが一苦労とのシロモノでしたし、これまた私の親友が出版した野溝七生子さんの著書も正誤表は60箇所を超えました。また、辞書の語釈を方便としていた研文社時代に使っていた広辞苑第三版の誤植箇所は軽く100を超えました。その半数は国家大観をはじめとする原典からの引用ミスでした。
 かく申す私も、かつては笊校で名を馳せた迷編輯者。諸般の事情を問わず、名を偸めば「迷」が「名」に出世して行くのもご愛敬。編輯も愛嬌商売の一であったかと思われる次第。

 種村さんが何度かクライストのペンテジレーアのことを書かれていますが、曰く・・・「約束」の再帰動詞 sich versprechen には「約束する」と同時に「言い間違える」の意味がある・・・。
 結婚を「約束した」の意と「言い間違えた」との意が寸分の狂いなく一語の中で重なり合うとするならば、歪みやねじれ、言語と人の生き方との乖離といった問題を一足跳びに乗り越えて、これはもう文学的結婚とでも称する他なく、言語それ自体が人間の実存とすり替わってくるような恐怖を覚えます。
 言語遊戯の場で多用されるアナロジーは泰西語には付き物で、フランス語からドイツ語、イタリア語からフランス語への翻訳なら何とか処理可能ですが、表象文字である日本語で多面的かつ重層する意味を示唆するのはおよそ不可能事です。従って、マラルメ、ジャリ、ヴィアン、ブルトン、バタイユ、マンディアルグ、ジュネ、ベケット等々の翻訳は、元来翻訳者個人の勝手な咀嚼すなわち数多ある解釈のうちの一として供されるべきなのであって、日本語に置き換える時には試訳こそが相応しく、翻訳との言葉を用いること自体に無理があるように思われます。
 と思い巡らせば、高邁かつ流麗な訳文と稚拙かつ低劣な訳文との間にさしたる差異はないのではないかと思われてくるから不思議です。
 もっとも、小説であれ、短詩形であれ、エッセイであれ、翻訳であれ、推敲がなされていない文章にお鳥目を支払うつもりは毛頭御座いません。貴方のロミにせよ、宇野さんのベケットにせよ、白鳥さんのロリナにせよ、お鳥目が支払われる先は訳者の心意気にあり。心意気とは思い入れ、文学から藝を除けばおそらく何も残りますまい。妄言多謝。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 11:58 | 固定ページリンク




一考 | 

 高遠さんへ
 文学のちから、文学のいのちに就いて著された高遠さんのエッセイは「みだりに行分あやしく、論理の精彩を欠き、リズムの乱れた散文など読むに値しない。達意はもとより散文のいのちである」との文章から書き起こされています。プリズムに乱反射した輝きがやがて一点に消え入るように収斂されてゆく、30枚の彩なす種村論の校正刷りに改めて酔わせて頂きました。編輯者冥利に尽きるとはかかる酔いへの逢著を指します。どうも有難うございました。
 エッセイにとって最も大事なことは、何を対象にしたかではなく、いかに捉えいかに料理したかという点だと思います。自らの意図を行き届かせるのが調理であり、割烹であり、作法でなければ何なのでしょうか。
 もちろん、対象への好悪すなわち選択もひとつの立場の闡明にはなります。しかし、それをもって佳とするならば、書物は目次のみにて結構ということになりかねません。オマージュをのみ著すのであればともかく、悪口や罵詈雑言が内包するエネルギーにも私がごとき俗物は惹かれのです。例えば荷風が逝った時の足穂の文章など、思わず快哉を叫びたくなるような逸文もあるではないですか。おそらく、オマージュの香辛料としてもっとも有効なのは悪口ではなかろうかと、貴方の達意の文章を読ませて頂いての感慨でございます。

 私は鏡花が好きで「鏡花論集成」のような書物を編んだこともあるのですが、同書の編輯に関して今では異なる意見を持っています。あの書物の中身を編んだのは私が二十歳の時です。若い頃は雑読期ですから、あのような書物の編輯も可能だったのですが、今なら時間が勿体ないのです。
 ぎりぎり自分が述べたいこと、即ち料理法、思想、歴史観を著すのに時間は費やされて然るべきではないかと思うようになったのです。また、その料理法や思想や歴史観等を包括する弁証法が文学というふうに解釈致しております。
 エッセイとは自らの立脚点を詳らかにするために書き始められるのかもしれませんが、結果は必ずしも思う方向に向かうとは限りません。重箱の隅をつつく種類の書誌学は論外として、対象と斬り結ぶとは自らの存在が「消え入る」ような虚しい行為ではなかろうかと、昨今の私は思っています。そもそも、立脚点や立ち位置なるものほど訝しく如何わしいものはないのではないかと。
 「立場の闡明」と前記しましたが、この「闡明」との言葉には「立場」との枕詞が常に取り憑いているように思われます。消息を鮮明にすればするほど、繰り返されるのは至らなさであり、自己の解体なのではないでしょうか。
 季節はとどめなく流れ、固着し定着するかりそめの場すら持ち合わせず、為す術もなく徒に拡散してゆく自分を眺めやるのみ。宇野さんの影響もありましょうが、ドゥルーズに読み浸るようになったのも、そのような理由からなのかもしれません。
 贅を刮げ、衒いをなくし、含羞を湛えた透き通るような弧絶感の中に死んで行った多くの先達を私たちは識っています。自らの思想と自らの生き方とが交錯し、照応し合うような季節がいつの日かたとえ一瞬でもよろしいから立ち顕われないかと、これは私のささやかな夢なのです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 13:38 | 固定ページリンク




Siesta | 昨晩は。

昨晩は「ですぺら」の旨い酒と一考さんの痛快な話に酔いつつ、楽しい宵を過ごせました。
壁に掛けられた3枚の写真、「ですぺら」の石材の内装と照明の色温度にとけ込んでいてカッコよかった。
ところで、赤坂で写真といえば、東京写真文化館をご存知でしょうか。
場所は、赤坂見附駅をコージーコーナー側から出て左に少し歩いたところにある紀陽ビルの4階です。
今度、4月の初頭から「アンセル・アダムス生誕100年記念写真展」が催されるそうです。
これまでも、ブレッソン、カニングハム、ジャンルー・シーフなどの一見の価値ある写真展をやっていました。「ですぺら」に行く前に少し足を運んでみてはいかがでしょうか。

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投稿者: Siesta    日時: 2002年03月06日 14:53 | 固定ページリンク




Siesta | 訂正。

東京写真文化館の場所の説明が間違っていました。正しくは

赤坂見附駅をコージーコーナー側から出て「右」に少し歩いたところにある紀陽ビルの4階です。

「右」「左」を間違えるとは情けない。ちなみに、水曜日は優待日で入場料が安くなることを付け加えておきます。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月06日 15:19 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 拝読しました

一考さま

長文のメール、ありがたく拝読しました。仰言ること、わかるような気がいたします。オマージュにはある部分、対象そのものにではなくても、部分冠詞附きの悪口が必要であり、そこに生まれる緊張感がなければ、ただ弛緩した代物になってしまうのですね。むろん、悪口の度合いが濃い、と言いますか、タメにする悪口というのはオマージュに限らず、文章を損ねます。むつかしいのはそのあたりの匙加減、というより、「対象と切り結」ぼうとするなかで、その加減は自ずと定まってくるのですけれど、しかしなおかつ厄介なのは、これも仰せのごとく、「消息を鮮明にすればするほど、繰り返される至らなさと自己の解体」の問題が影のように筆の先から指や手を伝ってこの身のうちに入り込むことではないでしょうか。何かを書く、何かについて書く。それが自らの生と交錯し、重なり合い、照応し合う時の訪れをわたくしも待ち望んでおりますが、いま、具体的に駄文を書くときに感じる抵抗感、あるいは抑圧は、一度前にお話ししたことのある若い頃の吃音の苦い記憶と結びついているような気がしてなりません。太平楽で脳天気なわたくしがいまなお時に魘されるのは吃音の夢です。いや、夢ではないこともあり、春休みや夏休みのあとに最初に教室に入ってゆくときは、いまだに吃って言うべきことも言えぬまま立ちつくす幻影に悩まされます。だからどうしたと言われれば、ただそれだけのことですと申すほかありませんが、しゃべるのではなく書いているのに、たどたどしく、意味不明で、あるリズムを感じることのできないものに対する侮蔑と嫌悪、これは大袈裟ではなく子供の頃からありました。三つ子の魂百まで。馬齢を重ねるばかりで、内実はまったく進歩なく、あいも変わらぬ小者としては、いまだに小説であれ、エッセイであれ、翻訳であれ、そんな文章は最後までつき合うことなく「裏の川に投げ捨てたい」と思います。先日のサイードは一考さんの仰言る「稚拙かつ低劣な訳文」どころではなく、最後につけ加えていらっしゃる「推敲がなされていない文章」でした。「大手」かどうかという点については伊藤さんの警抜なご指摘がありましたが、わたくしが問題にしたのは、数字の不統一ということと、文章が「推敲されていない」ということです。この点は伊藤さんが書いていらしたみすずの本の誤植の多さということでは必ずしもなく(わたくしの本も誤植は決して尠くありません。人後に落ちずと言うと変ですけれど)、意味の通らない日本語をそのまま本にするのは、ムネオ風に言えば「いかがなものか」と思ったのがああいうことを書きつけた理由ですが、それは「藝」以前、「勝手な咀嚼すなわち数多ある解釈」以前の問題でした。わたくしは翻訳は音楽で言う演奏に近いと思っています。好きなればこそ弾く。弾くからにはおのれの解釈をとことん追求したものを聴かせたい。宇野さんや白鳥さんもそう考えていらっしゃるのではないでしょうか。プルースト(ブルーストではなく)の『失われた時を求めて』のなかに、話者の恋人が下手ながらピアノを弾く場面があり、それについて話者はたとえ下手な演奏でも、作曲家の本質は伝わるものだと書いていますが、その意味で言うなら、稚拙な翻訳であろうと流麗な翻訳であろうと、伝わるものは伝わるでしょう。しかしだからといって、話者は恋人にサロンで演奏させようとか採譜しようとか言っているのではありません。やはり進んで「お鳥目」を投げたい、これぞという演奏家はいるのであり、それはまさに一考さんの仰言る「藝」であって、それと、たとえどんなに愛しくとも恋人が二人だけの時に弾いた下手なピアノを同列に並べてはいけないだろうと思います。おっと、軽く御礼のご挨拶のつもりで書き始めたのが、いつのまにか一考さんの術中にはまって長々とまたまた駄文を連ねてしまいました。こちらこそ妄言多謝と繰り返して、本日はここにて打ち止めといたします。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月06日 19:01 | 固定ページリンク




暫定管理人 | こっちでもマック話


Old PCI MacにOS X をインストールする方法は
http://fujisawa.org/mac/RyanRempel/OldWorld/Instructions.html
に記述されています。
ただ危険を伴うので、ハードディスクのパーティションに充分気をつけて作業するべきです。
下手するとハードディスクが論理的に壊れます(フォーマットすればなおるという意味)。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月07日 01:47 | 固定ページリンク




りき | こんばんは。

一考さま

ありがとうございます。精進していきたいと思います。
ダンセイニと芥川の比較論、もし、ご感想などいただける
と幸いです。



投稿者: りき    日時: 2002年03月07日 23:09 | 固定ページリンク




松友のお願い | 二回目は御容赦戴けますと

管理人様よりの二度の三月危機についての御言葉は曇天の霹靂と申し上げましょうか。
失礼ながら過去ログ落ちする前にしばしカキコさせてください。
~危機は杞憂のうちに過ぎ去って戴きたく存じます~

数年前、東京から数百キロ程西で、似たようなお言葉を伺ったような気がします。続いてのお話は「北への旅立ちが始まる」。往時の目標地点は北海道。北海道はライダー天国ですから、やはり夏はツーリングの合い間の開店でしょうか。でも札幌は遠いですね、関東からですと。しかもカシオペアは言うに及ばず飛行機も北斗星も高価です。

西での移転準備直前の営業日は喧騒が渦巻いていたと記憶しています。その日まではいつものように淡々と過ぎてゆきましたのに。時折、”東京だったらこういう事は起きないのだろうな”などと感慨に耽っていました。夜になっても暗いままの入り口の前では色々思い出しました。素晴らしい先輩方の末席にお邪魔できて、多くのことを教えて戴きました、と。

さて、昨日頂戴しましたマッカランのファースト・エディション、十年もの、五十八度のカスク・ストレングス。通常のオフィシャルと比べて、大胆に突き抜けた特徴と申しましょうか、個性がはっきりしていて興味深く戴きました。またそのうち、シェリー樽仕上げのモルトなど御相伴に上がりたく。
ですが、お邪魔しようとしても満席で入れない方が幸せかも(^_^)



投稿者: 松友のお願い    日時: 2002年03月08日 13:26 | 固定ページリンク




一考 | 三月危機の店主

 櫻井さんへ
 ご心配をお掛けして申し訳ない。去年は三度店を畳んで北上しようかとおもったのですが、某編集者と某出版社と某広告屋さんのご厚意により、なんとか家賃と維持費は払えました。そのお世話になった方々も当掲示板を読まれています。お名前を掲げてお礼を申し上げたいのですが、どうあっても匿名を望まれるとのこと、どうかよろしくお願い致します。
 本年はまず二月が危機でして、生活の予備費と車のバッテリー代等を借用、なんとか乗り切りました。バッテリーはバイク用を連結して使用、オートマ車のため何時エンジンが止まるかという綱渡りの毎日です。日々、充電を繰り返していますので、既にバイクには使用不可。新品が購入出来るまでバイクは動かず、またキャブ使用のバイクなれば、次回動かす時には修理が必要です。従って、手放そうかと思案中。
 もっとも、この程度の貧乏は慣れっこにして困窮に非ず。慌てず、騒がず、狼狽えず、パルナシアンの不感無覚の境地に御座います。ですぺらにしましても、とどのつまりは閉店、早いか遅いかの違いのみ。今あるところの境遇を快楽しておれば、やがてはよもつくにから怖いお迎えが参りましょう。与太を飛ばし、シモネタで死神を煙に巻くのを手ぐすね引いて待っているのです。

 御指摘のソフトはすべて落としました。OS Xのインストールはパーティーションを切らず、余っているハード・ディスクで試します。どうも有難う御座いました。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月08日 16:10 | 固定ページリンク




一考 | 一考好み

 Siestaさんへ
 わざわざ有難う御座います。東京写真文化館とやら、早速行ってみます。写真はずぶの素人なので、これから横須賀さんに手ほどきして頂こうかと思っております。いずれにしましても、彼の節操のなさには呆れるやら惹かれるやら。私は昔から「芸術家」が大の嫌いで、横須賀さんや佐藤さんのように「芸術家」に対して罵詈雑言を吐く種類の芸術家が好みなのです。入れるかどうかは心許ないのですが、土曜日にはぜひご来店下さい。ちょいとした美人を呼んでおきましたので、乞うご期待。

 佐藤さんへ
 ちょいと時間が取れましたので、お気に入りのダン・イーディアンのカリラ、東京中の在庫を掻き集めました。とは申せ、その数僅かに10本。取り敢えず、二箇月は大丈夫でしょう。それにしても、貴方のガハハの飲み方は迫力がありますね。荻窪ではよく呑みましたが、国立時代の飲み方を私は知りません。山口正介さん、宇佐美さん、木村さんから噂話はよく聴くのですが、かなり荒っぽかったそうですね。一度、国立のOB会でも催しますか。宇佐美さんは私が編んだツール・ド・フランスの写真集のコピーを書いて下さった方で、博報堂時代からの付き合いです。それにしても、あの二階の喧嘩は頂けませんよ。ですぺらにて美術論を闘わせましょう。

 増田さんへ
 一昨日偶然、横須賀さん、白鳥さん、高遠さんと役者の揃い踏み、深酒もやむを得なかったのですが、あれから仕事になりましたでしょうか。いささか心配致しております。
 あれもこれもは叶わず、屡々優先順位が入れ替わるのが人生です。今般、その優先順位に若干の移動があり、些か自由時間が取れるようになりました。
 昨日もキャピトル東急にて友人が催すパーティに初参加、いろいろと教わるところ大でした。複数の友人が頻繁に催すテイスティングの会、モルト・ウィスキー愛好家の会、バーテンダーの会、モルト・ウィスキーを扱う業務店の親睦会、輸入商社が催す研究会、赤坂のオーナー会等々、土日に集中するので断り続けて来たのですが、これからは全面的に参加することに致しました。今月も31日以外の土日はすべて詰まりました。
 ネット上でモルト・ウィスキーの情報を得ることはほとんど不可能だったのですが、これからはウィスキーに関する情報の質と量が大きく変化します。迷惑をお掛けしている原稿も進陟するかと思います。半年ほど情報蒐集に専念すれば大丈夫、御期待に応えますだ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月08日 19:09 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 「円谷英二の技」

ですぺらに集う怪獣者のみなさんへ
大変です。こんな素敵な上映が一月あまりラピュタ阿佐ヶ谷にて行われます。
私はもう毎回でも行くつもりです。

「円谷英二の技」第二期 -日本映画の技術水準の象徴
3月10日(日)~4月20日(土)
三本立てが週代わりです。
放映作品は『ゴジラ』、『ゴジラの逆襲』、『電送人間』、『獣人雪男』、『透明人間』、『モスラ』、『キングコング対ゴジラ』、『怪獣総進撃』、『キングコング対ゴジラ』、『モスラ対ゴジラ』、『怪獣大戦争』、『三大怪獣地球最大の決戦』、『フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン』、『サンダ対ガイラ』、『キングコングの逆襲』、『緯度0大作戦』、『ゲンと不動明王』、『大怪獣バラン』、『日本誕生』、『海底軍艦』、『極楽島物語』、『クレージーの怪盗ジバコ』、『大坂城物語』、『孫悟空』、『地球防衛軍』、『空の大怪獣ラドン』。
詳しくは
http://www.laputa-jp.com/laputa/tsuburaya/index.shtml



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年03月08日 21:01 | 固定ページリンク




Siesta | (無題)

一考さんへ

直々のお誘いありがとうございます。しかし、本当に僕などが伺ってもよいのでしょうか。
「入れるかどうかは心許ない」というのはちょっと心配ですが、ここはひとつ一考さんに騙されたと思って伺ってみましょうか。
でも一考さん、伺った際にはちゃんとかまってやってくださいね。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月09日 03:26 | 固定ページリンク




steward | Half Human


「獣人雪男」は以前大井武蔵野館で一度観ただけですので、観にいきたいと
思います。根岸明美がよかったです。なんでヴィデオソフトが未だに出ない
のでしょうか。



投稿者: steward    日時: 2002年03月09日 03:28 | 固定ページリンク




一考 | 北帰行

 松友さんへ
 確かに、東京から数百キロ程西での閉店前の1箇月はいそがしかったですね。日を追って客が押し掛け、最後の一週間は客を追い返す有様でした。でも千秋楽で私が怒っていたのもご存じでしょう。理由は言うまでもないと思います。あの日はお客を限定し、無料で朝まで飲み明かすつもりにしていました。その旨を明記もしていました。而るに・・・・・悲しい思いをさせられました。まあ、過ぎ去ったことはどうでもよろしい。
 秘めた事情が御座いまして、赤坂の店は何千万円維持費が掛かっても、そう簡単に閉鎖するわけには行かないのです。でも「北への旅立ち」を始めてしまったのも事実です。何年後になるかは分かりませんが、ライダー・ハウスは出版同様、撤回出来ない私の意志なのです。私にとって一番大事なのは勃起行ならぬ北帰行ですからね。梅子さんは反対していますので、その時が来れば彼女はきっと屋久島へ旅立つでしょう。
 先だっての書き込みでバイクを売ろうかと書きましたが、けしからん話ですね。東京へ来てから四輪などという下らない乗り物に深入りしたようです。自転車であれ、単車であれ、二輪車に惹かれて北海道詣でを繰り返す、根っからのライダーだった筈なのですが。
 いつぞや、西明石で走り屋仲間に頼まれて正月に店を開けました。私がバイクなら、お客も皆バイク。ハーレーにBMW、ドカにW1&W2がずらりと並びましたっけ。貴方のKAZE号もね。例のハーレーのレーサー・レプリカはなんて言いましたっけ。CXLRでしたっけ、迫力有りましたねえ。ハーレーのウイリーなんぞ初めて目にしました。当時はへべれけでバイクを転がしていました。兼武と暴走族を蹴散らしたこともありました。兼武さんもうさぎさんも、近頃は空手の県大会に出場していません。仕事に追われているんですかねえ。
 暫し他のことにかまけておりましたが、今年からはケンタウロスに復帰の予定、近く走り出しますぞ。奥多摩を爆走するBMWをご覧あれ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月10日 13:50 | 固定ページリンク




松友 | 暖房術

一考様
力強い御言葉、と申し上げて宜しいでしょうか、ありがたく拝聴いたしました。
北のライダーハウスは梅子様はお見えにならないのですか~?とても悲しぅございます(;_;)/~~~ 寒い環境は御麗人方には厳しいですものね。いや、爆音は嫌いっっ、の意ならば、モー省。しませんと。屋久島は鹿児島県は種子島の西隣、暖かそうです。土地の焼酎「太古屋久の島」もあるのですね。

ここ数日暖かい日が続きますが、今年は暖冬傾向なのでしょうか。数年来、冬は空調は使わず、よって暖房器具は持っておりません。お湯を飲んで寒さを凌いでいますが、ある程度の寒さですと緊張のせいか眠りが浅くなります。このあたりを耐えしのぐ術など、お伺いした折に御教授戴ければ幸いです。では。



投稿者: 松友    日時: 2002年03月13日 07:10 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 今度のラピュタ阿佐ヶ谷の円谷英二特集について

かつて「大井武蔵野館評論家」と異名を取った御邪魔ビンラディンの主観に基づいて、今度のラピュタ阿佐ヶ谷の円谷英二特集について、簡単なコメントを加えましょう。これは、わざわざつまらない作品を見るために阿佐ヶ谷くんだりまで出かけて、帰りはヤケ酒を飲んで「アサガヤリ」なんてならないようにという御節介から来るものであります。
まず、15日からの「電送人間」「獣人雪男」「透明人間」は、それぞれに見ごたえがありますが、作品自体の面白さでは「獣人雪男」がやや劣っている模様です。「獣人雪男」や石井輝男の「恐怖奇形人間」がヴィデオ化されないのは、おそらく(売行見込<トラブル処理経費見込)という不等式によるものですが、それならなぜ、曲谷守平の究極のゲテモノ映画「九十九本目の生娘」(新東宝1959)がヴィデオ化できたのだろうか、と不思議に思わない人は少なくないでしょう。(いまは廃盤)……と、25作品全部に対してこんな具合にやっていると、こっちはともかく、読む方が疲れてしまうから、お勧め作とそうでないものとを挙げるにとどめましょう。
まず、特撮を期待して行くと損するのは、意外や稲垣浩監督の三本。「ゲンと不動明王」は、今の目で見ると、三船敏郎が不動明王の格好をしてラスト近くで踊るのだけが見ものというトンデモ映画ですし、「日本誕生」も「大坂城物語」も、ウェルメイドな「娯楽大作」ながら、いまひとつの面白みに欠けている。戦前の巨匠稲垣浩がこの程度であるからして、当時の黒澤明が、同時代的に見ていかに抜きん出た監督だったかというのが、逆説的に納得できますね。
今回の特集の作品としてのベスト5は「ゴジラ」、「空の大怪獣ラドン」、「地球防衛軍」、「モスラ」、「海底軍艦」。それにキングコングもの2作とフランケンシュタインもの2作がつづくといったところでしょうか。
意外な隠し玉が佐伯幸三監督の「極楽島物語」で、川島雄三の「グラマ島の誘惑」と似た雰囲気だなと思ったら、撮影が岡崎宏三で、脚本が長瀬喜伴ではないか! プリントの状態がよければ、最後の噴火シーンだけでも、もう一度見てみたい。
それはそれとして、ラピュタ阿佐ヶ谷の今回の特集チラシで困るのは、「孫悟空」が戦前のエノケン版か、戦後に同じ山本嘉次郎がリメイクしたのり平版かがまったく分からないことです。製作年が「1959(S15)」とあって、キャスト、スタッフ等が全部リメイク版の陣容なのですね。こいつは、「あーのネ、オッサン、わしゃかなわんヨー」だ。
昨年、「小林信彦が選ぶ100本の日本映画」というのをここで特集したときの中川信夫監督「エノケンの頑張り戦術」のプリントは、はたして「防弾チョッキの人体実験」のギャグが入った完全版だったのかどうか(昔見た完全版を再見しようと思って、ニュープリントと称するやつを見に行って、まったく別の映画館でこのギャグのカットされた短縮版を2回見た!)、どうも細かいところばかりが気になる御邪魔ビンラディンなので、あった。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月13日 08:58 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | あえて「みすず書房の弁護」を試みる

先日の高遠弘美先生の書き込みで、みすず書房の新刊、サイードの「戦争とプロパガンダ」の数字表記の不統一と訳文を批判された文章に、一応は賛成の意を表しましたが、ようやく該当の本を入手するに及び、あれは必要以上に厳しい批判ではないかと思うに至りました。
小生の「幻想文学」誌上における書評ぶり(さいきん、原書との照合をしている間にいつのまにか締め切りを過ぎてしまうというのが何度か続いて、ちょっとサボりがちですが)を御存知の方からは、あるいは意外の感をもたれるかもしれませんが、省みて他を言うの批判は甘んじて受けることとして、ここにその理由を述べてみようと思います。
まずは、数字の表記。たしかに、あれは読みにくい。しかし、あの読みにくい表記の中にも、一応の統一性は存在しています。日本エディタースクールの『校正読本』の中に、数字表記にいくつかの方法が存在することが示されていて、その中のひとつに当てはまるようになっているので、困ったちゃんなのです。「数字は原則としてそのまま漢数字に置き換えるが、月日や概数を示す場合には例外を認める」といったやつですね。「わざわざ読みにくく書くな、バカヤロウ!」と常識と文章上の美意識をもって批判することは可能ですが、「統一性がない」という批判は、的が外れているように思います。
次に訳文に対する「推敲不足」という批判は、原文を見ずしても、まさしくそのとおりだと言えます。この点については、異論の余地はありません。(なお、このサイードの「原本」は、まだ海外では上梓されていません。向こうの雑誌に発表された文章を集めて翻訳・編集したもので、かつてのカミュ=サルトル論争を佐藤朔さんが編集・翻訳した『革命と反抗』のような構成だと考えていただければよろしい。)達意の翻訳のために心血を注ぐ高遠先生のような方から見ると、たしかにアラが目立つのは仕方がない。しかし、法政大学出版局から出る翻訳の大部分に比べると、これでも何割方かは分かりやすいのではないですか。また、先日御指摘のあった部分なども、前後関係からの類推を行えば、ピンぼけながらも、ある程度の意味(らしきもの)を察することは可能です。しかも、日本の社会科学書や人文科学書の翻訳の過半は、この訳文と同程度のレヴェルにすら達していないといういまひとつの事実が見落とされてはいないでしょうか。 あるデータや考え方をいちはやく日本の読者に示すジャーナリスティックな性質を求められる本の翻訳と、文芸書のように味読すべき日本語による訳文が要求されるものの翻訳に、同じ仕上がりの質が求められるべきであるかというと、わたしはいささか懐疑的です。 それから、インタヴューの一人称代名詞が「ぼく」だというのも、小林信彦さんや故植草甚一さんなどの「語り」を連想すれば、さほど不自然ではないでしょう。
高遠先生のような優れた翻訳の実践者が、これが自分のレヴェルにはるかに及ばない翻訳であると指摘することによって、いままさに読まれるべき、鬼畜米英(同時多発テロへの報復戦争で、何倍もの犠牲者を出すことを正当化した時点から、わたしは古式ゆかしい「鬼畜米英」なる言葉を愛用することにしています)とシオニストの悪辣非道ぶりを世に示す好著が読者を失うことの方をわたしは危惧します。 
あえて「みすず書房の弁護」を試みるゆえんです。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月13日 19:18 | 固定ページリンク




如月 | エコール・ド・シモン人形展

本日(14日)~19日(火)まで、新宿・紀伊国屋書店4階の紀伊国屋画廊 (TEL=03-3354-7401)で、「第21回エコール・ド・シモン人 形展」開催です。 エコール・ド・シモンで四谷シモンに学ぶ人たちの作品が中心の展覧会ですが、 四谷シモンの新作「PORTRAIT DE PETITE FILLE 2002」も展示されておりま すので、新宿にお出かけのさいは、ぜひお立ち寄りください。 夕方は、四谷シモン本人や私も会場に詰めていると思います。 (開場10:00~18:30。ただし最終日は18:00まで) ちなみに、「PORTRAIT DE PETITE FILLE 2002」は、案内状の写真より別嬪 に仕上がっていると思います♪



