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自意識   一考   

 

 詰らないと思いつつ、少しでもましなところを探して拾い読みすべきか、それとも思想のなさから抛り出すべきか、書物を繙く度に溜息が出る。最近では根気がなくなって投げ出すケースが増えてきた。結論を先に申せば、書物に対する好奇心が急速に失せつつある。
 好奇心が失せつつあると書けば間違いになる。好奇心を抱かせるような内容のある書物がめっきり減ってきたのである。俳句では永田耕衣、三橋敏雄、高柳重信が逝いて興味の持ちようがなくなってしまった。短歌では葛原妙子、塚本邦雄、寺山修司、春日井建、山中智恵子、安永蕗子以降は俳句同様、興味が持たれなくなってしまった。
 記紀歌謡末期、万葉集初期の作品に成立した短歌と比して詩は歴史がはるかに古い。古いとは申せ、江戸漢詩と新体詩との断絶、ならびに現代詩との隔絶は昭和三十年代の前衛短歌運動にはじまった現代短歌と同じく、過去と現在とのあいだに横たわる脈絡を探せと云われても困惑するのみ。この消息は散文の世界においても似たり寄ったりである。

 詳細は端折るが、先日地方に住む詩人が来られた。年格好は私と似ているのだが、旺盛な常識と権威主義には呆れるばかり。作品と人品骨柄のあいだにいささかの乖離があってとの註釈が付けられていたが、そこのところが既に怪しい。いかな人品骨柄であろうとも、作品はそれを忠実に擬える。良きにつけ悪しきにつけ、作品と人柄のあいだに乖離などあろう筈がない。それが読み解かれなければ、作家はおろか、読み手にすらなり得ない。もっとも不快を感じたのは「私は書き手であって、他の一般大衆とは異なる」のひとことである。当掲示板で触れ続けてきた選民意識の権化のような御仁だったと記しておこうか。
 地方に住む詩人は地方に在ることへの恨みを刺激のなさ乃至は評価のなさと結びつける。評価のなさは発表誌の確保に苦しむことになる、と。しかし、と思う。現世の評価などいかほどのものであろうか。現代の詩人はそのようないかがわしいものを求めて詩を著すのであろうか。結社や同人に属し、関連行事や出版記念会で顔を繋ぎ、当たり障りのない挨拶を繰り返すのが自らの価値を定め高めることだとでも思っているのだろうか。また件の詩人は「言葉は進歩する」「詩は勝負だ」とも云う。「詩のボクシング」があるのだから詩を格闘技の一種と看做すひとがいてなんの不思議もないのだが、勝ち負けの判定の基準をどこに設けるのであろうか。そして、その結果をいさぎよく受け容れるようなひとがいるのだろうか。
 「アナロジーの魔の渦中にぽいと抛り出されるのが詩の宿命、もっとも、類推があってこそ、詩は書き手を離れて自立し、読み手の頭上を翔けていく」とかつて川津さんに宛てて書いた。詩はつねにストレイシープ(迷子)である。生前にひとりの読者を得ることがいかに至難か、それをもっともよく知るのは「シジン」であろう。「シジン」が好んで用いる文言に「超高速で発射される言葉」がある。それを超高速で受け取る読み手などそんじょそこらに居るわけがない。もし可能だとするなら、その読者は書き手の趣味や生き方の根本的な更新を余儀なくさせる。すぐれた読者は作者が予想だにしなかった新たな領域を作品にもたらす。言い換えれば、作品を作品たらしめるのは最後は読者でしかないと、世の詩人はこのことに心致さねばならない。

 愛惜措く能わざる詩人のひとりに相澤啓三がいる。彼は発表機関誌はなにも持たない、単行本を出すべき版元も持たない、そして誰も評さないがゆえに無名である。況や現代詩文庫にも入っていない。もっとも、現代詩文庫のような有相無相と一緒くたにされるのは本人が嫌がるだろうが。しかし、私はわが国でもっとも偉大な詩人のひとりと思っている。明晰な頭脳の持ち主と思っている。前述したように「書物に対する好奇心が急速に失せつつある」なかで、相澤さんの著書は大切にしている。おそらく、読み手が私ひとりになっても、彼の詩に対する私の評価は揺らがない。読者は一般大衆のなかにしか存在しない、そして読者は限られている。しかし、その少数者と大衆は齟齬をきたさない。格差と差別は同心円を描く。政治であれ経済であれ文学であれ、格差の解決は論理的帰着として必ずやナショナリズムに行き着く。齟齬をきたさないのではなく、齟齬をきたしてはならないのである。個は大衆の投影であって、大衆は個の鏡である。私はその教えを十五の歳にボードレールから学んだ。肉体という概念を介して生涯そのことと闘ったのがマラルメでなかったか。


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2008年11月10日 05:16に投稿された記事のページです。

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