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2002年03月 アーカイブ

高遠弘美 | 悪口です

前項に続きますが、お許し下さい。

本日は悪口を申します。悪口のお嫌いな方はここでおやめ下さい。

次のいくつかの文をご覧下さい。

まず、数字の表記から。「二〇年前」「九二〇億ドル」「イスラエルの三四年にもわたる非合法な軍事占領」「八月二十七日」「一〇〇人」「二〇〇人」「五〇〇人」「三〇〇〇人」「七〇〇万」「一万九千人」「四九パーセント」「六、〇四五戸」「三二、七五〇戸」「二二〇ヵ所」「十九世紀」……。
いかがでしょう。私はこういう数字表記の不統一が人一倍気になるほうなのかもしれませんが、読んでいていささか引っかかりました(私なら「二十年前」「三十四年」「二百二十ヵ所」「六千四十五戸」のように書きますが、それはともかく、不統一が気になります)。
それからこんな一節。
「しかしながら、もっと気が滅入るのは、世界の中でのアメリカの役割を理解するために費やされた時間があまりに少ない」。
あるいはまた、
「(略)が、プロパガンダの目的である。また、イスラエルがいままでどおり弾圧を続けつつ、同時に犠牲者であるように見せかけることなのだ」。
また、
「前述のように、アメリカの政治的・文化的シーンに働きかけようとする計画と思考がまったく欠如していたことが(といってもそればかりでもないのだが)、一九四八年以来驚くべき規模に達するアラブ人の土地と生命が(アメリカの援助を受けた)イスラエルによって奪われたことについて大いに責められるべきなのである」。
あるいは、
「そして、こうしたキャンペーンをひじょうに効果的にしてきたものは、西欧がもっている自分たちの反ユダヤ主義に対する積年の罪悪感なのだ」。

みすず書房の新刊サイード著『戦争とプロパガンダ』からの引用です。
内容は素晴らしい。読まれて然るべき本だと思います。それなのに、この文章は何でしょうか。
こちらの理解力の乏しさのせいかもしれませんが、何を言っているのかよくわかりません。惜しい、残念、癪に障る、というのが率直な感想です。
ふだんこういう非難めいたことは書かない主義ですが、原著が素晴らしいだけに、大手がこういう翻訳を平然と出してしまうことに無性に腹が立ち、書きました。妄言多謝。

もうひとつつけ加えます。最後にサイードのインタビューが載っているのですが、そこでの「ぼく」「ぼくたち」はどうでしょうか。
「ぼくの知っているアラブ人やムスリムはみんな合衆国にものすごく興味をもっています」。
。一九三五年生まれ。六十六歳。私生活ならともかく、公のインタビューでこんな言い方をするでしょうか。

洋書屋はこの本の原本を早急にそろえた方がいいのでは。翻訳を買ったひとの大半が途中で匙を投げるから。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月01日 01:23 | 固定ページリンク




暫定管理人 | 新入荷のウィスキー


先週、ですぺらにお邪魔して新入荷のマッカランとカリラをいただきました。
結構なお味でございました。

ところで、掲示板だけよんでですぺらに行かないのは勿体ないですよ。
みなさん、ですぺらでうまい酒をいただきましょう。
そうしないと、店がなくなってしまいますぞ。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月04日 00:45 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 大半の同感、若干の疑義

高遠先生のおっしゃられることは、おそらく正しいのだと思います。
(実物を読んでいないので、全面的に肯定するのはフェアでないですね)しかし、ここに、若干の揚げ足取りめいた疑問を表明したいのは、はたして、みすずは「大手出版社なのか」ということです。
2001年版出版年鑑によると、資本金1000万、従業員22名。(むろん、これは編集だけでなく、営業も総務・経理も含めてですね)
講談社の3億、新潮社の1億5千万にくらべると、零細とは言えないまでも、やはり「中小」の部類でしょう。社員の給料は……こういう詮索は慎みましょう。
おそらく、あれは広報誌「みすず」に昨秋あたりに載せたものを、そのまま単行本にしたものだと思います。雑誌掲載記事のデータをダウンロードすれば、組版関係はほとんど費用がかからない。それで、出版を急いで、つい仕上げの統一を怠ったというのが実情でしょう。
みすずの本の誤植の多さは、かつての北一輝著作集から定評のあるところで、さいきん気になったのは、吉田加南子さんのエッセイ集の中のプルーストを論じた数頁の文章の中のすべてが「ブルースト」になったいたことや、新進気鋭の学者が書いたクナッパーツブッシュ論のなかで、「弱冠」とすべき部分がことごとく「若干」となっていたことなど、御愛嬌で済ませられることかもしれませんが、たしかに、あんまり手放しでいてもどうかと思います。
(もっとも、ロラン・バルトの邦訳が三宅徳嘉氏の目を通していないものがほとんど役に立たないといったことの方が、大きな問題かもしれません)
まずは、とりあえずの、若干の疑義の表明まで
(誰だい、かえってとどめ刺してるじゃないの、って言ってるのは?)



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月04日 13:50 | 固定ページリンク




暫定管理人 | 三月危機


人身売買業というのは言い過ぎかもしれませんが、現代版口入屋へいった帰りに、
やるせなさを肩にしょって、またまたですぺらへ寄ってしまいました。
(しかし我が身を商品として投げ出して査定されるのはつらいことでありますなあ。
情けないったらありゃしない。)

世間ではゼネコンがつぶれたり、潰れかけた銀行が合併して国に延命させてもらったりしながら
3月危機とか申しておりますが、ですぺらにも3月危機が訪れているようです。
どうせなら国ごと壊れちまえと思う今日この頃であります←やけくそ。はっは。

危機があちこちを襲っている状況ですが、売り物と化した我が身はモルトウィスキーで
体の浄化を行ったのでした。
ちなみに今日はカリラばっかり3杯。wild horseな酒です。あばれる。あばれる。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月05日 01:14 | 固定ページリンク




一考 | 限られた金数

 りきさんへ
 芥川龍之介「芋粥」論を著された方ですね。今後ともよろしくお願いします。
 中間にアナトール・フランスを挟めば、芥川とダンセイニの比較にさしたる無理はないと思います。「新思潮」の同人に久米正雄や菊池寛が居ますし、松村みね子と芥川と堀口大学は恋の鞘当てを演じた仲ではないですか。「無茶な論考」どころか、頗る至当な根拠のある論攷と思います。貴方のこれからの活躍に期待します、頑張って下さい。
 カミユとダンセイニの比較の方はのっけから滅茶苦茶なデペイズマンコ?だと思います。一方は情念とのクリンチが売りの作家で、一方は乾いた観念派、何処に接点を求めるのか、金光さんのお手並み拝見ですね。
 金光さんは先日、宇野邦一さんからいささか突っ込まれていたようですが、あれは彼のユニークな励まし方です。自らの意見を簡略かつ直裁に述べる癖を日頃から付けておいた方がよいとの、彼一流の優しさなのです。私なら金光さんの意見を聞き流してお仕舞いなのですが、啓蒙家としての宇野さんの意外な面に気付かせられました。
 いずれにせよ、宇野邦一さんは現在のフランス文学者の中で、もっともアクチュアルにしてラジカルな思索者です。一筋縄ですむ相手ではなく、こわい人ですよ。

 りきさんは高価な人形を買われたそうですね。私は書物にしても5000円を超えるものは購入致しません。泉鏡花や木下杢太郎、日夏耿之介等を蒐めたのも、当時は顧みる人もなく安かったからであって、人口に膾炙し値の上がったものには些かの興味も持たないのです。忘れられたまったく無名の作家を発掘するのが読書の醍醐味でして、「ドグラ・マグラ」や「黒死館殺人事件」の初版は値が上がった時に叩き売って文庫を買い求めました。文庫本で読めるような作家は文庫で十分ではないでしょうか。限られたお鳥目なれば有効に遣いましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 11:57 | 固定ページリンク




一考 | ざる校正

 高遠さんへ
 かつて親友が編集した足穂の選集は誤植のないページを探し出すのが一苦労とのシロモノでしたし、これまた私の親友が出版した野溝七生子さんの著書も正誤表は60箇所を超えました。また、辞書の語釈を方便としていた研文社時代に使っていた広辞苑第三版の誤植箇所は軽く100を超えました。その半数は国家大観をはじめとする原典からの引用ミスでした。
 かく申す私も、かつては笊校で名を馳せた迷編輯者。諸般の事情を問わず、名を偸めば「迷」が「名」に出世して行くのもご愛敬。編輯も愛嬌商売の一であったかと思われる次第。

 種村さんが何度かクライストのペンテジレーアのことを書かれていますが、曰く・・・「約束」の再帰動詞 sich versprechen には「約束する」と同時に「言い間違える」の意味がある・・・。
 結婚を「約束した」の意と「言い間違えた」との意が寸分の狂いなく一語の中で重なり合うとするならば、歪みやねじれ、言語と人の生き方との乖離といった問題を一足跳びに乗り越えて、これはもう文学的結婚とでも称する他なく、言語それ自体が人間の実存とすり替わってくるような恐怖を覚えます。
 言語遊戯の場で多用されるアナロジーは泰西語には付き物で、フランス語からドイツ語、イタリア語からフランス語への翻訳なら何とか処理可能ですが、表象文字である日本語で多面的かつ重層する意味を示唆するのはおよそ不可能事です。従って、マラルメ、ジャリ、ヴィアン、ブルトン、バタイユ、マンディアルグ、ジュネ、ベケット等々の翻訳は、元来翻訳者個人の勝手な咀嚼すなわち数多ある解釈のうちの一として供されるべきなのであって、日本語に置き換える時には試訳こそが相応しく、翻訳との言葉を用いること自体に無理があるように思われます。
 と思い巡らせば、高邁かつ流麗な訳文と稚拙かつ低劣な訳文との間にさしたる差異はないのではないかと思われてくるから不思議です。
 もっとも、小説であれ、短詩形であれ、エッセイであれ、翻訳であれ、推敲がなされていない文章にお鳥目を支払うつもりは毛頭御座いません。貴方のロミにせよ、宇野さんのベケットにせよ、白鳥さんのロリナにせよ、お鳥目が支払われる先は訳者の心意気にあり。心意気とは思い入れ、文学から藝を除けばおそらく何も残りますまい。妄言多謝。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 11:58 | 固定ページリンク




