成城石井卸売本部の東京ヨーロッパ貿易がウィスキーの輸入から撤退するようである。同社は焼肉チェーン「牛角」などで知られるレックス・ホールディングスの傘下にある。それが理由かどうかはここでは記さない。ただ、成城石井はエディンバラの瓶詰業者ウイルソン&モーガン社の代理店である。
ウイルソン&モーガン社は古くからエディンバラに拠点を置きさまざまな樽をリリースしてきたイタリア資本の会社。謂わば、イタリア系ボトラーズ・ブランドの「はしり」ともいえる老舗で、ムーン・インポートやサマローリよりも幅広い支持を受けている。イタリア国内の三ツ星レストランやバーなどではよく知られた瓶詰業者なのである。
日本ではサマローリが有名だが、サマローリはブレシアの酒商で、ケイデンヘッド社とその子会社ダッシーズ社と太いパイプを持っている。要するに、樽の大半はケイデンヘッド社から提供を受けている。全体量が少ないのでコレクターズ・アイテムとしての評価を受けているが、私はボトラーならぬラベラーとして認識している。ケイデンヘッド社から樽の供給を受けるという点に於いて、キングスバリーやスコッチ・モルト・ウィスキー・ソサエティーと似ている。
かつてホームページに以下の文章を掲げた。
「1996年以降、モルト・ウィスキーを扱う業者が急速に増えている。記載したインデペンデント・ボトラーズ以外にも、エディンバラ周辺ではウェイヴァキー・ヴァントナーズ、フォース・ワイン、ルヴィアン・ボトル・ショップ、ロイヤル・ミル、ヴィルヌーヴ・ワイン等、グラスゴー周辺ではペックハム&ライ、ウィリアム・モートン、ギャヴィン・リドル、ワラセス・エクスプレス、セントラル・キャッシュ&キャリー等、ロンドン市内ではオドビンス、ザ・ヴィンテージ・ハウス、ザ・ウィスキー・エクスチェンジ等のカンパニーがある。
ウィスキー業界ではブローカーが中心的役割を占める。ブローカーは大量に購入したモルト・ウィスキーをブレンド業者やインデペンデント・ボトラーズに販売する。桶買いならぬ樽買いである。その樽買いと、昨今のモルト・ウィスキーのブームが相乗し、瓶詰業者のボトルの洪水がはじまっている。過去、モルト・ウィスキーを扱っていなかったワイン商や食料品店がプライベート・ボトルを販売。聞くところによると1998年以降、年間に輸入されるボトルは軽く一千種を越えるという。愛好家にとってはうれしい悲鳴だが、蒸留所は苦い思いを噛みしめている。ボトラーズの扱うウィスキーが、ディスティラリー・ボトルの売れ行きを抑制しているのではないかとの疑惑がそれである。事実、ボトラーズへ流れるモルト・ウィスキーが急速に減っているようである。このところU.D.V(ディアジオ)社とボトラーズとの間に諍いが絶えず、蒸留所名を明記しないインデペンデント・ボトルが増えている。かかるボトルはシングル・カスクとしてボトリングされることが多く、美味なものが大半を占めるにもかかわらずである。このままでは瓶詰業者は自らの首を絞めることになるかもしれない。洪水の要はないが、適度なチョイスは残してほしいものである」
文中、「一千種を越える」とあるが、今ではその二、三倍のボトルが輸入されている。そして、自前の熟成庫を持つボトラーを除けば、ほとんどのボトラーは決まったブローカーまたは大手のボトラーから樽を購入している。従って、弱小のボトラーは淘汰されてゆく運命にある。数年後には大手五社だけが生き残るだろうとの悲観的な見方すらある。ちなみに大手のボトラーが所有する樽数は以下のごとし。
イアン・マクロード社 20,000樽(グレンゴインを除く)
ゴードン&マクファイル社 17,000樽(ベンローマックを除く)
シグナトリー社 12,000樽(エドラダワーを除く)
ダグラス・レイン社 10,000樽
ダンカン・テイラー社 4,000樽
この辺りで、ボトラーとラベラーとの識別をすべきではないかと思う。いかにユニークとはいえ、ラベル一枚に高い金数を払うがごとき、無駄な浪費は止めるべきだと云いたいのである。「蒸留所は苦い思いを噛みしめている」とも書いた。しかし、その蒸留所が十万円を超えるボトルを陸続と頒布しはじめたのも問題である。アードベッグやラフロイグの一部の商品の値付けには疑問を挟まざるを得ない。
さて、リーズナブルな商品を多くリリースし、常識的なプライスを保ってきたウイルソン&モーガン社のボトルがT酒店で売られている。マッカラン、グレンリヴェット、グレングラント、グレンフィディックのような世界の酒が一方に在っても構わない。ただ、ウィスキーはスコットランドの地酒である。地酒には地酒としての嗜み方がある。