ですぺら
ですぺら掲示板1.0
1.0





« 前の記事「訂正」 | | 次の記事「御礼」 »

一考 | 能登の消息

 河崎徹さんが亀鳴屋の勝井隆則さんについて書かれている。龜鳴屋店主のドジ、アホ、マヌケぶりを、出自の裏日本に引っかけて面白おかしく表現なさっている。「裏日本」は差別語ではなかったかと思うのだが、地元のひとが用いるのであれば、差別にもなるまい。私自身、瀬戸内少年愚連隊を気取っていたものの、田舎は高田、いまの上越市である。
 文中「リンゴのプレゼント」のはなしがあって、苦笑いさせられた。中井英夫の葬儀の日、金がなくてオートバイで一号線を北上した。神戸の友人から頂戴したリンゴを後部座席に縛り付けてである。福島泰樹さんが住職を勤める下谷の法昌寺には他にも多くの高級フルーツが置かれてい、表に出ないで台所に籠って皮むきに励んだのを覚えている。
 河崎徹さんが指摘なさった「シャイで恥ずかしがりや」や「一歩さがって」の底辺には貧困がごろんと横たわっているような気がしてならない。勝井さんはどうか知らないが、私などは何事につけ一歩さがるのを常としてきた。飲み屋で一歩さがっていると見兼ねた女将が声を掛けてくれる、飲み屋で一歩さがっているとなにかしら思慮分別がありそうに思われる、飲み屋で一歩さがっていると知らない間に勘定が済まされている等々、どうやら私の頭のなかは飲むことしかなさそうである。
 「シャイ」は内気、気弱、小心、内向的、消極的、遠慮深い、恥ずかしがり、照れ、決まりが悪い、面映い、はにかみ、含羞、帯羞、可羞と続くのだが、この裏面では辱め、恥辱、汚辱、屈辱、冒涜、凌辱、国辱等々が手ぐすね引いて待ち構えている。このように書けば、シャイとはマゾヒズムの謂いではないかと思われてくる。
 酒と色情倒錯では、はなしにならない。私がいいたいのは勝井さんの稟質についてである。いつぞや、ですぺらの前まで来られたにもかかわらず、入店されなかった、その時の気持ちが河崎さんの文章を読んで諒解できたのである。そして、後段では「粋なはからい」が綴られている。「粋なはからい」とは片便宜のようなものなのだが、その辺りの消息が涙ぐましいまでによく描かれている。ジミー・ヴァン・ヒューゼンなら「モダン・ミリー」だし、「ポケット一杯の幸福」といえば私などはアン・マーグレットしか思い出さないのだが、さすがに勝井さんは芸が細かい。場所は真冬の金沢、知識人の悲哀を双肩に担ったがごとき心遣いではないか。それにしても、懲りもせず、厭きもせず、無駄を承知の気配りを繰り返す勝井さんは、やはりただ者ではない。某テレビ局が泉鏡花の番組を拵えていて、それを機会に勝井さんとお会いできるかと楽しみにしていたのだが、諸経費節減を理由に駄目になった。「ただ」でない部分を計りそこねて口惜しく思っている。

 前述の中井英夫の葬儀だが、香典はオートバイのガソリン代に消え、持ち合わせがない。先日、種村季弘さんをしのぶ会があったが、家賃に追われて会費が工面できなかった。「一歩さがる」と言えば聞こえはいいが、私の場合も二歩も三歩も下がらざるを得ないのである。なんやかやと用事を拵えて出版記念会は遠慮させていただいている。展覧会は構わないのだが、身にやましさを感じるので、オープニングは極力行かないように心掛けている。

 http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/iwana/iwana21.htm



投稿者: 一考    日時: 2005年10月27日 23:38 | 固定ページリンク





« 前の記事「訂正」 | | 次の記事「御礼」 »

ですぺら
トップへ
掲示板1.0
トップへ
掲示板2.0
トップへ


メール窓口
トップページへ戻る