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一考 | 私刊本二点

 ロード・ダンセイニの「戦争の物語」が西方猫耳教会から上梓されました。訳者の稲垣博さんは映像ディレクターを生業になさる方、土日の週末を翻訳に当て、三年を費やしての為事とか。三十四篇の短編小説に「訳者あとがき」、さらに刊行者未谷おとさんの「編者解説」が掲げられている。それにしても、A五版二段組、130ページで1000円は廉い。こちらはですぺらに在庫がございます。お買いあげをお願いいたします。

 鎌野創一郎さんがレオ・ペルッツの「アンチクリストの誕生」を出版なさいました。エディション・プヒプヒの「ビブリオテカ・プヒプヒ第一巻」と表記されている。先に、土屋和之さんがエフライム・ミカエルの詩集「玩具店」を上梓なさったことは書いた。今回の鎌野さんの出版も、自らパソコンでプリントアウトし、綴じ込んだ私刊本です。
 ご紹介せねばと思いつつ、ずいぶん遅くなってしまいました、鎌野さんにお詫びを申し上げたい。遅延の理由はレオ・ペルッツについて私がなにも知らないからなのです。しかしなにも書くことがないからというのは理由になりません。ソフィストなればアナロジーのレトリックで処理しなければならない。否、するしかないのである。

 自分自身が限定本を造ってきたからだと思うのだが、よく愛好家、書痴、コレクターと間違えられる。マニアだから限定本を造るのではなく、もともと売れない本を造るから限定本なのである。私がもっとも多く手掛けた句集は200部から500部がせいぜい、翻訳であっても1000部を超えたことはない。また、通常の出版は全部数を一時に造らなければならない、あとの管理が大変である。地方で出版を営んでいると、なおのこと在庫の処理に日数と元手がかかる。そこで手っ取り早く売り上げを確保するために、特装本の登場となるのである。しかし、作り手が興味を持たないのだから、手元にはほとんど残されていない。私自身特装版と普及版とがあれば、躊躇なく普及版を購入する。
 初版本といわれるものにも私はなんら興味を持たない。書物はすべて版や刷を重ねるたびに内容は修正され、誤字や脱字も訂されてゆく。従って、書き手としては最新の版を引用してもらいたいのである。活版印刷の時代であれば初版初刷のみが直刷りであり、二刷からは紙型から起こした鉛版刷りになる、それなら初刷に価値があると云っていえなくもないのだが、活版はすでにほとんど用いられていない。だとすれば、なんのための初版本なのか、一部の古書店の謀略に乗せられているだけではないのかしら。
 書物のいのちは内容であり、テキストである。そこからなにを読み取るかは個人差があるので、私の知ったことではない。ただ、出版にあって最も大切なことはテキストを後生に託すことであろう。判断は後生のひとたちに、歴史に委ねるのが重畳、同時代の判断は私自身をひっくるめてさかしらなものと何時も言い聞かせるようにしている。だって、判断なるものは時代とともに推移していきます。そこに変遷、すなわち個と時代の弁証法がなければ文学なんてものは成り立たないのです。
 はなしをもどします。「パソコンでプリントアウトし、綴じ込んだ私刊本」の登場は私にとって驚愕であると同時に、出版の先行きに希望を抱かせる大きなできごとなのです。「在庫の処理に日数と元手がかかる」と前述しましたが、倉庫代や毎年支払わねばならない固定資産税の類いは馬鹿になりません。そうしたものからの解放は出版に伴うリスクすなわち閑古鳥の皆殺しでもあるのです。オンデマンドをさらに押し進めれば、かかる「私刊本」の出現に当然出遇うと信じていました。通信ソフトが外字フォントに対応せず、PDFが重すぎれば、パソコンでプリントしたものをひとに委ねるのが最良の方法です。吉田一穂、春山行夫、稲垣足穂、亀山巌等々、作家の死と共に膨大な量の作品が埋もれていきます。さしたる部数が望めない書物であろうとも、鎌野さんの方式ならば、上梓が可能になるのです。
 不興をこうむり、窓際でさびしく余生を送る編輯者、手形の遣り繰りで女房をすら質屋に預け、孤閨にうち沈む出版者、いじけ僻むだけが編輯者の末路ではないのです。出版社、取次、書店の役目は終わりつつあるのです。時代はこれから大きく変わります。鎌野さんや土屋さんに倣い、「私刊本」をみんなで造ろうではありませんか。

追記
 そのような私刊本専門の書評サイト、私刊本を対象とした「塵芥賞(ちりあくたしょう)」のような権威や権力を恫喝する文学賞を設けようではありませんか。



投稿者: 一考    日時: 2004年08月25日 23:22 | 固定ページリンク





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