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   <title>ですぺら掲示板2.0</title>
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   <title>投げ遣りな女</title>
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   <published>2012-01-29T20:32:31Z</published>
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   <summary>　研ナオコは天城湯ヶ島町の生まれ、プチャーチン提督もしくはマホフ神父の末裔でない...</summary>
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      　研ナオコは天城湯ヶ島町の生まれ、プチャーチン提督もしくはマホフ神父の末裔でないかと種村さんとはなしたことがあった。種村さんはこの手の話題が好きで、抛っておくとはなしは突拍子もない方へ膨らんでゆく。その研ナオコもまた突拍子もない歌手で、どこかしら捨て鉢な歌唱法とハスキーな発声法が相俟って、わたしはファンのひとりである。「あばよ」「夏をあきらめて」「かもめはかもめ」の三曲は特にお気に入りである。
　シャンソンやファドの歌い手のような良い意味でのと云うことは個性を持った流行歌手だと思う。ただ、作詞家や作曲家に恵まれない、従ってカバー曲を増やせばよいのにと思う。山口百恵や中森明菜のカバーなどいかがかしら。このところ、由紀さおりのスキャットが流行っているそうだが、ならば研ナオコもお薦めである。由紀さおりより不健康なところが良い。水色のワルツや湖畔の宿なども編曲によってはちょっと爛れた曲になる。
　それにしても、露西亞海軍元帥・伯爵の血を引くだけあって、多少のことには動じない。「だから何なのよ」「勝手にすれば」との台詞が似合う助番タイプで、シャイに唇を歪めてみせる。背徳と無邪気が背中合せになった素直な悪女とでも云うべきか。歌同様、チューリッヒのダダイズムを想起させる間の抜けた顔つきには深い味わいがあリ、岩田専太郎から「百年に一人出るか出ないかの不世出の美人」と絶賛される。
      
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   <title>ヌタウナギ</title>
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   <published>2012-01-29T04:00:31Z</published>
   <updated>2012-01-29T04:11:48Z</updated>
   
   <summary>　2007年差別問題に端を発し、日本魚類学会による魚名改名が続いた。アシナシゲン...</summary>
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      　2007年差別問題に端を発し、日本魚類学会による魚名改名が続いた。アシナシゲンゲ、イザリウオ、オシザメ、セムシウナギ、バカジャコ、ミツクチゲンゲ、メクラウナギの類いである。うちメクラウナギはヌタウナギに改名された。これは言い得て妙。
　韓国ではこのヌタウナギをニンニクと炒めコチュジャンで味付けして食す。コムジャンオ・ポックンと云ってよく知られた料理である。ヌタウナギの一種、クロヌタウナギを秋田県男鹿市では棒アナゴと称して珍重する。炙り焼きで頂戴するが、何故か昔からアナゴと云えばこちらの方が一般的。寿司屋へ行けば真物のアナゴと棒アナゴの双方が置いているが、真物を註文するひとは滅多にいない。郷土料理に限らず、地元の食堂や居酒屋など、大概の店舗に棒アナゴは置いている。
　此奴、装訂材料として図抜けた属性を持つ。牛革より強度が勝り、靭やかさでは山羊革より傑れている。韓国や米国ではヌタウナギの革で作った財布などが高級品として流通。繁殖力はそれほど強くなく、食用や皮革用に集中的に漁獲すると資源が急速に枯渇するそうな。
　見落としがありそうなのでなんとも云えないが、ヌタウナギを表装に用いた書物はないと思われる。魚類では鮫革を表紙に用いた書物が戦前と戦中にあるが、鰻は見たことがない。
　わが国では食用として韓国向けに養殖している方がいらっしゃる。ぬめりを取り、細工するのが大変（革が細長いので繋げなければならず、コートだと三百匹分が必要）だろうが、湯川成一さんが使っていない、と云うことは珍にして綺なる限定本になるのだが。湯川といえども、未使用の装訂材料はある。（1月13日14時）
      
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   <title>遠い日</title>
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   <published>2012-01-28T20:47:08Z</published>
   <updated>2012-01-28T20:47:08Z</updated>
   
