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2017年03月23日

ニードルが原因一考  

 中尾さんに連れられて尾鼻かおるさんの仕事場へ挨拶に行く。1990年春、前を走るオートバイと接触、当方はホンダCX400。転んだ弾みでアクセルワイヤーが断線、バイクは走らなくなった。当然、当方が一方的に悪いのだが、相手は公衆電話を探してどちらかへ連絡。携帯電話の黎明期、よほどの金持ちでなければ所有できない時代である。
 やがてトラックが到着、わたしのバイクを積んで、一緒にどうぞ。彼はオートサロンウサミというバイクショップの整備士、ハーレー、BMW、ドゥカティ、ベスパの専門家、爾来、世話になりっぱなしと相成った。
 今ではエスケープ(https://www.escape-bike.jp/)のバイクショップの整備を一手に引き受けている。大蔵谷インターの近くである。久しぶりにBMW100RSのはなしに興じる。随分長く乗ったバイクである。上背が縮み、足が届かなくなったのでBMWは降りた。今のわたしにはエリミネーターで十分である。
 そのエリミネーターが車並みに燃費が悪い、アイドリングの回転数が時間によって異なり、頻繁にアイドリング調整をしないといけない等、気になるところを説明。彼はキャブのジェットニードルホルダーとそこに差し込まれたニードルの摩耗でないだろうかという。要はガソリンが濃すぎるのである。その内、整備をしていただこうと思う。それにしても、バイク仲間との再会は楽しい。

追記
 尾鼻さんとのことは2009年07月の当掲示板「西明石」に詳しい。

2017年03月16日

入浴一考  

 浴用剤は兎にも角にも種類が多く、それほど使ったわけではないが、やはり肌に合う合わないがある。透析治療を受ける前の身体の痒みは絶望的なものだったが、透析治療を受けてからの痒みは単なる痒みに変化した。その単なる痒みが浴用剤によってもたらされるのは困ったものである。繰り返すが、背中を掻きむしって血だらけになる程度の単なる痒みである。
 前の同居人が浴用剤を好み、なんとか温泉の素とか称する粉末をよく利用していた。浴用剤には温泉成分の効能を期待するものと薬用植物成分の効能を期待するものとに大別されるようである。前者は重炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、食塩、明礬などの無機塩類を成分とし、後者は当帰、センキュウ、浜防風、薄荷の葉、カミツレなどを成分とする。彼女が好んでいたのは前者の温泉成分である。
 温泉の基準がどこにあるのかが分からないが、硫黄臭のない温泉など存在しないだろう。まずその点で浴用剤なるもののちゃらんぽらんぶりが良く分かる。家の風呂に硫黄臭は困る、よって硫黄臭を除いた温泉の効用をとの註文だろうが、そのようなものがあろうはずがない。なかには本物志向の消費者だっているに違いないと思うのだが。
 当掲示板のCEOは温泉の専門家ゆえ、迂闊なことは書かれないが、巷に出回る浴用剤を使っていらっしゃるのだろうか。わたしはイオンのそれを愛用している。ただし、柑橘系の浴用剤は概ね身体中を掻きむしることになる。イオンの薬用入浴剤にもいろいろあるが、乳白色のミルキーアソートと称する炭酸ガス入りの商品がもっとも気に入っている。不透明ゆえ、老いさらばえた不様な身体を見なくて済むからである。

2017年03月13日

人工透析の合併症一考  

 人工透析は不均衡症候群、透析性痴呆、出血、血清肝炎などの合併症を伴う。不均衡症候群は髄液と血液の間に浸透圧などの差が生じて、脳浮腫となるために起こる。透析30分前後から、悪心、嘔吐、血圧上昇などが起こり、全身の痙攣や意識障害に至る。
 透析性痴呆は進行性痴呆、不随意運動などを示し、予後は一般によろしくない。出血は透析中に抗凝血薬のヘパリンを用いることから起こるもので、硬膜下出血が多い。血清肝炎は末期腎不全で輸血の機会が多い場合にみられ、4〜5%の頻度といわれる。

 腎不全はふつう4期に分類されるが、あまり意味のない分類である。なぜなら腎不全は非可逆的な病で、悪くこそなれ、決してよくはならない。3期以降を慢性腎不全というが、4期になると高血圧や浮腫,意識障害などの尿毒症症状を示し,放置すれば死亡する。要するに、腎不全の発症は死の宣告と覚しい。
 夥しい数の透析患者が亡くなっているが、その実数は不明である。なぜなら、腎不全は死因にはならない。透析患者が死んだ場合、死因は個々の感染症(例えば肺炎)もしくは心不全として処理されるからである。ちなみに、心不全も病名ではない。心臓が止まって死ぬわけなのだから、どなたさまも死ぬ時は心不全になる。要するに、死因をあからさまにしたくない芸能人や政治家はことごとく心不全なのである。                            

追記
 やっとインターネットへ通じた、最初の書き込みはやはり腎不全についてである。それにしても、Ethernet で通じているが、Wi-fi では通じない、これもまた片翼飛行。

