裏の川つづき
(2007-04-02 19:52:53) by   


 自宅から本が溢れでて、明石のマンションを借りたのは三十歳のときだった。八十平米の3LDKで、借りた当座はこれで少しは楽になるかと思われた。楽というのは他でもない、家の近隣に間借りしていた数軒のアパートの書物を統括できると考えたのである。ところが、マンションは天井が低くかつ柱や梁がいたるところに設えられている。マンション用の本棚を四十本ほど買ってきたものの六千冊ほどが収納の限界だった。当時の蔵書数だと八十平米のマンションを十室ほど賃貸しなければならない。爾来、私は戸建て住宅を専らとしている。木造家屋だと床と天井を抜き、コンクリートを張れば、一帖あたり千冊は軽く収納できる。二十坪で三、四万冊の計算である。
 神保町のT書店の店内蔵書が約一万冊、T書店は神楽坂に店の六倍ほどの倉庫を持っている。天井までの高さは通常のマンションの倍はある。客に見せるわけではないので、倉庫にはびっしりと詰め込まれている。それがなければ古書店は維持できない。
 私が新本を買わないのには理由がある。戦後の本なら図書館に揃っている。どうしてそのようなものを個人で所有しなければならないのか。無理をして購うのは私家版と私刊本、それと納本を拒否しているプライヴェート・プレスの書物だけである。
 蔵書と転居で泣かされてきたひとにとって厚表紙のいわゆる上製本ほど困るものはない。あれの中身は馬糞紙である。ここで木村青竹などを持ち出して馬糞の文化史を語るつもりはない。ただ、日本でも英国の堅板紙に負けないものが造られてはいる。問題はそれを書物に使う版元や装丁家がいないのである。価が馬糞紙の二十倍では仕方ないのかもしれない。麦藁といえば聞こえはいいが、要は土壁を原料とした質の悪いボール紙である。それを以て上製とはこれいかにと、うそむきたくなる。上質の堅板紙を書物の表紙に用いた出版人は、佐々木桔梗を除けば戦後三人しかいない。そして内二名は図書館への納本を拒否しつづけている。
 湊川から荒川へと拙宅の裏を流れる川の名はしばしば変わるが、高遠占師によれば源はひとつであるような。いずれにせよ、月がさやかに照るなかを流れてゆくのは夥しい量の馬糞紙なのである。


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