レイアウトが崩れる方・右メニューが表示されない方: >>シンプル・レイアウトへ

2019年04月16日

ル・マン一考

%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3.jpg

 日高さんのミニベロを作っている。その一方でクロモリの自転車を買った。代金は8000円、加古川稲屋の中古自転車店からである。乗れはするもののわたしに云わせるとハチャメチャな自転車である。ボトムブラケット、ヘッド、ハブは回転しない。ブレーキは固着、チェーンの寸法が合っていないのでチェンジができない。
 ミヤタが1979年に発売したランドナー Le Mans である。爾来、ワイヤー、シュー、タイヤ、チューブなど消耗品の交換はともかく、本体に整備らしい整備は加えられていない。26インチ1×3/8のアラヤWO、スギノのスーパーマキシー・トリプルクランク(165ミリ48T/44T/32T)と極東トップランペダル、ヨシガイのダイアコンペのカンチブレーキ、他はシマノのデオーレで統一されている。デオーレにもトリプルクランクはあるのだが、アウターの取り付けに難があって、スギノの方がすぐれている。それにしてもラージハブはサンシンが良かったのにと思う。カンチブレーキの性能はどこのメーカーであれ似たり寄ったりである。ボトムブラケットは現行のスギノのシールドカセット122.5ミリに換える予定だが、「BBシャフトは現品あわせ」と昔から云われるように、こればかりは合わせてみないとチェーンラインが分からない。
 加古川の御仁が乗ってみますかと訊く、乗るまでもなく見ただけで予測はきく。すると親父さんが556を持ち出してチェーンとフリーにぶっかけ、自分がギーコギーコと漕ぎはじめるではないか。自転車に用いてはならないのが、556とタイヤの艶出しである。556の類いは油分を除去するものであって、駆動部分に塗布してはならない。潤滑なら556でなくシリコーンスプレーを用いるべき。チェーン、フリー、ディレイラーにはドイツ生まれのイノテック105が最良だが、最短でも3日は要する、頗る頑固かつ面倒なオイルなのである。

追記
 前後のハブの掃除をした。前のハブは締めすぎで玉押しに虫食いが出ている。後ろのハブはなんとナットが手で回る、こちらは玉受けに虫食いが出るはずなのだが、なぜか大丈夫だった。玉押しとボトムブラケットのロックリングは手に這入らない。虫食いが見付かったときは同じハブをもうひとつ購入するしかない。
 ランドナーをはじめ、昔は26インチが主流だった。日本人の体躯には26インチがぴったりだと思うのだが。

2019年03月22日

結膜炎か花粉症一考  

 免許証を更新してから目がおかしい。まるで結膜炎か花粉症のようだが、いままでそのようなものに罹ったことはない。3月の検体検査の帰り、目が痒くて涙が止まらない。どこぞ停車するところはないかと探していたところ、道路工事で一車線を封鎖している。最後のスコッチコーンの脇へ車を停めて休憩した。先日はオートバイで同じ症状が出たが、二輪は側道があればどこででも停められる。鼻水を垂らしながら片目で運転はできない。それにしても、一箇月以上続いている。目薬以外になんぞ考えるべきなのか。

2019年03月21日

ミケのハブ一考

%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%8F%E3%83%95%E3%82%992%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg

 MICHE(ミケ)のハブを買った。70年代後半のものと思われるが、グリスが真っ黒の固形物に化けてこびりついている。3日間灯油に付けてから刮げ落とした。購入後一度のメンテナンスすら受けていないと思う。出自を知っていればこのような目に遭わなかったのであるまいか。往時のミケのハブはカンパニョーロのOEMである。ミケに限らない、ジャン・ロバートやジピエンメの他、6箇所ほどのメーカーがカンパからの供給を受けていた。
 化粧品業界では、製造工場を持たずに企画・販売・流通を行うブランドが多い。少数ロットから受託を行う、セントラル・コーポレーション、コスメティック・ジャパン、サティス製薬といったOEMメーカーが多数存在する。スマートフォンなら台湾のフォックスコンや中国のレノボなどがOEMメーカーとして世界的に知られている。iPhoneをはじめ、アップル製品も自社で生産を行わないOEM製品。シマノにしてもチェーンやブレーキシューにとどまらない、多くのパーツをマレーシアや中国で造っている。
 ミケは1919年イタリア・トレヴィーゾで生まれたコンポーネントブランド。最近は新素材を用いた高級パーツを造っている。

2019年03月19日

サンツアーのスプリントハブとシュパーブプロのペダル一考

%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88-2%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg

 最近、シールドベアリングのパーツを再生する機会があった。写真のサンツアーのスプリントハブとシュパーブプロのペダルである。カップ&コーン式と違って、シールドベアリングは面倒である。ベアリングプーラーとベアリングシールインストーラーが必要になる。ただし、ベアリングの打ち込みにアルミ製は何の役にも立たないので要注意。深溝玉軸受を用いるならシールインストーラーはいらない。
 ベアリングだが、安物だと国産より中国製の方に分がある。工作機械用CNC装置ではファナックが世界シェアの約50%を有すると言われていたが、このところ中国の猛烈な追い上げを喰らっている。中国では今年上半期504万社が倒産、他方607万社が起業してい、大半がハイテク分野といわれる。米中貿易戦争は中国に産業革命をもたらしている。

