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朝子さんへ
十代の頃、惚れた女性宅への行き帰りに動物園の横を通りました。夜ともなれば、いろんな動物の鳴き声が聞こえて来るのですが、今なお耳にこびりついているのがアシカの叫びです。糸を曳くような切なげな声で、悲しそうに泣いているのです。哀愁に充ちた声を確認すべく、日中かの王子動物園に幾度も通いました。セイウチ、アザラシ、トド、アシカ、似た動物達なのですが、やはり鳴き声は異なります。しかも、昼と夜とでは鳴き声の響きが変わります。セイウチはコントラバスを思わせる重低音、アザラシはホルン、同じアシカ科の生物でも、トドがバスサックスならアシカはアルトサックスになりましょうか。木下大サーカスの曲芸で馴染んでいたものの、かくまで遣る瀬ない声を聴かされたのは、あの時が初めてだったのです。
月日は流れ、私は54歳になりました。昨今では泥酔し寝転がった私を見て、梅子さんは何時も爺トドと呼びます。何となく粗大ゴミより悪意があると思いませんか。私の中でアシカに対する好ましい印象は崩れ去りました。折角のお申し入れですが、ネッシーはトドをうんと大きくしたみたいで、あまり気乗りがしないのです。突き出てきた腹を眺めやるに、私のあだ名は爺トドを通り越して老怪獣になりそうです。
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