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内的野心   一考   

 

 MSさんへ。ですぺら掲示板をお読みとか、恐縮しております。表現の場にあって野心を持つのは悪いことではありません。掲示板にしてからが、どこかに居るであろう見知らぬ友へ向けての恋文なのです。私がブログを忌み、解放された掲示板にこだわるのも、一種の野心なのかもしれません。
 ブログや掲示板と活字は本来、まったく異なるものでした。ところが、活字の世界がネット社会に擦りより飲み込もうとしているようです。ケータイ小説などはその最たるものでしょう。売れればなんでも有りというのは昔からの出版事業の常套です。この種の野心は困りものです。
 書くときは常に読者を想定します。この読者を想定すること自体が、自らの精神を鼓舞し、揺れ動くことになります。これは内的な野心です。だからこそ、読者はひとりかふたりに限定されます。逆にいえば読者を想定しなければものは書けない、もしくは非常に書きづらいのではないでしょうか。

 私は現役の編輯者ではございません。従って、あなたの原稿を読んだとて、そこから先はなんの役にも立てないのです。デビューしてしまった方への助力なら可能かもしれませんが、デビューを手伝うのはほぼ不可能です。そしてデビューの方法はいくらでもございます。世にいう新人賞ないしは文学賞です。この点に関して、私はプロの編輯者を半ば信じています。「半ば」と書かざるをえないところに問題がございます。文学賞の多くは商売です。従って該当作なしを何度もつづけられないのです。今回は決めてくれといった圧力がかけられることもあるのです。
 いまひとつ問題点がございます。昔の編輯者は作家と寝饋・寝膳を共にするといわれました。要は二人三脚のようなもので、編輯者が作家を扶け育てるといった趣があったのです。現今の編輯者は勤め人ですから、それらは望むべくもないのです。なにを言いたいかというと、書き手は使い捨てにされるか、便利屋として利用されるかの公算は大なのです。
 余談はさておき、活字になったものなら読みもしますが、いまの私にはひとさまの原稿を読むつもりもゆとりもございません。従って、ご期待には添えかねます。北九州は昔から文学の盛んななところで、北九州文学協会文学賞などもございます。そちらへの投稿などをお考えいただければ幸いです。


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2008年04月13日 15:21に投稿された記事のページです。

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