一考 | 

 高遠さんへ
 文学のちから、文学のいのちに就いて著された高遠さんのエッセイは「みだりに行分あやしく、論理の精彩を欠き、リズムの乱れた散文など読むに値しない。達意はもとより散文のいのちである」との文章から書き起こされています。プリズムに乱反射した輝きがやがて一点に消え入るように収斂されてゆく、30枚の彩なす種村論の校正刷りに改めて酔わせて頂きました。編輯者冥利に尽きるとはかかる酔いへの逢著を指します。どうも有難うございました。
 エッセイにとって最も大事なことは、何を対象にしたかではなく、いかに捉えいかに料理したかという点だと思います。自らの意図を行き届かせるのが調理であり、割烹であり、作法でなければ何なのでしょうか。
 もちろん、対象への好悪すなわち選択もひとつの立場の闡明にはなります。しかし、それをもって佳とするならば、書物は目次のみにて結構ということになりかねません。オマージュをのみ著すのであればともかく、悪口や罵詈雑言が内包するエネルギーにも私がごとき俗物は惹かれのです。例えば荷風が逝った時の足穂の文章など、思わず快哉を叫びたくなるような逸文もあるではないですか。おそらく、オマージュの香辛料としてもっとも有効なのは悪口ではなかろうかと、貴方の達意の文章を読ませて頂いての感慨でございます。

 私は鏡花が好きで「鏡花論集成」のような書物を編んだこともあるのですが、同書の編輯に関して今では異なる意見を持っています。あの書物の中身を編んだのは私が二十歳の時です。若い頃は雑読期ですから、あのような書物の編輯も可能だったのですが、今なら時間が勿体ないのです。
 ぎりぎり自分が述べたいこと、即ち料理法、思想、歴史観を著すのに時間は費やされて然るべきではないかと思うようになったのです。また、その料理法や思想や歴史観等を包括する弁証法が文学というふうに解釈致しております。
 エッセイとは自らの立脚点を詳らかにするために書き始められるのかもしれませんが、結果は必ずしも思う方向に向かうとは限りません。重箱の隅をつつく種類の書誌学は論外として、対象と斬り結ぶとは自らの存在が「消え入る」ような虚しい行為ではなかろうかと、昨今の私は思っています。そもそも、立脚点や立ち位置なるものほど訝しく如何わしいものはないのではないかと。
 「立場の闡明」と前記しましたが、この「闡明」との言葉には「立場」との枕詞が常に取り憑いているように思われます。消息を鮮明にすればするほど、繰り返されるのは至らなさであり、自己の解体なのではないでしょうか。
 季節はとどめなく流れ、固着し定着するかりそめの場すら持ち合わせず、為す術もなく徒に拡散してゆく自分を眺めやるのみ。宇野さんの影響もありましょうが、ドゥルーズに読み浸るようになったのも、そのような理由からなのかもしれません。
 贅を刮げ、衒いをなくし、含羞を湛えた透き通るような弧絶感の中に死んで行った多くの先達を私たちは識っています。自らの思想と自らの生き方とが交錯し、照応し合うような季節がいつの日かたとえ一瞬でもよろしいから立ち顕われないかと、これは私のささやかな夢なのです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月06日 13:38 | 固定ページリンク




Siesta | 昨晩は。

昨晩は「ですぺら」の旨い酒と一考さんの痛快な話に酔いつつ、楽しい宵を過ごせました。
壁に掛けられた3枚の写真、「ですぺら」の石材の内装と照明の色温度にとけ込んでいてカッコよかった。
ところで、赤坂で写真といえば、東京写真文化館をご存知でしょうか。
場所は、赤坂見附駅をコージーコーナー側から出て左に少し歩いたところにある紀陽ビルの4階です。
今度、4月の初頭から「アンセル・アダムス生誕100年記念写真展」が催されるそうです。
これまでも、ブレッソン、カニングハム、ジャンルー・シーフなどの一見の価値ある写真展をやっていました。「ですぺら」に行く前に少し足を運んでみてはいかがでしょうか。

.



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月06日 14:53 | 固定ページリンク




Siesta | 訂正。

東京写真文化館の場所の説明が間違っていました。正しくは

赤坂見附駅をコージーコーナー側から出て「右」に少し歩いたところにある紀陽ビルの4階です。

「右」「左」を間違えるとは情けない。ちなみに、水曜日は優待日で入場料が安くなることを付け加えておきます。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月06日 15:19 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 拝読しました

一考さま

長文のメール、ありがたく拝読しました。仰言ること、わかるような気がいたします。オマージュにはある部分、対象そのものにではなくても、部分冠詞附きの悪口が必要であり、そこに生まれる緊張感がなければ、ただ弛緩した代物になってしまうのですね。むろん、悪口の度合いが濃い、と言いますか、タメにする悪口というのはオマージュに限らず、文章を損ねます。むつかしいのはそのあたりの匙加減、というより、「対象と切り結」ぼうとするなかで、その加減は自ずと定まってくるのですけれど、しかしなおかつ厄介なのは、これも仰せのごとく、「消息を鮮明にすればするほど、繰り返される至らなさと自己の解体」の問題が影のように筆の先から指や手を伝ってこの身のうちに入り込むことではないでしょうか。何かを書く、何かについて書く。それが自らの生と交錯し、重なり合い、照応し合う時の訪れをわたくしも待ち望んでおりますが、いま、具体的に駄文を書くときに感じる抵抗感、あるいは抑圧は、一度前にお話ししたことのある若い頃の吃音の苦い記憶と結びついているような気がしてなりません。太平楽で脳天気なわたくしがいまなお時に魘されるのは吃音の夢です。いや、夢ではないこともあり、春休みや夏休みのあとに最初に教室に入ってゆくときは、いまだに吃って言うべきことも言えぬまま立ちつくす幻影に悩まされます。だからどうしたと言われれば、ただそれだけのことですと申すほかありませんが、しゃべるのではなく書いているのに、たどたどしく、意味不明で、あるリズムを感じることのできないものに対する侮蔑と嫌悪、これは大袈裟ではなく子供の頃からありました。三つ子の魂百まで。馬齢を重ねるばかりで、内実はまったく進歩なく、あいも変わらぬ小者としては、いまだに小説であれ、エッセイであれ、翻訳であれ、そんな文章は最後までつき合うことなく「裏の川に投げ捨てたい」と思います。先日のサイードは一考さんの仰言る「稚拙かつ低劣な訳文」どころではなく、最後につけ加えていらっしゃる「推敲がなされていない文章」でした。「大手」かどうかという点については伊藤さんの警抜なご指摘がありましたが、わたくしが問題にしたのは、数字の不統一ということと、文章が「推敲されていない」ということです。この点は伊藤さんが書いていらしたみすずの本の誤植の多さということでは必ずしもなく(わたくしの本も誤植は決して尠くありません。人後に落ちずと言うと変ですけれど)、意味の通らない日本語をそのまま本にするのは、ムネオ風に言えば「いかがなものか」と思ったのがああいうことを書きつけた理由ですが、それは「藝」以前、「勝手な咀嚼すなわち数多ある解釈」以前の問題でした。わたくしは翻訳は音楽で言う演奏に近いと思っています。好きなればこそ弾く。弾くからにはおのれの解釈をとことん追求したものを聴かせたい。宇野さんや白鳥さんもそう考えていらっしゃるのではないでしょうか。プルースト(ブルーストではなく)の『失われた時を求めて』のなかに、話者の恋人が下手ながらピアノを弾く場面があり、それについて話者はたとえ下手な演奏でも、作曲家の本質は伝わるものだと書いていますが、その意味で言うなら、稚拙な翻訳であろうと流麗な翻訳であろうと、伝わるものは伝わるでしょう。しかしだからといって、話者は恋人にサロンで演奏させようとか採譜しようとか言っているのではありません。やはり進んで「お鳥目」を投げたい、これぞという演奏家はいるのであり、それはまさに一考さんの仰言る「藝」であって、それと、たとえどんなに愛しくとも恋人が二人だけの時に弾いた下手なピアノを同列に並べてはいけないだろうと思います。おっと、軽く御礼のご挨拶のつもりで書き始めたのが、いつのまにか一考さんの術中にはまって長々とまたまた駄文を連ねてしまいました。こちらこそ妄言多謝と繰り返して、本日はここにて打ち止めといたします。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月06日 19:01 | 固定ページリンク




暫定管理人 | こっちでもマック話


Old PCI MacにOS X をインストールする方法は
http://fujisawa.org/mac/RyanRempel/OldWorld/Instructions.html
に記述されています。
ただ危険を伴うので、ハードディスクのパーティションに充分気をつけて作業するべきです。
下手するとハードディスクが論理的に壊れます(フォーマットすればなおるという意味)。



投稿者: 暫定管理人    日時: 2002年03月07日 01:47 | 固定ページリンク




りき | こんばんは。

一考さま

ありがとうございます。精進していきたいと思います。
ダンセイニと芥川の比較論、もし、ご感想などいただける
と幸いです。



投稿者: りき    日時: 2002年03月07日 23:09 | 固定ページリンク




松友のお願い | 二回目は御容赦戴けますと

管理人様よりの二度の三月危機についての御言葉は曇天の霹靂と申し上げましょうか。
失礼ながら過去ログ落ちする前にしばしカキコさせてください。
~危機は杞憂のうちに過ぎ去って戴きたく存じます~

数年前、東京から数百キロ程西で、似たようなお言葉を伺ったような気がします。続いてのお話は「北への旅立ちが始まる」。往時の目標地点は北海道。北海道はライダー天国ですから、やはり夏はツーリングの合い間の開店でしょうか。でも札幌は遠いですね、関東からですと。しかもカシオペアは言うに及ばず飛行機も北斗星も高価です。

西での移転準備直前の営業日は喧騒が渦巻いていたと記憶しています。その日まではいつものように淡々と過ぎてゆきましたのに。時折、”東京だったらこういう事は起きないのだろうな”などと感慨に耽っていました。夜になっても暗いままの入り口の前では色々思い出しました。素晴らしい先輩方の末席にお邪魔できて、多くのことを教えて戴きました、と。

さて、昨日頂戴しましたマッカランのファースト・エディション、十年もの、五十八度のカスク・ストレングス。通常のオフィシャルと比べて、大胆に突き抜けた特徴と申しましょうか、個性がはっきりしていて興味深く戴きました。またそのうち、シェリー樽仕上げのモルトなど御相伴に上がりたく。
ですが、お邪魔しようとしても満席で入れない方が幸せかも(^_^)



