ですぺら
ですぺら掲示板2.0
2.0








終焉近づく  | 一考    

 先のことは分からないが、年貢の納め時がちかづいてきたようである。年内一杯は店の営業をつづけたかったが、どうやら不可能になってきた。幹郎さんと話し合ったが、精一杯頑張っても七月か八月までだろうとの意見だった。主治医はとっくに無理と断言している。今回の引越は無駄だったようだが、蔵書を処分するには段階を踏む必要があった。一挙に処分する気になられなかったというだけのこと。
 店を閉じれば神戸へ帰るしかない。神戸でなにをするかは決めていない。いずれにせよ、本も車も手放すしかない。余生はいくらか残されているので、できることを考えなければならない。閉店パーティーはしない、というか告知せずに黙って去るつもり。第一に多くの人に来られても疲れが酷くて対応できない。あと二箇月余、最后の頑張りをお見せしたいと思っている。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月06日 02:56 | 固定ページリンク




番屋  | 一考    

 流石に音をあげたくなってきた。思いを超えて病が進行しているようである。駐車場までの一キロが歩かれない距離になりつつある。このところ、コルセットを常時離せなくなった、それでもなお、うんうん唸りながら歩いている。今日は雨だったが、何時も歩く清水谷公園側の道は遠慮する。雨宿りするところがないからである。
 愈済なすべきことを片付けなければならない。来月念願の北海道旅行を計画している。間違いなく最後の旅行になる。危険な旅行になるのは分かっている。しかし、積丹をもう一度見たいと去年の七月から思い続けている。今回は走り回ることはできない、渡島半島と積丹半島だけでもよい、北海道の南端だけで結構。一穂が遊び耄けた番屋がもう一度見たい、そして紺青の海を。
 友に話したところ、付き添いなしで行くのはあまりに無謀だと云われた。しかし回りに免許を持った人はいない、そして病弱である。よって予定の立てようがない。体調と相談しながら一人で走るしかないと思う。その友は北海道で死ぬ気かと訊う。明日のことは分からないが、死地が北海道なら願うところ。覚悟は常にしておけ、決して狼狽えるなと、これは父の口癖だった。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月05日 04:19 | 固定ページリンク




アトリエ空中線  | 一考    

 昨夜は奥平晃一さんを囲む会だった。総勢五名、郡さんと共に間奈美子さんがいらした。未生響の筆名を持つ詩人である。彼女とは古い付き合いである。94年2月のはなしだが、彼女が主宰する「二月のタルホとメリエスの月世界旅行」との催しが大阪であった。梅木さんが踊るというので、わたしも出掛けた。なにやら挨拶をした記憶はあるのだが、なにを喋ったかは覚えていない。席に生田の奥方がいらしたので昔話をし梅田駅までお送りしたのはよく覚えているのだが。
 間さんはそれ以前に明石の拙宅へ見えられている。たしか彼女が第一詩集を上梓したときだと思う。この辺りの記憶が薄らいでいて申し訳なく思う。きっと生意気なことを云ったのだろう。にもかかわらず、彼女はわたしを記憶なさっていたようである。現在ではアトリエ空中線との特異なインディペンデント・プレスを営んでおられる。聞くところによると近く京都へ戻られるとか。なにひとつご協力できなかったのを残念に思い、申し訳なく思っている。

 奥平さんの会は昔話に花が咲き、楽しい晤語を過ごした。かかる飲み会ならいつでも大歓迎なのだが、わたしの体調は最悪だった。背中がぴりぴりする、これはブラックアウトの予兆である。愛子さんが手伝ってくださったので、なんとか無事に切り抜けることができた。愛子さんがわたしの愛人は孫の手だと云うが、その孫の手を握りしめたまま、店を閉めてから二時間ほど動かれなかった。食べられなくなり食欲は急速になくなりつつある。それに比例して覇気も失せつつある。家の片づけはさっぱり進捗しない。ベランダに荷物は積みっぱなしである。しかし、体調はそれを待ってくれない。兎にも角にも寝ること、それ以外にできることはなさそうである。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月04日 23:27 | 固定ページリンク