   <summary>　戸田中央での検査はすべて終了、問題は出なかったようである。最後に肺炎球菌ワクチ...</summary>
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      　戸田中央での検査はすべて終了、問題は出なかったようである。最後に肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの確認、謂わば書類審査である。月曜日の午前中に退院。土曜日は主治医とゆっくり話し込んだ。ドライウェイトを上げるとは聞いていたが、一挙に800グラムも上げたようである。考えられない数値である。現在の心胸比が3.9、800上げて4.2。心電図、エコー共に良好、透析患者にあるまじき心臓だと云われた。
　念のために書いておくと、5.0以下が正常値で数値が小さいほど良好とされる。医師はなにかしらスポーツをしてたのかと訊く、登山とサイクリングかなと応える。この雑談のなかで気付かされたことがあった。
　小、中学生の頃、摩耶山や六甲山を走り回っていたが、わたしは極端に水を飲まなかった。これは自分に敢えて課した試練のようなもので、当時のスポーツ選手は皆さん水を飲まなかった。医師によると、それが結石になりやすい体質を造った、と。移植に成功した折は極力水を飲むようにとの注意を受けた。こんなところに病の伏線があったのかと愕く。
　食事制限でかなりの筋肉が失われた。食事制限とは要するに水分の制限なのだが、それが引き金となって筋肉が水分に分解されたようである。ドライウェイトを守るための食事制限との概念を戸田中央の医師ははじめて理解してくれた。間違えているが、結果的に正しかった、と。
　除水が2000を超えると失神の可能性がでてくる。それを防ぐための逆算なのだが、過去、理解を得るには至らなかった。例えば、もう少し食べたいので、ドライウェイトを500ほど上げてもらえないかなどと云おうものなら、きついお叱りか無視されたものだった。または体重が増えると水の飲み過ぎで片付けられた。きちっと栄養はとって、しっかり食べるものです、と云われ続けてきたのである。
　食事が筋肉になるひとと、肥満になるタイプとがあってその辺りを丼勘定していませんか、がわたしの言い分である。わたしが云う体重制限はダイエットと同じで、肥満タイプはそれなりの覚悟が必要である。飲食を共々計量し尽くして当たらなければ、ドライウェイトなど守られるものでない。況や、移植をすれば生涯ステロイドを飲み続けなければならない。太るのは目に見えている。十キロ、二十キロと増加する例もざらである。移植以降はさらなる体重管理が必要となる。（1月22日12時）

追記
　退院後、東葛クリニックでドライウェイトをさらに200上げて64キロに修正、心胸比が4.38となった。
      
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   <title>通いなれた途</title>
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   <published>2012-01-28T14:42:18Z</published>
   <updated>2012-01-28T14:42:18Z</updated>
   
   <summary>　高額医療ならびに老人医療を避けるための欧州の諸法律は日本人の感覚では理解できな...</summary>
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      　高額医療ならびに老人医療を避けるための欧州の諸法律は日本人の感覚では理解できないであろう。そもそもが延命治療そのものを認めていないし、病院は病気を、怪我を治すところで、養老院ではないからである。
　まず、食事の面倒はみない、看護師が爪を切るとか、身体をタオルで拭くなどという行為は一切しない。痴呆は引き受けないし、動くのはあくまで自力であって手を貸したりもしない。あまりにもドライで、屡々「患者の命は治療に値しない」と役所の担当部署が判断する。それが福祉国家である。わが国でそのような事態が起こればどうなるだろうか。
　とは云え、何があってもわが国でギリシャのような暴動は起きようはずもない。一億二千万の国民を番号順に並べ、個々の余命を「おまえはあと五年」「おまえはあと十年」と国家が決めたところで、唯唯諾諾と付従うのが日本人である。それほどに判断を仰ぎこそすれ、自分で自分を律することを潔しとしない。この志向は明治維新以来変わらない。それをして「坂の上の雲」とは能転気に過ぎるというものである。おそらく、日本人が燃えるのは日比谷焼打事件に見られるように、夷狄排除の機運が高まったときだけである。
　とにもかくにも日本人は変わらない。戦後、アメリカの民主主義が結構となると、それまでの国旗や国歌を打棄り、六十七年を経た今日、未だに認めようともしない教員がいるとか。それなら、星条旗を国旗に制定すればよいではないか。国歌が英語であってなんら不自由はないとわたしは信じる。ラ・マルセイエーズを持ち出すまでもなく、いずこの国歌であろうと国粋主義の手本にしかならない。比して、日本の国歌はすこぶる情操豊かなものと理解する。
　歌詞の原型は古今和歌集賀の部に「わがきみは」、和漢朗詠集には「きみがよは」の初句で、いずれも詠み人知らずで掲げられている。天皇の治世を奉祝する歌と云われるが、古今集時代の「きみ」は、主人、家長、友人、愛人などを意味する二人称、三人称で幅広く使われ、隆達節のような遊宴歌謡にまで伝えられている。
　何度も書いてきたことだが、戦後、昭和天皇は後宮の廃止を宣した。その段階で既に天皇家は滅びへの一歩を踏み出してしまった。消え行くものを愛でるのは日本人の特性のひとつである
　消え行くものすなわち時事は時時であって、その最たるものは災害である。そうとでも思わなければ、今回の原発事故を諒解できない。国家が加害者であるにもかかわらず、その加害者に倍賞を求めてなんとする。本気で国家が倍賞に応じると思っているのかしら。地震の破壊力は加速度で計る。陸前高田が神戸の二百分の一、東京二十三区は三千分の一の規模だった。その神戸で、村山首相は見て見ぬ振りを最後まで押し通した。
　趣味としての自虐を日本人は生きる。深い感傷を抱くが、責任を自己に押し付けることはない。どこの誰でもない、どこかの誰かが常に悪いのである。国民を被曝させた責任の大方はマスコミにある、にもかかわらず、マスコミを誹難し排斥する者はいない。これもまたいつか来た道である。（1月18日13時）
      
