わたしは猫が大嫌いである。明石に家を借りたとき、前の借主の飼い猫と思しき猫が門前を立ち去らなかった。餌をやればお仕舞いと猫とわたしの根比べがはじまった。猫は日増しに衰えていく。最初は鳴いていたもののその元気もなくなったのか、恨めしそうな顔つきでわたしを眺めるようになった。ある日、酔っ払って帰ったわたしの足下で同じように猫も蹣跚めく、わたしの負けかなと思いつつ一本の竹輪を差し出すと、猫はそれを咥えてどこかへ消えた。
次の日、宿酔の頭を叩きながら新聞を取りに玄関へ。愕いたことに、昨夜の猫が五匹の子猫を率えて一列に並んでいる。こいつ俺を騙しやがったと気付いたが、ときすでに遅し。わたしは一夜にして六匹の猫の飼い主にされてしまった。
今回引っ越した三郷のマンションに白猫と黒猫がいる。白が雄で黒いのが雌である。わたしは大家でもある向かえの蕎麦屋の飼い猫かと思っていた。ところが、その気配はない。黒い方は実に馴々しい、朝ドアを開けるとニャア、深夜に帰ると起きていてニャア、揚句は隙があれば人の家に入ってこようとする。此奴、明石のときの繰り返しだな、俺は二度と詐欺には遇わないぞと覚悟を決める。
そんな黒猫がある日突然にいなくなった。猫は犬と違って餌を求めて旅はしない。きっと空腹で死んだに違いないと思うと不憫になってくる。最後のニャアの日、本当はウインナをやってもよかったのに、と一抹の後悔すら覚える、別におまえを殺すつもりはなかったのにと呟きつつ、マンションの回りを探すもどこにもいない、死骸も見当たらない。マンションの住人はわたしだけではないと、自分に言い聞かせる。わたしは一番の新参者で、長く住んでる人もいる。猫の死は共同責任ではないかと言い聞かせ、わたしは肩の荷を下ろした。
七日目、仕事を終えて帰ると何時ものニャアが聞こえた気がした。アレッと思っていると再度ニャア、あいつ生きていたんだと思うと嬉しくなって、こちらもニャア、周章てて家へ飛び込み、ウィンナを持って猫のところへ、隣の車の下に隠れていた。覗き込んでビックリ、子猫が四匹もいるではないか。なにごともなかったような顔をしてわたしはウィンナを隠す。あとは知らない、知ったことかよ。