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2018年09月13日

貧血とサプリメント一考  

 栄養補助食品もしくは健康補助食品といわれるビタミン、ミネラル、アミノ酸、ハーブなどが何の役にも立たないのは良く分かっている。医師も決して薦めない。しかし、病院で処方される鉄剤は非ヘム鉄なので、胃痛や吐き気がひどい。そこで生まれてはじめてのサプリメントとなった。気休めであることはいうまでもない。
 購入したのはトンプソンのビタミンB12 500mcg 90粒[海外直送品] と小林製薬のヘム鉄 葉酸 ビタミンB12の2種である。他の商品でも良く、選んだ理由はなにもない。医薬品と異なり、鉄分の用量は10分の1以下。たいして効果は望まれないが、身体への負担はまったくない。なんとかしてヘモグロビン値を少しでも上げたいのである。
 貧血は血液の赤血球の中にあるヘモグロビンという血色素が減少したために起こる。ヘモグロビンは身体の組織に酸素を運ぶなど、重要な役割を担っているため、減少するとさまざまな組織が酸欠状態になる。結果、「顔色が悪い」「全身倦怠感」「立ちくらみ」「胸痛」「動悸」「息切れ」などさまざまな症状を起こす。エリスロポエチンを打てば良いのは分かっているが、値が高いのと腎性貧血の場合、ヘモグロビン値が30あれば治療は必要ないとされる。
 もっかの夢は500メートル歩くことと自転車に乗られるようになること。

追記
 血液の酸素運搬能の増加により持久力を増強させることを目的としたエリスロポイエチンによる血液ドーピングはツール・ド・フランスにおいて多用された。もっとも、最近では機械ドーピングになったようだが、モーターアシストと記述すべきである。ちなみに、人力自転車で出した世界記録は時速296キロ。最高速チャレンジの聖地ボンネビル・スピードウェイでアメリカ人女性デニス・ミューラー=コレネクさんによって達成された。時速333キロとの記録もあるが、こちらはロケットエンジン付きなので問題外。

蕎麦の実の浅漬け〈2003年11月06日〉一考  

 蕎麦の実の外皮を取り去った(丸抜き)ものを蕎麦米といいます。徳島、愛媛、山形では干した大根の葉や生姜、椎茸、牛蒡などとともに雑炊にしていただきます。三好郡の祖谷地方や美馬郡あたりの山村の蕎麦米は特に知られています。また新潟や山形の一部では蕎麦米の浅漬けが酒の肴として食されます。江戸期の蕎麦百珍にもそのレシピが書かれ、蕎麦通には馴染みの食べ物です。
 ところが東京へ来て以来、蕎麦屋で蕎麦の実の浅漬けに出会ったことがございません。そして検索をかけて驚いたのですが、ネット上に浅漬けの記述がないのです。どうやら東京の蕎麦好きにとって興味の対象は蕎麦切りであって、懐石としての蕎麦はうっちゃられているようです。もとを正せば、蕎麦が名をなしたのは懐石料理で採り上げられたからなのです。もう少し料理人が差配する蕎麦懐石にも目を向けていただきたいものです。
 さて、その蕎麦米の浅漬けのもっとも簡単な作り方を書いておきます。所要時間は二時間以内、末尾に購入先も記載しておきます。

 一 しかるべき量の蕎麦米を一時間ほど水に晒した後、水切り。
 二 白出汁に酒と微量の酢と塩を加え煮立てます。そこへ蕎麦米を入れて七分から十分とろ火で炊き、再度水切り。
 注意事項
 白出汁はインスタントの出しの素で結構ですが、その場合は塩は不要です。
 酒は全量の五分の一から四分の一ぐらい。間違っても吟醸酒は用いないように。
 酢は水四合にティースプーン一杯といった感じ。
 蕎麦の実が水を吸って三倍ぐらいに膨らみますので、だし汁は潤沢に用意してください。
 三 冷ました蕎麦米を密閉容器に入れ、三分の二ぐらいまで浅漬けの素を入れます。そうするとあら不思議、三十分で出来上がりです。

 蕎麦好きにはそのプチプチ感が堪らないのですが、にべもない香味であるのも事実、カタルシスからはほど遠いと思われる向きには鷹の爪の微塵切りを一緒に漬け込むのをお薦めします。ただし、微量にしてください。

追記
 上記文章が契機になって外山時男さんと知り合った。八重洲で三日月との蕎麦屋を営む風変わりな御仁だった。彼との蕎麦談義は抱腹絶倒ものだったが、そちらは掲示板を読まれたい。今回、「蕎麦の実の浅漬け」を再録したのは日高さんが食したいと所望されたからである。日持ちしないので、日時を決めて作る予定。

