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一考 | おでん

 ふたたび北海道のはなし、思い出したのはおでんのネタである。
 1973年の冬、札幌の東急百貨店でタロット展を開催、十日ほどすすきの駅前の東急インでお世話になった。その間、東急百貨店の支店長と東急インの支配人から連夜の接待にあずかった。同ホテルの地下のレストランで馳走になったシャーベット状態の生ハムがとんでもなく旨かったのだが、それは次回に譲るとして、二軒目に連れて行かれた炉端焼屋のおでんについては書いておかなければならない。
 昆布を用いた薄味のだし汁で煮付け、仕上げに生姜入りの味噌ダレをかける。おでんに味噌ダレをかけるのは北海道の他、青森、岩手、静岡の一部、名古屋、福井、京都、香川、愛媛、徳島、九州のごく一部などにみられる。ただし、名古屋は八丁味噌でぐつぐつと煮込むので、おでんならぬ黒でんである。福井が味噌ダレなら富山や石川はと訊かれそうだが、残念なことに同地でおでんを食していない。四国に詳しいのは頻繁に出掛けているからである。

 札幌での具材は蕗、蕨、筍(ネマガリダケ)、昆布巻き、ワカメ、馬鈴薯、焼き豆腐、大根、玉子、菎蒻、てんぷら(薩摩揚げのことで、関西弁に准ずる)の他、ご当地ものにつぶ貝、帆立貝、ホッケのつみれ、鱈の白子などがある。
 つぶ貝は北海道から台湾にまで分布するが、死肉を貪り食ういささか出自のよろしくない巻き貝である。太平洋岸ではツブ、日本海側ではバイと呼ばれるが、北海道ではゴマとの通り名を持つ。地方による個体変異が著しく、道産のそれは巨大ですらある。
 オホーツク産のつぶは刺身が一般的だが、函館の屋台のつぶ焼きや室蘭の地球岬の売店で喰わせるつぶおでんは夙に知られる。地球岬のそれは味噌の煮込みで、いわゆる田楽ではない。大阪でよくみられる牡蠣の土手焼きをご想像いただきたい。函館のそれは神戸の夜店で売っている大貝のつぼ焼きと風情が似ている。函館では生姜を添えた甘辛い汁をつけて食べるが、おでんに辛子ではなく生姜を添えるのは北海道から山形や福島まで北日本では広く行き渡っている。もっとも、つぼ焼きはおでんの領域には入らないが。
 話序でに、大貝のつぼ焼きについて一言。オオガイとの名称は神戸市内でのみ通用する。明石ではホンジョガイ、淡路ではオクガイ、知多半島では大アサリという体幅十センチを超えるウチムラサキ貝のことである。苦みがあって刺身には不向きだが、濃厚なダシが出る。細かく切って栄螺の貝殻へ塩で調味したダシと共に入れ、金網で焼いて頂戴する。あしらいは晒し葱より三つ葉が似合う。白老産のものは苦みが少なく、湯引きでならなんとか食することができる。有名な厚岸産大アサリは内房の三番瀬の大アサリ同様、体幅六センチほどのアサリ属の貝でウチムラサキとは異なる。ツブ、バイ、ゴマ、大アサリなどは俗称なので混同しやすい、現物で識別するしかないのである。
 ウチムラサキは帆立と共にラッコの好物だが、面談に応じた道東のラッコはナイトウェアに極上の昆布を用いるとか、ラグジュアリーな鼬であった。

 道南と青森では小粒のつぶを殻ごと串に刺しておでんにするところもある。ウチムラサキほどではないが、殻つきだとシジミやアサリに勝るとも劣らぬいいダシが出る。腸(わた)がもたらす潮、海風、海藻の香りと僅かな苦み、加えるに昆布の甘味が溶けあった風味は筆舌に尽くしがたい。ダシと言えば、北海道、関西、中国、四国、九州、沖縄は一部を除いて昆布ダシが伝播している。これには北前船が大きく影響している。前述の「てんぷら」もそうなのだが、上方と北海道には共通する文言ならびに調法が多い。
 鱈の白子と書いたが、夏から秋なら鮭の白子もおでんネタに使われる。北海道では鱈の白子をタチもしくはタツ、秋田ではダダミとも呼ぶ。積丹ではその白子を原材料に用いた蒲鉾が作られているが、おでんネタとしてすこぶる美味である。小樽で烏賊の白子を馳走になったが、地方によっては、鮟鱇、鯛、河豚の白子も活躍していそうである。おでんの白子づくしなど、ぜひ味わってみたいものである。
 おでんは第九十八条を削除した憲法のようなもので、根っからだらしがない食い物である。しまりや節度のないもの、腑甲斐ないものは私の好物である。おでんほど野放図な料理が他にあろうか。出汁の取り方から入れる具材まで各人各様であって、これがおでんと言うような定式はどこにもない。言い換えれば、我流にこそおでんの醍醐味がある。それを逆に言えば、我流でなければおでんではないということになる。コンビニで売られている似而非おでんをおでんと呼ぶのが躊躇われる理由である。醍醐味の頭に「そ」を付ければコンビニおでんの概略がお分かりいただけようか。



投稿者: 一考    日時: 2006年09月22日 06:03 | 固定ページリンク





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