今回の入院で参ったのは糞便のお泄らしである。禁食(病院では絶食とはいわない、絶食は死に絶えること)がつづき、水分の補給だけが許される。よって消化器官内は液状化し、淡黄色の液体もしくは血しぶきがしばしば主人に無断で迸る。三、四日の禁食が間断なくつづくと下部消化器官の暴走がはじまるのである。
持参した御襁褓では面積が小さいので、病院でより大きいものを頒けていただいた。それでも泄れるので御襁褓カバーを頂戴したが、見苦しいものである。
生死の境を彷徨う人間に見苦しいもないと思うが、自意識とはそのようなものである。早鐘のように撞く心臓に喘ぎつつ、看護師を呼びつけるでもなく、ナースセンターへ詫びにあがる。「済みません、また汚してしまいました。本当に申し訳ない気持で一杯です」「いいんですよ、大腸から出血してるんですから」。危殆に瀕したとき、人は存外冷静を保つ。
知己の医師から電話があって、「掲示板に書かれた検査レポートに愕いた。あの数値ならほとんどの人は死んでいる。それを病院へ車を運転して行くとは。畏るべき意志力だ」と。似たことは川久保病院の医師からも、主治医からも聞かされた。もっとも、ちはらさんに云わせると「ただのバカ」となるだろうが。
いやさ、バカにも取り柄はある。バカだからわたしは最終的に医師を信じている。信じているが故に処置を施されるまでは死なれない、わたしの一存で死ぬような身勝手は許されないのである。