投稿者: 如月    日時: 2002年03月14日 15:28 | 固定ページリンク




一考 | 駆逐エディタースクール

 御邪魔ビンラディン伊藤さんへ
 伊藤さんへの反論として、高遠さんが公明新聞に著された「誤った言語表現」は有効ではないかと思います。スイスの仏語紙「ル・タン」社で、記者の誤字脱字や文章のミスなどに罰金を科すことになったとの紹介からはじまり、読者や視聴者の言語生活に大きな影響を与えるであろうテレビや新聞の公器としての自覚のなさを指摘、ら抜き表現や「全力を投球」と言った、いわゆる「日本語の乱れ」に警鐘を鳴らす。次いで、「言語は変化する」「民衆が言語を決める」式の訳知り顔を糾弾し、哲学も歴史も政治も教育もすべては言葉が基本であると結論付けています。
 伊藤さん御指摘の日本エディタースクールの「校正読本」の規則に叶っているからと言って、それが「統一性」と取られては困ります。私自身、同スクール出身の編集者とはトラブル続きです。漢字におけるヒラクとトジルの不統一、送り仮名の不統一、不変化語尾の不統一、さらに差別用語等々、私に言わせれば「勝手にしやがれ」で御座います。二言目には統一、統一と宣い、文章上の美意識等どこ吹く風、「なら、てめえが書けよ」と開き直りたくなります。女人からのお咎めとしての「小さな親切大きなお世話」ならよろしいのですが、相手が編集者では興醒めです。岩波の外校の資格ならいざ知らず、そもそも編集者になるに際しエディタースクールへ通うという余人の無自覚さと無責任さが苛立たしく思われます。「鬼畜米英」と共に「駆逐エディタースクール」もわが標語の一なのです。
 「日本の社会科学書や人文科学書の翻訳の過半は、この訳文と同程度のレヴェルにすら達していないといういまひとつの事実が見落とされてはいないでしょうか」と御座います。レヴェルに達しようが達しまいが、それが事実であろうがなかろうが、駄目なものは駄目ですよ。かかる論法を用いれば、アメリカよりはイスラエル、イスラエルよりはイギリス、イギリスよりは日本の方がまだましだから許そうかと言うことになりかねません。
 「ジャーナリスティックな性質を求められる本の翻訳と、文芸書のように味読すべき日本語による訳文が要求されるものの翻訳に、同じ仕上がりの質が求められるべきであるかというと、わたしはいささか懐疑的です」結句は伊藤さんらしからぬ文言かと思います。誤った言語表現が紙面の質の低下に繋がるは必定。タレントだから、別嬪だから、学生だから、もしくはワイドショーだから、娯楽番組だから、週刊誌だから、新聞だからと言って追求の手を弛めると、勝手に「言語は変化」して行きます。活字は同時通訳とは異なるのです。高遠さんの言う「哲学も歴史も政治も教育もすべては言葉が基本」その根柢を蔑ろにして、どこに文化が、文明が存立するのでしょうか。
 文中に示唆された懐疑の向かう方向性に些かの危惧を覚えます。人の思惟すなわち懐疑の原点とも称すべき言葉の問題には優先権が与えられて然るべきかと思います。例え、それが理由で鬼畜米英とシオニストの悪辣非道ぶりを世に示す好機が喪われたとしても。
 なぜなら、確たる言語文化すなわち懐疑精神を持たないが故に、アメリカのような史上最悪のテロリズム国家を信じ、パレスチナの人々の涙に気付かないのです。なすべき啓蒙は未だ端緒にも至らず、状況は悪化の一歩です。人類の明日に期するものは何もあらず、しかし何か致さねば。 



投稿者: 一考    日時: 2002年03月14日 20:16 | 固定ページリンク




松友の闖入 | タイミングが悪かったかしらん?? モルト三昧

先回カキコ予告の通り、久方ぶりにdesperaさんにてとても美味しいお酒を頂戴しました。
一杯めは、クール・ダウンにシャンパーニュのランソン・ブラックラベル・ブリュット、ミニ・ボトル。生き返ります。暖かめのこの頃では、贅沢なリフレッシュです。そして本題。
モルト一杯め。シェリー仕上げ好きとしては外せない一本。
スプリングバンクのシグナトリー、ファット・ボトル。敢えて年数を記すのは躊躇します。かつて西の地で僅かな残りを顰蹙を買いながらもあまりの美味さに飲み尽くしてしまいました(本当)。勿論、いくら寝惚けた鼻と舌でもウエスト・ハイランドが美味しいとは存じます。ローカル・バレーも同様に。ですが、両方ともとても高価でそうそう飲めませんですよ。翻ってこちら。この香り・味にして、この価格、悦楽。たまりませんです。
モルト二杯目。お鼻と口が気分爽快のこちらはオーク樽。
スプリングバンク、シグナトリーのノン・チル・フィルタードの11年もの。若い色してます。シェリー樽と違ってやはり色の出方が薄いのでしょうか。これがまた面白い味で嬉しいです。スプリングバンクは往年の(細長首の)17年ウェッジウッド・デキャンター(黒ラベル)のように、辛くて険しい風味が楽しみとも思っていました。オークの美点でしょうか、こういった荒々しいとも取れる鋭さが残っているように感じました。いや、これもシグナトリーへの偏愛のせいかしら?
モルト三杯目。気持イイですけど、もはや電車が危ないです。
アードベック1975年、ミルロイのシェリー、25年、カスク。一考さんに秘密のボトルを教えていただいて、頂戴しました。ミルロイの記念ものとかは外れが少なく、高水準と思っておりました故、期待大です。初めて戴きましたが、今日の一番といえるモルトです。シェリー仕上げのまろやかさを保ちつつ、アードベックの遠慮会釈の無い香と味が青年の主張宜しく若々しくもたげてきます、驚きです。
今一度、是非一杯目に頂戴したいです。
あ、終電が。今宵はここまでで。では失礼します。m(_ _)m



投稿者: 松友の闖入    日時: 2002年03月15日 03:50 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 本音とタテマエ

手厳しい御指摘ありがとうございます。
じつは、昨日、精神分析学者と一緒にラカンを読む会などというのに顔を出したところ、「今日はあの書き込みの文章を話題としよう」ということになりまして、出席者一同から、「あの文章では、実は高遠弘美先生の意見がいかに正しいかを逆説的に言っているだけで、ちっとも『みすず書房の弁護』にはなっていないね。」、「結局、全体は前振りで、一番言いたいのは『鬼畜米英とシオニストの悪辣非道ぶり』という言葉なんじゃないですか。おれはビンラディンだぞと主張するために……」と、こちらの本音をすっかり見抜かれていました。
たしかに高遠弘美先生に対する実質的な異議申し立ては、「一人称代名詞は『ぼく』でもおかしくないぞ」ということと、「原書が出ていないのに最後のキメ台詞はないだろう」という2点のみに限られています。(あの書き方が高遠先生への皮肉やアテツケと取られるようであったら、小生の文章力不足ゆえの無礼というやつであります。非礼の段は御海容を乞う次第です。)
日本エディタースクールの『校正読本』の中に示されている数字表記の統一性などよりも、読者の「わざわざ読みにくく書くな、バカヤロウ!」という文章上の美意識による批判の方が正当な根拠となるのは自明の理ですが、「統一がないのが気になる」という言い方では、この自明の理が前面に出てこないではないですか!(ここでボオドレエルの「鏡」という散文詩の最後の一文を思い出してください。)
それから、あの本の訳文の「推敲不足」は、思うに商品としての価値の有無という点で、ボーダーライン上にある性質のものですが、そうなると、御邪魔ビンラディンとしては、「この種の本は、箸にも棒にもかからないほどのホンヤクでなければ、ぜひとも多くの読者に読まれるべきだ」というタテマエ論の方が前面に出てきて、点数が甘くならないわけには行きません。しかし、かかる「政治的配慮」に足をすくわれて、あたら多くの才能が失われていったことも事実で、小生がそうなりつつあるのではないかという御心配には、感謝の意を表しなければならないと考え、あえて蛇足めいた一文を投稿する次第です。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月15日 18:41 | 固定ページリンク




一考 | ヘレスの味わい

 松友さんへ
 一杯目ののランソンは間違いなく、同じクラスならドン・ペリより旨いシャンパンです。私はランソンがサントリーの扱いであるとの理由だけで、サントリーを高く評価しています。
 スプリングバンクのシェリー・カスクは12年と21年のみ、それ以上の熟成年数を持つバンクは原則としてアメリカン・オークです。ちなみに、シグナトリー社のファット・ボトルのアードベッグはオロロソ・カスクの30年ものですが、珈琲のような色と渋味を有しています。
 シェリー樽での長期熟成にはちょいと無理が生じるようです。従ってシェリー・カスクと言っても、タリスカーの21年ものカスク・ストレングスや貴方が飲まれたミルロイ社のアードベッグはフィノ・シェリーの樽を用いています。
 ニュー・ブルイックラディの長期熟成品はさまざまな樽で熟成されたモルトを混ぜ合わせたものですし、マッカランのオフィシャルの30年~50年ものはリフィール・シェリーをはじめ、やはり同じ蒸留所の各種モルトをヴァッティングしたものです。ボトラーのボトルと異なり、オフィシャル・ボトルはすべてがヴァッティングのため、かかる操作が可能になります。ダーク・シェリーの樽のみで30~50年と寝かせますと、上記アードベッグのような結果となってしまうのです。今回のマッカランのニュー・カスク・ストレングスにしましても、10年だから美味なのであって、あと2年寝かせれば渋味が勝って飲めなくなります。

 話序でに、オーナーが代わったブルイックラディ蒸留所について一言。
 旧オーナーのインヴァー・ゴードン社は在庫をドル・シャン・アイラの名でボトリング。2002年初頭、40度の10年ものが頒されました。香味は旧ボトルと同一です。
 新オーナーのマーレイ・マクデヴィッド社はボウモアのジム・マクイーワン氏をトレード。2001年5月21日に操業を再開した蒸留所は2002年3月に新しいオフィシャル・ボトルを頒布しました。アイラ・モルトとしては初めてアイラ島の水を仕込用水に用い、アルコール度数は46度、カラメルを一切用いないナチュラル・カラーが謳い文句です。
 ニュー・ブルイックラディの10年ものは60%がリフィール・シェリー、40%がアメリカン・オーク。15年ものは85%がアメリカン・オーク、15%がオロロソ・シェリー。20年ものは100%がアメリカン・オークです。
 ペーパー・フィルターのみでチル・フィルターを施さないことによって、油分がウィスキーに残ります。特にアメリカン・オーク由来のバニラ香とシェリー樽由来のフルーツ香とのベスト・マッチングの15年ものはジムさん(愉しいアルチュー患者)の面目躍如と言ったところ。理由があって、ですぺらには当座は置きませんので、他店でお飲み下さい。
 それ意外にも何種類かのカスク・ストレングスがボトリングされました。そちらはすべてアメリカン・オーク。フレッシュ・バーボン・カスクのボトルは気に入りましたので、ですぺらに置きます。

 西の地の時代にはシグナトリー社が素敵なボトルを陸続と売り出していました。現在ではダグラス・マクギボン社とダグラス・レイン社が華を競っています。とは言っても兄弟会社。レイン社が50度のプリファード・ストレングスを、マクギボン社が43度に加水したアイテムとカスク・ストレングスを頒しています。そこへもっか殴り込みをかけているのがイアン・マクロード社と言うことになりましょうか。いずれにせよ、オフィシャル・ボトルより安価で、より旨いモルト・ウィスキーが飲めるのですから笑いが止まりません。

 ところで、私は14日は閉店後、六本木にて編輯の仕事。貴方は終電に間に合ったのですか。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月15日 21:00 | 固定ページリンク




松友 | チーフテンズ、イアン・マクロード社

一考様
14日は駅までとんでいったことが功を奏し、幸いにも終電に間に合いました。御心配をお掛け致しました。

頂戴しましたお酒についての詳細御教授ありがとうございます。
スプリング・バンクの長期熟成は原則としてアメリカン・オークなのですか~。はたと思い、昔剥したケイデンヘッドの恐らくはオーセンティック・コレクションの1本、1965年、31年もの1996年10月瓶詰め50.5%もののラベルを確認。"Matured in an Oak Cask"と"SHERRYWOOD MATURED"の両方の表記がありました。
イアン・マクロード社、チーフテンズ・チョイスはラベルの柄が派手目ですが、お店で紹介してくださったボトルは皆美味しく頂戴しました。これからどのような樽が頒布されるのか、とても楽しみにしております。
近々、お教えいただきましたニュー・ブルイックラディのバーボン樽ものをお店に頂戴に上がります。
では。

付記:今日16日、早くも東京で桜の開花宣言、満開は約1週間後だそうです。ですが寒さがぶり返さないとイイです。(-_-;



投稿者: 松友    日時: 2002年03月16日 19:01 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 一言のみ

掲示板に書くことはないと思いつつも一言だけ書きます。
インターネット上でのやりとりというのはあまり好きではありません。文章にこだわらずに書くからです。一考さんがお書きになる掲示板はよく吟味されていますが、ほかの方々がいつもそうとは限りません(わたくしが見る掲示板はですぺらのものだけです。日常インターネットのご厄介になるほどわたくしは暇ではありません)。わたくしもそう。決して「推敲」して書いているわけではありません。推敲されていない掲示板の文章について揚げ足取りのような批判は向いていないのです。わたくしがサイードの翻訳に文句を言ったのは、それがまさに「読まれるべき」本だと考えたからです。読まずに捨てておくべき本に何の贅言が必要でしょうか。数字表記の不統一、六十歳を過ぎたサイードに「ぼく」が不適当との意見を撤回するつもりは毛頭ありません。もしそういうわたくしの考えに賛成できぬならわたくしのするわずかな仕事など読まれることはない。捨てておかれよと申し上げます。伊藤さんがサイードの翻訳のひどさについて書いたわたくしの駄文に何を感じ、何を書こうとご勝手ですが、わたくしの真意を取り違えるかのごとき姿勢にはわたくしは違和感を覚えます。ただ、いまはもうあの本にまつわるすべてがいぶせきわざくれです。「ぼく」を厭うわたくしの考えはユリイカの鏡花論冒頭で書きました。賛成なされずとも結構。わたくしはわたくしの道をたどたどしくも歩むしかありません。その同道に伊藤さんやサイードのあの翻訳をよしとする方々がいなくとも構わない。喧嘩を売るわけではありませんが、あえてそう申し上げておきます。言葉はわたくしには伊藤さんがわたくしについてお考えになる以上に大切なものです。今日は妄言多謝とも申し上げますまい。さようなら。
追記。掲示板に本名を使うのがわたくしの流儀です。それもおそらくはご理解いただけないでしょうね。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月16日 23:54 | 固定ページリンク




柊 弘夢 | ぼくみたいな子供がカキコしていいのか、わからないけど・・

(*?◎?)ノ 初めまして。 或る知り合いのHPで、掲載されていたので、興味感じて来てみました。 ぼくは、まだ16歳になったばかりの、子供だけど、コンテンツ色々覗いて、いいなあ・・って思って、んで感想?みたいなことカキコです。 色んな知識を自分に入れられることは、ぼくには最大の喜びです。 ちょこちょこ来てみたいと思います。 ごめんね、ただそれだけ。。 大人の社交場に、顔出すなんて、生意気かもしれないけど、許してくださいね。 (*~◎~)ノまたね~♪



投稿者: 柊 弘夢    日時: 2002年03月17日 08:58 | 固定ページリンク




一考 | 薬物中毒患者

 柊 弘夢さんへ
 取り敢えずいらっしゃいませ。
 十六歳のとき、私は既に仕事を持ち、結婚すなわち女性と同棲していました。また、年長者に傲慢にも文学論をぶっていたように記憶します。
 いろんな十六歳があるわけで、それはそれで結構なのですが、十六歳を子供というのはちょっと私には理解しにくいですね。
 印刷用語で文字・数字以外の各種記号活字を約物(やくもの、またはやくぶつと言う人もいます)と総称します。日本語にはもともと句読点や括弧はなかったものですから、どうも約物には抵抗があります。例えば単行本には『』、作品名には「」等々、誰が定めたのか存じ上げませんが、私が文章を著す時は「」以外は極力用いないようにしています。句読点はともかく、その他の約物には文章の流れを留めるという弊害を助長させる働きしかないからです。
 当掲示板では松友さんも屡々遣うのですが、(*?◎?)ノや (*~◎~)ノの意味が私のようなロートルにはまったくチンプンカンプンなのです。「カキコ」に代表される2ちゃんねる的語法もまた、理解できません。一種の薬物(約物)中毒患者と咀嚼すればよろしいのでしょうか。
 昔ヒロポン、今(^_^)(^_^)なんちゃって。またね~♪



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 03:14 | 固定ページリンク




一考 | 薬中は私のこと

 柊 弘夢さんへ
 失礼を致しました。
 「或る知り合いのHP」ではなく、如月さんちからとでもお書き頂ければよろしかったのに。私は生来の軽薄派でして、如月さんからこっぴどく叱られました。申し訳御座いません。
 当掲示板初の論争(実はそれを待っていたのですが)の真っ只中だったものですから、本当に御免なさい。
 それにしましても、薬物と約物とを引っ掛けた上で「昔ヒロポン、今(^_^)(^_^)なんちゃって」ってかなり出来の良い駄洒落だと思ったのですがねえ。笑って頂けると思い込んでいたのですが。
 私は十代の頃、ヒロポンを止めるために、睡眠薬を大量に摂取していました。ハイミナールの致死量は確か8錠だったと記憶しますが、それを毎日2~30錠は飲んでいました。薬中だった自分の過去を揶揄する、不器用な私が生き延びるにはそんな生き方しかないのです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 16:44 | 固定ページリンク




一考 | いぶせき存在

 柊さんへの返事にて「当掲示板初の論争の真っ只中だったものですから」と書いてしまいましたが、論争などとあらぬことを口走りますと高遠さんに怒られます。あれはみすず書房に託けて著された高遠さんの言葉に対する信仰告白みたいなものでして、伊藤さんがみすず書房にこだわったところに掛け違いの端緒が生じました。
 高遠さんに限らず、物書きとお付き合いするには、全著訳書を通読し、生涯を賭して書き手が何を欲し何を訴えようとしているのかを了解致さねばなりません。謂わば空間的な場で相手の思惟するところを捉えないとならないのです。そして、書き手の好悪すなわち思想を共有できるか否かにすべてが掛かっているのです。その辺りの消息を了解しないで迂闊にものを申せば、拒否反応を喰らうだけです。
 一方、伊藤さんは手練れの書評家です。書評は難しい所作です、と言いますのは、対象たる書冊の存在をないがしろにして書評は存立しません。でも、書評の本懐は対象たる書冊の存在を突き破ったところにあります。理解して頂きたいので繰り返します。対象たる書冊の存在を通り越して読者を異なる領域へと誘うところに書評の醍醐味があるのです。
 しかるに、今回の伊藤さんの論旨は当初よりポリティカルな方向に振られていました。高遠さんのような文学馬鹿(最大の尊敬の念を込めて)にそれは通じません。ポリティカルならポリティカルで結構なのです。晩年のジャン・ジュネが仮説としての人生の設計図を拒否し、生きて行く課程で先天的な概念と後天的な概念が絡み合って新たな概念構成がなされて行くとのラジカルな弁証法をパレスチナの地で証明しようと試みたように、であれば。
 伊藤さんの踏み込みがもう少し深く、存在の悲しみに肉薄するような相貌を帯びていれば対話が成り立ったのかも知れません。書評を多く著されて来た伊藤さんであればこそ、書物の呪縛から逃れ得なかったと申せば言い過ぎになりましょうか。
 助け船を出したつもりだったのですが、返答のタイトルが「本音とタテマエ」では、火に油じゃないですか。ボオドレエルの「鏡」のことだけを書けばよろしかったのに。

 高遠さんに一言。貴方が仰るように、私もインターネット上でのやりとりはあまり好きではありません。確かに、文章にこだわらずに書かれているからです。でも、世の中には書物を繙くことすらかなわず、ネットだけが世界への唯一の窓口という方もいらっしゃいます。その理由にはたって触れません。私はそういう方のためにこそ、ネット上の南柯書局を起こしたいと願っております。
 貴方も私も本音だけで生きようと極力勉めています。立前を拒否し、本音のみを己が趣旨とするならば、著すところのものすべてが鬱悒きわざくれではありますまいか。さらに申せば、貴方や私のような存在それ自体がいぶせき存在なのではないでしょうか。
 掲示板はお薦めできません。貴方を当掲示板に引きずり込んだことが悔やまれます。相済まぬことを致しました。しかし、貴方が著される言葉への信仰告白をいまもっとも必要としているのはインターネットなのです。かつてのテレヴィジョン同様、生まれたばかりのよちよち歩きのインターネットが表現としてのメディアに脱皮できるかどうか、これから正念場が始まります。オンライン・ゲームやチャットを愉しむような下司な輩に興味はありません。しかし、「ぼく」を厭う読者は少数ですが常にいます。そういう人達はこれから表現力を持たねばならないのです。例え半歩でも、より呪われたメディアに近づけんがため、これに懲りずに一方通行での発言をお願い出来ますまいか。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 18:49 | 固定ページリンク




一考 | ボルボ

 友人宅から23年前のボルボが美しい状態にて拙宅の庭に迷い込んで来ました。ツードアで、ハードトップの外部とシートは黒の革で覆われています。型式はE-26B27。全長490、全幅171、高さ138、乾燥重量1380?、総重量1655?。機械式インジェクション、2660?のV型六気筒エンジンを積載。現状では最高速度140?、燃費はリッターあたり2?、信号で止まる度にエンジンストップに見舞われます。
 六気筒のうち一気筒は動作していませんが、バルブ並びにバルブガイドには損傷なく、プラグとプラグコードを取り替えれば作動すると思われます。エンジンルームにラジエーターのクーラントが飛び散った痕跡あり、エンジンそのものの異常な音量と振動から推し量るに、ガスケットが抜けているようです。恐らく、ラジエーターの液が飛散した後、少しく距離を走行したものと思われます。
 欠損部品はホイール・カヴァーがひとつと、左側の室内灯のプラスチック・カヴァーの二点のみ。左の前照灯の下部よりエンジン上部へ走る吸気用の筒に破れがありますが、これは走行には何等支障無し。
 ガスケットの取り替えは当然として、点火系と六気筒の同調によって最高速度180?、リッターあたり5?の燃費は可能と思われます。走行距離が13万?を超えていますが、ラジエーター・ホース以外、部品交換の痕跡なく、80Aのバッテリーと履いているブリジストンのGグリッドは新品。スターターモーターの磁石の接点とオルタネーターのダイオードに支障あり、簡単な修理で生き返るように思われます。最悪のケースを想定しても以上にラジエーターそのものと燃料ポンプの交換を加えれば万全でしょう。ただし、古い車ですので吸排気は触れず、ラジエーターも入手不可能でしょう。ちょいと問題が残ります。
 贅沢ですが、サスペンションとショック・アブソーバを汎用品に取り替え、車高を3~5?ほど落としてやればスポーツカーらしくなり、路面への食い付きもよくなります。
 はてさて、急ぐ必要も理由もありません。今乗っているチェイサーの走行距離が16.2万?、あと4万?を走りきるまでに序々に修理して行けば丁度具合良いのになあと思っています。
 さて、松友さん、E-26B27についてどのような情報でも結構です。何かあれば御教示下さいな。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 18:59 | 固定ページリンク




一考 | どぶ入荷

 この度、柏書房の芳賀啓さんが福島県双葉郡川内村に別宅を設けられました。草野心平村として識られた村です。その村の和尚さんの手造りになるどぶろくが当店に到着致しました。管理人さんをはじめ、御用とお急ぎでない方はぜひいらして下さい。一本限りですし、芳賀さんが既に飲み始めています。お早くどうぞ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 19:20 | 固定ページリンク




Siesta | 洋書店Shelf

二階堂奥歯さんへ

先日、「Shelfが無くなって、服屋さんになってた。」と仰っていましたが、Shelfはまだ営業していましたよ。何かの勘違いではないでしょうか。ワタリウム美術館を出て左手に10mほど歩けば、''Shelf''と書かれた小さな青い看板を発見出来るはずです。二回目のバックミンスター・フラー展の後に是非足を運んでみて下さい。
奥歯さんの仰るように、あの店は尖っています。そしてなによりも私は、あの店の特価本コーナーでいつもいい買い物(散財?)をしてきたので、服屋さんなどになってしまっては困るのです。

ですぺらにお越しの皆様
http://www.dab.hi-ho.ne.jp/shelf/
をご参照下さい。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月20日 02:00 | 固定ページリンク




如月 | 恋・順番


一考さん、柊さん、「こっぴどくしかる」だなんてとんでもない。あたしゃ、そ
んなこと誰にもしてませんよ♪(←一考流にいうと、この記号も薬物かしらん?)
さて、一考さんと、柊さん(HN=なまこちゃん)の接点というのは、考えるだ
けで不思議だけど、せっかく拙サイトのリンク集でならべて貼ってありますので
(あれは濃い順番という噂も・・・。=デリダ流には恋・順番か!?)、これを
気に友達の輪に入れてあげてくださいな。
なまこちゃんのサイト「コタツネコ」にアクセスしたことのない方は、彼の足跡
をたどって一度訪問してあげてください。
ヨロシク。



投稿者: 如月    日時: 2002年03月20日 09:03 | 固定ページリンク




一考 | 絵葉書の店

 Siestaさんへ
 Shelfというのは、ひょっとしてギャルリー・ワタリの娘さんのお店ですか。30年ほど昔の話になりますが、上京の折、ギャルリー・ワタリではよく泊めて頂いたのですよ。寺山修司の写真展が最初に催されたのが同画廊で、寺山さんと語り合ったのを思い出します。随分経ってから娘さんが絵葉書専門の店を開き、繁盛していると人づてに聞きました。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月20日 10:37 | 固定ページリンク




一考 | 緊迫感

 如月さんへ
 どうでもよいことなのですが、私は人を非難し、論難し、拒否し、否定し、忌み嫌うことはありますが、揶揄したことは一度もないつもりなのですがねえ。自らへの揶揄は生き延びるための便法として屡々用いますが。
 それにしましても、高遠さんの「一言のみ」のすぐ後によく書き込みをなさいました。驚いております。すべての物事にはそれなりの流れがあり、到底私には出来ない芸当です。当事者の伊藤さんですら、ですぺらで返答をすべきか否か思い悩んでいらしたのに。もっとも、そちらは差し控えるように具申致しましたが。
 高遠さんも伊藤さんも私にとっては文学の話が出来る数尠ない友人ですので、久しぶりに緊張しました。でも、いいですねえ。このような緊迫感が常に底流になければ、掲示板なんてなんの意味もないですから。何を「カキコ」しても総攻撃を受けるような、緊迫が緊縛になるような「板」を目指したいものです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月20日 11:12 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | Shelf

Siestaさんへ
ああよかった。Shelfありましたか。
私は消えてしまったデルタミラージュを求めて一時間さまよい、「そうだあんなに素敵な画廊が存在していたはずがない。きっと私の妄想だったんだ」と結論したことがあります。
(それは間違いです。勿論実在していました。渋谷の美蕾樹は今もあるのは皆様ご存じの通りです)。
Shelfもあんなお店が存在し続けないということはなんら不思議ではないと思って一人で了解していました。
でも勘違いでよかった。
ところでバックミンスター・フラー展今度行ったら三回目です……。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年03月20日 12:22 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 一考さまへ

掲示板一般が嫌ひでもこの掲示板には書き込みをしたのは、ひとへに、言葉を大事になさる一考さんゆゑのこと。仰言つてくださつたこと、有り難く拝読しました。相済まぬ、などとはむしろこちらの申すべき言葉。折に触れて駄文を連ねることを厭ふものではありませぬ。どうぞよしなに。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月20日 16:26 | 固定ページリンク