投稿者: 松友のお願い    日時: 2002年03月08日 13:26 | 固定ページリンク




一考 | 三月危機の店主

 櫻井さんへ
 ご心配をお掛けして申し訳ない。去年は三度店を畳んで北上しようかとおもったのですが、某編集者と某出版社と某広告屋さんのご厚意により、なんとか家賃と維持費は払えました。そのお世話になった方々も当掲示板を読まれています。お名前を掲げてお礼を申し上げたいのですが、どうあっても匿名を望まれるとのこと、どうかよろしくお願い致します。
 本年はまず二月が危機でして、生活の予備費と車のバッテリー代等を借用、なんとか乗り切りました。バッテリーはバイク用を連結して使用、オートマ車のため何時エンジンが止まるかという綱渡りの毎日です。日々、充電を繰り返していますので、既にバイクには使用不可。新品が購入出来るまでバイクは動かず、またキャブ使用のバイクなれば、次回動かす時には修理が必要です。従って、手放そうかと思案中。
 もっとも、この程度の貧乏は慣れっこにして困窮に非ず。慌てず、騒がず、狼狽えず、パルナシアンの不感無覚の境地に御座います。ですぺらにしましても、とどのつまりは閉店、早いか遅いかの違いのみ。今あるところの境遇を快楽しておれば、やがてはよもつくにから怖いお迎えが参りましょう。与太を飛ばし、シモネタで死神を煙に巻くのを手ぐすね引いて待っているのです。

 御指摘のソフトはすべて落としました。OS Xのインストールはパーティーションを切らず、余っているハード・ディスクで試します。どうも有難う御座いました。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月08日 16:10 | 固定ページリンク




一考 | 一考好み

 Siestaさんへ
 わざわざ有難う御座います。東京写真文化館とやら、早速行ってみます。写真はずぶの素人なので、これから横須賀さんに手ほどきして頂こうかと思っております。いずれにしましても、彼の節操のなさには呆れるやら惹かれるやら。私は昔から「芸術家」が大の嫌いで、横須賀さんや佐藤さんのように「芸術家」に対して罵詈雑言を吐く種類の芸術家が好みなのです。入れるかどうかは心許ないのですが、土曜日にはぜひご来店下さい。ちょいとした美人を呼んでおきましたので、乞うご期待。

 佐藤さんへ
 ちょいと時間が取れましたので、お気に入りのダン・イーディアンのカリラ、東京中の在庫を掻き集めました。とは申せ、その数僅かに10本。取り敢えず、二箇月は大丈夫でしょう。それにしても、貴方のガハハの飲み方は迫力がありますね。荻窪ではよく呑みましたが、国立時代の飲み方を私は知りません。山口正介さん、宇佐美さん、木村さんから噂話はよく聴くのですが、かなり荒っぽかったそうですね。一度、国立のOB会でも催しますか。宇佐美さんは私が編んだツール・ド・フランスの写真集のコピーを書いて下さった方で、博報堂時代からの付き合いです。それにしても、あの二階の喧嘩は頂けませんよ。ですぺらにて美術論を闘わせましょう。

 増田さんへ
 一昨日偶然、横須賀さん、白鳥さん、高遠さんと役者の揃い踏み、深酒もやむを得なかったのですが、あれから仕事になりましたでしょうか。いささか心配致しております。
 あれもこれもは叶わず、屡々優先順位が入れ替わるのが人生です。今般、その優先順位に若干の移動があり、些か自由時間が取れるようになりました。
 昨日もキャピトル東急にて友人が催すパーティに初参加、いろいろと教わるところ大でした。複数の友人が頻繁に催すテイスティングの会、モルト・ウィスキー愛好家の会、バーテンダーの会、モルト・ウィスキーを扱う業務店の親睦会、輸入商社が催す研究会、赤坂のオーナー会等々、土日に集中するので断り続けて来たのですが、これからは全面的に参加することに致しました。今月も31日以外の土日はすべて詰まりました。
 ネット上でモルト・ウィスキーの情報を得ることはほとんど不可能だったのですが、これからはウィスキーに関する情報の質と量が大きく変化します。迷惑をお掛けしている原稿も進陟するかと思います。半年ほど情報蒐集に専念すれば大丈夫、御期待に応えますだ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月08日 19:09 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | 「円谷英二の技」

ですぺらに集う怪獣者のみなさんへ
大変です。こんな素敵な上映が一月あまりラピュタ阿佐ヶ谷にて行われます。
私はもう毎回でも行くつもりです。

「円谷英二の技」第二期 -日本映画の技術水準の象徴
3月10日(日)~4月20日(土)
三本立てが週代わりです。
放映作品は『ゴジラ』、『ゴジラの逆襲』、『電送人間』、『獣人雪男』、『透明人間』、『モスラ』、『キングコング対ゴジラ』、『怪獣総進撃』、『キングコング対ゴジラ』、『モスラ対ゴジラ』、『怪獣大戦争』、『三大怪獣地球最大の決戦』、『フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン』、『サンダ対ガイラ』、『キングコングの逆襲』、『緯度0大作戦』、『ゲンと不動明王』、『大怪獣バラン』、『日本誕生』、『海底軍艦』、『極楽島物語』、『クレージーの怪盗ジバコ』、『大坂城物語』、『孫悟空』、『地球防衛軍』、『空の大怪獣ラドン』。
詳しくは
http://www.laputa-jp.com/laputa/tsuburaya/index.shtml



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年03月08日 21:01 | 固定ページリンク




Siesta | (無題)

一考さんへ

直々のお誘いありがとうございます。しかし、本当に僕などが伺ってもよいのでしょうか。
「入れるかどうかは心許ない」というのはちょっと心配ですが、ここはひとつ一考さんに騙されたと思って伺ってみましょうか。
でも一考さん、伺った際にはちゃんとかまってやってくださいね。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月09日 03:26 | 固定ページリンク




steward | Half Human


「獣人雪男」は以前大井武蔵野館で一度観ただけですので、観にいきたいと
思います。根岸明美がよかったです。なんでヴィデオソフトが未だに出ない
のでしょうか。



投稿者: steward    日時: 2002年03月09日 03:28 | 固定ページリンク




一考 | 北帰行

 松友さんへ
 確かに、東京から数百キロ程西での閉店前の1箇月はいそがしかったですね。日を追って客が押し掛け、最後の一週間は客を追い返す有様でした。でも千秋楽で私が怒っていたのもご存じでしょう。理由は言うまでもないと思います。あの日はお客を限定し、無料で朝まで飲み明かすつもりにしていました。その旨を明記もしていました。而るに・・・・・悲しい思いをさせられました。まあ、過ぎ去ったことはどうでもよろしい。
 秘めた事情が御座いまして、赤坂の店は何千万円維持費が掛かっても、そう簡単に閉鎖するわけには行かないのです。でも「北への旅立ち」を始めてしまったのも事実です。何年後になるかは分かりませんが、ライダー・ハウスは出版同様、撤回出来ない私の意志なのです。私にとって一番大事なのは勃起行ならぬ北帰行ですからね。梅子さんは反対していますので、その時が来れば彼女はきっと屋久島へ旅立つでしょう。
 先だっての書き込みでバイクを売ろうかと書きましたが、けしからん話ですね。東京へ来てから四輪などという下らない乗り物に深入りしたようです。自転車であれ、単車であれ、二輪車に惹かれて北海道詣でを繰り返す、根っからのライダーだった筈なのですが。
 いつぞや、西明石で走り屋仲間に頼まれて正月に店を開けました。私がバイクなら、お客も皆バイク。ハーレーにBMW、ドカにW1&W2がずらりと並びましたっけ。貴方のKAZE号もね。例のハーレーのレーサー・レプリカはなんて言いましたっけ。CXLRでしたっけ、迫力有りましたねえ。ハーレーのウイリーなんぞ初めて目にしました。当時はへべれけでバイクを転がしていました。兼武と暴走族を蹴散らしたこともありました。兼武さんもうさぎさんも、近頃は空手の県大会に出場していません。仕事に追われているんですかねえ。
 暫し他のことにかまけておりましたが、今年からはケンタウロスに復帰の予定、近く走り出しますぞ。奥多摩を爆走するBMWをご覧あれ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月10日 13:50 | 固定ページリンク




松友 | 暖房術

一考様
力強い御言葉、と申し上げて宜しいでしょうか、ありがたく拝聴いたしました。
北のライダーハウスは梅子様はお見えにならないのですか~?とても悲しぅございます(;_;)/~~~ 寒い環境は御麗人方には厳しいですものね。いや、爆音は嫌いっっ、の意ならば、モー省。しませんと。屋久島は鹿児島県は種子島の西隣、暖かそうです。土地の焼酎「太古屋久の島」もあるのですね。

ここ数日暖かい日が続きますが、今年は暖冬傾向なのでしょうか。数年来、冬は空調は使わず、よって暖房器具は持っておりません。お湯を飲んで寒さを凌いでいますが、ある程度の寒さですと緊張のせいか眠りが浅くなります。このあたりを耐えしのぐ術など、お伺いした折に御教授戴ければ幸いです。では。



投稿者: 松友    日時: 2002年03月13日 07:10 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 今度のラピュタ阿佐ヶ谷の円谷英二特集について

かつて「大井武蔵野館評論家」と異名を取った御邪魔ビンラディンの主観に基づいて、今度のラピュタ阿佐ヶ谷の円谷英二特集について、簡単なコメントを加えましょう。これは、わざわざつまらない作品を見るために阿佐ヶ谷くんだりまで出かけて、帰りはヤケ酒を飲んで「アサガヤリ」なんてならないようにという御節介から来るものであります。
まず、15日からの「電送人間」「獣人雪男」「透明人間」は、それぞれに見ごたえがありますが、作品自体の面白さでは「獣人雪男」がやや劣っている模様です。「獣人雪男」や石井輝男の「恐怖奇形人間」がヴィデオ化されないのは、おそらく(売行見込<トラブル処理経費見込)という不等式によるものですが、それならなぜ、曲谷守平の究極のゲテモノ映画「九十九本目の生娘」(新東宝1959)がヴィデオ化できたのだろうか、と不思議に思わない人は少なくないでしょう。(いまは廃盤)……と、25作品全部に対してこんな具合にやっていると、こっちはともかく、読む方が疲れてしまうから、お勧め作とそうでないものとを挙げるにとどめましょう。
まず、特撮を期待して行くと損するのは、意外や稲垣浩監督の三本。「ゲンと不動明王」は、今の目で見ると、三船敏郎が不動明王の格好をしてラスト近くで踊るのだけが見ものというトンデモ映画ですし、「日本誕生」も「大坂城物語」も、ウェルメイドな「娯楽大作」ながら、いまひとつの面白みに欠けている。戦前の巨匠稲垣浩がこの程度であるからして、当時の黒澤明が、同時代的に見ていかに抜きん出た監督だったかというのが、逆説的に納得できますね。
今回の特集の作品としてのベスト5は「ゴジラ」、「空の大怪獣ラドン」、「地球防衛軍」、「モスラ」、「海底軍艦」。それにキングコングもの2作とフランケンシュタインもの2作がつづくといったところでしょうか。
意外な隠し玉が佐伯幸三監督の「極楽島物語」で、川島雄三の「グラマ島の誘惑」と似た雰囲気だなと思ったら、撮影が岡崎宏三で、脚本が長瀬喜伴ではないか! プリントの状態がよければ、最後の噴火シーンだけでも、もう一度見てみたい。
それはそれとして、ラピュタ阿佐ヶ谷の今回の特集チラシで困るのは、「孫悟空」が戦前のエノケン版か、戦後に同じ山本嘉次郎がリメイクしたのり平版かがまったく分からないことです。製作年が「1959(S15)」とあって、キャスト、スタッフ等が全部リメイク版の陣容なのですね。こいつは、「あーのネ、オッサン、わしゃかなわんヨー」だ。
昨年、「小林信彦が選ぶ100本の日本映画」というのをここで特集したときの中川信夫監督「エノケンの頑張り戦術」のプリントは、はたして「防弾チョッキの人体実験」のギャグが入った完全版だったのかどうか(昔見た完全版を再見しようと思って、ニュープリントと称するやつを見に行って、まったく別の映画館でこのギャグのカットされた短縮版を2回見た!)、どうも細かいところばかりが気になる御邪魔ビンラディンなので、あった。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月13日 08:58 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | あえて「みすず書房の弁護」を試みる

