過去、ボウモアの飲み会をどうしてしなかったのか不思議である。失念していたとしか言いようがない。サントリーのボウモア・カスク三部作が出揃ったので、モルト会をと思ったのだが、新生ボウモアは次回に回す。その前に端境期のボウモアを味わっておきたい。それほどにボウモアの香味は変わったのである。
「美味しんぼ」という漫画作品でサントリーがオーナーになってからボウモアの味がおかしくなったと記されているらしい。私は漫画を読まないので確認していない、従ってもしも間違えていたら申し訳なく思う。とにもかくにも、漫画のネタになるほどボウモアの味は安定しなかった。それは事実である。私が上京したのは十年ほど前だが、赤坂のバーテン仲間から類するはなしを多く聴かされた。ゆく先々でサントリーは悪者だったのである。
サントリーがオーナーになって、まずコンデンサーの冷却方式を旧タイプに、位置も本来あるべきところに戻したと伝えられる。理由がなんであれ、サントリーの手によってボウモアの香味は安定した。要するに、矯激なまでのコスメティックな香りから解放されたのである。
解説のなかで、レジェンド系、セレクト系、サーフ系としたのは便宜的なものである。十五年ほど前、ボウモアをはじめて飲んだ折、種類の異なるモルトを造っているのかと思った。レジェンドはパヒューム香が弱く、サーフは強く感じられた。セレクトはちょうどその中間に位置するモルト・ウィスキーというのが私の個人的な意見であった。それらは安価なものなので是非お飲みいただき、香味の差違を確認していただきたい。
前述の三部作の第一回は熟成にバーボン樽を用いている。サントリーがボウモア蒸留所を買収して十八年になるが、現在造られているモルト・ウィスキーは長期熟成に耐える足腰を持っている。これから二十年、二十五年、三十年ものが発売される。過去の名品を超えるモルト・ウィスキーがこれからのボトリングを待っている。
現在のモルトはいかなる意味においても過去のそれよりは美味しく、かつ香味豊かなものに仕上がっている。レアものを慈しみ、過去のボトルを懐かしむのも結構だが、味覚の再認ほどせつないものはない。それでなくても、記憶は濾過され、培養され、現実とはまったく異なったものに変貌していく。言い換えれば、記憶とは創られ、育まれるところの内的体験である。
酒を愛でるときは私心を捨てて端坐しよう。書物と同じく、酒との出会いも一期一会。それはこしかたへの愁傷でも憐憫でもなく、酒が秘めたあらがいとうめき、即ち酒に纏わる人々の搏動に静かに耳を傾けることでしかない。