一考 | BMWのエンジン

 松友さんへ
 あと半年位は使えそうなバッテリーを頂戴しましたので、R100RSを始動させようとしたのですが動きません。どうやら右エンジンのプラグの不調。このバイクは最初購入したときに、大阪の内燃機関屋にてバルブガイドを打ち直しました。レギュラー・ガソリンで走らせたかったからです。国内で売られているハイオクとレギュラーの間にはさしたる差異はなく、点火のタイミングが僅かに異なるのみ。当然、オクタン価が高くなれば点火時期も早くなります。四輪の方は古い車ですのでデストロビューターがついています。従って、ハイオクとレギュラー双方のガソリンに即応できます。近頃贅沢になったのか、点火タイミングを触らずにハイオクを入れる人がいますが、あれは嗤えます。
 バルブ関係がまさか理由とも思われないのですが、Rは最初から右エンジンが不調でした。最初は左右の同調があっていないのかなと軽く考えていたのですが、どうもそうではなさそうです。メイン・ジェットの調整は0.2単位で、左右を無視して何度も行いました。燃料にフィルターを掛けてまで試したのですが、右のプラグが黒く焼け焦げます。要するに、不完全燃焼ですね。
 BMWのエンジンのマイナス面はタペットの調整が定期的に必要なことです。もっとも、電装関係はまるごと駄目ですが。貴方のセブンはキャブ仕様でバイク並みのエンジンでしたが、調子はいかがでした。わがRのエンジンは持ち主に似て、駄々っ子のようなエンジンです。今回の引っ越しに先んじて、家探しで何度も上京しました。時速150キロ位で東京、神戸間を突っ走るとプラグの先端は光ってきます。そういう車なんですかねえ。
 前の日曜日、近所のバイク屋さんでスズキのバンディットの修理に付き合いました。排気側のカムタイミングを可変させるVCシステムの車です。驚いたことにレッド・ゾーンが16000から17000回転なのです。8000回転を維持しながらブレーキで速度調整をしないと走られないのです。5000回転にまで落とすと半クラッチすら効かなくなります。ちなみに、加速は10000回転から上、これではF1のエンジンではないですか。六甲山なら間違いなく死ねますね。
 かかるバイクには縁のない年齢に達しました。貴方がデザインしたZRX1100のような軽量化されたコンパクトなバイクでフルカウルはないものかと探しています。K100RSを売却した代金で、いっそPACIFIC COASTでも買おうかなと思っています。だって、いくら体が草臥れて来たとは申せ、スクーターという小市民的にして平和な乗り物にだけは乗りたくないですから。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 12:09 | 固定ページリンク




一考 | 竹箆

 高遠さんへ
 他の私の書き込みによって、二三日悶着があったようです。それこそ「余りの鬱悒さに、目をふさいでぞ落しける」の心境で御座いました。もっともその理由、私には未だ解せざること夥しく、これも老いたるが故と、自らに言い聞かせております。

 実は貴方の「一言のみ」を拝読せし折、一瞬背が凍てつきました。売るのは媚、買うのは顰蹙とはわが標語ですが、掲示板も同様に、いささか媚を売りすぎた嫌いが御座います。貴方の一言はまさに、安直な私の姿勢に対する痛烈な竹箆と相成りました。繁盛するに如くは無いのですが、なにもそれだけが掲示板の存在理由ではありますまい。さまざまな掲示板があって然るべきかと気付かされました。いかに脇道に逸れようとも常に本懐に立ち戻るべく、その振幅という名の新たな方向性を付与されしことに深甚の謝意を表したく思います。
 最後になりましたが、20日付けの書き込みと申すよりはお便りに感謝。折に触れての晤語と申しますか、出会いの絶景にわが身を浸すことかなえば、それにまさる喜びは御座いません。御自愛をお祈り申し上げます。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 13:24 | 固定ページリンク




松友 | 失礼致します。ボルボについてと様々。

 一考様
 お返事遅くなり大変失礼致しました。暫し長文を御容赦ください。

 先日はどぶろくありがとうございました。ふと、よしのとものにごり酒を思い出しました。あちらに比してコクが豊かで、とても美味しく頂戴いたしました。一本のみとの事、ちょっと幸運でした。

 まず、ボルボのツードア・ハードトップにつきましては、申し訳御座いませんがあまりお役に立てるか判りません。
 もしかすると262Cと呼ばれる機種でしょうか。こちらだとすればイタリアの老舗カロッツェリア、ベルトーネによる通称「ボルボ 262C ベルトーネ」、なかなか通好みの一台です。海外販社さんのホームページによれば下記の通りです。車種を取り違えていたら赤面ものですが、その切は御容赦をお願い致します。
 「ボルボ 262C」1977年のスイス・ジュネーブ・ショーで発表され、ボルボ50周年をからめ発売。1977年から1981年まで6622台製造。ボルボ264、4ドアを基とし同じ軸距(2640mm)。2ドア化に伴いガラス、屋根などが変更。スタイリングのデザイン自体はボルボで行われ、車体製造をイタリアのベルトーネが担当。エンジンはV型六気筒のOHC、2664ccか2849cc。四速マニュアルか三速オートマ。四輪共に油圧ディスク・ブレーキ。全長4900mm。なお、ベルトーネは御存知の通りイタリアのデザイン業並びに車体製造で有名です。四輪においてはやや直線的なスタイリングが持ち味でフェラーリの308GT4やフィアットのX1/9、近年のシトロエンなど多数手掛けています。
 症状に関しては白クマ様の御知り合い殿にお問い合わせいただくのも宜しいかと存じます。もしもラジエーターからでなく、エンジンのヘッドからクーラントが飛散したのであれば、これはちょっと。ですがヘッドを開けておられるようなので、嫌疑は既に解消済と存じます。点火系、吸気系の調子も気になります。前所有の御知人殿にも由来等々を今一度お伺いになるのも宜しいのではないでしょうか。また細かい話ですが、この型であれば正規輸入ではない可能性も御含み置き下さい。排ガス、法規対策による改善で重量が欧州仕様と異なる場合も多々あり、ちょっとややこしい部分ですよね。
 一考様にあられましてはチェイサーの四万はすぐに走りきってしまう距離、あまりのんびりは出来なさそうです。オールド・ボルボはアマゾンやP1800といった通好みの機種が豊富で、根強い愛好家が多くいらっしゃいます。また、所沢のボルボ専門店がホームページを持っており、こちらでは中古パーツも扱っているようです。今回直接のリンクは避け、併せて取り纏めてお店にお持ちしたく、しばしご猶予をお願い致します。
 さて、四輪、二輪共に立て続けに似たような不調が発生しているように感じ、お見舞い申し上げます。BMWは一通り再確認しないとならないようで大変そうですね。以前より機嫌が悪いのでしたらキャブか電装と思ったりしますが、最初からという所に難しさを感じます。手間が掛かりますが、念の為、バルブシート以外を元の状態に戻すというのも一案かと存じます。
 その未だ四輪なのにキャブ仕様のセブン。仰る通りのエンジンでして、しかも当時のベーシック・モデルのOHV。幸いにも当りに出逢えたのか、噂に聞くとんでもない目には会わずに済みました。ですがその日初めのエンジン始動は大切で、かぶらせずに、かつ吸わせておく按配に失敗するとダメ。高地でしかも寒冷前線など急激な天候の変化に見舞われると、調子が変わったりするのも御愛嬌。ただ、整備に関しては、幸いにも専門店が傍にあったので、半年に一度点検傍らキャブ調整をお願いしていました。このエンジン、OHVとはいえバランス取りがしてあったそうで気持ち良く回り、少しザラっとした独特の味と相俟ってタコメーターの針を上げては愉しんでいました。
 とはいえ、四輪の数値には目もくれない程よく回る近年の単車についてはご指摘の通りです。性能云々をいえば、多いとはいえない排気量で出力を稼ごうとすれば致し方ないのでしょうね。以前は乗っていましたが、回して走るのは疲れを感じるようになりました。もう、この路線のお好きな方々にお任せしております。 尚、力の出方や鼓動といった味わいに関しても、ある程度の総排気量か一気筒当りの大きさが関わるそうです。一気筒当り300~400ccは欲しい由。さて、このまま掛け算をして四気筒なら1600cc、となるとこれは重くなりそうで怖いものがあります。やはり今日主流になっている排気量は色々なバランスの上に成り立っているものと存じます。主だった四気筒車が上限1000cc前後で並んでいるのにも、その辺りの事情でしょう。
 ZRX1100も大排気量四気筒車、御記憶に留めておいて戴き誠にありがとうございます。仰せの通りカウルが小さいですから、一考様の用途には力不足ですよね。その点、単車を移動の手段として突き詰めた場合、ホンダのパシフィック・コーストは渋いです。かなり懸命な選択と存じます。スクーターを避けるのでしたら落とし処という感じがします。そういえば同じくホンダの125は元気してますでしょうか。あちらは乗りやすいのではと、勝手に想像していたのですけど。

 前回お邪魔しました折はニュー・ブルイックラディを戴くのを失念しましたので今度こそ。



投稿者: 松友    日時: 2002年03月21日 16:10 | 固定ページリンク




一考 | ボルボ其の二

 松友さんへ
 書き込みをしながら早朝からBMWと格闘、見込みどおりプラグの換装とキャブの掃除でとりあえず始動に成功。なぜか右側のキャブに水が溜まるという、摩訶不思議な現象あり。同じく右側のジェットにのみ濃厚なぬめりがこびり付いていました。ガソリンタンク内の連結部分もしくはタンクとドレンの間に異常ありと言うのが平凡な見立てですが、燃料パイプはドレンの下部で左右が連結されているにで、ぬめりの理由が分かりません。左右のエンジンに温度差があり、右側の放熱が悪いということなのでしょうかねえ。常にメイン・スタンドを用いているので、なおのこと理由がわかりません。

 ボルボの方はご指摘の通り262Cです。エンジンは260と同じ3速オートマのPRVのV6を積んだタイプです。私が記載したのはエンジンの型式です。ボルボの中でもちょっとした希車のようです。初年度登録が57年、従って登録前年の1981年、最終年の262Cになるわけですね。
 リフトアップしてみました。ローターの研磨面とブッシュの一部にヘタリがありますが、腐食と水漏れは問題なし。後は例によって、フューエル・フィルター、マフラー、ブレーキホースとドライブシャフトのオイル漏れ、ポール・ジョイント、ドライブ・ブーツ等々大きな問題はなし。以前の所有者は結構気を遣って乗っていたようです。
 チェイサーの話ですが、東京へ来てから100キロ・オーヴァーからの急制動に不安があり、ローターを研磨しました。しかるに、有効だったのは一箇月のみ。例によって、例の橋の上で120キロから急制動、車は右へ45度で停車。これでは町中でやばい運転は出来ません。NSXやGTRが前方で急制動を掛けた時のことを想像しますと怖くなります。やはりブレーキはブレンボですね。国産は話になりません。雨降りの川越街道で前方のベンツ500Cが事故で急制動、目にも止まらぬポンピングで止まったのですが、その距離僅かに10センチ、冷や汗をかきました。否、10センチに汗をかいたのではなく、後続車があれば死んでいたかも。
 話を戻します。クーラントの飛散はエンジンのヘッドからではなく、エンジンとラジエーターを結ぶパイプの損傷によるもの。電話で問い合わせたのですが、その後かなりな距離を走ったらしく、きつく叱っておきました。ガスケットは一部焼き付いています。友人には悪いのですが、素人さんがこういう車に乗るのはよくないですよ。古い車はエンジン・ルームでスチームが使えず、掃除には苦心させられそうです。
 お申し越しのごとく、正規輸入車ではありませんね。タイヤハウス等にこびり付いた泥によって車重を量るのは不可能です。機械式のインジェクションというのが食わせ物で見るのもはじめて、これは分解してみる他手立てなく、インテーク・マニフィールドに取り付けられたの三つのポッチの役割も定かではありません。
 セブン同様、マツダの最初期のロードスターも始動が大事だったと聞き及んでいます。暖機に時間がかかったそうです。それを思えば、BMWの暖機は走り出してから、それなりに利点もあるのですね。ホンダの125は梅子さんの愛車ですが、まったく乗らないので、乗る度にキャブレターのガソリンを捨てねばなりません。動かなくなるのも時間の問題かと思われます。だって、私は120キロしか出ないバイクなんぞいやですよ。
 いろいろお調べいただき有難う御座いました。ではまた、お店にてお会いしましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 18:50 | 固定ページリンク




Siesta | ギャルリー・ワタリの娘さんのお店

一考さんへ

現在ワタリウム美術館の一階では夥しい絵葉書と気の利いた雑貨類を販売しており、地階はOn Sundaysという洋書店になっています。
おそらく、それらの前身にあたるのが一考さんの仰るギャルリー・ワタリの娘さんの店なのだと思われます。
佐藤さんが仰っていたのですが、以前On Sundaysは少し離れたところで和多利さんの娘さんがやっておられて、それが今の場所に移ったそうです。その娘さんが、現在同美術館キュレーターを務めておられる和多利恵津子さんなのではないかと思います。ですから、Shelfはそれとはまた別の店なのではないでしょうか。
とはいえ、あれだけ近い距離にあるのですから何か関係があるのかもしれませんね。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月21日 22:21 | 固定ページリンク




高遠弘美 | よしなしごと

まつたくの暇人の言葉です。お急ぎの方はお捨ておきください。
けふ、つれづれに仏和辞典を開いて遊んでをりましたら、以下の記述にぶつかりました。いや、フランス語は、といふか、ほかの言葉を知らぬせゐもありますが、面白いと思ひました。列挙します。
puce 蚤、ちび、チップ(集積回路の乗つてゐる半導体片――仮名遣ひはべつとして、仏和の説明です)
puceau 童貞の
pucelage 處女(童貞)であること
pucelle 處女の/la Pucelleジャンヌ・ダルク
puceron 油虫

わたくしはふだん電子辞書を使つてをりますが、冊子体の辞書にはそれなりの愉しみがあると実感したひとときでした。
よしなしごとのみつらねました。お忘れください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月22日 00:49 | 固定ページリンク




りき | ムットーニ、つきました。

>金光さん、如月さん。
先日は、いろいろありがとうございました。
本日、無事にムットーニ「アニバーサリー」が、つきました。

しみじみ感動しています。(--)

いいです。



投稿者: りき    日時: 2002年03月24日 21:48 | 固定ページリンク




一考 | 女装趣味

 メールあり。某掲示板にて高遠弘美さんが女に化け、しかも米倉涼子に似た美女であるらしい。これはおもしろい。ひとつ、高遠さんに米倉論でもお書き頂きますか。題して「レスボスの苑」。
 巻頭に女装した網タイツ姿の高遠さんの写真を掲げなくては。隅っこで結構ですから、私も共演させて頂ければ嬉しいのですが。二丁目の恒例に従い、薔薇の節句には一同女装しますか。こちらはデカ腹の夢、幻の共演。さらに伊藤さんが加われば、舞台が抜けますわなあ。多くの著訳書が上梓されている硬派の仏文学者なのにねえ、読んでいないのですね。
 さるにても、いずこの掲示板なのでしょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月25日 13:46 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン | 男か、女か

高遠弘美先生が、新年度にはじめての教室に行くと、「なんだ、オトコか」と小声でもらす学生が、毎年、何人か出てくるというはなしを聞いたことがありますが、名前だけから男女を識別するのは本当に難しい。斉藤由貴をサイトウヨシタカと読んだり、安田成美をヤスダシゲヨシと読むツワモノも存在するし、三木のり平の本名は「田沼則子(タヌマタダシ)」、児童文学のかこさとしさんの本名は「加古里子」と書くので、たいへんややこしい。
御邪魔ビンラディンは、読みだけで言うと、シューマンの名演で知られる女流ピアニストの伊藤恵さんと同じになってしまうけれども、これは、彼女にとっては大いに迷惑でしょうな。 これが、ネット上でわたしが本名を使わない理由であります。(笑)



投稿者: 御邪魔ビンラディン    日時: 2002年03月27日 17:01 | 固定ページリンク




一考 | よみちゃん

 どこの掲示板なのか分かりました。噂に聞いてはいたのですが、覗いたのははじめて。誹謗中傷に重きを置かず、会話を愉しむという他愛もなき所で、用語法やからくりを知らない私は軽くいなされたようです。それはそれでよろしいのですが、別な意味で興味をそそられました。
 30年ほど前にかかる掲示板があり、匿名で書けるのであれば、材料はいくらでも御座いました。一昔、二昔前の文士、作家のゴシップなら粗方存じ上げているのですが、そのようなものに今様の御仁が興味を示す筈もなく、時代遅れの私は地団駄を踏むしかないのです。
 それにしましても、こしかたの人々は遊びには元手を掛けていらっしゃいました。酒でも、女でも、古物でも、なんでもよろしいのですが、半端な遊びではなかったように思います。私が親しくお付き合い頂いた上方の某作家は常時四、五人の女人を侍らせて騒いでおられました。私も御相伴に与ったことがあるのですが、「一考さん、君は二輪車で我慢してくれ」との仰せ。また、女性達を引き連れての御帰館、今なら即離婚でしょうね。
 左京区の大学の教授連で、芸者や愛人に店を持たせていたのが六名、中京区の二大学で三人ずつ。ちなみに、神戸には二人しかいませんでしたが、これが大阪になるとずーっと増えて、私が知るだけでも十四人、いやはやお盛んなことで御座いました。南や石塀小路の待ち屋や出会い茶屋を貸し切り、置屋の芸者を一人残らず呼び付けるような剛毅な方がいらっしゃいました。それが西陣の旦那衆なら分かるのですが、昨日までは赤貧洗うがごとき生活をしていた物書き風情なのですから驚きです。なにしろ、小説にせよ翻訳にせよ、一冊当たれば家が建った時代です。「一考君、去年は五百人の女と寝たよ」なんて馬鹿な輩も幾人か居ましたっけ。
 ネットの代わりにトップ屋が跳梁跋扈していました。トップ屋にネタを掴まれ、泣く泣く大枚を支払った作家も多くいました。また、その揉み消しに走り回ったことも御座います。
 今回、私を羨ませたちゃんねるの向こうを張って、物故作家専用の黄泉ちゃんねる、約めて「よみちゃん」。当然、スレッドはすべて私が立てさせて頂きます。連日、遺族から名誉毀損の告訴がなされるは必定。こんなの流行りませんかねえ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月27日 22:35 | 固定ページリンク




一考 | 和多利さん

 Siestaさんへ

 どうも有難う御座いました。
 私も佐藤さんからいろいろ聞き出しました。すべては私の記憶通りでした。和多利さんは遣り手で、現代美術の目利きとして非凡なものをお持ちでした。息子さんと娘さんがいらっしゃるとは聞いていましたが、お会いしたことは御座いません。
 なにしろ古い話で、掲示板では憚られるような逸話も多く聴かされました。業界では数少ない立志伝中の人。昨今の画廊の不況話と比するに、出世頭かと推察致します。かなりな御高齢と思われますが、お元気なのでしょうかね。
 おもしろそうな書店ですので、暇を見付けて出掛けてみましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月28日 00:05 | 固定ページリンク




一考 | 種村季弘さんを囲む会

 別冊幻想文学「怪人タネラムネラ」が四月一日に発売されました。題して「種村季弘の箱」。種村さんのはじめての特集号です。全六十五名のオマージュを中心に、種村さんのアルバム、単行本未収録のエッセイ、翻訳、インタビュー、対談、書目録などを収録、全二百五十六頁の清楚な冊子です。
 頒価は千八百円、一日以降ですぺらにも在庫していますのでよろしく。皆さんにも宣伝の方をよろしくお願い致します。

 四月十三日の土曜日、種村季弘さんを囲む会をですぺらにて催します。会費は女性三千円、男性四千円、午後六時より、例によって葡萄酒とウイスキーとジュースはたっぷり用意致します。お誘い合わせの上、ご来店頂ければ幸いです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月01日 21:14 | 固定ページリンク




一考 | 種村季弘特集号

 「現代詩手帖」に連載された「ナンセンス詩人の肖像」や「映画芸術」に掲げられた諸エッセイを繙き、手に汗を握った六十年代後半の日々を思い出します。時はうつろい、種村季弘さんの特集号を編む羽目に陥りました。手に汗ならよろしいのですが、至らぬが故に冷や汗をかくは必定、大方の寛恕を乞う次第です。

 別冊幻想文学「種村季弘の箱」の編輯に託けて上記にはじまる駄文を連ねました。拙文をなぞりながらの捕捉を少々。
 青春の日々、種村さんと酌み交わせし数多なる美酒を宴を思い起こします、ある時は神戸で、ある時は大阪で、またある時は京都で。宴と申しましたが、過激なそして冷酷な眼差しとなりふりに私がごときは最初は懼れおののくばかりでした。ある日、ひとつの主辞に対して、賓辞を天文学的数値にまで高める、言い換えれば、雨後の筍のようにひしめきあう二項対立、ありとある弁証法が仲良くあるいは仲悪しく共存するささくれ立った球形の宇宙、ある種いびつな球体感覚のようなことを種村さんが呟きはじめました。
 「いざりにならなきゃ駄目だよ、いざりに」「未練を断ち切らなきゃ駄目だよ。そうでなきゃあ、ものは著せないよ」「書くことだけが生きることなんだよ」気付かない内に、種村さんは「情念や怨恨とのクリンチで陰々滅々とのたうち回る」俗世間からの脱出を、解放を身を挺して教えて下さっていたのです、拙い存在への憐憫を込めて。
 自らへの同情を憚り斟酌を差し控える、即ち未練未酌のなさを唯一手懸かりにする他、生き残る術のないことを繰り返し繰り返し、種村さんはお教え下さったのです。
 かの日の結論は「君、風通しだよ、風通し・・・」。それが今回の特集号のテーマとなりました。怪人タネラムネラ、百面相タネラムネラが按配よく風に乗じて舞台を擦り抜けましたかどうか。編者へのご意見、ご叱責等、お聞かせ頂ければ幸甚に存じます。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月01日 22:23 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 誤植訂正いたします

生来の迂闊さに加へ、老来、目がよくみえず、誤植を見逃すことしばしば。
『種村季弘の箱』に寄せた駄文にも以下の誤植がありました。
お読み下さつた方がゐるとすれば、お詫び申し上げます。
211頁上段5行目DankerはDenker、
214頁上段二行目「かかるがゆえに」は「かるがゆえに」の誤植です(何だか吃音が表記に現れたやうで耻かしき限りですが)。
とりあへず、お詫びまで。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月04日 10:35 | 固定ページリンク




りき | 椿実さん逝去。

昨日深夜、金光さんと電話していて、
金光さんにうかがったのですが、
椿実さんが亡くなったらしいよと・・・・。

同姓同名の別人かなと思ったのですが、
いま、検索をかけたら、死亡記事がでてきました。

中井英夫さんとのかかわりの範囲でしか、
知りませんが・・・・。私は。

ご冥福をお祈りします。



投稿者: りき    日時: 2002年04月04日 22:11 | 固定ページリンク




ちこ☆ | 美容整形のサイトをやっています

はじめまして。美容整形PLACEBOのさいとを経営しています。整形に興味のあるひとや芸能人の整形に興味のあるひとはぜひきてください。カキコしてってね~♪



投稿者: ちこ☆    日時: 2002年04月05日 11:11 | 固定ページリンク




一考 | 恐縮

 高遠さんへ
 斯あるが故に校正は嫌なのです。笊校正の第一人者として申し訳なく思います。孔があれば入りたいアナーキストより。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月06日 18:12 | 固定ページリンク




一考 | 連休

 moonさんへ
 5月の連休の後半、3日から6日にかけてですが、バイクで西日本を爆走致します。静岡、福井、京都に野暮用あり。従って、神戸着の日付は未定ですが、西明石の「来住」へは必ず一宵参上仕ります。明石の連中への連絡は来住、太田、山内、高野各氏にお願い致しました。
 その前後と言うよりは当日、貴宅にて一泊させて頂けないでしょうか。バイクの置き場所もご一考頂きたく、駄目な場合は明石の酒屋の軒下を借りるつもりにしています。前述の野暮用の方の日程はすべて貴方の都合に合わせます。御都合よろしい日を御連絡下されば幸甚です。

 白衣のくまさんへ
 この掲示板をお読みでしたら田村さんにもよろしくお伝え下さい。日付は追って当掲示板に掲げます。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月06日 18:14 | 固定ページリンク




高遠弘美 | わたくしこそ

一考さま

わたくしこそ、みづからの迂闊さにひたすら耻ぢてをります。
もうひとつ、207頁上段4行目「いずれも」はもちろん「いづれも」です。
ほんたうに厭になります。折角書かせて頂いたのに、このていたらく。お詫び申し上げるのはただただわたくしのはうです。お許しください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月06日 22:19 | 固定ページリンク




無学者 | 囲む会についての2、3の質問

 小生、種村氏の著書は1冊しか(汗)持っていない微温的なファンです。しかし、ですぺら見学も兼ね、囲む会に参加したいと思っています。
 ご本人への質問などは識不足によりできないわけですが、ただ他の皆さんの会話を聞いているのみでも、気詰まりなことはありませんでしょうか。忌憚のないところをお教え下さい。
 出来れば最近の青土社の対談集3冊、幻想文学別冊とにサインをいただければ、と思いますが、これは厚かましいお願いでしょうか。また、許される場合、対談集は用意して行ったほうがいいのでしょうか(幻想文学別冊は貴店で購います)。
 以上御一考披下御願申上候。



投稿者: 無学者    日時: 2002年04月07日 01:34 | 固定ページリンク




moondial | (無題)


一考さんへ

いつでも貴兄の都合の良いときに遠慮なく泊まってください。
来られる直前にでも電話くだされば結構です。
梅子さんか、或いは若い彼女ご同伴なのでしょうか?



