昭和30年代のハイボールと今のハイボールとの違いは炭酸にある。昔の炭酸は出来合いではなく、ドライアイスを砕いて水と共にタンクへ詰める。よって炭酸は強烈、それがバーテンダーの朝一番の為事だった。カウンターには必ず水と炭酸のサーバーが設けられていた。恰度ビールサーバーのように。
ビールサーバーは戦前からカラン(ドラフトタワー)と呼ばれていたが、ハイボールセンターにビールは置いていなかった。もっとも、日本のビールと称する飲み物は生も瓶も罐も中身は同じである。ウイスキー同様、こちらも麦芽とホップを極端に減らしたビール擬きの飲み物なのである。サントリーにトウモロコシ・米・コーン・スターチ等の副原料を使用せず、麦芽100%で製造された「モルツ」がある。86年のことだが、日本人には本物は受けないらしく、早々に発売は停止された。現在売られているモルツとは若干異なるように思う。
「若干異なる」点をいまひとつ。サントリーが最初に売り出した白札はピートを焚いていたゆえに、わが国ではまったく売れなかった。NHKのドラマ「マッサン」は夫婦を軸とした人情喜劇であって、ウイスキーに関することは副産物なのでどうでもよいのだが、エリーの故郷スコットランドに似た北の大地で本物のウイスキーを造ろうとして、また石狩平野には良質のピートがあると信じて余市へ渡るとの設定になっている。石狩平野のピートが使い物になるかどうかはさておき、ニッカは創立以来ただの一度もピートを焚いていない、すなわちフロアモルティングは行っていないのである。現在焚いているのは観光客向けであって、それでウイスキーを造っているのかと云えば否としかいいようがない。理想のウイスキー造りに燃えながら、サントリーもニッカも共に日本人向けの3級ウイスキーを製造していたのだからはなしにならない。啓蒙するのでなく迎合することしか頭にない商売人である。
あまり人口に膾炙していないが、わが国のウイスキーメーカーは原材料のモルトをスコットランドのモルトスターから全量購入している。130ほどあるスコットランドの蒸留所もモルトスターから買っている。アードベッグやラフロイグも自らフロアモルティングをしているが、僅かな量ですべてを賄うにはほど遠い。自社でのモルティングは金銭的に割が合わないのである。