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権力指向   一考   

 

 小沢の辞意表明に呆れている。小沢ほどの人間が世論に負けるのかということである。かつて野田聖子が復党条件を受け入れ郵政民営化支持などの誓約書を添付したが、その時の言い種が世論への対応だった。いつから政治家は理念を捨て去り世論に迎合するようになったのか。
 歌舞伎町の監視カメラをはじめ、Nシステムからグーグルの地図、政治資金規正法から世襲議員の排除に至るまで、どうして大衆は国家ないしは国家権力による規制を求め続けるのか。大衆どころか国会議員までが、それも野党が規制を設けるようなことを口にするとは。
 まるで世論の名を借りた国家主義が跋扈しているようである。昨今の大衆のそしてマスコミの権力指向に国体明徴運動を感じるのはわたしだけなのか。日比谷焼討事件とそれを扇動した朝日新聞はさして昔のはなしではない。それら権力指向に恐ろしいものを感じる。
 選挙の結果が人気投票になるのなら、議会制民主主義は瓦解する。今はガス抜きとして用いられているインターネットもやがては管理の具として重宝されるようになる。


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