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   <title>ANK療法</title>
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   <published>2012-01-28T07:52:53Z</published>
   <updated>2012-01-28T07:52:53Z</updated>
   
   <summary>　「日本では健康保険適用となる手術や化学療法が広く行われる。また、保険適用外の薬...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      　「日本では健康保険適用となる手術や化学療法が広く行われる。また、保険適用外の薬の使用や免疫細胞療法も、自費で負担すれば自由です（自由診療）。しかし、「混合診療規制」により、自由診療を併用すると、保険が利くはずの検査や治療も全額自費負担とされ、標準治療の部分は、免疫細胞療法以上の莫大な出費を強いられてしまう。これが、一般病院で未認可の新薬やANK療法などをなかなか使えない理由のひとつです。せっかく、投与量とタイミングを自在にコントロールできる培養技術が日本人研究家の手で完成、実用化された」にもかかわらず。

　との記事があった。現在、TPP交渉で問題になっている箇所のひとつである。アメリカ側の言い分は、混合診療を認めろとの至って単純なものだが、わが国はどうあっても、混合診療にすると全額保険適用から外すという。
　標準治療だけでは「延命」が目的化している。「CAPDとTPP」で述べた問題と同じ問題がここにもある。命を第一に、健康を取り戻す治療法が目前にあるにもかかわらず。
　医師の多くは標準治療のメリットも限界も知り尽くしている。しかし、一般に保険診療医は自由診療を行わないし、免疫細胞療法の実施経験を持たない。そうした医師を保護するための混合診療規制だとすれば由々しき問題である。医療を票集めに利用するのは止めたがよい、政治の道具から解放すべきである。（1月18日17時）
      
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   <title>CAPDとTPP2</title>
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   <published>2012-01-28T07:49:29Z</published>
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   <summary>　アメリカ・トラベノール社について触れた理由を書く。 　CAPD、要するに家庭内...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      　アメリカ・トラベノール社について触れた理由を書く。
　CAPD、要するに家庭内療法では病院の利益が減る。一部だが、国策によって医学業界は手厚く保護されている。今回のTPPにしても、目本の医療市場がアメリカ医療産業複合体の格好の標的になりつつあることを示しているが、それは70年代から指摘されているところである。
　前例をかなり調べたが、アメリカからの苦情や査問によってわが国の医療費は随分と下がっている。TPPによって医療費が上がるとの意見があるが、そのような事例は過去において皆目見受けられない。少なくとも、医療産業複合体は日本の保険制度を利用しての金儲けを企んでいるのであって、医療体制の改新は考えていないと思われる。
　TPP反対の声にしても、好悪に基づく発言ばかりでなにがどう悪いのか、具体的内容に踏み込んだ意見はあまり見受けられない。賛成するにせよ、反対するにせよ、自らの思想すなわち具体に富んだ論拠を陳述していただきたいものである。少なくともわたしは毎回論拠を示しているつもりである。（1月16日7時）
      
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   <title>CAPDとTPP</title>
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   <published>2012-01-28T07:46:28Z</published>
   <updated>2012-01-28T07:46:28Z</updated>
   
   <summary>　本稿はすべて引用である。引用なら括弧で閉じればよさそうなものだが、文章が分かり...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      　本稿はすべて引用である。引用なら括弧で閉じればよさそうなものだが、文章が分かりにくいので編輯し、新たな書き込みを加えた。原典は前述と同じ（http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/america.html）なので、若干の重複がある。

　70年代に這入って透析医療の保険点数が高く設定され、民間の透析施設が急増。その結果、83年には私立透析施設は全透析施設の64.0パーセントを占め、全透析患者の74.7パーセントを占めるに到った。
　その自由化（民営化）によって、透析患者一人当たりの年間医療費も外来ベースで1,000万円から600万円にまで低下。国民医療費に対する比率は患者増にもかかわらず減少傾向になった。
　外来医療費ベースで透析患者の総医療費を計算すると82年度で2,879億円となり、同年度の国民医療費13兆8,659億円の2.1％である。透析患者の薬や検査等を除いた人工腎臓のみの費用は1,750億円で、国民医療費の1.445パーセント。
　欧米で普及しているCAPD（腹膜利用連続透析法）は、英国では45.5パーセントで普及率は血液透析とほぼ拮抗する。わが国でも84年3月より保険適用となったが、点数設定、実施医療機関の基準の問題などで普及に大きな隘路がもうけられ、同年６月現在、保険請求可能な医療機関は全国でわずか20箇所にすぎない。
　「CAPDが日本で普及しないのは、保険点数が低いからである。これは非関税障壁だ」とのアメリカ・トラベノール社（CAPDの独占企業）の要求で、摩擦解消という高度な政治判断も加わってCAPDの保険点数は段階的に引き上げられたが、この種の要求がなければわが国の医療はなにひとつ動かないし変わらない。この点、厚生省と教育委員会はよく似ている。

