オーディオテクニカのインナーイヤーヘッドホン ATH-CKS55X BKを買った。カナルタイプである。かつて阪神大震災の折、印刷会社の女性社員が逝った、イヤホンを耳にしたまま。
子供の頃のトランジスタラジオを皮切りに、イヤホンとは親しく付きあってきたが、両耳にイヤホンを装着したことは一度もない。聴こえてくる音楽もさることながら、雨や風のさゆらぎにこそこころを奪われたから、もしくは性能のよいイヤホンを知らなかったからと云うのは共に理由にならない。なにが起こるか分からない世の中で両耳をイヤホンで塞いで生きられると思うほど平和呆けしていないと云うのが真実である。
オーディオテクニカのそれがどのような位置を占めるものかを知らない。「おすすめ高音質カナル型イヤホンランキング 5000円以下の部」から選んだにすぎない。タイトルに5000円以下の部とあるからには高級品の部もあって、なかには5万円とのイヤホンもあった。
比較の仕様がないのだが、ATH-CKS55Xが齎す立体感の豊かさと迫力に愕かされた。それゆえに三日ほどYouTubeに浸っていた。改めて、ちあきなおみと島津亜矢の歌の旨さに聴き惚れた。例えば「みだれ髪」は美空ひばりの情緒過多の歌い方より島津亜矢の方が傑れているのでないだろうか。「演歌」で「ブス」で「歌が上手い」と三拍子揃った歌手である。
土屋アンナの「Let It Be」、大竹しのぶの「面影平野」の卓越した歌唱力にも愕く。劇中歌だった倍賞千恵子の「スラバヤ・ジョニー」がYouTubeに這入っていようとは、こちらも大層な愕きだった。「スラバヤ・ジョニー」はクルト・ヴァイルとベルトルト・ブレヒトのコンビで1942年に作られた曲、1956年にボリス・ヴィアンがフランス語の歌詞を付け、カトリーヌ・ソヴァージュが歌った。おそらく日本人で歌っているのは倍賞千恵子だけではあるまいか。
件の女性の死から20年、悲しみの中からぼちぼちイヤホンを解放してあげてもよいのでないだろうか。