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一考 | 石橋さんと津原さん

 エコール・ド・シモンの石橋まり子さんが津原泰水さんのために道産のボタン海老とイクラをお持ち下さった。相伴にあずかったのは言うまでもない、石橋さんに感謝である。次の日、イクラを白出汁にて五、六回洗い、薄味に改良させていただいた。イクラは北から南まで、醤油と味醂の同割に漬け込むか、もしくは塩漬けで頂戴する。それはそれで冷凍も可能なので、日持ちもするし重宝する。しかし、食するときにはいささか手を加えるべきではないだろうか。白出汁で繰り返し洗うと一粒一粒が離れて、さらさらの食感になる。ただし、一両日しかもたないので、要注意である。
 この調法はイクラに限らない。ホタルイカも目玉を除去したあと、白出汁に漬け込むと滅法おいしくなる。その場合は白出汁にごく少量の薄口醤油と味醂を加える。早いはなしが吸い物に漬けると思っていただければよい。薄口醤油と味醂の量を加減すれば、ナマコ、甘エビ、カニなども美味しく頂ける。今は甘草からわさび菜に至るまで、あしらいには不自由しない。いつもとは異なる食べ方と組み合わせを愉しみたい。
 ボタン海老は身を刺身に、頭は串刺しにして塩焼きで頂戴した。普通は吸い物やスープに使うのだが、ボタン海老の頭は車海老のそれよりも甲殻が薄いので焼けば香ばしさが増す。津原さんはたいそう喜んでいらした。北海道のキャンプ場ではボタン海老やサロマ湖産北海シマ海老をまるごと塩焼きにしてよく酒を飲んだ。そういえば、駿河湾産の桜えびや富山県新湊の焼きしろえびも美味い。たしか、しろえび漁の解禁は四月一日ではなかったか。焼きしろえびを杯に一匹入れ、熱燗を注ぐと日本酒がまろやかになる。富山や石川は山廃が多いので、この飲み方はすこぶる有効である。富山のキャンプ場で、地元のひとから教わった。

 津原さんと海老づくしの徹宵痛飲などさぞや楽しかろうと思う。海老で鯛を釣るというが、鳴門では釣り人はミミイカ、漁師はイカナゴを餌に用いる。なにで人生を釣り上げ、なにを持って人生をオシャカにしたか、津原さんのニヒリズムの基点みたいなものを肴に酒を飲みたいと思う。彼は戦後の焼け跡みたいなひとで、背景がなくてがらんとしている。並列的思索の達人というか、存在それ自体にパンフォーカスなところが強く滲み出ている。それと比して彼の作品には継起的な時間の空間でビクンビクンと跳ねている海老のような趣がある。そしてその交点がまたブツブツに切れている。「一粒一粒が離れて、さらさらの食感」というのが、津原さんの小説を読んだ私の感想であり、ひととなりを知るにおよんで、さらにその感を強くした。手前から奥までピントが合っている、またはピントが合っているように見える、詐欺的ともいえるパンフォーカスな言葉の問題提起をこんなに心躍る思索に展開した人は珍しい。おそらく、そこまで見届けた上での石橋さんの差し入れだったのだと私は信じている。



投稿者: 一考    日時: 2006年04月17日 21:53 | 固定ページリンク





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