こちらは冷房の効く車のはなし。
ボルボの調子がよくなったので、立杭(今田町)へ出掛けた。県道75号(小野藍本線)を選んだが、天神北で道に迷う。三田西ICから溝口、相野経由で逆方向から三本峠へ這入った。16年経てばこのようなものか。往き帰り走って何となく道の印象が戻った。次回は間違わずに行かれそうである。
県道75号以外にも国道372号線、もしくは314号(大川瀬吉川線)から20号線との道もある。吉川経由はワインディングが楽しまれるが、ボルボで峠は無理である。
国道372号線は京都府亀岡市から兵庫県姫路市に至る一般国道だが、わたしが離れている間に様変わりした。例えば、京都府亀岡市と兵庫県篠山市の県境になっている天引峠直下を貫通する天引トンネルが昔は存在せず、幅員狭小かつ急曲線な天引峠を越える山道だった。また、野村河高バイパスの旧道となる社町駅東方のクランク箇処が2005年にに拡幅、湯の花温泉界隈では幅員3mほどの狭隘かつ線形不良な離合困難箇所を多く抱えていた。
もっとも変わったのは現日置バイパスで、篠山市辻から同市八上上に至る旧道は人家連担地区を通過する狭小な道路で、なかには人家の中庭を擦り抜けるような箇処すらあった。
阪神・淡路大震災の際には国道2号や阪神高速道路、中国自動車道をはじめとした東西の交通が寸断されたことから、国道372号全線が東西の通過交通対策ルートに指定され、代替機能を担うこととなった。7本のバイパスによって拡幅整備され、旧道の面影はなくなった。
今田町では清水千代市さんと旧交を温め、市野悟窯の市野哲次、市野英一、市野秀之、丹誠窯の大西誠一さんの作品を鑑賞した。千代市さんがギャラリーを設けて26年になるが、陶房にいらした佐藤さんは12年前に退職したそうである。一緒に備前の窯元を走り回ったのを思い出す。写真は大西さんの一輪挿し、白丹波窯変である。
ところで気を遣わずに車を転がすとチェックランプは元に戻ってしまった。コンピューターのリセットはなんだったのだろう。騙し騙し乗るしか手はなさそうである。