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一考 | オブローモフ気質

 友から当掲示板はアナーキズムの掲示板だと言われた。それでも一向に構いはしないのだが、やはり虚無思想の掲示板と言われた方がなんとなく座りがいい。なにしろ号して「ですぺら」である、されば拗者の苦笑いをひとつ。

 ひとの性格、気性、ものの考え方、好悪の類いは年齢もしくは存在する環境によって、いかようにも変化すると私は思っている。自らを顧みて、ひとほど当てにならないものはない、生存は著しく不安定なものだと信じるに至った。その辺りの消息をF・ヤコービやニーチェ、ツルゲーネフ描くところのバザーロフやシェストフ、または辻潤や金子光晴はうまく著している。しかし、私は辻潤でなければ、バザーロフでもない。下手を承知で、拙悪を覚悟で、自らの思いを書き綴るしかない。
 変化すると書いたが、「かならずしも」すべてが変わるわけではない、事と次第によってはいっかな反応しないこともある。ひとの生や行為にあって、「かならずしも」因と果が直結しているわけではない。時として因と果は複雑に絡み合い、重なり合うように入れ子構造をなしている。副詞の「必ず」に助詞の「しも」を付けて「必ずしも」なのだが、その意は一部分はそうであっても、全部がそうではないということになる。部分が変わるからと言って、全部が変わるわけではない、その曖昧さ、及び腰を指して「当てにならないものはない」と書いたのである。
 さて、変化するのであれば、反応するところの元ネタがなければならない。この場合の元ネタとは生来の気質のことなのだが、私は稟質とのことばが大層気に入っている。ただし、同じことばを用いていると飽きるので、たまに刷り込みとかインプリンティングの類いを用いる。そんなある日、宇野さんから「文化的先天性」でいいのではないかと言われて、すぐさま飛びついた。築地東仙の文化干しを持ち出すまでもなく、文化鍋・文化包丁等々、東京下町のハイカラな匂いが感じられるではないか。常日頃、宇野さんから私に相応しいのは文明であって文化ではないと言われている。シュペングラーに言わせれば、誕生、成長、衰亡、死の過程を経て、文化は最終的に文明になる。謂わば文化のなれの果てが文明なのであって、それこそが「西洋の没落」であると説く。
 この「なれの果て」がまたしても私の琴線に触れる。なれの果てとはとどの詰まりであり、落ちぶれはてた結果である。では、その結果がやって来るまではどうだったのか、過去に思いを致せば、夢と願望が綯い交ぜになって洪水のように押し寄せてくる。私のことだから、事実関係は眼中にない、それでなくとも「歴史的現実のなかから世界観が生まれるのだが、その世界観は常に歴史をつくりかえていく、だとすれば歴史には事実とか真実といった客観性は存在しない」のである。私が財閥の御曹司であろうが、神々の貴種流離であろうが、まるきり構わないのである。この先を著せば、見てきたような嘘をくわしく述べることになる、それは既に文学であって果てがなくなる。従って宇野浩二に倣い、閑話休題とする。

