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2017年12月17日

カスクート一考  

 日が変わるころから急速に冷え込んだ、明日は雪になるとやら。風が強く、オートバイは右に左に揺れ流れ、慎重な運転に終始した。明日の用は買い物のみ、この一週間は冷蔵庫のものだけで暮らした。野菜とパンが欲しい。業務スーパー・フレッシュ伊川谷店(旧フレッシュ石守)の隣に100万ドルというパン屋があって、どうやら職人が変わったようである。菓子パンばかりだったのだが、最近はハード系のパンを焼き始め、カスクート(カスクルート)を置くようになった。セブンイレブンやファミリーマートのカスクートと比べて190円とうんと安い。コンビニの330円が高すぎるのである。もっとも、中力粉ではないので、旨いとはお世辞にもいわれないが、土山まで買いに行くことを思えば、それで十分なのである。
 フランスパンに使われる小麦粉は、一般のパンに使われる強力粉ではなく、グルテンが少なめの準強力粉もしくは中力粉だが、全粒粉 (強力粉) を用いた茶褐色のバゲットも売られている。そもそも、フランスパンは小麦の性格上、あまり旨いものでない。とはいえ、強力粉の生地に、砂糖、卵、乳製品、油類などの這入ったパンは食えたものでないが。
 コンビニやスーパーで売っているヤマザキのショートケーキより、100万ドルのケーキの方が美味。そして、100万ドルとはわたしがはじめて働いたハイボールセンターの名でもある。

2017年12月15日

バイクシューズのサイズ一考  

 オートバイのブーツは履いてみなければ分からない。わたしの足の大きさは24.5、普段履く靴はその寸法で合っている。ところが、バイク用シューズだと25.0でなければ合わない。さらにブーツやウォータープルーフになると25.5になる。中にはプーマのようなEUR(ヨーロッパ)サイズというのがあって、横幅が狭く甲が低い、従って2サイズ大きめでないと足が痛くなる。要するに41サイズ(日本の26.0)でキツキツなのである。欧州人というのはそんなに幅狭甲低な足をしているのかしらと不思議に思う。調べるにやはり日本人の足の悩みで一番多いのは「幅広甲高」であるらしい。
 3E、4E、5Eといった幅広サイズは知っていたが、甲の高さで靴を選ばなければならないとは。それにしても自分の足の甲がいかに高いかを改めて知った。

2017年12月14日

新潟県高田市一考  

 今日は帰宅が4時になった。南西にオリオン座が美しく凍てついている。遅くなったとき、帰路で会うのは新聞配達に出掛けるバイクのみ。こちらも重装備だが、連中はゴム引きの防寒具を着ている。聞くところによると、「ぬくさに首ったけ」シリーズが有効なようである。ただし、値が高くてわたしにはかなわない。幾重にも着て寒さ対策をなさる方がいるが、ほとんど変わらない。わたしは夏物の半袖シャツとワイシャツ、ユニクロのウルトラライトダウンジャケットと防水ジャケットである。下はスパッツにGパン、手袋はハンドルカバーをしているので薄手のインナーを用いている。
 オーバーズボンを探していたが、ヤフオクで安いものが見付かった。その古着屋の住所が上越市東本町だった。かつての高田市、わたしの田舎である。店主からメールあり、

 「北城町3町目は自宅から歩いて5分位です。昔は中島田んぼがあり、その向こうが北城町でしたが、今はその田んぼがすべて団地になりその団地もこちらの住んでいる東本町も高齢者世帯が多くなりました。
 ここ上越市もドウナツ現象で農地がどんどん団地に変わり郊外に住む方が増えていますが人口はどんどん減ってきています。駅周辺の商店街(高田銀座と称した本町)は人通りがほとんどない状態です。住宅の空き家がたくさん目立ってきました。
 雪は40~50cm位積もりました。私の住んでいるところは道路に消雪パイプが入っていますので、交通が止まることはありませんが、一斉雪おろしになると、3日間位交通止めになり、ダンプで排雪致します。火事になると大変ですので、裏に火防道路があります。(こちらも消雪がはいいています。)毎年のことですが、春が来るのが、待ち遠しいですね。」

 文中、北城町3町目とあるのはわたしの父親の生家、駅周辺の商店街と書かれているのは高田銀座と称した本町である。
 高田のはなしを久しぶりに聞き、嬉しくなった。かつては見渡す限り田んぼだった。水道管を組んで手製の迫撃砲を造り、田んぼ目掛けて発射しては悦んでいた。小学生の頃、バスの停車場はあったが、手さえ挙げればどこででも乗降可能だった。嬢が乗っている発射オーライのバスである。父親の長兄が高田唯一のいづも屋百貨店を営んでい、屋上遊園地や映画館を併設した店舗は高田の中心的な存在として大いに賑わった。10円玉を入れると5分間覗ける双眼鏡が屋上に据えられたときは神戸からわざわざ観に行ったものである。
 播磨姫路藩第4代藩主であり、越後高田藩初代藩主になった榊原政純の臣下として城代家老を拝命し、勝海舟の秘書を務めた先代の末裔である。百万ドルの三ノ宮店には神戸初の自動ドアを付けたり、須磨パークホテルにはこれまた神戸初の温水プールやボーリング場(わずか1レーンだったが)を設けるなど、なんでもかんでも初物が好みの血筋だった。わたしは本籍地を明石へ移した。しかし、高田のことを忘れることはない。

2017年12月12日

初雪一考  

 ごく僅かだが、明石は初雪である。風が強くて、昨夜ははじめて冬仕度。と云ってもハーフチャップスを装着しただけだが。二輪に乗るにこのような重装備でわが身を覆うのもはじめて、歳のせいと諦めている。

 ヘルメットシールドの曇り止めだが、何時も買っている70円の商品がもっとも良さそうである。高級品は役に立たない。検索してみると、みなさんママレモンを奨めているが、油が浮いたようになり、シールドがテカる。要するに視界に歪みができるのである。対向車や街灯の光が乱反射してまるでエレクトリカルパレードである。
 それにしても、成分は界面活性剤(14%直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)と安定剤だけである。高級品に含まれる酵素やフルーツ酸に問題があるのかしら。このような用途に値段は関係なさそうである。
 マジックリンが良いとの意見あり、同じ界面活性剤なのだが、こちらは油汚れ専用なので有効かも。シールドに直接当たらないように、前歯を突きだして下へ向けて息を吐き出している。2日間は呼吸でシールドが曇ることはなかった。