投稿者: moondial    日時: 2002年04月07日 14:38 | 固定ページリンク




一考 | バイクと道行

 moondialさんへ
 貴方らしくもない、道中「野暮用あり」と書いたではありませんか。そちらへ行くのは一人に決まっています。
 梅子さんは全くの別行動にて大阪へのいい日旅立ちとやら。なんと往復飛行機なのだそうです。
 私は久しぶりに一号線を南下の予定。12~3年前は一号線の穴ぼこの位置まで記憶していたのですが、その後静岡県内のバイパスも完成し、おそらく様変わりだと思われます。高速道路には風景がなく、かっ飛ばす以外に面白みが何もありません。勝手気ままなツーリングと野暮用を楽しもうと思っております。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月08日 00:21 | 固定ページリンク




一考 | 大歓迎

 無学者さんヘ
 いかなる御仁であれ、最初は皆初対面です。出会った人が友になるか連れ添いになるか敵になるかは本人の心懸けひとつかと推察致します。また、気詰まりかどうかは各人の御判断であって、私ごときが判断すべきことではないと思われます。ただし、私は大歓迎です。新たな出会いを求めての「ですぺら」開肆で御座います。多くの方、さまざまな方のお越しを常日頃より希求致しております。
 署名にかんしまして一言。種村さんは右手がやや不自由で、しかも痛みを伴っていらっしゃいます。この前倒れられてから筆を長時間握ることかなわず、原稿もすべてワープロ打ちです。従って、種村さんの体調次第と言うことになります。せめて対談集の首巻一冊ならお願い出来そうにも思うのですが。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月08日 00:23 | 固定ページリンク




無学者 | ほっとしました

 一考様
 参加、ご快諾いただきありがとうございます。
 サインの件、アドバイスに従い、粗相のないように致します。最初の書き込みは、なんだか厚顔ですが、まあ、サインをじゃんじゃか書く方である場合もある(そういう人、あまりいないか)と思い、お伺いしてみました。もとより無理押しするつもりはありません。
 これをきっかけとして、自分の今後の人生で、書物の世界も予想外に展開するやもしれません。楽しみにしております。



投稿者: 無学者    日時: 2002年04月09日 00:56 | 固定ページリンク




一考 | ハンドル名

 無学者さんへ
 御理解を賜りありがとう御座います。13日にお会い出来ますのを楽しみに致しております。多くの私の友も参加致しますので御紹介させて頂きます。楽しい一宵でありますように。
 序でに、当掲示板への今後の御参加を願いますが、ハンドル名を変えられんことを。貴方に他意がないのは分かりますが、「無学者」では開き直りもしくは慇懃無礼な印象を人に与えますよ。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月09日 16:26 | 固定ページリンク




一考 | バックファイヤー

 松友さんヘ
 ゴールデンウィークの遠出のための馴らしとモルト・ウィスキーの仕入れを兼ねて、R100RSにて日曜日に120キロほど走行致しました。戸田から三鷹、吉祥寺、目白、東京駅を経て葛西を往復するコースでした。
 加速はよろしく、走行はおおむね良好だったのですが、2~30分に一回位、右エンジンがズドンと大きな音を立てます。バックファイヤーのような音と解釈して頂ければ結構です。ただし、これは音だけで、バイクそのものには些かの振れも揺れも感じられません。まるでバイクが拗ねてちゃぶ台をひっくり返しているような心持ちです。
 首都高速には入っていないので、一瞬100~120キロ位のスピードしか出していません。この次の日曜日にでも高速でせめて200キロ位は出してみようと思っています。ちなみにガスはハイオクにてプラグの状態は良好、つじつまの合わない爆発音も飼い主に似たのですかねえ。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月09日 16:28 | 固定ページリンク




松友 | 難しいです

一考様
 お疲れ様です。R100RSはなかなかすっきりしないようで残念です。
 バックファイヤーですか。既に各方面でお調べになっていらっしゃると存じますので、繰言やら怪しくおぼろげな内容になりますが御容赦下さい。
 バックファイヤーに似た音で、車体に振動は無しとの仰せですので、そのものと存じます。スロットル・オフ時に頻発するのであれば、基本に還って今一度左右の同調という可能性はどうでしょう。アイドリングは安定しているとして、時速何キロ位でとか、特定回転域で発生とかございますでしょうか?ふと、スロットルまたはチョーク・ケーブルの戻りなども怪しい?ただ、左右の比較の元となる状態になっていないと如何ともしがたいのでジェットを指定水準として、タンクからキャブへの経路でチューブの歪み有無、エアクリーナーからキャブへの間で吸っていなかどうか、プラグコードは硬くなく錆びていずと。あるいは新車時から点火系電装が一切交換されていないのでしたら、劣化もありでしょうか。
 左右の温度差は例えばエキパイの焼け色ではどうでしょう。高速走行が多いと綺麗に焼け易い筈ですが、市街地が長いのならば傾向が出ているかも知れません。あるいは入手当時は如何でしたでしょうか。尚、主に加速時に発生し、音色はエンジンが冷える時のキンキン、パチパチに似てはいませんですよね。もしこちらですといささか話が違うかもしれません。
 御予定は近日ですし行程は不安の無い走行をお願いしたく、北海道といった広い場所での対応など御考えもあると存じますが、専門店さんなりの診断を受ける事をお勧め致します。別行動といっても、梅子様の愛車で走る距離とは思いませんです。

 おまけ:以前お話があった”ツチノコ・フィギュア”。チョコエッグではレア物だった”ツチノコ”が、おまけ付御菓子・食玩「ムー 未確認動物1 ~UMAの謎~」に含まれています。しかも”ネッシー”もあります。学研・ムー編集部による解説カード付というのも泣かせます。傍のコンビニで見つけられないのが残念です。
 今度お邪魔した折、箸置きがツチノコ・フィギュアだったら、うーん。



投稿者: 松友    日時: 2002年04月10日 02:11 | 固定ページリンク




一考 | メーゾン・ベルビウ

 りきさんへ
 椿実の名は上林澄雄の「悪魔とピアノを連弾した大学生」と共に北鎌倉の澁澤邸でなんどか聞かされました。三十年ほど昔の話です。
 当時、購入した「第十四次新思潮」を私は今でも所持していますが、第二号に掲げられた「メーゾン・ベルビウ地帯」には驚嘆させられました。雑誌については幻想文学で書きましたので繰り返しませんが、「桜の木には桜の臭、椎の木には椎の匂、そして私も女も植物なのであった」との書き出しに激しく魅了されたのを思い出します。
 メーゾン・ベルビウは上野池之端七軒町の椿さんの実家に近く、実際に存在したアパートの名であると、これは中井英夫さんから教わりました。中井さんに「ある苦さについて」と題するエッセイがあり、「それはいちめんの夕映えを映して流れる川のように、金も紅もオリーブも紫もいっしょくたに輝く不思議な小説だった」とのくだりがあります。その「いっしょくた」との部分に揺さぶられたのです。楚々とした衒学趣味とロマンティシズムの交錯する椿さんの小説は、弁証法というよりはある種、思考の酩酊のようなものをもたらすのが常でした。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月10日 13:04 | 固定ページリンク




動坂亭 | Re:ハンドル名

 無学者改め動坂亭です。幻想掲示板のほうでは、2、3度書き込みをさせていただいています。
 ほんの間に合わせのつもりで使った仮の名が、二度使うと、これがアイデンティティを持ち始めるから、言葉とは怖いものですね。感心してる場合じゃないかもしれませんが、言わずもがな、やはり言葉に対して鋭い感覚をお持ちなんだな、と思いました。へりくだりや、おもねりでなく。
 すぐ前の「メーゾン・ベルビウ」にしても、さらっと書いているその内容は、実に驚嘆すべきものです。小生、澁澤龍彦氏のファンでもありますので。



投稿者: 動坂亭    日時: 2002年04月12日 01:02 | 固定ページリンク




一考 | 糊と鋏

 動坂亭さんへ
 お褒めに預かり恐縮致しております。糊と鋏の使い方が少々器用なだけで、私には一切のオリジンは御座いません。
 貴方が引っ越されたのが2001年2月、私が明石から引っ越したのは1999年9月です。それにしましても結構なところにお住まいで、いささか羨んでおります。
 私の引っ越し先は埼玉県戸田。貴方が日記でお書きになっている情緒纏綿にはほど遠く、まさに「病い田」と呼ばれる劣性な忌地です。散策の途は荒川の土手しかなく、対岸に尻を向けてのふて寝が屡々で御座います。
 毛沢東に倣い「種村季弘の箱」の私なりの綜括を著しました。東さんの斡旋によってbk1に掲載されるらしいのですが詳細は不明。いずれにせよ、手を入れた稿を当掲示板にも載せる予定です。ご笑覧頂ければ忝なく存じます。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月12日 13:59 | 固定ページリンク




東 雅夫 | bk1タネムラ棚


 bk1のホラーサイトに『種村季弘の箱』の「責任編集者のことば」が
アップされましたのでお知らせしまーす。
 まだ一冊も売れていないようなので(泣)、皆さま、よろしく!
 併せて、最近のタネムラ本も陳列しておりますので、そちらも是非に。



投稿者: 東 雅夫    日時: 2002年04月13日 16:13 | 固定ページリンク




如月 | どうぞよろしく♪

動坂亭さん、こちらではじめまして。 実はこの数日、despera掲示板にアクセスしていなかったものですから、動坂亭 さんの書きこみ、はじめて拝読致しました。 なにはともあれ、無学者から動坂亭へのHN変更は賢明かと拝察申し上げます。 仏教では、これ以上なにも<学ぶ>ものが<無い>最高の境地=さとりを別称し て「無学」というそうですから、無学の人とお話するというのは「有学」の身と してはあまりにも畏れ多くて・・・。 これからも、いろいろなことお教えいただきたく存じますので、どうぞよろしく お願い致します。



投稿者: 如月    日時: 2002年04月13日 23:44 | 固定ページリンク




動坂亭 | 種村季弘さんを囲む会

 >如月さま
 メッセージに破顔一笑いたしました。HPのプロフィールも楽し。
 帰り道に、妻が、如月さんについて「とっても頭のいい人」と(甚だ僭越ですが)感想を述べておりました。

 素人の僕にも楽しい宴でした。一考さん、東さんはじめ、皆様に感謝しきりです(もう少し書きたいところですが、オフレコばかりで書けません)。 



投稿者: 動坂亭    日時: 2002年04月14日 11:21 | 固定ページリンク




りき | (無題)

昨晩は、本当に楽しかったです。 掲示板で、お名前だけわかっていた人ともお会いできましたし。 本当にいろいろ皆さん、ありがとうございました。



投稿者: りき    日時: 2002年04月14日 21:16 | 固定ページリンク




内山勝司 | 再開に感謝

渡辺一考さんへ
ひょんなことから、再開できて光栄です。約12年ぶりになりますか? 店のシングルモルトの品揃えにびっくりしました。さすがに筋金入りののんべいは違う。店の方にはまた遊びに行きます。
閑話休題。房総の海水浴の際に飲んだ、サッポロビールの『エーデルピルス』という缶ビールを覚えていますか? 通常のビールよりホップを3倍使った美味いビールでした。



投稿者: 内山勝司    日時: 2002年04月15日 10:28 | 固定ページリンク




一考 | 爽やかな思い出

 内山さんへ

 永田耕衣さんの俳句をもじって「語釈手込めの梨花一枝」があの頃の生活でしたね。懐かしく思い出されます。貴方も水野さんも12年と仰いますが、私の運転免許取得が平成元年の梅雨時ですから、少なくとも14年を越えました。
 幼少期より私は常に通行人でした。一度も当事者足り得なかったのは不徳の致すところです。でも、中井社長はその通行人の自由さに憧れたのです。ただ、それだけのこと。だからこそ、中井さんが今でも好きなのです。人生にあって、責任とはどう弄くってみても金でしかないのです。そういう生き方が空しくなる時ってありませんか。とばっちりを受ける人は叶わないかもしれませんが、自らが生涯を費やして構築してきたものをすべて抛り出すには大変な意志力が必要になります。後継者を育てられなかったとの一点に中井さんの慙愧があります。私には中井さんの気持ちが痛いほど理解できます。
 ちょっとだけ生臭いと申しますか、未練がましい方がお二方ほどいらっしゃいましたが、私にとって研文社は爽やかな思い出のひとつです。貴方にはあらぬ迷惑をお掛けしたと思います、深くお詫び致します。今後、新たなお付き合いが繙ければ幸いに存じます。
 房総の海水浴はよく覚えています。貴方の車のクーラーのホースが外れて水浸しになりましたね。貴方が仰るように、確かに房総まで出掛けながら原稿用紙とにらめっこしていました。でも、あれで良かったのです。千葉の海は時間に追われていた私の切なさを悲しみを十二分に癒してくれたのです。いずれ紹介致しますが、佐藤さんからもよく叱責されました。あの頃の私は分単位で生活していました。酒を飲むのまでが、今日は15分、今日は20分といった具合でした。その佐藤さんや幻想文学の東さんが今時間に追われる量の仕事を処理しています。人の営みは繰り返されます。
 エーデルピルスもよく覚えています。昔からサッポロとサントリーは旨いビールを造るのですが、売れ行きが思わしくないとすぐ中断してしまいます。アサヒやキリンの向こうを張るのはやめて、ゲリラ戦に徹するべきではないかと、二箇月ほど前もサッポロビールについて銀座で2時間もお喋りをしたのですが。店に在庫があと30本しかないのですが、英吉利マンチェスターのバディントンはぜひお飲み頂きたいビールです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月15日 15:52 | 固定ページリンク




内山勝司 | 在庫がある内に伺います

一考さんへ

>貴方にはあらぬ迷惑をお掛けしたと思います、深くお詫び致します。
この件では(他の件でも)私は一度も一考さんからは、迷惑は受けていません。
逆に私の当時の言動の中で、一考さんがこう思われるような誤解を与える部分があったのなら、こちらの方こそお詫び致します。

>今後、新たなお付き合いが繙ければ幸いに存じます。
こちらの方こそ、よろしくお願いします。

>店に在庫があと30本しかないのですが、英吉利マンチェスターのバディントンは>ぜひお飲み頂きたいビールです。
在庫がある内に、ぜひ早めに伺います。

なお、今朝(4月15日)送りました、私のメールのタイトル及び本文の中にある「再開」は「再会」の誤りでした。失礼しました。



投稿者: 内山勝司    日時: 2002年04月15日 18:05 | 固定ページリンク




一考 | 匿名について

 東さんの尽力によってbk1のホラーサイトに『種村季弘の箱』の「責任編集者のことば」がアップされました。
 物議を醸す内容なので、敢えて署名原稿に致しました。かつて谷澤永一さんが「署名のない紙つぶて」で試みられたように、無記名もしくは匿名でものを書くのは大変です。匿名ゆえに匿名で返されるのを覚悟しなければなりません。論争を挑まれた折に相手の顔が見えないのは一種の恐怖です。相手の専門畑を知らずして、いかような反論にも即応する識見と討ち死にする覚悟が必要とされるからです。谷澤さんや肥田晧三さんのように万巻の書冊を繙かれた方ならいざしらず、私がごとき半可通が論争のやむなきに至った時には相手方を無視するか謝罪するかの二者択一しか手立てはないのです。
 繰り返しますが、無記名もしくは匿名なら無責任なことは書けません。書き手の名を明記することによってのみ、駄法螺を吹き有らぬ事を書き散らかすのが可能になるのです。
 ちなみに、拙文は二頁にわたっています。二頁目の頭は一行あきです。最下段のURLをクリックして下さい。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月15日 20:26 | 固定ページリンク




一考 | 房総の海

 内山さんへ
 辞書の仕事をなさっていた人は誤植が気になるんですね。掲示板ですから良いではないですか。
 BK1の原稿でも「かるがゆえに」が「かかるがゆえに」とご丁寧に誤植されていました。「かかるがゆえに」では意味が通じなくなるのですが、近頃では腹も立たなくなりました。ネット上のことですから。
 迷惑と書きましたのは他でもない、研文社のことです。ここ二度ほど水野さんから当時のことについて発言を求められたからなのです。より積極的な解決方法もあったのですが、どう考えても古参の社員と私の存在との間には壁が御座いました。謂わば蚊帳の外だったのです。中井さんとはさまざまな解決法、それも荒療治をかなり深く話し合ってはいたのですが、あのように纏まりのない状況下では手の施しようもなかったのです。結局、もっとも消極的な方法を選びました。即ち、私が遁走するという手段です。遅れて参加した者が発言することの難しさを思い知らされたのです。私にとっては遠い過去の話ですが、社長と私との遣り取りの全貌を知っていたのは中井陽君だけだったのです。
 尽力を尽くさなかったと言う点において、私は非難の対象になります。突然の会社解散によって困惑した人、また困窮に立ち至った人もあったろうと推察されます。
 しかし、時はすべてを洗い流します。十数年後に貴方とお会いできたことを仕合わせに思います。その十余年のあいだに私はアウトドアの達人になりました。房総の海と再び巡り会いたいのです。千葉のキャンプ場を御教示頂けますまいか。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月15日 21:28 | 固定ページリンク




一考 | 本当に難しい

 松友さんへ
 スロットル・オフ時ではなく、ギヤチェンでもなく、走行中のバック・ファイヤーです。タンクからキャブへの経路は最初にチェックしました。アイドリングは安定しています。スロットルまたはチョーク・ケーブルの戻りは十全です。ジェットは左右共に現在は指定水準です。プラグコードとプラグは取り替えたばかりです。スパークは満足できる状態です。
 残るはバルブ関係しかないんですが、それにしてもねえ。
 2サイクルなら吹き飛ばすか焼けばお仕舞いなのですが、4サイクルでかつマフラーはオイルパンの下で左右繋がっています。ちなみに、左右の排気と排気音は順当、エキパイも均一に焼けているように思われます。

 日曜日は二日酔いでバイクどころではなかったのです。酒は飲むもの、女は乗せるもの、バイクは跨るもの、エンジンは回すもの。基本に忠実に、次週は限界まで回してみましょう。

 おまけのツチノコは学研・ムー編集部が関係しているとか。確か学研には友人が居たように記憶するのですが、この掲示板を見てるかな。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月15日 23:48 | 固定ページリンク




東 雅夫 | あらららら


 ホントだ、見事に誤植してますな。
 まあ、スルーパスで原稿がアップされることも多いネット上では、ちゃ
んと担当エディターが目を通しているだけ良心的ともいえるのですが、と
もかく失礼をいたしました。
 訂正しておくように連絡しときます。



投稿者: 東 雅夫    日時: 2002年04月15日 23:52 | 固定ページリンク




高遠弘美 | あれもさうかな

種村季弘特輯の拙文中「かるがゆゑに」が「かかるがゆゑに」になつてゐたのも同様ですね。他の二カ所はわたくしの見落としですが、これはねえ、ちよいと……。もしかしてわたくしが間違つてゐるかと思ひ、日本国語大辞典第二版をもひいてしまひました。誰かが勘違ひしてゐるのでは。率直な物言ひをお許し頂きたく。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月16日 00:46 | 固定ページリンク




東 雅夫 | おそらくは


 漠然と「かかる」だと信じこんでいる人が多いのでは?
 種村季弘スペシャルはどういう校正過程を経たのか、小生、委細を把握
していないので分かりませんが、bk1のほうは、同社の担当の方が単独
で作業をおこなっているので、実務面で人的重複はないのですよ。



投稿者: 東 雅夫    日時: 2002年04月16日 01:08 | 固定ページリンク




一考 | 笑い話

日本国語大辞典第二版とは大事ですね。東さんの仰る通り、幻想文学の方は私の責任にて、BK1の方は担当エディターのミスということです。当掲示板の笑い話に致しましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月16日 03:39 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 承知いたしました

一考様、東様
もちろん笑ひ話にして下さつて結構です。私とてきつと何かを間違へてばかりでせうから。

ただ、それでひとつ思ひだしたのですが、しばしば「すべからく」をほとんど「すべて」の意味だと勘違ひしてゐる文筆家(小説家を含む)がゐて、苦笑することがあります。「すべくあらく」の「べし」の意識がないのでせうね、きつと。

もう一つ蛇足。
昨今の学生の日本語能力は概してきはめて低く、英語をマスターしたいなどと一方でいふのが、軽薄でいやになります。めつたに使ふことのない英語などより、日本語をきちんと教へたほうがいいのではと思ふことしきり。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月16日 10:02 | 固定ページリンク




一考 | お遊び

 高遠弘美さんへ
 かつて某誌で「立ちどまりつれ」と著したのを「連れだって立ち止まる」の意ですか「連れと立ち止まる」の意ですかと念を押され「立ちどまってのツレション」ですよと応えたことがあります。青蘿や如亭はいうに及ばず、西行や芭蕉すら読まない人が編輯や校正を生業とする御時世です。「微句抄」の他、手はありますまい。
 郁乎さんで思い出しましたが、コーベブックスで郁乎さんの丈草論を上梓しました。題して「夢一筋」。瀧口修造さんの丈草論への反歌との趣でした。売れたのは百五十部そこそこ、わが邦に於けるイジドール・デュカスの人気もいまいちで御座いました。

 もう一つ蛇足。
 芥川賞受賞作家の代表作巻頭に「一天にわかにかき晴れて」とのくだりがあります。井上ひさしさんのようなパロディ小説にあらず、嘲笑や哄笑へのいざないを売りにした(としか私には思われない)大真面目の告白体の小説でした。それと比してネットなんざあ、ガキタレの暇つぶし。きちんとした日本語などより、存在していることへの羞じらいを教へたほうがいいのではと思ふことしきり。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月16日 14:59 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 面白い

一考さま

一天にわかにかき晴れて、は面白い。いかにも不勉強で無知蒙昧な今日日の小説家らしい。笑ひました。
どんな話題にもつねに新しく、刺戟的な話題をふつてくださる一考さんに感謝するのみ。
さて、それでは雨降りさうな午後のひととき、橘南谿でも読んで口直しをしますか。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月16日 15:14 | 固定ページリンク




一考 | 見本

 動坂亭さんへ
 日記でも触れられていらっしゃいますが、当掲示板にオフレコは御座いません。思ったことを書けばよろしいのですよ。◯◯◯◯は宮武外骨に任せましょう。ただし、発言に責任を取っては駄目ですよ。責任は人に押しつけて擦り抜けるのが一番。桐生悠々のミスを繰り返してはいけません。
 ある日、ムーンさんと共通の友人の悪口を肴に酒を飲んでいました。件の友が現れた途端、その雑言は私一人で述べていたらしく「一考さん、さっき彼の悪口を言ってましたよね」ですって。酒席は闘技場へと化しました。ムーンさんがいかにひどい人かが分かりました。でも、だから素敵なのですよ、いい加減でちゃらんぽらんで無責任で。これムーンさんのことであって種村さんのことではないですよ。種村さんはそれに輪をかけて悪意がありますからね。(と隣で梅子さんが申しております)



投稿者: 一考    日時: 2002年04月16日 15:46 | 固定ページリンク




一考 | クリメカ

 松友さんへ
 BMWを専門に扱うクリメカさんのホームページを見付けました。CRIMECA通信なる冊子が掲げられています。内容は驚くべきものです。
http://www5.justnet.ne.jp/~CRIMECA/index.htm



投稿者: 一考    日時: 2002年04月16日 15:59 | 固定ページリンク




内山 | 誤植とキャンプの件

一考さんへ

>辞書の仕事をなさっていた人は誤植が気になるんですね。掲示板ですから良いで>はないですか。BK1の原稿でも「かるがゆえに」が「かかるがゆえに」とご丁寧に>誤植されていました。「かかるがゆえに」では意味が通じなくなるのですが、近>頃では腹も立たなくなりました。ネット上のことですから。
掲示板で、誤植が話題になっているようなので、体験談を一つ。
14年前に、新規の漢和辞典を作っていた頃の話です。原稿校閲の際に、諸橋先生の「大漢和辞典」(大修館)を愛用していました。五、六年間、毎日見ていたせいで、誤植も数ヵ所発見しました。この「諸橋の大漢和にも誤植があるのか」とも思いました。同時に同じようなレベルの漢和辞典も参考にしていたので、分かったのですが、大漢和と同じ箇所を間違えているものありました。ちなみに同じ所を間違えていたのは角川書店の「新字源」、旺文社の「漢和辞典」、明治書院の「漢和辞典」、そして大修館の「漢和辞典」でした。(あくまで14年前のことで現在の版については不明です)ここで私は、二つの教訓を得ました。孫引きの恐ろしさ(=編集者と校正者の怠慢)と権威を疑うことです。このことは、今の仕事にも戒めとしています。
 
>尽力を尽くさなかったと言う点において、私は非難の対象になります。突然の会>社解散によって困惑した人、また困窮に立ち至った人もあったろうと推察されま>す。
私は、そうではないと思っています。(ご本人が尽力を尽くしてたというのに、失礼かもしれませんが)尽力を尽くして下さったと思っています。
なお、この件(研文社のこと)は、微妙な問題もはらみますので、今後は、この掲示板ではなく、直接お会いした時に話したいと思いますがいかがでしょうか? 

>十数年後に貴方とお会いできたことを仕合わせに思います。
このお言葉は、そっくり一考さんへお返ししたいと思います。またいろいろと教えてください。

>その十余年のあいだに私はアウトドアの達人になりました。房総の海と再び巡り>会いたいのです。千葉のキャンプ場を御教示頂けますまいか。
逆に私は、すっかりアウトドアから離れていて、今は地元の草野球チームでほぼ毎週の試合を楽しんでおります。ただ、後輩に詳しい者がいるかと思いますので、訊いてみます。少しお時間をください。なお、小学校六年生になる息子が今年の夏休みにはキャンプに行きたいといっていますので、もしスケジュール調整が可能なら
一緒に行きませんか?



投稿者: 内山    日時: 2002年04月16日 16:18 | 固定ページリンク




一考 | 辞書

 内山さんへ
 結構な体験談を有難う御座います。諸橋の「大漢和辞典」と「広辞苑」からの孫引きの恐ろしさは身にしみて理解しています。「大漢和辞典」から独立した漢和辞典といえば、富山房のものしかないのではと思っています。角川書店の「新字源」は先行する「漢和中辞典」の良さを生かしきれなかったようです。まだ仏和辞書をはじめとする語学辞書の方がオリジナリティを含んでいるようです。
 私も語釈の真似事を試みましたが、まったくの新規原稿ですと一日十項目から二十項目がやっとでした。一項目、百円や二百円では生活費の足しにもなりません。学生のアルバイトに多くを依頼するため、孫引きはやむを得なくなります。前半は広辞苑、後半は大辞林からのアッサンブラージュというのがほとんどの辞書の実体です。
 今後とも版元の姿勢に大きな変化の起きよう筈もなく、辞書の世界はお寒い限りです。
 柏書房の「宛字外来語辞典」や東京堂の「類語辞典」のような優れた辞書はすべて関係者の持ち出し、もしくは個人の犠牲によって賄われています。話序でに、この掲示板をお読みの方で上記二著をお持ちでない方は必ずや購入されんことを。後著は文章の推敲に必携ですし、前著は世界の主用都市名、地名、国名等が漢字で表記されています。私はその大半をパソコンに単語登録して日々使っています。

 千葉のキャンプ場ですが、スケジュール調整が可能ならぜひ御一緒させて下さい。息子さんが小学校六年生とやら、わが愚息もちょうどそれぐらいの歳なのですが、上京以来合って居りません。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月16日 19:53 | 固定ページリンク




内山 | 過去ログを拝見

一考さんへ

早起きしたので、過去ログを約1時間かけて斜め読みしました。役に立ったのは、金光氏の作った(書いた)お店の地図です。これは傑作ですね。
後は、気になっていた神戸大震災の時の一考さんの居場所です。今度店に行ったときに聞こうと思っていましたが……。やはり震災に遭われたんですね。大変でしたね。私も神戸に親戚(おじ・おば・いとこ)が多数いて、3月に見舞いに行き、惨状の一部を聞きました。いとこの「トランポリンの上にいるようだった」とう言葉を今でも思い出します。それにしても「一考さんの生存より、蔵書を心配して知り合いが集まる」とは、一考さんらしいエピソードですね。素敵な?知り合いをお持ちでうらやましい限りです。

また、夏のキャンプの件、こちらのほうこそよろしくお願いします。場所探しはしておきます。なお、希望する条件(海の近く、山の中など)がありましたらお教えください。



投稿者: 内山    日時: 2002年04月17日 02:52 | 固定ページリンク




松友 | (無題)

一考様
 昨晩は失礼致しました。BMW関連のお話をお持ちしようと思いましたのに、ディスクを忘れてしまいました。ご紹介したいサイトが複数あるのですが直接リンクが増えてしまいますので近々お店にお持ちしたく存じます。また、お教えいただきました「クリメカ」のサイト拝見いたしました。ありがとうございます。内容が本当に濃いお歴々です。さて、症状を伺いますに仰るようにバルブ系と、残るは点火タイミングくらいでしょうか。やはり難しいです。
 四輪に話を振れば、ドリフト・コントロールがお出来になる一考様でしたら、何と言ってもコンパクトなFRが御薦めなのですが、リア・ミッドシップも楽しいです。エンジンの振動と音を全身で感じながら走る悦楽は病み付きになります。どうしても四人乗る必要がおありでしたらそのような構成の車もございます。この場合、エンジンとの間に座席が入りますので前座席での振動は少なくなります。

付記:アウトドアの達人と思しき一考様。もしかしてコールマンのランタンでプロパン・ハイマウントとか、ビンテージのスプリット・グラスもお持ちでいらっしゃるのでしょうか。とすると、やはり凄いです。



投稿者: 松友    日時: 2002年04月17日 19:22 | 固定ページリンク




一考 | 縦書き

 櫻井さんとムーンさんへ
 Syoken 218a1.sitとSyokendai PPC v00.220d97、他にCeDar1.6とJamming 2.9.1 PPCが電子辞書を読むために用いているソフトです。
 このうち、コピー・ペーストの使い勝手とメモリーの使用量は書見台が一番です。ところがワープロ・ソフトのMacWORD3.0と相性が悪いらしく、頻繁にフリーズします。どちらを用いても結果は同じで、このところイライラさせられています。
 MacWORDはシステム7.0の時から使っているソフトで、軽いことと縦書きが出来るのが取り柄でした。ウィスキーに限らず、過去のすべての原稿はMacWORDを用いています。他に閲覧ソフトはないものでしょうか。もしくはMacWORDをテキスト・エディターに変える方がよろしいのでしょうか。その場合縦書きの可能なテキスト・エディターをご教示頂ければ有り難いのですが。手持ちのJedit4.0からYooEdit 1.71-ppcに至るまで、当方のテキスト・エディターは縦書きが不可能です。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月19日 03:22 | 固定ページリンク




一考 | ドリフト・コントロール

 松友さんへ
 BMWはバルブ系を西明石で点検するつもりです。

 262Cに740ターボを積んだ車を見付けました。美車で売価は38万円。ただし、エンジン換装ですから走行距離は不明。ボルボにはハイ・プレッシャーとロー・プレッシャーの二種があるのはご存じでしょうが、ブーストは高い方で5.5らしく、9.8まではコンピューターを触らなくても大丈夫なようです。わが庭に262Cを持ち込んだ御仁にはそちらの方がよろしいのにと思いました。機械式インジェクションにせよキャブにせよ、古い車は騙しだまし乗らないとすぐに不機嫌になります。構造に対する知識がないととんでもない事故を起こしかねません。

 それはそうとこの次の車はツー・シーターに決めました。私の肉体が立ち枯れになる前に一度は乗っておきましょう。カローラ・レビン、スプリンター・トレノ、旧スープラ、MR2、フェアレディ、シルビア、180SX、FTO等々、乗りたかった車が次々と消えて行きます。
 仰るとおり、パワー・スライドやスピン・ターンは300馬力から380馬力位にチューンしたFRの小型車で排気量は1600ccから2000ccまでが最も使い勝手がよろしいようです。車重が1.5トンを超えるとどうしてもアンダー・ステアーになり、いくら出力があっても峠では小型車に置き去りにされます。奈良や和歌山の未舗装路でレビンに一蹴されたのを思い出します。ターボが入った途端に前輪を中心に後輪がコンパスのようにぐるりと回転してしまいます。そういう危機には何度も出くわしました。アクセルとブレーキが同時に踏めるようにペダルを改造した車でないと駄目ですね。
 ペダルと言えば、トヨタとニッサンはブレーキペダルが前方に迫り出し、スバルは平面に並んでいます。その辺りもパワー・シートのように調整できると有り難いのですがねえ。ターボもシングルのどっかんパワーは勝手の悪いものです、少なくとも峠では使えません。RX7が積んでいるシーケンシャルの小口径ツイン・ターボがいかに優れたものかは北海道のバトルで了解しました。
 リア・ミッドシップではNSXとMR2以外にどんなのがありましたっけ。確かずっと以前にホンダとニッサンから出ていたように記憶するのですが。
 このところ、ネットで車探しをしています。金もないのに呑気なものです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月19日 04:33 | 固定ページリンク




一考 | 追伸

松友さんへ
(http://www.autowave.net/autowave5/plazaframe9.html)をご存じですか。マニア・こだわり派向サーチを選び、チューニングカーを指定して下さい。ちょいとした車がありますよ。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月19日 04:44 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 縦書きソフト

