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一考 | 喪失感

 二十歳からお世話になっている新宿の文壇バーが今月で閉店する。どうやら家賃の更新料が工面できないようである。はなしでは取り敢えず新宿の店は閉めるが、他の町で再起をはかられるとの由。しかし、こういう稼業では箱物を失うのは致命的である。新規の出店には金がかかる、店の改装に1000万円、運転資金に2000万円は最低必要である。件の文壇バーは平成元年にゴールデン街から三丁目に移ったのだが、当初の資金は3000万円だったと聞く。ですぺらはその金額をはるかに超えて、なお赤字である。従って、再起の難渋は十二分に理解できる。
 羞ずかしいはなしだが、平成元年まで私は薬物中毒だった。何もできないことからくる不安感、仕事に対する自信のなさ、対人関係における恐怖心、自身の情緒不安定などが私を薬物に走らせた。その店がゴールデン街にあった頃、薬で呆けた私の頬にひっきりなしにマダムのビンタがとんだ。苦い思いだが、一方では感謝している。おそらく、Y・Nさんとマダムのおかげで少しはまっとうな人間になったかと思う。ですぺらがオープンした時も、マダムはかつての飲み仲間を多勢引き連れて来られ、エールを送ってくださった。
 60年代後半から70年代にかけて熱かった新宿を代表したバーがまた一軒消えてゆく。失いたくない文壇バーである。



投稿者: 一考    日時: 2005年08月13日 13:54 | 固定ページリンク





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