舌は5種類のセンサーしか持っていないが、鼻は358種類のセンサーを備えている。358種類は犬や豚ほどではないにせよ、猫よりは傑れている。
その猫がマンションから消えて二箇月になる。一匹だけ生き残った子猫と駐車場で寄り添っていたのだが。今日、病院へ行こうとして向かえの大屋の家の塀で日向ぼっこしているのを見付けた。随分と久しぶりである。最小限の餌をもらっているのであろうか、大きさに変化はない。
大屋の家には数匹の猫がいる。飼い猫ではなく、なんとなくたむろしていると云った風情である。その内、いちばん体躯の立派な白猫が父親である。こやつはわたしと相性がよろしくない。お産のあとの黒猫の餌をも奪おうとする、賤しい根性の持ち主である。よって何度かわたしに追いかけられている。深夜帰宅して車のまわりを徘徊していると、わたしは怪獣のような唸り声をあげる。其かあらぬか最近はわたしと顔を合わさない、そ知らぬ風でぷいと他所へ行く。一方、黒猫はわたしが害を及ぼさないのを知っているので、逃げ出しはしない。一匹、一匹が独立採算になっているようである。
猫に限らないが、雄は図体がでかい。大きくて純白だから気持が悪い。猫のせいではないのだが、愛嬌は大事である。人であっても同じこと、愛想がよければいろいろと特をする。わたしのように貧相な老人になると損ばかりしている。
大屋とはじめて話をした。当たりの柔らかい人柄で、猫のお産のはなしをした。増えて困っているとの内容だったが、少しも困っているようには思われなかった。勝手な憶測だが、蕎麦屋なので、日々残り物が出るのであろう、猫の餌には不自由していないようだった。わたしがかつて食事に困って犬や猫の餌を喰っていたとは云わずじまい、店子は口が腐っても貧乏とは云われない。あらぬ心配をかけるからである。
それでなくても家賃は安い、以前の三分の一である。いとせめて猫の餌でも見繕ってこようかしら。
追記
猫の盛りの季節がはじまった。いやな鳴き声が終日聞こえてくる。餌にピルでも入れてやろうか。