追記
 シュパーブプロのペダルだが、ペダルキャップを外し、3ミリのアーレンキーを突っ込んで木槌で軽く叩くと簡単に抜ける。
 スプリントハブは合成ゴムが接触しながら両側よりシールドしているLLU深溝玉軸受ベアリングを用い、シュパーブプロのペダルは鋼板シールド付きのZZ標準ベアリングを用いている。

スクエアテーパーのカートリッジBB一考  

 昨今は完組ホイールの全盛だが、70、80年代まではリム、ハブ、スポーク、ニップルを個別に選んでホイールを組むのが一般的だった。例え既製品であってもホイールは自転車屋の親父が組むのが当たり前であり、腕の見せ所だった。自転車に乗り始めたころ、腕に自信のある親父から「ずっと乗るならホイールぐらいは組まないとだめだよ」と云われ、自分で組むようになった。それが理由で玉当たりには五月蝿くなった。ハブならサンシン、ペダルなら極東、スギノのクランクとタンゲのボトムブラケットといった案配で、カンパのもの真似ばかりしていたシマノ製品の回転部分は歯牙にも掛けなかった。現在のシマノの変速機はすぐれているが、自転車でもっとも大切な部分はボトムブラケットとハブである。
 ボトムブラケットはカップ&コーン式ベアリングに如くはないとわたしは思っている。しかし、転がり抵抗が比較的少ないシステムを安価に構築するにシールドベアリングは便利である。ただし、自転車によく使われる6001番の深溝玉軸受は1箇200円から60万円まであり、自転車には安物の公差0級のものが使われている。その中ではタンゲ精機(LN-7922)と台湾メーカーのTOKENにとどめを刺す。はなし序でに変速機もサンツアーを受け継いだSunXCD(サンエクシード)が最良だと思っている。

2019年02月15日

白血病一考  

 このところ白血病で喧しいが、わたしは友を白血病で喪った。横須賀功光さんである。抗がん剤治療はワンクール(和製英語)2箇月、それを何回か繰り返し行うのだが、治療中脱毛はつづく。髪の毛だけではなく、眉毛・まつ毛・鼻毛などの体毛全般に及ぶが、まつ毛がないと眼にごみが入りやすく、鼻毛がないと鼻の中が乾燥し粘膜がいたみやすくなる。化学療法だけならまだしも、骨髄移植になると大事である。

 拙宅の横は明石川である。近々市営住宅へ移るが、引っ越してきたとき、土手への坂が歩かれなかった。小学生が自転車で軽々と登っているにもかかわらず。さらに思い出すのは戸田中央で3箇月近く入院の折、はじめてトイレへ行く許可が出たのだが、立ち上がれないしまったく歩かれない、看護師に両脇を支えられてトイレへ行った。76キロの体重は51キロに、筋力は一切なくなってしまう。骨髄移植も同様、適度な運動をつづけることは可能だが、選手としての再起はほぼ不可能になる。
 骨髄バンクのドナー登録が増えているそうだが、数百乃至数万分の1の確率でしか一致しない。さらに移植希望者に適合者が見つかっても3割前後のドナーは拒否する。骨髄移植は生体間移植だが、膵臓・腎臓・眼球のような脳死による献体移植の場合は登録ドナーの家族の98パーセントが拒否する。そしてレシピエントは、抗癌剤と放射線照射で体中の白血病に侵された造血幹細胞を死滅させなければならない。浴びる放射線量は12,000mSv前後(体重によって異なる)と、50%致死量の3倍にもなる。
 わたしの場合は数次の輸血により抗体ができているため、急性期拒絶反応に悩まされ、ステロイドパルス療法などの強力な免疫抑制療法によって長期生着を得た。白血病の場合はなによりもまず白血球の血液型であるHLAが適合しなければならない。ABO式血液型が異なるドナーから骨髄移植を受けた場合、移植された造血幹細胞が血液を造り出すようになるため、最終的にはドナーと同じABO式血液型になる。また、血液細胞の染色体、DNAもドナー由来のものに変わる。いずれにせよ、合併症や後遺障害のリスクがすこぶる高い治療法である。当然、生涯にわたって免疫抑制剤を服用することになる。

追記
 臓器移植に違いはないのだが、造血幹細胞の場合は免疫抑制剤の服用は1年ほどで済むらしい。池江さんは急性白血病ゆえ、化学療法によって一時は治るだろうが、早晩、再発する。その場合は骨髄移植でなく臍帯血移植であってほしい。臍帯血移植については読売新聞社の池辺英俊さんの「白血病と闘う~政治部デスクの移植体験記」が詳しい。

 https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20151105-OYTEW55414/

2019年02月14日

高齢者講習一考

%E8%A6%96%E5%8A%9B%E6%A4%9C%E6%9F%BB.jpg

 高齢者講習を受けてきた。神戸地区はどこも一杯で予約が取られない、東播のコベルコ自動車教習所へ赴いた。コベルコはクレーン車や建機専門の教習所で普通免許や二輪免許は扱っていない。事ほどさように高齢者講習は賑わっているということ。有効期間が免許証の誕生日の後先2箇月に延長されたのも混雑緩和のためである。
 受講内容は予想通り、視力検査に問題あり。視野角だけは40歳相応ということだが、わたしの免許は大型二種、それ故、動体視力と深視力が加わる。夜間視力と共に、こちらはぎりぎり受かるかどうかの瀬戸際である。もっとも二種免許と大型免許を返上すればそれで良いのだが。
 横にいらした女性は原付免許のみ、それでも高齢者講習を受けなければならないようである。公安委員会の杓子定規な発想に呆れかえった。