2018年09月11日

安井健司さん来店一考  

 世界三大貴腐ワインはフランスのソーテルヌ、ハンガリーのトカイ、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ。共に、はちみつの香りと甘さを内包するので、果糖やブドウ糖をかけて食べるような塩分の強い料理と好相性を持つとされる、すなわちブルーチーズの類いである。しかし、わたしの病気にはブルーチーズと塩は法度、それどころかブルーチーズは死に繋がる。
 東京では通じない関西弁ランキングに、
第1位 遠慮のかたまり
第2位 蚊にかまれる
第3位 ぐねる
第4位 アテ
第5位 いがむ
があるそうな。アテはつまみ、肴、酒菜のことで、かつて羊羹などの和菓子は日本酒のアテとして開発された。甘さを甘さで打ち消すということで、発想が欧州のそれとは真逆である。チョコレートとワインは合わないとされてきたが、それは双方のポリフェノールの渋みや酸味が層をなし雑味を形成するからである。合わないのは赤ワインであって、ドイツワインそれも貴腐ワインは消息が異なる。それこそ、分大の羊羹をアテに貴腐ワインを飲みたいものである。
 先日、安井健司さん来店。失礼ながら、当初わたしは安井さんと気付かなかった。初対面でもう少しお年を召した方とおもっていたからである。わたしに飲まそうとアッペンハイムのグレス トロッケン ベーレン アウスレーゼをはじめ、3種の白ワインをわざわざクーラーボックスを担いで持ってこられた。他はラインヘッセンのヴェストホーフェン ショイレーベ とバーデンのキーファー ショイレーベである。この内、ヴェストホーフェンだったと思うが、2年の樽詰めを経たワインでドイツには珍しいワインである。ドイツワインはブドウの香味を活かすためにステンレスタンクで熟成される。樽を用いると樽由来の余計な香りがワインに移るからである。この消息はウイスキーにもいえる。昨今のマッカラン、グレンファークラス、サントリーのようなフレンチオークのシェリー樽を熟成に用いたウイスキーはシェリーの渋みのみが強調されてウイスキー本来の香味が活かされていない。謂わば、下卑た酒になってしまっている。アメリカンオークのシェリー樽に留めていただきたいものである。
 フランスのソーテルヌ・バルザックは共にボルドーの貴腐ワイン。ボルドーゆえ、ブルゴーニュと違ってネゴシアンが介在する。わたしが飲んだのもサントリー扱いのカルヴェのワイン、印象は不味いの一言。トカイは3プットニョシユしか飲んでおらず、エッセンシアなどは飲んでいない。エッセンシアは圧搾機にかけず自然の重みで搾り出された果汁を自然発酵させたもの、日本酒の雫酒と似ている。ソーテルヌと比して、ドイツでは絞った果汁をかなりきれいに清澄してから醗酵させる。ドイツの貴腐ワインのピュアなイメージ、喨々たる香味はそこから来ている。
 貴腐ワインの原点は蜂蜜酒ではないかと思っていた。人類最古の酒で、ディオニューソスはもとは蜂蜜酒の神であったといわれている。ビールやワインの登場後も蜂蜜酒はヨーロッパにおいて地酒として愛飲されている。ところが、安井さんによるとその二者はまったく関係ないとのこと。訊いてみるものである。わたしは手に負えない、かなわないひとが大好きである。わたしにない知識を山とお持ちだからである。字義通りのプライドとかこだわりをわたしは持たない、というよりは信じない。こだわりでなく、飲んでいるうちに自然と身についてくる香味へのおもい、または鍛えられてこそ生じる旨い不味いの基準といったものがある。それを安井さんはお持ちである。貴腐ワインを飲むべくして生まれてきたような御仁なのである。

2018年09月10日

ありがとうございました長谷川  

予想外の貴腐ワインに始まり、モルトを飲みつつ一考さんの縦横無尽なお話を楽しんでいるうち、あっという間に過ぎた5時間余でした。これが最後と思うと去りがたく、すっかり晩くなってしまったことをお詫びします。いただいた幾多の美酒のなかでも、やはりSMSのタリスカー1979はとびきり旨く、永らく記憶に残るボトルとなりそうです。

思えば今回はですぺら閉店を知って、矢も盾もたまらず明石再訪を決めたものです。また突然のお願いにもかかわらず、吉岡実の詩稿「来てみれば秋~」を見せてくださり、本当にありがとうございました。赤坂ですぺらへ行くたびに見惚れていたものですが、当時撮った写真をいつしか失くしてしまい、何とかもう一度目にしたいと希っていました。奇しくも初秋の訪問となった今回、改めて撮らせていただいた写真は大切にするつもりです。

実は翌朝も明石で下車し、「ですぺら」の佇まいを目に焼き付けました。続いて向かった神戸では、前回行かれなかったG線~にしむら珈琲店を巡りました。あいにく終日の雨でしたが、いきおい耕衣句「コーヒ店永遠にあり秋の雨」を、ひいては一考さんが銀花に寄稿された「括弧で括られた〈引用〉への旅」を想起しつつの町歩きとなりました。

あまり感傷的になることのない私ですが、今回のですぺら詣ではどこか切ない旅の時間となりました。赤坂時代を含め微々たる回数ながら、一考さんのお話を伺いながら飲む酒は本当に愉しいものでした。酒や書物について教えていただいたことは数知れず、得がたい時間だったと思います。ですぺらの灯が消えるのは本当に残念ですが、今後も掲示板でご謦咳に接します。

追伸:名残惜しさゆえか、お店の椅子(奥から2番目の席?)に扇子を忘れてきたようです。使っていただいても構わないのですが、いずれまたヤフオクで落札させていただく機会もあろうかと思いますので、ご不要であればその際に同梱をお願いできますでしょうか。
なお持ち帰ったボディントンエール~チリのカベルネ1985も早速いただきました。前者はクリーミーながらも雑味のないほろ苦さ、後者はカシスジャムの如き芳醇な風味を篤と堪能しました。帰宅後も続く美酒の教えに、重ねてお礼を申し上げます。

2018年09月06日

高潮一考  

 前項で店に風雨が吹き込みと書いたが、高潮によって下水が溢れたのが理由だった。跡が残っていたので計ると29センチの浸水だった。ですぺらがある桜町界隈は海抜ゼロメートル地帯、にもかかわらず防潮堤や水門などは整備されていない。21号は20号より大きな被害をもたらしたが、ですぺらに限っては前回の被害の方がひどかった。もっとも、事前の準備が功を奏したのだが。
 夕6時、風が収まるのを待ってオートバイをとばした。案にたがわずブレーカーは落ちていた。3時間ほど店にいたが、どうせ客の来店はないだろうと帰宅。隣のほそかわの看板がもげかけていたのが気になる。

2018年08月25日

イタリアの靴一考  

 川口真世さんにイタリア製サイクルシューズを謹呈した。日本のレディスサイズの24.5センチはアメリカの7 1/2、イギリスの5 1/2、フランスの37、イタリアの39である。彼女の足は24センチ、故にイタリアサイズなら39もしくは40になる。それほどに、日本人の足は大きい。大きいというより正確には甲が高く幅が広いのである。長さが恰度であれば甲が痛くて這入らない。真世さんの足が大きいといっているのでない。西洋人のそれと比してのはなしである。
 わたしに這入らない靴だから真世さんにどうかしらと思ったのである。それと開店の折に頂戴した焼き物のお礼もある。喜んでいただけたようで嬉しい。
 ペダルが必要である。こちらはサンツアーのシェパーブ、極東のプロエース、三ヶ島のシルバントラックあたりが良いのだが、いずれも高い。気長に探そうと思っている。

台風余波一考  

 台風の余波で店はメチャクチャ、店履きの靴が濡れて玄関に転がっている。まるで闖入者が荒らしたかのようである。風雨が店内にまで吹き込むとは思ってもみなかった。片付けはしたが、氷がない。電源が落ちて冷凍庫内のものは一部を除いて溶けてしまっている。このような場合、真っ先に溶けるのが氷である。ひとかけらもないのである。これでは営業はできない。困ったものである。
 バックバーの最下段の引き戸内部がびしょ濡れである。香辛料はじめ、さまざまなものが這入っているのだが、どうやらお釈迦のようである。しかしそこまでは手が回らない。客席の掃除だけで疲れてしまった。状況が分かっているのなら朝早くから出勤したのだが。隣のカラオケはがなり立てているが、無事だったのだろうか。

