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一考 | 黄金色の階調

 モルト・ウィスキーにはどれぐらいの種類があるのかと、よく尋ねられます。昨今繁く出回るようになったディスティラリー・ボトルならいざ知らず、独立瓶詰業者のボトルは基本的にシングル・カスクすなわち一樽のリミテッド・エディションです。一口で樽といっても、容量も種類も異なります。また、樽は熟成の度に補修されます。使用頻度によって、樽のコンディションはさまざまです。従って、シングル・カスクの世界にあっては樽の数だけのウィスキーが存在します。
 イギリスに自生する二大樹種はセシルオークとコモンオーク、南部から東部の粘土質の土壌に多く生育します。共に古くからワインやコニャックなどの樽材として活躍してきたヨーロピアンオークですが、ウィスキーの熟成には役立ちません。ウィスキーの樽材としてはアメリカ東部に分布するホワイトオークが重宝されます。そして、スコットランドではホワイトオークが採れないがゆえに、スコッチの熟成に新樽が使われることはなかったのです。また、新樽を用いずとも、シェリー樽の中古が潤沢に手に入りました。イギリスは昔からシェリー酒の世界最大の消費地で、かつては樽で輸入し量り売りをしていました。余った空き樽をスコッチ業者が再利用してきたのです。やがて、ウィスキーの生産量が増え、シェリー樽の需要と供給のバランスが崩れてきた時に、業者が目を付けたのがバーボン樽でした。アメリカの国内法ではバーボン・ウィスキーの熟成は新樽であることが義務付けられています。わずか一度の使用で破棄されるのです。第二次世界大戦後、解体された大量のバーボン樽がアメリカからイギリスへ送られるようになりました。
 樽が大きければ大きいほど、ウィスキーはゆっくり熟成され、まろやかさが増します。そこでスコットランドではバーボン樽の再生の際、側板を補って容量を180リットルから250リットルへ拡大します。貯蔵効率を高めると同時に、ウィスキーと樽との接触面積を少なくし、木香の影響を薄めようとの工夫です。その拵え直した樽をホグスヘッドといい、現在もっとも多く出回っています。シェリー樽は500リットル、ほぼ同量のラム酒用の樽がパンチョンで、こちらはたまに出番がやってくるていどです。一六世紀以降はそれらの樽材として通直木理という柾目のホワイトオークが削り出され、樽の形状も少しずつ変化して行きました。使い古してシェリーやバーボンの香味が移らなくなった樽をプレーン・カスクもしくはウィスキー・カスクといい、グレン・ウィスキーの熟成に、やがてはガーデニングにスモーク用のチップにと徹底的に活用されます。
 最近ではシェリーやバーボンの他、ポート、マルサラ、マディラ、ラム、コニャック、アルマニャック、カルバドス、赤白ワインなど、さまざまな樽が熟成に再利用されるようになりました。イアン・マクロード社からはそれらの樽をフィニッシュに用いたモルト・ウィスキーがボトリングされています。わが邦の樽酒は三、四日が限界ですが、スコッチの場合は半年から一年、長いと二年ほど任意の樽で熟成させます。ダブル・ウッドもしくはダブル・マチュアードと同じ意で、「グレンモーレンジ」「バルヴィニー」やディアジオ社の「クラシック・モルト・シリーズ」のダブル・マチュアードなどが識られています。ワインや酒精強化ワインの樽、すなわちセシルオークで最初から最後まで熟成されるとタンニンやリグニンが過剰に溶けだし、香味のバランスが崩れます。フィニッシュにのみ用いるのも職人の知恵や気配りと言えましょう。
 ボトラーのモルト・ウィスキーはカラメルによる着色や低温濾過を施しません。従って、透明感に充ちたつややかな黄金色の階調をもたらすのはタンニン成分の色素であり、その成分を引き出すために欠かせないのが樽の内側の焼き加減です。ウィスキー用の樽は中火で約20分、ブランデーの場合は強火で40分焙煎されます。マノックモア蒸留所のブラックウィスキー「ロッホ・デュー」などは樽の表面が炭化するまで焼かれています。「ロッホ・デュー」は極端な例ですが、良いウィスキーが醸されるか否かはこの加熱処理にかかっていると言っても過言ではないのです。
 いずれにせよ、ウィスキーの香味を決定づけるのは樽のコンディションと熟成庫の所在地の気候風土です。お花畑で熟成されたウィスキーにはフローラルな香りが、森のなかで熟成されたウィスキーにはウッディーもしくはナッティーな香りが、海辺で熟成されたウィスキーには潮の香が強く薫きしめられるのです。さらに、外壁に近いところと中央部、上段に置かれた樽と下段のそれとでは長い年月のあいだに随分と個性が違って行きます。下段のウィスキーは熟成が緩慢になされ、色は淡く、アルコール度数は上段と比してより低くなり、エンジェル・シェア(天使のわけまえ)も高くなります。要するに、穏やかな熟成がなされるわけです。
 樽の数だけのウィスキーが存在すると頭に著しました。それ故、これがウィスキーであるとか、これこそがシングルモルトなどという固定観念は持たない方がよろしいかと思います。酒は生き物です。齢と共に人の性格や好みが変わっていくように、酒も年々歳々香味を微妙に変化させていきます。ボトラーのボトルの醍醐味は違いを違いとして愉しむところにあります。好悪を決めるのは彼の世へ赴いてからでも遅くはありますまい。



投稿者: 一考    日時: 2006年10月03日 00:21 | 固定ページリンク





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