一考さま
私はひらがな入力、縦書きで書いてゐます。MACですが、いままではORGAIといふソフトを使つてゐました。最近、エディタソフトで優れものがでました。上級バージョンがLightWayText、無料バージョンがiTextといひます。どちらも同じ作者によるもので、さして大きな違ひはありません。縦書きはむろん、原稿用紙にしても打てます。軽くて使ひやすく、もうこれがあれば、日本語であれば他のワープロソフトは必要ありません。どちらもMACの雑誌のCD附録についてゐます。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月19日 10:59 | 固定ページリンク




一考 | 事故

 今日は朝から262Cのパーツが入ったとの連絡で、終日車屋さんでボルボを整備。寝てなかったのもあったのですが、BMWにて接触事故を起こしてしまいました。信号で停車したBMWのサイドバックと後続の四輪駆動の左フェンダーとが接触、車体はずるずると左前方へ流れ、右側へ顛倒。私は跳んで逃げたのですが、右エンジンのヘッドカバーが傷付きました。
 このところ、須永さん、奥歯さんと事故が続きましたが、とうとう私もやってしまいました。BMWでは転ばない、事故らないを心掛けてきたのですが、駄目でした。いかにオカマされたとは言え、後方確認が不十分だったようです。ヒュルヒュルと妙な音が前輪のブレーキシュー、もしくはフロント回りから聞こえます。これでバイクの事故は二度目。
 お隣の掲示板への無遠慮かつ陰湿な書き込みといい、今回の事故といい、どうやら焼きが回って来たようです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月19日 23:34 | 固定ページリンク




松友 | 塩梅はいかがでしょうかしらん

一考様
 本日はお教え戴きました内容につきまして書き込みさせて戴きたく思っておりましたが、なにやら事情がおありの御様子、いずれにしても近々にお店にお伺いできると存じますので、その折にでもお願い致します。
 先ずもって、お体が御無事でしたら本当に宜しいのですが。そして梅子様は。
 ありゃ、土曜日になってしまいました。では又お店にてお願い申し上げます。本日は開店戴けるのでしょうか。ですが無理はなさらないで下さいまし。
 お伺いできたらば、あぁ、スプリングバンクとかダルウィニィーが戴きたいです、では。



投稿者: 松友    日時: 2002年04月20日 02:10 | 固定ページリンク




一考 | 感謝

LightWayText 4.0.2を入手しました。高遠さん、辻さん、有難う御座いました。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月20日 08:59 | 固定ページリンク




一考 | 営業中

もちろん営業してます。西明石で腕を脱臼した時も二度指を骨折した時も休みはしなかったでしょう。私の体は少々のことではダメージは受けませんよ。遅くなりました、今から車屋さんです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月20日 09:09 | 固定ページリンク




こしぬま | 宛字外来語辞典など

一考氏推薦の宛字外来語辞典は、近所の本屋で見て、なぜか買っています。まあ、買ったままですが、使わなくては。ところで、近所のどこの本屋にも「種村季弘の箱」がないので、ネット注文しました。早いですね、もう昨日届きました。早速拝見。高遠氏の評論を拝見して、ううっ、でした。「天どん」のくだりは、私にも忘れられない可笑しさでした。それからヴォルプスヴェーデの黄昏。リッカー美術館でフォーゲラーの展覧会を見て、種村さんの本を読んだので、行きたい思いはつのりました。で、そのことを種村さんに話すと、あんまり面白くない所だよ、といった返事。それから・・・やっぱり一度は行ってみたい場所ですね。



投稿者: こしぬま    日時: 2002年04月20日 12:56 | 固定ページリンク




如月 | シモン語録


一考さん、先日はどうもありがとうございました。
また、BMWの接触事故にもかかわらず元気とのこと、なによりです。
   *    *    *
さて、拙サイトの「人形愛掲示板」http://bbs1.cgiboy.com/yotsuya_simon/
にて、「別冊文藝/特集・澁澤龍彦」(河出書房新社、5月20日発売予定)の
四谷シモン・桑原茂夫対談より、シモン語録を先行紹介しております。
ご興味のある方、のぞいてみてください。



投稿者: 如月    日時: 2002年04月21日 15:34 | 固定ページリンク




高遠弘美 | (無題)

一考さんから伺つたある掲示板を拝読しました。
なかなか面白いと思ひましたが、そこでわたくしの敬愛する東雅夫さんが、一考さんや高遠のやうに掲示板でもふだんの文体と変へずに書いてゐる者は尠いといふ意味のことを書いていらして(名前を出して頂いたのは光栄ですが)、意外な感がしました。わたくしはまだメールやインターネットにつなぐときにいちいち電話をつなぐ方式なので、電話代の節約といふこともあり、掲示板に書くのは一つだけと決めてゐます。それがこのですぺらの掲示板ですが、わたくしは駄文を連ねるときとこの掲示板に書き込みをするときとで同じ文体で書いてゐるつもりはありませんでした。もちろん、信念から申して、歴史的仮名遣ひが正しいと思つてゐるので、それを禁じられることのない掲示板ではもうそれでいかうとは考へてゐますが、ふだん絶対といつていいくらゐ使ふことのない一人称主語(わたくしの書いたわづかな駄文で一人称主語をつかつた例はごく尠いはずです)を掲示板では「わたくし」として使つてゐますし、ですます体もふつうは使ひません。それでもなほ東さんがそのやうに仰言つたといふことは、如何に変へようと思つても所詮物書きとは縁遠いただの語学教師ゆゑといふことなのかと思ひました。
追記。東さんのお仕事にはいつもほんたうに敬意を抱いてゐます。歴史的時間軸と同時代への目配りのきいた批評家といふのはいつの世にも決して多くはありません。東さんはさういふ数尠いお一人です。従つてこれは東さんへのcontestationではなく、いつまでも未熟な自分自身への嘆きぶしです。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月24日 01:12 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 追補

追記。
さきほど投稿した拙文中、contestationは英語ではありません。フランス語です。英仏で少々意味合ひが違ふことにあとから気が附きました。あしからず。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月24日 01:23 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 連続で申し訳ありません

加齢のせゐでせうね、最近妙に気になります。
ただ、如何せんただの悪口ですので、さういふものがお嫌ひな方はお捨ておきください。
1、早川雅水といふ人の書いた集英社新書の「フランス生まれ」といふ本を読んでゐたら、「バプテーム」「ギャレリー・ラファイエット」「(珈琲の)エキスプレス」「ポール・ヴォキューズ」といつたカタカナが続出。言ふまでもないことですが、「バテーム」「ギャルリーかガルリ」「エクスプレス」「ボキューズ」となるところ。もしもし、集英社にはフランス語の初歩の発音の仕方が判る編集者はゐないのですか、と野次のひとつも飛ばしたくなりました
2. 今朝新聞で週刊文春の広告を見てゐたら、小泉首相が「私淑する作家に本音を語った」といふ見出しがありました。あれあれ。私淑はむろん私(ひそか)に淑(よし)とするであつて、面識があつたら使はないのに。知つてゐるときは親炙でせうに。小言幸兵衛と言はれさうですが。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年04月24日 12:27 | 固定ページリンク




金光寛峯 | ボン書店の幻

内堀弘『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』(1992.9.15, 白地社) を読了。
鳥羽茂という、純粋造本に殉じて窮死の止む無きにいたった出版人の軌跡をえがく。
かくもすさまじきものか。



投稿者: 金光寛峯    日時: 2002年04月25日 05:28 | 固定ページリンク




一考 | ベトナム料理店

 金光さんへ
 川越街道沿いに「華福」という素敵なお店を見付けました。中華と越南料理の専門店です。オープンは先月の十二日。営業時間は午前11時から午前二時半。当分、休みは無し。住所は板橋区大山西町五十四の二。七号線と池袋の中ほどにして、左右に岐れますが日大病院と都立豊島病院へ曲がる交差点の池袋寄りです。貴方の住居からですと右側です。
 ゴイクオン、バングン、水ギョーザがお薦め。揚げ物は油の温度が高過ぎていまいち。終日定食があり、五百六十円から八百円。久しぶりに旨いものを食したと梅子が申しています。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 14:13 | 固定ページリンク




一考 | ボルボの整備

 松友さんへ
 さまざまな資料と問い合わせ先を御教示下さり有難う御座いました。ボルボの内燃機関に関するマニュアルは安田保険から提供を受けました。これもネットのおかげですね。
 最後にスェーデンから到着したプラグコードを換装してエンジン始動。「インテーク・マニフィールドに取り付けられた三つのポッチ」が問題でした。奥がアイドリング、手前のふたつが左右独立したインマニの同調でした。同調を合わせること小一時間、エンジンそのものの異常な音と振動はピタリと止みました。
 「やったぜ」私にとって最もうれしい一瞬です。ディーラーが手を焼いた262Cのエンジンが見事に蘇ったのです。早速オーナーに電話を入れたところ、さすがに驚いていました。「貴方が飽きるまで自由に乗ってていいよ」そうこなくっちゃあ。1箇月半の整備はすべて終了しました。車検用の整備は簡単ですので、来週にでも車検を取って、燃費と最高速の確認をしなければなりません。

 今回の作業で、車の歴史とは内燃機関から生じる高熱との闘いの歴史ではなかったかと思いました。ラジエーターにせよオイルクーラーにせよ、まず冷却能力があって、その範疇にまでエンジンをデチューンするところから商品が開発される。例えば12000回転が可能なヤマハの1GGを6700回転に留めなければ熱対策が間に合わない。梅子さんと北海道からの帰り、新潟県下で6000から6700をキープして僅か15分でオイルの安全弁が吹き飛び、散々な目に遭いました。謂わばエンジンが文字で、熱対策が自らの能力のようなものです。もっとも、私は屡々暴走致しますが。

 今度はR100RSが発するヒュルヒュル音の出所を見つけ出さねばなりません。予定が詰まって来ましたので急がなければなりません。
 事故りはしましたが、さすがに160キロからの加速は申し分のないものでした。換装したプラグも左右均等にうまく焼けています。後は同調を含めて水平対向のエンジンの調子をシンメトリーに持っていかねばなりません。西明石までは遠いですから。
 



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 14:15 | 固定ページリンク




一考 | 

 中島さんへのご返事が遅れ、申し訳御座いません。もう少しお待ち下さい。
 野暮用で恐縮ですが、もっか車と格闘中です。大変世話になっている方の愛車ですので、手を抜くことが出来ないのです。なお、乱入を反省し、今後の小生の書き込みは当掲示板にてやらせて頂きます。
 西崎さんの思慮深い丁寧なご挨拶に痛み入ります。次回ですぺらへお越しの折は直接声をお掛け下さい。取って置きのウィスキーを馳走させて頂きます。

 「いまなぜに鏡花なのか」「いまなぜにベックフォードなのか」との時代への問い掛けを「幻想文学」は繰り返して来ました。そこに新たな価値観を歴史観を求めてのあらがいを繰り返して来たのです。あらがいの中にしか思想はありません。だからこそ、私も幻想文学のファンの一人として駄文を書かせて頂いたのです。
 荒俣氏や俵氏の登場によって、文学から聖性が喪われて久しくなります。ジャンル分けに代表されるカタログ文化の跳梁に私は警鐘を鳴らし続けます。読ませて頂いた上でしか私はものは申しません。その上で、いとすこしのアクチュアリティを現代の若者に求めるのが叶わぬ願いであれば、沈黙するしか御座いません。
 噛み合いもしない無意味な喧嘩を売ったようですね。その無意味さにこそ、恥じ入っております。
 



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 14:17 | 固定ページリンク




一考 | アルティメット

 新しいボトラーの紹介です。The Ultimateのモルト・ウィスキーについて。
 ヴァンウィー社は1921年に煙草の卸業者としてオランダのアムステルダム郊外に設立。マッカランやグレンファークラス等の蒸留所元詰めや、ゴードン&マクファイル社やケイデンヘッド社のボトラーズ・モルトをオランダで最初に輸入。1994年からアルティメットの名でコレクションを頒す。シングル・カスク、ノンチル・フィルター、ナチュラル・カラーを順守し、モルト愛好家の期待に応えている。

 スプリングバンク   オーク        1989 11年 43度
上記が先行して一月に入荷。以下はジャパン・インポートの扱いによって六月に入荷予定。
 クライヌリッシュ   ホグス        1991 9年 43度
 マッカラン      リフィール・シェリー 1990 11年 43度
 オールド・プルトニー バーボン・バレル   1990 11年 43度
 トーモア       シェリー・バット   1989 11年 43度
 ストラスアイラ    バーボン・バレル   1989 12年 43度
 ダルモア       ホグス        1986 15年 43度
 グレンリヴェット   シェリー・バット   1984 16年 43度
 ローズバンク     ホグス        1991 10年 43度
 ブラッドノック    バーボン・バレル   1991 10年 43度
 カリラ        ホグス        1994 7年 43度
 ボウモア       ホグス        1992 9年 59.0度

 同社のホームページはこの種のものとしては傑出しています。情報量の多さもさることながら、マイケル・ジャクソンに倣い、すべてのボトルに点数を設けています。蒸留所の写真も豊富に掲載されてい、モルト・ファンなら覗かずにはいられないホームページです。
 (http://www.awa.dk/whisky/windex.htm)



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 14:28 | 固定ページリンク




一考 | アデルフィ

 アデルフィー・ディスティラリー Adelphi Distillery Ltd
 アデルフィ蒸留所は1826年グラスゴーにて設立。1880年にはスコットランドで最も大きな蒸留所の一つになっていました。しかし、20世紀に入り景気が後退、生産調整のために多くの蒸留所が閉鎖されました。アデルフィ蒸留所も時局を免れること能わず、1902年に閉鎖。ボトリングラインと倉庫のみ使用されるという状態で1960年まで建物は残っていましたが、その後取り壊されました。
 蒸留所の最後のオーナーであったアーチボールド・ウォーカー氏より数えて四代目にあたるジミー・ウォーカー氏はアデルフィ蒸留所の再興を願い、1993年にエディンバラでインデペンデント・ボトラーを設立しました。
 アデルフィ社は低温濾過すなわちフィルターの無使用と無着色のカスク・ストレングスを専門としています。無着色とはカラメルによる色づけをしないことであり、カスク・ストレングスとは水で希釈してアルコール度数を調整しない、要するに樽出しのままということです。
 ラベルとボトルのデザインはスコットランドのグラハム・スコットの手になるもの。すべてが一樽のみのシングル・カスクのため、英吉利では主にメール・オーダーで頒されています。信頼できる瓶詰業者のひとつですが、わが邦での評価は異常なまでに高く、97年に頒された78年蒸留の19年ものアードベッグは既にプレミアが付いています。いささか気になるところです。 
 そのアデルフィ社のニュー・ボトルが入荷しました。香味を確認の上、下記の五種のみの仕入れになりました。どうかよろしくお願い致します。
 
 ダルユーイン     1980 21年 56.1度
   (ホットでビターなアフター・テイストが特徴)
 バルミニック     1990 11年 59.7度
   (ハニー香の強い甘口だが、フィニッシュはスパイシー)
 クライヌリッシュ   1989 12年 57.2度
   (リキュール系の甘さとマスタードの辛さ、バランスのよい銘酒)
 ノックドゥー     1989 12年 56.6度
   (完熟林檎と西洋梨の香り、クリーミーなラスト・ノート)
 ローズバンク     1992 9年 61.8度
   (ドライなミディアム・ボディ、初手は焼き林檎の甘い香り)

 クライヌリッシュでは88年蒸留の11年もの、84年蒸留の16年もの、72年蒸留の28年もの、74年蒸留の27年ものが頒されています。また、ローズバンクには樽の異なる61.0度のボトルもあります。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 19:56 | 固定ページリンク




一考 | ですぺら二周年

 ジョン・ミルロイの兄のウォーレス・ミルロイのコレクション「ベニーヴァー」やヴァンウィー社の「アルティメット」等、インデペンデント・ボトラーの新規参入が続きます。またポット・スティルの形をしたボトルでお馴染みのリキッド・ゴールド社がセカンド・ボトルを。ダグラス・レイン社は「オールド&レア」と題するセレクションを世界に先駆けて日本で発売しました。モルト・ウィスキーの世界は活況を呈しています。

 来る五月一日と二日の両日を当店の二周年記念日とします。連休の中日ですが、お付き合い頂ければ幸甚です。会費は三千円、午後六時より、葡萄酒とスコッチとバーボンとブランデーはたっぷりと用意致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 19:58 | 固定ページリンク




一考 | ベニーヴァー

 ユニークなボトラーの誕生です。ジョン・ミルロイの兄のウォーレス・ミルロイが新たにコレクションを頒しました、題してベニーヴァー。初回は下記の三点ですが、秋にも頒布されるそうです。
 モートラック    フレッシュ・シェリー  1974 27年 46度
 クライヌリッシュ  バーボン・ホグス    1983 18年 46度
 リンクウッド    バーボン・ホグス    1983 18年 46度
   (リンクウッドのバーボン・カスクは珍品。北ハイランド特有のピー
    トの効いたアロマが顕著です。)

 ポット・スティルの形をしたボトルでお馴染みのリキッド・ゴールド社がセカンド・ボトルを頒しました。題してスピリット・オブ・ザ・アイラ。ケルティック・ヘリテージとのサブ・タイトルが添えられています。
  Liquid Gold Enterprisesは1997年にエディンバラで創業。創立者はボウモア蒸留所に勤めていたアンドリュー・グレイ。ちなみに、同氏はブルイックラディ蒸留所の再興にも関与しています。現オーナーは元ワイン商のアンソニー・ウィルスで、アイラ島にキルコマム蒸留所を造ろうと画策中。ロンバード社とのパイプが太く、「カレドニアン・セレクション」の名でカスク・ストレングスを頒しています。カレドニアンとはスコットランドのかつての呼び名。同社のボトルは甘味が深く舌触りはよいが、ボディがいささか軟弱。それ故、ラ・リザーヴ社のコレクション同様、日本人にはすこぶる好評。
 ボウモア      1990 11年 40度
   (若草の香りとフェノールのキャラクター、柔らかいスモーキー・フ
    レーバー)
 ハイランド・パーク 1991 11年 40度
   (元詰めと比してシェリー香は控え目、クリーミーなスモーキー・フ
    レーバー)
 ブルイックラディ  1991 10年 40度
   (繊細なピート香、すべてが軽くアイラモルト固有の刺激はない)



投稿者: 一考    日時: 2002年04月25日 20:35 | 固定ページリンク




松友 | ローズバンクのカスクに期待

 一考様、取敢えずは御無事の御様子で一安心です。
四輪ではかなりの進展があったそうで宜しゅうございました。あまりお役に立てませんで失礼致しました。御教授戴きましたサイトは時間を掛けてしっかり見ようと思います。ありがとうございました。
 内燃機関は御指摘の通りで熔けても構わなければ瞬間の性能は出るようですがそれではちょっと。特異な例は単車のドラッグレースのエンジンで走行時間が余りにも短いので冷却フィンなどは削り取られている事があります。ですが一考様が爆走できる場所はサーキットよりも一月程前にお話のあった「よみちゃん」ではないのでしょうか。スレッドをお立て願えたとしても拝見することしか出来ないのが残念です。さて、この名を検索すると全く別の存在があることに気が付きました。暦を変換をする技術が先ず目に入りますが、とある漫画の登場人物の愛称もよく見ます。TVアニメにもなっていますので人気があるのでしょう。
 TVといえば25日「世界酔夢紀行」(NTV、21:54~22:00)にてグレンゴイン蒸留所が紹介されていました。建物、ポットスチル、熟成樽、小さな滝の映像。仕込みに用いるとされる水が流れ落ちる様、彼の地でウィスキーは自然に囲まれながら生まれているのだなと参考になりました。
 そのウィスキーについての多くの御紹介、勉強になります。これほどブランドが増えるとは大変なことになっている御様子。リキッド・ゴールドはファースト・ボトルのスプリングバンクが濃厚な香りがあるも親しみ易い味で好印象でしたので今回も期待大です。これで手頃な価格ならとても嬉しいのですが、やはり結構なお値段になるのでしょう。また、アデルフィのローズバンク、カスクは是非御相伴賜りたくお願い申し上げます。確か往年のブレンデッドで甘い香りと蜜のような舌触りが印象的な「ハイランドネクター」のキー・モルトでしたっけ。とても楽しみです。

付記:東京都現代美術館にて「フェラーリ&マセラティ展」が開催されるそうです。世界初出となるフェラーリの次期GT「FX」のデザイン・モックアップをはじめ、フェラーリとマセラッティ約20台。木型、図面等もあわせて展示されるそうです。
期間:4月27日~7月14日(月曜、5月7日休館)
場所:東京都現代美術館(江東区、木場公園)



投稿者: 松友    日時: 2002年04月26日 02:04 | 固定ページリンク




外山恒一 | 裁判総括

今回は、フザけないで、ちゃんとぼくの心境を書き残しておこうと思う。
 高等裁判所の判決は「控訴棄却」、判決理由は、ほとんど第一審判決のまんまコピーで、
裁判所がいかに手抜き仕事をやっているか、3審制なんてものがいかに機能していないかと
いうことだけがハッキリする代物だった。
 一応、身辺整理のための時間稼ぎをしたいので最高裁への上告手続きをおこなっていると
ころだが、上告が受理される可能性は1%もないだろう。
 欧米なら、百%、無罪判決が出ている裁判である。
 日本という国がいかに先進国でも法治国家でもないかということが、身に染みて分かった。
 ともあれこれで、ぼくの10ケ月の刑務所行きは、ほぼ確実となった。
 弁護士の話では、入獄はおそらく5月か6月だろうという。
 悪あがきしても仕方がない。個人の力ではどうにもならないことだ。
 黙って10ケ月の刑務所生活に甘んじる他ない。

 政治的な表現をあえてすれば、ぼくの問題意識は極めて明確だ。
 セクハラ問題あたりから予兆があって、近年のストーカー規制法、DV防止法など、誰も
正面切って反論できないような大義名分で、国家権力の及ぶ領域が市民社会のすみずみにまで
拡大していく状況にぼくは反対だということだ。
 しかも、国家権力の肥大化に本来なら歯止めをかけるべき左翼勢力が、むしろフェミニズムの
猛威に萎縮して、それを事実上、後押しさえしているという様は言語道断と云うべきだ。
 ぼくは、そうした極めて現代的な最先端の問題に、真正面から闘いを挑んだ。
 現実に起きたのは、単なるちょっと行き過ぎた痴話喧嘩である。
 本来なら、他人がとやかく口を出すべき性格のものではない。
 しかし、いったんそれが立件、起訴、裁判にまで発展している状況、そして当事者の一方が、
刑務所送りになるかもしれないという事態にまで公的、政治的な問題にまで進行しているという
のに、ぼくがこれまで「同志」だと固く信じていた人たちさえもが、宮沢を唯一の例外として、
直視を恐れ、沈黙を貫いた。

 「メンズリブ」の運動には、心底から幻滅した。
 こんな時にこそ、彼らは男の側に立って、ぼくの起こした事件への評価は各々の活動家によって
差異はあるにせよ、女を殴ってしまった男の追い詰められた精神状態を理解することに努め、
少なくとも裁判という公の場では、ぼくを擁護する側に回るべきではなかったのか?
 善し悪しはともかく、「メンズリブ」発祥の地、アメリカでは、反フェミニズムの、場合によって
はマッチョ主義のグループすら存在するという。
 しかし、日本の「メンズリブ」は、フェミニズムの横暴に完全に屈服した、女の奴隷共の集団ではないか。
 「男性解放」なんて口先だけの方便で、現実には、怖いフェミニスト様の茶坊主に成り下がっている
だけではないか。
 かといって「右」に転向できないぼくとしては、結局、宮沢を除いては現在、共に闘える「同志」は
存在しないんだということを思い知った。
 つまり、いわゆるこれまで式の「運動」路線では、ぼくに活路はないということだ。
 もちろんぼくは懲りることなく運動を続けるが、それははた目には「運動」の体を成さない、
異様なものとなるだろう。
 そのシナリオは、すでにぼくの頭の中にある。



投稿者: 外山恒一    日時: 2002年04月26日 16:39 | 固定ページリンク




管理人 | どなた?


↓、はてさて、どちらのひと?



投稿者: 管理人    日時: 2002年04月26日 17:06 | 固定ページリンク




動坂亭 | 種村季弘の箱

 一考様、梅子様、先日は大変お世話になりました。
 掲示板を読んで梅子様と書きましたが、先日紹介いただいた西宮ご出身の方でよろしいのですよね(違っていたら申し訳ありません)。
 事故のほう、悪くとも大怪我ではなさそうで、なによりです。
 いまは皆川博子氏の新著『冬の旅人』にのめり込んでいますが、「種村季弘」という巨大なテーマについては、これからじっくり、ロングランで楽しむつもりです。
 『徘徊老人の夏』を読んで感じたのは「文体の魅力」という当たり前すぎる一点でした。この場では阿諛追従と取られかねませんが、『箱』で唯一、文体について書かれている高遠弘美氏の論考が、やっぱり、どう見ても群を抜いているように思われます。
 たとえ面識ある場合でも、作家と向き合うのは、著書を通じてすべきで、思い出話でお茶を濁しているようなものからは、なーんにも出てこない。特にダメなのはI氏とH氏ですが、理由を書かないとりきさんに怒られそうなので(笑)、苗字のイニシャル以上は控えます(ただし池内紀は論外)。もっとも、勿論そんなものばかりではないので、読む価値のあるものは他にもかなりありそうな感じです。作った本人は満足するってことはないのかもしれませんが、日が経ってみれば、けっこう良かったと思われるかもしれません。
 ほかには、写真がどれも素晴らしいし、面白い。
 幻想的掲示板のほう、東さんの「なんだー」っていうタイトルに、思わず笑ってしまいました。



投稿者: 動坂亭    日時: 2002年04月27日 02:45 | 固定ページリンク




りき | トゥーランドット姫展

こんにちは。
りきです。

人形屋佐吉から、人形展の案内がきました。
一応、紹介してきます。

今回はビスクドール中心の展示会。
特別出品:天野可淡、恋月姫
出展人形:オリンタルブルユ、A.T、ジュモー、その他
(はっきりいってよく分かってません。僕)

時:2002年4月27日~5月20日(14:00~19:00)
場所:マリアクローチェ
   (東京都台東区元浅草1-8-11銀線ビルB1F)
   マンションの地下駐車場です。かなり分かりやすくはなっていますが。

入場料:ワンドリンク制 ¥1000
お問い合わせ:03-5828-3075

以上です。

こういうことを書くから、「人形愛好家」とかいわれるんだろうな・・・・。



投稿者: りき    日時: 2002年04月27日 11:48 | 固定ページリンク




一考 | Re.ボン書店の幻

 金光さんへ
 ボン書店に限らず、貴方の本拠地の上方にもユニークな出版社はありました。金尾文淵堂、ぐろりあ・そさえて(前記二社共に後年東京へ進出)、五典書院、和露文庫などです。そちらの消息に詳しいのはCAMPAGNOLOさんと肥田晧三さんです。CAMPAさんが上方出版人列伝を著されるのを待っているのですが。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月27日 14:08 | 固定ページリンク




一考 | 食べ物

 こしぬまさんへ
 「種村季弘の箱」のお買い上げ有難う御座います。桑原さんによると頗る好評だとか、しかし聞くところによりますと売れ行きはいまいちとか。いずれにせよ、売れねば川島さんや東さんに合わせる顔も御座いません。書評や紹介も随分頼んだのですが、反応が鈍いようです。
 「天どん」のくだりは私も同感、と言うよりも種村さんの「食物漫遊記」を読んでこのかた、あの人と食事を共にするのが嫌になりました。だって、食べ物に対してあそこまで屈折した信条は持ち合わせていないからです。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月27日 14:10 | 固定ページリンク




一考 | 若者来訪

 松友さんへ
 四月に入ってから、若いお客さんが一気に十人ほど増えました。みなさんモルト・ウィスキーのビギナーで、アードベッグがいたくお気に召された二人連れは貴方もご存じでしょう。
 ですぺらのビルの二軒隣に住む若者はラガヴーリンとオートバイがお好きで、一昨日も遅くまでバイク談義になりました。ケンタウロスは憧れていたものの、まさかこんな近くに現役のケンタウロスがいるとは思いも掛けなかったとか。900SSの購入に付き合うのと、仲間五人とのツーリングを約束させられました。関西でジェット・コースターとの異名を獲ったおっさんは峠では常に命懸けで走っています。過去、私の前を走ったのは兼武さん一人のみ。若さにまかせて私を置き去りにするような人が出てくれば本懐なのですが。
 貴方も乗っておられたのでよく御存知でしょうが、ドゥカティはもっとも気難しいバイクです。BMW、ハーレー、モトグッチのエンジンはごまかしが効きますが、ドカだけは調子の悪いのにあたると手の施しようがないのです。慎重に選ばねばなりません。
 みなさん二十代ゆえ、パソコンには慣れっこです。情報を載っけて欲しいとのことですので、これからはモルト・ウィスキーとボトラーズの最新ニュースを定期的に掲載します。
 しかし、久しぶりに若者と時を忘れての晤語を楽しみました。やっぱりいいですねえ、遠慮がなくて言いたい放題ですもの、若さがすべてですよ。

