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オフィシャル・ボトル   一考   

 

 業界とか専門という言葉ほど嫌なものはない。「ありそうでウッフンなさそうでウッフン」というのが業界や専門家の意味合いであろう。ひとは同業者仲間だけを対象に生きているのではないし、一本やりで生きられるものではあるまい。「業界人」のような閉鎖的文言をことさらに強調するひとを私は小馬鹿にしている。
 さて、その業界ならぬウィスキー好きのひとと昨日の午後は一緒だった。ちなみに、モルト・ウィスキーを嗜む方で私が尊敬するのはわが国に五人しかいない。わずか五人では「業界」にならない。そのうちの二人と昼下がりの晤語を愉しんだのである。もっとも、それが理由で愉しみにしていた読書が後回しになってしまったが。
 モルト・ウィスキーの世界は近頃、マニアによって穢されている、という話になった。その典型がオークションである。ウィスキーは書物と同じで、売り急ぐものでも買い急ぐものでもない。また、飲むものであって蒐集するものではない。況や、嗜好品への知識が自己表現になるなどとは決して思わない方がよい。にもかかわらず、どのような世界であれ、その途のプロらしきひとが居、訳知り立てが幅を利かすのは困ったものである。

 実はコニャックの原稿の進捗を確認に行ったのだが、逆に催促されてしまった。昨今ウィスキーに関する書物は多いが、土屋さんの著書を除いて総花的な概略本ばかりであり、香味についてのオリジナリティに欠ける。蕃椒三羽烏のダルユーイン、ピティヴェアック、グレンキンチーだとか、スペイサイドの香りの迷路を代表するのはブレイヴァル、クラガンモア、バルヴィニーの三種などという意見を貴方が書かなければ誰が書くのかと叱責される始末。タイトルには「一考のぐでんぐでん」がよいとか「へべれけ一考」だとか勝手なことをいう。
 そう云えば、十年ほど前、モルト・ウィスキーの稿を書こうとして資料の整理を試みたことがあった。恰度そのころからであった、ボトラーが無闇と増えて手が付けられなくなった。88年に三社しかなかった瓶詰業者が十年後には六十社ほどに増え、今では百社を軽く超えて実体は藪の中。ペーパーカンパニーやプライヴェート・ボトラーを入れると雲を掴むようなはなしになった。それでも上京後、二、三年はがんばってみたが泥沼はますます深くなるばかり、その後はすっかり諦めてしまった。
 ユナイテッド・ディスティラーズ社の「花と動物シリーズ」は「クラシック・モルト・シリーズ」に収録されなかった蒸留所のモルト・ウィスキーを90年代に入ってからボトリング。当初は蒸留所の売店もしくは近隣での販売を目的としたため、蒸留所周辺に棲息する動物や植物の絵柄をあしらい、土産品としての付加価値を高めた。同シリーズは「クラシック・モルト・シリーズ」とは異なり、オーナーズ・ボトルであってもディスティラリー・ボトルではない。どれもこれもシェリー香が強く、美味すぎるのである。カリラなどはその典型で、飲めば飲むほどにカリラの実体から離れてゆく。94年からはじまった「レア・モルト・セレクション」三十一種はさらにその傾向が顕著であった。
 シェリー酒とウィスキーの生産量が逆転するまで、モルト・ウィスキーはシェリー樽で熟成されていた。それを考慮すれば、ユナイテッド・ディスティラーズ社の商品は伝統的な熟成法に則ったものといえる。確かに同社のダブル・マチュアードはよく考えられてい、タリスカーなどは際立って美味い。
 現今のブームともいえるモルト・ウィスキーの需要を担ったのはゴードン&マクファイル社、ケイデンヘッド社、シグナトリー社、そしてユナイテッド・ディスティラーズ社の四社である。ユナイテッド・ディスティラーズ社は業界最大のブローカーであり、88年創業のシグナトリー社は当初ケイデンヘッド社から樽の供給を受けていた。
 「花と動物シリーズ」二十七種のシリーズに先行する形で、アバフェルディ、インチガワーなど、ラベルに蒸留所の絵を刷り込んだボトルが80年代に頒布されていた。やがて「花と動物シリーズ」は2001年のリリースを最後に中断された。今では流通在庫が五、六種類頒されているのみ。オーナー会社のユナイテッド・ディスティラーズ社(現ディアジオ社)はボトラーズとしての役目を終え、蒸留所は自らオリジナル・ボトルを拵えるようになった。それが和製英語でいうところのオフィシャル・ボトルである。
 90年代ならまだしも、今世紀に入ってからは概略本など、なんの意味も持たなくなってしまった。というのも、蒸留所がボトラーズに倣ってシングル・カスクを出すに至り、ボトラーズ・ボトルとディスティラリー・ボトルの色分けが意味をなさなくなってしまったのである。この傾向は今後ますます強くなってゆく。
 二年ほど前にモルト・ウィスキーは輸入総量で中国に追い越され、昨年は台湾にも追い越されたと聞く。台湾ではストラスアイラのがぶ飲みが流行りとか。アジアで三位の消費量とは申せ、その差は間違いなく拡がるばかりであろう。


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2008年05月19日 22:58に投稿された記事のページです。

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