群れ  | 一考    

 掲示板は詮無いもので、わたしなどは端から応答があるとは思っていない。(とど)の涎とか(とど)の祭りとかよく云ったもので、個人宛私信ならばひとは返書を認めるが、そうでないものは無視をする。わたしは私信すら屡々無視して顧みないが。
 人と人との関係は誤解の上に成り立っている。従って、応答を繰り返すうちに誤解が拡がって修復不能になる。こんな筈ではなかったが、三年前にあなたはこう云った等々、掛け違いは分かっていても面倒なので捨て置く、打っ遣た結果が破綻である。その点、虚無は完結でよい。虚無なんぞ持ち出された日にはそこですべては終了する。話し合う必要すらなくなってしまうのである。ところが、虚無について七時間喋り続けた例もある。
 徒し事はさておき、人はどうして群れたがるのか。話相手がほしいから、淋しいから、なにかしら刺激が欲しいから、なかには忖度から群れているひともいる。淋しいから群れるひとは一人になったときさらなる孤独に耐えなければならない。刺激が欲しいから群れるひとはなにか誤解がある、刺激というものは与えるものであって与えられるものではない。話相手が欲しくて群れるひとにも誤解がある、ひとはみんなてんでに自己宣伝をするだけで、ひとの話を親身になって訊くような構図は皆目見受けられない。関係というのは常に一方通行である。忖度から群れるのがおそらく一番多いケースだと思うが、云いたくても黙っている方が得策と判じ、大樹の陰で控えている。お零れにあずかる小動物のようなものである。待てど暮らせどお零れなんぞあろう筈がない。
 群れる暇があれば本でも読むことである。それも極力人が繙きそうにない本がよろしかろう。評価の定まった本は既存の評価に惑わされるだけである。無名の新人か、忘れ去られた作家ならまだ参入の余地がある。ひとが気付いていないメッセージを見付けられる可能性がある。わたしはそのようなメッセージを見付けてきて一人で北叟笑んでいるのが仕合わせなのである。その悦びをひとと頒かち合うつもりは毛頭ない。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月04日 04:45 | 固定ページリンク




連絡事項  | 一考    

 明日三日木曜日は奥平さんの貸し切りです。営業はいたしませんのでよろしくお願い致します。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月02日 19:08 | 固定ページリンク




感慨  | 一考    

 新陳代謝の意は「新しい物が古い物にとってかわること」とある。そしてひとは二百万年の間、代謝を繰り返してきた。代謝それ自体に意味があるのかもしれないが、個々のものとしてのひとにさしたる意味があるとは思われない。ひとに限らないが、生あるものはことごとくが代謝される。永遠の命なるものは存在しない。このことはひとに悲しみを齎す、失意といってもよい。
 自死を薦めたことは一度もないが、存在やその本質である人生になんら意味は生じないというようなことを書き継いできた。もちろん、わたしはわたしの信じるところを綴っているだけで、他人がそれにどう反応しようと知ったことではない。ただ、わたしとお付き合い下さるひとは何等かの黙契乃至は諒解があるはずだと勝手に思っている。
 表現や行為には意図、理由、目的、折々の気持ちなど、要するに内容またはメッセージがこめられている。しかしながら、百万遍念仏を唱えようと存在それ自体に意味を与えることはできない。どこまで行こうが末の露、本の雫を一歩もでるものでない。ところが、多くのひとが短詩系文学は分からない、どのような意味なのだろうか、と問う。前述した意図、理由、目的、折々の気持ちなどを素直に受け取ればよいのであって、それ以上の意味を文学に求めてもなにも帰ってこない。
 意味のない人生を送っているひとが文学にのみ意味を求めるのはどう解釈すればよいのだろうか。意味のない人生から編み出されるものに、意味なんぞあろう筈もなく、ただ、身にしみて感ずるところがあればそれでよいではないか。詩歌とは感じ取るものであって、意味などという功利を求めるものであってはならない。


投稿者: 一考      日時: 2010年06月01日 22:16 | 固定ページリンク




排水ホース  | 一考    

 洗濯機の排水ホースを周さんが変えてくださった、水漏れしているらしい。早速使ってみるがやはり水浸しである。よく見ていると下水から濫れ出している。下水管を掃除する道具は捨ててきた。相手はコンクリートの中、道具がないとどうにもならない。困ったものである。
 カルキ、水垢、髪の毛、理由はなんでもよろしいが、年月を経れば管は動脈硬化を起こす。虚無のよいところはそこにぽっかりと空洞の生じることである。虚無のあるところ、冷たい風が吹き渡る。凍えるような風かもしれぬ。しかし、わたしには生活必需品のように思われてならない。
 中井さんのピーマン嫌いは有名だったが、理由は中身がないということだった。虚無への供物の作者が云うようなことではないなと思って聴いていたが、彼によると虚無への供物はなによりもまず美しいものでなければならないようだった。ここには虚無と供物という弁証法があって、どうやら中井さんの夢見は供物にこそあれ、虚無にはなかったようである。されば、虚無は食べられないがピーマンは煮ても焼いても食べられる。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月31日 22:36 | 固定ページリンク