 風が強く、オートバイはすこぶる危険。ふらふらと蹌踉けながら走っている。

2018年08月24日

血液検査の結果一考

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 水曜日は血液検査。3ページ分の検査結果のうち、1ページ目の上半分と2ページ目の下段の一部を掲載する。プレビューに内蔵されている拡大鏡なら簡単に見られる。一部思わしくないのとクレアチニンがやや上昇している。
 薬だが、随分と話し合った結果、ナフトピジルを中止した。降圧剤もさることながら、ナフトピジルの副作用に起立性低血圧に基づくめまい、立ちくらみ等があらわれるケースが多い。効用に、降圧剤が投与されている場合には血圧変化に注意し、血圧低下がみられたときには、減量又は中止するなど適切な処置を行うと書かれている。ちなみに、ナフトピジルは排尿を促進させる薬である。
 降圧剤の一部、オルメテック20ミリグラムを10ミリグラムへ下げたのはいうまでもない。ただし、血圧が元に戻るまで服用は控えている。

追記
 外食は極力控え、食事制限を設けているため、AST、ALT、γ-GTP、ビリルビン、コレステロール、HbA1cなどは正常値である。酒とアイスクリームを含む甘いものにも量的制限を設けているので問題の生じようはずがない。血糖値、尿糖値にわずかでも変化があった場合は摂取を遮断している。外食にあたるが、寿司とフランスパンを食べたいので、その他の塩は理由の如何を問わず断っている。焼き肉や魚介類のフライ、ポテトフライ、カレーやシチューにすら塩は用いない。ソースや醤油、マヨネーズやドレッシングも使わず、二杯酢とポン酢を専ら用いている。ただし、拙宅の二杯酢は白だしで3倍に薄めている。
 移植腎によってカリウムから解放されたのが最もうれしい。生野菜とフルーツ類が食べられるようになった。これ以上の喜びがあろうか。

2018年08月21日

長谷川さんへ一考  

 このところ書き込みを遠慮していたが、その後の病症について一言。7月29日に入浴中に気分が悪くなり、周章てて風呂を出た。以来調子が戻らず、8月6日に倒れた。予兆はあったわけで、理由は血液の圧倒的な不足にある。輸血は極力避けるようにと戸田の医師から云われているので、こちらへ引っ越してから輸血はしていない。移植腎が女房のものであり、リンパ球クロスマッチテスト陽性だった。予後の拒絶反応がひどい場合を医師は「燃える」というが、約三分の一は空襲にあって焼け爛れ、腎機能はますます限定された。そこへ持ってきて免疫不全状態に伴うサイトメガロウイルス感染症による消化器官からの下血で悩まされたのである。要するに、移植腎が満足に機能していないことを云っておきたい。
 8月6日と7日は店を休んだ。12日に若干体調が戻り入浴。2週間ぶりの入浴だが、汗をかかないので身体が汚れたとの意識はない。16日から食欲が戻り、もっか体重は増えつつある。19日に再度入浴し、異常のないことを確認。1日25錠の投薬を再開、それまでは免疫抑制剤のみの服用にとどめた。

 ですぺら閉店についてだが、契約期間は10月末日まで、店の片付けに日数がかかるので営業は20日までとしたい。長谷川さんからは何度も連絡をいただき恐縮している。
 最後の仕事とおもっていたが、体調不備につき、このような結果となった。この上はしかるべき公的扶助制度を利用し、人生からは引退するつもりである。発症以来、執拗粘ってきたが、年貢の納め時がやってきたようである。

2018年08月19日

牛乳について一考  

 過日、「らんこし・ふるさとの丘」のソフトクリームとカップアイスについて書いた。ソフトクリームは乳脂肪分よりも無脂固形分にこだわった製法で、シャーベットのようなざらざらした食感を持つ。生乳で拵えたソフトクリームは通常、食した後に水が欲しくなるものだが、「らんこし・ふるさとの丘」のそれは、後味が実にさわやかである。
 それと真逆なのがハーゲンダッツで、生産しているタカナシ乳業は浜中町の酪農家と契約を結び、乳脂肪分4.0の牛乳を用いている(通常の牛乳は3.7)。牛乳から水分と乳脂肪分を除いたものが無脂乳固形分、牛乳から水分と無脂乳固形分を除いたものが乳脂肪分。無脂乳固形分はたんぱく質、炭水化物、カルシウム、ビタミン、ミネラルなど、私たちが牛乳に期待する大切な栄養素を含んでい、筋肉や骨を作る材料、要するに健康維持に欠かせない成分。他方、脂肪分が多いほど、コクのある味わいになる。
 わが国では乳脂肪分の高い牛乳が持て囃されるが、わたしは無脂乳固形分が多い加工乳や乳飲料を好む。ちなみにフランスやドイツの牛乳は長期常温保存のものが一般的である。わが国のLL牛乳(ロングライフ)と同じだが、異なる点は欧州では冷蔵保存牛乳が少数派で、多数は賞味期限が3箇月から半年のLL牛乳である。そして乳脂肪分3.6パーセント以上が赤キャップ、1.5から1.8パーセントが青キャップ、0.5パーセント以下が緑キャップと分かれているが、一般に消費されるのは青いキャップの低脂肪乳である。わたしも低脂肪乳の方が身体に負担がなく良いと思っている。

2018年08月07日

体調崩す一考  

 来住さん来店、グレン・キース、ポート・エレンと飲まれたのは良いが、ラフロイグの註文にラガヴーリンを用意したり、ミキシンググラスを割ったり、呂律が回らなくなるなど、失神直前に追い込まれた。来住さんに謝罪し、玄関灯を切り、のれんを仕舞ったのはいうまでもない。
 来住さんに抱きかかえられるようにしてトイレへ直行、気を喪ったときの用意に女房に電話を架けた。過去の経験から血圧が70ほどあるのを確認、60を切ると失神だが、ぎりぎりのところで、維持できそうな気がした。オートバイを置いたまま、息子の車で家まで送ってもらう。蒲団に崩れ落ちて1時まで昏睡状態。1時半に血圧を測ったところ101の45、ここまで戻れば大丈夫である。それにしても、来住さんに迷惑をおかけした。申し訳なく思う。
 暑さでもって食欲と体調が急速に崩れつつある。こればかりはどうにもならない。