　わが国の病院の器械・設備の保有率は欧米諸国のそれを大幅に上回っている。例えば高額医療機器の代表ともいえるCTスキャナーの設置台数は82年で人口100万人につき18.5台であり、アメリカの10.7台の1.7倍に達し、その差は開くばかりである。CTスキャナーにせよ、内視鏡にせよ、エコーにせよ、検査は一年に一回で良いのだが、病院を変わるたびに検査が繰り返される。その理由のひとつがパソコンによるカルテのデジタル化である。病院ごとにシステムが異なるために共有化がなにひとつ進まない。デジタル化が逆に足を引っ張るとは。こうしたところにも、医療の意味のない高額化の原因があるのだが。
　それら機材と比して、人材面の水準は諸外国のそれを大幅に下回っている。厚生省「医療施設調査」によると100床当たりの職員数は一般病院でも84.6人、全病院では76.5人（82年）にすぎない。それに対してアメリカのコミュニティ病院の患者100人当たり常勤職員数は376人（82年）に達し、欧州の一般病院でも100人は大幅に上回っている。わが国の最高の看護体制である特類ですら、欧米諸国のナーシングホームの水準にすぎないのである。（1月16日6時）
      
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   <title>薬価その他</title>
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   <published>2012-01-26T21:26:11Z</published>
   <updated>2012-01-27T08:00:05Z</updated>
   
   <summary>　ニューヨーク特にマンハッタンは全米で医療費がもっとも高いようだが、ハワイは比較...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      　ニューヨーク特にマンハッタンは全米で医療費がもっとも高いようだが、ハワイは比較的安い。透析費用は一回あたり580ドル、個人の申し込みだと670ドル。わが国は一回あたり43000円だから、さほど変わらない。ただし、薬価は、
　EPOGEN　$75/1000U
　Ferrlect　$56.90/12.5mg
　Zemplar　＄40/2mcg
となってこちらは結構高価である。
　上から遺伝子組み換えエリスロポエチン (EPO) 製剤のエポジェン。
　ferrlecitは造血薬、グルコン酸第二鉄ナトリウムと同じ。
　Zemplarはパリカルシトールと同じ。
　パリカルシトールは腎不全患者の副甲状腺機能亢進の治療に使用されている物質。がん治療の分野で研究されている。パリカルシトールはビタミンdアナログという種類の薬物である。

　上記は「医療費」で日本の薬価は高いと書いたので、その逆を調べたまで。
　現在、新薬を開発する能力を持つのはアメリカ、ドイツ、スイスと日本ぐらいなもの。先般、震災の影響で某薬剤が手に這入らなくなった。原産国のアメリカより、ジェネリック（でないと自称している）の国産が高いとはどういうことよと耳を疑った。
　先発品と後発品は副剤が異なる。なかには副剤が異なるがゆえに後発品（ジェネリック）でないとする薬剤もあって、わたしのような素人には識別がつかない。薬価にはお国柄がありそうで、比較して高いの安いのといろいろである。
　いずれにせよ、わが国の安価な医療費は人件費、要するに医師、看護師、技師らの薄給によって支えられている。それと比して心臓ペースメーカー、PTCAカテーテル、人工関節等々の機器の価格は欧米の2〜4倍以上、ものによっては十倍近い機器もある。

　追記
　文芸書は安価だが、医学書は下手な限定版より値が高い、医師の書物代は給料の十倍は掛かると云われる。勉学に勤しむ医師にとっては痛い出費である。同情を禁じ得ない。（1月15日20時）
      
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   <title>医療費</title>
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   <published>2012-01-26T15:26:11Z</published>
   <updated>2012-01-26T15:26:11Z</updated>
   