追記
 先ほど、免許証を更新してきた。高齢者講習で5100円を支払っているため、更新は30分足らずで済んだ。気にしていた深視力は、1.8、1.6、1.6、1.7でなんなくクリア。吉川警察署で五月蝿く注意されたのはなんだったのだろう。免許証から20余年つづいた埼玉の文字が消え、神戸っ子に戻った。色はブルーに、有効期間は3年になった。次回は75歳、認知症検査が加わる。

サンローゼ・王様のフルーツケーキ一考

%E3%81%B2%E3%82%89%E3%82%81.jpg

 伊川谷のサンローゼから王様のフルーツケーキという洋菓子が売り出されている。それが賞味期限3月1日の分から味が変わった。ぱさぱさ、ぽそぽそのケーキ地が随分とウェットになリ旨くなった。値は388円、スーパーで売っているスウィーツである。
 序でに、愛媛の養殖ヒラメを買う。598円でこの大きさ、たまには捌いた刺身もよいものである。会席料理ならともかく、通常の食べ物を写真に撮る趣味はない。しかしながら、魚だけは別である。

2019年02月10日

「時事」つづき一考  

 ダイヤモンド・オンライン メールマガジン 19/02/10号に(前明石市長の暴言が単なるパワハラで終わらない「不可解な経緯」)との文章が掲げられている。噂は噂でしかなく、オフィシャルな場では書かれないが、示唆することはできる。ダイヤモンド・オンラインでは、全国紙デスクのはなしとして紹介されている。泉前市長の政策に批判的な元市長から刺し違える覚悟の役人に金品が渡ったとの噂はわたしも聞いている。金額も聞き及んでいるが、職を棒に振るだけの金数とは思われない。裏には市長職を狙う複数の市議もいるそうな。
 文中「行政手腕は評価が高い。第2子以降の保育料無料や中学生以下の医療費無料など手厚い子育て支援策を打ち出し、6年連続で人口増を実現。14年には犯罪被害者らに損害賠償金を立て替え払いできるよう条例を改正・・・・・・昨年11月にはひとり親世帯の養育費受け取りを市が保証するモデル事業を開始、同12月には元受刑者の社会復帰を支援する条例を成立させ「人権派」として注目された」とある。
 新しい政策をを打ち出せば新たな仕事が増える、保守的な政治家や役人にはそれが許されない。そうしたことを踏まえたうえでの前項だった。
 当掲示板には私的、オフィシャルの垣根はない、わたしは泉前市長を支持者する。

 https://diamond.jp/articles/-/193018?utm_source=weekendsp&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor_02

2019年02月08日

昨夜一考  

 昨夜、風呂場で気分が悪くなった、顎から汗が滴りおちている。裸のままトイレまで這って行き便器を抱えて嘔吐したまでは憶えている。このような場合、いかにすばやく風呂場から脱出するかである。湯船に浸かったままだと溺死する、洗い場だと確実に風邪をひく。
 寒さのせいか、30分ほどで目を覚ます、今回の失神は軽度である。紙パンツを穿き、蒲団に潜り込んでひたすら眠る。新しい日は風呂場とトイレの大掃除ではじまる。どうしてこうなったのか理由を考えている。

2019年02月06日

時事一考  

 ですぺら営業中、消防署から消防設備点検実施の電話があった。わたしは防火管理者なので、チェックすべき項目は分かっている。ただ店には消化器や消火栓はおろか、感知器すらひとつもない。明白な消防法違反である。その旨を署員に伝え、一言添えた。某893組織の事務所が置かれていたことを。鸚鵡返しに署員は○○組ですか、はなしはそこで終わりである。点検日まで決まっていたのだが、署員が訪ねてくることはなかった。

 今般、明石市長が辞職したが、件の録音テープがマスコミに流出するまでの経緯はきわめて政治的である。詳細は述べないが、担当した幾人かの役人は前述した消防署員同様、面倒に関わり合いたくないと接触を先送りしたに過ぎない。国道2号にたった一軒残ったビルのオーナーSさんは、明石青年会議所を卒業なさった方で手広く不動産を扱っている。少々ゴネはしたろうが、立派な企業家である。かつて枝吉から西明石方面へ抜ける道は、途次にあった養豚業者がネックになって開通に20年近くを費やしている。行政側には土地収用という手立てがある、それを用いなかったのは、役人側に問題の過多があることを役人自身が理解していたからに他ならない。要するに市長はまんまと乗せられたのである。

 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201901/0012019280.shtml

2019年02月02日

太刀魚の握り一考  

 先日の検体検査の帰りしな、例によって近隣のスーパーで太刀魚の握り寿司を5貫250円で購う。皮をバーナーで軽く炙っていたが、それがいたく美味。あまりの旨さにもう一人前と思ったが、売り切れていた。