先日の高遠弘美先生の書き込みで、みすず書房の新刊、サイードの「戦争とプロパガンダ」の数字表記の不統一と訳文を批判された文章に、一応は賛成の意を表しましたが、ようやく該当の本を入手するに及び、あれは必要以上に厳しい批判ではないかと思うに至りました。
小生の「幻想文学」誌上における書評ぶり(さいきん、原書との照合をしている間にいつのまにか締め切りを過ぎてしまうというのが何度か続いて、ちょっとサボりがちですが)を御存知の方からは、あるいは意外の感をもたれるかもしれませんが、省みて他を言うの批判は甘んじて受けることとして、ここにその理由を述べてみようと思います。
まずは、数字の表記。たしかに、あれは読みにくい。しかし、あの読みにくい表記の中にも、一応の統一性は存在しています。日本エディタースクールの『校正読本』の中に、数字表記にいくつかの方法が存在することが示されていて、その中のひとつに当てはまるようになっているので、困ったちゃんなのです。「数字は原則としてそのまま漢数字に置き換えるが、月日や概数を示す場合には例外を認める」といったやつですね。「わざわざ読みにくく書くな、バカヤロウ!」と常識と文章上の美意識をもって批判することは可能ですが、「統一性がない」という批判は、的が外れているように思います。
次に訳文に対する「推敲不足」という批判は、原文を見ずしても、まさしくそのとおりだと言えます。この点については、異論の余地はありません。(なお、このサイードの「原本」は、まだ海外では上梓されていません。向こうの雑誌に発表された文章を集めて翻訳・編集したもので、かつてのカミュ=サルトル論争を佐藤朔さんが編集・翻訳した『革命と反抗』のような構成だと考えていただければよろしい。)達意の翻訳のために心血を注ぐ高遠先生のような方から見ると、たしかにアラが目立つのは仕方がない。しかし、法政大学出版局から出る翻訳の大部分に比べると、これでも何割方かは分かりやすいのではないですか。また、先日御指摘のあった部分なども、前後関係からの類推を行えば、ピンぼけながらも、ある程度の意味(らしきもの)を察することは可能です。しかも、日本の社会科学書や人文科学書の翻訳の過半は、この訳文と同程度のレヴェルにすら達していないといういまひとつの事実が見落とされてはいないでしょうか。 あるデータや考え方をいちはやく日本の読者に示すジャーナリスティックな性質を求められる本の翻訳と、文芸書のように味読すべき日本語による訳文が要求されるものの翻訳に、同じ仕上がりの質が求められるべきであるかというと、わたしはいささか懐疑的です。 それから、インタヴューの一人称代名詞が「ぼく」だというのも、小林信彦さんや故植草甚一さんなどの「語り」を連想すれば、さほど不自然ではないでしょう。
高遠先生のような優れた翻訳の実践者が、これが自分のレヴェルにはるかに及ばない翻訳であると指摘することによって、いままさに読まれるべき、鬼畜米英(同時多発テロへの報復戦争で、何倍もの犠牲者を出すことを正当化した時点から、わたしは古式ゆかしい「鬼畜米英」なる言葉を愛用することにしています)とシオニストの悪辣非道ぶりを世に示す好著が読者を失うことの方をわたしは危惧します。 
あえて「みすず書房の弁護」を試みるゆえんです。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月13日 19:18 | 固定ページリンク




如月 | エコール・ド・シモン人形展

本日(14日)~19日(火)まで、新宿・紀伊国屋書店4階の紀伊国屋画廊 (TEL=03-3354-7401)で、「第21回エコール・ド・シモン人 形展」開催です。 エコール・ド・シモンで四谷シモンに学ぶ人たちの作品が中心の展覧会ですが、 四谷シモンの新作「PORTRAIT DE PETITE FILLE 2002」も展示されておりま すので、新宿にお出かけのさいは、ぜひお立ち寄りください。 夕方は、四谷シモン本人や私も会場に詰めていると思います。 (開場10:00~18:30。ただし最終日は18:00まで) ちなみに、「PORTRAIT DE PETITE FILLE 2002」は、案内状の写真より別嬪 に仕上がっていると思います♪



投稿者: 如月    日時: 2002年03月14日 15:28 | 固定ページリンク




一考 | 駆逐エディタースクール

 御邪魔ビンラディン伊藤さんへ
 伊藤さんへの反論として、高遠さんが公明新聞に著された「誤った言語表現」は有効ではないかと思います。スイスの仏語紙「ル・タン」社で、記者の誤字脱字や文章のミスなどに罰金を科すことになったとの紹介からはじまり、読者や視聴者の言語生活に大きな影響を与えるであろうテレビや新聞の公器としての自覚のなさを指摘、ら抜き表現や「全力を投球」と言った、いわゆる「日本語の乱れ」に警鐘を鳴らす。次いで、「言語は変化する」「民衆が言語を決める」式の訳知り顔を糾弾し、哲学も歴史も政治も教育もすべては言葉が基本であると結論付けています。
 伊藤さん御指摘の日本エディタースクールの「校正読本」の規則に叶っているからと言って、それが「統一性」と取られては困ります。私自身、同スクール出身の編集者とはトラブル続きです。漢字におけるヒラクとトジルの不統一、送り仮名の不統一、不変化語尾の不統一、さらに差別用語等々、私に言わせれば「勝手にしやがれ」で御座います。二言目には統一、統一と宣い、文章上の美意識等どこ吹く風、「なら、てめえが書けよ」と開き直りたくなります。女人からのお咎めとしての「小さな親切大きなお世話」ならよろしいのですが、相手が編集者では興醒めです。岩波の外校の資格ならいざ知らず、そもそも編集者になるに際しエディタースクールへ通うという余人の無自覚さと無責任さが苛立たしく思われます。「鬼畜米英」と共に「駆逐エディタースクール」もわが標語の一なのです。
 「日本の社会科学書や人文科学書の翻訳の過半は、この訳文と同程度のレヴェルにすら達していないといういまひとつの事実が見落とされてはいないでしょうか」と御座います。レヴェルに達しようが達しまいが、それが事実であろうがなかろうが、駄目なものは駄目ですよ。かかる論法を用いれば、アメリカよりはイスラエル、イスラエルよりはイギリス、イギリスよりは日本の方がまだましだから許そうかと言うことになりかねません。
 「ジャーナリスティックな性質を求められる本の翻訳と、文芸書のように味読すべき日本語による訳文が要求されるものの翻訳に、同じ仕上がりの質が求められるべきであるかというと、わたしはいささか懐疑的です」結句は伊藤さんらしからぬ文言かと思います。誤った言語表現が紙面の質の低下に繋がるは必定。タレントだから、別嬪だから、学生だから、もしくはワイドショーだから、娯楽番組だから、週刊誌だから、新聞だからと言って追求の手を弛めると、勝手に「言語は変化」して行きます。活字は同時通訳とは異なるのです。高遠さんの言う「哲学も歴史も政治も教育もすべては言葉が基本」その根柢を蔑ろにして、どこに文化が、文明が存立するのでしょうか。
 文中に示唆された懐疑の向かう方向性に些かの危惧を覚えます。人の思惟すなわち懐疑の原点とも称すべき言葉の問題には優先権が与えられて然るべきかと思います。例え、それが理由で鬼畜米英とシオニストの悪辣非道ぶりを世に示す好機が喪われたとしても。
 なぜなら、確たる言語文化すなわち懐疑精神を持たないが故に、アメリカのような史上最悪のテロリズム国家を信じ、パレスチナの人々の涙に気付かないのです。なすべき啓蒙は未だ端緒にも至らず、状況は悪化の一歩です。人類の明日に期するものは何もあらず、しかし何か致さねば。 



投稿者: 一考    日時: 2002年03月14日 20:16 | 固定ページリンク




松友の闖入 | タイミングが悪かったかしらん?? モルト三昧

先回カキコ予告の通り、久方ぶりにdesperaさんにてとても美味しいお酒を頂戴しました。
一杯めは、クール・ダウンにシャンパーニュのランソン・ブラックラベル・ブリュット、ミニ・ボトル。生き返ります。暖かめのこの頃では、贅沢なリフレッシュです。そして本題。
モルト一杯め。シェリー仕上げ好きとしては外せない一本。
スプリングバンクのシグナトリー、ファット・ボトル。敢えて年数を記すのは躊躇します。かつて西の地で僅かな残りを顰蹙を買いながらもあまりの美味さに飲み尽くしてしまいました(本当)。勿論、いくら寝惚けた鼻と舌でもウエスト・ハイランドが美味しいとは存じます。ローカル・バレーも同様に。ですが、両方ともとても高価でそうそう飲めませんですよ。翻ってこちら。この香り・味にして、この価格、悦楽。たまりませんです。
モルト二杯目。お鼻と口が気分爽快のこちらはオーク樽。
スプリングバンク、シグナトリーのノン・チル・フィルタードの11年もの。若い色してます。シェリー樽と違ってやはり色の出方が薄いのでしょうか。これがまた面白い味で嬉しいです。スプリングバンクは往年の(細長首の)17年ウェッジウッド・デキャンター(黒ラベル)のように、辛くて険しい風味が楽しみとも思っていました。オークの美点でしょうか、こういった荒々しいとも取れる鋭さが残っているように感じました。いや、これもシグナトリーへの偏愛のせいかしら?
モルト三杯目。気持イイですけど、もはや電車が危ないです。
アードベック1975年、ミルロイのシェリー、25年、カスク。一考さんに秘密のボトルを教えていただいて、頂戴しました。ミルロイの記念ものとかは外れが少なく、高水準と思っておりました故、期待大です。初めて戴きましたが、今日の一番といえるモルトです。シェリー仕上げのまろやかさを保ちつつ、アードベックの遠慮会釈の無い香と味が青年の主張宜しく若々しくもたげてきます、驚きです。
今一度、是非一杯目に頂戴したいです。
あ、終電が。今宵はここまでで。では失礼します。m(_ _)m