2017年12月11日

中村漁業部一考  

 中村漁業部の中村茂さんから電話があって、ですぺら掲示板へメールを送ったのだが、エラーで戻ってきたとの由。理由が分からないが、ですぺら掲示板でもファイスブックでも直接書き込まれればよいものを。おそらくですぺら掲示板のほうが宣伝になると思う。
 無添加鮭とばを註文しようと思っているのだが、このところ店が暇でどうにもならない。誠に相済まぬことである。

2017年12月09日

ダブルハピネス発売一考

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11月26日より、ダブルハピネス・オリジナルとメンソール 20本 280円 の2銘柄が新発売された。インドネシアの大手たばこメーカーが日本向けに開発製造、 販売は日辰貿易が手がける。前回紹介したフォルテ250円と共にリトルシガー。頗る美味。欠点はフォルテと比して細すぎる、灰皿の上でしか喫まれない。JTの扱いではないので、専門店にしか置いていない。

傘立て一考

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バリ島の傘立てを購入。水性ペイントで仕上げられていて味わい深い。

ログイン不可一考  

 店のパソコンからですぺら掲示板へログインできない。アドオンが悪戯をしているのは分かっているのだが、自宅のパソコンと同じ設定になっている。不思議なことがあるものだ。

追記
 「無料ホームシアター」「映画の無料動画で夢心地」から動画を落とすために、さまざまなアドオンを使っている。システムとブラウザのバージョンならびにアドオンのバージョンが常に悪さを起こしている。システムは最新(OS10.13.1)だが、ブラウザはfirefox55.0.3(64ビット)で止めている。
 アドオンは以下のごとし。
 1-click you tube video downloder
 Ant Video Downloader 2.4.7.50
 flesh video downloder
 Video DownloadHelper 6.3.3
 internetspeedtracker
 バージョンが這入っているのは、そのバージョンのみ使用可能ということ、新しいものは使えない。いろいろと難しいものだが、もっかのところ安定している。

2017年12月08日

わが国初のタロット展一考

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 夢然堂さんの Twitter で steward‏ さんと夢然堂さんの遣り取りがあったのを知った。「今となっては貴重な写真。昭和49年5月末、神戸三宮・さんちかで催された我が国初のタロット展。同年刊行の木星王著『超念力入門』(日本文芸社)より。 この展覧会についてはウラヌス星風の『タローカード入門』でも紹介されている。」とのキャプションが添えられている。

 確かに、5月30日から6月4日までさんちかタウンで催した、わたしが27歳の時のはなしである。わたしの手持ちのタロットカードと岡田夏彦さん所有のカードを併せての展覧会だった。往時、荻窪のミニヨンにあった画廊人魚館を休んで岡田さんは拙宅に泊まり込みだった。泊まり込みとは申せ、半年ほどいらしたのであるまいか。種村季弘さんとのあいだで金銭面でのトラブルがあって、東京に居づらくなったのが理由とわたしは思っている。この件に関して、種村さんの奥方とはなしたことがあったが、個人的なことゆえ、ここでは触れない。
 タロット展は会場にキャンセルがあって急遽埋めろとの命令に従ったまで、岡田さんがいなければ成り立つ企画でなかった。岡田さんについてはいつか書かなければと思いつつ、そのままになっている。彼をわたしに紹介したのは京都書院の杉本茂行さんである。初対面で愕いた、泰西文学に関していかなる質問であれ、彼が知らないといったのを聞いたことがない。さすが、種村さんの(第一秘書)である。塚本邦雄さんから縁を切られたばかりの須永朝彦さん、種村さんと別れたばかりの岡田夏彦さん、そして生田耕作と喧嘩になったわたしが上手くいかない筈がない。コーベブックスを中心にして厚誼は続いた。
 タロット展である。占い師を集めて会場で占っていただこうとのはなしになった。ところが、当時誰もタロット占いができない。岡田さんが即席の講義をし、みなさんが聞き入る。さすが占い師である、数時間後には昔からタロット占いをしていますという顔付きになっていた。
 タロットが11PMで取り上げられることになり、占い師を連れて大阪の読売テレビへ赴いた。朝から何度もリハーサルを繰り返し、いざ本番というとき、それまで白髪だった藤本義一さんの頭が真っ黒になっている。
 東京でも展開しようと、西武や東急、伊勢丹などあらゆる百貨店へ飛び込みで企画を売り込みに行った。もっとも高く買ってくれたのは東急である。それにしても、百貨店の受付で社長に会わせろはないだろう、今思うに赤面の至りである。それと東急に決めた理由はいまひとつ、札幌やハワイでの展覧会が可能だったからである。その札幌行でわたしは生まれてはじめて飛行機に乗った。

追記
 写真には、主催 コーベブックス 協賛 滴翠美術館、画廊人魚館 後援 大槻守商事と記載されている。滴翠美術館は当時の館長山口格太郎さんと岡田さんが昵懇の間柄だったがゆえ、大槻守さんも亡くなられたが、古版マルセイユタロットの輸入をわたしがお願いした。ちょっとやんちゃなところがあったが、根は誠実、実に愉しい方だった。
 札幌へは占い師のカメリア・マキさんとご一緒した。今も美魔女で活躍のご様子、機会があればお会いしたいと思っている。

一人用圧力釜一考

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 マイヤー電子レンジ圧力鍋1.6Lを購入。カレーや肉じゃがが10分で仕上がるらしい。とはいっても、実態は蒸し器に近く、レシピに書かれている時間でできるかどうかは疑問である。とりもなおさず、肉じゃがを作ってみる。レシピには6分加熱し4分蒸らすとあって、念のために7分加熱したところ、うまくできた。しかし、普通の鍋でも15分あれば完成する。拙宅はプロパンなのでガス代が高い、それを思えば結構な器具なのかも。いずれにせよ、わたしのようなものぐさに打って付けの圧力鍋であることは間違いない。
 購入価格は未使用品で1400円。なお、蒸し器として利用するには蒸し板もしくは落とし蓋のようなものが必要。ダイソーで売っているシリコン製落し蓋で代用できる。

