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高遠弘美 | 糸井茂莉詩集『アルチーヌ』頌

1982年に現代詩手帖賞を受賞した詩人、糸井茂莉いといもりの最新の詩集『アルチーヌ』(思潮社。2005年4月1日刊)を読みました。糸井は『しれーぬ、その他の詩篇』『夢の水槽』などの詩集で知られる詩人ですが、今回の詩集は現実世界に下ろしてゆく詩人の測深機sondeurが今まで以上に鋭敏繊細になつてゐることを感じさせるいい詩集でした。ルネ・シャールの同名の散文詩に触発されたこの詩集には、変転と沈潜を、きわめて思索的でありながら、時としてすこぶるエロティックでもある言葉をつむいで表現してゆく糸井の美点がよく出てゐるやうに思ひます。さりながら詩人の世界を短くまとめる無粋は控へて、ひとつだけ引用しませう。
たとへば「珠の軌跡」と題されたこんな一篇。

「夢の地図の線がとぎれる。あのひとの行程が途絶え、消滅してゆく。放物線から外れてゆく、ゆるやかにはじかれた珠の軌跡。

驚異のうねりを穿ち、蛇行してゆく河。月の光を鈍い銀色に映し、生き物となってあのひとの狂った素足にからみついてゆく。

河は凍っていなければならない。凍った河の向こうには国境があり、不寝番の冴えたまなざしをくらます純白の形象が近づいてこなければならない。

埋めたはずの馬が土のなかから這い上がり、轡をはずして疾走し、国境の向こうの闇のなかに消えてゆかねばならない。忘れられた円環のふち。

凍った河をわたるあのひとの足音が聞こえる。そしてすぐそれも遠のき、静寂のあとに氷の割れる音が遅れてやってくる。

夢の頭蓋を力ずくで砕き、わたしの寝床まで押し入って挑んでくるひと。硝子窓に身をすり寄せ、私が近寄れば、かるがると夜の透明をくぐりぬけて」

これ以外にも引用したい作品はいくつもありますが、あまりに長くなるとご迷惑でせうから、けふはここにて筆をとどめます。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2005年04月01日 21:43 | 固定ページリンク





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