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2012年11月 アーカイブ


2012年11月27日

見舞い  | 一考   

 明石から見舞いが来、それは嬉しいのだが、風呂へ這入れには困惑する。サイトメガロと骨折双方と折り合いを付けなければならない。たつて書けば、近所のスーパーから買ってきた烏賊の煮付けやチーズを喰えという。腎不全に罹った病人にいくらなんでも烏賊やチーズはないだろう。食事療法に関する本を読むからと彼女は持って帰っている。
 見舞いは見舞いであって、当人は好きなものを食せばよい、気を遣う必要はどこにもない。ただし、ひとに勧めるのはいかがなものか。風呂についても、東葛クリニックで看護師から五月蠅く云われた、「あなたは一人住まいだから、風呂には最大の注意を払ってください」「朝、あなたが来なければ、自宅へ走るのはわたしたちなのですから」と。この言葉には隠れてそっと泣かされた記憶がある。入浴中に発作が起きればそれまでである。そして発作が起きたこともある。軽い発作ゆえ、ことなきを得たが。
 隆さんに緑茶を運んで貰った。一日に最低一本は飲まなければならない、よって十本あっても一週間でおしまい、いくらあっても間に合わないのである。今のわたしに茶の類は運ばれない。明日、ボルボの持ち主が千葉市から三郷まで車を運んでくださる。ありがたい話である。最初は車庫証明の取得だが、一週間ほどで走られるようになる。これで買い物も自分でできるようになる。もう少しの辛抱である。


2012年11月26日

腎センター  | 一考   

 普段女子医と書いているのは、東京女子医科大学付属病院のことである。その女子医の元病院長が東間さん、09年からは戸田中央総合病院の名誉院長である。彼が腎センターの生みの親であり、戸田で腎移植をはじめた張本人、今までに2000例の腎移植を手掛けている。同時にイタリアのジオスに乗るサイクリストである。
 失礼ながらわたしと同じく、足の短い方なので、シートチューブもピラーも控えめ。平日は10キロ、休日ともなれば50から100キロは多摩川河畔を走っている。ジオスはフレームの立ったかなりハードな自転車、かつ素材はコロンバスである。レイノルズの方がよろしいのでは、と思うのだが、彼にしてみれば大きなお世話であろう。イタリア車に乗るひとにはそれなりのこだわりがあるのである。


2012年11月25日

ボルボ S80  |  一考

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 VOLVO S80のT-6 型式 GF-TB6284 排気量2,780 cc 走行距離は73,972 km 平成26年6月までの車検付き。
 T-6は2.8Lの直6エンジンをツインターボで過給したモデル、馬力は270から280、トルクは400 Nm、100 km/h到達時間は7秒を切る。全長4850(4660)、全幅1890(1760)、全高1495(1415)。括弧内は前の850の寸法。
 「クリーン・シティ・リムジン」と銘打たれた、ボルボのフラッグシップサルーン。排気量が大きくなった分、前の車よりさらに走ると思う。今回は名義変更、ナンバープレート取得、その他の事務手続きはすべて当方で処理する予定。
 ボルボでこれ以上の高級車はない、それにしてもやけくそである。胸はずきずき痛む。


2012年11月23日

バリキサ錠  | 一考   

 サイトメガロウィルスが暴れまくっている。今回は前のように一筋縄で行きそうにない。
 エイズや癌、あるいは臓器移植で免疫力が低下するといろいろな感染症にかかりやすくなる。サイトメガロウイルス、カリニ原虫、カンジダ等々、ふつうなら感染しにくい微生物にまで侵される。
 バリキサは保険対応の薬で、サイトメガロウイルスの増殖をおさえる抗ウイルス薬。もう少し詳しく書くと、サイトメガロウイルスに直接作用する化学療法薬。ウイルスの遺伝情報をもつDNAの複製をじゃますることで、ウイルスの増殖をおさえる。DNAポリメラーゼ阻害薬とも呼ばれる。
 サイトメガロウィルス感染で起こる肺炎や肝炎、腸炎、食道炎、目の網膜炎などの治療に用いる。完治は難しいが、進行をおさえ病状を落ち着かせることができる。通常は一日二回、一回二錠らしいが、わたしは一日一錠服用している。一部の免疫抑制剤と抵触するようである。
 サイトメガロウィルスにかかって怖いのは肺炎だが、その胸のあたりが重く、痰が切られない、気道がいがらっぽく咳が収まらない。この咳が胸骨の骨折には最大の敵である。微熱はないが、日曜日から完全な下痢、体調管理がよろしくないと、また医師から苦言を呈されそうである。