 検査だが、結果は最悪。γ-GTPやHbA1cが跳ね上がってい、尿蛋白が+2になっている。今まで正常だった数値に異変が起きている。体調を崩すとかくまで酷くなるものか。検査前日、水分が十分に摂られないのでスポーツドリンクをがぶ飲みした、身体に良くないのは承知の上である。
 血液検査は通常は5本なのだが、なぜか6本。なんの検査が増えたのかと思っていたが、見ればCMV抗原とある。サイトメガロウイルス感染の検査である。サイトメガロウイルスはわたしにとって艮(うしとら)の方角に当たる。3箇月に及ぶ絶食を経験させられている。そちらの結果は次回の検査時に分かる。

2019年01月24日

串揚げ一考  

 串揚げを串カツの亜流だと書いた。人様からより多くの金銭を頂戴するために本来下賤な食い物に格好を付けた、謂わば串カツの会席版でなかったかと思っている。というのも、串カツについて書いていて外山時男さんを思い起こした。東京では希有な蕎麦屋の主人だった彼に云わせると会席における蕎麦が「ノートルダム寺院の屋根にくっつけられたガルグイユ・・・大宗教に囚われた八百万の神の趣」となるのだが、似た俤を串揚げに嗅ぎ取ったのである。繰り返すが、串カツは元々牛肉だけのもの、それに芸を加味し、遊びで色づけを施したのが串揚げでないだろうか。

 過日、井筒典久さんとはなしてい、十割蕎麦はともかく田舎ソバの風味も捨てがたい、と。外山さんだと「ラ・ジョコンダの微笑みが江戸ソバなら、その背景の曲がりくねった川や橋が田舎ソバ」となるのだが、新潟から山形、秋田、青森とつづく国道7号沿いには夥しい数の蕎麦屋がある。北海道への行き来には国道8号と7号を利用していたが、それら板蕎麦をどれほど楽しみにしていたか。井筒さんの仰るとおり、青磁色の蕎麦も佳いが田舎蕎麦には一癖も二癖もある浅葱裏の味わいがある。

串カツ一考  

 昭和のはじめ、串カツはビフカツ(ビーフカツレツ)の廉価版として誕生した。同時期、関東では豚肉とタマネギを交互に刺した串カツが生まれている。戦後、牛肉の代用品として鯨肉が用いられ、同時にジャガイモの串カツが流行する。流行らせたのは満州からの引き揚げ者である。子供の頃、わたしはジャガイモばかり食べていた記憶がある。関東式の串カツが関西で流行るのは昭和30年代以降のことである。ちなみに、串揚げが生まれたのも串カツと時期を同じくする。串揚げをわたしは串カツの亜流だと思っている。

銀河鉄道へ一考  

 体調が戻ったので、26日の土曜日10時過ぎに銀河鉄道へ出掛けます。

 10月に受けたEPO治療によってヘマトクリットが31から38.6へ劇的に改善したと書いたが、2箇月後は35、3箇月後には32にまで減ってしまった。同様に血色素量も減っている。赤血球の寿命は100日から120日と聞く。やはり駄目なようです。

2019年01月21日

ヒレグロ一考

%E5%B9%B2%E3%81%97%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%A4.jpg

 今日から正常に戻った。昨日、買い物に出掛けて、入り口でおじさんに大丈夫ですかと問われた。レジで前にいらした女性がわたしのカートから籠を取り出そうとする、「大丈夫です」と応えるが、「そうは見えませんよ」とさっさとレジ台へ移し替える。ありがたいのだが、そのように見窄らしく見えるのかと、帰宅後、繁々と貌を見詰める。酷い、クリーチャーのような顔である、ひげは茫々、目の周りには隈ができている。無理を承知で風呂を沸かして11日ぶりにひげを剃り、髪の毛を洗う。
 写真は好物の干しカレイ、島根のヒレグロである。似たものは松戸にもあったが、島根に比べれば味は落ちる。わたしにとって母の味でもある。

2019年01月18日

体調を崩す一考

%E3%82%AA%E3%82%B3%E3%82%BB%E3%82%99.jpg

 1月9日から体調を崩している。風邪なのだが、このように拗らせたのは久しぶりである。年末の検体検査の帰路、最後の昼網でオコゼを買った。大きなオコゼで780円だった。新年の7日、最初の昼網でやはりオコゼを買った、小さいが3匹で480円。ですぺら閉店の折、世話になった方に包丁一式をプレゼント、よってペテナイフ一本でオコゼを下ろした。今年は恵まれているなあと想っていたのだが。
 風邪を治すのは自分自身の免疫力でしかない、ところが、命を繋ぐための免疫抑制剤を日々飲み続けている。また、PL配合顆粒は前立腺肥大症を悪化させる。この自己免疫と免疫抑制剤との関係は分かりづらい。検体検査で炎症が見付かった場合も、抗生物質は出るものの、全部は飲まないでくれとの註文がつく。一錠ごとに体調を確かめながら慎重に服用せよとの命令である。
 発症してから絶食しているが、今日は寝床から出るときに倒れなくなった。おそらく明日からはなんぞ食することが出来るようになる。

