腎不全は悪くなる一方で良くなることはない。わたしの場合、既に機能は一、二パーセントに落ちている。この僅かなパーセントすら風前の灯火で、絶えれば自力での排尿が不可能になる。末期腎不全の最終コースは透析だが、最初から透析を前向きに考える人はいない。「延命はあさましい」として当初透析を拒否した団鬼六氏のように、周章て、狼狽え、そして辛抱する。クレアチニン値が9.0を越えておよそ一年が我慢の限界だが、そのような状態に至ってもわたしはまだ迷っていた。その迷いを払拭させたのはリンとカルシウムの滞留がもたらす血栓である。血栓は心筋梗塞や脳梗塞の因子となる。そのまま亡くなれば良いが、半身不随や植物人間になる危険性を多分に孕んでいる。糅てて加えて、ブラックアウトは身体にさまざまな意味で衝撃をもたらした。ブラックアウトの理由は血栓ではないが、度重なる意識喪失は植物状態を窺わせるに十分だった。
延命を否定する文章を2009年07月22日に腎不全と題して書いている。恰度丸一年我慢したわけだが、2010年8月北里研究所病院へ入院する前後はさすがに死を覚悟していた。「意識消失にはそうした無意識の防禦反応がまるでない」「自らの意志によってどうこうなるようなものではない。死は想像を絶するほど暴力的である」等と書いている。それにしても怖ろしく淋しい時期だった。幹郎さんも葬儀を心していたようである。
延命策を取ったことが良かったのか悪かったのか、わたしにはまだ判らない。だからこそ、他人に薦めはしない。長く生きていると「自らの意志で制禦できないこと」に何度となく逢着する。その度に、わたしには詩集が、書物が、要するに骰子の一擲が必要となる。