 R100RSは貴方と私の見立ては当たっていました。前輪のブレーキが異音の原因でした。それと右エンジンのバルブの汚れが思ったより激しく、取り替えることにしました。タペットとキャブの再調整は私がしますが、バルブの交換は時間切れで拙宅では不可能、中村モータースへ持ち込みました。整備の仕上げは二日午前しめ、これで安心して神戸へ行けます。来住さんで酔い潰れてきますのでよろしく。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月27日 14:25 | 固定ページリンク




一考 | 異議と論争

 高遠弘美さんへ
 なるほど、英語のcontestationでしたら異議との意味合いは薄くなりますね。私も掲示板ではですます体を用いています。手紙を書くのと同じ要領です。ネットもメールもすべては昔日の尺牘、尺翰の延長線上と心得ているのです。
 それにしましても、いつも耳の痛い話ばかりですね。私も久しく、墜落をげきらく、究極をくうきょくと読んでいました。げきらくは撃墜に通じ、くうきょくは空虚に通じるなどと虚勢を張っていたのです。きっと今でもとんでもない読み違えをしているのだと思います。
 お申し越しの宛字外来語辞典、昨日柏書房の芳賀さんが紀伊国屋書店の重役と来店なさったのですが、ですぺらへ来る予定ではなかったので持参かなわず、いま暫くの猶予をとのことでした。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月27日 14:34 | 固定ページリンク




松友 | 旬の蛍烏賊他

一考様
 まずもってR100RSの状況も良好になりつつあるようで、宜しゅう御座いました。久々の遠出となる御様子、気をつけて行っていらっしゃいませ。来住さんの所に行けるのは本当に羨ましい限りです。居心地良し御食事美味し御酒の揃え申し分なしでお手頃価格の「きし」、彼の地では一番好きです。今の時期ですと鰹、赤貝、蛍烏賊が旬でしょうか。蛍烏賊のお造り、沖漬けは美味で懐かし。
 先日頂戴しましたアデルフェィのローズバンク 9年 61.8%、辛かったです。しっとりとした甘い蜜のような香りが心地好くも年数と度数からか舌への刺激がありとろみのような感覚は薄く、ハイランドネクター、キングジョージ4世のキーというのは聞き間違いでしたのかしらんと、どうもあの印象から抜けきれません。拙メもモルト・ウィスキーのビギナーです。今後もウィスキーについての御教授、宜しくお願い申し上げます。
 ドゥカティは御指摘の通りでして、中古であれば峠やサーキットでの走り込みが多かったり改造してあったりで、是非、時間を掛けてお選びください。エンジンを被うフル・カウルであれば夏場の熱気の直撃は如何ともしがたく、これを厭うならハーフ・カウルの選択となりましょうか。「夏場の股火鉢」は男には辛いものがあります。先のボルボについての件で発熱量についてのご指摘がありましたが、これが正に体験できるのではないでしょうか。もっとも、オイルを大切にすればある程度の対応ができるとも聞きます。900SSは前後キャブがVバンク内に収まっているモデルをお選びと思います。同じ機種名でもカムシャフトがベベルギア駆動のモデル、もしくはMille等の外観換装型も味わい有です。こちらは今日のお若い方々であればまず苦も無く跨れますが、ある程度の体格があった方が楽しめるでしょう。
 なお、遅くなりましたが、国産リア・ミッドシップには大手メーカー製ではトヨタ・MR-S、ホンダ・BEAT(軽)、マツダ・AZ-1(軽)とOEMのスズキ・CARA(軽)が、少量生産メーカー製ではトミーカイラ・ZZ(エアコン無)があります。ですが多くが現行機種ではなくなってしまいました。穿った見方をすれば軽トラも多くがリア・ミッドシップでホンダ・Z(軽)は同様の構成によるミニバン的概観のRVとなっています。
 車関連の書き込みを長くすると多く無興を買いそうなのでこの辺で。

 おまけ:往年のZのミニカーですが、おもちゃ屋さんの店頭に並んでいてお金を入れると透明ケースに入ったおもちゃが出てくる所謂ガチャガチャのカプセルトミカの第四弾には240Zがあるようです。加えてゲームセンターでの景品にもあったようです。この手は入手に金と労力が掛かるのが難点です。



投稿者: 松友    日時: 2002年04月28日 23:46 | 固定ページリンク




一考 | バイクにて見参

 明石の皆さんへ
 五月五日の日曜日、午後六時に来住さんへ参上します。アイラ・モルトのカリラを持参、どうかよろしくお願い致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年04月30日 20:09 | 固定ページリンク




高遠弘美 | おめでたうございます

ですぺら開店二周年を心よりお祝ひ申し上げます。本日は十時までの夜学勤務のあと、押つ取り刀で伺ふつもりでしたが、日頃の不摂生が祟り、体調芳しくありません。休講にするわけにいかないので、仕事には何とか参りますが、お店には伺はず、帰宅して静養にあひ努めます。
皆様にくれぐれもよろしくお伝へください。
末尾ながら、ですぺらのますますのご繁昌と皆々様のご健勝を祈つてをります。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年05月01日 08:23 | 固定ページリンク




一考 | エッセイ集の注文

 高遠さんへ
 当掲示板をお読みの方から「乳いろの花の庭から」の注文が入りました。メールを転送致しましたのでよろしく。
 文中「掲示板で高遠先生のご文章を拝読するにつけ、圧倒され、先生の言葉の世界にもっと触れたいと願うようになりました」と御座います。有り難いことです。管理人の櫻井さんにも感謝。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月01日 14:03 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 忝なく存じます

何よりもありがたく存じます。
その方にはさつそく当方よりご連絡申し上げます。
感謝をこめて。
皆々様にはよい連休をお過ごし下さいますやう。
一考さんもご無事で。BON VOYAGE!



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年05月02日 07:13 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 鈴蘭も綺麗だけど君影草という名前も良いですね

石神茉莉さま

1日には鈴蘭の花束ありがとうございました。
5月1日に鈴蘭を贈られると幸せになれるというのが、本当だといいなあ。
鈴蘭の花言葉は「純潔・幸福が訪れる」だそうです。

一考さん=ですぺらも贈られていましたが、純潔な一考さん、純潔なですぺらというのは実に奇妙ではありませんか。

5月2日より7日までいつものメールアドレスにいただくメールは見られません。
その間のメールは下記メール欄までお願いいたします。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年05月03日 11:54 | 固定ページリンク




松友 | よみちゃん、ミニカー、そして「ほしのこえ」

一考様
 暫しの長文を御容赦お願い申し上げます。
 先の書込みにて触れました漫画の登場人物「よみちゃん」ですが、透明ケースに入ったおもちゃの所謂ガチャガチャでフィギュアを見つけました(本品の販売元バンダイでは「ガシャポン」という登録商標で呼んでいるようです)。幸いなことに直に出てきましたので、今度お店にお持ち致します。今回の六種の中にはなかなかなキャラクターもありますが未だ手に入らずそちらは御容赦お願い申し上げます。原作は既に連載を終えた雑誌掲載の漫画で、”癒し系”などと紹介される事が多いそうです。近々の頒布が発表されている次のシリーズでは別仕様の「よみちゃん」が出るようです。
 そのガチャガチャ、例えばスーパーカー消しゴムが記憶にありますが、近年のミニチュアの類の品質は見事なもので、隔世の感があります。御存知のダイドー・デミタス・コーヒーによる二玄社・NAVIの名を冠したミニカー・コレクションはダイキャストによる本格的な作りで車種選択が渋く、十車種各二色づつというのも泣かせます。こちらについて御店にてお客様に月刊・NAVI誌上にて製品化に至る経緯が掲載されていた旨御教授賜りましたのはとても勉強になりました。恐らくは2002年2月号から4月号までの「1/100への挑戦」という3回にわたる記事かと存じます。近隣の図書館にて拝読しようと思いましたが残念ながら貸出し中でした。文中「次があったらスーパーカーにしようか世界の名車にしようか」なる旨の記述もあったようです。どちらも魅力的な組み合わせになりそうですが、動物などと比し興味を持たれる向きが絞られそうな感もあります。今回の人気の程は実際の処どうだったのでしょうかしらん。
 さて、話は跳びますが、ふとアニメーションについて一つだけ。今年2002年の始めに発表された新海誠製作の「ほしのこえ」という作品がCGアニメーション界で注目されているそうです。ここ数年来の一般向けPCの性能向上とCGソフトの充実から、個人でもアニメーションを創れる環境が整いつつあったのは先刻御承知の事と存じます。これまでも地道に製作してきた方々がいらっしゃり、アマチュア限定のコンテスト等はそういった方々の発表の場の最たるものの一つでした。やはりビデオ等何がしかの実体のある媒体での頒布が難しい事に変わりは無く、そうした中でも「ほしのこえ」はこの関門を乗り越える事が出来るのではないかと期待を持って見られているそうです。同氏の前作「彼女と彼女の猫」を併せて収録したDVDは既に初期生産分(噂では一万本とか)をほぼ初めの一週間で売切り、追加の分は扱ってくれるソフト販売業さんの店頭に不足無く並べられるよう準備中との由。氏自身、ネットやブロードバンドの普及と時期が合ったなどの故を挙げておられましたが、本作は目立った広告をしてこなかったにも関わらずのDVD販売等、様々な点で興味深い事例なのだそうです。成る程と思い探してみれば、ネットにて自主制作アニメを配信する向きも増えつつあり、こちらも隔世の感を否めません。
 では。



投稿者: 松友    日時: 2002年05月08日 11:24 | 固定ページリンク




内山 | 一考さんへ

昨日の目黒のアスベスト館の件。たしかに緊急事態ですね。
神楽坂のセッションハウスの伊藤夫妻をよく知っているので、彼らを通じて
若い舞踏家やダンサーにも署名などの協力を要請したいと思います。
まずは近い内に署名用紙を取りに行きます。



投稿者: 内山    日時: 2002年05月09日 12:47 | 固定ページリンク




こしぬま | 切り絵

きのうから「王子ペーパーギャラリー銀座」で成田一徹「The Cigar Story 葉巻を巡る偉人伝」出版記念原画展が催されています。以前、「To the Bar」というきり絵の本で惚れた作家です。17日まで。職人だからネットは関係ないというので、勝手に宣伝しました。失礼。



投稿者: こしぬま    日時: 2002年05月09日 17:54 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 行かれなくてすいません

◆一考さま

 ごぶさたしてます。
 二周年のお祝いにお伺いできなくてすみませんでした。
 末長いご発展をお祈りしています。

 実は、突然思い立って二年ぶりにフランスに行っておりました。
 
 今回は孤独を楽しむというテーマで、パリの街の彫刻やらモニュメントやらに堂々と溢れかえる秘境的なシンボルを
見つけ出しては、ほくそえむ、というオカルトな旅でした。
 といっても特別なところにいくわけではなく、一見普通の観光客と同じ、ルーブルだの、ノートルダムだの、
コンコルド広場にやまほど見いだせるのです。
 パリというのはかなりの魔術都市なのだと実感しました。
 そういう観点から見るとすると、行き足りない所がまだあるので、近いうちまた行きたいと思っています。

 そうそう、宿のバーで選挙実況をさかなに、あーだこーだ知らない人たちと盛り上がりました。
 この手の話をしないとフランス行った甲斐がないというものです。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2002年05月12日 01:55 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 『宛字外来語辞典』について

一考さんのお薦めの本はどれも面白く、その眼力に恐れ入ることいつものことではありますが、先日書いていらした『宛字外来語辞典』(柏書房)はこれまた素晴らしい辞書で、昨夜以来時の経つのを忘れて読んでをります。パリの中華街を歩きますと、法國巴黎(仏国巴里を彼処ではそのやうに書きます)とか、超級市場(もちろんsupermarche)、自助洗衣店、可口可楽、正宗牛肉粉といつた文字があちらこちらにあり、愉快至極に思つたものですが、この辞典はそんなささやかな経験をはるかに越えた驚きと感歎と喜びといくばくかの当惑をもたらしてくれます。まこと、机辺におくべき一冊です。一考さんと柏書房の芳賀社長に深甚の感謝を申します。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年05月14日 12:45 | 固定ページリンク




一考 | 山下清澄さんのことなど

 ムーンさんへ
 先日はお世話になり有難う御座いました。ミル嬢のお持てなしには感服、宝石のお仕事にかかる才能がもしなければ、太郎屋さんと共に西を代表する割烹の女主人に成り得たものを、私の嗜好から推して残念至極。料理の要は愛情と、この歳にて改めて気付かされました。よろしくお伝え下さい。
 来住では刺身とモルト・ウィスキーと発動機の話に終始。板前から暴走族、アル中から陶芸家、旋盤工から宝石商、空手家から運送屋、配管工から登山家、整備士から看護婦等々、酒だけを拠り所によき友が久しぶりに集いました。一人として同業の者が居ない、不思議な光景で御座いました。更に獣医、歯科技工士、書家、画家、サーファー、新聞記者、そして鍍金屋、自動車屋、バイク屋、酒屋、金魚屋、自転車屋、焼き肉屋、お好み焼き屋のおやじとニッカポッカの沖縄のあんちゃんと銀行の支店長を加えれば、それが明石のですぺらの常態だったのですが。おっとワーグナーとアドルノの研究家三光長治さんを忘れるところでした。

 刹那の広島行きだったものですから、津原泰水さんには連絡をとりませんでした。山下清澄さんが近く広島で個展をなさるらしく、その折にでも御紹介しようと思っております。あのお二人なら呼吸があう筈です。ムーンさんには個展の日時が決まれば連絡致します。次回は車で参りますので、一緒に広島へ行きませんか。作品は六万から二十万円くらいまでとお聞きしました。近作は驚くべき稠密さを持っています。横須賀さん、須永さん、高遠さんも驚愕なさっていました。
 それにしましても、一宵徹して山本六三さんの話になりました。もっとも紹介したのが私ですので致し方御座いません。六三さんの影響を受けた方は多くいらっしゃいますが、六三さんが影響を受けたのは山下清澄さんの他、恐らくは三名のみ。山本六三についてのエッセイを是非著したいとのことですので、雑誌を工面致さねばなりません。発動機と書物は確実に私をどこかへ連れて行ってくれます。山下清澄さんとの久しぶりの再会が私の中のなにかに火をつけました。まだまだ朽ち果てるわけにはいきません。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月15日 18:28 | 固定ページリンク




moondial | (無題)

一考さんへ

暫く貴兄の書込もなく、無謀なバイク遊行の所為で、肩腰、手首の硬直は勿論の事、疲労困憊、ひょっとすればご自宅でぶっ倒れておられるのではないかと聊か心配しておりました。

持てなしという大層な事は何もしておりませんよ、恐縮です。ミル嬢は、思い掛けず貴兄に料理を褒められ、まるで生娘の様な仕草で面映ゆしいなどと申しながらも、すぐ背後でうきうき雀躍りして喜んでおります。大嫌いなヘビースモーカーの一考さんが、誉め言葉を頂いて一瞬にして大好きになった、などと申しております。なんと単純な。「割烹」などと云う大層な表現は勿論過分ではありますが、誉め言葉は、女性の能力などを有効に生かす素晴らしい「活法」ではありますよね。

広島へのお誘い有り難うございます、是非ご一緒させていただきたいものです。しかし、貴兄に芸術的に調整された車であの負けず嫌いの熱血運転となると、ちょいと即答を躊躇してしまいます。勿論貴兄の運転の素晴らしい腕前は先刻より承知しておりますが、ふむ、広島駅での待ち合わせと致しましょう。発動機と黄泉の国へは行きたくない。 旅程が決まればまた連絡ください。 陶芸家の太田さんも誘って序でに備前にもご一緒したいものです。

「ワーグナーとアドルノの研究家三光長治さん」と云う方は残念ながら値遇を得られませんでしたが、最近は西尾さんの影響でワーグナーも随分と聴いております、是非機会があれば紹介してください。



投稿者: moondial    日時: 2002年05月15日 23:23 | 固定ページリンク




一考 | 車検

 松友さんへ
 十五日に262Cの車検を取りに行きました。川越街道沿いの練馬自動車検査場が拙宅から近いので便利です。なぜか今年に入ってから車検場はがら空きで待たされることもなく、おそらく一時間もあれば済むと思っていたのですが、排ガスで何度も引っ掛かってしまいました。
 ご存じのとおり、基準値は4.5の1200PPM。一回目はCOが5.5。二回目はバキュームを抜いてアイドリングを550にまで落としても4.9。三回目は検査器のホースを折り曲げて排ガスがあまり入らないようにしてやっとパス。ディーラー車検なら誤魔化しが効くので問題はないのですが、次回の車検は難儀なことになりそうです。
 仕方のないことですが、今後排ガス規制はより厳しくなります。やがて古い外車には乗れなくなりそうです。BMWはオートバイメーカーですので昔から排ガスに真摯に取り組んで来ましたが、ベンツやボルボはちゃらんぽらんですから大変です。縦目のベンツのオーナー等はどう処理しているんですかねえ。値の張るディーラー車検が繁盛している理由がやっと納得できました。きっとその場しのぎの違法な車検が罷り通っているんでしょうね。徳大寺さんが古い車に乗るのは犯罪だと申しておりますが、解る気がします。
 12Aロータリーをフロントミッドシップに搭載したサバンナRX-7が車検で何度もはねられていました。四回目で排ガスをクリアーしたものの光軸で再三はねられていました。光軸はシビアですから、ハロゲンに換装して事前にテストしておかないと到底無理です。そうでないと1500円が無駄になります。もっとも、私のR100RSも右側通行用のライトですのでいつも冷や汗をかかされます。そちらの車検も七月に控えています。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月16日 21:22 | 固定ページリンク




松友 | タウザーさんとアンバーさん

一考様へ
 御言葉ありがとうございます。車検お疲れ様で御座いました、練馬が近いというのも不思議な御縁と存じます。車検場が空いているというのは意外でした。
 そういえば、過日お持ち致しましたフィギュアは速攻撤収願えていた御様子、指向が異なりますのでむべなるかなと、失礼申し上げました。既に御含み置き願えておりますように、排ガスは様々な側面を有し、徳大寺氏の弁はごもっともなのですがこれも微妙な御発言かにゃ、と。それでは今度のフィギュアはYUJINの「昭和の猫」をお持ち致したく存じます。とは今晩TVにてグレンタレット蒸留所が紹介されていました。グレンタレットといえばディスティラリー・キャット、そのアンバーさんが出演していました。「君」と称されていましたが彼さんなのでしょうか、確か先代タウザーさんは彼女さんだったような。そういえばグレンタレット蒸留所のサイトにはタウザーさんの壁紙があるそうです。
 では次は、アンバーさんに因んでグレンタレットの12年など、御相伴に預かりたくお願い申し上げます。

付記:さて板違いやもしれませんが、既に御存知の通り11日ベルリン発共同通信によればドイツ・ベルリン東部にてドラキュラ王国の樹立宣言がなされたそうです。元首たる国王はドラキュラのモデルになったとされるブラド公の御子孫でベルリン南方のシュンケンドルフ村に土地、邸宅を持ち、レストランを経営しておられる由。他のニュースも見れば、地元ブランデンブルグ州による町村合併策に対する異議の意もあるらしいのですが、紋章入りパスポートも揃え気合十分との事。ちょっと拝見してみたいものです。



投稿者: 松友    日時: 2002年05月17日 02:21 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン | さて、シャンパンの”マルキ・ド・サド”はどうしたものか?

うーむ、それでは10年ぐらい前に話題になった”マルキ・ド・サド”という「高級シャンパン」はどうなったのだろう?
たしか、高橋睦郎が代理店の代表だったという噂を聞いたこともあるけれども…
そういえば、小生は、むかし甲府に出張したときに「マルキワイン」と「サドヤワイン」を1本ずつ東偏執長のところに贈って、「どうだ、マルキとサドだぞ」と申し上げたことがありましたな。(憶えてるかな。さて、今度も「幻想文学」の書評は「落として」失敬!)
それから、サドの名訳者橋本到さんが、今度、法政の専任になられたという話を松山俊太郎さんから聞いたのだけれども、この人のホームページは、いつのまにか開けなくなってしまっている。これも、一体どうしたことだろうか?
ドラキュラからサドに連想が飛んで、いろいろと気になることの多い御邪魔ビンラディンなので、あった。



投稿者: 御邪魔ビンラディン    日時: 2002年05月17日 15:27 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 文楽

まつたくの素人の感想です。無視してくださつて構ひません。ご用とお急ぎでない方だけお附きあひ頂ければ幸ひです。今日、国立劇場で文楽「菅原伝授手習鑑」通し上演を見てきました。フランス語風に言ふなら「聴いてきた」entendre une comedieといふべきかもしれません。11時から21時まで。もう2時間もあればパリについてゐるくらゐの時間でしたから、長いと言へば長いのですが、さう苦にはなりませんでした。
文楽は観るごとにその魅力に目を開かれます(先週見た松禄襲名披露の歌舞伎はもうひとつでした。とくに勧進帳は新聞では褒めてゐましたが、さてどうでせう)。
人形遣ひで、吉田玉男、文雀、簑助、太棹で鶴澤寛治、義太夫で竹本住太夫、といふ五人の人間国宝が出てゐたのですが、83歳の玉男の遣ふ菅丞相の静と動、理性と狂気、簑助の女房千代のたをやかさと哀切、文雀の覚壽の勁さと真率さ、また、人間国宝でこそありませんが文吾の松王の激情と抑制、桐竹一暢の白太夫と武部源蔵の落ち着きと軽妙と悲哀にいたく心動かされました。
いままでもさういふところは素人ながら感じてゐたのですが、けふは義太夫の重要さに今更ながら気づきました。いままでぼんやりしてゐて気づかなかった太夫の藝の違ひが文楽の出来そのものを左右するといふことがわかつたと言へばいいでせうか。
けふ住太夫(77歳)は櫻丸切腹の段を語つたのですが、四ヶ月病気で休んでゐたとは思はれぬほどの充実ぶりで、フシもみごとなら人物描写もふかく、また鮮やかで、かういふ太夫を聴ける幸福を感じました。9月には住太夫の素浄瑠璃があります。それもぜひ行きたいと思ひます。
それに判つていらつしやる方には笑止千万と言はれさうですが、義太夫がしみじみと聞こえてくると、太棹もよく耳にはいつてくるのですね。住太夫の相方(さうは言はないでせうがともかく)の野澤錦糸、綱太夫と組んだ清二郎、伊達太夫(けふはまつたく不調でした)と組んだ寛治、十九太夫の相方をつとめた清治の三味線にはどきどきしました。とくにけふは錦糸と清治には脱帽です。今度は三味線の会にでも行かうかなどといふ不埒な気持ちが湧いてきたほどです。東京では次回は9月が文楽です。8月7日が予約開始。奥歯さん、今度は取れるといいですね。

追記。
柿沼様
もしこの掲示板をご覧ならメールを頂けないでせうか。たまたまけふの公演は映像収録してゐたやうです。NHKで放送する日時がわかりましたら、お教へ下さいませんでせうか。勝手なお願ひをご容赦ください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年05月18日 01:55 | 固定ページリンク




梅子こと薫子 | 羨ましい

 高遠さん、行かれたのですね。「菅原伝授手習鑑」については新聞記事で読んで、
見てみたいなあと思っていたところでした。須永さんや高遠さんが熱く語って
下さる影響か、最近は歌舞伎や文楽の公演に行って見たい気持ちがむくむく
湧いてきました。関西に住んでいた頃は、大阪の文楽座や京都の南座にも、
気軽に行ける状況だったのにと今更ながら悔やまれます。
いつになったら実現するやら。当分はお二人の実況中継を伺いながら、
想像するしかありません。
高遠さんの身振り手振り付きのお話、お願いしますね。
 柿沼さんは近々ですぺらに来られるようですので、お伝えしておきます。



投稿者: 梅子こと薫子    日時: 2002年05月18日 05:24 | 固定ページリンク




動坂亭 | とりとめもなく

講談社文庫の新刊『十二宮12幻想』の東雅夫氏による解説は、アンソロジーと競作集の違いについて熱く持論を語ったもので、それを読んだ小生がゆくりなくも連想したのは、他ならぬ『種村季弘の箱』でした。
 東氏の論に沿って譬えるなら、『箱』はアンソロジーと競作集の両面の性格を持っていて、その競作集とならざるを得ない部分に、”伝説の名編集者”(『SFマガジン』最新号)渡辺一考氏のbk1での総括における葛藤があるのかな、と(ちなみに、アンソロジー部分の代表格は吉行淳之介「「幻に化す料理」集成」で、やはり、さすがに違いますね)。
 『十二宮12幻想』は、そもそもコンセプトが抜群に優れていて、各編の出来不出来からは独立して称揚されるに足ります。『箱』もまた、企画と内容とを別個に捉えることができ、初めての特集本という意義は出版史に残るものでしょう。
 内容については、bk1で触れていらした各氏の文章はもちろん、他にも秋山裕徳太子、池田香代子、石井満隆、石内都、大内順、大久保鷹、坂入尚文、谷川渥、田野倉稔各氏のエッセイや談話は、興味深いものがあると思います。ご本人へのインタビューでの「無邪気に生きているつもりでも、家族構成やなんやら、既に決定されてしまっている歪みをもろに蒙っているんですね。それが非常に嫌だということでしょう」という言葉なども、実感として身に沁みます。
 対談で示唆されているように、例えば『書物漫遊記』を書評や作家論としてでなく「小説」として各編ごとに具体的に読み解く試みなどが、将来もっともっとなされてほしいものです。ほんとに。
 一日一度は覗く「ですぺら掲示板」や「我楽多本舗」でも、誰か種村氏について書いてくれないかなーと、勝手に期待しています。
 ところで文庫版『12幻想』、当初様子見だったのが、「エロチシズム」はレアカバー(いまなら書店にまだまだある)、「十二宮」は東氏の解説につられ、3冊揃えるしかなくなってしまいました。やれやれ。



投稿者: 動坂亭    日時: 2002年05月18日 13:38 | 固定ページリンク




松友 | スプマンテの「フェッラーリ」にも興味津々

 「マルキ・ド・サド」、初めて伺いました。ありがとうございます。
 ネットを暫し彷徨ってみました。なんでも生誕250年を記念して1990年に名を冠して発売された由。葡萄栽培から瓶詰を行っているところがサド家と所縁が深いとか。ニッカが通販していた事もあるそうなのですがこの点詳細不明です。「マルキ」と「サド」も美味しそうでこちらも続けて勉強致します。
 「ドラキュラ王国」につきましては赤坂の関係すると思しき所に勿体無くもお伺いをたててみたが「こちらでは聴いておりませんけれど」との事でして、いまいち釈然としません。
 ところでスプマンテではイタリアの「フェッラーリ」を是非戴いてみたいと思っております。こちらも高価らしいのですけれど、はて。



投稿者: 松友    日時: 2002年05月18日 16:17 | 固定ページリンク




高遠弘美 | マルドロールに感謝をこめて

けふはこれまた一考さんの紹介にかかる書肆マルドロールについて。
先日古書案内を頂き、書名こそここには記しませんが、今を遡る二三十年前、コピーを製本して大切にしていた本の原本が出てゐるのを知り、早速入手いたしました。いまそれらの本を手にしながら、ある感懐に耽つてをりますが、このやうな書店があるといふことに多大の感銘を受けてをります。まだまだ買ひたい本があります。どうぞこれからも良い本をお蒐めくださいますやうお願ひいたします。感謝を込めて。
追記。
薫子様。
文楽についてもまつたくの素人の感想しか言へませんが、京都の南座、文楽劇場の名前はいまのわたくしには禁句に近いものがあります。仕事をさぼつて上阪しさうで困ります。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年05月20日 23:52 | 固定ページリンク




川上史津子 | 初めまして、川上史津子と申します!

皆様 初めまして 役者をしております 川上史津子と申します 
舞台でご一緒した大久保鷹さんに連れてきて頂いたのが ですぺらとの出会いです。
このたび、以前から書き溜めておりました性愛をテーマにした短歌が出版される運びとなりましたので、宣伝させてやって下さい。
処女歌集『恋する肉体koisuru karada』飛鳥新社・1600円(税別)です
装丁:榎本了壱 写真:稲越功一 の両氏にお願い致しました 
5/30の夕刊フジにカラーで大きく取り上げてもらえるのとアサヒ芸能の書評欄(これは6月)が決定しました!よろしくお願い申し上げます

p.s.遅れ馳せながら一考さん 2周年おめでとうございました
   ワイン美味しゅうございました!



