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一考 | 「平井功訳詩集」について

月の光に
     J・V・L

あけ方のひかりのやうに
あかるい光(かげ)がこころにしみる
冴えながら淡くけぶつて
唯あをく 唯あをく
光はしづかにこころにつもる
稍につめたく 稍に重く
──気付かぬほどに
しづかに 微かに……

夜は更けて
光は冴えて
猶あをく 猶あかるく
月の光に映(うつ)しだされて
くろぐろとこころの奥にわだかまる
わが身の姿(かげ)は更に黒く

窓を越えて
斜にゆるく流れる光は
猶あおく 猶冴えて
冴えゆくままに
消(け)ぬがに おぼろに昔の夢が
遠い日がふとも浮んで
私を其処に誘ひもするが

月の光のあかるさに
こころは暗い こころは重い
やくざなこころを哀(かなし)んで
さびしく つめたく泪が滲む
嗤ふ力も尽きはてた今
月の光よ 月の光よ
むごく 情(つれ)なく つめたく冴えて

夜は更けて
光は冴えて
夢かとも 霧かとも
すき透つてあをい小さな姿(かげ)は
いつしかに いつしかに数をまして
月の光に
影もなく 響も立てず
遠い日の塵をかすかに舞はせて
昔にばかりあつた森の
今は忘れられた古い踊を
しづかに しづかに舞ひつづける
──遠い日よ 昔の夢よ
思ひ出になほ存(ながら)へて
さしのべる手を嗤笑つて
雅(みや)びに あでに 昔の儘に

つめたく冴えて
さびしく澄んで
しづかに流れて ふと澱んで
部屋の片隅に こころの上に
いつしかに積つてゆく月の光は
私のこころをあざけるやうに

知つてゐる! 月の光よ!
つめたく冴えて
さびしく澄んで
そのやうにはつきりと見せて呉れずとも
昔の夢を前にして
こころは重い こころは暗い
僅かばかりの煩(わづらは)しさにも
猶堪へかねるやくざなこころは

あかりを消した部屋にあをく
唯澄んで 唯冴えて
流れ入る月の光に
音もない影の踊を見つめながら
昔の夢を浮べながら
こころは暗い こころは重い
やくざなこころに滲(にじ)む泪に
つとめて気付かぬ素振(そぶり)はしても

月の光に──


 最上純之介こと平井功の「月の光に」と題する詩です。平井功の名が今に識られている理由のひとつは彼が書誌学をよくしたからです。従って、書誌学を齧ったひとで彼の名を知らないものはいないと思われます。「月の光に」も竹清三村清三郎がかかわった雑誌に掲げられた稿であり、諦念と憂鬱との陰翳が愛情のやわらかい光と相映じて、独自のスタイルをくっきりと示している。
 小出さんは昭和五十三年の「ももんが」に「平井功の蔵書のことなど」を掲載している。豊未亡人の手元に遺された唯一の蔵書グロリエ倶楽部刊本「フィロビブロン」の由来の詳述にはじまり、単行本未収録の訳詩を紹介なさっている。久しぶりに読んだのだが、ポオの詩論の他、さばと南柯叢書の一冊として刊行せられる予定であったスティブンスンの「其の夜の宿」の校正刷りや「驕子綺唱」の原稿等々、平井イサクさんの手元にあった貴重な資料が今ではどうなったのか気懸かりである。
 石川道雄が「書物展望」第十二巻第十号に掲げた「『爐邊子残稾』に繋がりて憶ふ」も平井功に興味があるひとには欠かせない秀逸な文章である。それにしても、ですぺらの若いひとたちが協力して「平井功訳詩集」を拵えるなど、夢にも思わなかった。泪(なんだ)したくなるような快挙である。南柯書局設立の理由はこれまで誰にも語らずにきたのだが、金曜日には喋らせていただこうかと思っている。
 話序でに、「驕子綺唱」についてひとこと。同書は最初、第一書房から発售の予定であった。日夏耿之介監修「さばと頽唐詩叢」がそれで、第一巻が「驕子綺唱」、第二巻が城左門の「槿花戯書(はちすざれがき)」である。
 近刊予告には、

 詩集「驕子綺唱」堀口大学氏序 J・V・L著
 早く詩集「孟夏飛霜」を著して雄麗瑰き(王篇に奇)の荘麗体に少年の日の空想を誇りし作者は、此一巻に臻つてその高普なる詩魂の驕傲にした孤独、狷介にして不覇なるを歎けり。詩境は一展開して昔日の華麗絢爛は見るに由なけれど、しかも詩風の益々明澄にして典雅、詰法の流麗にして清新なるを覚ゆ。天賦の詩才は輝きいでて漸く未踏独自の境地を拓かんとす。

と著されている。ところが製本で第一書房と衝突、我刊我書房発兌、南宋書院発売と変更される。ご存じ、さばと南柯叢書の出版社である。この段階で原稿がまとまり、序詞日夏耿之介、跋龍胆寺旻となった。南宋書院版の近刊予告は金曜日にお見せします。ウオトカを飲みながら豊未亡人、平井イサクご夫婦のお話を伺ったのは一九七三年、翌年に平井功について短い文章を書いたが、「孟夏飛霜」を読んでから既に十一年の年月が経っていた。
 「平井功訳詩集」につづいて「驕子綺唱」を活字にしていただきたい。いかなる協力をも惜しまない、切なる願いである。



投稿者: 一考    日時: 2006年07月19日 23:25 | 固定ページリンク





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