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感謝の一字   一考   

 

 日常で思い出したが、昔、コーベブックスで出版をしていたころ、給料は安く、昇級もなし、ボーナスもなしだった。にもかかわらず、そのような条件であってもわたしと一緒に為事をしたいと云う若者たちがいた。生活を考慮すれば当然収入に思いを致す。それを振り切っての参加希望である。そういう人たちに支えられて出版部があった。
 仲間の大方は書店員であり、昇級やボーナスの時期には顔を綻ばせていた。だが、出版部にそのような慶事や恩恵はなかった。しかし、書物を造る造形的慶びがあり、造った書物を売るために全国の書店を歩き回る満足があった。
 手分けして九州から北海道まで、切符だけを持って営業に訪ねるのである。金がなく、食費はおろか寝泊まりの面倒まで相手にみていただく。おかげですぐ仲間意識が芽生え、ひとを紹介され、他店を紹介され、どんどん人脈は拡がった。アナログの世界ゆえの人とひととの繋がりの強さ、堅さがあった。
 お互い様だが、あの頃はひとが訊ねてくるのは大変なことだった。東京から某出版社の誰それが訊ねてくる。それがマイナーな出版社で、かつ反体制の書物を上梓しているとなれば、大騒ぎである。大阪、京都の書店員まで集めて酒盛りである。その場で三百冊、四百冊の註文を取り纏める。それが良かったか悪かったのか、口コミの世界は担当者がいなくなるとあっけなくお仕舞いになる。いつしか、あの熱気はゴールデン街に封印されたようである。
 書いておくべきことがある。前述の酒盛りに時間制限はなかった。夜中の三時であれ、五時であれ、酔っ払いが徒党を組んで拙宅へくる。もし女房が寝ていたとすれば誰かが叩き起こす。明日為事だと云ったところで、それはあんたの勝手、酒を温めろ、肴をつくれと、落花狼藉。わたしがお付き合い願った女性は狼狽えもせず、みなさん平気で対応していた。二人して二十人前の天婦羅盛り合わせと烏賊と菎蒻の煮付けを造ったこともあった。感謝の一字あるのみ。


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2012年11月07日 10:05に投稿された記事のページです。

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