2018年08月05日

扇翠一考  

 戸井田さんが3連荘(レンチャン)でいらした。忝く思う。彼が和食を食べたいというので、同じ鍛治屋町の扇翠を紹介した。白だしの取り方で定評のある店である。彼はハモを食したようだが、当然、ハモ料理はハモで出汁を取る。ハモに鰹だと興醒めである。割烹は料理に応じて白だしを細かく作り分ける、わたしも10代の頃は幾通りもの出汁を作っていた。鯛や蛤の潮汁は夙に知られるが、カワハギの汁(あら汁のカテゴリーに属する)も旨い。用いる調味料はいずれも塩のみ、吸口に木の芽を浮かべる程度である。吸い物には醤油などを用いるが、潮は塩だけ、まったくの別物である。

 東京のラーメンがアゴブームの火付けらしいが、最近、料理屋でマグロやアゴで出汁を取る店が増えている。素人料理ならなにもいわないが、これはいただけない。ゴールデン街のナベサンはアゴで出汁を取っていた。恰度、三平汁のような趣で、北海道の日本海側の郷土料理だった。根菜が多く這入っていて酒の仕上げによかったが、わたしは頂戴していない。子供の頃からアゴだけは遠慮願っている。先日、来住さん来店、彼が勤めている料亭もアゴを用いるといって怒っていたが、確かにアゴが持つ臭みには品というものがまったくない。同じ煮干しを使うならいりこの方が品があって断然旨い。妙なものが流行る時代になった。

2018年08月02日

パキラ一考  

 ギアナ地方を出自とするパキラを300円で買ってきた。玄関にほったらかしている(放置の意)。1日1回水をやっているが、一月ほどしてぐんぐん芽を伸ばしはじめた。植え替えをしないといけないのだが、捨て置いている。
 その鉢の横から雑草が生えてきた。植物には疎くなんの花だかさっぱり分からないが、花を咲かせたのでそちらにも水をやり続けている。
 同じ生き物だが、犬と違って植物は枯れたところで後悔はもたらさない。ひとは勝手なものである。

1日1食一考  

 7月に這入ってから1日1食が続く。これは無理をして続けている、放っておけば1食すら守られない、半ば強制的に食べている。拙宅のクーラーは就寝時は30度、昼間は29度に設定している。ところが、この温度で食事をすると目眩がする。ですぺらの室温は25度、この差が身体を狂わせているのかもしれない。
 食欲のないときでも寿司か魚なら食べられる、と思って545円をはたいてハモを買ってきた。明石では落としが多く、湯引きは少ない。まな板を傾けてハモの切り身を置き、熱湯をかけて冷水につける。芯は生のままというのが湯引きである。落としは鍋に落とし込むところから来ている。面倒なので落としにするのであろうが、頂けない作法である。湯引きで食べるといっても、三切れもあれば十分、残りはフライにして冷凍庫へ。

2018年08月01日

ヨーロッパの熱波一考  

 ベルリンでは7月3日以来30度以上の日が続き、5日には37.8度と猛烈な暑さになった。ベルリンの7月の最高気温の平年値は23.7度、よって身体に堪えるような暑さになっていると考えられる。ジュネーブでは7月に入ってから30度を超え、7月6日には37.9度を観測。ジュネーブの7月の最高気温の平年値は22.2度。一年で最も高い8月でも、25度くらいまでしか上がらないので異常な暑さといえる。ヨーロッパの地下室の平均温度は15度から18度の間といわれているが、今年はドイツやポーランドでも30度近くまで上がっている。
 スペインではさらに暑さが厳しく、セビリアで44度、コルドバで43度と40度超え。スペインの中でも暑さの厳しい地域とはいえ、7月の最高気温の平年値は35〜36度である。スペインでは5月にもバレンシアで42度を超えたので、厳しい暑さが再びやって来たといえる。
 7月1日にはイギリスで、7月としては最も暑い36.7度を記録。例年は最も暑い日でも20度前半の国なのだが、ロンドンではこの一週間ほど雨も降らず猛暑続き、芝生が枯れたり暑さに耐えかねて自販機の炭酸飲料が破裂するなどの被害が出ている。
 ここ毎日、ポレチュに限らずクロアチア全土にて記録的な猛暑日が続いている。クロアチアからのニュースによると、現在クロアチアは「ヨーロッパで一番暑い国」なのだとか。ドゥブロヴニクでは昨日の朝、まだ午前8時だというのに早くも気温は33度もあり、週末にかけてまだまだ暑い日が続く模様で、ダルマチア地方は日中40度を超えることも予想されている。

 欧州では基本ワインもビールも常温で飲む。共に酒屋の玄関に積み上げて売っている。自販機はあくまでも自販機であって、わが国のように冷やしたりしない。ところが、今年の熱波に堪えかねて、ドイツでは冷やしたビールが登場、さすがにワインは冷やさないが、ビールは15度ぐらいにまで下げた商品が持て囃されている。これを機会にヨーロッパでも日本やアメリカのように冷やして飲む習慣がはじまるのかもしれない。

(AFP時事)
 世界各地で異常な猛暑が続く中、欧州も連日、異例の熱波襲来に見舞われている。8月2日に45.2度に達したポルトガル中部アルベガで4日、これをさらに上回る46.8度を記録。観光客に人気のスペイン南部コルドバでも44.0度前後に達した。
 高温と乾燥によりポルトガル南部で森林火災が発生し、住民が避難を余儀なくされた。AFP通信によると、消防隊約740人が出動し、航空機11機が消火作業に当たった。
 フランスでは、熱波の影響で原子炉4基が運転を停止した。電力会社によれば、原子炉は川の水を冷却水として使って再び放水しているが、この過程で川の水温が上昇し、気温がさらに高くなるのを防ぐための措置という。
 オランダ国内の高速道路はアスファルトが高温で溶けたことで、一部が閉鎖に追い込まれた。イタリアのメディアは、同国で熱中症による死者が出ていると報じた。

2018年07月23日

ハード系パン一考  

 パンの基本はハード系である。パン職人になろうと思えば、最初に習うのがフランスパンである。にもかかわらず、明石には碌なフランスパンがない。神陵台にはクスパンとの素晴らしいパン屋があるが、他では西神中央のドンクもしくは土山まで行かないと食べられるフランスパンはない。どこへ這入ろうと菓子パンばかり、どうしてこのように詰まらないパン屋ばかりなのであろうか。基礎を学んでいないのだろうかと疑いたくなる。

