●ですぺらモルト会三月
ポート・エレン('80 ゴードン&マクファイル)アイラ
コニッサーズ・チョイスの19年もの、40度。
80年は別して美味とされる。酒質が軽くドライなため食前酒に。 接着剤と含嗽(がんそう)剤を綯い交ぜたエキセントリックな臭い。押し寄せる胡椒、ヨード、海藻、鞣し革の香り、塩辛く鋭角なこく。舌を刺す刺激とピクリング・スパイスを噛みしだくような極めてスパイシーなフィニッシュ。
ポート・エレンの香りを正露丸と示唆したのは土屋守さんだが、まさにデンタル・クリニック・モルトに相応しいのはカリラとポート・エレンのふたつ。ピリピリと鼻毛がちじれるような刺激臭、饐(す)えたヨードの臭い、病膏肓に至ったアイラ党が必ずや立ち戻るモルト。
ポート・エレン蒸留所は現在はモルトスター(麦芽を専門につくる業者)であり、アイラのすべての蒸留所と隣のジュラにモルトを出荷している。
クラガンモア('90 マーレイ・マクデヴィッド)スペイサイド
バーボン・カスクの11年もの、46度のシングル・カスク。
飲み口の柔らかさと豊潤なこくと香り。さらにいえば、蜂蜜と柑橘系のスイートな香り、香草を食むような膨(ふく)よかな味わい、水際立った切れ上がりのよさ。バランスのよさと華やかなフレーバーはモーツァルトのシンフォニーに例えられる。評論家マイケル・ジャクソンの採点ではマッカランに次ぐ高得点。名実共に、スペイサイドを代表する銘酒。オールド・パーとアンティクァリーのメイン原酒。
グレンリヴェット('75 イアン・マキロップ)スペイサイド
マキロップ・チョイスの1本。25年もの、55.9度のカスク・ストレングスにしてシングル・カスク。
グレンフィディックと共にもっとも入手しやすい銘柄。どちらも人気筋なだけに、さしたる特徴もなく、謂わばカジュアルなウィスキーとしての市民権を得ている。わが邦のウィスキーにも似た淡く甘いフローラルな香り。抑制の効いたニュートラルな味わいはビギナー向け。
マキロップ社はグラスゴーのインデペンデント・ボトラーにして、マスター・オブ・ワインの称号を持つ。グレン・グラント同様、さすがに熟成が20年を越えると美味になる。熟した洋梨の香りが顕著、正統派ウィスキーの王者の貫禄。
ストラスアイラ('90 ダグラス・マクギボン)スペイサイド
プロヴァナンスの一本。10年もの、43度。
ヘーゼルナッツの香り。滑らかでオイリー、佳麗なこく。シェリー酒を想わせるきらびやかな風味。長くスムース、揺蕩(たゆた)うようなフィニッシュ。シーバス・リーガル並びにロイヤル・サルートの核をなす原酒モルト。ブレイズ・オブ・グレンリヴェットやグレンロセス同様、完熟林檎の香りを持つ卓越した食後酒。
コルク栓を抜く、グラスに注ぐ、静かに回してトップ・ノート、口に含む、口腔に拡がる、喉元を過ぎゆく、そしてラスト・ノート。スペイサイドのすべてのモルトの中で、香りの階調をきわやかに愉しむにはストラスアイラが最適。
ノッカンドオ('87)※ スペイサイド 12年もの、43度のディスティラリー・ボトル。
カードゥが優しくフェミニンなモルトとするなら、ノッカンドオは能動的。オスロスクと共にJ&Bのメイン原酒で、スペイサイドでは個性の強い佳酒。
バーボン樽で寝かせたモルト特有の焦げたような芳ばしさ、アンバー・ラムのような醇乎(じゅんこ)な味わい。長くのびやかなフィニッシュ。
12年、15年、21年もの以外にもエキストラ'70、スロー・マチュアード'80等、さまざまなディスティラリー・ボトルが入手可能。
グレングラッサ('83 ゴードン&マクファイル)ハイランド
コニッサーズ・チョイスの12年もの、40度。
草木染に用いる露草や湿った海苔、ボウモアをより淡白にした甘くコスメティックな香り。バイオレット・フィズを想わせるややオイリーな味わい。バランスはよいが浅く軽いフィニッシュ。
蒸留所は1959年から60年にかけて増改築の後、再開、閉鎖の繰り返しで、現在も閉鎖休眠中。フェイマス・グラウスやカティサークの原酒モルトのため、シングル・モルトとしてはほとんど出回らない。
ドラムーイッシュ※ ハイランド スペイサイド蒸留所の旧ディスティラリー・ボトル。40度。
現在ではスペイサイド名義で8年ものと10年ものが頒されている。昨年ブラッカダー社からアランがボトリングされたが、インデペンデント・ボトラーのスペイサイドはまだ頒布されていない。
フェッターケアン('92 ジェームズ・マッカーサー)ハイランド
オールド・マスターズの一本。10年もの、60.5度のカスク・ストレングスにしてシングル・カスク。
芳ばしいヘーゼルナッツや胡桃の風味、甘辛のバランスにすぐれたユニークな食前酒。スムースでシルキー、清爽なフィニッシュ。ミディアム・タイプ。ホワイト&マッカイの原酒モルトのひとつ。
フェッターケアンは熟成庫の広さと保管する樽の量が多いことで識られる。
キングスバリー社とマッカーサー社のカスク・ストレングスの他、旧オーナーのジム・ビーム・ブランドからスティルマンズ・ドラムの一本として26年ものが頒布されている。さらに、現オーナーのキンダル・インターナショナル社からシングルカスク・セレクションと銘打って72年、73年蒸留のカスク・ストレングスが頒布された。かつてシグナトリー社から80年蒸留のヴィンテージものがボトリングされたが、キンダル社のボトルと共に特筆大書すべき逸品。
ロイヤル・ブラックラ('94 ダグラス・マクギボン)ハイランド
プロヴァナンスの6年もの、43度。
ピーティーでまろやか、僅かに甘草のキャラクター。舌触りは幾分ドライだが、焦げたレーズンとフルーティな糖蜜の味わいが強い。オフィシャル・ラベルと比して思いのほか甘口、はるかに美味。
蒸留所は1985年に閉鎖されたが、91年に再操業。
セント・マグデラン('81 ゴードン&マクファイル)ローランド
コニッサーズ・チョイスの16年もの、40度。
ローランドの特徴であるソフトでスムースな飲み口、ニートが似合うミディアム・ボディ。充実したボディはバランスがよく、シェリー風味のソフトな美酒に仕上がっている。フィニッシュは程良く、スイートからドライへ。後口にごく僅かな苦み。
セント・マグデラン蒸留所が建てられたのは1765年、一方で創業は1797年ともされる。いずれにせよ、リトルミルやローズバンク等と共に、最古参の蒸留所だったが、1983年に閉鎖、現在ではアパートメントになっている。
ローランドの銘酒キンクレイスの生産終了が75年、レディバーンが76年、ついで「幻の酒」と化すのがセント・マグデランである。アイラ島のポート・エレンと共に、あと2〜3年で在庫が尽きる運命。以前にボトリングされた70年蒸留のレア・モルトは極めて入手困難。ストックが尽きた段階で永久に飲めなくなるモルト・ウィスキー。