苟且の芸  | 一考    

 周さんに付き添っていただいて、水元公園を散策。途次、種村さんのことばかり思い浮かべる、「玉葱の皮剥き」について掲示板で触れたからか。初めてお会いしたのは私が二十歳の時、以来、虚無のはなしばかりしてきたように思う。最後になった対談(活字には出来ずじまい)も話題は虚無ばかりだった。虚無などと口にするとはなしはそれ以上進まない。青臭い感慨なのだが、どうも虚無からは逃れ得ない。この消息は横須賀さんとも同じだった。彼も名うての虚無好きで、おそらく酒や女よりも実体のない概念に恋い焦がれていたように思う。
 そう云えば、六さんの口癖も虚無だった。もっとも、彼の虚無は老子直伝の虚無のようで、「形状がなく、見ようとしても見えず、聞こうとしても聞えない」という花も実もないところのものであった。虚無に花があるかどうか知らないが、マラルメの詩篇などはそれに近いものであるまいか。おそらく虚無が咲かせる花は美しいに違いない。だって、美とはそういう実体のないものだからである。
 周さんが一考の書く種村論も種村さんの書く一考論も、どちらも玉葱の皮剥きなのだが、皮の内側については一言も触れられていないと云う。中身がなにもないんだから仕方がないよと応える。・・・周さんは歳は若いけれどなにかしら「見ようとしても見えず、聞こうとしても聞えない」要は本質とか本性といったものの意味のなさを知っているように思う。好き嫌いといった売れ残りの弁証法を周さんは嘲笑う。そう虚無主義者には嘲笑しか残されていない。
 何時だったか文学はネトニミーだと書いたことがある。その置換のありかたにこそ、苟且の芸があるのではないだろうか。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月30日 23:54 | 固定ページリンク




玉葱の皮剥き  | 一考    

 このところ意識の不確かさについてよく思う。自分のルーツとかアイデンティティとかひとは宣う。あるひとは才能を、趣味を、知識を、意識を、記憶を、持って生まれた性格を自分そのものだと錯覚する。しかし、ひとは手脚を失っても生きているし、記憶を失っても生きている。意識を失ってすら生き続けているのである。意識や記憶を自分と仮定するのは健康者が考えつく与太に過ぎないとわたしは思っている。自分を知るというのは玉葱の皮むきのようなもので、終着点はどこにもない。すぐれた文学というものはその終着点のなさを描き、玉葱の皮むきに精を出すことではないかとすら思う。ボードレール、マラルメ、ジュネ、ベケット、カフカ皆そうではないか。
 一篇の詩が革命をもたらさず、一篇の詩が何等の変革をももたらさないであろうことは分かっている。それでもなお、虚無相手のデスペレートな闘いは続けられる。その営みこそが文学だからである。「文学をやっています」と人は云うが、「虚無をやっています」とか「絶望をやっています」と人は云わない。云わないひとは「文学」と「虚無」とがどのような関係にあるのか、その辺りの消息に目をつむっているからである。
 詩歌を読んでいても世の中は欠損商品だらけである。況や詩歌を読まない読書人などあってはならない存在だと思う。何時から詩歌が等閑視されるに至ったのかはどうでもよい。等閑視して済ませようという個々の人の心根こそが問われるべきである。詩経を持ち出すまでもなく、文学は詩にはじまって詩に終わる。散文では表し得ない種類のシミリ、メタファー、ネトニミー、シネクドキ、アレゴリーに満ち溢れている。それらを理解し咀嚼する詩精神を養うことこそが読書人の唯一の務めであるまいか。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月29日 04:37 | 固定ページリンク




店で倒れる  | 一考    

 今日店で倒れた(斃れたたのではないからご安心を)。相澤さんが帰られて午後九時過ぎだが、突然眩暈がし意識が失くなりかけた。今日は出しなから体調は悪かった。ひできさんが来るのでないかとメバルの刺身を買い、何時もより慎重に運転した。十二分に気を引き締めていたのである。
 意識が持って行かれようとするのを必死に堪える。堪えきれずに混濁状態に入りかける。数を数えたり、頭のなかで念仏のように「あヽ麗はしい距離(ディスタンス)、つねに遠のいてゆく風景‥‥悲しみの彼方、母への、捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。」と唱える。目を覚まそうと何度もトイレへ行く。気を失いそうなので、ドアは開けっ放し。もしもの時は店にいらっしゃるひできさんとりきさんが助けてくださるに違いない。そして救急車、二人が呼んだようである。三名の救急隊員が店へ雪崩れ込んでくる。その頃には混濁状態からはいくぶん遠ざかっている。どうやら気絶せずに済んだ、ピアニッシモに助けられたようである。瞼の裏が白いとか血圧が低すぎるとか、緊急入院を薦める救急隊員には詳しく事情を説明し、お引き取り願った。
 失神にもある種のコツがあって、一歩手前で踏みとどまれるようになればよいのにと思う。それにしてもお二方には迷惑をお掛けした。御免なさい。

 夜風は冷たく気持よかった。身体の鈍重さとは正反対になんと風のさわやかなこと、きわやななことよ。確実にまた一歩死に近づいたように思う。明日は雨、終日家に引き籠もっていようか。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月29日 02:42 | 固定ページリンク