追記
 怒りではない、ただ残念なのである。オートバイに乗っているのでクスパンへ行けば済む。東京では歩いて2分のところにパン屋があり4分のところに煙草屋があった。それを思うと、ひとつのパンを買うのに神陵台まで出掛けるのが億劫なだけである。

丹波黒枝豆一考  

 日高さんが黒豆の枝豆を食べたいとおっしゃる。京都の紫ずきんも同じ品種だが、神戸で売られているのは丹波黒豆の枝豆である。篠山食料品店からのメールによると、早生種の第一弾が売り出されたとか。
 日高さんがおっしゃるのは茹で時間である。普通の枝豆なら30秒、黒豆なら1分がちょうど良いと思う。しかし京都の割烹で食べた黒豆は15秒か20秒、完全に芯が残っていた。それが本来の食べ方と分かっているが、それを美味と感じるには若干の訓練が必要でないだろうか。日高さんによると三宮で食べた枝豆はびちゃびちゃで食べられたものでないと。そこまで行けば京都の割烹はすでに射程距離にある。日高さんのために、少々小粒だが、早生の黒枝豆を買ってこよう。

安井健司さん一考  

 ウイスキーは毎回完売になるのだが、ワインはそういうわけにはいかない。ワインの中古の値が分からないし、発送にクール便が這入ってくるので煩わしいことこの上ない。クール便は事前に冷やさないと扱ってくれない。従って、日数が余分にかかる。
 先日、枚方の安井健司さんがワインを取りにいらした。ヤフオクの現在のシステムでは途中で発送方法を変えることができない。また、ヤフネコにはクール便の項目がない。どうしようかと頭を抱えているところへ、安井さんから取りに行きますとの連絡があった。面倒な方でないのかなとの危惧はお会いして吹き飛んだ。安井さんはドイツワインに詳しい、詳しいなんてものでなく、まさに博覧強記、銀座のドイツワイン専門店ワイナックスやエノテカでワインを買っているとおっしゃる。また赤坂のドイツワインバーゆううん赤坂も行きつけとか。久しぶりにドイツワインのはなしで花が咲いた。マリー=アントワネットを持ち出すまでもなく、貴族階級はドイツの白ワインを好んで飲んだ。アイスヴァイン、ベーレンアウスレーゼ、トロッケンベーレンアウスレーゼなどの微妙な香味を楽しむようになれば、ボルドーのワインなんぞ飲めたものでない。ワインは白にはじまって白に終わるという、東京では赤一色で白ワインがまったく売れなかったのを寂しく思っている。

2018年07月21日

美味いワイン一考  

 自分で売っていながら云うのもおかしなはなしだが、オールドワインを国内で買うのはリスクが高すぎる。
 クール便がはじまったのは1987年、同じ年に日本でワインセラーが製造販売されるようになった。リーファーコンテナがはじまったのは翌1988年、しかし当初はトラブル続きだった。列車があるいはトラックが火を噴いたとの事故が多発した。詳しくは書かないが、安定するのは2000年に近くなってからである。またリーファーコンテナによる運送はフランスと日本との間の便が最初で、ドイツ、イタリア、スペインのワインはフランス経由でわが国へ輸出された。要するに、今ではクール便が普通になったが、往時はクール便なるものがなかった。
 そして気候である。ほぼ温帯湿潤気候に属し、四季がはっきりしていて降水量が多いのを特徴とする。フランスは同じ温帯であっても、地中海性気候に属し乾燥している。海外から届くワインは、輸送時の環境変化や振動でコンディションとバランスが崩れてしまっている。もともと変質しているのが当たり前なのがワインの世界である。それを四季という名の気温の変化が襲うのである。ヴィンテージもので満足なワインなどあろう筈がない。また、1万円以下の価格帯のワインは長期熟成を前提に作っていないので、早めに飲んだ方が旨いに決まっている。
 赤坂時代、若い女性がボルドーの高級品は渋いので好きといっていたが、その渋みをなくしていくのが熟成でと説明したものの、考えてみれば、彼女の言い分の方が理にかなっているのかも。なぜなら、わが国の気候で熟成など不可能、だったら、渋いままに新しいワインを飲むのが正しかろう。酒と言えば酎ハイやハイボール、日本酒、焼酎が一般的な日本の世界。普通の店に入って旨い酒なんかにありつくことは絶えてない。ウイスキーであれワインであれ、通常手に這入るようなものはせいぜい酎ハイ程度の味わいでしかない。いわんや、その酎ハイ程度の味わいのかつヴィンテージものとくれば、美味い理由を探そうにもどこにもない。

追記
 ワインを購入する際、どこのインポーターの扱いかということに留意していただきたい。同じワインで値の安いものに手を出してはいけない。「ワインの扱いの違いがもたらす味わいの差」こそがもっとも大切なのである。
 ワインバーというカテゴリーがない時代に「サヴァサヴァ」から「ヴァン・ヴィーノ・ブリュレ」そして「ル・テロワール」などを立ち上げた今井健夫さんはいま「ワインホリック」を営まれている。日本でワインを買うならここしかないと思うのだが。
 ワイン好きならぜひお読みいただきたいサイト。

 https://pursing.amebaownd.com/

2018年07月20日

バルクワイン一考  

 輸入される酒の状態の善し悪しはインポーターで決まる。ワインのような醸造酒はなおさらである。昨今、ラシーヌ、ラフィネ、フィネスといった素晴らしいインポーターが活躍しているが、それらインポーターの力量によって運送途次の扱い方が決まってくる。ヨーロッパなどでは結構好い加減でリーファートラックを手配しても、通常のトラックが生産者の元に回収に来たり、リーファーのスイッチを入れなかったりと見えないところでかなりリスクがある。またわが国の酒屋のワインセラーへの接し方も電源を入れたり切ったりと実に好い加減である。
 昨今のワインの輸入は様変わりである。ボトルからバッグインボックスへ、そしてバルクワイン(バルク輸入して国内で瓶詰するワイン)へと移行している。巨大なビニール袋にワインを入れて送るのだが、その工程で樽のチップをワインのプールに入れる。樽香を付けるためである。そうしたバルクワインを国内で樽に詰め替えて売る店まで出てきたそうな。よくもまあ、恥ずかしくないものだと思う。ワインを扱うひとはインポーターや運送会社にまで気を遣っていただきたいと願う。