投稿者: 松友の闖入    日時: 2002年03月15日 03:50 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン伊藤 | 本音とタテマエ

手厳しい御指摘ありがとうございます。
じつは、昨日、精神分析学者と一緒にラカンを読む会などというのに顔を出したところ、「今日はあの書き込みの文章を話題としよう」ということになりまして、出席者一同から、「あの文章では、実は高遠弘美先生の意見がいかに正しいかを逆説的に言っているだけで、ちっとも『みすず書房の弁護』にはなっていないね。」、「結局、全体は前振りで、一番言いたいのは『鬼畜米英とシオニストの悪辣非道ぶり』という言葉なんじゃないですか。おれはビンラディンだぞと主張するために……」と、こちらの本音をすっかり見抜かれていました。
たしかに高遠弘美先生に対する実質的な異議申し立ては、「一人称代名詞は『ぼく』でもおかしくないぞ」ということと、「原書が出ていないのに最後のキメ台詞はないだろう」という2点のみに限られています。(あの書き方が高遠先生への皮肉やアテツケと取られるようであったら、小生の文章力不足ゆえの無礼というやつであります。非礼の段は御海容を乞う次第です。)
日本エディタースクールの『校正読本』の中に示されている数字表記の統一性などよりも、読者の「わざわざ読みにくく書くな、バカヤロウ!」という文章上の美意識による批判の方が正当な根拠となるのは自明の理ですが、「統一がないのが気になる」という言い方では、この自明の理が前面に出てこないではないですか!(ここでボオドレエルの「鏡」という散文詩の最後の一文を思い出してください。)
それから、あの本の訳文の「推敲不足」は、思うに商品としての価値の有無という点で、ボーダーライン上にある性質のものですが、そうなると、御邪魔ビンラディンとしては、「この種の本は、箸にも棒にもかからないほどのホンヤクでなければ、ぜひとも多くの読者に読まれるべきだ」というタテマエ論の方が前面に出てきて、点数が甘くならないわけには行きません。しかし、かかる「政治的配慮」に足をすくわれて、あたら多くの才能が失われていったことも事実で、小生がそうなりつつあるのではないかという御心配には、感謝の意を表しなければならないと考え、あえて蛇足めいた一文を投稿する次第です。



投稿者: 御邪魔ビンラディン伊藤    日時: 2002年03月15日 18:41 | 固定ページリンク




一考 | ヘレスの味わい

 松友さんへ
 一杯目ののランソンは間違いなく、同じクラスならドン・ペリより旨いシャンパンです。私はランソンがサントリーの扱いであるとの理由だけで、サントリーを高く評価しています。
 スプリングバンクのシェリー・カスクは12年と21年のみ、それ以上の熟成年数を持つバンクは原則としてアメリカン・オークです。ちなみに、シグナトリー社のファット・ボトルのアードベッグはオロロソ・カスクの30年ものですが、珈琲のような色と渋味を有しています。
 シェリー樽での長期熟成にはちょいと無理が生じるようです。従ってシェリー・カスクと言っても、タリスカーの21年ものカスク・ストレングスや貴方が飲まれたミルロイ社のアードベッグはフィノ・シェリーの樽を用いています。
 ニュー・ブルイックラディの長期熟成品はさまざまな樽で熟成されたモルトを混ぜ合わせたものですし、マッカランのオフィシャルの30年~50年ものはリフィール・シェリーをはじめ、やはり同じ蒸留所の各種モルトをヴァッティングしたものです。ボトラーのボトルと異なり、オフィシャル・ボトルはすべてがヴァッティングのため、かかる操作が可能になります。ダーク・シェリーの樽のみで30~50年と寝かせますと、上記アードベッグのような結果となってしまうのです。今回のマッカランのニュー・カスク・ストレングスにしましても、10年だから美味なのであって、あと2年寝かせれば渋味が勝って飲めなくなります。

 話序でに、オーナーが代わったブルイックラディ蒸留所について一言。
 旧オーナーのインヴァー・ゴードン社は在庫をドル・シャン・アイラの名でボトリング。2002年初頭、40度の10年ものが頒されました。香味は旧ボトルと同一です。
 新オーナーのマーレイ・マクデヴィッド社はボウモアのジム・マクイーワン氏をトレード。2001年5月21日に操業を再開した蒸留所は2002年3月に新しいオフィシャル・ボトルを頒布しました。アイラ・モルトとしては初めてアイラ島の水を仕込用水に用い、アルコール度数は46度、カラメルを一切用いないナチュラル・カラーが謳い文句です。
 ニュー・ブルイックラディの10年ものは60%がリフィール・シェリー、40%がアメリカン・オーク。15年ものは85%がアメリカン・オーク、15%がオロロソ・シェリー。20年ものは100%がアメリカン・オークです。
 ペーパー・フィルターのみでチル・フィルターを施さないことによって、油分がウィスキーに残ります。特にアメリカン・オーク由来のバニラ香とシェリー樽由来のフルーツ香とのベスト・マッチングの15年ものはジムさん(愉しいアルチュー患者)の面目躍如と言ったところ。理由があって、ですぺらには当座は置きませんので、他店でお飲み下さい。
 それ意外にも何種類かのカスク・ストレングスがボトリングされました。そちらはすべてアメリカン・オーク。フレッシュ・バーボン・カスクのボトルは気に入りましたので、ですぺらに置きます。

 西の地の時代にはシグナトリー社が素敵なボトルを陸続と売り出していました。現在ではダグラス・マクギボン社とダグラス・レイン社が華を競っています。とは言っても兄弟会社。レイン社が50度のプリファード・ストレングスを、マクギボン社が43度に加水したアイテムとカスク・ストレングスを頒しています。そこへもっか殴り込みをかけているのがイアン・マクロード社と言うことになりましょうか。いずれにせよ、オフィシャル・ボトルより安価で、より旨いモルト・ウィスキーが飲めるのですから笑いが止まりません。

 ところで、私は14日は閉店後、六本木にて編輯の仕事。貴方は終電に間に合ったのですか。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月15日 21:00 | 固定ページリンク




松友 | チーフテンズ、イアン・マクロード社

一考様
14日は駅までとんでいったことが功を奏し、幸いにも終電に間に合いました。御心配をお掛け致しました。

頂戴しましたお酒についての詳細御教授ありがとうございます。
スプリング・バンクの長期熟成は原則としてアメリカン・オークなのですか~。はたと思い、昔剥したケイデンヘッドの恐らくはオーセンティック・コレクションの1本、1965年、31年もの1996年10月瓶詰め50.5%もののラベルを確認。"Matured in an Oak Cask"と"SHERRYWOOD MATURED"の両方の表記がありました。
イアン・マクロード社、チーフテンズ・チョイスはラベルの柄が派手目ですが、お店で紹介してくださったボトルは皆美味しく頂戴しました。これからどのような樽が頒布されるのか、とても楽しみにしております。
近々、お教えいただきましたニュー・ブルイックラディのバーボン樽ものをお店に頂戴に上がります。
では。

付記:今日16日、早くも東京で桜の開花宣言、満開は約1週間後だそうです。ですが寒さがぶり返さないとイイです。(-_-;



投稿者: 松友    日時: 2002年03月16日 19:01 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 一言のみ

掲示板に書くことはないと思いつつも一言だけ書きます。
インターネット上でのやりとりというのはあまり好きではありません。文章にこだわらずに書くからです。一考さんがお書きになる掲示板はよく吟味されていますが、ほかの方々がいつもそうとは限りません(わたくしが見る掲示板はですぺらのものだけです。日常インターネットのご厄介になるほどわたくしは暇ではありません)。わたくしもそう。決して「推敲」して書いているわけではありません。推敲されていない掲示板の文章について揚げ足取りのような批判は向いていないのです。わたくしがサイードの翻訳に文句を言ったのは、それがまさに「読まれるべき」本だと考えたからです。読まずに捨てておくべき本に何の贅言が必要でしょうか。数字表記の不統一、六十歳を過ぎたサイードに「ぼく」が不適当との意見を撤回するつもりは毛頭ありません。もしそういうわたくしの考えに賛成できぬならわたくしのするわずかな仕事など読まれることはない。捨てておかれよと申し上げます。伊藤さんがサイードの翻訳のひどさについて書いたわたくしの駄文に何を感じ、何を書こうとご勝手ですが、わたくしの真意を取り違えるかのごとき姿勢にはわたくしは違和感を覚えます。ただ、いまはもうあの本にまつわるすべてがいぶせきわざくれです。「ぼく」を厭うわたくしの考えはユリイカの鏡花論冒頭で書きました。賛成なされずとも結構。わたくしはわたくしの道をたどたどしくも歩むしかありません。その同道に伊藤さんやサイードのあの翻訳をよしとする方々がいなくとも構わない。喧嘩を売るわけではありませんが、あえてそう申し上げておきます。言葉はわたくしには伊藤さんがわたくしについてお考えになる以上に大切なものです。今日は妄言多謝とも申し上げますまい。さようなら。
追記。掲示板に本名を使うのがわたくしの流儀です。それもおそらくはご理解いただけないでしょうね。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月16日 23:54 | 固定ページリンク




柊 弘夢 | ぼくみたいな子供がカキコしていいのか、わからないけど・・

(*?◎?)ノ 初めまして。 或る知り合いのHPで、掲載されていたので、興味感じて来てみました。 ぼくは、まだ16歳になったばかりの、子供だけど、コンテンツ色々覗いて、いいなあ・・って思って、んで感想?みたいなことカキコです。 色んな知識を自分に入れられることは、ぼくには最大の喜びです。 ちょこちょこ来てみたいと思います。 ごめんね、ただそれだけ。。 大人の社交場に、顔出すなんて、生意気かもしれないけど、許してくださいね。 (*~◎~)ノまたね~♪