   <summary>　「まず、日本の薬剤の平均価格はイギリス、フランスの約2.6倍、ドイツの1.4倍...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      　「まず、日本の薬剤の平均価格はイギリス、フランスの約2.6倍、ドイツの1.4倍、アメリカの1.2倍と言われており、ペースメーカなどの一部の医療器具や医療材料には、欧米の数倍もの値段が付いていたりします。それなのに何故、逆にアメリカでは日本と比べてこんなにも医療費が高いのでしょう。
　その理由は例えば日本では一般病院のベッド100床に対して医師数は13人、看護師は44人以上が施設基準ですが、アメリカでは医師は72人、看護師は221人にもなり、アメリカでは日本の5.5倍の医師と、5倍の看護師がいると言うわけです（1998年OECD統計）。また同じような規模での病院の職員数を比較した資料では、ボストンのSE病院ではベッド数350床に職員2011人、病床数310床の日本の国立病院では総職員数200人で、アメリカの方が約10倍であるとのことです。このような職員数格差を考えれば、アメリカの医療費が高くなるのは当然だという気もしますし、もっとゆとりのある手厚い医療や看護も可能だろうと思われます。
　このようなコストを問題にしないのなら、アメリカの基準の方が優っているのは当然で、多くのマスコミがこのコスト格差に触れることなく「アメリカの医療・看護はずっと手厚い」と安易に報道することは、国民の皆さんをミス・リードし兼ねぬものと危惧します。
　因みに日本の大学病院には、研修医や無給医局員という若い医師たちが多数存在し、職員数不足を補っていますが、薄給或いは無給ですから、医療費は高騰しないのです。そのほかにアメリカで大きく日本と違うのは、医療費自体が統一価格でないこと、州によって医療費が大きく違うこともあるようです（http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/america.html）」

　との記事があった。「アメリカの医療・看護はずっと手厚い」とか「アメリカの医療・看護はずっと高価」との書き込みは同じ種類のミス・リードを起こす。いずれにせよ、諸外国の医療費と日本のそれとを単純に比較することはできない。文化的差違を考慮しない比較は浅薄な結果を露呈するのみ。（1月13日13時）
      
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   <title>英国で透析打ち切り</title>
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   <published>2012-01-26T15:22:40Z</published>
   <updated>2012-01-26T15:22:40Z</updated>
   
   <summary>　旧い新聞記事で恐縮だが、欧州と日本の医学内容を比較するに適した資料である。なお...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.despera.com/bbs2/">
      <![CDATA[　旧い新聞記事で恐縮だが、欧州と日本の医学内容を比較するに適した資料である。なお、現在ではその差はますます開きつつある。

　「「値せず」と透析打ち切り/施設暮らしの貧しい男/英公立病院・患者協が調査要求」『朝日新聞』1985.01.11夕刊、15面。
　英国の公立病院が、施設暮らしの貧しい男の腎臓の人工透析を「患者の命は透析に値しない」と打ち切ったところから、論争が起きている。……事件が起きたのはオックスフォード市の公立チャーチル病院。2年前から通院、週2回透析を受けている44歳男性の治療を新年早々打ち切った。「彼は知恵遅れで精神分裂病。透析の基準に合わない」というのが理由。生命線を絶たれた男性の容体は悪化した。男性が住んでいる施設の寮長から連絡を受けた英腎臓病患者協会が治療費を全額負担、ロンドンの私立病院に7日入院させてひとまず急場は切り抜けた。……同病院に対する批判と同時に問題になってきたのは、透析施設の不足。100万人に22台という5年前の状態から、現在は33台まで増えた。しかし、ヨーロッパではベルギー、スペインの61台、西独56台、フランス44台に比べて大幅に遅れている。毎年、2千人が透析を断られており、ホームドクターは45歳以上の患者を病院に送ることをためらっているともいわれている。 65歳以上になると、公立病院で透析を受けられる可能性はほとんどない。……<注>1983年末現在で、日本には約24,500台の透析機器がある。人口100万人当たりで210台。透析の必要な患者の2.2人に対して機器1台がある計算で、欧州諸国に比べてかなり高い水準となっている。それでも「いちおうの数は足りているが、地域的なバラつきが大きく、まだ不足がちな地方もある（全国腎臓病患者連絡協議会事務局）という。

　文中の人口100万人当たりの透析機器の数は当てにできない。わが国にあっては慢性質不全の治療は透析（しかもそのほとんどが血液透析）によって行われているのに対して、欧米諸国では腎移植が治療の中心だからである。しかも、透析は根治療法でなく対症療法にすぎない。
　当掲示板で幾度となく触れてきたが、わが国の臓器移植は血液すらままならない。五体満足でなければ地獄へ堕ちると云った類いの迷信がいまだに蔓延っているからである。血の池、針の山、竜巻地獄、死屍糞泥の地獄など因果応報の地獄絵ワールドを拵えた仏教僧の罪は大きい。穢多非人などの差別問題と相俟って、寺は諸悪の根元である。もっとも宗教は他宗教に対する差別意識やエリート主義を自らの帰属意識のエネルギー源にする。仏法僧を非難したり、傷つけたりすると無間地獄に落ちるといわれる。なんと勝手なことよ。（1月13日10時）]]>
      
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   <title>ブルーノート</title>
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   <published>2012-01-25T01:28:07Z</published>
   <updated>2012-01-25T01:28:07Z</updated>
   
