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一考 | わが最愛の……

 ウルグアイ原産のパイプ葉を使ったフィルター付き紙巻タバコ「アーク・ロイヤル」が私の好物である。タール 分 18mg、ニコチン分 1.4mgの白地の箱のアーク・ロイヤルである。ただし、好きだからといって普段から喫んでいるわけではない。理由は値が高いからである。
 神戸の元町一丁目に杉本酒販というモルト・ウィスキーと葉巻煙草の専門店がある。最初はオールド・フェッターケアンとタリバーディンのスティルマンズ・ドラムで知り合ったのだが、話し込むにつれ、葉巻のとんでもないプロだと分かった。かなわないひとには逆らわない、黙って教えを請うのが一番である。
 杉本酒販には葉巻紙巻きパイプタバコ総計七百種類を超える商品が揃っている。一度にすべては味わえないので、四年ほどかけて手ほどきを受けた。私はパイプタバコが好きなのだが、仕事中にパイプは嗜まれない、そこで葉巻講座の傍ら、啣え煙草が可能なパイプ葉を使った紙巻タバコを所望した。ご教示いただいた十数種のなかで、もっとも気に入ったのがアーク・ロイヤルだった。パイプ葉を乾燥させるときの黒砂糖の使用量が少ないのであろうか、甘味が抑えられている分、喉にやさしく暖かい印象を受ける。
 しかし、パイプ葉を用いているので、匂いには癖がある。癖があっての嗜好品なのだが、店は半ば公共の場でもあり気が引けるので、癖のない洋モクを吸っている。その場合、煙になればなんでもよいので、手当たり次第である。その対象が最近キャスターマイルドに変わった。理由は十円安いからである。
 そのキャスターマイルドの吸い口に金色の丸いマークが付いているのだが、薄暗い店ではそれが鼻くそに見える。と言うのも、私は幼少期から肥厚性鼻炎で難儀してきた。従って、ひどい時には一箱のティッシュペーパーが数時間で空になる。その代価も馬鹿にならないので、専らロールティッシュを利用する。鏡花ではないが、紙に対する畏敬の念から、我が家ではロールティッシュとの呼称を用い、トイレットペーパーとは呼ばないのである。近頃のロールティッシュはエンボスが施され二重になっているのでトイレでなら五十センチもあれば用が足せる。大半は鼻くその梱包用紙として重宝されているのである。
 ロールティッシュの頌を書いているのではない、鼻くそと私が切っても切れない関係であるという道行を語っているのである。鼻孔を占居する鼻くそは私の最初の連れ添いであって、肥厚し桑実様に肥大した粘膜の隙間から途切れとぎれに吐き出される呼気と水鼻は歓喜にむせび泣く物憂き響きとしか聴こえないのである。誤解を虞れずに申せば、鼻くそを除いて私の人生なんぞ考えられない、文字通り「鼻くそのような人生」を送ってきたのである。
 ある日、親しくしている医師から君の症状は鼻アレルギーだから、二週間酒を断ってみろと言われた。不思議なことに症状はなくなり、件の医師は血管運動性鼻炎だと私に告げて立ち去った。しかし、私から鼻炎を取上げれば、私の人生そのものが無くなってしまうのである。第一に、塩水の蒸気を鼻に突っこまれた小学生の頃は酒とも花粉とも縁がなかったのである。論理的矛盾性はどうなってしまうのか。一昼夜、寐もせずに考え倦ねた私は、死ぬ日まで酒を飲み続けることを決意した。余生は鼻くそと共にあり、それがわが鼻くそへの慈悲であり、アガペーではなかったかと。



投稿者: 一考    日時: 2006年09月04日 23:36 | 固定ページリンク





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