追記
 カンジダ菌の増殖を阻害するフロリードゲル経口用は大量に用いている。保険対応外の免疫抑制剤を拒否したので、対応する薬剤でもって凌ぐしかない。


痛みの種類  | 一考   

 ケンタン錠について書いた。ロキソプロフェンナトリウムだけあって、痛みに効く。効くが腎臓の状態が状態だけに、強い薬は控えるようにと瀬戸口医師から窘められる。一日二錠は欲しいところだが、もっか一錠以下で我慢している。以下と書いたのは痛みによって飲まない日もあるからである。
 いつぞや肋骨を二箇所骨折したときがあった。胸骨同様、呼吸の度に動くのでギブスが填められない。当時は若かったので一箇月で治ったが、今回はそうは行くまい。
 しかるに骨折である。胸部であれ、手脚であれ、指先であれ、似たものである。頭蓋骨の陥没ならともかく、直接命にかかわるようなものでない。要は怪我である。
 腎臓の移植手術で感じたのは痛みの鮮烈さである。昨今は内視鏡手術が普及し、摘出手術であっても三、四日の入院で済む。なによりも痛みがない。それと比して開腹手術は壮絶な痛みを伴う。できれば二度と経験したくないと思っている。

 瀬戸口医師からロキソプロフェンナトリウムとゲファルナートに変わるレバミピド(胃薬)を頂戴した。三郷の病院で交通事故なら健康保険は効かないと云われた。正しくは健康保険は無効だが、そこは目をつぶってということになる。瀬戸口医師にあちらの病院へはもう行かないと告げたところ、薬を手当してくださった。忝ない。


2012年11月21日

MJQ  | 一考   

 このところジャズのCDを買っている。いかなる種類のオークションであれ、わたしは最初に自分が入札した上へ再入札することはない。従って、先週の日曜日に車でこれというものが出品されていたが、ことごとく外してしまった。
 車はともかく、CDで必ず外すのがMJQである。海外では5枚セット、10枚セットなどで旧盤が覆刻される。しかし、MJQにはかような覆刻が少ない。おそらくそれが人気の理由だと思うのだが、ミルト・ジャクソンがそれほどの演奏家だとは思わない。
 ソニー・クラーク、ウォルト・ディッカーソン、ジョン・ルイス、ホレス・シルヴァー、マヌエル・ヴァレーラ、フィリー・ジョー・ジョーンズなどは他に入札者がいないようである。マル・ウォルドンはわが国でも随分と活躍していたが、人気はなさそうである。情念過多の彼の演奏は昔のバンビではやんやの喝采だったのだが。バンビーのマネージャーも確かマル・ウォルドンのStablematesのファンだったと記憶する。ジャズの世界でも時代と共に人気は動くのだろうか。


DVDプレイヤー  | 一考   

 mac用のDVDプレイヤーが必要になった。拙宅のどこかにあるはずなのだが、雲を霞と消えてしまった。ヤフオクでmac用で検索するととんでもない高値で、呆れ返ってしまった。大概のものならウインドウズ、マック共通で使えるはずである。特にLogitecかLacieならドライバなしでも認識するはず。
 mac用なら5000円、同じ商品がウインドウズ用なら1000円である。これって良い商売になるのかもしれない。
 「最初の一週間」と題する阪神淡路大震災のCDを買った。漢字トーク7.1以降対応と書かれている。OS Xが発売されるのが2001年だから、当然なのだがOS 9までしか対応していない。震災のあったのが1995年1月17日、もっとも不安定だったSystem 7.5の時代でないだろうか。7.5が安定する漢字Talk 7.5.5が発売されるのは震災から一年以上を経た1996年のことである。
 他にも阪神淡路大震災のCDを数種類持っている。わたしにはまだまだOS 9が必要なようである。