投稿者: 柊 弘夢    日時: 2002年03月17日 08:58 | 固定ページリンク




一考 | 薬物中毒患者

 柊 弘夢さんへ
 取り敢えずいらっしゃいませ。
 十六歳のとき、私は既に仕事を持ち、結婚すなわち女性と同棲していました。また、年長者に傲慢にも文学論をぶっていたように記憶します。
 いろんな十六歳があるわけで、それはそれで結構なのですが、十六歳を子供というのはちょっと私には理解しにくいですね。
 印刷用語で文字・数字以外の各種記号活字を約物(やくもの、またはやくぶつと言う人もいます)と総称します。日本語にはもともと句読点や括弧はなかったものですから、どうも約物には抵抗があります。例えば単行本には『』、作品名には「」等々、誰が定めたのか存じ上げませんが、私が文章を著す時は「」以外は極力用いないようにしています。句読点はともかく、その他の約物には文章の流れを留めるという弊害を助長させる働きしかないからです。
 当掲示板では松友さんも屡々遣うのですが、(*?◎?)ノや (*~◎~)ノの意味が私のようなロートルにはまったくチンプンカンプンなのです。「カキコ」に代表される2ちゃんねる的語法もまた、理解できません。一種の薬物(約物)中毒患者と咀嚼すればよろしいのでしょうか。
 昔ヒロポン、今(^_^)(^_^)なんちゃって。またね~♪



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 03:14 | 固定ページリンク




一考 | 薬中は私のこと

 柊 弘夢さんへ
 失礼を致しました。
 「或る知り合いのHP」ではなく、如月さんちからとでもお書き頂ければよろしかったのに。私は生来の軽薄派でして、如月さんからこっぴどく叱られました。申し訳御座いません。
 当掲示板初の論争(実はそれを待っていたのですが)の真っ只中だったものですから、本当に御免なさい。
 それにしましても、薬物と約物とを引っ掛けた上で「昔ヒロポン、今(^_^)(^_^)なんちゃって」ってかなり出来の良い駄洒落だと思ったのですがねえ。笑って頂けると思い込んでいたのですが。
 私は十代の頃、ヒロポンを止めるために、睡眠薬を大量に摂取していました。ハイミナールの致死量は確か8錠だったと記憶しますが、それを毎日2~30錠は飲んでいました。薬中だった自分の過去を揶揄する、不器用な私が生き延びるにはそんな生き方しかないのです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 16:44 | 固定ページリンク




一考 | いぶせき存在

 柊さんへの返事にて「当掲示板初の論争の真っ只中だったものですから」と書いてしまいましたが、論争などとあらぬことを口走りますと高遠さんに怒られます。あれはみすず書房に託けて著された高遠さんの言葉に対する信仰告白みたいなものでして、伊藤さんがみすず書房にこだわったところに掛け違いの端緒が生じました。
 高遠さんに限らず、物書きとお付き合いするには、全著訳書を通読し、生涯を賭して書き手が何を欲し何を訴えようとしているのかを了解致さねばなりません。謂わば空間的な場で相手の思惟するところを捉えないとならないのです。そして、書き手の好悪すなわち思想を共有できるか否かにすべてが掛かっているのです。その辺りの消息を了解しないで迂闊にものを申せば、拒否反応を喰らうだけです。
 一方、伊藤さんは手練れの書評家です。書評は難しい所作です、と言いますのは、対象たる書冊の存在をないがしろにして書評は存立しません。でも、書評の本懐は対象たる書冊の存在を突き破ったところにあります。理解して頂きたいので繰り返します。対象たる書冊の存在を通り越して読者を異なる領域へと誘うところに書評の醍醐味があるのです。
 しかるに、今回の伊藤さんの論旨は当初よりポリティカルな方向に振られていました。高遠さんのような文学馬鹿(最大の尊敬の念を込めて)にそれは通じません。ポリティカルならポリティカルで結構なのです。晩年のジャン・ジュネが仮説としての人生の設計図を拒否し、生きて行く課程で先天的な概念と後天的な概念が絡み合って新たな概念構成がなされて行くとのラジカルな弁証法をパレスチナの地で証明しようと試みたように、であれば。
 伊藤さんの踏み込みがもう少し深く、存在の悲しみに肉薄するような相貌を帯びていれば対話が成り立ったのかも知れません。書評を多く著されて来た伊藤さんであればこそ、書物の呪縛から逃れ得なかったと申せば言い過ぎになりましょうか。
 助け船を出したつもりだったのですが、返答のタイトルが「本音とタテマエ」では、火に油じゃないですか。ボオドレエルの「鏡」のことだけを書けばよろしかったのに。

 高遠さんに一言。貴方が仰るように、私もインターネット上でのやりとりはあまり好きではありません。確かに、文章にこだわらずに書かれているからです。でも、世の中には書物を繙くことすらかなわず、ネットだけが世界への唯一の窓口という方もいらっしゃいます。その理由にはたって触れません。私はそういう方のためにこそ、ネット上の南柯書局を起こしたいと願っております。
 貴方も私も本音だけで生きようと極力勉めています。立前を拒否し、本音のみを己が趣旨とするならば、著すところのものすべてが鬱悒きわざくれではありますまいか。さらに申せば、貴方や私のような存在それ自体がいぶせき存在なのではないでしょうか。
 掲示板はお薦めできません。貴方を当掲示板に引きずり込んだことが悔やまれます。相済まぬことを致しました。しかし、貴方が著される言葉への信仰告白をいまもっとも必要としているのはインターネットなのです。かつてのテレヴィジョン同様、生まれたばかりのよちよち歩きのインターネットが表現としてのメディアに脱皮できるかどうか、これから正念場が始まります。オンライン・ゲームやチャットを愉しむような下司な輩に興味はありません。しかし、「ぼく」を厭う読者は少数ですが常にいます。そういう人達はこれから表現力を持たねばならないのです。例え半歩でも、より呪われたメディアに近づけんがため、これに懲りずに一方通行での発言をお願い出来ますまいか。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 18:49 | 固定ページリンク




一考 | ボルボ

 友人宅から23年前のボルボが美しい状態にて拙宅の庭に迷い込んで来ました。ツードアで、ハードトップの外部とシートは黒の革で覆われています。型式はE-26B27。全長490、全幅171、高さ138、乾燥重量1380?、総重量1655?。機械式インジェクション、2660?のV型六気筒エンジンを積載。現状では最高速度140?、燃費はリッターあたり2?、信号で止まる度にエンジンストップに見舞われます。
 六気筒のうち一気筒は動作していませんが、バルブ並びにバルブガイドには損傷なく、プラグとプラグコードを取り替えれば作動すると思われます。エンジンルームにラジエーターのクーラントが飛び散った痕跡あり、エンジンそのものの異常な音量と振動から推し量るに、ガスケットが抜けているようです。恐らく、ラジエーターの液が飛散した後、少しく距離を走行したものと思われます。
 欠損部品はホイール・カヴァーがひとつと、左側の室内灯のプラスチック・カヴァーの二点のみ。左の前照灯の下部よりエンジン上部へ走る吸気用の筒に破れがありますが、これは走行には何等支障無し。
 ガスケットの取り替えは当然として、点火系と六気筒の同調によって最高速度180?、リッターあたり5?の燃費は可能と思われます。走行距離が13万?を超えていますが、ラジエーター・ホース以外、部品交換の痕跡なく、80Aのバッテリーと履いているブリジストンのGグリッドは新品。スターターモーターの磁石の接点とオルタネーターのダイオードに支障あり、簡単な修理で生き返るように思われます。最悪のケースを想定しても以上にラジエーターそのものと燃料ポンプの交換を加えれば万全でしょう。ただし、古い車ですので吸排気は触れず、ラジエーターも入手不可能でしょう。ちょいと問題が残ります。
 贅沢ですが、サスペンションとショック・アブソーバを汎用品に取り替え、車高を3~5?ほど落としてやればスポーツカーらしくなり、路面への食い付きもよくなります。
 はてさて、急ぐ必要も理由もありません。今乗っているチェイサーの走行距離が16.2万?、あと4万?を走りきるまでに序々に修理して行けば丁度具合良いのになあと思っています。
 さて、松友さん、E-26B27についてどのような情報でも結構です。何かあれば御教示下さいな。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 18:59 | 固定ページリンク




一考 | どぶ入荷

 この度、柏書房の芳賀啓さんが福島県双葉郡川内村に別宅を設けられました。草野心平村として識られた村です。その村の和尚さんの手造りになるどぶろくが当店に到着致しました。管理人さんをはじめ、御用とお急ぎでない方はぜひいらして下さい。一本限りですし、芳賀さんが既に飲み始めています。お早くどうぞ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月19日 19:20 | 固定ページリンク




Siesta | 洋書店Shelf

二階堂奥歯さんへ

先日、「Shelfが無くなって、服屋さんになってた。」と仰っていましたが、Shelfはまだ営業していましたよ。何かの勘違いではないでしょうか。ワタリウム美術館を出て左手に10mほど歩けば、''Shelf''と書かれた小さな青い看板を発見出来るはずです。二回目のバックミンスター・フラー展の後に是非足を運んでみて下さい。
奥歯さんの仰るように、あの店は尖っています。そしてなによりも私は、あの店の特価本コーナーでいつもいい買い物(散財?)をしてきたので、服屋さんなどになってしまっては困るのです。

ですぺらにお越しの皆様
http://www.dab.hi-ho.ne.jp/shelf/
をご参照下さい。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月20日 02:00 | 固定ページリンク




如月 | 恋・順番


一考さん、柊さん、「こっぴどくしかる」だなんてとんでもない。あたしゃ、そ
んなこと誰にもしてませんよ♪(←一考流にいうと、この記号も薬物かしらん?)
さて、一考さんと、柊さん(HN=なまこちゃん)の接点というのは、考えるだ
けで不思議だけど、せっかく拙サイトのリンク集でならべて貼ってありますので
(あれは濃い順番という噂も・・・。=デリダ流には恋・順番か!?)、これを
気に友達の輪に入れてあげてくださいな。
なまこちゃんのサイト「コタツネコ」にアクセスしたことのない方は、彼の足跡
をたどって一度訪問してあげてください。
ヨロシク。



投稿者: 如月    日時: 2002年03月20日 09:03 | 固定ページリンク




一考 | 絵葉書の店

 Siestaさんへ
 Shelfというのは、ひょっとしてギャルリー・ワタリの娘さんのお店ですか。30年ほど昔の話になりますが、上京の折、ギャルリー・ワタリではよく泊めて頂いたのですよ。寺山修司の写真展が最初に催されたのが同画廊で、寺山さんと語り合ったのを思い出します。随分経ってから娘さんが絵葉書専門の店を開き、繁盛していると人づてに聞きました。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月20日 10:37 | 固定ページリンク