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      　一時帰宅したついでに、駅中書店でブルーノートのマイルス・デイヴィス（CD）を購入した。隔月で全七十号なので、到底生前には揃えられない。それでも買うのだから、それだけの思いがブルーノートにはあった。D51やGTR、和時計や天球儀などさまざまな組み立て玩具が月々発行されるが、この手の企画が完結することはほとんどない。
　新刊屋で本を買うなど、何年ぶりかしら。二十五歳の折の連れ添いがジャズと民謡の気違いで、大阪外大を卒業後、マイルス・デイヴィスを生で聴くために米国の大学へ通ったという強者だった。考えてみれば、わたしより五、六歳年長のひとは一人残らずジャズに狂っていた。その彼女が拙宅へ来るようになった理由は、ブルーノートのレコードが揃っていたからだった。
　ブルーノートについては当掲示板で書いた記憶があるが覚えていない。最初に贖ったのはソニー・ロリンズで、確かわたしが十四か十五歳の時だった。盤が厚く重量があって、相当に値が張ったのを覚えている。針を置いて愕いたのは、曲と曲とのあいだが完全に無音になることだった。日本のそれにはノイズが這入っていて、無音のレコード盤は存在しなかった。
　マイルスはとんでもない自信家で、人品は好きでなかったが、音は間違いなくクールだった。ご多分に洩れずハーマン・ミュートに惹かれた。ブルーノートでなかったが、マイルスの枯葉（イン・ヨーロッパ）をはじめて買ったとき、聴きながら涙したのを覚えている。
　音楽は別にして、ナルティストでありながら、「わたしはアーティストでない」と宣言しつづけたキース・ジャレットのインプロビレーションに当時は感心したものである。いずれにせよ、わたしのように遅れてきたジャズファンにとって、ハード・バップもモード・ジャズもなかった。歴史的時間は平面に置き換えられて一挙に押し寄せてきたのである。
　発祥の地の神戸で４トラックのカラオケが流行ったのが67、8年頃、流石にジャズはカラオケに這入っていなかったが、民謡は今以上に収録されていた。彼女はカラオケ（当時はカラオケ店などなく、所謂スナック）へ行くと何時も民謡で、日本のあらゆる国の民謡を唄っていた。
　拙宅のブルーノートだが、他のレコード（クラシック）も引っくるめて彼女にプレゼントした。爾来、音楽は余程のことがないかぎり聴かなくなった。それが彼女へのせめてもの罪滅ぼしと思っている。彼女には学研文庫でご登場願っているが、増田さんや辻さんは彼女を知る数少ない友人である。（1月15日19時）

追記
　iBookのパソコンで聴いたが、良い音をしている。ただし、昔聴いた曲と曲とのあいだの無音の部分は端折られている。曲のあいだの遊びがないのである。
　中学生の頃のジャズ喫茶バンビーを思い出す。一日中、バンビーにいたような気がする。長くA子ちゃん（下中A子、バンビーの主のような女性）とわたしの指定席だった一階の階段の下、身の丈ほどあるスピーカーの前で身体を小刻みに震わせていた。わたしが行くと、なにも云わずに、ブラック珈琲とA列車で行こうが最初にかかる。往時は小脇に送られてきた睦郎さんの詩集を抱えていた。嫉妬と羨望の対象でしかなかった三冊の詩集とジャズ・・・・・・。（1月18日21時）
      
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   <title>あぶ玉</title>
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   <published>2012-01-24T21:37:59Z</published>
   <updated>2012-01-24T21:37:59Z</updated>
   
   <summary>　奇妙な病院食が昼食で出た。「あぶ玉」といって玉子を薄揚げでくるんだものの煮付け...</summary>
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      　奇妙な病院食が昼食で出た。「あぶ玉」といって玉子を薄揚げでくるんだものの煮付け。他に菠薐草の添浸し、辛子和え、ひじきの煮物などが盛られていた。決して不味いものではないが、このような食い物ははじめてである。
　一度揚げの厚揚げはおでんに使う、玉子を入れるのは二度揚げの薄揚げをおでんに使うための小細工と思うが、なかなかに洒落た食い物である。関西にはこういったものはなかった。何人かの看護師に聞いてみたが、戸田中央総合病院にしかない食べ物ではないかということになった。念のため、戸田では知られた料理人に訊ねたが誰も知らなかった。ちなみに、狂言や昔話に見られる狐の好物は鼠の油揚げであって豆腐の油揚げでない。
　もう少し調べてみようと思うが、おでんの具材にこそ相応しい。それ故、どこぞにありそうな食い物である。ご存じの方がいらしたらご教示いただきたい。（1月20日17時）

追記
　先程、栄養士が来たのであぶ玉について質問。東京のひとだというが、さまざまな料理本に掲載されている料理だという。ポピュラーな料理ですが、名称が違いましたっけと仰有る。さて、不明を恥じるのはどちらか。
　戸田中央ではヨーグルトが頻繁に出てくる。リンが多いので、前回の入院先で揉めたばかりである。わたしは平気だが、透析患者にいかがなものかと思う。少なくとも、こちらの栄養士とは肌が合わない。
　減塩醤油や減塩ソースの類いはサプリメント同様、健康なひとのための食品である。塩分を除いた替わりに、カリウムが大量に這入っている。そしてメーカーはカリウムの量を明記していない。そのようなことも知らないで、栄養士対調理師とのはなしなど不愉快である。