2017年03月11日

夢のまた夢一考  

 森友学園に関して教育勅語が見直されている。

 朕(ちん)おもうに、わが皇祖皇宗国をはじむること宏遠(こうえん)に、徳をたつること深厚(しんこう)なり。わが臣民よく忠によく孝に、億兆心をいつにして世世その美をなせるは、これわが国体の精華にして、教育の淵源(えんげん)また実にここに存す。なんじ臣民父母に孝に、兄弟に友(ゆう)に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹(きょうけん)おのれを持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習い、もつて智能を啓発し、徳器を成就し、すすんで公益を広め、世務を開き、常に国憲を重じ、国法にしたがい、一旦緩急(かんきゅう)あれば(アラバ)義勇公に奉じ、もつて天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼(ふよく)すべし。かくのごときは独り朕が忠良の臣民たるのみならず、又もつてなんじ祖先の遺風を顕彰するに足らん
 この道は実にわが皇祖皇宗の遺訓にして、子孫臣民のともに遵守すべき所、これを古今に通じてあやまらず、これを中外に施してもとらず、朕なんじ臣民とともに拳拳服膺(けんけんふくよう)して、みなその徳をいつにせんことをこいねがう。(原文は辞書でどうぞ)

 明治23年発布され、古来天皇は徳をもって統治してきたことを述べ、国民の守るべき徳目を掲げ、「一旦緩急あるときは義勇公に奉ずる」のが本分であることを強調した。第二次世界大戦前の国民教育に指針を与え続けてきたが、昭和23年国会で排除・失効確認を決議。ちなみに、このようなものは伝統でもなんでもない。
 全体は3部構成であり、天照大神ら神々や歴代天皇によってつくられた日本独自の国体に教育の根源があるとする第1段、皇運扶翼のために実践すべき皇祖皇宗の遺訓であるとする第3段は往時の天皇家の宣伝文句だが、羽仁五郎は天皇が命令するというかたちで、教育勅語すなわち道徳を政治や法律の下に置いてしまったと指摘する。要するに、教育勅語は日本の道徳が堕落した根本原因だったと云うのである。
 第2段は政府の自由民権運動弾圧の正当化、そして儒教主義の復活がメインであって、こちらは問題山積である。教育勅語の下付の翌年には御真影(天皇・皇后の肖像写真)への拝礼、教育勅語奉読、君が代斉唱などを内容とする「小学校祝日大祭日儀式規程」を制定。勅語謄本への拝礼を拒否した第一高等中学校(後の第一高等学校)講師内村鑑三は、その職を追われるという事件(内村鑑三不敬事件)があり、為政者はこうした事件を利用しながら、勅語を無謬の道徳規範として神聖化し、国民への浸透をはかった。

 戦後の天皇は反転して革新派となり、平和憲法の担い手となった。おそらく、憲法改正に身を挺して反対しているのは天皇と共産党と社会民主党だけなのかもしれない。神道政治連盟、日本会議、自民党は天皇からもっとも遠いところにある。このまま行けばいずれ天皇が動く、動くと云うよりも、天皇によるクーデターをわたしは期待している。おそらく、それが天皇であればこそ可能な戦争責任の取り方でないだろうか。
 他方、天皇不親政こそが日本の伝統であり、この観念が天皇の一系性を支え、立憲的制度の受容を促進したことは看過できない事実である。それを良いことに、戦後の靖国神社や神道政治連盟は御真影への拝礼,君が代斉唱を繰り返す。親の心子知らずとはこのことよ。

2017年03月10日

別室風流一考  

 4月22日、23日、東京から、増田、山口夫妻、ヒデキ、プヒプヒ、幣旗さんがいらっしゃるそうな。ひとり女性が足りないような気がするが、此岸と彼岸、身のおきどころが異なるような気がいたします。
 当然のことですが、東京のご一統さまが来られる日は貸し切り。そして増田さんに言い忘れたことがひとつ。ですぺらは和風の店舗、奥に6畳ほど(関東だと8畳)の別室がございます。蒲団はございませんが、寝袋持参であれば眠られます。拙宅には寝袋がふたつございます。よしなにお願いいたします。
 完備とまでは云われませんが冷暖房あり、翌朝の迎え酒ならびににぎり寿司は十分にございます。と来れば、やはり土日がよろしいかと存じ上げます。

追記
 明石へいらっしゃる日は4月14日の間違いです、済みません。

細川スナック一考  

 隣の細川スナックの玄関には鉄板が打ち込まれてい、1979年5月と記載されている。これは改装の日付らしく、設立はさらに3年遡るようである。要は40年を超える老舗なのである。
 現在のママは3代目、水商売らしからぬ細やかな風情だが、捌けた性格の持ち主。東京でのかさね同様、隣人には恵まれているようである。
 店ではサントリーの高級ウイスキーだが、ママの個人的趣味でアイラモルトを50種類ほど蒐めておられる。どうして個人的趣味かというと、モルトウイスキーはサービスで提供なさっているらしい、そういう話を聞くと嬉しくなる。どのような形であれ、啓蒙運動がなければ折角出た目を摘むことになってしまう。
 ママはボトラーズのアイラモルトがいたくお気に入りのご様子。アイラに限らない、ブレイヴァルをはじめ、ケイデンヘッドのオスロスク、20年前に廃盤になったグレンキースのディスティラリー・エディション等々、通常、入手不可能なモルトを好まれている。好き嫌いは死に際に決めればよろしいかと思う。ママのごとく、チョイスを楽しまれる方こそですぺらに相応しい。

 細川は寄る年波を隠さない。カーキ色の煉瓦と葡萄茶の銅販が玄関を飾る。そこかしこにやや色の剥げた唐草模様が刻まれている。掃除をすればと云いたくなるような古色蒼然としたブリキ板の看板、中央に横文字で HOSOKAWA と浮かし彫りになっている。この看板の味わいがたまらなく好き、名のあるデザイナーによるものと拝察する。
 嘸かし華やかだったであろう昔日の面影を漂わせ、滅びへと揺蕩う店と隣り合わせたことを仕合わせに思う。