ルーター  | 一考    

 拙宅にはDHCP機能が付いたルーターと付いていないルーターの双方がある。要するにバッティングはしない筈である。「サーバー側で接続状態を管理し、トラフィック制御しやすくするというエンジニアの希望はわかりますが、ユーザー視点ではないですよね」とはおっきーさんのご意見だが、ユーザー軽視は昔からのNTTの社風である。これでよく会社が存続しているなあと思う。一度でもフレッツ以外の回線を利用したひとなら、二度とフレッツは使わないであろう。常時接続でありながら、接続動作が必要なシロモノを商品として販売するなど以ての外である。
 怒っていても仕方ない。NTTから送られてきたルーターのPPPが点灯していればよいのである。アナログ的なわたしならさしずめ豆球を買ってくるか、もしくは配線を変えてPPPを点灯させるしか思いつかない。なんの役にも立たないが。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月29日 01:51 | 固定ページリンク




櫻井さんへ  | 一考    

 NTTから送られてきた機器はPPPoE対応のルーターですが、それを承知でもう一台ルーターを入れました。結果は同じでダイヤルアップにしないと接続できません。なにか方法があるのでしょうが、わたしにはお手上げです。フレッツ光はそのようなものとして付き合うしかなさそうです。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月28日 03:52 | 固定ページリンク




フレッツ光  | 櫻井清彦    

↓の件、PPPoEでつながるんだったら、回線とパソコンの間にルータをかませばいいんじゃないでしょうか。


投稿者: 櫻井清彦      日時: 2010年05月27日 21:02 | 固定ページリンク




フレッツ  | 一考    

 引越先には光フレッツが引かれているので、それに入った。ところがブラウザ、メールソフトなどを立ち上げても繋がらない。いちいちフレッツ専用のアプリケーションを立ち上げなければ繋がらない。なんともはや面倒なことこの上ない。これからフレッツを引こうと予定なさっている方はやめたほうがよい。しかも添えられたCDからインストールされるアプリケーションはOS9専用で、OSXのものは用意されていない。PPPで繋がりはするが、しばしばトラブルが発生する。要するにフレッツはマックのことはなにも考えていない。最悪である。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月27日 20:08 | 固定ページリンク




八年七月  | 一考    

 引越してからは刺身三昧だが、食事制限はともかく、ナトリウムやカリウムの総量規制はきちんと守っている。八年七月の血液検査では尿素窒素が22.8、クレアチニンが2.25である。尿酸は9.2、中性脂肪は306、血糖は127と当時の食生活の内容を如実に表してい、危険な兆候だらけである。しかして一年後には尿素窒素51.5、クレアチニン6.55に一気に跳ね上がっている。
 去年の靭帯剥離骨折の前、顛倒事故を起こして足の調子が思わしくなく主治医の元を訪れた。その際の診断が痛風、ビールの飲み過ぎと鯣の食べ過ぎが祟ったようである。八年七月の段階で食事制限に這入れば発症を遅らせるのは可能だった。それでなくても腎結石との爆弾を抱えていた、すべては後の祭りである。
 引越で父の写真が出てきた。一心不乱に大車輪を回っている写真である。わたしも鉄棒が好きで、よく父と一緒に車輪を舞った。そして自分の体力を過信するに至った。その過信が八年七月での対応を遅らせたと思っている。
 喧嘩による怪我ばかりしていたが、命に関わるような病とはついぞ無縁だった。従って、今回は後手に回っている。わたしはこの後手が得意でない、後手と気づいたときには狼狽えるしかないのである。もっとも病人とはそういうものなのかもしれない。
 外食はとんと途絶えた。たまに腹が減るが、失神が嫌で出先では食さない、一に辛抱、二に辛抱である。家でなら気を失おうがどうなろうが、大の字になって寝ておればよい。カリウム性心筋梗塞でお陀仏にならなければやがて目醒める。いずれ死ぬのだから不安感はない。不安があるのは車の運転中である。他人を巻き込むのだけは避けたいと思うが、それだってどうなるか分からない。すべては初体験である。分からないことだらけなのである。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月27日 02:55 | 固定ページリンク




本と魚  | 一考    

 まなさんが遊びにいらした。魚が好きだとのことで、例のスーパーへ。大きな肝が添えられたカワハギの刺身を見付ける。一匹丸ごとで三百九十円。嘘のような値段である。オコゼとカワハギはわたしの好物。いまのわたしは食べてはいけないと思いつつ、西明石以来の活け料理を堪能する。
 余談だが、蛸の湯掻いたのが売っていた。脚の太短い見るからに旨そうな真蛸である。買いはしないが、引いているのを見て愕いた、芯は生で透明感がある、元手の掛かった見事な湯掻き方である。蛸には少々五月蠅い、わたしはこの魚屋をますます好きになった。
 昼網の魚を午後三時過ぎに買っている。従って、その日の七時か八時ぐらいまでなら刺身でいける。生け簀を備える店は別だが、いかなる割烹でも鮨屋でも消息は同じである。夜に刺身を食べるような無調法はいない。夜食べられるのは貝類だけである。
 何時も書いていることだが、平目が好きだから平目を、鯛が好きだから鯛をというのは外道の食べ方。魚は活きですべてが決まる。くたびれた平目より新鮮な鰯の方が旨いにきまっている。これは翻訳文学にも通じる。拙いマンディアルグより、上質なオー・ヘンリーに軍配があがるのは云うまでもない。この好き嫌いというのは屡々ひとの目を眩ませる。好悪はそのひとからアプローチの多様さを奪う。薄っぺらな文学、とりわけ散文がお好きな方にはそれまでだが。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月27日 02:11 | 固定ページリンク