追記2
　帰宅後、検索すると「あぶ玉」はいくらでも出てくる。恥じ入るのはわたしだった。
      
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   <title>雪日和</title>
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   <published>2012-01-24T21:04:47Z</published>
   <updated>2012-01-24T21:04:48Z</updated>
   
   <summary>　退院後、そのまま戸田中央から東葛クリニックへゆく。ポリープ摘出後の病理組織検査...</summary>
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      　退院後、そのまま戸田中央から東葛クリニックへゆく。ポリープ摘出後の病理組織検査報告書を受け取りに行ったのである。「グループ３の診断だった」が、口頭でなく書類で必要と云われたのである。
　東葛クリニック宛の透析に関する書類も持参した。序でに失神のこと、心臓マッサージを受けたことなどを話す。明日は心臓マッサージを用意して迎えなくてはと早速素見されてしまった。
　明けて火曜日、前夜からの雪は98年3月の大雪以来とか。東葛クリニックへ一時間遅れで到着。もちろん、はじめての透析遅刻である。昨日持参の書類を皆さん読んだらしく、失神のはなしで持ちきりだった。戸田中央の医師が稀に見る壮絶な失神とこと細やかに記したようで、若干羞ずかしい思いをさせられた。
　寒さのせいか、透析中に戻すひとや終了後に動かれなくなるひとが続出。看護師が車椅子を持って走り回っていた。何時ものことながら、賑やか且懐かしいクリニックである。あちらは若い子、可愛い看護師が多かったと云えば、二、三人連れて帰ってくればよいのにと男性の看護師。誰しも思うことは同じである。
　失神の詳細は前項のごとく。「肋骨は大丈夫ですか」云々は心臓マッサージは肋骨の骨折が多いからである。次の日の深夜に血圧が元に戻ったが、大きなダメージを受けてしまった。
　今回の入院は病室でなにをするでもなく無為に過ごした。従って二十篇ほど書き散らかしたが、順不同で載せてゆく。次回は二月十三日（月曜日）、一日だけの入院である。

　女房の内視鏡検査で大腸ポリープが見付かった。即行で除去したようだが、生検の結果が出るのは一日。本人は知らなかったので、いささかショックを受けたのかも。それにしても、通常は初回の内視鏡検査で除去手術はしないものなのだが、よほど患部が安定していたものと思われる。年を取れば全員が大腸ポリープもしくは癌に引っ掛かるようである。彼女の退院は予定通り、二十六日の午後、わたしは透析を終えてから迎えにゆく。
      
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   <title>意識消失</title>
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   <published>2012-01-24T11:47:05Z</published>
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   <summary>　前回が前回だけに、今日の透析には不安が残る。失神のたびに全身に痙攣が走り、筆舌...</summary>
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      　前回が前回だけに、今日の透析には不安が残る。失神のたびに全身に痙攣が走り、筆舌に尽くせぬ激痛が全身を駈けめぐる。失神に関しては皆さん同じかと思っていたのだが、まったく違うことに気付かされた。
　今回分かったことは脚が痙るのは皆さん同じ症状として、傾眠、昏眠、昏睡などの状態に這入るに際し、二、三秒のタイムラグがあるらしい。要するに、意識が割と簡単に持って行かれるのである。その間、看護師は声を掛けつづける、と云っても名前を呼んでいるだけだが。というふうな非常におとなしい状況の方が多いのである。
　それと比してわたしの失神は賑やかであり派手である。ドタンバタンと七転八倒の構えであり、失神に至るタイムラグが非常に長い。気を失うことに対する気構えができていないというか、わたしは失神に逆らっているのである。逆らうなどと云ったものではなく、闘っているのである。最後の最後まで抵抗しつづける、どうあっても、失神が嫌なのである。その精神の拒否反応が身体の強い反応を導くかのごとく。
　また、失神の最中にも、意識は行きつ戻りつを繰り返している。看護師に云わせると、馴れていないだけらしいが、かようなことに馴れようとは思わないし、そのような云い方はないだろうとも思う。アダムス‐ストークス症候群だとの意見もあるが、徐脈、顔面蒼白、意識障害、癲癇様痙攣など表層の症状から窺うにそうなのかもしれない。尿・便の失禁の経験はないので、昏睡にまで至っていないのかもしれない。
　戸田中央は入院患者が多いので、重篤な患者の比率が高く、月に十名ほどの失神者が出るらしい。失神は脳貧血がもたらす短時間あるいは一過性の意識消失なのだが、わたしの場合は少々時間が長すぎるようである。痙攣の中心部は腰から腹なのだが、きっとその辺りの血液が何等かの理由で不足するのだろう。そして痙攣が終わったあとも、無関心や傾眠が執拗く尾を引く。
　いずれにせよ、透析をはじめる前から失神はつづいている。脳貧血と酸素不足が理由だとしか云いようがないのだが、医師は分からない、前例がないと云う。医師に分からないことはわたしにも分からない。ただし、症状を書き連ねることはできる。いつの日か、明々白々になることを願いつつ。（1月21日11時）
      