2018年12月26日

ブレーキシュー一考  

 このところ自転車に関する書き込みが続くが、まだ書くことは多い。例えば、ブレーキはキャリパでかけるのではない。あくまでシュー(ゴム)でコントロールするのである。極論になるが、シューさえ良いものを使えば本体はなんだって構わないのである。昨今、シマノ全盛で台湾製のブレーキは二束三文に扱われている。ついこの間まで、シマノのシューはテクトロのシュー同様、使い物にはならなかった。わたしはどこのキャリパを使っても、シューだけはカンパを用いていた。
 昨今、マウンテンバイクやクロスバイクのオンパレードで、太いタイヤばかりが持て囃される。ならば余計にガツンと効くシューは不向きである。コントロールが効く若干柔らかめのシューが必要になる。
 「駐車場で何度かブレーキをかけた程度しか使っておらず、すぐに外して箱で保管。ブレーキのフィーリングが好みじゃなかったので、すぐにシマノのブレーキに変更した」といった書き込みが目に付くが、80年代後半にシマノトータルインテグレーション(STI)が開発されるまではカンパの真似ばかりしていたのでなかったか。第一にガツンを求めるのなら、キャリパーブレーキよりもVブレーキ、カンチレバーブレーキ、ディスクブレーキを求めるべきであろう。仮にシマノのライトアクションが欲しいのであれば、BR6700-G Y84 ポールリテーナーが売られてい、互換性がある。調整可能なトーインブレーキシューなら他のメーカーも作っている。
 シューに戻るが、スイストップは高価にすぎ、シマノとよく似ている。ならば細かいコントロールが効くカンパかBBBブレーキパッドにするべきである。BBBにはシマノ・スラム用(BBS-26HP)とカンパ用(BBS-26CHP)がある。

おでん一考  

 12月の検体検査は本日だが寒そうである。営業中は構うことなくオートバイを飛ばしていたが、店をやめた途端に蒲団に潜り込んでいる。緊張感がなくなるとかくまでだらしなくなるのか。
 寒いものだから珍しく温かいものばかり食べている。関西で云う豚まんは神戸にも老祥紀、老祥記、一貫楼、四興樓、春陽軒、南京楼と随分とある。食べに出掛ける気はないが、近場で入手できるといえば蓬莱の豚まんしかない。蓬莱の豚まんは豚肉と玉ねぎのみ、食べるたびにハンバーグを想い起こす。このようなひどいものがどうして一世を風靡したのであろうか。
 先日、業務スーパー フレッシュ石守で豚まんを買ったが、これが滅法旨い。中国から冷凍で送られてくるだけあって、椎茸や竹の子ががっぽり這入っている。昔の春陽軒のごろごろした味である、いたく気に入っている。
 今ひとつはおでんである。おでんは元々豆腐料理(田楽)であって、豆腐と蒟蒻の這入らないおでんはおでんでない。わたしはそこに生揚げ、大根、餅入り巾着、ゆで卵 、練り天を入れる。関東ならはんぺんだろうが、かつて神田の四国屋で食べたはんぺんには閉口した。あれだけは好きになられない。北海道の白子やツブ貝、ネマガリダケについては書いたが、富山の赤身肉のネギマ風のおでんも美味しかった。小田原では梅味噌を付けて食するが、豆腐に似合いである。三橋敏雄さんを思い出す。

2018年12月19日

ISOとJIS一考

%E6%B1%BA%E5%AE%9A%EF%BC%A6%EF%BC%A4.jpg

 前項でフロントディレイラーが特殊な形状と書いたが、写真で説明しておく。サンツアーはローノーマルになって以降のARXや後期のサイクロン、初期シュパーブなどにネジ込み式アウターストッパーが付いてい、サイクロン7000になっても受け用の爪がついていた。下段はセブンだが、下向きのアウターストッパーである。サイクロン7000には下段右端の差し込み式アウターストッパーを用いる。このようなアウターストッパーは現在入手不可能である。
 フロントディレイラーの中古を買うとアジャストボルト(M4)のネジ山が潰れていたり、バンドの留めネジ(M5)が錆び付いていたりする。ピッチゲージを持っていないので詳しくは分からないが、大きなホームセンターならいろんなピッチのステンレスボルトが売っている。わたしは毎日自動車に出入りするネジ屋から工面している。

 川口真世さんの自転車に新しいマイティーツアーを用いたが、ヤフオクの質問欄にカンパのBB(ボトムブラケット)との互換性が書かれていた。スギノのクランクで互換性があるのは旧マイティーツアーと75の一部のみ。初期のシュパーブに一機種のみISO規格があったが、他はすべてJIS規格。クランクとBBは同じものでないとテーパー角が合わない。仮にテーパー角が合ったとしてもチェーンラインが整わない。旧マイティーツアーと旧カンパBBは希有な例である。なお、旧カンパレコードと互換するBBはTifosi(ティフォージ)とToken(トーケン)からカートリッジタイプが頒されている。同スクエアーテーパー(四角軸)は他にもシマノ・スギノ・ストロングライト・タンゲなどから出ているが、テーパーが異なりカンパとの互換性はない。