カメラ購入一考

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 萩原健次郎さんの影響で大枚4100円を払って写真機を買った。オリンパスのSP-610UZで所謂コンパクトデジタルカメラである。女性の持ち物だったようで、まるで新品である。電源スイッチとシャッターを除けば触るところはひとつしかなく、複雑な操作がなにひとつできない。素人は簡単な入門機から這入らないと後が続かない。電源が単三電池なのも気に入っている。
 父親がカメラに凝っていた。そのカメラはレンズ一式を添えて周さんの友人のところへ嫁いだ。その父の影響であろうか、カメラなるものになんの興味も抱かなかった。過去の写真も40枚ほどしか持っていない、記録自体に興味がないのである。ところが、萩原さんによって記録が記録でなく表現になることを知った。要するに、ひとの顔以外のものならよいのである。さて、なにから撮ろうかしら。

深夜のオートバイとシールド一考  

 先ほどから雨が降っている。濡れて帰るしかなさそうである。このところ帰宅したときの室内気温は11度、それでもオートバイを駆ってきた身には暖かい。暖房を入れ、電気毛布を温める。凍てついた脚に巻き付け、常温に戻すのに2時間はかかる。深夜4時、それから夕食の準備である。ちなみに室温は18度に設定しているが、ですぺらは20度である。客が寒いと怒るからである。
 まだ乗車時に真冬の格好はしていない、2月の寒さがよく分かっているからである。それにしても冷たい、冷たさで頭は割れそうに、脚はちぎれそうに痛い。それもこれも歳のせいと言い聞かせている。
 もっとも困惑しているのはバイク用フェイスマスクである。もっとも、雨天にフェイスマスクをつける馬鹿はいないだろうが。鼻に穴のあいたベンチレーション付き定価100円のものを使っているのだが、装着すると息が暖かくなってヘルメットのシールドが曇る。信号で停まると一瞬にして前がなにも見えなくなる。口までずり下ろして使っているのだが、みなさんどうしているのだろうか。
 バイク用シールド曇り止めと称してさまざまな高価なものが売られているが、中身は単なる界面活性剤。あれなら台所用洗剤となにも変わらないではないか。だとしたらスプレー式食器用洗剤の「キュキュットCLEAR泡スプレー」がよいのでないだろうか。一説によると99工房のコンパウンドトライアルセットで磨くのが一番との意見もある。わたしは何時も1本70円ぐらいの洗剤を使っている。明日は花王の高級洗剤を買いに行くとしよう。

2017年12月06日

萩原健次郎さんの写真一考  

 フェイスブックでは萩原健次郎さんの写真を覧るのが一番のたのしみである。とにもかくにも暗い写真でフジのカメラでは到底撮られない種類の作品ばかりである。わたしは横須賀功光さんと親しかった。親しかったというよりも最期を看取ったというほうが正しい。彼との思い出はフェイスブックでも2016年4月に転載している。泣きながら書いたはじめての文章だった。
 横須賀さんに一連の銀板写真(ダゲレオタイプ)があって、わたしはすこぶる気に入り、そのうちの一枚を頂戴した。なにしろ、ダゲレオタイプで撮影された写真は一枚しか存在しないのである。横須賀さんの銀板と萩原さんの作品とのあいだには黒の階調とでもいうべき共通の趣向がある。奈落の底へ引きずり込まれるような悪意と失意に彩られた雰囲気である。萩原さんが自らの体躯で知った荒涼たる絶望を覗き込むに詩よりも写真が相応しいなどといったら叱られようか。

岩崎力さんとユルスナール一考  

 http://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/234

 「webふらんす」に掲げられた岩崎力さんの「敬虔な思い出たち マルグリット・ユルスナール」を転載する。4回の連載、ぜひお読みいただきたい。文中にあるごとく、ユルスナールは訪日した折、岩崎さんの運転にて日本を旅なさった。途次、多田智満子さんとも逢い、多田さんはそのときの思い出を綴っている。車はたしかトヨタのカローラだったと思うが、後部座席はシートが破れ、細かいことにこだわらない岩崎さんらしいオンボロ車で、これにユルスナールを乗せたと思うと微笑ましくなってくる。
 岩崎さんとは何度か一緒に仕事をさせていただいた。雪華社で「ヴァルボアまで」を作ったときはひとり娘が縊死なさった後で、大塚でふたりでしんみりと酒を酌み交わした。「東大在学中だった娘さんが自死なさって、その悲しみを束ねた書冊、扉の次ページに刷られた三行のフランス語、あの三行のためにのみ、同書は編まれました。本が出来上った日、大塚の小料理屋で馳走になった活魚、ハンカチで拭いもせず、二人して「大塚のさかなは塩っぱいね」。あれから二十年経ちました(2005年10月)」と当掲示板で書いている。
 岩崎さんは権威権力を忌み、個であることを潔しとされた。おそらく西永良成さんしか友はいなかったのであるまいか。

2017年12月02日

バリゴ製気圧計一考

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 ドイツBARIGO社の気圧、湿度、温度計。制作年代は不明だが、わたしが子供のころは使われていた。ヤフオクで売っているが、なかなか素適だと思う。

追記
 調べると新品で同じものが2,3万円で売られている。興醒め。

2017年11月28日

ネオプレーンロングソックス一考

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 防水・防寒ネオプレーンロングソックス マジックテープ付という商品がある。店舗名はネオワークギア(Neo WORK GEAR)。アウトドア・ワーク関連商品のプロショップゆえ、本来は作業用品なのだが、オートバイにも使えそうである。価格は2,268円だが、アマゾンで色違いが1,080円で売っている。このソックスを履いた場合、靴のサイズが二回り大きくなりそうである。AKBでいうところの釣り師ではなく、本物の釣り師のあいだで重宝されているらしい。靴を買い換えなければならないので、わたしは遠慮するが。

2017年11月27日

雨具一考  

 今日は良い天気だが、この二週間、深夜になると雨が降った、雨具が役に立っている。ところがバイクウェアーの背中のパッドが邪魔で雨具が着られない。普段着はL寸、バイクウェアーはLL、レインウェアはXLである。わたしにとってパッドやプロテクターは左腕にのみ必要なのであって背中は外すことにした。
 先日は霧でもやっていた。レインコートがじっとり濡れていくが、距離が短いから苦にはならない。赤坂から戸田まで雪が降るなか川越街道を走ったのを思い出す。途中、光が丘から新大宮バイパスへ曲がるのだが、真っ直ぐ行くと川越から佐久を抜けて松本へ至る。バイパスが多い道だが、変化に富んでいて愉しく、二度駈け抜けたことがある。