2017年03月09日

演繹的自死の薦め一考  

 書きたくないことだが、身の周りに認知症患者が出た。年が行けば自分も引っくるめて何時かはやってくる事態である。分かっているが、そのための対処法は考えていない。
 生前に発症するかどうかの違いだけで、ひとは例外なく認知症になる。発症してしまえば腎不全同様、非可逆的な病であって、現在の医学ではその段階で既に手遅れである。

 認知発達があれば、認知退行があってもおかしくない。認知発達とは人間の知識や知覚,記憶,学習などの認知機構の起源と変遷を探る領域だが、その変遷の到達点に認知退行があるに違いない。
 ピアジェによれば子どもは自分を中心にした視点でしか事象を理解できず,また,推論が知覚的属性に大きく影響される。例えば、自分が目撃したある事象を他の人が見たとは限らないということを理解しない(自己中心性)。チューリップが花というより包括的なカテゴリーに属する、概念間の包摂関係を理解しない。また、細長いコップに入っていた液体を子どもの目の前で幅のひろいコップに移しても水面の高さが低くなることに惑わされて液体の量が減ったと言う、即ち保存概念の欠如。
 やがて、自分以外の視点で推論ができるようになり、概念の包摂関係の理解や保存の概念が生じる。しかし、論理的可能性をシステマティックに検討する仮説演繹的思考や,運動の保存のような非常に抽象的な概念を理解したりすることは困難である。さらに時を経て、具体物の操作から離れ、言語や記号のうえだけの抽象的な論理操作が可能になり、仮説演繹的な思考ができるようになる。とはいえ、表象的思考、抽象的推論操作に基づいた事象の理解などが1歳以前の乳児に存在するケースもあり、一方で、仮説演繹的な思考が苦手で、自己中心的な思考に終始する大人や老人は多くいる。
 「自分を中心にした視点でしか事象を理解できない」、その頂点に結果としての認知症があるように思う。幼児退行と人は良く云うが、言い得て妙である。いかに進んだ認知症であろうとも、脳幹は生きている、認知症は植物状態と縁戚関係にあるのでないだろうか。

 結論である。臭いものに蓋をするというではないか、施設の片隅で死を迎えていただくほか、無責任なわたしに思いつく手立てはない。これではヒトラーのそれと同じではないかと叱られそうだが、在宅介護なんぞした日にはわたし自身が金銭的にも肉体的にも破綻する。ここはひとつ冷酷に・・・ 

2017年03月08日

田村ペアさま一考  

 土曜日はお客さんが8名もいらっしゃった。お二人を除いて西明石時代のお客さんである。とりわけ田村さんと白衣のくまさんの来店は嬉しかった。市民病院のすぐ北側で信和モータースという自動車整備会社を営んでいらっしゃる。どのような車種も扱うが、ご主人はホンダがお好きなようである。
 市民病院で腎結石を発症、尿管バイパスを拵えるなど、4度ほど入院した。その折に看護師たちと飲みに出掛け、田村さんにも電話を架けてご一緒した。今日は看護師が付いているから少々飲んでも大丈夫と。今にして思えば、東京で主治医と飲み歩く前触れだったのかも。
 田村さんは登山が大層お好きである。白衣のくまさんとともに、足繁く山へ登っている。わたしも毎日のように山登りをしていたが、今は拙宅の15段の階段が限界である。
 ところで、白衣のくまさんには済まないことをしている。当掲示板をはじめたころ、賑やかにしようとエロめいたことを屡々書き込んでいた。調子に乗ってくまさんを出汁にセクハラを働いてしまった。この場を借りて深くお詫び申し上げる。

2017年03月07日

下着一考  

 今日、オートバイ用にパッチを購入。戸田に住んでいた折は雪が降ればオーバーズボンを穿いていた。四輪を暢気な乗り物という理由はそこにある。暢気な理由は他にもある。四輪はハンドルで曲がる。身体はどこも使わない、にもかかわらず、四輪を運転する人はまるで自分の能力のように錯覚している。1度、千キロほどの自転車旅行をしてみれば車がどういうものか理解できる。
 パッチだけは穿きたくなかった、痩せ我慢である。しかし齢70にしてとうとうパッチのお世話になる。明日から三日間、明け方は3度にまで下がるそうな。60キロ走行でも体感温度は5度下がる、良いときにパッチを買った。

インターネット続き一考  

 So-net が繋がらないので店のパソコンを拙宅へ持って帰る。家では問題なくインターネットに繋がったので、OSを9.5から10.12.3へバージョンを上げ、再度店へ持ってくるも、やはり繋がらない。よほど相性が悪いようである。PPPoE も Ethernet も接続済みになっている。正直なところ、わたしの手に負える代物ではなさそうである。
 こういう時はどのようにすればよいのかしら。J-COM なら繋がったのだが、明石はJ-COM の圏外。明石の知己に片端から聞いているのだが、どなたさまも駄目なようで、繋がりませんの一言でお仕舞い。繋がらないものに2年間も金を払い続けなければならない、いやはや。

追記
 So-net へ電話で問い合わせた(電話機を持って14分30秒後に通じた)ところ、送った書類に記載されたパスワードでなければ繋がらない、と。4度のメールを頂戴しているが、そのようなことは書かれていない。そして So-net 側は書類は送り返されてきた、と。
 送り返されたのが分かっていれば、インターネットに通じていないことも分かっているはず、2箇月半ものあいだにメールなり電話で連絡は取れただろうに。
 店の工事が必要なので店の住所を伝えた、そして自宅も。にもかかわらず、書類は12月中旬に店へ送った、と。わたしが店舗を借りたのは1月に這入ってからである。
 互いの思い込みと連絡不足が理由だが、いささか不親切でないだろうか。So-net の対応は商売人のそれではない。5日後に改めて書類が送られてくるそうな、楽しみである。