2018年12月06日

小径ロード一考

Image024.jpg

 わたしが乗っている自転車は20インチの小径車である。葛飾区から三郷市にまたがる水元公園へ日々通っていた。小合溜を中心とした都内最大の水郷公園だが、平坦地なのでわたしでも走ることができた。ところが、神戸市西区はどこへ向かっても坂である。わずか2パーセントの傾斜であっても走られない、能力はまるで電車なみ(勾配は1.4パーセント内)なのである。従って、引っ越してからは自転車を諦めていた。
 今回の検体検査で血液量が思いのほか増えたので、ギア比を変えて乗ろうかと思う。アウター52にインナー46だが、それを48-40に落とした。インナーを36にしたかったのだが、フロントディレイラーが対応していない。下引きなのだが、ワイヤーの受けが特殊な形状で、手持ちで使えるのはマウンテンバイク向けコンポーネントになる前の最初期のシマノデオーレ、別称ULTEGRA TRICOLOR FD-Ż202のみ。キャパシティは9Tしかないが、昔のフロントディレイラーはこのようなものだった。
 クランクは初期のマイティツアー、BBは当初カンパを使っていたが現在はスギノISO、ハブはサンツアーシュパーブプロ、ボスフリーもサンツアー5段を用いている。現状、WOを履いているので18インチである。タイヤの直径が異なるため、チューブラーなら20インチになる。ママチャリならいざしらず、このような小径のロードは珍しい。それに大きな買い物籠を付けている。車椅子生活を余儀なくされた、わたしの身体に対する精一杯のレジスタンスだった。
 錆ついたところは仕方ないとして、磨けるところは磨いた。グリスとシリコンオイルをさし、ワイヤーはすべて新しくした。血液も新しくなったことだし、近隣の買い物はこれから自転車で済ませたく思う。

追記
 いつか使おうかと、ニジ製20インチのチューブラーリムを持っている。しかしチューブラーの値が高すぎる。おそらく組むことはあるまい。写真は水元公園。

自転車取り敢えず完成一考  

 川口真世さんの自転車が取り敢えず完成した。取り敢えずと云うのはスペアタイヤとリムセメント、前照灯とテールライトが必要だからである。ライトの類いは100均で揃う。リムセメントは劣化する、それ故本当は新しく貼りたかったのだが、スペアタイヤを購入してから貼り方を伝授しようと思う。
 自転車は当初考えていたものとはまるで変わった。彼女の父親が回転部分に五月蝿いからである。もっとも仰っているのは正しい。BBとハブは最良のものを選ばなければならない。変速機はなんでもよいのである。FD、RDはブレーキと共にシマノ600のアルテグラを用いた。昔からシマノは回転部分に弱い。そこでハブはカンパのレコード、BBはスギノのCBBAL-113(カートリッジ ボトムブラケット シールドベアリング)を奮発、クランクは新しいマイティーツアーをこれまた奮発。ギア板はPE110Sでアウター48T、インナー36T、色はブラック、これなら文句はあるまい。
 BBは当初、シマノ600を用いるつもりで状態の良いものを購入した。しかし玉当たりがひどすぎる。しかも父親から駄目出しされるとそれまでである。予定では安く仕上げるつもりだったのだが致し方ない。マイティーツアーはわたし自身ずっと用いてきた名作中の名作、今ではプレミアが付き3万円近くする。古いタイプはカンパと互換性があった。
 もっとも難儀したのはダブルレバーである。レジナの6段ボスフリーにはシマノもサンツアーもインデックスが噛み合わない、結果カンパのフリクションを用いらざるを得なかった。いずれにせよ、メンテナンスがし易く、乗って楽しい自転車になったと思っている。

2018年11月30日

シフトレバー(ダブルレバー)一考

%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%8F%E3%82%99%E3%83%BC-1.jpg

 80年代以前のダブルレバーはことごとくがフリクションだった。わたしは長くサンツアーの I.F.Cと I.P.Cを用いてきたが、インデックスとフリクションの切り替えが可能で、フリクションにはラチェット機構が組み込まれていた。ラチェットは細かく刻まれていて変速にまったく影響はなかった。
 写真はサンツアーが1987年に売り出したアキュシフト。6速乃至7速対応でインデックスとフリクション両用だが、こちらのフリクションにラチェットは組み込まれていない。

 http://dt6110.web.fc2.com/parts/accushift.html#shift

 上記で紹介されていないが、インデックス機構が生まれる前、すでにラチェット付きのダブルレバーがサンツアーから頒されていた。すこぶる簡便なもので、パーツをカンパで統一してもダブルレバーだけはサンツアーを用いていた。シマノは7400系以降フリーハブへ軸足を移していったが、シマノのインデックスはシマノのフリーハブにしか対応していなかった。比してサンツアーが作り続けたインデックスはボスフリーそれもレギュラーとウルトラの双方を使えるすぐれものだった。90年代前半にサンツアーはなくなってしまったが、エンド幅120ミリや126ミリの旧車をレストアするのにサンツアーのボスフリー用インデックスは必需品である。なお、6速、7速対応のダブルレバーを10速へ改造できるようだが、わたしには方法が分からない。

追記
 数十年ぶりに自転車を組んでいるが、いささか手を焼いている。パーツの組み合わせがまったくうまくいかないのである。それと値の高いこと、例えばバーテープで使用に耐えるものが4000円もする。フィジークかサンマルコかセライタリアが欲しいのだが。

