モルト・ウィスキーにはタリスカーのような胡椒系の辛さとダルユーインやピティヴェアックのような蕃椒系の辛さ、そしてクライヌリッシュのような辛子(マスタード)系の辛さを持つ三種がある。なかにはスプリングバンクのようなブリニー(塩辛さ)が売りのウィスキーもある。そしてウィスキーではないが、山葵という日本原産の香辛料もある。それらのうち、もっとも一般的なのはカレー粉やキムチに代表される蕃椒系の辛さだろうが、和食の場合は醤油に代表される塩の辛さでないだろうか。
ところで、この塩っぱいを関西では辛いと表現する。塩っぱいの分岐点が気になって東海道に住む友人に片端から訊き歩いたことがあった。それによるとどうやら分岐点は三ヶ日あたりだそうである。三ヶ日の猪鼻湖の左岸と右岸で「辛さ」の概念が異なる。要は三ヶ日温泉と大崎では同じものに対する反応がまるで違うのである。片方では辛いと表現し、片方では塩っぱいと表現する。辛さの意味内容が若干ずれているのである。
このはなしを進める前に、饂飩つゆについて一言云っておかなければならない。何度か書いたことなので、くどいと思われる方は飛ばしていただきたい。
関西は白醤油もしくは薄口醤油を主として用いる。従ってつゆの色は薄い。関東では濃口醤油を用いるが、それにとどまらず色出しと甘味のために溜まり醤油を使うことが多い。従ってつゆの色は真っ黒である。
それ以上に異なるのが出汁そのものである。薄口醤油は塩分が高くうまみ成分が少ない。そこで、荒節に雑節(サバ、ムロアジ、ウルメイワシ、マイワシなど)を加えて複雑なうまみを出す。一方、関東では臭みを消す昆布がなかったので、本節(荒節の熟成品)という黴付け鰹節をのみ用いる。アミノ酸、グルタミン酸、イノシン酸の含有率では関西に、香味のシンプルさでは関東に軍配があがる。
いずれにせよ、竜野の薄口醤油と野田の濃口醤油という醤油そのものの地域性が饂飩つゆの東西の違いをもたらしたのである。現在では東西の饂飩つゆの境界は新幹線では三河安城、在来線では一宮といわれている。
さて、関東では塩っぱいを辛いとは云わない。塩の辛さとは別に辛さの本命のようなものがありそうである。もっとも、香味のキャパシティは広いに越したことはないのだが。