2017年03月03日

アンコンストラクテッド一考  

 選択が立場の闡明になると昔から良くいわれる。趣味人が趣味をより高尚なものに見せようとして宣う言葉である。もしくは翻訳者が自らの翻訳を創作と同水準のものと見做すための方便として用いられる。
 わたしも屡々遣ったが、いまでは反吐が出る。立場の闡明になろうがなるまいが、そもそも選択なる概念がいかがわしいし、立場なんぞ闡明にする必要なんぞあるのかしら。言い換えれば、闡明にしなければならない立場なんぞこの世に中にあるのかしら。第一に、道理や意義は曖昧なところ、芯のないところに面白味があるのであって、常に揺れ動いている。
 実存主義で云うアンガージュマン(意志的実践的参加)における個と全体との抗いながらの関係ならまだしも、その抗い即ち震えや痙攣を欠いた、著しく受け身の参加なんぞ、右の雪洞と左の雪洞のどちらが良いかといった類いの情趣に過ぎない。

脳死と植物状態一考  

 かつて、脳死になった娘を看取る本を出版した。脳死と判断されたとき、大脳や脳幹の神経細胞のすべてが死んでいるわけではなく、神経細胞群がシステムとして働いたときの機能が非可逆的に停止しているにすぎない。とは申せ、やがてすべての細部が死ぬ運命にあることは十分に予測できる。
 その娘さんの場合、脊髄の神経細胞がまだ生きていたので、システムとして働くことがあり得た。それゆえ、親御さんは脳死を死として受け取ることかなわず、親御さんのいう心臓の停止まで看病することになった。
 ここで問題なのは、脳幹が障害された状態で、人工的な呼吸の介助なしには生命を維持することはできない。要するに、人工呼吸器によって強制的に呼吸は続いているが、実態はとっくに心停止だったのである。その結論は無惨だった。液状化した脳細胞が、目や鼻、口から漏れ出たのである。

 脳死の判定でいちばん注意深い区別が必要なのは植物状態との区別である。脳死と植物状態はまったく異なる。植物状態というのは、重症な脳損傷による継続的な意識障害であり、神経反射や自発呼吸はほぼ保たれ、脳波も平坦波ではない。また発声、開眼あるいは眼球運動などを示すことがある。その名のとおり、脳のいわゆる植物中枢の機能は保たれているわけである。
 脳幹と脊髄が無傷であれば、それより上位の中枢が障害されても、いわゆる植物人間の状態で生命を維持することができる。要するに、脳幹に障害があるかないかで決定的な違いが生じる。

 本題に這入る。死者が生前に臓器摘出を書面で承諾しており、かつ医師がその旨を遺族に知らせ、遺族が摘出を拒まないとき、または遺族がいないときには、遺族の書面による承諾がなくても摘出できるものと定められていた。しかし、現実には遺族の承諾に基づく摘出がほとんどで、例えば1995〜96年度の死体腎移植についていえば、180人のドナーのうち、ドナーカードに基づいて提供に至ったものは15人にすぎなかった。
 臓器移植法が施行された1997年10月から11年間で脳死と判定された上、臓器提供の意思表示をしていた1090人のうち、実際に提供されたのは76人。理由はことごとくが家族の反対である。
 私の周りにも意思表示カードで臓器提供を申し出た方が多い。しかし、提供されるかどうかは疑わしい。日本人の生死観は今も昔も揺るがない、脳死が死として受け容れられるのは何時になるのだろうか。

2017年03月02日

乳酸菌製剤一考  

 いつもは医師から体調はどうですかと訊くのが決まり事である。ところが今日は検査結果(血液、尿、便)だと体調はいいみたいね、と医師。駐車場から拙宅の2階へ上がるのに青息吐息だったが、今日はひょいひょいと上がられる。恐るべき免疫抑制剤である。
 医師もやはり薬だったようですね、と。メドロール、クラセプター、セルセプト、サーティカンの四種類の免疫抑制剤が中心で総量は変わらないが、それぞれの量を体調に合わせて増減させていくようである。
 本日の検査ではセルセプトの血中濃度が低く、0.5ミリグラム増やして4ミリグラムになった。そして次回は念願の4週後となった。ビオフェルミンRを28日分頂戴してきたのは云うまでもない。

2017年03月01日

合鴨と三協食鳥一考  

 川口さんがスモーク罐を修理してくださったので、燻製をはじめようかと、合鴨を探しに出掛けた。タイもしくはマレーシア産チェリバレー種の合鴨が目的である。国産は大半がチェリバレー種だが、とりわけ京鴨が有名、しかし高すぎて使えない。

 水禽の放し飼い農法は昔からあって、安土桃山時代には除虫と番鳥を兼ね、豊臣秀吉が水田でのアヒルの放し飼いを奨励したとされる。しかし、江戸時代に途絶え、下って稲作に農薬を使うようになった1960年代以降、アヒルが農薬で死ぬようになったために廃れてしまった。
 1990年代に這入って「合鴨水稲同時作」を確立、全国合鴨水稲会が設立。しかし、捕食圧による生態系や生物多様性への悪影響が問題になり、思うほどには進んでいない。
 また、日本では冬場の鴨鍋を除くと消費量が極端に少ないため、出荷ルートの確保が課題とされる。現状は合鴨農法を営む農家の近隣のレストランや蕎麦屋で細々と消費されるにとどまっている。

