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全盲の顧客   一考   

 

 障害者には身体障害者、知的障害者、精神障害者、発達障害者が含まれる。1996年(平成8年)に優生保護法は、母体保護法に名称が変更され、優生思想を名目とした妊娠中絶を認める法規定は削除。2013年(平成25年)、国会で「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が成立、2016年(平成28年)4月1日に施行。
 当掲示板で障害者について触れたことはない。1万人の障害者がいれば1万通りの障害がある。要するに、一般論としての障害の概念が掴めないからである。書くことにとどまらず、話すことすらわたしは避けてきた。大方のひとは自分の障害については多弁になるが他人の障害については無口になる。要するに、自己の障害が客体化されていないのである。
 ですぺら明石でさまざまなひとと出会った。そのなかでもどうしても忘れられない方がいらっしゃる。名は井筒紀子〈みちこ〉さん、全盲である。視力に障害があればこそ、ウイスキーの香味にかんしてはプロ顔負けの非凡さを有している。目明きはラベルで飲み、銘柄で判断する。彼女はまったく異なる、先入観がなにもないのである。それゆえ、わたしはウイスキーの説明は一切しない。蒸留年、ボトリング年、熟成年数、使用した樽の種類、蒸留所名、その地域、そういった御託は何の役にも立たない。彼女が飲んでその香りを佳しとし、喉を過ぎゆく液体を旨いと思うかどうか、唯々それだけである。彼女を通して、問われているのは常にわたし自身なのである。わたしにとって最高の顧客、それが井筒紀子さんだった。
 彼女となら障害について自由闊達にはなしができた。彼女のなかで障害が客体化されているからである。障害者の自死についてすらはなしは及んだ。彼女が自らの障害を克服するに払ったであろう苦衷の大きさに思いを致したい。それゆえ、不味いウイスキーは出されない、間違いは許されない、個々の個性を十二分に発揮した樽を選ぶためにわたしは全力を傾注した。バーテンであることにわたしははじめて悦びを感じたのである。

 ウイスキーに限らないが、飲めば飲むほどに好みは霧散してゆく。繰り返すが、ウイスキーを味わうとはどういうことか、その基本をわたしは彼女から教わった。20年前はボトラーズボトルしかなかった。ボトラーズのシングルモルトはシングルカスクである、一樽ごとに香味は異なる。碌に飲みもせず、飲む地域や銘柄を決めるなどもってのほかである。

追記
 お名前を掲げるに井筒典久さんの許可を得た。閉店に際し、彼女のことはどうしても書いておきたかった。井筒家に深甚の謝意を表したい。


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2018年10月24日 07:14に投稿された記事のページです。

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