2012年11月20日

腎臓癌  | 一考   

 佐々木幹郎さんから電話があって、尿管結石で激痛に見舞われて救急車で入院。CTスキャンで腎臓に癌が発覚、除去手術を施したようである。
 この場合、対応を急ぐのは当然癌の方である。腎臓は近隣をリンパが走り、腎臓そのものが血管の集積場である。癌が転移すれば大事になる。わたしは尿管結石でなく、腎結石を患った。腎臓の結石が流れ出して尿管に詰まると、尿管結石ということになる。
 現在の泌尿器科では腎結石が理由で腎不全に罹らないようだが、わたしの場合は悪化した。その理由は未だに正確には分からない。結石が表面化してから、腎不全の発症までに15年ほど掛かっている。
 例えば、「わたしは認知症に罹らない」と云うのは嘘である。何人であっても罹るのだが、問題は生前にそれが表れるか表れないかの違いである。病全般も同じで、生前に症状が顕著になるかならないかの違いである。それは一種の運命であって、自分の意志ではどうにもならない。
 幹郎さんの腎臓の生理検査を知らないので、それが命にかかわるような病だったかどうかは分からない。ただ、いかなる病であろうが、時を経れば命にかかわるようになる。発見は早いに越したことはない。例え早くとも、わたしは手当が遅くなって命の遣り取りを演じることになった。


2012年11月13日

胸骨骨折  | 一考   

 あまりの痛さに悲鳴をあげて、拙宅の近所のみさと健和病院へ、白亜の大きな建物である。もっとも、ほとんどの病院は白色に塗られているが。そこの救急外来の外科へ抛り込まれる。心電図、エコー、CT、レントゲンで胸骨の骨折と判明。上部肋骨と胸骨は隣り合っているので、さすがに識別できなかったようである。医師の結論は最短でも一箇月半は痛みに魘されると。みさとの医師は戸田中央の瀬戸口医師と随分と話し合っていた。おそらく用いる薬が抵触しないかどうかだと思う。
 さて、その薬だがアセトアミノフェンを処方されるも、これならカロナールと大差ない。痛みに効きますかとの質問に、もうひとつケンタンを用意していると。
 CTスキャンを撮ったが、骨折が明確に判明したのはレントゲン、それよりもCTルームに驚いた。一面がブルー一色で見渡す限り熱帯魚が描かれている。
 熱帯魚の想定に、海の魚はあるまいが、鰺か笠子の一匹も泳いでおればわたしは嬉しいのに。かつて松戸から上野まで三時間と書いたが、似た状況に戻ってしまった。こういうことの繰り返しのなかに死んでゆくのかもしれぬ。


2012年11月11日

外来  | 一考   

 次回外来は15日だが、電車に乗って戸田まで行けるかどうかが心配である。それほどに胸が痛い。しかし、行かねば薬に困る、免疫抑制剤は余分に貰っているが、バリキサは日数分しか貰っていない。3日もしくは一週間に一度の血液検査がある。それと銀行へ行く必要が生じた。
 弱り目に祟り目と云うが、ぐつの悪いことはつづく。まるで川久保病院へ入院した時のよう、あの頃はどう考えても八方ふさがりだった。ひとつ押さえ込むと次の難関が待ち受け、またひとつ押さえ込むと、の繰り返しである。これも年齢がもたらしたものなのか。
 ひとの身体は一度狂いはじめると箍がはずれる。そういえば、箍が緩むで老いぼれるの意になる。川久保の折も端はオートバイ事故による骨折だった。そこへ腎不全と憩室からの大量出血。今回も三つも四つもの病と怪我が一気に押しよせてきた。一つならなんとか対応できるのだが。さるにても、健康を失うとはげに怖ろしきもの。


