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「愛すべき孤独」   一考   

 

 先頃知己のブログを読んでいて「愛すべき孤独」という詩に行きあった。誰がだれのために書いたのかある程度の予測はつくものの、そのようなプライヴェートなことを離れて読ませる作品である。言葉遣いのごく一部に詰めのあまさが感じられるが、こちらも気にはすまい。外界を受容して内面に生まれる作者の情念がひしと伝わってくる。

・・・アメリカが嫌いなあなたはジーンズを穿かないから、こんなに寒くなってもコットンのパンツで過ごしているはず。強がりではなく弱ければ弱いほど強固になる命の染みが、あなたの全身に犇いているのだろう。ぼくは祈る。ぼくよりも遥かに高潔で賢いあなたが目を見開いて世界を見る意志を持つ日を。知性ではなく、肉体でも、精神でもなく、血汐で詩の一頁を捲る日が来ることを・・・

・・・生まれてから今日の今日まで、ひとりの人間として確固たる自我であることなどありえないのだ。それは、自己を記録している人間ならばわかる。同様に他人も確固たる自我であることはないとぼくは思う。動いて揺れるものが自我なのではないか。あなたとぼくは同じ精神を持っている。あなたを知ったとき腹違いの双子をみつけたとぼくは思った。固体の精神はやがて崩壊し、無形の精神は常に浮遊し続ける・・・

 この種のポエジーが近頃の詩には見受けられなくなった。頭に知己と書いたが、身近にこれだけの詩を著すひとがい、それに気付かなかったとすれば迂闊である。おのが不明を恥じるしかない。
 幼少の頃、本を読むとは詩歌を繙くことだった。戦後詩に限っても、石原吉郎、黒田三郎、吉岡実、石垣りん、鮎川信夫、北村太郎、田村隆一、吉本隆明、吉野弘、茨木のり子、飯島耕一、相澤啓三、入沢康夫、谷川俊太郎、堀川正美、渋沢孝輔、岩田宏、中桐雅夫、三好豊一郎、衣更着信、鈴木志郎康、天沢退二郎、吉増剛造、高橋睦郎、佐々木幹郎等々、お気に入りの詩集を小脇に挿んで議論していた。それが何時の頃からか、詩歌は読まれなくなった。文学という情念と縁なき人々が文学の世界へ彷徨いこんできたのである。彼等は散文を専らとするらしい。速読術とやらが持て囃され、心身合一ではなく、知識の量ばかりが珍重される。謂わば、身体論の欠如である。
 詩歌を読まない理由を訊くに、異口同音になにが書かれているのかが理解できないと云う。読み手のおつむの鈍さを詩書に被せられてはかなわない。それどころか、彼等が得意とする散文にあっても、ゴンブロヴィッチ、ベケット、アルトーのようなストーリー性を持たない作家は読まれない。言い換えれば、一冊を読了するに数箇月掛かるような読書は慎重に避けているようである。
 詩は散文とは異なって数段高次に存在する。その理由は情念を生な形で孕んでいるからである。この場合の情念は哲学と解していただいて差し障りない。デュジャルダンがいう内的独白やバタイユのいう内的体験と軸を一にしている。
 かつて鏡花の「化鳥」について、「化鳥」では、読者はのっけから主人公の思考のなかに置かれる。われわれは少年廉とともにいきなり窓から顔を出して雨の降っている橋の上を眺める。少年の意識にとって、過去も未来も、いやな経験も楽しい空想も、すべては《ここ》と《いま》に現前している。はじめの八行目に「寒い日の朝、雨の降ってる時、私の小さな時分、何日(いつか)でしたっけ、窓から顔を出して見ていました」とあるが、現在も、過去のなかの現在も、すべてひとしなみに《ここ》であり《いま》でしかない。対自としての意識、論理的に組み立てられる以前の、より無意識に近い思考にあって、時間は隔たりを持たない。「母様(おつかさん)が在(い)らっしゃるから、母様(おつかさん)が在(い)らっしゃったから」との言葉で小説が閉じられるが、現在形と過去形とを並べることによって、語られたすべての時間はくずれ、時はなだらかに融化していく。いや、廉の夢が大きくふくれあがって、すべての物語の時間を呑みこんでしまったのである。と書いたことがある。
 「愛すべき孤独」にあっては作者の夢が大きくふくれあがって浮遊しはじめ、時と日を呑みこんで、無形の精神となって彷徨い迷い続けるのである。ここで注意しなければならないのは、日々が跡切れずに繋がっていることである。この当たり前のことに多くのひとは気づかない。パトスはそのベクトルのなさからロゴスと比較され、刹那であるところからエートスと対比される。しかしパトスはありとある表現の苗床、パトスの知が蠢かないところに内面の表出はありえない。情念は心身合一を冀求し、身体性をもった具体的な人間のありようを示唆する。


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2008年12月19日 20:38に投稿された記事のページです。

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