放置バーと云ってもSMバーではない。ですぺらでは客が放置されるの意である。わたしは放置バーが好きである。どうせ大した話などあろう筈もない。昔からバーへ行ったときは黙して飲むことに専念する。酒だけは大したものだからである。
佐々木幹郎さんがアイラ島から戻られたが、前回のスペイサイド紀行が「嗜み」で三号にわたって連載されている。宇土美佐子さんについて触れられているのはその最終号(九号)である。文中、エジンバラのバー「カニイマン」について触れている。喫煙、携帯電話、写真撮影はNG、クレジットカードもバックパッカーもお断りのバーだが、実にうまく描かれている。(引用はカニイマンでない)
スコットランドでお酒を飲むときの魅力。それを一言で言えば、夕陽に頬を照らされて飲む楽しみ、に尽きる。
わたしはまだ五月のスコットランドにいる。もう少し、この時期のスコットランドについて語りたい。
新鮮な樹木の緑が次々と芽吹く季節。英語では「ラッシュ・グリーン」と言うそうだ。勢いのある言葉だ。その勢いと並行するように、この時期のスコットランドは午後八時になっても外は明るい。首都のエジンバラでも田舎のスペイサイド地区のクライゲラヒ村でも、夕方からバーのカウンターでウイスキーを飲みだして、もう数時間は経つのに、窓の外を見るとオレンジ色の夕陽が皓々としている。隣の酔客の頬に夕陽があたっている。日本のバーで、こんな飲み方をしたことがない。夜の電灯の下でボトルをあけることしか知らなかったわたしには、これは驚くほど新鮮なことだった。少しずつ酩酊しながら、わたしの頬にも夕陽があたる。ここは天国に近いな、と思う。
ウィスキーについて書かれた文章は数多あるが、どれもこれも無味乾燥である。幹郎さんの文章はいずれ纏まるだろうが、はじめての読み物になるに違いない。わたしも最後は夕陽が頬にあたるバーを営みたいのだが。