2012年11月10日

BGM  | 一考   

 中村さんが見舞いに来られた。それは有り難いのだが、かなりの金数を包んで来られた。そのような関係ではないので、お断り申し上げたところ、ウィスキー代だという。
 ウィスキー代なら拒否することもあるまいとありがたく頂戴する。これはCDの購入費にあてるつもり。次店舗はカラオケだが、BGMでジャズをかける。既に200枚ほど購入したが、前回とは異なり英国と独逸の音源が中心である。ビル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスには特に力を入れているが、国産とは音質がまるで違う。赤坂のですぺらでもコピーを取っておくべきか。

追記
 ジャズピアノだとアート・テイタムも良いと思う。


激痛  | 一考   

 追突したのは自分である。従って相手の身体の心配をこそしなければならないが、二日目になってわたしの方のダメージもはっきりしてきた。上部肋骨が二箇所おかしい、記憶のある痛みで寝返りや立ち上がる時にひどく痛む。ひびが這入るか骨折のどちらかである。いずれにせよ、肋骨は呼吸と共に動くので医師にも手の施しようがない。一箇月は痛みがつづくと思われる。
 エアバッグが素知らぬ振りだったが、どうやらハンドルの中は空だった。それでハンドルに胸が激突したようである。相手側の速度は40キロ、よって当方は50乃至60キロぐらいか。一瞬だが寝入っていたので記憶はなにもない。胸の痛みや心痛では意味が異なる、鈍痛の類だが、黴菌からくる胸の重さはふっとんだようである。
 今まで追突されたことは何度かあるが、わたしが追突するとは。これでは大型二種の免許が泣く、かなり落ち込んでいる。
 拙宅にある頓服はカロナールとロキソプロフェン、こんなものでは効かないが、ないよりはまし。次回の外来の折にでもレントゲンを撮って確認するとしよう。


2012年11月08日

追突事故  | 一考   

 はじめて事故を起こした。病院の外来は朝が早いので、帰りはいつも眠たくなる。危険を予知しながらの事故である。走りながらの追突、ボルボは前方が完全に壊れた。居眠り運転の典型である。もっとも迷惑なのは相手の方なのだが。物損か人身かは時間が経たないと分からない。
 代わりの車をどうするかだが、ボルボにするか、トヨタのE-JZX100にするか、迷っている。都合の良い車は急には見付からない。
 とにかく事故を起こすと忙しい。警察官から「あなた事故ははじめてだね、もっとちゃんとしなさい」と叱られる。こちらのことより、相手のレッカーを呼んだり、帰りの車を手配したり、保険会社との応対に追われた。まだその渦中にあって、忙殺されている。事故についてはまた。


2012年11月07日

感謝の一字  | 一考   

 日常で思い出したが、昔、コーベブックスで出版をしていたころ、給料は安く、昇級もなし、ボーナスもなしだった。にもかかわらず、そのような条件であってもわたしと一緒に為事をしたいと云う若者たちがいた。生活を考慮すれば当然収入に思いを致す。それを振り切っての参加希望である。そういう人たちに支えられて出版部があった。
 仲間の大方は書店員であり、昇級やボーナスの時期には顔を綻ばせていた。だが、出版部にそのような慶事や恩恵はなかった。しかし、書物を造る造形的慶びがあり、造った書物を売るために全国の書店を歩き回る満足があった。
 手分けして九州から北海道まで、切符だけを持って営業に訪ねるのである。金がなく、食費はおろか寝泊まりの面倒まで相手にみていただく。おかげですぐ仲間意識が芽生え、ひとを紹介され、他店を紹介され、どんどん人脈は拡がった。アナログの世界ゆえの人とひととの繋がりの強さ、堅さがあった。
 お互い様だが、あの頃はひとが訊ねてくるのは大変なことだった。東京から某出版社の誰それが訊ねてくる。それがマイナーな出版社で、かつ反体制の書物を上梓しているとなれば、大騒ぎである。大阪、京都の書店員まで集めて酒盛りである。その場で三百冊、四百冊の註文を取り纏める。それが良かったか悪かったのか、口コミの世界は担当者がいなくなるとあっけなくお仕舞いになる。いつしか、あの熱気はゴールデン街に封印されたようである。
 書いておくべきことがある。前述の酒盛りに時間制限はなかった。夜中の三時であれ、五時であれ、酔っ払いが徒党を組んで拙宅へくる。もし女房が寝ていたとすれば誰かが叩き起こす。明日為事だと云ったところで、それはあんたの勝手、酒を温めろ、肴をつくれと、落花狼藉。わたしがお付き合い願った女性は狼狽えもせず、みなさん平気で対応していた。二人して二十人前の天婦羅盛り合わせと烏賊と菎蒻の煮付けを造ったこともあった。感謝の一字あるのみ。