ヒラマサを食す一考  

 刺身が食べたくてスーパーを梯子する。ヒラマサ、カンパチ、ブリ(以上をブリ属3種という)、、シマアジ、カレイ、タイと本日は豊漁である。尾っぽの部分を圧さえて新鮮さを確認する。新鮮なのは長崎産の天然ものヒラマサと、愛媛の養殖シマアジのふたつ。共にスズキ目アジ科に分類される魚、身はブリより脂肪が少なく歯ごたえがあって美味。近縁種とのあいだで養殖目的の人工交雑種が作られている。ブリヒラやカンヒラがそれで、近畿大学水産研究所にて開発された。
 この二点となると、当然ヒラマサである。滅多に食べられない魚に舌鼓をうつ。

2017年11月23日

「図書館創設のための提言」について一考  

 シュルレアリスム宣言の真骨頂は、デューラーは××に於いてシュルレアリストである、エルンストは××に於いてシュルレアリストである、との歴史的時間を平面に置き換えてみせたところにある。この手法は林達夫が頻繁に取り入れた作法でもある。若いころは随分と影響を受けたものだが、欧州では古くからこのような考えがあったと知った。ガブリエル・ノーデ(Gabriel Naudé)は1600年2月2日生1653年7月10日没の学者である。ジュリアン・グラックのいう包括弁証法が往時から生きていたとは愕きだった。
 読みづらいのは承知でこのような文章を認めた。引用に固有名詞が多いのは、書誌学者としてのノーデの一端を知っていただきたいからに他ならない。伊藤敬さんが「既訳の存在について、あえて触れないのは「武士の情け」である」と著されている。本書に限らず、某フランス文学者の書誌学に関する本の訳注のあまりのひどさに呆れかえったことがあった。この種の書冊にはとかく意訳乃至誤訳が多い。今回の伊藤敬さんの名訳によってノーデが真当に評価されることを願ってやまない。

2017年11月22日

伊藤敬さんの翻訳一考  

 「図書館創設のための提言」ガブリエル・ノーデの翻訳が伊藤敬さんから送られてきた。400字詰め133枚の労作(原本は167頁)である。私信が添えられてい、「・・・十七世紀フランスの「図書館論の元祖」ガブリエル・ノーデの翻訳をお送りします。然るべき版元をみつけて上梓するには数年はかかる見込みですが、ぜひとも一考さんの元気なうちにお読みいただければと考えてのことです。ここに、なにがしかの面白味を見出していただければ幸いです」と書かれている。
 伊藤敬さんはわたしが知る限りもっとも博識な方である。例えば、フェイスブックでシェアした「あべおろしそば始めました。もり・かけ継続中」に対する伊藤さんのコメントが振るっている。「サイドメニューにピラフも出しては如何? そのココロは阿部比羅夫」阿部比羅夫は飛鳥時代の日本の将軍であり、蝦夷地の侵略者である。日本国憲法の侵略者である安倍晋三の安倍にかけられ、かつピラフと比羅夫を捩ったものだが、わたしはお手上げである。
 「あべおろしそば」に対して、間髪入れずに阿部比羅夫を想起するところに伊藤さんの尋常ならざる博学多識ぶりがうかがえる。要するに、わたしごときが手に負える相手ではないのである。その伊藤さんが翻訳するに、ガブリエル・ノーデである。ますます持って始末が悪い、ここはひとつ黙してノーデに従うしかなさそうである。
 と書いたものの、「図書館創設のための提言」は第4章が圧巻ということしかわたしは知らない。その第4章(蔵書の質と条件はいかにあるべきか)から一部引用しよう。

 ・・・例えば、浩瀚な神学については、各種の聖書、教父の書、公会議書など、肯定神学については、リルのニコラウス、(サン・ヴィクトルの)フーゴー、(アロンゾ・)トスタード、サルメロン、スコラ哲学については、トマス・アクィナス、オッカム、デュラン・ド・サン・プルサン、ペトルス・ロンバルドゥス、アンリ・ド・ガン、ヘールズのアレクサンデル、ローマのジル(ジル・コロンナ)、アルベルトゥス・マグヌス、ペトルス・アウレオルス、ヴァルテル・ブルレイ、(ジャン・)カプレイオルス、(ジョン・)メイジャー、(ガブリエル・)ヴァスケス、(フランシスコ・)スアレス、ローマ法王全および教会法典については、バルデ(・デ・ウバルディ)、バルトロ(・デ・サッセフェラート)、(ジャック・)クジャス、(アンドレ・)アルチャート、(シャルル・)デュムーラン、医学については、ヒッポクラテス、ガレノス、パウルス・アエギネトゥス、オリバシウス、アエティオス(アミダの)、イブン・スィーナー、イブン・ズフル、占星術についてはプトレマイオス、(ユリウス・)フィルミクス(・マテルヌス)、アリ・アブール・ハサン、カルダーノ、(ヨハン・)ステッフラー、(ルカス・)ガウリクス、(フランチェスコ・)ジィウンティーニ、光学についてはアルハゼン、ヴィテロ、ベーコン、(フランソワ・)ダギュイオン、算数については、ディオファントス、ボエティウス、ヨルダヌス・ネモラリウス、タルターリャ、シリセオ枢機卿、ルカ・パッチョーリ、ヴィルフランシュ(エチエンヌ・ド・ラ・ロッシュ)、夢については、アルテミドロス、パッチョーリ、シュネイオス、カルダーノ、そのほか数え切れぬほどのこの種の著者たち。