一考 | 緊迫感

 如月さんへ
 どうでもよいことなのですが、私は人を非難し、論難し、拒否し、否定し、忌み嫌うことはありますが、揶揄したことは一度もないつもりなのですがねえ。自らへの揶揄は生き延びるための便法として屡々用いますが。
 それにしましても、高遠さんの「一言のみ」のすぐ後によく書き込みをなさいました。驚いております。すべての物事にはそれなりの流れがあり、到底私には出来ない芸当です。当事者の伊藤さんですら、ですぺらで返答をすべきか否か思い悩んでいらしたのに。もっとも、そちらは差し控えるように具申致しましたが。
 高遠さんも伊藤さんも私にとっては文学の話が出来る数尠ない友人ですので、久しぶりに緊張しました。でも、いいですねえ。このような緊迫感が常に底流になければ、掲示板なんてなんの意味もないですから。何を「カキコ」しても総攻撃を受けるような、緊迫が緊縛になるような「板」を目指したいものです。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月20日 11:12 | 固定ページリンク




二階堂奥歯 | Shelf

Siestaさんへ
ああよかった。Shelfありましたか。
私は消えてしまったデルタミラージュを求めて一時間さまよい、「そうだあんなに素敵な画廊が存在していたはずがない。きっと私の妄想だったんだ」と結論したことがあります。
(それは間違いです。勿論実在していました。渋谷の美蕾樹は今もあるのは皆様ご存じの通りです)。
Shelfもあんなお店が存在し続けないということはなんら不思議ではないと思って一人で了解していました。
でも勘違いでよかった。
ところでバックミンスター・フラー展今度行ったら三回目です……。



投稿者: 二階堂奥歯    日時: 2002年03月20日 12:22 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 一考さまへ

掲示板一般が嫌ひでもこの掲示板には書き込みをしたのは、ひとへに、言葉を大事になさる一考さんゆゑのこと。仰言つてくださつたこと、有り難く拝読しました。相済まぬ、などとはむしろこちらの申すべき言葉。折に触れて駄文を連ねることを厭ふものではありませぬ。どうぞよしなに。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月20日 16:26 | 固定ページリンク




一考 | BMWのエンジン

 松友さんへ
 あと半年位は使えそうなバッテリーを頂戴しましたので、R100RSを始動させようとしたのですが動きません。どうやら右エンジンのプラグの不調。このバイクは最初購入したときに、大阪の内燃機関屋にてバルブガイドを打ち直しました。レギュラー・ガソリンで走らせたかったからです。国内で売られているハイオクとレギュラーの間にはさしたる差異はなく、点火のタイミングが僅かに異なるのみ。当然、オクタン価が高くなれば点火時期も早くなります。四輪の方は古い車ですのでデストロビューターがついています。従って、ハイオクとレギュラー双方のガソリンに即応できます。近頃贅沢になったのか、点火タイミングを触らずにハイオクを入れる人がいますが、あれは嗤えます。
 バルブ関係がまさか理由とも思われないのですが、Rは最初から右エンジンが不調でした。最初は左右の同調があっていないのかなと軽く考えていたのですが、どうもそうではなさそうです。メイン・ジェットの調整は0.2単位で、左右を無視して何度も行いました。燃料にフィルターを掛けてまで試したのですが、右のプラグが黒く焼け焦げます。要するに、不完全燃焼ですね。
 BMWのエンジンのマイナス面はタペットの調整が定期的に必要なことです。もっとも、電装関係はまるごと駄目ですが。貴方のセブンはキャブ仕様でバイク並みのエンジンでしたが、調子はいかがでした。わがRのエンジンは持ち主に似て、駄々っ子のようなエンジンです。今回の引っ越しに先んじて、家探しで何度も上京しました。時速150キロ位で東京、神戸間を突っ走るとプラグの先端は光ってきます。そういう車なんですかねえ。
 前の日曜日、近所のバイク屋さんでスズキのバンディットの修理に付き合いました。排気側のカムタイミングを可変させるVCシステムの車です。驚いたことにレッド・ゾーンが16000から17000回転なのです。8000回転を維持しながらブレーキで速度調整をしないと走られないのです。5000回転にまで落とすと半クラッチすら効かなくなります。ちなみに、加速は10000回転から上、これではF1のエンジンではないですか。六甲山なら間違いなく死ねますね。
 かかるバイクには縁のない年齢に達しました。貴方がデザインしたZRX1100のような軽量化されたコンパクトなバイクでフルカウルはないものかと探しています。K100RSを売却した代金で、いっそPACIFIC COASTでも買おうかなと思っています。だって、いくら体が草臥れて来たとは申せ、スクーターという小市民的にして平和な乗り物にだけは乗りたくないですから。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 12:09 | 固定ページリンク




一考 | 竹箆

 高遠さんへ
 他の私の書き込みによって、二三日悶着があったようです。それこそ「余りの鬱悒さに、目をふさいでぞ落しける」の心境で御座いました。もっともその理由、私には未だ解せざること夥しく、これも老いたるが故と、自らに言い聞かせております。

 実は貴方の「一言のみ」を拝読せし折、一瞬背が凍てつきました。売るのは媚、買うのは顰蹙とはわが標語ですが、掲示板も同様に、いささか媚を売りすぎた嫌いが御座います。貴方の一言はまさに、安直な私の姿勢に対する痛烈な竹箆と相成りました。繁盛するに如くは無いのですが、なにもそれだけが掲示板の存在理由ではありますまい。さまざまな掲示板があって然るべきかと気付かされました。いかに脇道に逸れようとも常に本懐に立ち戻るべく、その振幅という名の新たな方向性を付与されしことに深甚の謝意を表したく思います。
 最後になりましたが、20日付けの書き込みと申すよりはお便りに感謝。折に触れての晤語と申しますか、出会いの絶景にわが身を浸すことかなえば、それにまさる喜びは御座いません。御自愛をお祈り申し上げます。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 13:24 | 固定ページリンク




松友 | 失礼致します。ボルボについてと様々。

 一考様
 お返事遅くなり大変失礼致しました。暫し長文を御容赦ください。

 先日はどぶろくありがとうございました。ふと、よしのとものにごり酒を思い出しました。あちらに比してコクが豊かで、とても美味しく頂戴いたしました。一本のみとの事、ちょっと幸運でした。

 まず、ボルボのツードア・ハードトップにつきましては、申し訳御座いませんがあまりお役に立てるか判りません。
 もしかすると262Cと呼ばれる機種でしょうか。こちらだとすればイタリアの老舗カロッツェリア、ベルトーネによる通称「ボルボ 262C ベルトーネ」、なかなか通好みの一台です。海外販社さんのホームページによれば下記の通りです。車種を取り違えていたら赤面ものですが、その切は御容赦をお願い致します。
 「ボルボ 262C」1977年のスイス・ジュネーブ・ショーで発表され、ボルボ50周年をからめ発売。1977年から1981年まで6622台製造。ボルボ264、4ドアを基とし同じ軸距(2640mm)。2ドア化に伴いガラス、屋根などが変更。スタイリングのデザイン自体はボルボで行われ、車体製造をイタリアのベルトーネが担当。エンジンはV型六気筒のOHC、2664ccか2849cc。四速マニュアルか三速オートマ。四輪共に油圧ディスク・ブレーキ。全長4900mm。なお、ベルトーネは御存知の通りイタリアのデザイン業並びに車体製造で有名です。四輪においてはやや直線的なスタイリングが持ち味でフェラーリの308GT4やフィアットのX1/9、近年のシトロエンなど多数手掛けています。
 症状に関しては白クマ様の御知り合い殿にお問い合わせいただくのも宜しいかと存じます。もしもラジエーターからでなく、エンジンのヘッドからクーラントが飛散したのであれば、これはちょっと。ですがヘッドを開けておられるようなので、嫌疑は既に解消済と存じます。点火系、吸気系の調子も気になります。前所有の御知人殿にも由来等々を今一度お伺いになるのも宜しいのではないでしょうか。また細かい話ですが、この型であれば正規輸入ではない可能性も御含み置き下さい。排ガス、法規対策による改善で重量が欧州仕様と異なる場合も多々あり、ちょっとややこしい部分ですよね。
 一考様にあられましてはチェイサーの四万はすぐに走りきってしまう距離、あまりのんびりは出来なさそうです。オールド・ボルボはアマゾンやP1800といった通好みの機種が豊富で、根強い愛好家が多くいらっしゃいます。また、所沢のボルボ専門店がホームページを持っており、こちらでは中古パーツも扱っているようです。今回直接のリンクは避け、併せて取り纏めてお店にお持ちしたく、しばしご猶予をお願い致します。
 さて、四輪、二輪共に立て続けに似たような不調が発生しているように感じ、お見舞い申し上げます。BMWは一通り再確認しないとならないようで大変そうですね。以前より機嫌が悪いのでしたらキャブか電装と思ったりしますが、最初からという所に難しさを感じます。手間が掛かりますが、念の為、バルブシート以外を元の状態に戻すというのも一案かと存じます。
 その未だ四輪なのにキャブ仕様のセブン。仰る通りのエンジンでして、しかも当時のベーシック・モデルのOHV。幸いにも当りに出逢えたのか、噂に聞くとんでもない目には会わずに済みました。ですがその日初めのエンジン始動は大切で、かぶらせずに、かつ吸わせておく按配に失敗するとダメ。高地でしかも寒冷前線など急激な天候の変化に見舞われると、調子が変わったりするのも御愛嬌。ただ、整備に関しては、幸いにも専門店が傍にあったので、半年に一度点検傍らキャブ調整をお願いしていました。このエンジン、OHVとはいえバランス取りがしてあったそうで気持ち良く回り、少しザラっとした独特の味と相俟ってタコメーターの針を上げては愉しんでいました。
 とはいえ、四輪の数値には目もくれない程よく回る近年の単車についてはご指摘の通りです。性能云々をいえば、多いとはいえない排気量で出力を稼ごうとすれば致し方ないのでしょうね。以前は乗っていましたが、回して走るのは疲れを感じるようになりました。もう、この路線のお好きな方々にお任せしております。 尚、力の出方や鼓動といった味わいに関しても、ある程度の総排気量か一気筒当りの大きさが関わるそうです。一気筒当り300~400ccは欲しい由。さて、このまま掛け算をして四気筒なら1600cc、となるとこれは重くなりそうで怖いものがあります。やはり今日主流になっている排気量は色々なバランスの上に成り立っているものと存じます。主だった四気筒車が上限1000cc前後で並んでいるのにも、その辺りの事情でしょう。
 ZRX1100も大排気量四気筒車、御記憶に留めておいて戴き誠にありがとうございます。仰せの通りカウルが小さいですから、一考様の用途には力不足ですよね。その点、単車を移動の手段として突き詰めた場合、ホンダのパシフィック・コーストは渋いです。かなり懸命な選択と存じます。スクーターを避けるのでしたら落とし処という感じがします。そういえば同じくホンダの125は元気してますでしょうか。あちらは乗りやすいのではと、勝手に想像していたのですけど。