投稿者: 川上史津子    日時: 2002年05月26日 17:53 | 固定ページリンク




Siesta | 疾走するアート

 昨日、東京都現代美術館でフェラーリ&マセラティ展を見てきました。普段は写真でしかお目にかかれない車の数々と対面することができただけだけでも、木場まで足を運んだ甲斐がありました。何よりも私が楽しみにしていたのは、マセラティのボーラでした。かねてより生で見たかったジウジアーロデザインのマセラティです。実際に目の前に立ってみると、なんというか殺気のようなものを感じて体が震え、暫く立ち竦んでしまいました。
 イタリア関連の展覧会は昨年のカラバッジオ展以来でしたが、フェラーリやマセラティにもカラバッジオの絵画の背景の漆黒と似たようなものを感じます。そういえば、カラバッジオ展のときは「聖マリアの法悦」の前で30分ほど立ち竦んでいましたっけ。
 



投稿者: Siesta    日時: 2002年05月26日 18:21 | 固定ページリンク




一考 | 強制終了の夜

 川上さんへ
 『恋する肉体koisuru karada』の飛鳥新社からの上梓、おめでとう御座います。
 ちょっと難産のようでしたが、処女歌集に相応しい品のある本になりました。表紙に用いられた貴女の裸体写真も素敵に収まりました。歌人としての技術云々は申しません。腰巻にも著されていますように、貴女の奔放で無垢な感性が短歌の形を借りただけと私は思っています。まだ一年足らずのお付き合いですが、性愛に対する貴女の照射角度のユニークさには舌を巻いております。当掲示板の方々にも購入をお薦めしたいので十首ほど引用させて頂きます。

   つい先刻(さっき)逢ったばかりの男性(ひと)の手を握りしめてる
   堕ちないように
   眼を閉じて舌を絡めてふと気付くあなたの顔が思い出せない
   そそくさと離れて事後の処理をするどの男性(ひと)の背も同じ表情
   左手の指枷(リング)窓から放り出し最早誰にも飼われまいとす
   肉の芽に性具を押し当てて果つる・強制終了・の夜
   クシャクシャに丸めて欲しい掌(て)の中でどんな形も思いのままに
   ・好きだよ・と云って気持ちは無くていい刹那の我が溢れ出すまで
   道端にツバ吐くような射精して「ごちそうさま」のある筈もなし
   してもいぬ目隠し気付けば外されて少女の我を殺せしアナタ

   禽獣の咽喉(のど)にタオルを詰め込んで突き殺すまで壁薄き檻

 初めて原稿を読ませて頂いた折の印象は仏蘭西のすぐれた心理小説、恋愛小説に触れた時のそれと共通するものが御座いました。貴女のなかには間違いなく男女を超えた表現者としての眼差しが息づいています。あまりにも素直、あまりにも実直な貴女と表現者としての貴女の意思、そのあわいをこれからいかように埋めていかれるのか。貴女と共に同時代を生きるという愉しみをお与え下さったことに感謝致しております。必ずや、次回は短編小説を試みられるよう願い上げます。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月28日 10:31 | 固定ページリンク




一考 | トミーカイラ

 Siestaさんへ
 フェラーリやマセラティは美術館で観るものであって乗るものではなさそうです。アルファロメオ、フィアット、ランチア、ランボルギーニ、アウトビアンキ、デトマソ、イノチェンティ等、他の伊太利亜メーカーと比しても前記二車種は別物ですね。それにしても、セカンド・ギアで160キロまで延びるような車を日本のどこで走らせるのか、かねてより疑問に思っておりました。
 ところで、そのフェラーリやマセラティを置き去りにするような車がわが邦でも造られています。軽さを徹底的に追求したレーシングカーに一番近い市販車として売り出された京都のトミーカイラのZZやRがそれです。
 ZZのボディは主としてアルミ押し出し材で構成されていますが、それにRB31系の200psのエンジンを搭載、車重わずかに710キロです。私の車は300psですが車重は1500キロもあります。
 他にZZ-2、ZZ-3があり、ZZ-2はGT-RのエンジンをチューンしたRB27DETTを搭載、550PSで4輪を駆動して(2駆仕様も可能)最高速度は330km/hを超えます。
 これではフェラーリやマセラティはおろか、GT-RやRX7やNSXですら取り残されます。ステージア260RSオーテックバージョンが世界最速のワゴン車なら、ZZは文句なしに世界最速のレーシングスポーツです。
 当掲示板に写真を掲載できないのが残念ですが、精悍ないい面をしていますよ。ちなみにZZに用いられたアルミ材、すなわち9000番台の超々ジェラルミンのトリプルバテッドのパイプはアラヤのフレームにも使われました。カンパと今はなきサンツアーのパーツを組み込んだ私の愛車の一台です。

 追伸。
 マクギボンの新規入荷のご教示に預かり恐縮致しております。日曜日は車の陸送で忙しいので、土曜日に葛西の河内屋へ出掛けました。さっそく伊藤さんと松友さんが試飲されていましたが、オスロスクのカスクは絶品。5年ものであれだけの香味があるのは嬉しいですね。他にハイランドパークとロイヤル・ブラックラの5年ものカスク・ストレングス、それに仏蘭西で売られているシールダイグのカリラ10年ものを購入致しました。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月28日 12:08 | 固定ページリンク




一考 | 書誌学

 京都在の中村さんへ
 かつて私が編みました澁澤龍彦著作目録は意図して省いた書物が少なからず御座います。さして意味があるとも思われない異装本もぞんざいに扱っています。原稿の誤記、私の勘違いも御座います。澁澤さんが亡くなられたあと、あの短い期間で可能な精一杯のことをしたつもりなのです。従って、貴方のような奇特な方が完璧な著作目録を作られるのを待ち望んでいたのです。
 今回の種村季弘さんの著作目録もそうですが、本人が掲載を拒む書物を掲載するのは私には出来ません。生前にお付き合いがあればそのようなケースも多々あろうかと思います。関係のなかった方でなければ完全な目録を拵えるのは不可能なのです。澁澤さんの場合も種村さんの場合も「目録抄」と敢えて記したのはそのような理由があってのことなのです。
 話序でに一言。歴史学者のとなえる芭蕉、国文学者のとなえる芭蕉、または各地の地方史を研究なさっている方々のとなえる芭蕉、俳人のとなえる芭蕉等々、それらには言わずもがな大きなもしくは些細なずれが生じます。そのずれを縦横に月旦するのが書誌学であって、著作目録をつくるのを書誌学とする昨今の風潮は私にはまったく理解できないのです。
 わが邦における書誌学の一端を学ぼうとすれば青裳堂書店から上梓されている「日本書誌学大系」を繙くの他なく、もし文章を著す才覚がないにもかかわらず文学との関わりを断つことかなわずに著作目録を拵え、それを持って書誌学と名付けるならばまさに笑止千万。
 もっとも、貴方はそのような方とは思われません。今後澁澤さんの著書に対するご感想を著されることを強く望みます。
 当掲示板には澁澤さんのファンも多く、ぜひ中村さんのホームページをお訪ね下さい。

 http://www08.u-page.so-net.ne.jp/xc4/candy/shibusawa/index.html



投稿者: 一考    日時: 2002年05月28日 12:30 | 固定ページリンク




一考 | 三光長治さん

 ムーンさんへ
 三光長治さんのエッセイ集は「アドルノのテルミノロギー」です。87年5月に法政大学出版局から上梓されました。他に「新しいワーグナー像を求めて」とのサブタイトルを持つ「エルザの夢」が同じ出版社から刊されていますが、私はワーグナーに興味がなくそちらは購読しておりません。
 三光さんが翻訳されたアドルノの「ミニマ・モラリア」は名訳ですが、同書の106番と「アドルノのテルミノロギー」の60頁に著された同一性の問題を併せ読んだ時の眩暈のようなものを忘れることが出来ません。他に「荷風瞥見」と題するエッセイが収録されています。頗る噛み応えのあるエッセイです。
 三光さんとはじめてお会いしたのは瞑草舎の西岡さんの紹介、「青銅時代」の例会の席にて小川国夫さんも一緒だったと思います。私が存じ上げる仏文学者とは異なりさすがに独文学者、背筋を伸ばしての剛毅な飲み方に感服致しました。
 「青銅時代」の同人の著訳書からは小椋順子さんのドルヴィイ「レア」と金子博さんのボレル「シャンパヴェール」を出版しました。

 過日、書肆山田の大泉さんから頼まれて森乾について調べ事をしたのですが、その森乾さんの著書「父・金子光晴」が同書肆より上梓されました。400頁に及ぶ大冊で2800円は安いと思います。西脇順三郎と共に金子光晴はいいですよ。お薦めの一著です。



投稿者: 一考    日時: 2002年05月28日 13:05 | 固定ページリンク




松友 | デラヘイ135Mも

 漸く観て参りました「フェラーリ&マセラティ展」。今回の展示はキュレーター氏が造形に重きをおいて選択した旨パンフレットに記載がありましたが、正にその通りでした。この展示車両達、恐らくは個人オーナーさんや複数の博物館殿の協力無くしては一堂に会すことは無かったのでしょう、大感謝です。マセラッティは初対面の機種が多く感動もひとしおでした。又、入り口付近のスケール・モデル群の中の大阪万博にやって来たモデューロにも暫し見入ってしまいました。
 既に乗るものである事から離れ展示するに相応しい車があるというのは納得です。この範疇の四輪として、埼玉県は大宮駅傍の「オールドロコ ハタ・クラシックカー博物館」の白眉、1948年式デラヘイ135Mも是非加えさせて下さい。まるで往年の夜会の御婦人方のドレスの如きスタイリング、内装の典雅さは圧倒的です。同車は元々ボディーがオートクチュールであり、コンクール・デレガンスに出場する類のものですので、至極当然の事としてスタイリストが腕を揮ったのでしょう。尚、同博物館はブガッティも数台所蔵し、クラシックカー好きには堪らない場所です。
 名前:オールドロコ ハタ・クラッシックカー博物館
 住所:埼玉県大宮市下町3-7大宮ハタプラザ内
 電話:048-648-0065
 時間:10:00~18:00(毎週月曜日、月曜が祝日の場合その翌日休館)

 さて、話を挫く様で申し訳御座いませんが、トミーカイラZZの最初の型は生産中止が決定しており在庫のみの販売ではなかったでしたっけ、と。少し検索してみますと総生産台数は206台。トミーカイラは今後オートバックスと協力し「ガライヤ」なる車を計画中であると風の噂に聞いております。この中でZZ-2は「RS-01」として既に発表しておりますが、ZZ-3は、どうなるんでしょう。はて。
「ガライヤ」についてはこちらで ttp://www.autobacs.com/asl/
 トミーカイラZZはアルミ押し出し材を車体骨格の基本に用い、その設計思想はロータス・エリーゼに近いものがあります。エリーゼの場合ですと主フレーム単体では何処か一箇所地面に着いていれば片手で楽々持ち上がる程の軽さ、しかも部材の取り付けを接着にて行っていました。恐らくはZZのフレームもかなりの軽さである事が期待され、走りに大きく貢献していると思われます。軽量化が果された車はタイヤの接地状況を常に感じている方が好ましいと存じますが、もともと余裕があるので、やはり操る楽しさが大きいです。何れにしましても高価な車を振り回すのはきっと勇気がいるのでしょうねぇ、と勝手に心配してしまいます。

付記:マクギボンの新規入荷分、大変興味深く、且つ美味しく頂戴いたしました。5年であれだけの香り、舌触り、味が愉しめるというのはちょっとした驚きでした。この場をお借りまして御礼を申し上げます。



投稿者: 松友    日時: 2002年05月29日 19:09 | 固定ページリンク




一考 | 眷恋の人

 29日水曜日朝、矢川澄子さんが黒姫山麓の自宅にて自死なさいました。享年71歳。 矢川澄子さんとは二十歳前からのお付き合いです。澁澤龍彦さんが亡くなられた時は銀花誌上で二人きりの追悼特集を組みました。中井英夫さんが逝かれた折は二人で遺骨を拾 いました。今回、彼女の骨を拾うことすら私にはかなわず、愛する人の死に大きな衝撃を 受けております。種村季弘さんは旅に出られました。私はですぺらを抛り出すわけにいか ないのですが、当掲示板を含め他のすべての作業を一週間休止致します。(この項目の初稿は削除されました)



投稿者: 一考    日時: 2002年06月01日 11:22 | 固定ページリンク




薫子 | 今夜

矢川澄子さんはですぺらの大切なお客様でもありました。
今宵、内輪で矢川さんを追悼しつつ、一考が酔いつぶれたいと申しております。
矢川さんの葬儀の模様などもお話するかと思います。
ご都合のよろしい方はお越し下さい。



投稿者: 薫子    日時: 2002年06月01日 15:29 | 固定ページリンク




ゆきち | 2chの澁澤、矢川関連スレッド

どうも、ゆきちです。昨日は大変お世話になりました。非常に有意義な夜を過ごせたと思っております。

で、早速ですが、昨日話していた、2chでのスレッドです。

http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/972233886/
澁澤達彦好き集まれ!

http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1022850540/
矢川澄子が自殺?

たいした内容ではありませんが、お話になっていた「最近の若い読者」の様子がつかめるかもしれません。ただ、一部頭に血が上りそうな発言もありますので、お読みになる方はお気をつけください。

また
Yahoo!掲示板で「矢川」でも検索結果
http://search.mb.yahoo.co.jp/search?R=&sid=&M=g&p=%CC%F0%C0%EE

同じく「澁澤」での検索結果
http://search.mb.yahoo.co.jp/search?p=%DF%A7%DF%B7&M=

とりあえず、目についたのは、以上です。
一助になれば。



投稿者: ゆきち    日時: 2002年06月02日 10:48 | 固定ページリンク




一考 | ありがとう

 ゆきちさんへ
 早速ご教示いただき恐縮です。
 どなたが編纂なさるのかは存じ上げませんが、遺稿集を編むのは難儀な作業になると思われます。単行本未収録の稿があまりにも膨大です。矢川澄子さんのお仕事を熟知なさっている方が複数担当するにせよ、優に半年はかかるでしょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月03日 15:58 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 童姦ぢゃ 息み下に下に 非直線

矢川さん急逝の報は ― しかも、病気や事故ではなく自死であったことには、少なからぬショックを受けています。一度ですぺらでお会いして、たいへん品のよい、好感のもてる方だという印象を受け、こうした方が、どこかで健在でおられるというだけで、日本という国もまだ捨てたものではないと思わせるだけのものが、かの女にはありました。少なくとも、死の前日までのかの女は、今の若い女性たちの生き方のひとつのお手本となるべき人ではなかったかな? (わたしにロリコンの気がなければ、おそらく、かの女のような女性をパートナーに選ぶであろうとまで、ここで断言してしまおう!) 好人物で作品はダメというのであれば、(一人の死について当然払われるべき敬意といったもの以上には)惜しむ必要はないのかもしれません。しかし、かの女には、これからもなお、豊饒な世界を展開する大きな可能性がありました。惜しんでも余りある急逝です。 
「その前に、今後噴き出るであろうゴシップに立ち向かわねばなりません。大変なことが起こると思われます、おそらく今月末にも。闘いがはじまります」という一考さんの発言には、全面的な支持と同時に、及ばずながら、何らかの応援をしたいと考えています。
一愛読者としては、生前に彼女を自死から守ることは(それだけの深い付き合いもなかったので)できなかった。そもそも、その機会というものがなかった。けれども死後の名誉は、なんとしても守ってやらなければならない。それが、せめてもの手向けになるのであれば……、といささか感傷的になっています。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年06月03日 18:18 | 固定ページリンク




一考 | お別れ会

 矢川澄子さんとのお別れ会は7月28日(日曜日)の予定です。詳細は追って掲示させて頂きます。
 相澤啓三さん、四谷シモンさん、高遠弘美さんはじめ、多くの方々がですぺらへ来られました。飲んだくれるしか能のない店主ですが、心のなかで皆様のやさしさに涙しております。また、編輯者各位のご協力により、遺された膨大な量の原稿の居場所もあらかた確認できました。遺稿集は三回忌を目指して編輯に入ります。それとは別に、青土社からユリイカの別冊で追悼特集号が、筑摩書房から「私の一世紀」が上梓される予定です。
 今回の矢川さんの突然の自裁に関して書肆山田の鈴木一民さんと大泉史世さんには多大なご迷惑をお掛け致しました。でも、誰かが防波堤になるしかないのです。お二方の尽力に満腔の謝意を表すとともに、いま暫くの猶予をお願い致したく存じます。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月04日 23:34 | 固定ページリンク




一考 | お詫び

 前項の書き込みはすべて予定であって、決定事項はひとつも御座いません。先走りましたことをお詫び致します。

 なお、「しょぼたま」のCDのレコーディングは、黒姫の矢川さん宅で行われました。矢川さんが深く関わりを持った「たま」のホームページのURLは以下のごとし。
http://members.tripod.co.jp/ukyup/t.html



投稿者: 一考    日時: 2002年06月06日 22:08 | 固定ページリンク




薫子 | お知らせ

明日、6月8日(土)6時よりですぺらにて、須永朝彦さんのカルチャーセンター講座の打ち上げ会が催されます。講座の生徒さんに限らず、須永さんのファンの方なら参加自由です。会費は3000円、よろしく♪



投稿者: 薫子    日時: 2002年06月07日 23:07 | 固定ページリンク




如月 | 下記の掲示板にも・・・。

↓の掲示板にも、矢川さんを悼む書きこみ発見しました。 http://www.ai.wakwak.com/cgi-bin/menote.cgi?book=aura-obscura:anoyo これも、故人の交遊関係の広さを物語るものといえるでしょう。



投稿者: 如月    日時: 2002年06月08日 15:56 | 固定ページリンク




薫子 | またまたお知らせ

 明日、いえもう今日ですね。朝日新聞の朝刊の書評欄に、種村季弘さんが
矢川澄子さんの著書について書かれたそうです。是非ご覧ください。
 ですぺら店主はここ一週間、きっちり毎晩飲んだくれては、
「僕が何を云いたいかというと、」とか「要するにだ、・・・」を
連発しております。入れ替わり立ち替わりお相手いただきました皆様、
ありがとうございました。店主にもそろそろ酔いを醒まして活動開始
してもらわねば。おい、こら、しっかりしいや。



投稿者: 薫子    日時: 2002年06月09日 01:24 | 固定ページリンク




一考 | 感謝

 成田さんへ
 貴重な資料のご送付にあずかり感謝致しております。
 貴女のような方が当掲示板を支えて下さっているのです。ところで「大道あやというひと」が掲載された雑誌名と刊行された日付を御教示頂けないでしょうか。
 「手頃なボーイフレンドと一緒に暮らし、あとは犬たちと烏骨鶏何十羽と」がいれば、タケノコを肴に昼から酒盛りもできたのですが、このような結論を得るしかなかったところに、深い悲しみと憤りを覚えます。長崎へ行く機会にはいまだ恵まれず、年内にでも訪れてみようかと思っています。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月09日 19:27 | 固定ページリンク




一考 | 重ねてお詫び

 あまりにプライベートなことを書き込み、関係者各位の逆鱗に触れました。今後、矢川澄子さんに関する書き込みをすべて中止します。御迷惑をお掛けした皆様に深くお詫び致します。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月09日 19:29 | 固定ページリンク




一考 | 吉岡実詩集「赤鴉」

 五月三十一日は吉岡実さんの十三回忌でした。私は都合で出席できなかったのですが、当日「赤鴉」と題する詩集が参加者に配られました。発行所は弧木洞、限定七十二部の配り本ですから、一般への頒布は御座いません。ご送付くださった吉岡陽子さんに感謝致します。
 同書に附された吉岡陽子さんの「覚書」には「元となったものは、若い吉岡実が、B五版の原稿用紙にペンで清書をしたもので、赤いクロスの厚表紙で製本し、背に横書きで『詩集 赤鴉 吉岡実』と黒く箔押ししてありました。作品に付された日付から、昭和十三年から十五年初めにかけて書かれたものと思われます」と著されています。
 「戯欷」「奴草」の二部構成になっていますが、後者は句集で、前記稿本に含まれていない句作と共に近く形を改めて刊行の予定とか。楽しみな一本です。

 同じ五月三十一日に書肆山田から秋本幸人さんの「吉岡実アラベスク」が上梓されました。四百九十頁に及ぶ大冊であり、実に多様なアプローチが繰り返しなされています。
 「詩でね、変わらない詩人がたくさんいるでしょ。ぼくはやっぱり、絶えず変わりたい。(中略)そうありたいのね。ありたいってことが真実なのか自然なのかわからないんだけどね。やっぱり百年一日同じ詩を書く人も偉いと思うんだけど、ぼくたちは、すべて考えも変わり、環境も変わる。やっぱり変わらざるをえないという感じね」との吉岡さんの言葉をキーワードに、吉岡詩の変遷をたどった「吉岡実の《引用詩》」と「吉岡実晩年の詩境」は特に圧巻。
 死後すっかり現代詩の舞台から忘れ去られた感のある吉岡実さんへの処遇に、かねてより義憤を覚えていた私には最良の贈り物となりました。
 私自身かつて「括弧で括られた〈引用〉への旅」との文章を著したことが御座います。吉岡実さんへの追憶なのですが、一部分を引用して吉岡さんを偲びたく思います。

 柳田国男のいう「俳諧の功力」を抜きにして吉岡詩は語られない。荘周の哲理を何もかも承知の上でおどけとパロディの「俳」に焼き直した松尾芭蕉。その芭蕉を回向し直して上前をはね、大胆この上ない「崇高な諧謔」を示唆した西脇順三郎。また金沢で出会った内藤丈草と夢の共喰いに狂じ、蓑笠をかぶった諺をひねって逝った滝口修造。そして〈引用〉という相互浸透の逆戻りのきかない流れのなかに身を置くことによって、「僧侶」の詩人という貌を剥ぎとり、原形質としての詩人を立ち昇らせようとした吉岡実。彼らにとって、詩とは機知であり、ウィットであり、イロニイであり、パラドックスであり、そして俳であった。
 吉岡実が換骨奪胎の名手であるという点については、おそらく誰しも異存のないところであろう。そしてその萌芽は『サフラン摘み』に収められた「ルイス・キャロルを探す方法」「『アリス』狩り」「示影針」などに容易に見てとられる。また時を同じくして吉岡実は『耕衣百句』を編纂する。この秀句選を手掛けることによって、相互浸透の手法を骨肉化していったものと、私は解釈している。この手法は後に『土方巽頌』という美事なコラージュ集を生む。
 ジャンルとは芸術家の背後にあるもの、彼の前にあるものではないと著したのはチボーデだが、吉岡実もまた、括弧で括られた〈引用〉の活用によって、すべての垣根を取り払い、自在な伸縮という新しい属性を言葉にもたらしたのである。〈引用〉されるものは必ずしも他者の言葉、すなわち作品とは限らない。絵画や音楽のタイトル、歴史や民俗学の断片、出典不明の文言、手を加えられもしくは新たに書き直された箴言、そしてかつて著された自らの作品までもが一人歩きし、勝手気ままに出入りする。括弧で括られた〈引用〉への旅、それは内と外との弁証法、すなわち〈内面性と膨張の弁証法〉に他ならない。〈俳に濡れそぼつシュルレアリスト〉吉岡実は晩年『サフラン摘み』から『夏の宴』『薬玉』を経て『ムーンドロップ』に至る四冊の詩集を遺した。それはわが邦において、ついぞ見かけることのなかった新たな詩の誕生を明示している。土方巽の言葉を借用すれば、吉岡実の詩はまさに命がけで突っ立った碑(いしぶみ)であり、オブジェと化した観念そのものであった。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月09日 23:18 | 固定ページリンク




一考 | (無題)

 例え一部とは申せ、過去著したものを掲示板に載せるとの無粋な真似をしましたのは、ただただ気分を変えたかったからに他なりません。高遠さんではないですが「お急ぎの方はお捨ておきください。」



投稿者: 一考    日時: 2002年06月09日 23:20 | 固定ページリンク




成田 | お受け取り頂きほっとしています


一考さま

雑誌を開いて頂けるかどうかが不安でコピーをお送りいたしました。
月刊モエ MOE 2002年7月号 白泉社です。
あやさんが住むオッペ美術館は、埼玉県の越生の山の中。
「安心しきってうたた寝までして・・」とあるその場の空気を深く吸い込みたい気持ちでおります。
どうぞ、ご自愛くださいませ。



投稿者: 成田    日時: 2002年06月10日 00:02 | 固定ページリンク




一考 | 埼玉県人会

 成田さんへ
 早速のご教示有難う御座います。
 同じ埼玉県の越生の山の中とは驚きました。もっとも拙宅は戸田ですので埼玉の南の端、すこぶる空気の悪いところで、雨が降るたびに白い車が真っ黒なシミに覆われます。三年前に引っ越して来た時には驚かされたものです。今度の日曜日は「うたた寝」の出来るキャンプ場でビールでも飲もうと思っております。
 これを御縁に当掲示板にお書き込み下されば幸いに存じます。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月10日 02:25 | 固定ページリンク




高遠弘美 | アスベスト館

昨日、一考さんのご文章にも何度か引かれてゐる土方巽の記念館に行つてきました。出し物は未亡人の元藤■(火へんに華)子さんも出演なさるポーの大鴉でした。73歳になられたとは思へないほどしなやかでお元気なご様子。それだけに、また今までの歴史を考へても、アスベスト館の競売売り立ての話は腹立たしく、國の文化行政と銀行を呪はずにはゐられませんでした。これはもう有志の意志で何とかできる事態を越えてゐます。
サッカーの予選で一点取つて勝つただけであれだけとち狂ふ莫迦莫迦しさを見ると、この國の先行きに絶望の二文字しか思ひつけないのはわたくしだけでせうか。元藤さんの踊りを拝見した当日だけに、その思ひを強くしました。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月10日 16:10 | 固定ページリンク




一考 | 憂さ晴らしにもなりゃしない

 高遠弘美さんへ
 道頓堀へ飛び込んだバカが百五十人とか。戦後、力道山にはじまって映画俳優、そして歌手からスポーツ選手へと、アイドルの対象は変遷しますが、いずれも莫迦であることに違いはなく、その莫迦に入れ込む莫迦をなんと表現すればよろしいのか。政治家と芸能人とスポーツ選手は並の神経の持ち主には務まらず、やくざ以下で人間じゃないと安部譲二もどこかで書いていたように思います。そのような戯け者にうつつを抜かすような無意識かつ無定見なマジョリティーもまた、羞じらいなどには縁もゆかりもなき烏合の衆。
 当掲示板でも書き込みましたが、「日本ガンバレ」というようなことを臆面もなく声高に唱える人々こそが逡巡や懐疑に拘泥する少数派にとって最大の仇敵なのでしょう。なにも拘泥する必要はありません。ちょいと背中が気になる人、過去を消そうと消しゴムを持って徘徊するような人に勝ち負けは関係ないのです。飛び込んだバカが百五十人、そして死んだ阿呆が十五人であれば、いささか憂さも晴れたのですが。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月12日 23:15 | 固定ページリンク




 | 明日というか、もう今日ですが

お店に伺いたいと思います。
いえ、伺います。
一考さまにお会いしたいです。
ここでは、もう話題にされないとお断りされていらっしゃいましたので、
私も書きません。
ですが、友人のホームページの掲示板をよろしかったらご覧下さい。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~phasma/bbs.html
はじめまして。都といいます。



投稿者: 都    日時: 2002年06月13日 01:17 | 固定ページリンク




高遠弘美 | こんな若者もゐました

一考さま。仰言るとほりです。莫迦騒ぎが何とも気鬱です。
ただ昨日、ひとつだけほつとしたことがありました。勤務先で、わたくしのもとに遊びに来る学生たち(大半が男といふのが寂しいと言へなくもないのですけれど、それはともかく)がかう聞いてきました。いはく「どうしてサッカーにあれほど我を忘れて夢中になれるのでせうか」。またいはく「きちがひじみてゐませんか」等々。そのやうな若者たちがゐることに、やつとすこしだけですが、ほつとしました。道頓堀に飛び込んだり、渋谷で騒乱を引き起こしたりする者だけではないのですね。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月13日 07:59 | 固定ページリンク




一考 | 新入荷

 上京してからのこの短い期間に、辻征夫、高橋康夫、宮園洋、曽根元吉、中村苑子、三橋敏雄、山本六三、矢川澄子と多くのすぐれた先達、知己を喪いました。
 想い起こせば二十年から十五年前、本づくりの情熱を掻きたてて下さっていた多くの作家が相次いで亡くなられました。夢をなくした私は装幀を編輯を避けるようになり、明石で蟄居に近い生活を営みました。赤貧洗うがごとし平成の丸十年、追い打ちのような大震災にも見舞われました。
 吉岡実さんの云う「ぼくたちは、すべて考えも変わり、環境も変わる。やっぱり変わらざるをえないという感じね」との言葉に大きく頷ける年格好にやっと至ったのでしょうか。いよよ投げやりに捨て鉢になって行くように思われます。
 「気に入ろうが入ろまいがお好きにどうぞ」では飲み屋の親父は務まりますまい。人品になんら魅力のないことは先刻承知、それゆえに酒だけは珍にして希なるものを取り揃えております。店主と酒、これも棄却と拾収、削除と捜聚の弁証法とでも申しますか。いかような場にもそれなりの葛藤とバランスはあるもので御座います。