透析と病院  | 一考    

 久しぶりの血液検査。尿素窒素は86.7、クレアチニンは8.46、蛋白、尿酸は減り、血糖値は上がっている。血圧は低い方が58でちょっと気になるが、正常値である。要するに、前回と比して悪化はしていない、小休止といったところか。カリウムの数値がわずかに上がってきたので、一箇月間服用を制限していたカリメートを復活。血圧計と睨めっこしながら降圧剤を少々減らそうと思う。ただ、このところ手脚のつりが繁くなっている。なんとかならないものか。
 シャント手術と透析導入は北里研究所病院の泌尿器科で行うことになった。秋元さんの仰言るメデイカルソーシャルワーカーの協力も得ることになった。医療費はわたしの試算ではとても足りず、東京での障害者申告で負担が軽減されるようである。この件に関して、またまた山崎医師の手を煩わせた。医師と電話で話していて嬉しくて泣き出しそうになった。

 過日、関さんから薦められたサリラベートだが、マツモトキヨシのオリジナル商品と判明。探してもない筈である。今日、無事にスペアを購入した。

追記
 郡さんの連れ添いが関係なさっている透析専門の病院が三軒茶屋にあるらしい。先程、郡さんがですぺらへ来られて紹介があった。忝ないお心遣いである。北里研究所病院に決まりそうなのでご心配なく。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月25日 23:38 | 固定ページリンク




看護師さんの意見です  | なぜか薬にくわしい関陽子です    

 2月にそちらでの宴会に参加したベテラン看護師さんからの伝言でーす。

「ですぺらの一考さんの文章読ませていただいているのですが
> 今回地元の病院を断られてしまった件ですが、満床ということで断られたようですね。
>
> 透析用のシャントを作ったりするのに入院が必要ではありますが、断られるのはどうかと思うのです。
> 予約でベッドが空くまでに何ヶ月かかりますというのならまだわかるのですが。
> 代わりが見つかったとはいえ、地元でないと何かと不便だと思います。現金も必要になってくるでしょうし。
> 最近では初診でかかる場合、まずかかりつけの医師が紹介したい病院の地域連携室というところへ電話を入れて
> 状況を話し、予約を取る方法が多いのです。今回のように行って断られるなんてショックですよね。
> 私の母も物忘れ外来にかかるのに、杏林大学病院の予約を掛かりつけ医から取ってもらいました。現在通っています。
> ある程度の規模の病院であれば必ず地域連携室というのがあるはずなのですが、なければМSW(メデイカルソーシャルワーカー)でも良いので
> 病院には必ずいるはずですから連絡して相談してみてはいかがでしょうか。
 お手間をとらせますが知らせてあげてください。
   > 秋元美知子


投稿者: なぜか薬にくわしい関陽子です      日時: 2010年05月24日 22:18 | 固定ページリンク




整理  | 一考    

 整理はこれからだが、荷物の確認が終わった。二つに別けた薬がどちらも行方不明である。おそらくそうなると思って手当をしたのがよかった。わたしの身体は薬がないとやって行かれない。薬と一緒に必要な手紙類も紛失した。これらは引越に伴うものでどうにもならない。運転免許を持っているのがわたしだけ、というのが今回の致命的な問題点だろう。それにしても荷物を管理できなかったことが悔まれる。あげてわたしの責任であって、お手伝いくださった方には申し訳なく思っている。
 もっか酒の整理をしている、店が機能しないからである。アイラのみ終わったが、残りの方がはるかに多い。カタログの書き直しを捨て置いてきたが、それを進めるためにも早く整理を済ませたい。
 旧宅では本の整理が終わったのは二年後のこと、今回は寿命が尽きるころに完成するのでなかろうか。いずれにせよ、書物の整理は最後である。まずは台所、風呂、トイレの機能回復が最優先である。先日、水道の蛇口がポキッと折れた。旧宅に蛇口のスペアはあったのだが捨ててきた、三千円の出費で修理。トイレの蛇腹も寸法が合わないので買い換えた。こちらもスペアは持っていたのだが。
 テレビのことを訊かれたが、テレビを購入する気はない。それよりもクーラーが必要である。クーラーがなければ失神の連続となる。難儀な身体になったものである。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月24日 21:03 | 固定ページリンク




