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一考 | ガラガラポン

 ムーンさんへ

 「物書きとは人に託けて自らの思いを描く、悠長にして周到な詐欺師に他ならない」と幻想文学で書きましたでしょう。誰がラブコールなんぞするものですか。私の女性観を貴方はよくご存じの筈です。極端な言い方をしますと、鏡花と正反対の荷風の女性観に近しいものを持っています。おそらく、フェミニストとはさかしまの位置に私は居ます。

 こんなことを書いていいかどうか迷いますが、この掲示板に書込をなさった方の文言の中に、理解しにくいことや承伏致しかねるようなものも御座います。例は挙げませんが、それらに私なりの返答を加算していくとあのような戯れ言になるのです。せっかく書込をして下さった方々じゃないですか、極力律儀にお付き合い致したいと思います。拙い文章ゆえ、ご理解を得るのが難しいのは承知の上ですが、例え一行、一節でもよろしいですからご納得いただける箇所があればうれしく思うのです。それと2チャンネルで始まった、人の揚げ足を取るような書込の方法を私は好みません。書込にスタイルなどあってたまるかとの思いをこの掲示板では貫きたいと思っています。
 貴方の文面の末尾はすこぶる結構。皆さんとかかる駄洒落が飛ばせる間柄になればと言うのが私の望みなのです。

 ご指摘の曖昧な概念について一言。言語論とは一般的に言って認識論です。存在論と認識論とが手に手を取って、揺れ動いてきたのが哲学の歴史だと私は認識しています。その揺れを私は振幅と著します。当然、定点から定点への移動ではなく、宛もなく立ち徘徊るものと心得ます。ただし、その認識論を人と語るに際し、言葉が内包する意味合いが互いに異なれば会話は成立しません。知識を得ようとの行為はその溝を事前に最小にしておこうとの意欲の顕れなのではないでしょうか。
 概念は言語によって表現され、その意味として存在します。従って一般化、抽象化が必須となります。彼女との哲学問答の間、私が困惑したのは彼女の乳房ではなく、彼女の言葉遣いと私のそれとの間に、予想した以上の乖離が在ったというなのです。繰り返しますが、彼女は哲学用語を大学で習得しました。私のそれは独学です。貴方の言葉遣いは間違っていると強く示唆されれば、引き下がるのは私の方でしょう。後日、その溝に対して私なりに挑戦したものがあの戯れ言の一部を成します。お解り頂けましたか。「曖昧な概念」ではなく概念の持ちように曖昧さがあったというのが正確な言い方です。
 ともあれ、いかような例題であれ、一つの概念の内包と外延を証明しようとすれば、それだけでも300枚位の原稿用紙が必要になります。それは掲示板の域を超えます。ただ言えるのは、ソクラテスの唱える個体概念を私は承伏することが出来ません。内包と外延との二項対立にも異議があります。内包と外延をもう一度弁証法の篩いにかけ、ガラガラポンをやってみたいと思っています。



投稿者: 一考    日時: 2001年10月31日 06:01 | 固定ページリンク





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