保険外治療  | 一考   

 日本はアメリカと違って国民皆保険である。しかしながら、これは形式的な問題であって、アメリカと日本の医療の実態はさして変わるものでない。先日も書いたが、もっとも親しくさせていただいた某作家も最後は保険外治療(アメリカの製薬会社による点滴剤)を拒否して逝った。要するに、保険治療だけではどうにもならないのが実状なのである。
 透析治療のことも書いたが、30万人の腎不全患者が月45乃至50万円の治療費を使っているが、その総額は癌患者の高額医療費(保険対応)の5パーセントに満たないと聞く。癌とはかくまで金を喰う病なのだが、その癌(に限らないが)自体、最終的に健康保険で手に負える病気でない。言い換えれば、先進医療はおろか、高度医療の大方は保険適用外なのである。
 今回の入院でよく分かったが、健康保険の高額医療費で目一杯落としてなお600万円ほどの実費を必要とする。保険治療と保険外治療の乖離を知った。悪口になるが、日本の健康保険に関する費用は安い、従って治療もそれに相応しい安価なものに限られる。
 アメリカでは民間保険だが、この保険にはわが国の保険外治療の多くが含まれる。ただし、1000万とか2000万円の上限が設けられている。他方、わが国は前述したように国民皆保険なので、民間保険に重複して這入るひとは極端に少ない。問題は複雑に絡み合っている。さて、あなたならどちらを選ぶだろうか。もっとも、国民に選択肢はない、外資系の民間保険加入者が急速に増えている、とだけ云っておこうか。要するに医療の世界ではとっくにTPPどっぷりなのである。


2012年11月05日

日常とは面妖なもの  | 一考   

 中村さんから電話があって見舞いに行くという。時間がないので遠慮していただき、病院へなら来てくださいと伝える。
 中村さんからもニャル子さんからもパソコンがどうしてネットに繋がらないのかとの質問を受けた。ですぺらでは最も遅い ADSL に繋いでいた。ゲームはまったく興味がないので、回線は遅くて結構。で、ADSL に繋がっているので、携帯電話はネットに繋がる必要がどこにもない。今は店の営業は止めて家にいるので、家の電話が一本繋がっておればそれで良い。よって、病院ではどこへもつながらない。
 携帯電話、スマホ、iPadの類、パソコン等々、繋げれば回線料がいくらあっても足りないし、通信会社の陰謀に乗せられる気はさらさらない。当方の携帯電話は月額1200円以下だし、拙宅の光通信は電話賃込みで5400円、通信費の総額が6600円を超えることはない。要するに、一回線だけ繋がっておればよいのである。このフレッツ光にしても、NTTがメタル回線を撤去しているので、やむなく維いでいるだけで、本来なら3000円のADSLで十分なのである。
 最近電車に乗るので、三十路にもなってゲームをしている人を屡々見掛ける。カードを集めるらしいが、あれは小学生のめんこ遊びだろう。膝の上でモバイルを開け、同時にスマホに見入っているオッサンがいる。莫迦じゃないのかと思うが、彼にとっては日常生活そのものが回線で埋められている、面妖な日常があったものである。そのようなひとがいるから障害者や病人が座られなくなる。
 ミクシーかフェイスブックか知らないが、あのようなものに嵌まるようでは戦後のこぢんまりした為合せはまだ当分つづきそうである。あのようなメディアは若松孝二の死すらをAKB劇場に仕立ててしまう。