 ニーチェが考証の対象にしたのは、プラトン主義の大衆バージョンであるキリスト教とその道徳観である。肉と霊、此岸と彼岸、自由と摂理といった二元的な差別と乖離がそのまままるごと秩序になるような一神教の世界である。世界の階層的な差別の頂点に神が君臨する以上、いっかな二元的な分裂であれ、究極のところで統一されるとの脳天気なものの考え方にニーチェは危惧を抱いたのである。もしも、神が死ねばあとに残されるのは差別だけではないかと。
 ここまではニーチェの美点なのだが、ことさらにニーチェを論じたいのではない。私が触れたいのは伝統的権威、政治社会上の諸制度、宗教などを否定し排斥する傾向についてである。しかし、そのような傾向を歴史的転換期の現象と位置づけるひとがいる。ニヒリズムに取り憑いて離れない利己主義、享楽主義、無気力などにやましさを感じる人種といっても構わない。利己主義は鶏卵のカラザのようなもので、取り去ると黄身は位置をなくして宙に浮いてしまう。そういえば、生たまごを食するときに、カラザを取り除こうとして必死になっているひとをよく見掛ける。あれは白色不透明糸状のカラザと闘っているのか、箸と闘っているのか、それとも卵白と卵黄の両端を結ぶ放物弁証法と闘っているのか、もし後者だとすれば、鶏卵の秩序を排斥しようとしているのであって、これもまたニヒリストということになる。まあ、それもどちらでもよろしい。
 「歴史的転換期の現象と位置づけるひと」の多くは既存の価値体系の崩壊を背景にして、新たな価値選択の原理を見いだそうとする。しかしながら、それでは自らが神に取って代わるまでのはなしである。多くのニヒリストがファシストに化けた例は歴史上、枚挙に遑がない。ベンやニーチェにしてからが、価値体系の崩壊それ自体を克服しようとして超人思想を打ち立てた。それも彼らの勝手で、私の知ったことではない。ただ、ニヒリズムに至る遠因が、社会的な困窮状態や生理学上の変質や心的困窮などではなく、「一つの特定の解釈、つまりキリスト教的、道徳的な解釈」であるとするのではお粗末に過ぎる。あまりにも長く「特定の解釈」に信を置き続けたのはドナウから西の人々だけではなかったか。ニーチェが説いたのはギリシア文化を範とする芸術的哲学だが、同時代のマゾッホが念仏のように唱えた「ギリシア人」をいかように読み解いていたのか、物見遊山の私には大いに興味がある。
 種村さんの影響なのだが、ヨーロッパ近代社会やキリスト教文明の根底に対する否認の思想を説いたマゾッホと、無や空を主張する仏教や老荘思想と同質のものを西洋文明のなかに探し求めたドゥルーズとのあいだには、とんでもなく大事な共通項があるような気がしてならない。ちょいと難しく書けば、畸型や倒錯の内部に身をひそめて、無償の遊戯を、饒舌をこばみ、まるで緘黙症患者のように稀薄な言葉でもって「否認と宙吊りの過程」を著す、と言ったところであろうか。先の書き込みで触れた「利己主義、享楽主義、無気力などとアクティブに向き合おうとする姿勢」がここにもあるように思う。そして、それは東邦の思想であり、苦行僧のような趣があるといってもなんら差し支えはない。「アクティブ」と「苦行僧」はその主体の積極性において通底する。
 取り留めがなくなってきたようだが、ニヒリストがニヒリストであり続けることの困難を私は強調しているのである。出自のせいか、私の回りには拗ね者やつむじまがりが多かった。しかるに、二元論を武器にして多勢はファシストへと転向していった。この場合の二元論とは好悪そのものであり、好悪の基本原則に則って否認の対象から自分を除外したに過ぎない。新たな価値体系の探求といえば聞こえはいいが、超克とか克服とかの素面は以外と簡便な二者択一もしくはお手軽な弁証法的統一だったりする。
 変化しつづける自分、当てにならない自分、著しく不安定な自分、ひとは皆さまざまな性質を内包している。個々の異質性や多義性を大切に思うなら、個の内にある異質性や多義性にも目配りが必要になる。好みや趣味で自らを律しては、自分のなかに潜む多種多様な価値観を遠ざけてしまうことになる。そのような危機感を覚えたとき、ひとは出発点に、ニヒリズムの「元ネタ」に立ち帰らなければならない。元ネタとは先項の「利己主義、享楽主義、無気力」などである。ひとのなかで最も変わりにくい部分、そこに、「無気力」がどっかと腰を据えている。そう考えれば、無気力にどっぷり身を浸せるのは「文化的先天性」そのものでなかったか、と思われてくる。もしも、この世に才能というものがあるとすれば、無為徒食や意志弱行を除いてなにがあるのだろうか。



投稿者: 一考    日時: 2005年09月20日 23:09 | 固定ページリンク





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