一安心一考  

 身体が痛い、全身がずきずき痛み、風呂にすら這入られない。理由は分からない。先々週の血液検査ではなんら異常は見当たらなかった。オートバイに跨がるに脚さえ上がらなくなった。今のわたしには250ccのオートバイすら重たくなってしまった。暑さのせいだろうか、年齢のせいだろうか。昨日の食事はとうとうカップうどん一杯のありさま。

 昨日、西明石の眞に寄った。ですぺらが在庫するモルトウイスキーを引き取とっていただけないかとの相談である。100本のうち84本は入手不可能なウイスキーである。明石地区でですぺらの酒を理解できるのは眞野公一さんを除いて他にはいない。彼の実直さが気に入ったのである。詳細はこれから詰めるが、一応の快諾を得、安堵している。

2018年07月19日

とどめの一撃一考

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 タリスカーを過去61種飲んだ。50、60種類味見したウイスキーは限られる。アードベッグ、ラフロイグ、ラガヴーリン、ポートエレン、スプリングバンク、ブローラ、マッカラン、グレンファークラス、ローズバンクぐらいであろうか。そのうち、アイラとアイランズモルトのみ書いておきたい。
 タリスカーは79年蒸溜、00年ボトリング、スコティッシュ・インデペンデント・ディスティラーズのカスクストレングス58.0度のシングルカスクである。販売はスコッチ・モルトのディステラリー・コレクションの1本である。記載はないが、フィノシェリーカスク、ウイスキーの世界でいうフィノシェリーとはシェリー香がほとんど付かないシェリー樽、すなわちサードフィル以降の樽を意味する。同様のカスクを用いた逸品に、シールダイグのアイラ(中身はラガヴーリン)がある。90年蒸溜、03年ボトリング、12年もの、2樽、55度のカスクストレングス、ウイリアム・マックスウェル(イアン・マクロード社と同資本のカンパニー)のボトリング。共に、過去飲んだいかなるタリスカー、ラガヴーリンよりも美味。
 スコッチ・モルトのディステラリー・コレクションからラフロイグ90年蒸溜、00年ボトリング、10年もの、59.1度のカスクストレングスと76年蒸溜、98年ボトリング、22年もの、50.0度のカスクストレングスが頒されている。どちらもバーボンカスクでロンバードのボトルだが、ラフロイグでこれ以上のものに会ったことがない。
 アードベッグではシグナトリーから頒されたダンピー・ボトルが美味だが、その中でも67年蒸溜の30年もの、49.8度のオロロソ・シェリー、536本が秀逸だった。他では最近のGMのスピリッツ・オブ・スコットランド13種のうち、シェリーカスクの3種が旨かったが、これはどこかで書いた。
 ポートエレンではシグナトリー社ダンピーボトルのカスクストレングスシリーズの78年蒸留、02年ボトリングの23年もの、オーク樽274本のリミテッドエディション。ダグラス・マクギボンから3種頒されたミルロイ・セレクション、

 ポート・エレン'82/02,20年,61.7度,シェリー,プロヴァナンス、ミルロイ・セレクション
 ポート・エレン'82/01,19年,61.3度,シェリー,プロヴァナンス、ミルロイ・セレクション
 ポート・エレン'78/01,23年,62.2度,プロヴァナンス、ミルロイ・セレクション

はいずれも美味。

2018年07月18日

巣立ち一考  

 日曜日、挨拶もなくつばめが巣立った、予想よりやや早かった。立つ鳥跡を濁さずというが、玄関一面は糞で汚された。さすが、拙宅のつばめ、他人のことなどお構いなしである。巣立った後も10日ほどは辺りの電線にとまっていると聞いたが、その気配はまったくない。玉津界隈の餌がよほど不味かったものと見受けられる。云えば、焼き鳥かレバー刺しでも与えたものを。

ライスジュレ一考  

 お好み焼きチェーン「千房」がライスジュレを使っている。「小麦や食品添加物を使わなくても、パンやケーキが“しっとりもちもち”に?! グルテンフリー食(小麦アレルギーの原因となるグルテン不使用)を取り入れている方にとって、夢のような新食材が誕生しました」とヤンマーの解説にあるが、グルテンを摂取しないというのは、腎臓病や免疫疾患などの特殊な病気の人のグルテン摂取制限をする食餌療法が起源である。
 千房は「学歴・前科不問で「すべての責任は私が取る!」」で知られた店である。そこのお好み焼きをわたしは食べていないが、いち早くライスジュレを用いたところはさすがである。そしてオタフクからアレルギー特定原材料7品(卵、乳、小麦、そば、落花生、えび、かに)不使用のお好みソースが販売されている。明石にもライスジュレを使う革新的なお好み焼き屋ができないものか。

白飯一考  

 その後の食事。土曜日は玉子焼き2個とサラダで終わり、日曜日は素麺1把とレタス、月曜日はちょっと量を増やそうとカレーを食べた。わたしは昔から自炊しかしないので、パックごはんに用はない。ところがマンナンごはんが半値で売っていたので購入。1食140g、150kcalのダイエット食品である。ダイエット食品であろうがなかろうが、わたしの知ったことでない。ただ食べて愕いた、水加減がすこぶる良い。通常売っているパックごはんは量が多すぎるし、飯が硬い。
 ここまで書いて、母を思い起こした。ガキのころ、わたしは固い飯が好きだった。そして茶碗一膳しか食べない。一膳は炊かれないので、残した飯を母は粥にでもして食べたのであろうか。15歳までわたしは母に炊事の面倒をかけた、そのことを深く詫びたいと思う。70歳代になって、やっと親子のありかたについて考えられるようになった。

2018年07月14日

総菜一考  

 行きつけのスーパーの総菜を日曜日に買った。たまには肉をと思い、398円のプルコギを購った。木曜日までの5日間、副食はそれとサラダだけで済んだ。これではいけないと思いつつ、1日1食になってしまった。
 食欲は性欲と同じで癖になる部分を内包している。食べる時は食べるし、食べないときは食べない。食べないよりは食べられないと表記するのが正しいのかも。薬は食後に服用すようにと薬剤師はいう。しかし、食事をしていないので、薬は飲んでいないとの天邪鬼もでてくる。本末転倒とはこのことで、食事なるものを生活の規範にしてはいけないとの証左であろう。わたしのまわりで、1日3食摂っている方はいないと思うが、世の中には強迫観念のごとく、3食を食べ続けている御仁もいらっしゃる。
 とはいえ、いまのような(1日1食)食事を繰り返していると病気になる。病人のわたしがいうのだから間違いない。いろんなものが食べたくて、期間はともかく転々としてきた。松山、岡山、大阪、京都、岐阜、新潟、東京、埼玉、北海道、そして神戸と明石である。父が死んだときに高田を、そして福原と花隈と云う街が消え去った時点でわたしにふるさとはなくなった。しかし、最初と最後はどうやら神戸のようである。