今日も魚  | 一考    

 今日も刺し身、ひさき、かさご、金目の盛りあわせを購入、サラダ風に頂戴する。夜食用にと真子鰈を煮付けにすべく百五十円にて贖う。ここまで食生活が変わるとは想像だにしなかった。ひさきは過日のとびうおと共に、癖になる旨さとの註釈が値札に添えられている。かなり魚に詳しいひとが包丁を握っているに違いない。一度話したいものと思っている。
 わたしは多少心得があるからいいようなものだが、出世魚の名称は地域でまったく異なる。当地も江戸のそれではなく、埼玉のそれとはまったく異なり、千葉の名称に準じている。灯明台に似ているところから灯台海螺貝と名付けられたゴマがあった。周さんが見付けたのだが、次回にでも試食してみよう。
 むかし篠山や福知山へ行った折、兵庫県とは名ばかりで、京都の文化圏であることを思い知らされた。三郷の鷹野も江戸川を挿んで千葉と対面している。日本の伝統文化は河川を中心として縦割りに栄えてきた。いわゆる山窩の文化である。それを維新政府は鉄道と道路によって打ち壊そうとし、そして横割りの文化構築に成功したかに見られる。奥州南部藩では川一本距てれば言語が異なると云われた。言語の多様性、その伝統こそ顧みられるべきものだったに違いない。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月23日 20:57 | 固定ページリンク




風呂と魚  | 一考    

 引越先には魚屋があって、その魚屋が近隣のスーパーへ出店している。東京で刺し身を食するのは諦めていたのだが、ここ三郷の南端では恵まれたことに、毎日千葉方面からの魚が潤沢に踊っている。一昨日はとびうおと鰺、昨日はいさぎ、今日は小振りだがすずきとチヌを買ってきた。西明石と同じく活かっている、しかもほとんどの刺身が三百円から五百円の間で売られている。こりこりしたチヌを食べるのは久しぶり。よいところへ引越したものとほくそ笑んでいる。

 全自動の風呂に這入った。窓のがないのにいささかの抵抗はあったが、這入ってみるとすこぶる具合がよい。体温で湯温が下がるとたちどころに燃焼マークが出て設定温度に戻る。湯量はもちろん、なにくれとなく女の声で状況がアナウンスされる。入浴が女人ならば男の声で説明されるのだろうか。ひょっとすれば風呂が好きになりそう。
 長らく鏡を見ていなかったが、わが肉体衰えたり、これでは女が逃げ出すのも然もありなんと納得する。新居は旧居にもまして駅から遠い、女人の訪なう心配はまったくない。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月23日 04:48 | 固定ページリンク




透析と痒み  | 一考    

 新居の近くの病院へ行ったが診察を拒否された。満床というのが理由である。わざわざ女医が出てこられ、申し訳なさそうにしかしきっぱりと断わられた。256床の大型病院なので、断わられるとは思っていなかった。当てが外れ、血液検査も処方箋も頂戴できないので、浦和の主治医のところへ行き、善後策を相談する。三田の主治医の後輩を紹介していただくことになった。ただし、都府県が跨がるため、二箇月分の治療費110万円ほどを立て替えなければならない。痛い出費になりそうである。糖尿から透析に入るひとが激増中だそうで、そのあおりを食ったわけである。
 関さんからサリラベートが送られてきた。引越のどさくさで薬がどこかへ紛れ込んでしまった。一番大事なものがなくて困惑していたが、今日無事にすべての薬が揃った、一安心である。プレドニゾロン吉草酸エステル酢酸エステルがステロイドで、クロタミトンがかゆみ止めである。似た薬にオイラックスH(市販品とは異なる)があって、主治医から薦められた。
 人工透析後の吐き気や倦怠感ならびに透析掻痒症は透析をはじめてからの方がはるかに重度で、糖尿患者の場合の食生活の緩和のようなメリットがなにもないようである。透析によって身体の症状はずんと悪化する。多くの患者が透析を引き延ばす理由がよく分かる。透析ははじめてしまえば止められなくなり、生命を長らえる以外採るべきものはなにひとつなく、悩ましいところだと主治医から聞かされた。かかる見解をあるがまま教えていただけるのは有り難い、幻想を抱かなくて済むからである。
 日中の車のなかは灼熱地獄だった。熱くてハンドルが握られない、さりとて汗ひとつかかない。これは痒みとも関係があるのだが、肌が乾くのでなく、新陳代謝が著しく鈍ってきたのが理由である。汗をかかないので体温調整ができない。体温調整ができないので失神する。これから夏に向かって意識喪失は頻繁に起こりそうである。困ったものである。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月22日 14:48 | 固定ページリンク