 前回お邪魔しました折はニュー・ブルイックラディを戴くのを失念しましたので今度こそ。



投稿者: 松友    日時: 2002年03月21日 16:10 | 固定ページリンク




一考 | ボルボ其の二

 松友さんへ
 書き込みをしながら早朝からBMWと格闘、見込みどおりプラグの換装とキャブの掃除でとりあえず始動に成功。なぜか右側のキャブに水が溜まるという、摩訶不思議な現象あり。同じく右側のジェットにのみ濃厚なぬめりがこびり付いていました。ガソリンタンク内の連結部分もしくはタンクとドレンの間に異常ありと言うのが平凡な見立てですが、燃料パイプはドレンの下部で左右が連結されているにで、ぬめりの理由が分かりません。左右のエンジンに温度差があり、右側の放熱が悪いということなのでしょうかねえ。常にメイン・スタンドを用いているので、なおのこと理由がわかりません。

 ボルボの方はご指摘の通り262Cです。エンジンは260と同じ3速オートマのPRVのV6を積んだタイプです。私が記載したのはエンジンの型式です。ボルボの中でもちょっとした希車のようです。初年度登録が57年、従って登録前年の1981年、最終年の262Cになるわけですね。
 リフトアップしてみました。ローターの研磨面とブッシュの一部にヘタリがありますが、腐食と水漏れは問題なし。後は例によって、フューエル・フィルター、マフラー、ブレーキホースとドライブシャフトのオイル漏れ、ポール・ジョイント、ドライブ・ブーツ等々大きな問題はなし。以前の所有者は結構気を遣って乗っていたようです。
 チェイサーの話ですが、東京へ来てから100キロ・オーヴァーからの急制動に不安があり、ローターを研磨しました。しかるに、有効だったのは一箇月のみ。例によって、例の橋の上で120キロから急制動、車は右へ45度で停車。これでは町中でやばい運転は出来ません。NSXやGTRが前方で急制動を掛けた時のことを想像しますと怖くなります。やはりブレーキはブレンボですね。国産は話になりません。雨降りの川越街道で前方のベンツ500Cが事故で急制動、目にも止まらぬポンピングで止まったのですが、その距離僅かに10センチ、冷や汗をかきました。否、10センチに汗をかいたのではなく、後続車があれば死んでいたかも。
 話を戻します。クーラントの飛散はエンジンのヘッドからではなく、エンジンとラジエーターを結ぶパイプの損傷によるもの。電話で問い合わせたのですが、その後かなりな距離を走ったらしく、きつく叱っておきました。ガスケットは一部焼き付いています。友人には悪いのですが、素人さんがこういう車に乗るのはよくないですよ。古い車はエンジン・ルームでスチームが使えず、掃除には苦心させられそうです。
 お申し越しのごとく、正規輸入車ではありませんね。タイヤハウス等にこびり付いた泥によって車重を量るのは不可能です。機械式のインジェクションというのが食わせ物で見るのもはじめて、これは分解してみる他手立てなく、インテーク・マニフィールドに取り付けられたの三つのポッチの役割も定かではありません。
 セブン同様、マツダの最初期のロードスターも始動が大事だったと聞き及んでいます。暖機に時間がかかったそうです。それを思えば、BMWの暖機は走り出してから、それなりに利点もあるのですね。ホンダの125は梅子さんの愛車ですが、まったく乗らないので、乗る度にキャブレターのガソリンを捨てねばなりません。動かなくなるのも時間の問題かと思われます。だって、私は120キロしか出ないバイクなんぞいやですよ。
 いろいろお調べいただき有難う御座いました。ではまた、お店にてお会いしましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月21日 18:50 | 固定ページリンク




Siesta | ギャルリー・ワタリの娘さんのお店

一考さんへ

現在ワタリウム美術館の一階では夥しい絵葉書と気の利いた雑貨類を販売しており、地階はOn Sundaysという洋書店になっています。
おそらく、それらの前身にあたるのが一考さんの仰るギャルリー・ワタリの娘さんの店なのだと思われます。
佐藤さんが仰っていたのですが、以前On Sundaysは少し離れたところで和多利さんの娘さんがやっておられて、それが今の場所に移ったそうです。その娘さんが、現在同美術館キュレーターを務めておられる和多利恵津子さんなのではないかと思います。ですから、Shelfはそれとはまた別の店なのではないでしょうか。
とはいえ、あれだけ近い距離にあるのですから何か関係があるのかもしれませんね。



投稿者: Siesta    日時: 2002年03月21日 22:21 | 固定ページリンク




高遠弘美 | よしなしごと

まつたくの暇人の言葉です。お急ぎの方はお捨ておきください。
けふ、つれづれに仏和辞典を開いて遊んでをりましたら、以下の記述にぶつかりました。いや、フランス語は、といふか、ほかの言葉を知らぬせゐもありますが、面白いと思ひました。列挙します。
puce 蚤、ちび、チップ(集積回路の乗つてゐる半導体片――仮名遣ひはべつとして、仏和の説明です)
puceau 童貞の
pucelage 處女(童貞)であること
pucelle 處女の/la Pucelleジャンヌ・ダルク
puceron 油虫

わたくしはふだん電子辞書を使つてをりますが、冊子体の辞書にはそれなりの愉しみがあると実感したひとときでした。
よしなしごとのみつらねました。お忘れください。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2002年03月22日 00:49 | 固定ページリンク




りき | ムットーニ、つきました。

>金光さん、如月さん。
先日は、いろいろありがとうございました。
本日、無事にムットーニ「アニバーサリー」が、つきました。

しみじみ感動しています。(--)

いいです。



投稿者: りき    日時: 2002年03月24日 21:48 | 固定ページリンク




一考 | 女装趣味

 メールあり。某掲示板にて高遠弘美さんが女に化け、しかも米倉涼子に似た美女であるらしい。これはおもしろい。ひとつ、高遠さんに米倉論でもお書き頂きますか。題して「レスボスの苑」。
 巻頭に女装した網タイツ姿の高遠さんの写真を掲げなくては。隅っこで結構ですから、私も共演させて頂ければ嬉しいのですが。二丁目の恒例に従い、薔薇の節句には一同女装しますか。こちらはデカ腹の夢、幻の共演。さらに伊藤さんが加われば、舞台が抜けますわなあ。多くの著訳書が上梓されている硬派の仏文学者なのにねえ、読んでいないのですね。
 さるにても、いずこの掲示板なのでしょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月25日 13:46 | 固定ページリンク




御邪魔ビンラディン | 男か、女か

高遠弘美先生が、新年度にはじめての教室に行くと、「なんだ、オトコか」と小声でもらす学生が、毎年、何人か出てくるというはなしを聞いたことがありますが、名前だけから男女を識別するのは本当に難しい。斉藤由貴をサイトウヨシタカと読んだり、安田成美をヤスダシゲヨシと読むツワモノも存在するし、三木のり平の本名は「田沼則子(タヌマタダシ)」、児童文学のかこさとしさんの本名は「加古里子」と書くので、たいへんややこしい。
御邪魔ビンラディンは、読みだけで言うと、シューマンの名演で知られる女流ピアニストの伊藤恵さんと同じになってしまうけれども、これは、彼女にとっては大いに迷惑でしょうな。 これが、ネット上でわたしが本名を使わない理由であります。(笑)



投稿者: 御邪魔ビンラディン    日時: 2002年03月27日 17:01 | 固定ページリンク




一考 | よみちゃん

 どこの掲示板なのか分かりました。噂に聞いてはいたのですが、覗いたのははじめて。誹謗中傷に重きを置かず、会話を愉しむという他愛もなき所で、用語法やからくりを知らない私は軽くいなされたようです。それはそれでよろしいのですが、別な意味で興味をそそられました。
 30年ほど前にかかる掲示板があり、匿名で書けるのであれば、材料はいくらでも御座いました。一昔、二昔前の文士、作家のゴシップなら粗方存じ上げているのですが、そのようなものに今様の御仁が興味を示す筈もなく、時代遅れの私は地団駄を踏むしかないのです。
 それにしましても、こしかたの人々は遊びには元手を掛けていらっしゃいました。酒でも、女でも、古物でも、なんでもよろしいのですが、半端な遊びではなかったように思います。私が親しくお付き合い頂いた上方の某作家は常時四、五人の女人を侍らせて騒いでおられました。私も御相伴に与ったことがあるのですが、「一考さん、君は二輪車で我慢してくれ」との仰せ。また、女性達を引き連れての御帰館、今なら即離婚でしょうね。
 左京区の大学の教授連で、芸者や愛人に店を持たせていたのが六名、中京区の二大学で三人ずつ。ちなみに、神戸には二人しかいませんでしたが、これが大阪になるとずーっと増えて、私が知るだけでも十四人、いやはやお盛んなことで御座いました。南や石塀小路の待ち屋や出会い茶屋を貸し切り、置屋の芸者を一人残らず呼び付けるような剛毅な方がいらっしゃいました。それが西陣の旦那衆なら分かるのですが、昨日までは赤貧洗うがごとき生活をしていた物書き風情なのですから驚きです。なにしろ、小説にせよ翻訳にせよ、一冊当たれば家が建った時代です。「一考君、去年は五百人の女と寝たよ」なんて馬鹿な輩も幾人か居ましたっけ。
 ネットの代わりにトップ屋が跳梁跋扈していました。トップ屋にネタを掴まれ、泣く泣く大枚を支払った作家も多くいました。また、その揉み消しに走り回ったことも御座います。
 今回、私を羨ませたちゃんねるの向こうを張って、物故作家専用の黄泉ちゃんねる、約めて「よみちゃん」。当然、スレッドはすべて私が立てさせて頂きます。連日、遺族から名誉毀損の告訴がなされるは必定。こんなの流行りませんかねえ。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月27日 22:35 | 固定ページリンク




一考 | 和多利さん

 Siestaさんへ

 どうも有難う御座いました。
 私も佐藤さんからいろいろ聞き出しました。すべては私の記憶通りでした。和多利さんは遣り手で、現代美術の目利きとして非凡なものをお持ちでした。息子さんと娘さんがいらっしゃるとは聞いていましたが、お会いしたことは御座いません。
 なにしろ古い話で、掲示板では憚られるような逸話も多く聴かされました。業界では数少ない立志伝中の人。昨今の画廊の不況話と比するに、出世頭かと推察致します。かなりな御高齢と思われますが、お元気なのでしょうかね。
 おもしろそうな書店ですので、暇を見付けて出掛けてみましょう。



投稿者: 一考    日時: 2002年03月28日 00:05 | 固定ページリンク




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