毎日自動車川口さんがいらして話し込む。そのなかで生き甲斐はとの一言があった。余分(ノイズ)な人間に生き甲斐などあろうはずもないのだが、川口さんが相手なら少しは真面目に受け答えしなければなるまい。
素晴らしい詩歌に出合ったとき、旨いウイスキーに出あったときなどは嬉しい。読めば良いというものではなく、飲めば良いというものでもない。きっとそれがこだわりなのだろうなと思う。気にしなくてもいいようなことにまで好みを主張するのをこだわりという。それ故、こだわりという言葉は好きでない。しかし、こだわりといった方が通りがよろしければこだわりであっても一向にかまわない。
再読したくなる詩人は明治以降10人もいれば十分だし、年間2、3千本輸入されているウイスキーのうち旨いものは3、4本である。それらにうまく逢着できるかどうかは偶然である。よって、生き甲斐とは必然性の欠如を意味する。
金沢のおでん屋で赤玉というのがあるが、丸い練り天のなかにウズラの玉子が這入っている。それを見つけたときの嬉しさは筆舌につくしがたい。仕合せとはそのようなものであり、その仕合わせを生き甲斐といったところで不具合はない。長谷川さんの土産はもう一品あってSHIMIZUのブランデーケーキである。甘みを抑えカラメルの利いた頗る美味いケーキだったが、無添加にもフランス産のXOブランデーにも興味はない。ただ、岩手県一関市で日本ではじめて育成された菓子専用小麦「ゆきはるか」には興味をそそられた。
日本の小麦粉はグルテンの量によって薄力粉、中力粉、強力粉、全粒粉と分類されているが、フランスのファリーヌ・ド・ブリは灰分量によって実に細かく分類されている。日本の小麦粉は概してタンパク質含量が多くかつグルテンが強いのでもちもちした食パンには適しているが、パン作りのために使用される小麦粉(強力粉)のほとんどは外国産である。例えば、フランスのそれはたんぱく質の量が少なく、グルテンを必要としないフランスパンに向いている。はなしが脱線したが、日本の小麦粉は大半が中力粉である。ゆきはるかのようなグルテンを落とした薄力粉が生れたのは慶賀である。そして、長谷川さんとの出会いがわたしにゆきはるかを齎した。これは出会いで有り、悦びであると同時に生き甲斐でもある。
追記
もちもちしたパンにわたしは閉口している。もっとぱさついたフランスパンが食べたい。わが国の小麦粉は旨すぎるのである。グルテンを落としながら官能評価点が高い小麦粉が開発された。本品は製菓適性に優れた小麦粉だが、今後さまざまな小麦粉が育成されることを願う。