腎臓は二十四時間機能している、それと比して人工透析は一日置きに四時間、生きてゆくにぎりぎりの腎臓代行である。当然、無理が生じる。透析後にクレアチニンは3.0から4.0の間にまで下がるが、透析前には7.0から8.0にまで跳ねあがる。8.0を越えればわたしの場合、ブラックアウトが待っている。次回は死と固く手を結んだブラックアウトである。
他では、なんと云っても注射の後が痛い、ユーパッチという痛み止めを用いているが、針を刺すときの痛みがやわらぐだけである。針跡はやがて四、五センチの瘤に成育する。その瘤が腕中に拡がる、と云うよりも腕中が肉塊だらけになる、畸形の腕を防ぐ手立てはなさそうである。七、八本のテープ(絆創膏)で血が流れるチューブを腕に固定するのだが、テープ跡の肌荒れが手に負えない。さまざまなテープが用意されているのだが、わたしの肌に合うようなものはない。そして背中の痒みが止まらない。もっとも尿毒素による気の狂うような痒みではなく、孫の手で間に合う程度の痒みだが。困るのは背中に薬が塗られないこと、一人暮しだとなんでもないことに不自由を憶える。
来週は骨密度の検査、さぞかし酷い結果が出るのだと覚悟している。九日のレントゲンの結果が出た。心胸率は3.9、血圧は98の57、僅かずつだが共に下がり続けている。それが理由なのだが、前述したようにドライウェイトを64.5キロへ1.5キロ増やすように指示された。透析患者にとって心胸率の上限は5.0だそうである、よって十分な余裕があるらしい。ドライウェイトが増えるとはいま少し水分を摂ってもよいと云うこと。一方で、蛋白をもう少し摂れと繰り返し云われている。透析前には蛋白を減らすために難儀した、それがある日突然増やせと云われても躊躇する。ただ、透析のおかげで食欲はある、すき焼きでも喰えばたちどころに体重は増えるのだが、それでは主旨が違うだろう。さて、体重は増やすべきなのか、それとも増やしても構わないとして、そのゆとりをこそ味わうべきなのか。