 ジェームズ・マッカーサー社のオールド・フェッターケアンが入荷致しました。オールド・マスターズの一本。92年の蒸留になる10年もの、60.5度のカスク・ストレングスにしてシングル・カスク。カスクナンバーは3022。オフィシャル・ボトルと比してナッツ系の香りが顕著。オーバン、クライヌリッシュ、ノックドゥーと共にハイランドを代表する銘酒です。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月13日 12:08 | 固定ページリンク




一考 | 宝物

 都さんへ
 貴女が入手なさった「架空の庭」は1960年に上梓された弥生書房版と思われます。奥付には鎌倉市小町410澁澤方と印刷されています。発行部数はわずか200部の希少本です。それにしても、野溝さん宛の献呈本とは驚きですね。大切になさって下さい。
 澁澤さんも矢川さんも本の美醜はまったく気になさらない方で、中身さえ読むことができれば結構という純な読書家でした。気に入らない函やカバーは棄てることすらあったのですよ。
 60年代後半から70年代の話でしたら何時でもお話致します。お会いできるのを楽しみに致しております。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月13日 12:42 | 固定ページリンク




松友 | 「映画の斜陽か?革命前夜か?60~70年代 大手五社と寺山修司」(仮)特集

 度々闖入御容赦御願い申し上げます。松友です。
 「誘惑のイタリア映画」「円谷英二の技」と渋い企画上映を繰り広げるラピュタ阿佐ヶ谷で『「映画の斜陽か?革命前夜か?60~70年代 大手五社と寺山修司」(仮)特集』が予定されています。期間は7月21日(日)~9月28日(土)。
 上映作品は以下順不同、「エレキの若大将」「東京オリンピック」「クレージーだよ 奇想天外」「てなもんや東海道」「運が良けりゃ」「けんかえれじい」「にせ刑事」「博徒外人部隊」「人間蒸発」「人斬り」「田園に死す」「サード」「初恋・地獄篇」「上海異人娼館」「皆殺しの歌より拳銃よさらば」「ボクサー」「夕陽に赤い俺の顔」「さらば箱舟」「乾いた湖」「書を捨てよ町へ出よう」「かぶりつき人生」「進め!ジャガーズ・敵前上陸」「狙撃」「緋牡丹博徒・花札勝負」「心中天網島」「少年」「白昼の襲撃」「アッと驚く為五郎」「非行少年・若者の砦」「赤頭巾ちゃん気を付けて」「高校生ブルース」「喜劇・女は男のふるさとヨ」「奥様は18歳・新婚教室」「黒の奔流」「旅の重さ」「新兵隊やくざ・火線」「音楽」「股旅」「祭りの準備」。開映時間、料金は未定ですが、他詳細はサイトに掲示されています。
ttp://www.laputa-jp.com/
 さて、同建物の地下の劇場・ザムザでは演劇実験室◎万有引力の公演が行われていたのを最近やっとこさ知りました。よく考えれば同映画館のある阿佐ヶ谷は所縁のある土地なのですね。
 以上、勝手にお知らせでした。



投稿者: 松友    日時: 2002年06月13日 23:49 | 固定ページリンク




 | 昨晩はありがとうございました

素敵なお店でした。
一考さんをはじめ、皆様に御親切にしていただき、嬉しかったです。
また、ぜひ遊びに行かせて下さいね。
初めてでしたのに、私にはとても懐かしい場所のように思えてなりませんでした。
矢川さんを惜しまれる方が沢山いらして、少しですが、私の痛みも昇華したのではないかと思います。

桜井さんへ
「枢機卿」についてですが、ローマ教皇をローマ法王と呼んだ時期があったように「すうきけい」と呼んだ時期もあったようですが、現在は「すうききょう」と呼ぶようです。夫に教わりました。。。



投稿者: 都    日時: 2002年06月15日 02:51 | 固定ページリンク




如月 | 414

辞書でみましたところ、ラファエル風のという形容詞は、仏英ともに Rapfaelesqueでした。ラファエル前派もこれでいけるか、用例はみつかりません でしたけど、おそらくこれに「プレ」をつければいいのではないかと思います。   *   *   * ただし、この辺の正確なところは、みなさまにご教示いただけると幸いです。



投稿者: 如月    日時: 2002年06月15日 11:26 | 固定ページリンク




高遠弘美 | お教へを頂ければ幸ひです

都様
掲示板拝読いたしました。
その道に昏い者にご教示を賜りたく、お願ひ申し上げます。
1.「ローマ教皇」に統一されたといふことでせうか。テレビではまだ「ローマ法王」と言つてゐたやうな気がするのですけれど。また、ジッドの小説Les Caves du Vaticanは定訳といふことで、「法王庁の抜け穴」のままでよろしいのですか?
2. 「枢機卿」には「すうきけい」「すうききやう」の二つの読み方があることは存じてをりましたが、大体いつ頃から、どこの指示で「すうききやう」に統一されたものか、およそのことでもご存じでしたらお教へ願へませんでせうか。手許の国語辞典では、日本国語大辞典では「すうきけい」の見出しのところに語義が書かれ、「すうききやう」の方は「すうきけい」を参照と書かれてをりました。また、小型の辞典、たとへば、新明解あたりですと、「すうきけい」の見出ししかありません。キリスト教関連の事柄に(も)疎いわたくしのやうな者の蒙を啓いて下さいますやうお願ひいたします。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月15日 16:29 | 固定ページリンク




松友 | 素人の辞書引き

如月様
御無沙汰しております。松友です。
御専門の御歴々がお見えになる掲示板です故、赤面ものですが手近の辞書を引いてみました。
研究社「新英和大辞典・第六版」によれば以下のようです。
---------------------------
Pre-Raphaelite:形容詞:ラファエル前の、ラファエル前派の
the Pre-Raphaelite Brotherhood:名詞:ラファエル前派、ラファエル前派の画家
Pre-Raphaelitism:名詞:ラファエル前派の主張した写実主義(運動)
          = Pre-Raphaelism
---------------------------
又、小学館「ロベール仏和大辞典・初版」と、三笠書房「最新フランス語大辞典・初版」によればこちらのようです。
  、    、
preraphaelisme:男性名詞:ラファエロ前派運動の
  、    、
preraphaelite:形容詞:ラファエル前派の
           :名詞:ラファエロ前派の画家
---------------------------
スペースが崩れないとよろしのですけれども。以上、御目汚しでした。



投稿者: 松友    日時: 2002年06月15日 16:51 | 固定ページリンク




一考 | (無題)

 如月さんへ
 矢川さんの「失われた庭」における「ポスト=プレ=ラファイエット」は94年2月に上梓された初版本からの誤植がそのまま「作品集成」(414、435頁)に持ち込まれたものです。ご指摘の通り、正しくは「ポスト=プレ=ラファエリット」になります。言い訳になりますが、私が校正をお手伝いしたのは詩歌の部分のみ、差別用語でかなり紛糾しましたのも懐かしい想い出です。それにしましても、実に細かいところまで丹念に読み込まれる貴方の姿勢に感服、矢川さんも佳い読者を得て本望かと・・・しかし脚注まで解読なさらないで下さい。

 高遠さんへ
 現在では「ローマ教皇」に統一と考える方が自然でしょう。ちなみに「シュオブ小説全集」でも教皇を用いました。59年にドン・ボスコ社から上梓された橋口倫介訳のドルメッソン著「教皇」あたりから一般化されたようです。
 ジッドの本邦初訳は大正12年の本間久雄訳「オスカア・ワイルド」でしたが、以降、昭和3年に上梓された石川淳訳から新庄嘉章や中島健蔵のエッセイに至るまで「法王庁の抜け穴」が用いられています。ご指摘の通り、そちらは定訳ということでよろしいのではないでしょうか。法王ですと仏としての法王や法皇を連想しますので、私は教皇の方が好みです。
 枢機卿は公卿(コウケイ)・六卿(リクケイ)等から「すうきけい」との読みになったのではないでしょうか。ただし、こちらは既刊書にルビがうたれていないので、いつ頃から変化したのかは分からないでしょう。日本国語大辞典と広辞苑は「すうきけい」ですが、百科事典の類は「すうききやう」で統一されているようです。林達夫公認の「すうききやう」ならそれはそれでよろしいのでは。ジッドかジイド同様、共に間違いではないのですから。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月16日 14:08 | 固定ページリンク




高遠弘美 | ご教示ありがたうございました

一考様
お教へありがたく存じます。教皇でもちろんいいのですが(いましてゐる翻訳も「教皇」で通してゐます)、ジッドの題名のせゐでせうね、アヴィニョンの「教皇庁」の話をするときもたいてい「法王庁」と話すのが習慣のやうになつてゐたものですから。ところで、これはAtok14で変換してゐますが、「教皇庁」は最初の変換では出ないのに対して、「法王庁」は一度で出ました。枢機卿はどちらでも変換されました。何を基準にして変換辞書を作つてゐるのでせうね。
追記
櫻井さま
仰せのとほり、書き込みも閲覧も気易いすてきな掲示板です。管理ありがたうございます。先日、矢川さんについて、阿呆な者たちが書いている忌まはしいどこかの掲示板を見て、インターネットなどいらないとつい申しましたが、撤回いたします。失礼しました。これからもご活躍ください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月16日 15:09 | 固定ページリンク




一考 | 紺青の野辺

 都さんへ
 百人の人がいれば百通りの人生があるように、人の死に接しての悲しみも百通りなのです。個々の悲しみの表現に深浅の違いはあっても、悲しみの質に軽重の差は御座いません。
 公的な場に参列するのがひとつの野辺であれば、ジャン・コクトーではありませんが、一人海にたたずんで見送るのも潔い別れではありませんか。かつて吉田一穂翁が亡くなられた時、私は葬儀にも参列しておりません。没後十五年を経てやっと吉田一穂の生地古平を訪れました。古平の隣町の美国の断崖の下の番屋、一穂の詩で詠われた紺青の海とはじめて対座したのは88年のことでした。それから四度、計五度、私は積丹の海を訪れています。今なお、私の心の野辺は続いているのです。
 物書きとは孤絶との立場を選び取るしかない存在なのです。プラトン的な意味において、親兄弟、連れ添いとも大きく隔たってしまいます。だからこそ、個と個の出会いそして個と個の別れとは「存在という罪へのあがない、美というはりつけの情念への苦さ」を噛み締めかみ砕くことにしかならないのです。
 貴女に心の痛みを与えた女性の死について三年後、否五年後になればなにか著せるかと思います。それまでは黙するしかないのです。幻想文学を内包するところの異端の文学、異端の文学を内包するところの圏外文学を博捜し紹介したところに澁澤龍彦、種村季弘、矢川澄子の・・・等といくら贅言を費やしても、個としての彼女の思想すなわち情念に肉薄はできません。
 此岸に遺された「うららかな情念のまがり 昔のはるかなるにおい うとうととまどろむ」愁い、そういった彼女の記憶を私がどう咀嚼しいかに読み替えるか、おそらく問われるのはその一点のみでしょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月16日 15:15 | 固定ページリンク




一考 | 就職祝い

 櫻井さんと掲示板のみなさまへ
 櫻井さん就職(それとも身売りかな)おめでとう御座います。久しぶりの労働ですので、身体に変調をきたさないかと心配致しております。おそらく最初の一箇月がもっとも疲れるのではと拝察致します。頑張ってなどとは申しません。仕事は適当かつ適宜に処理なさることを願います。

 さて、22日の土曜日に当掲示板の管理人でもある櫻井さんの就職祝いをですぺらにて催します。例によって指定の銘柄飲み放題にて男子4000円、女子3000円です。6時から店主が酔い潰れるまで(おっと主賓は櫻井さんですよ)時間はたっぷり御座いますのでごゆるりと。普段お世話になってる方、集まって下さいね。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月16日 16:12 | 固定ページリンク




一考 | (無題)

 このところ、はじめての方が多くのメールを、また当掲示板を訪れていらっしゃいます。メールにはご返事を差し上げていません。こちらでみなさまにお詫び致したく思います。
 小生の不徳の致すところで当掲示板にいささかの不都合が生じましたが、その分、如月さんの掲示板が頑張っています。如何にささやかな思いであろうとも、書きあらわす即ち追体験にことの大事が、愁い嘆く人の心が御座います。必ずや下記掲示板を訪れて頂きたく思います。

 http://www.hp-web.net/kisaragi/bbs/bbs.cgi



投稿者: 一考    日時: 2002年06月16日 18:51 | 固定ページリンク




薫子 | 新刊案内

 昨晩、須永朝彦さんが出来上がったばかりの須永さん編訳「現代語訳 江戸の伝奇小説」(全六巻、国書刊行会)の第一巻をお持ち下さいました。今月22日ごろには店頭に並ぶようです。
内容は「復讐奇談安積沼(ふくしゅうきだんあさかのぬま)」山東京伝作、北尾重政画と「桜姫全伝曙草紙(さくらひめぜんでんあけぼのぞうし)」山東京伝作、歌川豊国画の二作。
 親の敵を尋ねる美少年喜次郎、妻の密通相手に殺される役者小幡(こはだ)小平次、陸奥を舞台に孝子(こうし)の復讐と怨霊の祟りを描く「安積沼」。叶わぬ恋に狂う破戒僧清玄、様々な怪異に魘(うな)されて離魂病を患う桜姫、美女玉琴の怨霊に翻弄される鷲尾(わしのお)家の転変を描く「曙草紙」。(内容見本より)
 私はまだぱらぱらと眺めただけですが、挿画が沢山入っていて、ああ怖い、でも見たい、やっぱりコワイ、でも読みたい。
 「ですぺら」にて須永さん署名本を予約受け付けております。価格は3500円、消費税は頂きません。<伝奇ノベル>にご興味のある方、是非ご一読を。



投稿者: 薫子    日時: 2002年06月17日 00:41 | 固定ページリンク




高遠弘美 | ただ黙して弔す

知り合ひの画家がまだ五十代なのに癌のため金曜日に逝つたことを今朝知りました。以前新聞連載したときに、27回にわたつて挿し絵を描いてくれた方です。個展にも何度か行きました。
お名前をここに記しておきます。
前澤征男さん。いくおと訓みます。笑顔の美しい、含羞のひとでした。
合掌。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月17日 16:05 | 固定ページリンク




a | (無題)


unko



投稿者: a    日時: 2002年06月19日 08:36 | 固定ページリンク




一考 | うんち大全

 unkoではなくunti、正確には「うんち大全」。原著者はジャン・フェクサス、訳者は高遠弘美さん、98年10月に作品社から上梓されたスカトロジーの百科全書。著者は澁澤龍彦さんがネタ本に用いたロミの教え子、代表作に「ファティの告白」「おなら大全」「でぶ大全」などがある。ちなみに高遠弘美さんの名はヒロミ、ロミを内に秘めるところが奥床しい。
 「うんち大全」は宝暦七年に刊行された「薫響集」と共に天下の奇書と称すべき一本。「薫響集」に云う。

 君にけさ貰ひし芋を煮て食へば恋しさごとに屁をや放らなん
 この道にむべも富みけり小つづみの三つ地六つ地の曲放(べ)りをして 
 小便に起きて放りたる折しもあれ月も山屁に有明のそら
 つつめども隠れぬものはすかし屁のもれてほのぼの匂ふゑり袖

 さて、高遠さんの訳文は紛うことなき曲放りにして、すかし屁のもれて匂うはaさんとやらのおつむの腐臭。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月19日 19:26 | 固定ページリンク




一考 | 私の北海道

 永瀬さんへ
 間違っていれば、きっと貴女からなにか云って来るだろうと薫子さんと話していました。
 山形では売っていると聞き及び、私が車の免許を買いに行ったのは89年の7月6日。と免許証に記載されています。免許証の平成1年を88年と思い込んでいました。その年すなわち89年10月に中野新橋から明石の太寺へ転居、たしか12月から1年半ほど「クラブ武田」でバーテンをしたと思います。薫子さんと最初に出会ったのもその頃です。
 あとは貴女の記憶通りですね。「武田」を辞めた91年の夏が貴女と一緒に最初の北海道行き、1年飛ばして93年が2回目、94年にはバイクで35日間北海道をさまよい、11月に西明石で「ですぺら」開店、1年飛ばして96年に愛ちゃんと、98年に薫子さんと北海道へ出掛けています。都合5回になりますが、積丹半島美国断崖の下の群青の野辺は91年の夏と記憶するのですが、やはり間違っていますか。
 ちなみに、63~71年が割烹赤坂、72~77年がコーベブックス、78~83年が南柯書局、84~85年が雪花社、86~87年が読売新聞社、88~89年が研文社、94~現在がですぺらですので、貴女と知り合ったのは86年なのでしょうね。だとすれば、それから後の私のことは貴女が一番ご存じということになります。
 仰るとおり「いつだろうと、そんなことはどうだっていいんだよ。大切なのはあの時に見た海の色の青さとひそやかな野辺の送り・・・」なのですが、どうも私に年譜のようなものを作らせると大変なことになりそうです。お付き合い頂いた女性もしくは逃げられた元連れ添い6~7名の協力を得て、今の内に履歴書でも拵えておきますか。 



投稿者: 一考    日時: 2002年06月19日 21:15 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 一考さま

一考さま

ありがたき御(おん)言の葉のエスプリにしづむ心も屁のごとく浮き

また、

いつかしら疎ましきNの字の去りしをことほぎて詠めるざれうた、

烏滸(oko)の沙汰依怙(eko)のためにはあらねども、于古(uko)なる意故(iko)の彼処(ako)に去り、得ぬ(n=エヌ)



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月20日 01:20 | 固定ページリンク




一考 | 断屁断笑

 文学の原型を端的に示唆したものとして「人間というものは煎じ詰めれば消化器と生殖器から成り立っている」とのグールモンの言葉を援用し、「すべての文学は消化器系と生殖器系にわかれ、さらに拡大して考えるなら前者は屁の文学であり、後者は愛の文学である」と中重徹は結論づける。
 中村幸彦を師と仰ぎ、興津要と共に「新編薫響集」(昭和47年、読売新聞社)を著した中重徹は明治30年鹿児島生まれ。沖縄師範学校を卒業後、熊本、福岡の中学校や高校で教鞭をとったという。前書における論理は明快、書誌学者に相応しい伸縮自在な思考を持つ、謂わば外道文学の達人。
 中重氏はわが邦における放屁に関する戯文への評価の低さと屁と愛の不均衡を嘆く。日本文学の淵叢である古事記には、「生む」が250、「娶ひ」が164、「ほと」が8。それに対して「糞」が6、「屁」は0回。屁を等閑視する上代文学はすべて生殖器系文学であると。源氏物語を濡れ場のないポルノ小説と論断したのが誰だったかは失念したが、室町末期の一休、江戸中期の平賀源内、明治初年の団々珍聞に至るまで、日本のデカダンス文学はひたすら黙屁を続けてきたのである。
 屁は、かのガルガンチュワのように、すかし屁でも風車を四つも回せるほどのエネルギーを内包する。また、昔ある大宮人は女のすかし屁をくって世をはかなみ、出家を思い立ったこともある等々、鞠躬如とした消化器系文学の復権を願う中重氏は、余人の偏見を人間性の歪曲を一蹴する。

 わが親の死ぬるときにも屁をこきてにがにがしくもをかしかりけり

との犬つくば集の俳諧を「わが親ならばいかでかをかしかるべき。それををかしと思ふことの心あるものは、人の子にてはあるまじ、畜生にもおとりたるものなり」と評した松永貞徳を中重氏は断罪する。曰く「この句がそれほど親不孝なのかどうかの論議はともあれ、それを親不孝と思うところに貞徳の文学観のあさはかさとその俗人ぶりがうかがえる・・・元来『をかしみ』は緊張が大なれば大なるほど効果的なのである」
 われわれは稲垣足穂、永田耕衣という共に1900年に生まれた屁文学の大家を識っている。中重氏が擱筆にさいし、「肛門の抜け落ちるほどの笑いを爆発させうる威力ある文学は、わが『屁文学』をおいて考えることはできない」と宣ってはや30年、鬼籍に入られたのを寂しく思うのは私一人か。 



投稿者: 一考    日時: 2002年06月20日 20:38 | 固定ページリンク




一考 | スポイルド・チャイルド

 80年を境に文学から聖性が喪われ、文学のカタログ化がはじまったと思っていたのですが、その聖性を簒奪する種蒔きをしたのは6~70年代に活躍した作家達、すなわちスポイルド・チャイルドの世代ではなかったかと。これは種村さんの朝日の書評を読んでいて気付かされました。 
 N井、I田の世代からS澤に至る「スポイルド・チャイルド世代の文学」との括りがこれから必要になるのではないでしょうか。だって、以降の世代はますます傍若無人に育っています。彼等が自己弁護の言質に前記作家達を利用するのは当たり前ではありませんか。これからはスポイルド・チャイルドの全盛期になりそうです。
 同時代を生きた私は大きな過ちを犯していたようです。一抹の危惧はあったのですが、表現者の特権としてあの人たちの我が儘や傲慢さに目を瞑ってきたのです。そして、気付かずに私自身がスポイルド・チャイルド化していたようです。自ら構築した時代と文学を今一度ガラガラポンせねばならないようです。
 西脇順三郎や吉岡実、永田耕衣や土方巽に見られる過度なまでの方法論、固着した精神や趣味性を呪い続けた彼等の瑞々しい屈折、固執を厭い休むことなく揺れ動く伸縮自在な発想、そうした自らへの懐疑のみが思想ではなかったのか。危惧と前述しましたのは他でもない、N井、I田、S澤等に見られる思想の希薄さを指してのことです。種村さんとは異なり、どうやら私はスポイルド・チャイルドには否定的な見解しか持てないようです。

 もちろん、あの人たちの紹介者としての識見、換骨奪胎の名手としての評価は揺ぎないものです。もっとも、一口で換骨奪胎と申しても、I田が焼き直しならN井は本歌取り、S澤は趣意返しのごとき趣あり。前者がオリジナリティを前面に出し、後二者はオリジナリティを全面的に否定する。換骨奪胎の語釈の定義からはじめねば話はややこしくなりそうです。それは後日に譲るとして、例え井の中蛸壺の中であるにせよ、権勢を振るい君臨したのは事実。その君臨にスポイルドの原点を体臭を嗅ぎ取るのは易いことである。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月20日 21:10 | 固定ページリンク




一考 | ナラトロジー

 如月さんへ
 「個人史の述懐にとどまらず、述懐のナラトロジーを自分でぶち壊して自己の根源に迫っていく迫力・・・私が好きなのは、この<つきつめる力>なのです」
 すてきな言葉ですね。久しぶりに如月さんの肉声を目の当たりにして興奮。歴史は文学における梃子の力点のようなものです。力点がなければ文学から有効性は喪われます。いくら力でねじ伏せようと思っても、それは体力の消耗にしかならず、文学はたちどころに衰退します。
 ナラトロジーを自ら壊すことによってのみ、語られた事実は虚構の事実へと昇華されて行きます。それが根源かどうかは私の与り知らぬところですが、貴方の仰る<つきつめる力>は十二分に理解できます。ただ、書き手にはその運動の質量は把握できても、方向性はまったく分からないのが常なのです。すなわちベクトルとしての体をなさないというところに問題が残ります。
 かつて中井英夫さんの葬儀のあと、新宿の浪漫房にて彼女と情念についての論議を繰り返しました。思想より情念との表現を好むと。また、思想とは搏動であり、蠢きであり、立ち徘徊ることであって、方向性は意に介するようなものではないと。また、論理ないし論理回路は永遠に情念とは交わらないと。その結果が今回の出来事となりました。いかに読み解くべきか、大きな宿題を課せられたような気がします。



投稿者: 一考    日時: 2002年06月20日 22:01 | 固定ページリンク




 | 遅くなりましたが

高遠弘美さま

 すぐにお返事できずにすみません。さて、ご質問の件ですが、夫に教えて貰いました。

1.に関しては、そのとおりです。
2.に関しては、1981年からです。
 もう少し詳しく申し上げますと、確かに明治初頭の翻訳では「法王」とされ、枢機卿の読みについても「すうきけい」と「すうききょう」が混在して使用されておりました。また、教会内部では教皇の名称が一般的でしたが、特に問題にはしておりませんでした。
 しかし現代になり、1981年の教皇ヨハネ・パウロ2世の来日にともない、教会用語を用いて報道される場合の混乱を避けるため、日本におけるカトリック教会の対外窓口であるカトリック中央協議会(日本カトリック司教協議会)において、「ローマ教皇(きょうこう)」、「ローマ教皇庁(きょうこうちょう)」、「枢機卿(すうききょう)」で統一することを公式に決定、各メデイアに正式に通知したという経緯がございます。
 従って、従来のローマ法王、ローマ法王庁の呼称も決して間違いではなく、()の中にローマ教皇庁を併記してある場合も増えてきたようです。また、英語では the Holy See となり、「聖座」が正しい翻訳です。国連や外交の場ではこの呼称が用いられます。
 そこで結論になりますが、現在、他宗教でも「法王」号を使用しており紛らわしいきらいがあるのも事実なので、今後、少しづつ、マスコミ各社、教科書などでの「ローマ教皇」併記での用語の統一がすすんでいくことでしょう。

一考さま

 どんな青だったのでしょう。水とも空ともつかぬ青さが私の中へ広がりました。「どう咀嚼し読み替えるか」とありましたが、私も私なりに彼女の文学に出会えたことを無駄にはしたくありません。
 昨夏、原民喜展を主催したため、久しぶりに民喜と向き合う作業が続きました。彼の死についての想いが10年前と比べて大分変わってきていたし、驚いたことに、10年たって初めて気付いたこともありました。そんな風に、今の痛みは変わらなくとも、月日を重ねるうち、彼女の死を受け入れることができるかもしれません。
 「失われた庭」は日本海沿いを鈍行列車にえんえんと乗りながら旅する中で初めて読みました。プレ=ラファエロ前派の本、決して読むことのできないあの本を幾夜、夢想したことでしょう。



投稿者: 都    日時: 2002年06月22日 00:52 | 固定ページリンク




中嶋千裕 | 櫻井さんの会

◆櫻井さん
◆一考さん
◆梅子さん

本日の櫻井さんの就職祝いの会ですが、なんと、デスクのお当番に当たってしまい、
朝から深夜まで仕事をすることになってしまいました。
それもこれもW杯のせいなのですが、もうしわけなし。

盛会をお祈りしています。



投稿者: 中嶋千裕    日時: 2002年06月22日 01:36 | 固定ページリンク




高遠弘美 | ありがたうございました

都さま

お忙しいところ、正確な情報を賜りまして、まことにありがたく存じてをります。以後、わたくしも気をつけて使つて参りたいと思つてをります。
また、原民喜展を主催なさつたと伺ひ、驚き、かつ、憧れてをります。
原民喜はわたくしの愛する文学者のひとりです。すこぶる大切な作家と申せばよいでせうか。
その原民喜展についてもお話を伺ひたく存じます。
お暇な折、またお言葉をお聞かせください。

感謝をこめて。

櫻井さま
ご就職おめでたうございます。本日は野暮用にて伺ふことができませんが、ご盛会をお祈りいたします。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年06月22日 14:36 | 固定ページリンク




松友 | 「怪異・妖怪伝承データベース」に見るツチノコ

 表題、既にニュース等で先刻御承知とは存じますが、「怪異・妖怪」についてのデータベースがネット上で公開されています。

「怪異・妖怪伝承データベース」
ttp://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/
 概要は以下、サイト内の「目的」より『特に民俗学関係雑誌や江戸時代の随筆類に採録されている、この種の存在によって引き起こされたとされる「怪異・妖怪」現象に関する書誌情報を集めています。扱っているデータはすべて文字資料で、絵画資料はまったく扱っていません。』。

 そして現在「ツチノコヘビ」は22例あり、要約の記述が済んでいるものの内、No.12と14の記述に外観の描写などがあります。
 まずもって、製作と公開に感謝、加えて、より一層の充実には多大な労力と時間がかかると想像しますが、今後にも期待です。



投稿者: 松友    日時: 2002年06月26日 05:15 | 固定ページリンク




匿名希望 | (無題)

この話ですが、これについて「「岸信介」「共産主義」は ヒットしなかったが、将来入るのだろうか?」と語っていた方がいました(笑)。



投稿者: 匿名希望    日時: 2002年06月30日 02:35 | 固定ページリンク




松友 | 今回の富江に期待

 こちらは文献出自が「民俗学雑誌や江戸時代の随筆類云々」である為か、当該サイトはYahoo!カテゴリに於いては「生活と文化 > 神話、民話と民俗学 > 空想上の生物 > 妖怪 」に分類さ