 チェリバレー種の特長はバルバリー種(日本でフランス鴨と呼ばれる品種)より肉組織が緻密でコクが強い。肉質は柔らかく、鶏の肉より赤身が強いのが特長。皮下脂肪が厚く、エネルギーは高いが、不飽和脂肪酸を多量に含んでいるので、脂肪は淡白で風味が良い。
 昔、中野の弥生町で住んでいたが、そこで食べたバルバリー種が堅くて閉口した。なかにはフォアグラを採った後のアヒルを合鴨のもも肉として炒め物に使っており、こちらも閉口である。ちなみに、紅茶鴨やハーブ鴨と称するチェリバレー種のブランド品が出回っているが、全く意味のない商品である。
 今日ではガチョウ以外にアヒルのフォアグラも作られてい、野生的な味がガチョウのものと異なるものとして評価されている。日本におけるフランス料理用語では野生のカモと野生のマガモを家畜化したアヒルを訳し分けない慣行であるため、アヒルも「鴨」と表記される。

 肝心の合鴨だが、拙宅の近所の王塚台に三協食鳥神戸支店があった。合鴨から廃鶏まで、大概のものなら入手できそうである。合鴨ロース1枚(250グラム)が400円ほど。市価の三分の一で入手できる。

氷菓子一考  

 下痢は治まらないが、便の中に若干の固形物が這入ってきた。それよりなにより、免疫抑制剤を変えてから身体が随分と楽になった。先ほど、華胥の国から戻って来、アイスクリームを食べたくなった。下腹を押さえながらの氷菓子など、われながら粋だと思っている。
 赤坂のですぺら1号店での誕生会でハーゲンダッツのアイスクリームを馳走になった。溶けかけた恰度食べ頃のアイスクリームだったが、ハードアイスとソフトクリームとの中間、絶妙のタイミングだった。後にも先にもあのように旨いアイスクリームははじめてだった。

2017年02月27日

インターネット不通一考  

 So-net で店のパソコンを繋いだものの繋がらない。Wi-fi が駄目なので、ランケーブルを繋いだが、同じである。ネットワーク診断で Ethernet、ネットワーク設定、ISP までは繋がるのだが、インターネットとサーバが繋がらない。
 外部装置を再起動しても同じで、まったく理由が分からない。その内に繋がるのでなかろうかと気長に待っている。埼玉で似た状態に陥ったことがあったが、そのときはさらに一台ルーターを入れて繋がった。今回もその手で行こうか。

2017年02月26日

変なひと一考  

 バックバーを指してこれはなんだ、と一言。意味が分からないので、モルトウイスキーですと答える。俺はこだわりを持った人間で、明石では珍しくモルトウイスキーを知っている男だと。
 これはきっと制御不能の客だなあと自分に言い聞かせる。俺はシングルモルトが好きだからマッカランが嫌いだ、パッチもののハイランドパークが嫌だ、やはり酒はシングルモルトでないと。バランタインは駄目だがオールドパーは旨い。近頃の日本人はみなさん焼酎だが、マスターはワインは飲むのかね、やはりキャンティーかね。
 アネーブル・トゥ・コントロールとはこのこと。宗教者に多いのだが、この客はいずれの宗教家なのかしら。わたしがすべてに「その通り」と応えたのは云うまでもない。

 ところで、わが国最大の宗教政党は自民党である。内閣に創価学会がひとりと無宗教がひとり、他はことごとくが神道政治連盟に属している。政治が制御不能になるのはやむを得ない。ABEのあと、HASHIIMOTOが首相になればよろしかろうにと思う。迷いのないことにおいて特出している、金正恩を加えて東亜細亜の3巨頭かと存じあげる。

電話一考  

 店の電話がはじめて鳴った。ホームページ刷新の薦めらしく、一応、ですぺらのホームページを見た上での電話らしい。一日3000から5000のリクエストがありますから結構です、といったところ、それは嘘でしょうと返してきた。嘘かどうかはそちらには分かるまいに。
 日々のカウントなんぞ、こちらは気にもしていない。たとえ、1日1リクエストになったとて、そのようなものかと思うまでのはなし。訪れるひとを増やすためにあくせくするなんざあ、愚の骨頂。
 自販機世代のオウム真理教のようなもので、心の空白を埋め,超能力を手に入れてこの世を超越できる安手の自動販売機に過ぎない。その自販機がパソコンであれ、ホームページであれ、AKBであれ、江戸文化であれ、わたしの知ったことでない。

 昔、友人がオウム真理教の信者になった。独裁は,大衆の熱狂や万雷の拍手を背景として生まれてくる点で,民主主義を基盤としながら民主主義圧殺に通じる鬼子であるなどと云ったところで、なにひとつ通じない。もっとも、通じるようなら、そのひとは信者でないのだが。

2017年02月25日

レスピレーターと慢性鼻炎一考  

 戸田中央で全身麻酔の際、レスピレーターを用いた。国際的には肺換気を目的とする器械という意味でベンチレーター(人工換気器)と呼ぶのが正しいが,日本では以前からの習慣でレスピレーター(人工呼吸器)と呼んでいる。
 レスピレーターを装着すると気道がカラカラに乾燥し、声が出なくなる。医師から何という無様な声といわれたが、事ほどさようにおかしい声になる。手術時と集中治療室で用いていたので4.5日は装着していたように記憶する。
 手術時に限らず、小腸の内視鏡検査、大量下血による2度の非常時など肺にまで管を挿入する。気持ちのよいものでない。しかし、それによって慢性鼻炎が治ったのである。医師によると関係ないとのことだが、わたしに限っては治った。一日にティッシュペーパー1箱では足りず、ロールティッシュを用いていたのだが、それがピタリと止んだ。鼻炎の特効薬は肺にまで挿入する1本の管だと信じている。

