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衣揚げ   一考   

 

 某辞書では「江戸で発達したてんぷらは、明治以降も東京名物としてますます盛んになり、全国的に広まっていった。江戸前の海が東京湾と名を変えても、ここでとれる魚貝類はてんぷらに好適であったのである。羽田の穴子、小柴の濱の車蝦、沙魚、銀宝、女鯒、白鱚などはとくに有名だった。当時の東京のてんぷらは、衣を厚くしてごま油を用いて高温で揚げるので、表面がすこし焦げるぐらいに揚げるのを特徴とした。関西では薄衣をつけ、サラダ油などで淡泊に揚げたが、現在ではこの関西式の揚げ方が一般化している」
 書いたのは関西人と思われるが、この記述は間違いである。関東と関西では今もむかしも揚げ方ならびに油の調合はまったく異なる。胡麻油は常温で圧搾すると淡黄色の油が得られるが、わが国では事前に胡麻を炒る。従って、搾られる油は黄褐色で特有の香りと味をもつ。特に関東で使われる黒胡麻(くろしぼり)と云う胡麻油はその香りが強烈である。「えびはいさ どこにも勝る 江戸前は 油は胡麻の 香に匂ひける(酔狂老人卍)」
 関東ではくろしぼりをメインに、綿実油(最近は大豆油が増加している)などさまざまな油を調合するのにたいして、関西では綿実油をメインに1、2割ほど白胡麻(しらしぼり)もしくはくろしぼりを入れる。よって胡麻油特有の香りは関西ではほとんど見受けられないか、縦んばあっても淡い。
 子供の頃は値を気にしたことがなかったのでわたしには下手物も上手物もない。食い物に関してはただ旨いか不味いかだけである。で、この旨いか不味いかなのだが、これは慣れがものをいう。わたしは臭いや匂いに敏感で、例えば大蒜などは身体が受け付けない。同様に、胡麻油の香ばしさが強烈すぎて駄目なのである。従って、てんぷらは関西に限ると思っている。

 てんぷらが江戸の人気を博したのは屋台の食べ物として庶民に歓迎されたからで、天明(1781‐89)の頃の黄表紙には多くの屋台が登場する。それらの挿絵から推すに、屋台の天ぷらは串刺し、今日いう串揚げの先達だった。蜀山人の「左に盃をあげ、右にてんぷらを杖つきて(から誓文)」という一節も、当時のてんぷらの形状を示唆している。当初は、もっぱら屋台が中心だったが、嘉永(1848‐54)頃から居つきの店も多くなり、当時の著名料亭の中にはてんぷらを看板にする店も現れ、てんぷらは名実ともに東京名物となった。
 関東大震災で東京のてんぷら職人が関西へ移住したため,以降阪神地区のてんぷら技術は著しく向上したといわれる。その逆に天つゆの代わりに塩(粗塩の他、抹茶、柚子、山椒などを混ぜる)を用いる関西流の食べ方が東京へ拡がった。これはてんぷらに止まらず、関東煮、すき焼き、鮨、蕎麦など多くの技術の移転乃至東西融合が行われた。
 「此世をハ と里や お暇尓 せん古う能 煙りと供尓 者ひ 左樣なら(十返舎一九)」食べログのグルメレビュアーで識られる酔狂老人卍さんは著す。「昭和の頃天麩羅で名高きは、淺草「中清」、銀座「天金」、新橋「橋善」。この内、今になほ商ふは纔かに「中清」のみ。今をときめく天麩羅店は粗方、銀座「天一」、神田駿河臺「山の上」、神田猿樂町「天政」、茅場町「みかわ」の流れを汲む。何れも京坂の技法を取り込みたる輕やかな味はひ」 と。

 前述の辞書で「てんつゆは、みりん1、しょうゆ1、だし汁1の割合で混ぜ合わせ」るとある。これはとんでもない間違いで、だし汁の比率は4か5になる。作って食べてみれば分かったろうに、語釈を書くとはそこまで実証してみないといけないのである。天つゆは近代に這入ってからの食べ方で、江戸時代には醤油をかけて食べていた。
 余談ながら、湯豆腐のつゆの割合も天つゆと同じである。ただし、天つゆは甘く、湯豆腐のそれは辛く作らないといけない。従って、味醂を焼き味醂にする。現在の味醂の成分はアルコール分13パーセント前後,糖分37パーセント前後である。よって火をいれると入れないとではまるで香味が異なる。


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2013年04月12日 08:09に投稿された記事のページです。

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