 これが第4章の出だしでまだまだ続くのである。

 さらに、ある学問分野に対して的確な反論をし、あるいは世評もっとも高い著名な著作に対し、すぐれた知識と情熱で(ただ、原則を無視したり変えたりはせず)反対したあらゆる著者、すなわち、既成のあらゆる哲学をくつがえそうと公然と主張したセクストゥス・エンペイリコス、サンシュ、アグリッパ、占星術に対して理論的に論破したピコ・デッラ・ミランドラ、サルモニウスの徒の背教と非宗教性を粉砕するエウグビヌス(アゴスティーノ・ステウコ)、科学者の誤りを暴露した(ジャン・)モリゾ、今日ドイツのいくつかの地方で、アリストテレス以上の影響力を持つカルダーノを適切に批判したスカリゲル、かの大枢機卿バロニウスの教会年代記をあえて批判したカゾウボン、ガレノスの欠陥を指摘した(ジャコモ・)アルジャンティエーロ、パラケルススをよく論破しえたトマス・エラストゥス、(ペトルス・)ラムスに果敢な反論を加えた(ジャック・)シャルパンティエール、以上のような、論戦を展開した著者や、論敵の言い分を顧みず、一方的に断じたり理解したりし、それぞれの論点を切り離して読みとることの誤りを洞察して、論争の双方を公正に評価しようとつとめるあらゆる著作者。

 下世話なはなしで恐縮だが、昔、寿岳文章氏とお会いした時、「本は中身が命だ」と云われた。わたしが作る本の中身がいまいちとのことを婉曲に諭されたのだが、それに対してわたしもそのように思いますが、中身の善し悪しはどなたが決めるのでしょうかとの問いに、まず岩波文庫だねと一言、付け加えてわたしなら決められると、なんともはやファッショなお応えが返ってきた。ラテン語の「ファスケス」だが、革命的な意味合いを持つと同時に、「同盟、チーム」などの意味で使用されるようになった。わたしのような個のみを信じる向きには寿岳氏の言葉は権威主義にしか映らない。
 その点、ノーデの書物に対するまなざしには虫眼鏡と望遠鏡の双方が等しく機能している、かつ注意深く。時(歴史)の並列に於いてアンドレ・ブルトンの包括弁証法の極地ともいえようか。思うに、シュルレアリスムの作法はノーデからの掻っ払いでなかったか。「サドに匹敵する大胆な無神論的思想」の持ち主なればこそ、「稀なものが喜ばれるのだ。だから初もののリンゴには魅力がよけいあるし、だから冬咲きの薔薇も珍重されるものなのだ」との言葉も生きてこよう。

 ひとかどの図書館における資料収集を任とする者にとって、(フランチェスコ・)ピッコロミーニ、(ジャーコポ・)ザバレッラ、(アレッサンドロ・)アッキリーニ、(アゴスティーノ・)ニーフォ、ポンポナッツィ、(フォルティニウス・)リケトゥス、(チェーザレ・)クレモニーニをアリストテレスの古い翻訳書と並べ、アルチャート、(アンドレ・)チラコー、クセキウス、デュムーランをローマ勅法彙簒、学説彙簒と並べ、ヘールズのアレクサンデルやアンリ・ド・ガンダーヴォの全集をトマス・アクィナスの大全と並べ、クラヴィウス(クリストファー・シュリュッセル)、(フランチェスコ・)マウロリーコ、(フランソワ・)ヴィエトをエウクレイデス、アルキメデスと並べ、モンテーニュ、シャロン、ヴェルラム(のベーコン)をセネカ、プルタルコスと並べ、フェルネル(ジャック・)デュボア、(レオナルド・)フックス、カルダーノをガリアンとアヴィセンナの近くに置き、エラスムス、カソウボン、スカリゲル、サルマシウスをワロンと並べ、(フィリップ・ド・)コミーヌ、(レ・フロレンティン・フランチェスコ・)グイッチャルディーニ、スライダス(ヤン・フィリップゾン)をリウィウス、タキトゥスと並べ、アリオスト、タッソ、デュ・バルタスをホメロスやウェルギリウスと並べるといったように、すべての近代の作者の名著を収集して、古典作家のものと併置しないのは大きな手落ちであると主張します。気まぐれな(トライアーノ・)ボッカリーニさへも古典作者と近代作者のつり合いをとろうと考えたぐらいですから、多くの古代作者の力量が劣り、近代作家を凌駕するものはごく少ないことが分かると思います。

 繰り返すが、まるでシュルレアリスム宣言の原型を読んでいるようである。ノーデの思想は新しい、あまりにも斬新にして奇矯な思想である。伊藤敬さんが「図書館創設のための提言」を選んだ理由がなんとなく理解できる。訳文は流麗にして正確無比、この著訳書が日の目を見ることを切に祈りたい。

追記
 カタカナが多いため、誤植があろうかと思う。こちらで訂正してからフェイスブックへ載せることにする。

2017年11月17日

ラ・ムー大蔵海岸店の鯛一考  

 久しぶりにラ・ムー大蔵海岸店へ行く。長く買っていなかった鯛のにぎり寿司を購入、やはり旨い、よほど魚を見る目を持った職人がいると思われる。明石の鮨屋では菊水、丹甫、小結、ささ倉などが旨いとされるが、それらと比して遜色ない。序でながら、まなかつおが売っていた、体長24〜25センチで455円。煮付けか塩焼きだが、このような高級魚を安く仕入れるところにラ・ムー大蔵海岸店の本領がある。
 スーパーへ行くとまず魚売り場を見る、それでスーパーの全貌が窺える。菓子の類いは製造元すなわち明治や雪印、森永の責任であってスーパーには関係ない。同じく饂飩や蕎麦の類いは製麺所の責任であってスーパーには関係ない。スーパーに関わりがあるのは魚と惣菜だけである。
 例えば、業務スーパー西明石小久保店の寿司は非常に旨い、しかし同じ業務スーパーの他店の寿司は食べられない。その理由は職人が違うからである。山陽マルナカ玉津店の刺身は昔から旨い、しかし、同じチェーン店であっても他の店の刺身は食べられない。なぜなら、這入っている魚屋が異なるからである。
 めぐみの郷枝吉店の惣菜を美味しく頂戴しているが、同店にはふたつの会社が這入っている。ひとつは内野家、uchipacシリーズで知られる西宮の惣菜店。味付けはどこまでも淡く、食品添加物を比較的含まない加工食品を旨とする。スーパーの善し悪しは細かく知らないと評価できない。ひとつやふたつの商品でもってそのスーパーに評価を下すなど、持っての他でないだろうか。