2017年02月23日

腸炎と下痢一考  

 食事は摂るようになったが、腸炎と下痢は続いている。かてて加えて尿の濁りである。医師との話し合いで、免疫抑制剤の変更が理由のひとつでなかろうかとなった。薬を元に戻して様子を見ることにした。
 薬は万人に向くとは限らない。わたしとは相性がよろしくないのである。最初から疑っていたものの、医師にしてみれば最新のすぐれた免疫抑制剤である、止めるに期間が必要だったに違いない。それにしても、1箇月の下痢はひどい。もう少し早くなんとかならなかったのかと云いたい。ミヤBMの代わりに、ビオフェルミンRを頂戴してきた。次の手は検便の結果による。ひょっとすれば、腸炎には別の理由があのかも。
 週1回の外来がつづく。4週に1回の外来はわずかに2度のみ。自らの身体を不甲斐なく思う。

2017年02月18日

開店資金一考  

 このところ、スプリングバンク、ポート・エレン、アードベッグ、ブローラを数十本ヤフオクへ出品した。店の開店資金である。これで費用は賄えたが、あと運転資金が必要である。
 ポート・エレンは新品だと10万円を下ることはないが、ヤフオクだと5.6万円である。10万円の値をつけている出品者もいるが、売れはしない。
 さまざまなウイスキーを出品して分かったことは、3.4万円の商品がもっとも売れるということ。例えば、アードベッグでもっとも安いべりーヤングやスティルヤングが3万円で売れる。その伝でいけば、シグナトリーの旧カスク・シリーズなど20万円でもよいのだが、現実には8万円である。
 カリラの花と動物シリーズのカスク・ストレングスを目下出品している。珍品中の珍品だと思うのだが、いくらになるのだろう。出品価格は26000円、4万円はついてほしいのだが。
 どうでも良いことだが。ランクがゴールドになった。

893の腎移植一考  

 893の人工透析ならびに腎移植が物議を醸している。問題になっているのは医師の方だが、893の延命のほうもわたしには気になる。まず、命を惜しんで893はつとまるまいと思うのだが。
 893は組織命であって、個であることを端に捨てている。従って、893といえども人の子とか、
病は個のものといった理屈は通じない。況んや、相手は山菱の総長である。延命を図りたいのなら、まず組から離脱して個人にもどるべきである。離脱しないでの透析、移植なら、それを受け入れた病院側も反社会的集団の一員と受け取られて仕方がないだろう。
 テレビで医師が医学上の知見の正しさを強調していたが、それは問題のすり替えである。透析や移植を受け入れたこと自体が問われているのである。医師としての倫理をどこへ置き忘れてきたのだろうか。

2017年02月17日

開店10日一考  

 ですぺら開店はよいのだけれど、3箇月は客があるまいと覚悟していた。然るに、西明石時代のお客さんがひとり、ふたりといらっしゃるようになった。ありがたい話である。
 妙な伝説のようなもの・・・昔々変な居酒屋があったそうな、ベルギービールが流行る前に50種のベルギービールを置き、芋焼酎がブームになる前に芋焼酎を置き、西明石ではじめてシングルモルトを、しかも20種類のスプリングバンクを置いていた居酒屋。

 チョイスを楽しまれる居酒屋がわたしのモットー、すばわち努力目標である。どこそこで一番などというものを目指しているわけではない。ボトルの数ならコレクターにはかなわない。モルトウイスキーで若くて安くて旨いものを集めている。ここで云う旨いは蒸留所の個性が端的に顕れているものをさす。例えば、クライズデールやインプレッシヴのようなボトラーである。
 おなじく焼酎である。月の中のように思いっきり芋くさいものかシェリーカスクで熟成させたウイスキーのような焼酎である。
 ビールはわが国にはない生きた酵母の這入ったベルギービール、それも白ビールがよい。乾きものはもっかのところサービスである。チェーサーに炭酸を用いているが、こちらも無料。身体が落ち着けば、徐々にフードを作るつもりだが、はてさて何時になることやら。

2017年02月15日

「Bar 眞」一考  

 「Bar 眞」のオーナー眞野公一さんがいらっしゃった。西明石ですぺらが閉店後、明石市野々上2丁目11-5-1Fに出店なさったようである。ところで、この屋号には心当たりがある。かつてヤフオクでファクシミリを落札した折、あなたは西明石でですぺらを経営していた渡辺さんではないかと訊ねられたのである。ですぺらのお客さんだったらしく、閉店後は家の近くの「Bar 眞」へ飲みに出掛けているとのことだった。
 爾来、気にはかけていたのだが、まさかそこのオーナーが飲みにいらっしゃるとは。ヒューガルデン・ホワイト、磯自慢、グレンキース(旧ディスティラリー・ボトル)、シールダイグのラガヴーリン、アイラストーム、インプレッシヴのアードベッグを飲み、モルト談義に花が咲いた。
 カクテルが中心の店らしく、ノンアルコールのカクテルもありますからと、お誘いを受けた。月曜日が休日、18時から26時の営業、電話番号は078-925-1142。拙宅から近く、日曜日なら飲みに行かれる。開店から8日目にしてはじめてのモルトウイスキーのお客、嬉しい仲間がひとりできた。

 その眞野さんの紹介で、西明石時代のお客北角さんがいらした。ですぺら西明石閉店以来、すなわち1999年8月末日以来、18年ぶりの再会である。林達夫張りのアイロニカルな口調はそのままに、いろんな焼酎を、モルトウイスキーを傾ける。北角さん、18年間の話しをしましょうよ。

