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一考 | 不器用なひと

 表では書きづらいことがあってmixiで裏掲示板を設けています。ただし、精神衛生のために書いているので、まったくの非公開です。平井呈一についてはそちらでないとぐつが悪いのですが、差し障りが生じないように書いてみます。貴兄との遣り取りゆえ、このような問題が生じるのは最初から覚悟していました。一部はmixiからの引用です。

 一つの問題を解決しようとすれば、結果を待たずに新しい問題が次々と生み出されます。はなしが翻訳だけなら答えは明瞭です。しかし、翻訳は修辞法上の問題ですから、それだけを抽出してのはなしにはなんら興味が抱かれないのです。それとかの大先生をはじめ、翻訳は何冊もあるが自分のテキストをほとんど持たないひとがわが国には多いようです。エッセイがあればそのひとの思索のあとを追えるのですが、翻訳だけだと判断のしようがないのです。
 「こんなもの文学ではないな」と言った違和感や失意の表明が自らの作品に対して反芻されないときはディレッタンティズムに陥ります。ゲーテはディレッタンティズムを、自己の行為を客観的に反省しようとする批判精神を欠き、主観主義におぼれるものと性格づけました。そのひとりよがりが端的に顕れるのが翻訳の世界ではないかと思うのです、要するに翻訳家の大半はディレッタントではないかと。
 ディレッタントの花骨を為すのは趣味嗜好ですから、翻訳をいくら積み重ねても道楽の域を一歩も出ないことになります。また道楽ゆえに、原文が内包するイデーを読み解き、それを咀嚼するのでなく、主観にみちた要約や解説の類いもしくは信仰告白に終始します。その消息は貴兄がご指摘なさるとおりで、書くことと訳すこととのあいだには相澤啓三さんがいう「ジョークで跳べない危険なクレバス」があるように思います。
 繰り返します。叙情詩を「個人的主観的詠歎」と主張したのは新倉俊一ですが、彼に倣って日本文学の本情を詠歎文学と名付けたいのです。「古事記」における古代歌謡に現れた叙情的造型様式は「万葉集」で三十一文字となって完成します。そして「王朝貴族の社会になると、詩歌はますます民衆的なエネルギーから遊離していって、洗練された純粋な叙情詩の美学が確立された。それ以来、その特質は、俳句や近代詩に至っても、本質的に変わっていない(新倉俊一)」  彼の論旨を要約すれば、自分で生みだす才能の持ち合わせがなく、転移才能のみがわが邦では発達したとなります。転移才能は短詩型に限りません、翻訳文学などはその典型だと思われます。また、その転移才能を修辞法や美辞学に置き換えれば、はなしの通りはさらによくなります。
 「双面をもつ哲学」の時代にロマン主義的個性の尊重が額面通り存立するのはほとんど不可能に近いのです。そして、内面的な感情の搖れ、心の叙情の動き、夢想の波動、意識の飛躍等々、自我を構成する無数の分子の結合や共振は時代と共に振幅を拡げ、相貌を大きく変えていきます。詠歎がもたらす二元論的懐古趣味や復古思想では時代が要請する課題を読み解くことはできません。問題意識の切実さ、親密さ、性急さ、さらにマグマのように熱く横溢する思考と新しい思想的文体がなければなにごとにも対処できないのです。

 以上が平井呈一について小生が感じる不満です。彼との最初の出遇いはダウスンの「悲恋」(改訳版は「ディレムマ」)でした。情趣溢れる作品の翻訳にはそれなりの味わいがあります。それとディレッタントで思い出しましたが、サッカレーの訳もよかったと思います。ただ、そのような作品に今の私は興味を抱きません。だからといって、「もっとシャープで、もっとそっけな」い、もっと硬質なものを平井呈一に求めたところで詮ないはなしです。
 年月をかけた彼の翻訳に小泉八雲があります。八雲は異文化の衝突のなかを生きただけあって特異な弁証法の持ち主でした。近代化の扱き下ろしと「伯耆から隠岐へ」への賛美は平井呈一のお化け好きと、そして八雲の自らの才能への内省と疑義はいささか下手巧者な平井呈一の小説や俳句とどこか重なり合うような気がするのです。平井呈一にあってはお化けこそがエキゾティシズムであり、自身の素質や能力に対する心細さが翻訳に向かわせたのではなかったか。いずれにせよ、不器用と言いますか、たいそう手ぎわの悪い人生を送られたひとのように思われてくるのです。

 ブルトンのスターリン主義批判の弾劾文はさっそく読みましょう。バタイユの小説よりもドキュマンや社会批評における観念論との闘いに愕かされます、それとよく似た例とも思われるのですが。



投稿者: 一考    日時: 2006年12月04日 06:37 | 固定ページリンク





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