 通常の麺の原材料は小麦粉、タピオカでんぷん、還元水飴、食塩、小麦たん白、乳酸ナトリウム、酒精、増粘剤(アルギン酸エステル)、うち粉、加工でん粉である。通常の食パンやクロワッサンの原材料はマーガリン、小麦たんぱく、鶏卵、パン酵母、難消化性デキストリン、大豆たんぱく、デキストリン、粉末油脂、食塩、脱脂粉乳、小麦粉、ぶどう糖、セルロース、乳化剤、カゼインナトリウム、増粘剤(CMC、アルギン酸エステル)、香料、甘味料(アセスルファムK、スクラロース)、カロテノイド色素 である。
 麺類にタピオカを使うようになったのは冷凍饂飩が最初だが、客が腰の強い麺を求めるからである。小麦粉を打って腰など出ようはずがない。要するに腰の強い麺ほどタピオカと増粘安定剤の含有率が高くなる。しかし、客はそれで納得している。困ったものだと、讃岐の製麺業者から聞かされたのは20年ほど前のはなしである。
 どのような食物にも増粘安定剤は這入っている。しかし、糖尿のひとは増粘多糖類に注意しなければならないし、わたしのような腎不全の者はカリウムそれ自体が禁止されている。迂闊にものは食べられないのである。

2017年11月15日

白鵬すてき一考  

 2010年製シャープのテレビが千葉から送られてきた。何度も引越を繰り返しているので、設定は分かっているのだが驚いた、全自動になっているのである。メニュー、設定、地域、都道府県名、郵便番号であとはテレビが勝手に選局してくださる。今までのテレビは中国や韓国、台湾など舶来品ばかり、国産品は久しぶりである。外国産は一箇所ずつ選局しなければならない。便利な時代になったものだと感心する。本当はテレビが映るモニターが欲しかったのだが、値が高くて手が出ない。
 前の持ち主はコントラストは強く、うんと明るく調整していたようで、目には最悪である。シネマ風の薄暗く惚けた感じに調整し直した。早速大相撲を観る、白鵬以外、観るに値しないが、勝てば勝ったで観客の民族意識すなわち差別意識がうざったい。日本人からはますますグローバルな(包括的な)視点が失われていくようである。

2017年11月14日

流行歌とエロ子さん一考  

 コンポでなにを聴くのかとの問い合わせ。ちあきなおみと奥村チヨとでも云っておこうか、黄昏のビギンと紅とんぼは夥しい歌手が歌っているが、ちあきなおみにとどめをさす。夜へ急ぐ人から「それぞれのテーブル」「待夢」へは一直線、倍賞千恵子のスラバヤ・ジョニーと共に忘れられない。余談ながら、スラバヤ・ジョニーに関しては本場の歌手よりも晩年のミルバのそれに畏れすら感じる。いまひとりアンネ・ソフィー・フォン・オッターも加えておこうか。
 奥村チヨへの思いは山本六三へのそれと重なる。酔っ払っては奥村チヨの出鱈目きわまりない歌詞をふたりして口ずさんでいたのである。まるで辻潤のダダ的文章を読むのと同じような感慨を齎していたのである。いまひとつ、奥村チヨと云えば、エロ子さんを思い起こす。彼女と赤坂のカラオケ店へ行ったのだが、世代が違い奥村チヨをご存じなかった。

 「恋の奴隷」
 あなたと逢った その日から
 恋の奴隷に なりました
 あなたの膝に からみつく
 子犬のように
 だからいつも そばにおいてね
 邪魔しないから
 悪い時は どうぞぶってね
 あなた好みの あなた好みの
 女になりたい

 「中途半端はやめて」
 中途半端はやめて 苦しいだけだから
 どっちかはっきりさせて 好きなの 嫌いなの
 惚れた弱みに つけ込んで
 あなたは何さ
 小猫がマリにじゃれるよに
 たわむれないで
 責任とって 責任とって
 あなたも男なら

 中途半端はやめて 覚悟はしてるから
 どっちかはっきりさせて 拾うの 捨てちゃうの
 最初あなたが 惚れさせて
 今頃何さ
 いざとなったら手をあわせ
 逃げるというの ?
 責任とって 責任とって
 あなたも男なら

 中途半端はやめて 待ちくたびれたから
 どっちかはっきりさせて 嘘なの 本気なの
 帰れないのを 知りながら
 帰れというの ?
 子供を道に迷わせて
 泣くなと言うの ?
 責任とって 責任とって
 あなたも男なら

 なかにし礼の作詞だが、「責任とって」とわたしが歌いだすと彼女は相好を崩して笑い転げていた。奥村チヨよりも笑い呆ける彼女の顔がわたしにはこよなく懐かしく嬉しかったのである。

透析打ち切りについて一考  

 旧い新聞記事で恐縮だが、欧州と日本の医学内容を比較するに適した資料である。なお、現在ではその差はますます開きつつある。

 「「値せず」と透析打ち切り/施設暮らしの貧しい男/英公立病院・患者協が調査要求」『朝日新聞』1985.01.11夕刊、15面。
 英国の公立病院が、施設暮らしの貧しい男の腎臓の人工透析を「患者の命は透析に値しない」と打ち切ったところから、論争が起きている。……事件が起きたのはオックスフォード市の公立チャーチル病院。2年前から通院、週2回透析を受けている44歳男性の治療を新年早々打ち切った。「彼は知恵遅れで精神分裂病。透析の基準に合わない」というのが理由。生命線を絶たれた男性の容体は悪化した。男性が住んでいる施設の寮長から連絡を受けた英腎臓病患者協会が治療費を全額負担、ロンドンの私立病院に7日入院させてひとまず急場は切り抜けた。……同病院に対する批判と同時に問題になってきたのは、透析施設の不足。100万人に22台という5年前の状態から、現在は33台まで増えた。しかし、ヨーロッパではベルギー、スペインの61台、西独56台、フランス44台に比べて大幅に遅れている。毎年、2千人が透析を断られており、ホームドクターは45歳以上の患者を病院に送ることをためらっているともいわれている。 65歳以上になると、公立病院で透析を受けられる可能性はほとんどない。……<注>1983年末現在で、日本には約24,500台の透析機器がある。人口100万人当たりで210台。透析の必要な患者の2.2人に対して機器1台がある計算で、欧州諸国に比べてかなり高い水準となっている。それでも「いちおうの数は足りているが、地域的なバラつきが大きく、まだ不足がちな地方もある(全国腎臓病患者連絡協議会事務局)という。