2017年02月14日

田嶋華子さん一考

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 わたしが腎不全を発症したのは2009年7月、クレアチニンが4乃至5だったのが、翌10年には突如7乃至8に急上昇、末期腎不全になった。末期になると3.4箇月の命である。重度の尿毒症に悩まされ、痒みに全身を掻きむしり、身体がむくみ、肺や胃に水がたまる。
 その10年6月に腎不全を発症し、同年9月14日合併症の肺炎をこじらせて亡くなった女性がいる。名を田嶋華子さん。彼女については書かねばならないと思いつつ、今に至っている。かつて「少女の死」と題して当掲示板で触れているが、名は伏せて書いた。「少女の死」に限らない、そこら中で彼女について触れている。
 例えば、「透析を受ければ即刻元気になるとほとんどの方は思い込んでいる。しかし、腎不全に治療法は存在しない。人工腎臓を用いても高カリウム血症へ至るのを遅らせることしかできない。どの程度遅らせることができるのかは、その人の食事制限、水分制限の結果次第である。人工腎臓はそのための手助けでしかない。要するに死が約束された病であって、死が約束されたと云う点で人生と同じである。透析を何年続けたかは問題にならない、一年であれ十年であれ、その期間こそがその人の寿命なのである」と当掲示板で書いている。
 おそらくこの年、末期腎不全になられた方にとって、彼女の名前は忘れられないものになったに違いない。
 田嶋華子さんについてはNHKでドキュメントが放送されており、ご存じの方も多いと思う。自ら透析治療を拒否したため、本人の意思にかかわりなく、医療をはじめ様々な分野の方に物議をもたらした。延命治療のあり方、末期医療のあり方、命の尊厳、自死の是非などなど、しかし、誰がなにを云おうが、彼女の病は彼女の病、彼女の命は彼女の命であって、一般論として括られるところのものではない。

 船橋市在住の彼女は生れつきの重度の心臓病(三尖弁閉鎖症)で生後2箇月で肺高血圧と心不全があるため肺動脈バンディングの手術を受ける。様々な危機を乗り越えて東京慈恵会医科大付属病院で念願のフォンタン手術に成功し、5箇月の長い治療に耐え、元気になった喜びも束の間、心臓の働きが低下し重度の心不全症状を起こし入院生活になった。精密検査の結果、拡張型心筋症と診断され、あと数箇月の命と宣告された。
 8歳の時、ドイツで心臓移植手術を受けたが、免疫抑制剤の副作用で背骨が曲がる難病にかかり、呼吸ができなくなり、15歳で人工呼吸器を装着。声を失い、からまる痰は自分で吸引した。
 この段階で、彼女は次になにか新しい病気が起こったら治療は拒否するとの意思を両親に表明する。そして、免疫抑制剤は腎毒性を持つ、やがて彼女は腎臓の機能も失ってゆく。
 両親は、延命治療拒否の意思を尊重しようと決めているが、腎不全の透析治療を受けようとしない彼女に、医師立ち会いの下に「生きて欲しい」と懇願する。しかし、これ以上の延命治療を受けたくないという彼女の決意は固く、説得を受け入れることはなかった。仮に透析治療を行った場合、あと2年は生きられたと思うが、移植手術の際に医師が云った「余命10年」の言葉通り、彼女は18歳で逝った。
 わたしが愕くのは、末期腎不全で死を迎えるその苦痛である。わたしはその死の寸前まで経験したが、とても耐えられるものでない。辞書によると「嘔吐・下血・意識障害・貧血・肺水腫・漿膜炎などを生じ、ついには痙攣・昏睡に陥る」となる、その通りなのだが、顔や手足が無残にむくみ、内部から全身が爆発するような痛み、全身を切り裂かれてゆく壮絶な痒み、刃物と鋭利な針でできたミミズが身体中を跳ね回る。血を垂れ流しながら、のたうち回るのである。
 田嶋華子さんのあとを追ってわたしは死のうと思った。しかし、あまりもの痛みにわたしの心は折れた。死の1週間前、幹郎さんに連れられて、わたしは北里研究所病院へシャント造設のために入院した。

 (写真は大磯の小児ホスピス「海のみえる森」、田嶋華子さんゆかりの地)

2017年02月12日

歳月一考  

 今月の5日、腸炎のさなか、70歳を迎えた。わが国で誕生日を祝うのは満1歳の初誕生日に限られ、それ以外に年々の誕生日を祝う風習は日本になかった。少なくとも、わたしにとって誕生日とは代謝の衰えの記録以外のなにものでもない。そのようなものを祝うSNSのさだめが理解できない。また、足跡を残されたからには無視できない、当方も訪ねるしかない。なんともはや煩雑なことよ。
 その点、ですぺら掲示板は自由でよい。一日3千件以上のリクエスト(実数は200ほどだが、そのようなことはどうでもよい)があるが、勝手に訪ねて勝手に去って行く、誰が何時、何をしに来たのか、雲をもつかむはなしである。もっとも、検索項目を調べれば、ある程度の方向性は見えてくる。そしてその方向性をわたしは大事にしている。
 例えば、人工透析、腎移植、余命のブロックがあって、モルトウイスキーのブロック、燻製とその調味料のブロック、亡くなっていった多くの友と客のブロック等々があって、極力それに添うテーマなりモチーフを考えている。
 どなたの掲示板であれ、検索で這入るのが一番。SNSのごとく、最新の書き込みのみ重視するのはいかがなものか。掲示板はファッションでないと思うのはわたしだけではあるまい。