老婆親切  | 一考    

 引越で愚息の協力を得た。そのことには感謝しつも、彼の腹の出っ張りが気になった。二十歳で腹が出るのは異常である、五十代か六十代のそれである。あのような状況に至るまでにどうして誰かが注意を喚起させなかったのか。食事制限をし、運動に汗水垂らしてもおそらく元に戻るに七、八年は掛かるだろう。なによりも恰好が悪い、祖父が生きておれば不様なと罵ったに違いない。要は食い過ぎなのだが、既に糖尿の兆候が見て取られる、詳細な血液検査を強く薦める。
 聞くところによると肉しか食べないようである。魚は鮪の大トロと海胆しか食べないとか。そこへジャンクフードを加えると最悪の食事内容となる。今ならイナダかワラサもしくはアイナメが旨い。イナダなら目下一尺の天然ものが一匹三百円も出せば売っているし、ワラサならブリほどではないにせよ、十分に脂が乗っている。食事の間口を拡げることをお薦めする。それと飯が一番、お菜をいくら食しても満腹感は得られない。体質にもよるが、糖尿を避けるには中華やパスタのような洋食を遠ざけることである。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月19日 20:04 | 固定ページリンク




漆黒の蘇格蘭  | 一考    

 幹郎さんが蘇格蘭から帰られた。早速電話を頂戴したが、聞くところによると蒸留所の回りの木々は漆黒、その黒々とした幹に夥しい苔がこびりついているそうな。真っ黒な幹から突き出た下枝に桜の花が咲く、なんともはや、シュルレアリスムを想起させる光景ではあるまいか。
 愛蘭土とも英倫とも異なる特有の景色はアルコールによるものなのだが、醤油や酢の醸造所の壁や瓦が赤黒く彩られているのと同じ理由による。
 蘇格蘭の蒸留所の旅行記は数多あるが、ピートによって河川の水が黒ずんでいるとか、蒸留器のスワンネックがどうのと先行する文献の再確認に終わるのが常である。十人が十人とも同じ内容にこころを奪われ、同じような文面を著す、個性がないことこの上ない。ここは一つ詩人の目に映った蒸留所ならびに近在の風景を楽しませて頂きたいと願っている。次回の「嗜み」が期待される。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月19日 14:20 | 固定ページリンク




透析  | 一考    

 国民健康保険特定疾病療養受療証が発行されたが、認定疾病名に「人工腎臓を実施している慢性腎不全」と記載された。本証の再発行に関しては戸田市役所の担当者と随分長く話をしていたようである。もちろん、血液の状態から推してとっくに人工透析ははじめていなければならないのだが、引っ越すまではと我慢してきたのである。身体が黒ずんできたのも分かっている。目眩いや痒みなど憎悪が一段と激しくなってきたのも分かっている。手の震えが止まらなくなったのも分かっている。しかし、頭の片隅に人工臓器に頼って生き延びることへの嫌悪感がある。こちらで詳細は書かれないが、主治医はそのことを知っている。選択するのはわたしでしかないことを。
 透析拒否はわが国では病死扱いになる。海外のように自殺としてはカウントされないようである。もとより、医学とは延命策であり対処療法である。癒る病なら迷いはしないが、癒らない病に手を加えるのが釈然としないのである。命が劃られたときに、ひとはいかに抗って生きればよいのか。自らの死についてひとは相談すべき相手を持たない。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月17日 21:55 | 固定ページリンク




引越騒動2  | 一考    

 主たる搬送は10日だったが、混乱を極めたのはそれから後である。新居のドアを開けたところから段ボール箱が天井まで堆く積まれている。段ボールを開けて中身を然るべき棚なり箪笥を入れようにも、そこへは辿り着かれない。荷物を持ってマンションの玄関先を迂路迂路するだけである。そこへ現れたのが周大監督である。彼は段ボールの壁面をよじ登り、天井との僅かな隙きから奥へと侵入する。わずか四、五日で台所が姿を現し、蒲団は敷けないまでも毛布が敷ける空間を編み出した。手品師のような彼の動きに讃歎す。
 昨夜、周大監督と酒を酌み交わした。葡萄酒を台所の小さな隙間で頂戴した。いまのわたしは以前のようには呑まれないが、美味い酒だった。改めて感謝したい。

 転居手続きのため役所と警察へ赴く。警察は簡単に済んだが、役所は終日掛かった。転入届と印鑑証明を戸籍課で済ませ、国民健康保険課で住所変更、障害福祉課で身体障害者手帳と重度心身障害者医療費受給者証、車の登録、車検証、ETCカードの書き換え、さらに国民健康保険課へ戻って国民健康保険特定疾病療養受療証の再交付。戸田市役所は障害福祉課と国民健康保険課が同じフロアーで隣接している。ところが、三郷市役所は別棟である。障害者のことを何も考えていない。これから月に何度も往復することを思えばうんざりである。それはともかく、障害福祉課の人はみなさん親切である。二人がかりで馴れないわたしをサポートしてくださる。「あと三十分ほど我慢してください」の一言に「こちらこそ馴れなくて申し訳ない」と復す。これから死ぬ日までのお付き合いになる。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月17日 21:17 | 固定ページリンク




