二度目の内視鏡検査が終了、特段の問題は生じなかった。第一に問題が生じたところで応急手当以外、現状では為す術がない。大腸の状態は悪化するばかりだし、何時下血するか分からない。それと共に輸血も続くのかもしれない。あれもこれも補修は効かないとして大腸の出血を甘くみていたため、五年の寿命をさらに短くするところだった。基礎疾患を疾む者はすべてに注意を払わねばならない。
輸血による血液の変化が腎臓に与える影響を極力抑えなければならない。といいながら、櫻井さんの見舞いの電話で、のしいかや烏賊の天麩羅やミニステーキを買ってきてむしゃむしゃ食べてると白状する。一両日だけだが、食べたいものを食するつもり。
大腸を休めるために、三十、三十一、一日、二日と再度禁食。このところ三、四日の禁食がつづいた。最初の頃は胃袋がびっくりしていたが、最近は馴れてきたのか動じもしない。ついでに煙草もやめてみた。こちらは先週の日曜日に増田さんが見舞いに来られた日に一箱ほど吸ったばかりである。それもあっていまのところ平気である。実は十日や二十日の禁煙はしょっちゅうである。ただ本人に止める気がないので首尾の松となったためしがない。
禁食はいと易いはなしだが禁飲は難しい、同様に禁煙は簡単だが禁薬(覚醒剤)はむずかしい。後者は共に半年から一年目に音をあげるという。透析における禁飲にも個体差があって、ある人に我慢できたからといってどなたにも可能とは限らない。一日に1デシリットルの水という制限がない方は比較的成功例が多く、制限のある方には自死が多い。半数近い透析患者が1デシリットルに堪えられず、命を断つと聞く。わたしは保存期間中だが、すでに酒は断った。これなども断ち切られなくて悶々となさっておられる方がいるときく。
さて、血液検査は連日だが、二日から輸血再開である。現在のヘモグロビン値は三十日の下血のために8.0で止まっている。失われた2.5リッターの血は大きい。残りは二単位、併せて1.6リットルの血液が補填される。これでなんとか露命を繋いだことになる。事程左様に死んでいても何の不思議もない数値だった。万象の生滅変顛を杜鵑と語りあった二週間余、思うところは多くそれなりに得るところもあった。
りう、素天堂、ヒデキ、大浦、あまね、愛子、ひろ、ナベサンさんの見舞いを受ける。わざわざ浦和まで申し訳ない。ヒデキさんに元気がなさそう。人はみなさまざまな事情を抱えて生きる、なんとかしてうまい解決策が見付かることを願う。
明日は小生の身内が上京するとか、わが性分から推して、身内の見舞いがもっとも困惑する。この六十二年間、身内にあるまじき冷酷かつ勝手なな生き方をわたしが繰り返してきたからである。合わせる顔などどこにあろうか。