会席一考  

 玉子焼きが明石焼きになったのは明石名物を気取ってのことと思う。似たものであっても、東京ならば東京焼きとでも称するのかしら。玉子焼きにしろお好み焼きにしろ、東京の方がはるかに旨い。使っているタコも太東・大原産真蛸、明石のそれよりもずんと美味とわたしは思っている。山芋の粉やじん粉は疾うの昔から関東では用いている。久しぶりに明石へ戻って気付いたのは、明石は昔のまま、なんの深化もないのである。置き去りにされた街とでもいうべきか。

 昔「銀花」で日本道楽散歩・神戸篇を執筆した。その折に明石の人丸花壇と舞子ホテルにもご登場願った。両店舗共に、往時の会席料理は美事だった。わたしにいわせれば、明石で料理らしい料理を作っていたのは人丸花壇と来住だけだった。来住がなくなったのは残念だが、当時の明石のひとたちには来住の素晴らしい料理が理解できなかったというだけのこと。
 引っ越してから数件の割烹に出かけたが、わたしに云わせれば素人料理。非難するようなことは当掲示板では禁句だが、料理にせよ、酒全般とりわけ洋酒に関しては識見のないこと夥しい。明石や神戸でしか通用しない素人相手の商売人ばかりかと疑いたくもなる。もっとも客がそれを望むならそれはそれで致し方ないが。
 魚を下ろすだけなら河豚から鱧にいたるまで、わたしのような素人でも十分にできる。今までに河豚の200尾から300尾はばらしてきた。そしてテトロドトキシンでひとを殺めたことはない。嵐山吉兆の料理長からちりめん山椒の作り方を教わったが、わたしの作り方はまったく異なる。そちらはいろんな料理雑誌で執筆してきた。特に。赤坂時代、ゆくりなくも料理王国の編集長と親しくお付き合いさせていただいたのは楽しい思い出だった。わたしは料理がこよなく好きである。ただ、基礎をおろそかにした会席なら巷の牛丼で結構と思っている。

2018年07月13日

ワインの整理一考  

 赤坂ですぺらで用意した約2000種のワインのうち、100本ほどが売れ残っていた。それをオークションで売るのだが、中身をチェックして愕いた。出水のワインが七割を占める。往時、ワインの輸送業者で信頼できるのは1社しかなく、出水は取り扱うワインのすべてをそこに委ねていた数少ないワインショップだったのである。赤坂で出店した折り、その輸送会社の女性社長が赤坂エクセルホテル東急とANAインターコンチネンタルホテル東京のバーテンダーを伴って来店、神戸地区でわたしたちのワインを扱っているのは、三宮の頃末酒店と長田のすみの酒店、個人ではあなただけだったと云われた。この日、お三方にお飲み頂いたのは、リパ・デッレ・マンドルレ(カステッロ・ヴィッキオマッジョ)の94年だった。フルボディでなく敢えて出たばかりのミディアムを薦めたのにはそれなりの理由がある。そして白はミュスカデ・キュヴェ・ワン(ルイ・メテロー)95年、90年代で唯一造られたヴィンテージで、ですぺらでもっともワインに五月蠅い永瀬さんのお気に入りだった。永瀬さんによると片仮名にするとムスカデの方に分があるようである。
 ワインと云えば横須賀功光さん。前田美波里、山口小夜子、宮沢りえなどの資生堂ポスターを撮影、イタリアンヴォーグ、ドイツヴォーグ、フレンチヴォーグのフリーランスカメラマンとして名を馳せた。彼がですぺらでの開口一番、「飲んだことのないワインは存在しない」。ロマネコンティのモンラッシェが1本だけ残っていたのだが、当然、知っているよの一言。フォンテーヌ・ガニャールのバタール・モンラッシェ89年を3本、堺のコレクターから買い受けたものだが、そのヴィンテージは飲んでいないとのことで、お飲みいただいた。横須賀さんのシャトー・ペトリュスの方が好きとの言葉からワイン談義が1年間、彼が亡くなる日まで続けられた。そこから先の消息は当掲示板に詳しい。
 さて、ヤフオクである。87年から96年にかけての赤ワインの一部を取り敢えず出品した。ウイスキーと違って醸造酒の経年劣化は避けられない。最初は全品1000円でと思ったが、シャトー・ラグランジュの空き瓶が1800円で売られている。自信はないが然るべき値段を付けた。家賃の足しになればよいのだが。

2018年07月10日

スコットランドの山の頂でラガヴーリンを飲む至福一考

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 ドナルド・レニック前所長(現在は女性)が来日した折りのインタビューです。検索しても出てこないので、転載させていただきます。掲載した方のお名前が分からないので、こちらで陳謝いたします。
 文中に書かれているように、90年代半ば、原酒不足でラガヴーリンはとんでもなく値上がりしました。経営も思わしくなく、イアン・マクロードが大量の原酒を買い支えたというようなはなしも耳にしました。ドナルド・レニック所長が山の頂でラガヴーリンを飲んだように、わたしは北海道のキャンプ場で鮭とばを肴にアイラモルトを独酌していました。(一考)


モルトの巨人と称されるラガヴーリン。
アイラ島の厳しい自然のなかで、その類い稀なモルトの個性を守りつづける人物
11月初旬、来日したラガヴーリン蒸留所のドナルド・レニック所長に、インタビューをしました。


--はじめに、レニック所長のウイスキー業界での主なキャリアをお訊かせください。  
     
 1981年にホワイトホースのボトリング部門にエンジニアとして入社しました。曽祖父が家でウイスキーを作っていたというエピソードはありますが、それまで身内にウイスキー業界に携わったものはいませんでした。その後いくつかのウイスキーの工場でボトリングやモルティング工程のエンジニアを努め、1996年にアイラ島に渡りポートエレンでモルティングのエンジニアリングを担当し、98年にラガヴーリンに移って、当時のニコルソン所長の下で蒸留を学びました。所長になったのは1999年です。  
     
--ウイスキー製造の現場で働くということに、どのような思いを抱かれていますか?  
     