 文中の人口100万人当たりの透析機器の数は当てにできない。わが国にあっては慢性質不全の治療は透析(しかもそのほとんどが血液透析)によって行われているのに対して、欧米諸国では腎移植が治療の中心だからである。しかも、透析は根治療法でなく対症療法にすぎない。
 入院中、向かえの二人の透析が五時間に延長された。除水量が増えたわけでなく、除水速度を落としたのが理由、体力が持たないのである。横の御仁は血管の石灰化で悲鳴を上げている。注射針が太いので穿刺の際に血管に傷がつく。その傷が治るまえに次の穿刺がやってくる。それが度重なって血管はぼろぼろになる。
 血管石灰化はカルシウムとリンの化合物が血管に沈着したものと従来考えられていたが、現在ではリンが血管の細胞を骨芽細胞に変性させてゆくためと分かった。血管にカルシウムが沈着するのでなく血管そのものが能動的に骨化するのである。
 その血管の損傷と石灰化が透析における穿刺そのものを失敗させる。透析中に脱血が、もしくは返血が屡々止まる、その度に穿刺の遣り直しである。なお、穿刺の痛み止めは一時間乃至二時間前である。よって痛み止めなしでぶすぶすと針を射すことになる。
 長期透析患者にとって血管石灰化は逃れられない合併症である。透析患者の死因のトップは心不全、心筋梗塞、狭心症などの心血管疾患である。それを少しにせよ遅らせるにはリンの吸着剤しかない。炭酸カルシウム(カルタン)と塩酸セベラマー(レナジェル・フォスブロック)、炭酸ランタン(ホスレノール)の三種である。
 当掲示板で幾度となく触れてきたが、わが国の臓器移植は血液移植(輸血)すらままならない。五体満足でなければ地獄へ堕ちると云った類いの迷信がいまだに蔓延っているからである。血の池、針の山、竜巻地獄、死屍糞泥の地獄など因果応報の地獄絵ワールドを拵えた仏教僧の罪は大きい。穢多非人などの差別問題と相俟って、寺は諸悪の根元である。もっとも宗教は他宗教に対する差別意識やエリート主義を自らの帰属意識のエネルギー源にする。仏法僧を非難したり、傷つけたりすると無間地獄に落ちるといわれる。なんと勝手なことよ。

追記
 2012年01月27日に書いた文章を継ぎはぎして書き直した。

2017年11月13日

ローカリズムについて一考  

ローカリズム
 五百年ほど昔、大航海時代にはじまったグローバリズムが植民地主義や帝国主義の苗床となった。振り返るに、最初のTPPとでも云うべき衝撃の出会いはフランシスコ・デ・ザビエルであり、ルイス・フロイスだったに違いない。
 グローバリズムの対義語はローカリズムだろうが、リージョナリズム、セパレーティズム等と複雑に絡み合い、単純に片付けるわけには行かない。わたしなどは地域主義の典型は鎖国だろうと思っている。1639年(寛永16年)から1854年(嘉永7年)の日米和親条約締結までの期間を「鎖国」と呼ぶようである。
 はなしを面白くするために、1866年の坂本龍馬が計った薩長同盟や1868年の新撰組局長近藤勇処刑によって日本のローカリズムは息の根を断たれる。近藤勇がローカリズムの守護神であり、坂本龍馬がその逆との図式になる。坂本龍馬ほど節操のない人間も珍しかろうが、亀山社中は日本最古のグローバル企業だった。
 米国の不参加によって再度、TPPへの賛否が囂しいが、維新以降の日本は一貫して植民地主義、帝国主義の道を歩んできた。戦後、帝国主義の衣は脱ぎすてたものの、本質はなにひとつ変わっていない。海援隊以降、企業のグローバル化は止まるところを知らず、日米の二箇国で世界の七割(計算方式によってまったく異なる)を占めるに至っている。
 ローカリズムだが、日常生活の場でパソコンを用い、携帯電話を必需品とする現代人にいまさら鎖国時代の生活が営めるのであろうか。海外交通はおろか、近隣の旅すらが禁止され、外交、貿易が制限された時代である。鉄道や国道を廃し、水平方向でなく、文化を川単位すなわち過去の垂直のそれに変更しなければならない。「日本の橋」の含意をこころの旅の本意とする、言い換えれば、ブータンの国民総幸福量に顕著なスローライフへの回帰である。
 さて、わたしは病人との立場から混合診療を認めるしかなく、TPPに諸手を挙げて賛成だが、民意が反対ならそれでも佳いと思っている。それでなくとも、維新それ自体に否定的だし、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などの司馬史観と呼ばれる歴史観に違和感を覚えている。私事で恐縮だが、米国由来の遺伝子組み換え医薬品によって命脈を保っているのが現実である。しかし、そうした最新の医療技術を棄てる覚悟は端から出来ている。欧州では七十歳を境にして、透析にせよ、癌にせよ、認知症にせよ、一切の延命治療は断たれる。わたしの命はグローバリズムがもたらす医療とのセレンディピティによって支えられているが、その底には間違いなく一種のローカリズムが流れている。

追記
 2011年12月28日に書いた文章を少々手直しした。

不条理について一考  

 人間の条件としての不条理性への認識の深化は、人間の行為や表現の無意味さについての意識の先鋭化をもたらした筈である。はずであって、実状は知らない。人間は屡々退歩し、忘れるのを常とする。もしくは人間の行為や表現に対して意味性すら求めるような事態が起こり得る。
 その証拠に面と向かって話していて、君の作品は無意味だと云うと、例外なく喧嘩になる。そのような頓珍漢とのお付き合いは断じて蒙御免。単に社交辞令を求められるならわたしではなく他の方を御薦めする。
 どうでも良いこととどうでも良くないことを峻別できるひととのみ、付き合うように心掛けている。どちらが本音で建て前か、そんなこともどうでも良いことのひとつだが、例えば神戸や東北の震災にしても、罹災者は個別に受けたであろう苦衷を強調する、もしくはその解決方法の示唆を期待する、解決策がないにもかかわらず。なにひとつ元には戻らない、元に戻らないがゆえの不条理なのだが。
 先日朝まで生テレビを見ていて、司会者の独善に呆れ返ったが、そのようなことを気にしてもなにもはじまらない。原発の暴走は国の非常事態だと思うのだが、政府はそうは思っていない。思っていないどころか、数年を経ずして収束を宣う始末。廃炉はもとより、使用済み核燃料の最終処理すらこれから十万年、二十万年後に先送りである。間違いなく、原発は再稼働し、電力会社は新卒者を雇い、わが世の春を謳歌する、「世はこともなし」である。

