昨夜、高橋睦郎さんが小澤實さんと来店。永田耕衣、多田智満子、水嶋波津のはなしになった。睦郎さんによると、わたしのことを「神戸の美少年」と云ったのは多田さんらしい。そのような時もあったかと往時の多田さんの貌を思い浮かべた。死期が近づいてきたからか、近頃、多田智満子、山本六三、広政かをるなど、十代の頃の夢をしきりに見る。
三島由紀夫が自ら果てる直前、激賞した作家に水嶋波津がいる。明治二十九年新潟県村上市に生れ、結婚後北朝鮮にわたり、三十年を経、岡山県美作に住む。岡山を代表する俳人でありながら、読書子からは等閑視されている。著書に「遠樹集」「扉音」「螺鈿」がある。
初日やゝ狂気を帯びて出でにけり
天国は地に在りと射す寒の月
晩夏といふ時の扉がひらく音
寒梅の紅一言につきにけり
春たけなはふとよこしまに匂ふ泥
海ほゝづき鳴らし五体が暗くなる
ひとすぢの血もなき鯉のあらひかな
晩年のわが指を膝にそろへおく
はがれたくなりてはがれし螺鈿かな
一冊の書物のごとき捨て氷
女とはどこも悲しい抽斗か
気がついてみれば地面も仮面かな
反撃をせんとて冬の蜂あるく (「螺鈿」より)
追記
「気がついてみれば地面も仮面かな」の仮面は生地の豪雪を描きしもの。水嶋波津には雪の句が多いが、彼女の飛躰はまるでシュルレアリスムのそれである。