 ダイヤライザーの性能がいくらよくなったからといって、人工透析患者の余命は腎移植患者ほどには延びない。免疫抑制剤がいくらよくなったからといって、健常者ほどに寿命が長くなるわけでもない。腎移植をしたものの、人工透析に舞い戻ったひとを多く知っている。なかには3度の移植手術をした強者もいらっしゃる。それが分かっているが故に、移植手術をしたからといって、シャントを元に戻すひとはいない。みなさん、覚悟を決めて生きていなさる。
 毎年1万人ほどの透析患者が増えている。そしてその7.8割の患者が亡くなっている。新たに患者になられる方はみなさん透析患者の余命を調べる。病院では一部の例外を除いて明確な形で余命の宣告はしない。症状が異なるし、身体が受けるダメージも個々に異なる。安直に余命を宣することなどできようはずがない。

 松戸の東葛クリニック病院で医師に余命を尋ねた、2012年2月のことである。5年後の誕生日を迎えられるように、全力で治療に当たります、と。この場合の治療は根治ではなく、対症療法である。
 山中(旧姓)さんが九州で透析治療を受けておられると聞いてから随分になる。生きておられるのだろうか。

追記
 東葛クリニック病院では3度の入院と2年間の透析治療を受けている。レビューによると医師は敬語を遣えず、受付の女性の態度が横柄だと書かれている。今も同じ人だが、あれほど親切な事務員をわたしは知らない。

2017年02月11日

辰巳忠司さん一考  

 前項で東明商事のご主人と書いたが、お名前は辰巳忠司、ですぺら初のお客さんである。隣のビルで不動産会社を営んでい、今回の店舗探しではいろいろと面倒をおかけした。彼の周旋する物件に這入ったわけではないのだが、随分と親しくお付き合いしてくださり、感謝している。
 桜町界隈では主のような方で、日々、違うお客さんを連れてのご来店。先日はですぺらとの屋号が気に入らないとの意見に対して、「捨て鉢、投げ遣り」がマスターの人生観なのだからと、弁護してくださった。
 ひとの人生観について語るということは自分の人生観を持っているとの証し。流されるのではなく、時として立ち止まり、行きつ戻りつしながら逡巡と反芻を繰り返さなければ、人生観を抱くことはかなわない。最晩年に当たって、ためらいを持つ友ができたのは嬉しい。

Whiskey Elements と地酒蔵のウイスキー一考  

 スミノ酒店から富山の若鶴酒造の「地酒蔵のウイスキー」という一升瓶を買ってきた。20年ものモルトが這入っているのが売りらしいが、すこぶるニュートラルなウイスキーである。そこで、松本さんから頂戴したウイスキーエレメンツの「Scotch」と称する試作品を用いてみた。リムザンオークの香りが強く、グレンファークラスを想い起こす味わいとなった。
 元々、ウイスキーエレメンツなる木片は個性を持ったウイスキーには使っても意味がない。国産のオークの香りすらしないような没個性のウイスキーにこそ相応しい。それにしてもこの変わり様はどうだろう。屡々カスクはウイスキーの魔法使いといわれる。それがこの木片で可能になるのである。

一見さん一考  

 昨日今日と一見さんが来店。おそらく東明商事のご主人と思うが、宣伝なさっているようである。二人連れで来られてビール1本、お代は600円である。お通しは無料、注文もしていないものを勝手に出して金を取るような阿漕な商売はやりたくない。

 モデルのような女性は近隣でスナックを営んでいらっしゃるとか、話されることは聞くが、そこから先、聞き出すような無粋なことはしない。話したいこと、話したくないこと、ひとは様々な事情を抱えて生きている。
 女性が帰られた後、気配を感じて振り返る、横須賀さんが後ろにいるような。おいおい、ここは明石ですよ、明石まで迎えに来なくったって。小夜子さんとの晤語を楽しんでいるのでは・・・なんだ一緒なの。
 連れて帰ろうかと思ったのだが、2.3日早かったようだね、と言い残しておふたりはひょいひょいと消え去った。横須賀さんのところへはどなたが迎えにいったのだろうか。

整腸剤一考  

 ですぺら開店から4日目、はじめて空腹を感じ、445円の握り寿司を買ってくる。久しぶりの寿司、食事らしい食事に溜息をつく。
 仕事はリハビリと思っているが、突然やってくる腸炎は困りものである。今回は腸炎だけだったが、腸炎を発症するとサイトメガロウイルスを併発する。そうなれば下血で悲鳴をあげることになる。これで2度死にかけている。

 ひとの身体は、異物が這入ってきたときにそれを敵と見做して闘う免疫によって守られている。すなわち、臓器移植をするとその臓器を敵と見做して攻撃するのである。そこで免疫抑制剤を飲んで免疫を落として移植臓器を守るのである。臓器移植の歴史は免疫抑制剤開発の歴史でもある。ただし、移植臓器は守られるものの、他のウイルスや黴菌との戦闘能力も同時に失われる。
 臓器移植者は無菌室で生活すべきなのだが、現実にはそうはいかない。生きていればこそ、さまざまな病気にかかる、その度に大騒ぎになるのである。

 免疫抑制剤のおかげで、風邪のPL配合顆粒と整腸剤のミヤBMぐらいしか服用できる薬はない。整腸剤でも飲んで腸炎が自然に治るのを気長に待つとの著しく消極的な手立てしかない。それが2週間たっても完全に治癒しない理由である。
 腸炎を治す方法はなく、発症に確たる理由なんぞあるわけもない。これは腸炎に限らない。敢えて申せば元凶は免疫抑制剤そのものなのである。

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