 サンツアーのリアディレイラーにBL乃至ヒーローと称する同一のモデルがあり、α-4050と共に非常に性能の良いRDだった。ただし、BLシリーズのダブルレバーはカンパの台座との互換性がなかった。

カラオケ喫茶 銀河鉄道一考  

 先般、銀河鉄道へ届けたブローラとポート・エレンについて触れておく。
 ブローラはUDから5種類、ダグラス・レインから10種類以上頒されている。以上と書いた理由はわたしが味見したのがそれだけということである。ダグラス・レインの社長からはあと2種類出たと聞き及んでいる。DLの姉妹会社エイカーダイクからも頒されているが、そちらを数えているのかもしれない。ウィスク・イーの扱いになるダルリアダのブローラは、ボトラーズのリフィール・シェリーもの(4種類)同様、特筆ものと聞いているが、ダルリアダは飲んでいない。
 今回持参したブローラはウィリアム・マックスウェルのダン・ビーガンシリーズの一本、80年蒸留、04年ボトリングの24年ものである。23年ものもあり、81年蒸留の26年ものもある。ドライシェリーすなわちフィノシェリーすなわち使い古したオロロソシェリー樽を用いている。香り、こく、喉ごし共に超一級、銀河鉄道にはもったいない傑出したブローラである。レアモルト並びにニュー・カスク・ストレングスよりも遙かに旨い。
 シリーズ名のダン・ビーガンもしくはダン・ベーガン(Dun Bheagan)はスコットランドのスカイ島にある村の名前で、同地を支配していた地元のクラン(部族)が、生産者ウイリアム・マックスウェルの創業家と深いつながりがあったことから。1997年にフランス向けにボトリングをはじめた。他ではリンクウッド、ロングモーン、ローズバンク、ポート・エレンが美味。ちなみに、スカイ島はシングルモルトのタリスカー、ダン・ビーガン城、ダン・ビーガン ホテルなどで識られている。

 ポート・エレンは79年蒸留、ホグスヘッドの16年もの、ボトラーはキングスバリー。他に80年蒸留の15年ものがあるようだが、わたしは飲んでいない。カスク・ストレングスではG&Mとシグナトリーのダンピーボトルにとどめを刺すが、加水タイプでは本品であろう。ポート・エレンを知るには15、16年までが限界と思っている。癖のないカスクゆえ、蒸留所本来の香味が生かされている。ダグラスレインのフレッド社長云うところの「なめし皮の味」である。

 「候可候 (さうらふべくさうらふ)」で書いたが、こちらでもカラオケ喫茶 銀河鉄道の住所を記載しておく。
  明石市鍛治屋町4-14 999(スリーナイン)ビル6F 078-917-5801

2018年11月28日

点滴一考  

 神大で久しぶりの点滴、思い返せば、点滴だけで命存えたときがあった。医師によると水不足の餌不足らしい。PLよりもミヤを服用すべきですね、と。医師も看護師もわたしの腹のゆるさは心得ている。戸田にいたときからそうなのだが、引っ越し後免疫抑制剤サーティカンを飲むようになってから麁相が増えた。それは旅行ができない最大の理由でもある。
 グラセプターの血中濃度が高いようだが、このような状況下で判断はできないそうな。ウィルスを調べるのでもう一度血液検査をする。なにか出た場合は呼び出しがかかると云われる。尿蛋白とβ2ーマイクログが跳ね上がっている。ヘマトクリットは31から38.6に改善されている。恐るべしエリスロポエチン。
 ムーンさんに傘を届けて、帰りしな猛烈に腹が減ってくる。これなら大丈夫と安堵する。

追記
 刺身が好きなようだが、青魚は食べないようにと五月蠅くいわれた。マグロ、カツオ、サバ、アジ、ブリ、カンパチ、ニシン、イワシ、サンマ、トビウオの類いである。鮪を旨いと思ったことはないが、鰺、秋刀魚、飛び魚は好物である。もっとも白身魚があればそれで十分だが。

数年ぶりの風邪一考  

 26日は大変だった。深夜の2時頃、突然の吐き気で目を覚ました。それからの24時間は下痢と吐き気の繰り返しで、トイレに籠もりっぱなし、当初は食あたりと自己診断した。食事はおろか。水も飲まれない、飲めばすぐ吐くからである。28日が検体検査というに。検査前の3日間は特に水分を必要とする。1日2リットル以上の水分を摂らないと碌な結果にならない。
 24時間を経たころ、食あたりでないと気づく。どうやら風邪である、PL配合顆粒を服用。27日夕、やっと紅茶が飲まれるまでに恢復。とにかく明日の検査のために食事をと、高野豆腐とサヤエンドウ(絹さや)の煮込みを一口食する。
 28日になったが、食事はまだ不可能。食事の時間制限は4時までである。東京から戸井田さんが銀河鉄道へいらっしゃるとか。なんとか元気になりたいのだが。

