横浜元町の煙草屋ヒュミドールには喫煙外来のPOPが張り出されている。「手巻き・パイプ・葉巻などに関するご相談を承ります。お気軽にお立ち寄り下さい」。以下はケムリエ創刊号から引用する。
不用意に「何かおいしいたばこある?」などと訊こうものなら、「ありません」と一言のもとバッサリ。その心はこうだ。もし˝おいしいたばこ˝なるものがあったら、それ一つだけでことは足りる。煙草屋の商売は成り立たない。メーカーもそれぞれ一所懸命˝おいしい˝ものを作っている。だが、それがまさに嗜好品というもので、万人にとっての˝おいしいたばこ˝なんてあり得ない。
この消息は煙草屋に限らない。ショットバーでもっとも困るのが、「何かおいしいウイスキーをください」と訊かれることである。「1000本のなかから選んで持ってきた90本ですが」と応えると、今度は「マスターのお薦めをください」とくる。スコットランドのシングルモルトの蒸留所は129箇所ほどある。大半はブレンデッドウイスキーに用いられるが、グレーンウイスキーのような没個性のウイスキーは端から置いていない。バックバーのウイスキーはすべてお薦めである。「では、マスターのお気に入りをください」とくる。「いいんですか、高いですよ」で話は終わる。
自分で決まられないのなら水を飲めばよいのである。それか端から順番に飲んで好みのウイスキーを決めれば良いのである。ウイスキーを知らない方が知ろうと思えば最低一箇月は通って頂きたい。そうすると、わたしにも相手の好みが分かってくる。分からなければ、なにを薦めてよろしいのか、雲をも掴む思いなのである。
ハーフで飲めば1回で10杯は飲まれる。それを5回繰り返して頂ければ、相手の好みのおおよそは把握できる。そうすれば、129の蒸留所の違いについて自在に語り合えるようになる。客と店主との晤語はそこからはじまるのでないだろうか。