ですぺら
ですぺら掲示板1.0
1.0





« 前の記事「ですぺら開業六周年」 | | 次の記事「スパン・アート・ギャラリーでエコール・ド・シモン人形展」 »

一考 | 親と子

 Mさんへ
 沙の上のラブレターはY・Nさん宛に書いたものですから、いささか難解かもしれません。あの二倍ぐらいは書いたのですが、文中でも触れたようにY・Nさんは頭の回転が鋭いひとですからくどい説明は無用です。それで、あのように短くなってしまったのです。
 「人生は茶子味梅のようなものであって、唐土の妻は生み落された不幸である。曾根崎心中にいう『死なず甲斐な目に逢うて』以上でなければ以下でもない。だからこそ、生み落ちてしまった淋しさとの逢瀬が、自分自身の呼吸を取り戻す数寡ない背景となり、羊膜液となる」は確かに端折りすぎています。親子の問題を書いているのは分かるが、「生み落された」と「生み落ちてしまった」との行間が読めないとのご指摘も宜なるかなと思います。
 生み落ちるとの複合動詞を他動詞対自動詞と解釈してもきっとなんの解決にもなりません。それでなくとも、自他の区別は日本語ではかなりやっかいです。まずその前に、個と個もしくは親と子、さらには個と親子といった画一的な見方で私は父と付き合ってきたのではないのです。父が難渋していたように、私自身もいつも頭を抱えてきたのです。
 動詞における語形の屈折とよく似た、図式では割り切れない一種のひずみが、ひととひととのあいだには横たわっています。親子であれ、夫婦であれ、恋人であれ、友であれ、その消息は同じだと推察します。おそらく、およそ通じることはないのではないかと。
 だからこそ、どのような関わり合いがよいのかをお互いが探り合わなければならないのです。他人の事情や心中をあれこれ考え思いやらねばならないのです。親子でありながら、敢えて「他人」と書く、そのような関係を父も私もこころのどこかで求めていたのだろうと思います。どうにもならなくなった時は訪ねてくれ、と父はよく申しておりました。機会は父が死んだ日にやって来ました。そしてその日付で私自身が父に昇格してしまいました。新たな親子問題はまだ端緒についたばかりです。
 「ひずみ」と書きましたが、捩れや撓みは資質のようなもので、暗部を形づくる元素のひとつなのです。そして関わり合いは外交のようなものなのです。例えば、今朝の盧武鉉の特別談話は国家指導者が先頭に立って民族感情を煽っているようなものです。問題を拗らせるだけで、政治家云々の前に、ひととしての未熟さばかりが目に付きます。きっと、私と私の子供もそのような過程を経て育っていくのではないかと思うのです。
 自らの意見の陳述や展開は最終的にはひとを煽ることにしかなりません。好悪を前面に出す怖さもそこにあるように思います。どのワインがうまいとか、どこの店の何々が結構だとか、某作家の作品がよいとか、非難であれ肯定であれ、そのどちらもがひとを煽り焚きつける結果しか生まないと思うのです。それではつまるところ喧嘩にしかなりません。そして諍いを回避するには緘口結舌しかないのかもしれません。
 掲示板の書き込みで、いつも困惑し逡巡うのはそこのところです。どうでもよいこととどうでもよくないことの区分け、それと主張すべきことと箝口すべきことの分別で迷い続けるのです。気後れした時に私が立ち帰るのは「文学はオピニオンとは逆の場に位置する」とのいましめなのです。
 双方が仕事ゆえ、父と私は料理の味付けでしばしば衝突しました。私は神戸生れですが父は東京、味覚が違うは当たり前です。意見を違えるたびに、まったく異なった調烹がどこかにあるのではないだろうかと、試行錯誤を重ねました。いまは顧みられなくなった昔の、または地方の文献をあたり、「この調理法はひどいね、喰えないよ」と苦笑したこともありました。父と喧嘩をするために生れてきたのではなし、といって父を口説くために生れてきたのでもないのです。父を師として育ち、そして遠く離れて行く、すごく順当で真っ当なことがらから存在は暫定であり、生死はのろのろしげにはばかる所もなく繰り返される代謝なのだと覚えるに至ったのです。

 このようなはなしをいくら書いてもあなたへの返事にはなりますまい。生み落されたことに対する怨みを生み落ちてしまったと言い換えるようになるまでの距離が私の読書体験だったとでも言っておきましょうか。ついうっかり生れてしまったのは私の方であって、怨むならそれは親ではなくて自分自身なのだと。自らの迂闊さを兼ねての「ですぺら」ではなかったかと思うのです。



投稿者: 一考    日時: 2006年04月25日 22:41 | 固定ページリンク





« 前の記事「ですぺら開業六周年」 | | 次の記事「スパン・アート・ギャラリーでエコール・ド・シモン人形展」 »

ですぺら
トップへ
掲示板1.0
トップへ
掲示板2.0
トップへ


メール窓口
トップページへ戻る