透析中、隣の患者が猛烈な吐き気に襲われ、血圧がどんどん下がってゆく。不均衡症候群だが、症状は足がつるに止まらなかった。三十分を残して透析は中断された。
透析をはじめてから、わたしも一度だけ昏睡を経験した。透析以前は頻繁にブラックアウトに襲われていた。そのブラックアウトがどうあっても嫌で、それで食事制限を取り入れた。
ドライウェイトが定まる前、二リットルの除水を繰り返していた。透析とはそのようなものと医師、看護師から聞かされ、疑念もなく、二リットルを踏襲していた。ところが、この二リットルが嘔吐や目眩いをもたらし、脂汗は滴る、血圧は急激に低下するで、手に負えなかった。
さすがに昏睡の後はこちらの言い分を取り入れ、ドライウェイトを増やす、要するに除水を減らされた。爾来、例え言い争いになっても、除水量は自分で決めるようにしている。
ここからが難しいところだが、心胸比をもとに医師がドライウェイトを決める。ドライウェイトとは基準体重で、毎回増えた分を除水する。言い換えれば、わたしの食生活は常にドライウェイトと共にある。仮に除水を五百と決めた場合には、ドライウェイトプラス五百グラムの体重を厳守するのである。食べ過ぎたと思えば、次回の透析までなにも食べない、体重の増え方が少ない場合は食パンを一枚追加で食べたりもする。体重計と睨めっこの生活である。
事前に食事量ありきなのだが、それに加えるにカリウムとリンの調整である。血液検査は二週間に一度なので、検査があった週は比較的自由に食事している。次の週はカリウムとリンは極力除いている。リンは蛋白質だが、カリウムは命にかかわるものなので、とりわけ気を遣う。
最近では自己管理が行き届き、除水量の少ない患者と認知され、わりと言い分が通るようになった。例えば管理ミスで七百グラムの除水になったとき、百グラムは次回に回してくださいといった類いである。
そこまでして、はじめて昏睡から解放された。意識がなくなると云うのは堪えがたい苦痛なのである。それゆえ、他人の昏睡も、見ていて涙がでてくる。