書くまでもないことだが、父もわたしも反体制派だった。権威権力といった臭いのするものに徹頭徹尾背を向けて生きてきた。従って、鎌田慧さんの「自動車絶望工場」を読まずして車に乗るようなひとをわたしは信用しない。
父は満州で片目を失い、戦後は車に乗らなくなった。わたしが子供の頃、進駐軍で働いていた父がジープに乗っているのを見たことがあるが、あれは鳴尾浜のキャンプ内の出来事であって、絶えてハンドルは握らなかった。
ドイツとわが国の自動車メーカーでは有り様がまるで異なる。ドイツにも派遣社員はいるが、労働条件に社員、派遣社員といった垣根はない。企業ではなく国是としての就業規定である。日本の自動車メーカーは労働者から夢も希望も奪い去る過酷な労働を強いる。所謂「期間工」のそれを云っている。
期間工の艱難辛苦を知らずして、やれカッコいいとか、このエンジンは回るだとか能転気なことを云っているプチブルを見ていると嘔吐がでてくる。わたしは大衆とプチブルが大嫌いなのである。