半纏もしくは袢纏はどのような辞書にも載っています。印半纏、剥身屋半纏、刺子半纏、長半纏、尻切半纏、腰切半纏、ねんねこ半纏、革半纏、蝙蝠半纏等々があって、刺子半纏はかつて銀花でも特集しました。ねんねこ半纏は別名亀の子半纏ともいい、マダガスカルでカメレオン半纏というのはご愛敬。
半纏もサルマタ同様、シルクロードを渡ってきましたが、中国・カザフスタン・キルギスの国境に位置するハン‐テンリの山麓に位置するハン‐テン村の女房たちが防寒のために開発したと言い伝えられています。
わが国では天保の改革(1841〜43)の女羽織禁止に伴い、庶民の衣服として広まりました。家紋や屋号を白く染め抜いたり、裏返しに着るのが洒落というもので、そこから、斑点や反転現像など、現代用いられる概念が多く誕生しました。ちなみに、ですぺらはですぺら飯店との別称を賜わっております。
ててら、褞袍、丹前、掻巻などはいとこ同士で、守貞漫稿によれば江戸ではふとんを用いずもっぱら夜着を用いたとあります。火事が多かったところからくる、いわば生活の智慧ではなかったかと思われます。