 まず、私が住んでいる家は蒸留所のすぐそばなので、通勤ラッシュのストレスとはまったく無縁な生活を送ることができます(笑)。毎朝徒歩で通勤するのですが、蒸留所の敷地に足を踏み入れると気持ちがぐっと高揚します。ラガヴーリンで働くことは、私にとって大きな喜びだからです。それは何よりも、素晴らしいスタッフと一緒に仕事ができるからにほかなりません。いま従業員は私を含めて15名いますが、みなラガヴーリンの長い歴史をしっかりと受け継いでいます。なかには4代に渡ってラガヴーリンで働いているというスタッフもいるのです。  
     
--ウイスキー愛好家の間でラガヴーリンの人気はますます高まっています。他のウイスキーにはないラガヴーリンの際立った個性が生み出される要因は、いったい何なのでしょうか?  
     
 ラガヴーリンの味と香りには「7つの秘密」が関係しています。ひとつは水。2番目にバーレイとピート。3番目はマッシュとウォートの生成方法です。4番目はオレゴンパインのウォッシュバックで55時間かけて行う発酵。5番目は細長いウォッシュスチル。このスチルは45度に折れ下がったライパイプの形も特徴的です。6番目はタマネギ型のスピリッツスチル。最後にスピリッツスチルにかける時間の長さです。しかし、それら長い歴史のなかで培われた技術を再現するのは人間です。伝統を受け継いだ優秀なスタッフなしでは、この味と香りは決して完成しません。  
     
--所長という仕事で、特に気を配っていることはどのようなことですか?  
     
 ウイスキーをつくるということは、歴史が創造したそのキャラクターを、間違いなく再現することです。大切なのは設備や環境を可能なかぎり変化させないこと。そのためにあらゆる面で気を配ることが、私の重要な仕事のひとつです。いまや世界的に重要な蒸留所となったラガヴーリンを所長として預かることには、大変なプレッシャーを感じますが、同時に大きな誇りでもあり非常に名誉なことと思っています。    
     
--ところで、地元スコットランドでのラガヴーリンの評価はどうなのでしょうか?  
     
 もちろん、国内でも大変人気のあるモルトです。若い人から年配者まで幅広く受け入れられています。個人的にはラガヴーリンは非常に男性的なウイスキーだと思うのですが、いまでは若い女性のファンもとても多くなっています。私も正直なところ驚いています。

ラガヴーリンに至る前に多くのウイスキーを試し、最終的にラガヴーリンに辿り着く人が多いと思います。しかしラガヴーリンを飲んだことがない人が蒸留所に見学に来られても、ほとんどの人から美味しいという評価をいただきます。  
     
--ラガヴーリンに合う食べ物があれば教えていただきたいのですが。  
     
 食べ物と合わせるのならば、なるべく強い味のものがいいと思います。チーズならば例えばロックフォール。甘いものならばチョコレートのようなもの、それも味の濃いダークチョコレートがいいでしょうね。  
     
--日本にもラガヴーリンファンは非常に多いのですが、実はラガヴーリンはその人気の高さからか、いまとても手に入りにくくなっています。それはなぜでしょうか。  
     
 確かにいま、ラガヴーリンは16年を中心に在庫不足が続いています。実はこの原因は、80年代のスコットランド経済の不況にあります。このときの不況は蒸留所の運営にも大きく影響し、多くの蒸留所が閉鎖に追い込まれました。幸いにしてラガヴーリン蒸留所は閉鎖にこそ至らなかったものの、生産制限をしなければいけなかったので操業は週に2、3日という状態でした。つまり16年前の生産量が絶対的に少ないのです。

そして現在、ラガヴーリンは世界的に非常に高く評価されるウイスキーとなりました。それはとても光栄なことなのですが、在庫の少なさに人気の高さが加わって、入手しにくいウイスキーとなってしまっています。決して、私が出荷前に全部飲んでしまっているわけではありません(笑)。

しかし、90年代には蒸留所の生産は再び安定したので、皆さまにラガヴーリン16年を心置きなく飲んでいただける日はすぐそこまで来ています。安心してください。  
     
--最後に、レニック所長ご自身はラガヴーリンをどのようなウイスキーだと思いますか。またどんなシチュエーションでラガヴーリンを飲むのが好きなのか、教えてください。  
     
 ラガヴーリンは私が愛して止まない、とても特別なウイスキーです。強いピート香とスモーキーさを持ち、それでいて甘く、そしてとても複雑です。そしてそのフィニッシュの長さ。とても気持ちいい後味が、長く、長く続きます。

忙しく働いた一日が終わったとき、家に戻りホッと一息ついたところで飲むのもいいものですが、やはり私は、気の合った友人たちとテーブルを囲んで賑やかに話しながら飲むのがいちばん好きです。

それからもうひとつ。私の一番の趣味はヒルウォーキングです。スコットランドの3000フィート以上の山々をリストアップした「マンロー・リスト」の全284座のうち、これまで186座に登頂しており、制覇まであと98座です。その一つひとつの山頂で、登頂を祝って必ずラガヴーリンを飲むのです。眼下にスコットランドの大地を眺めながら飲むマイ・ホームウイスキー。ほかの何にも代えがたい、幸せな瞬間です。
   
 マンロー・リスト Munro List
スコットランドの3000フィート(910m)以上の山のリスト。作成者マンロー男爵の名を冠したこのリストには284座の山頂が記載されている。リストの山々を登頂することは「Munro-bagging」と呼ばれ、英国の多くのヒルウォーカーたちの目標になっている。英国における「日本百名山(深田久弥著)」のような存在といえる。  
 
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2018年07月09日

地下神殿一考  

 世の中は水浸しである。玉津町今津地区は避難地域になったが、後60センチほどで明石川は氾濫していた。東京にいたとき、首都圏外郭放水路、別名「地下神殿」が完成し、170ミリの洪水に耐えられると都は胸を張っていた。今回の大雨は場所によって1600ミリだったという。四国や広島でなく東京に1600ミリの雨が降れば山手線や地下鉄は壊滅状態になる。170ミリとの基準がわたしにはさっぱり分からない。
 東日本大震災のとき、直接の被害はなかったものの東京の交通機関は完全に麻痺した。今回のような大雨が降れば麻痺ではすまない。数千あるいは数万人の死者が出る。

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