 不条理を多少なりとも浄化すればシシフォスの神話になるが、罹災者はそのようなものを求めていない。罹災者は不条理ではなく、不条理の弁証法的展開をしか望んでいない。それこそが不条理性の否定なのだが。弁証法が内包する不純な面を際立たせるのが不条理の概念の半分、その不条理を再度弁証させて、一体どうしようと云うのか。意図するところはなんぞや、と訊きたくなる。 
 歌手、俳優、アスリート、政治家が被災地へ赴けば、ひとを癒し励ますことができる。しかし、詩人に傷心や失意を翻すのは不可能である。罹災のパーソナリティを前に、詩人になすべき手立てはなにもない。不条理の極北は戦禍だとわたしは思っている。戦禍に類する事象がそれにつづく。個々の生活が断絶し、個々の人生が蹂躪される。詩人は芸能人ではない、「世界のやさしい無関心に心を開く」ことはあっても、不条理を否定することはない。と云うよりも、悲しみを深化させ、ひとを不条理の渦中に冷酷無比に追いやるのが詩人の唯一の務めであろう。

追記
 2012年01月06日に書いた文章を若干手直しした。

2017年11月10日

テレビ探しています一考

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 拙宅のマイクロコンポを店へ持って行ったので、音楽が聴かれなくなって弱っていた。店はモダンジャズオンリーなので家では流行歌を聴きたいのである。先日、ビクターの UX-T1を900円で購入、送料の方が高くついた。前のと比べて音質はよろしくないが、わたしにはこれで十分過ぎる。
 接続を済ませてニュースを見ようかと思ってテレビをつけると映らない。2.3秒映っては消えるが色調が真っ赤、どうやらご臨終の気配、引越時のパソコンモニターと同じ症状である。こちらはどうしようかともっか思案中。どなたか小さなテレビをお持ちの方はいないかしら。

2017年11月09日

カネナカ中村漁業部一考

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 「知床のくさや風鮭とば」について何度も書いたと思っていたのだが、高遠さんとの遣り取りのなかで一度出てくるだけである。北海道の鮭とばはアイヌ部落の数だけ種類があった。もっとも、現在売られているものは判でで押したように同じものばかりだが。
 それらのなかで、ウトロで売られていた鮭とばだけは強く記憶に残っている。通常の鮭とばは身の筋に沿うかたちで、刃が入れられている。ところがウトロのそれは皮は付けたまま、身だけを筋に直角にスライスするかたちで切られている。それだけでも変わっているのだが、淡い魚醤のにおいがする。くさやと同じ作り方なのだが、あれほど強烈ではなく、微かににおう程度なのである。明石の太田守さんにそのはなしをしたところ、彼は即刻北海道へ赴いた。土産に鮭とばを抱えて戻られたのはいうまでもない。
 健康な頃、毎年二輪で北海道へ旅をした。八戸近辺で鮭とばの大きな固まりを購入、バイクの後ろにテントと一緒に括りつけて走っていた。どうして八戸かと云うとウトロの鮭とばを除いて、もっとも旨く、安かったからである。フェリーで知り合った北海道の方は鮭とばを生で食する。生でも旨いのだが、皮は食べられない。皮は捨てる(北海道では投げる)のが大方らしい。わたしは皮が香ばしくて好きなので、炙るかフライパンで煎って食べる。
 ウトロの鮭とば同様、スライス製法の鮭とばを見付けた。まったくの無添加かつうま塩製法とやら、期待できそうである。

 http://www.gyogyoubu.jp/?mode=cate&cbid=1276889&csid=5

(株)中村漁業部 担当 中村茂
青森県八戸市尻内町前川原7
Tel 0178−27−2324
Fax 0178−27−2325
E-mail shop@gyogyoubu.jp

追記
 11日、日高さんがいらしたので早速鮭とばを頂戴する。旨いの一言、鮭とばには精通しているつもりだったが、世の中にこれほど美味な鮭とばがあろうとは愕きである。中村さんのところではさまざまな鮭とばをつくっているが、無添加鮭とばには感服した。今まで食した鮭とばのなかでこれ以上のものはない。わたしが太鼓判を押す。

2017年11月06日

雨が降っていた一考  

前回ボリス・ヴィアンが89回、間を飛ばして92回が「雨が降っていた」。イルダ・イルストとジャン・ルイ・シェフェールについて著されている。ぜひ、読まれんことを願う。

安柊 有人
おじさんと森で会いました。近頃は仕事をする気があまりないようですが、最近書いたものでは自分では一番気に入っていると言っていました。ふん。

 http://www.gendaishicho.co.jp/smp/news/n22003.html

ハーフチャップス一考

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 レッグウォーマーについて書いたが、乗馬用ハーフチャップスを真似て造ったオートバイ用のハーフチャップスを見付けた。乗馬用は丸皮を用いてい、大層高価なものだが、バイク用は安い。写真左は羊皮(1840円)、右はナイロン(1480円)、後者は裏側が起毛で煖かい。雨天を想定し、ナイロン製に決めた。
 羊皮の方が格好は良いのだが、丸皮でないのが難点。表皮だけの皮は俗に手帳皮と云って本の装丁には不向きである。安物の限定版には必ず手帳皮が用いられているが、染めでなくペイントであるが故に、変色し、ひび割れし、のどの部分から裂けてくる。本一冊分の大きさで丸皮だと3000円以下ではない。手帳皮だと数百円乃至1000円までで手に這入るが、この差は大きい。
 共に舶来品らしいが、羊皮のハーフチャップスは女性のファッション用と思う。風雨への耐久性を考えればナイロン製となる。いずれにせよ、日本人には考えが及ばないところであろう。明日から冷えるらしいが、到着が待ち遠しい。

追記
 Google検索するといくらでも高級品が出てくる。韓国製の牛皮のものなどよさそうに思われるが、ギャーと跳び上がるような値段である。わたしには縁のないものばかりである。日本人がナイロンで中国や韓国が皮革など、昨今の国力の差を見事に顕している。

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