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   <title>透析時の失神</title>
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   <published>2012-01-24T10:03:03Z</published>
   <updated>2012-01-24T12:07:49Z</updated>
   
   <summary>　十九日の木曜日、朝から透析だったが、運悪しく失神。透析をはじめて二回目のブラッ...</summary>
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      　十九日の木曜日、朝から透析だったが、運悪しく失神。透析をはじめて二回目のブラックアウトである。血圧が100を切っていたのでなんとなく危ないなとは思っていたが。
　透析がほぼ終わるまでは大丈夫だったのだが、血圧がどんどん低下、やばいと周章てたときは70を切っていた。そのまま60を切り、計測不能になった。どうやら血圧計を引きちぎったようである。まるで全身が腓返りにあったよう。とにかく記憶の中では腰の激痛がつづくのだが、それをうまく表現できない、そのもどかしさに身体はますます硬直する。
　吐き気と全身痙攣がはじまったまでは覚えているが、強直と間代に繰り返し襲われる。こういうときは定石通り、看護師はベッドの頭と脚の部分を高くするのだが、それがどうにもならない苦痛を腰に与える。その苦痛に襲われるたびに呼吸困難に陥って意識が一部戻っているように思う。脚部を下げてくれと何度も何度も頼むのだが、その願いが意識下のことなのか、無意識のことなのか定かならず。おそらく、意思表示が意思表示になっていないのか、看護師は云うことを聞いてくれない。
　そのうち、女性の看護師が気付いてベッドを下げてくださる。そう、こういうときは患者の無意識な冀求を読みよって欲しい。定石は定石であって、いつも通じるとは限らない。無意識には無意識の領域や体系があって、意識を理解するには無意識側の穿孔から覗くしかないのだから。
　なお、痙攣がつづき、あとはまた闇のなかへ沈んでゆく。例によって簡易式の心電図を胸に貼っていたが、どうやらそれも暴れて壊したようである。強烈な心臓マッサージを受けたのを朧に覚えている、意識が戻ってから肋骨は大丈夫ですかと、繰り返し聞かれた。身体が落ち着きを取り戻し、時計を確認したところ、一時間半が過ぎている。それから三十分ほど放心状態。今回は四、五人の看護師によって救出されたが、大層な騒ぎになってしまった。透析室から車椅子にて帰還。
　予後、透析室の看護師加藤あすかさんが病室を訪ねてくださる。かなりな部分に記憶が残されていることに、看護師は愕いていた。完全に気を失っていたのに、と。失神にも個体差があって、十人が気を失うと十通りだそうである。特に腰の痛みをここまで強調されたのははじめてのケースだと。
　彼女によると2300を除水し、戻したのは600、別途300ccは汗で流れ出していると。確かに、シャツもパンツもパジャマごと、びっしょりと濡れていた。次回はさらに注意を払うので、ドライウェイトを500は上げてくれと、注意を払わなければならないのはこちらなのだが。やはり2000を超える除水はわたしには鬼門のようである。さらなる量的食事制限が必要である。
　痛みをさらけ出すのは素裸になるようなものである、ベッドを舞台に何度ストリップを演じてきたことか。そのようなとき、経験を積んだ看護師がいてくださるのはありがたい、屈託ない看護師は患者を勇気づける。そして脚を下げることに気付いてくださった加藤さんに感謝。手を握りしめ、忝ないと繰り返す。

　失神しているあいだに女房が検査入院したが、満室で特別室を提供されたようである。応接室、風呂、トイレ、炊事場、大型冷蔵庫、大型テレビが付いた病院で一番豪華な部屋である。誰が金を払うのよと思ったが、病院の責任ですから結構です、と嬉しいことを云ってくださる。土曜日はそちらで風呂へ這入ろうか。
　その特別室があるB館の看護師が勇気ある決断をなさいましたと彼女に伝えている。若ければともかく、歳を経てからドナーになるのは思い切りが必要になる。女性は男性より検査項目が多い、例えば乳癌検診のためのマンモグラフィーや数次に及ぶ尿検査などが付帯する。彼女は膀胱の造影検査や胃カメラの経験があるものの逆流性胃炎を疾んでいる。それ故、喉に異物が這入っているあいだはずって戻し続けるという。今日はその嫌な胃カメラを飲まなくてはならない。済まなく思っている。（1月19日17時）
      
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