追記
 明日は紙おむつの世話になる。医師はわたしの下痢癖に馴れている。

2018年11月24日

ソバの実一考  

 本日、ソバの実の浅漬けを作りましたので、銀河鉄道へ持って行きます。ほんの少し唐辛子の糸切りを追加、旨いと思います。

フルーツ魚一考  

 宇和島のチョコブリ、香川のオリーブハマチとオリーブブリ、大分のかぼすブリとかぼすヒラメ等々、さまざまなフルーツ魚が頒されている。最近の魚は何を食わされるか分からない、魚が感じるかもしれない迷惑はとももかく、養殖の魚は随分と旨くなった。一渡り食したが、オリーブブリとかぼすヒラメは滅法旨かった。
 通常のブリは切り身にして2日で血合いが変色するが、チョコブリは5日は持つ。それだけでも凄いのだが、フルーツ魚全般について云えるのは身が柔らかいこと。天然物が持つこりこりした感触はない。近隣のスーパーマルアイ玉津店ではオリーブブリが常備されているが、ブロックで売っていない。食感を楽しみたいのに残念である。

 神戸新聞によると明石ダコが記録的不良とか。

 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201810/0011717746.shtml

 文中に「名物の「玉子焼(明石焼)」にもじわりと影響が出始めている」と書かれているが、明石の玉子焼屋で明石産のタコを使っているところなどないのでは、と思う。玉子焼に関しては東京の方が確実に柔らかく安くて旨い。
 当地の漁師は底引き網を用いる。瀬戸内のような内海で底引きとはなにを考えているのかと思うのだが、タコに限らず、穴子も鯛も消息は同じである。詳細は「海藤花 」2018年07月08日に譲る。いずれにせよ、これから天然物はますます稀少になってゆく。それ故、小型バイクで一人旅を楽しもうと思う。キャンプ場で行く先々の磯魚を食するのが目的である。

2018年11月19日

老後のリアリズム一考  

 閉店間際にきたじま ちよこさん来店、「リアリズムの老後 自分らしい介護とマイケアプラン」を頂戴した。介護支援専門員、介護福祉士、管理栄養士等々、肩書きの多い方である。神戸新聞を見ていらしたようだが、ならばわたしが重度身障者だとご存じの筈。介護する側の意見は多いが、介護を受ける側の発言は少ない。わたしはもちろん後者に興味がある。
 書冊の内容紹介に「介護事業にかかわる一人として、老後を自分らしく生きたいと願い、老後と介護をシュミレーションしながら、全国の先進的な介護施設やキーパーソンに会いに行くルポルタージュ。マイケアプランによる介護は、今後の希望である」とある。
 マイケアプランは健常者が思案するものであって、身障者や認知症を患う者にはほとんど関係がない。借家住まいで財産皆無、その日暮らしの身障者にとってマイケアプランはなにを意味するのであろうか。サ高住〈サービス付き高齢者向け住宅〉はおろか、福祉施設のお世話になるか野垂れ死に以外に手立てはない。
 仮にマイケアプランを持っていたにせよ、大きな病気に罹れば瞬く間に老後の資産は霧散する。無一文になれば家族は離散することになる。わたし自身、身内から絶交を宣告された。人生にフォーミュラやレシピはない。多くのひとは行き当たりばったりで生きている。
 障害や介護については当掲示板12年、13年に詳しい。特に欧州とわが国の高齢者医療の違いについて詳述した。海外では高齢者医療は65歳または70歳〈国によって異なる〉で打ち切られる。透析治療も人工呼吸器も例外なく停止である。医療費抑制が目的で、国民投票によって決められた。介護についてもいろいろ調べた、そのうちわたしが感心させられたのは生活とリハビリ研究所主幹三好春樹さんの文章だった。介護分野の第一人者でなかろうかと思っている。
 「介護夜汰話 番外地」の最下段「アンコール介護夜汰話」はとりわけ屈折していて面白い。
 http://www.mdn.ne.jp/~rihaken/suisen/all_bri_encore2.htm

2018年11月10日

サイクルパーツ一考  

 川口真世さんの自転車のフレームはタンゲNo.1〈肉厚0.8mm〉である。ボトムブラケットやヘッドパーツを作っているのはタンゲ精機。丹下鉄工所〈現・タンゲコーポレーション〉はプレステージやNo.1からNo.5に至るクロモリのダブルバテッドシームレスパイプのメーカー。自社でもフレームを作ってい、プレステージとNo.1はレース用のフレームパイプだった。
 クラシックなWレバータイプのクロモリフレームに最新のコンポーネントやパーツは付けられない。わたしは栄輪業、杉野鉄工(現スギノテクノ)のクランク、吉貝機械金属のブレーキやヘッドパーツ、三ヶ島製作所のペダルなどの共通ブランドサンツアーのファンだが、今サンツアーでコンポを組もうとすれば非常に高価になる。そこでシマノ600アルテグラの最初期タイプを買った。枕頭式のキャリパブレーキ、Wレバーはインデックスタイプ〈フリクションの方が良いのだが〉である。ただし、メンテナンスがまったくなされておらず、RDのプーリーはぴくりとも動かない。なにかを巻き込んで顚倒し、そのまま廃車にされたパーツである。わたしにとっては修理のしがいがあろうというもの。そのプーリーと70年代後半のシマノのBB、そして彼女の体躯に合わせたハンドルバーとステムを購入しなければならない。

追記
 ハブはカンパレコード、ヘッドパーツはサンツアーのシュパーブを用いる予定。

これより前の書き込みは..>>アーカイブにて