国書刊行会の礒崎純一さんから「マルセル・シュオッブ全集」が贈られてきた。手紙が添えられてい、「昭和五十二年より三十七年掛かってようやく完成出来ました」とある。書かれている昭和52年とは、わたしが「モネルの書」を刊行した年である。
ひとから伝え聞いたところだが、礒崎さんは「モネルの書」や多田智満子訳「小年十字軍」を読んで、慶應大学へ這入り直したようである。大濱甫さんに師事するためだったと聞く。もし、そうだとするなら、「モネルの書」の上梓が大変な逸材の誕生に結び付いたわけである。逸材と書いたのは戦後の幻想文学の歴史を全面的に書き換えた当のご本人、礒崎さんだからである。
大濱甫さんへ最初、はなしを持って行ったとき、鈴木三重吉で行きましょうとのことだった。シュオッブと大川端も面白かろうと、大いに期待した。結果は小首をかしげるものだった。
かつて、垂野創一郎さんからシュオッブの訳文はかなり触ったでしょうと訊かれた。原稿を頂戴してから1年半を改訳に費やした。ほとんど原型をとどめていない。懸命な方ならお分かりだろうが、三重吉ならぬ中井英夫の文章に範をとっている。
とりわけ、「木の星」の木々の詳述、「森は繁栄する蟻塚のようにざわめき、雨のあとには、雫となって樹々の下枝から地面の朽葉をゆるやかに浸す陰鬱で執拗な森自体の雨が続いた」などはまったく中井からの盗作である。
助詞の問題だが、まるで短詩形作家のごとく「に」が多用されていた。可能な限り「を」「へ」へ、また、「より」を「から」へ変更した。
今回の全集でひとつだけ残念なのは、南柯書局版の誤植がそのままになっていること。もっとも細かいことゆえ、気にはならないが。
それと述べておかなければならないことがある。大濱さんの稿が這入ったのは古く、多田智満子さんからもしも原稿があるなら見せてくれと云われた。多田さんがそれを森開社版に利用したかどうか定かでない。ただ、そのような経緯があった。
礒崎さんは37年かけて完成したと、わたしは37年ぶりにシュオッブを読み返すことになる。
最後になったが、高価な本の寄贈に感謝する。礒崎さん、ありがとう。