奥平晃一さん  | 一考    

 古書通信2009年11月号12月号に「書肆ユリイカの本・人・場所」と題する鼎談が掲載されている。奥平晃一、田中栞、郡淳一郎のお三方である。その延長線上ということになろうか、郡さん主宰になる「奥平さんに話を聞く会」がですぺらで定期的に催されるようである。奥平さんがなにを喋るのかわたしも楽しみにしている。
 わたしはもともと黒木書店の客だったが、黒木さんは国文学が専門で、現代詩はあまり得意でなかった。十代の頃のわたしは短詩系の作品ばかり読んでいたので、神戸の古本屋がいささか物足りなくもあった。二十歳ぐらいの頃、大月雄二郎さんの西荻窪のアパートへ半年ばかり転がり込み、東京中の古本屋を歩き回った。宜しく注意属目せざるを得なかったのが、渋谷の中村書店と日暮里の鶉屋、それと神保町の田村書店だった。爾来、田村書店の奥平さんとは厚誼を重ねる仲になる。毎年のごとく本を売ったり買ったりで今に至る。
 彼は商売柄、本についてはよく知っている。知っているどころのはなしではない。いかような問い合わせであろうとも、即答できなかったことはない。他方、彼は本をほとんど読まない。読まないので思い入れがない。思い入れのなさが値付けに現れる。要は拈らないのである。古本屋の店主は大方が自分の趣味を客に押しつける。その厚かましさが奥平さんには微塵もない。要は清々しいのである。
 彼の旧宅では上京の度に泊めていただいた。わたしが元料理人だったのをご存じなので、食事には気を遣ってくださる。彼は上戸ではないが、常に吟醸酒が出てきたように記憶する。彼の自転車を三台誂えたことがある。内一台は旧宅の裏手にあった鮨屋のご主人が乗っている。
 なにしろ四十年を越える付き合いである。書くことは山のようにある。本にまつわるはなしは追々書いてゆきたい。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月17日 20:37 | 固定ページリンク




引越騒動  | 一考    

 29日から始った引越騒動も15日の粗大ゴミ処理で一段落、最後まで稼働していた冷凍庫も16日に三郷へ移動する。わたしの車であと四往復である。狭い住居ゆえ、蒲団を敷くスペースはもちろん、足の踏み場のない有様。これから本の整理と台所の機能を回復させなければならない。
 引越先のダンボール箱を開けてみるとゴミが入っていたり、逆に必要なものが随分と捨てられている。ネジや一部のパーツの紛失によって必要な家具の破棄を余儀なくされるなど混乱も起きたが、これは仕方のないことである。
 引越に際し、多くの方の尽力に与った。佐々木幹郎さん、関陽子さん、奥平晃一さん、辻健さん、川畑公子さん、隆さん、垂野創一郎さん、中村裕さん、土屋和之さん、佐藤周さんとその友人たちに感謝。とりわけ周さんには引越万般を取り仕切っていただいた。彼が居てこその引越だった、深く感謝したい。また神戸から泊まり掛けで駆けつけてくださったお三方には深甚の謝意を表したく思う。
 今回は四トンほどのゴミを捨てた。一口で四トンと云うものの大層な量のゴミだった。人は生きてゆく上でさまざまな「もの」を身辺に惹きつける。誰もがそうなのだが、それら「もの」はその人にとってのみ意味を有する。今までいろんな人の死に立ち会ってきて遺品の山を見るにつけその感を強くする。
 長年、一戸建てに住んできたからか、大工道具、接着剤、ペイント、刷毛から下水管の掃除道具に至るまで揃っている。例えば、スパナとレンチを併せて50本、鋸4丁、砥石は八個、さらにコーキングガンから危険な薬品までが多種多様に揃っている。それら薬品の処理には頭を悩ませた。
 書庫を引っくるめて蔵書は二トン車一台分、加えるに調度品が一台分、それぐらいが相応しいように思う。わたしにとって生きるとは物欲との闘いだった。恥にまみれた人生である。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月15日 19:41 | 固定ページリンク




新居住所  | 一考    

埼玉県三郷市鷹野5-321-1大幸マンション103号
電話048-954-7170

 埼玉と千葉と東京葛飾の県境、最寄り駅は常磐線の松戸ですが、駅からは三キロほど離れていて松戸橋を渡ったところになります。江戸川と中川に挿まれた水郷地帯で、車だと外環の三郷南を出たところ。真っ直ぐ南へ下れば、柴又、小岩を経て舞浜の東京ディズニーランドへ出ます。
 引越の詳細は次回に。


投稿者: 一考      日時: 2010年05月13日 15:46 | 固定ページリンク




ですぺらの営業について  | 周    

一考さんよりの伝言です
ですぺらは十三日の木曜日より営業を開始します。よろしくお願いします
とのことです。


投稿者: 周      日時: 2010年05月10日 23:55 | 固定ページリンク




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