想定外  | 一考   

 先日、ひかりTVについて書いた。NTTるるぶとの会社である。電話があって本人かとの確認のあと、どうなっているのかと質問があった。どうなっているのかを聞きたいのはこちらであって、佐川急便のご不在連絡票に連絡先が一切記されていない。聞くところによると取り置きは二週間だそうである。その間、二度拙宅へ戻り、本社の方へ配達を希望するも、午後四時までの配達は出来ないと云われた。ちなみに、佐川急便以外の荷物はすべて入手した。これではどうにもならない。配達時間にどうしていないのかとの質問に、入院を伝えると向こうは黙った。再度送るとのことだが、同じことの繰り返しになるのでないだろうか。NTTるるぶにとって想定外とはこのようなことか。マニュアルではどうなっているのだろうか。

 マニュアル人間との名付け親は藤井康男で1985年らしいが、この短い期間に、あちらこちらでマニュアル人間が増え続けている。最初は喫茶店のようだが外食産業全般に拡がり、やがてサービス業、営業職へと際限なく拡がってゆく。これは他人の身になるというか、推し量る能力の欠損で、およそ想像力が働かないのである。為事に限らず、存在それ自体にマニュアルが必要になっているようである。教員や役人や議員は特に。


2012年11月04日

黴菌  | 一考   

 買い物を済ませた。米。牛乳、茶、寿司、刺身(鰤はらみ、鳥貝、海胆、鮪少々)、野菜等々。手術以来、はじめてジーパンを履く、這入らないかと思っていたが大丈夫。
 久しぶりの日常生活。いつまで三郷に居られるか分からないが、黴菌は早く処理したい。健康なひとならなにも起こらないが、免疫がまったく失われたわたしにとっては健康人そのものがとんでもない外敵である。とりわけサイトメガロウィルスは困りもの。ちょいと身体が弱っている。
 moonさんと免疫抑制剤について話し合う。毎月200万円の出費を余儀なくされた知己がいるそうな。200万円の出費を何箇月続けられるのだろうか、金の切れ目が命の切れ目である。
 この消息は他人事にあらず。アメリカの薬剤購入かなわず、つい先頃複数の知己が癌を患って逝った。点滴一回分百万円と云っても、治療にあらず、単なる延命策に過ぎない。余命を金で買う、そのことについて当事者と語り合った。強面の作家が目にうっすらと涙を浮かべていた。詳細は伏せるがmoonさんもまた、免疫抑制剤もしくはその代金と長年闘ってきた。健康保険で間に合うような在り来たりの病気だと良いのだが。
 隆さんから300万円なら出すよ、との電話。ありがたく伺うが、そういう問題ではなかろう。金もさることながら、それ以上にこころの問題でないだろうか。二箇月の入院は長い、腎移植がもたらした結果とその後の過程に少々疲れたと云うのが本音である。


脳内出血  | 一考   

 成田一徹(本名成田徹)さんが亡くなられた。新聞によると、「8日の夕、都内の駅で脳内出血のため倒れて救急搬送、14日死去、63歳。」とある。血圧が少々高いとは聞いていたが、そこまでとは思っていなかった。もっとも、私自身、160から200の間を行ったり来たり、お互い何時死んでもおかしくなかったのである。
 中島さんが書かれているように、成田さんとは母校が一緒だった。学生時代のはなしをしたおそらく唯一の友人でなかったか。成田さんが中島さんと共にですぺらへいらしたとか、身体が不自由になって店を続けられなくなり、失礼をいたしました。
 「神戸は大震災で人肌の暖かみや歴史を刻んだ沈黙の声があらかた消えてしまった。その幽かな残り香を絵にしたいんですよ」と彼は語る。その残り香を宝石を拾うがごとく、彼は蒐集した。長田にはシャイなひとが多い。寂しがり屋であかんたれ、恥ずかしがり屋で照れ屋、だからこそ、そんな彼が大好きだった。

 http://ittetsu-narita.com/blog/


2012年11月03日

友の死  | 中島俊郎   

成田一徹さんが急逝しました。
渡辺さんと母校をともにするとよく言っていました。
美味しいモルトをご馳走になったこともよく話していました。
一度、いっしょに貴店に伺いましたが休店でした。

ご存じと思いますが、お知らせまで。

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